はじめに 末期がん患者の看護に関しては,患者の不安を取り除 く援助1,2)や苦痛の緩和3,4),家族への支援5,6)に関す る事や死の受容への援助7)といった数多くの研究がなさ れ,看護の役割や援助内容などが明らかにされている. しかし,末期がん患者と対峙する臨床現場では看護師の 不安や葛藤が強く,看護師が訪室をためらったり,患者 と話が出来なかったりする状況が生じている8).このよ うな現状から本調査では,末期がん患者の看護のあり方 について,臨床現場で働く看護師がどのように認識して 看護を行っているのかについて調査し,今後どの部分の 強化が必要なのかについて示唆を得たいと考えた. 目 的 末期がん患者の看護に対する看護師の認識から,看護 師に対する教育への示唆を得ることである. 方 法 1.対象者と方法 地方都市の病床数約50床以上の国公立および私立病院 に勤務する看護師を対象とし,質問紙調査を実施した. 本調査に先立ち,事前に各病院の看護部長に本調査の目 的を伝え,協力を得られる病院と対象者数を把握した. 次に承諾の得られた10病院に対して,本調査の趣旨,回 収方法および研究目的以外には使用しないこと等の説明 を添えた調査依頼文と質問紙を配布した.質問紙の配布 は各病院の看護部長に人数分を一括して渡し,各個人に は所属先の師長から配布する形式とした.回収は対象者 個人が直接筆者宛に返送する郵送方法とした.一部の病 院においては看護部長,各所属先の師長が一括して返送 する方法や,病院で留め置き後に筆者が回収する方法を とった. 2.調査内容 末期がん患者の看護に関する文献から,看護師の認識 に関連する項目を抽出し,30項目の質問紙を作成した. それに看護師の年代,臨床経験年数,これまで関わって きた末期がん患者数の項目を加え構成した.年代は20歳 代,30歳代,40歳代,50歳代以上の4群に区分した.臨
研究報告
末期がん患者の看護に対する看護師の認識
今
井
芳
枝
徳島大学医学部保健学科 要 旨 本研究の目的は,末期がん患者の看護に対する看護師の認識を検討することにある.国公私立 に勤務する看護師552人を分析対象とした.本研究では,文献から末期がん患者の看護に対する質問30 項目を設定し,それらに対する看護師の認識と看護師の年代,臨床経験年数,これまで関わってきた末 期がん患者数を質問した.その結果,以下のことが明らかになった. 末期がん患者の看護に対する看護師の認識は,大半の質問項目で【大変そう思う】【そう思う】と回 答していた.しかし,「鎮痛剤の使用を決める為に,疼痛アセスメントスケールが使われる」と「麻薬 の使用は,医師が決めた時間を厳守すべきである」,「患者の多くは死について話したい要望を持つ」,「患 者の要望を全て叶えることが,ターミナルケアでは大切だ」の項目では,【全く思わない】【思わない】 と50%以上の者が回答していた.今後,WHO 疼痛治療方式に対して,認識や知識を深めるとともに, 看護師自身の看護観や死生観を明確にしていくことが必要である. キーワード:末期がん患者の看護,看護師,認識 2006年1月25日受理 別刷請求先:今井芳枝 〒770‐8509 徳島市蔵本町3‐18‐15 徳島大学医学部保健学科J Nurs Invest Vol.4,No.2:68−72,February,2006
床経験年数は5年未満,5年∼9年,10∼19年,20年以 上と4群に分類した.これまで関わってきた末期がん患 者数はその数を質問した.質問項目については,【大変 そう思う】,【そう思う】,【思わない】,【全く思わない】 の4段階評定とした. 3.調査期間 データは2002年11月12日∼12月18日に収集した. 4.分析方法 結果の解析には統計解析ソフト SPSS10.0J を使用し た.初めにすべての質問に対し単純集計を行った.さら に,年代,臨床経験年数,これまで関わってきた末期が ん患者数との間で Pearson の積率相関係数を求めた. 相関を行うに際して,これまで関わってきた末期がん患 者数を人数の割合や年代と臨床経験年数との重なりよ り,20人未満,20∼50人未満,50人以上の3群に分類し た.なお,統計学的に有意水準は0.05以下とした. 5.倫理的配慮 本調査では質問紙の回答を無記名とした.加えて,本 調査の趣旨に同意した看護師に回答を依頼し,郵送法で 回収する方法をとった.これより,回答および返送につ いて対象者個人の自由意志が図れるように配慮すると共 に対象者が特定できないように努めた.また,調査依頼 文の中で本調査の目的以外には使用しないこと,統計的 処理を行うためプライバシーは厳守されることを明記し た.データの保管に関しては,関係者以外の目に触れな いよう取り扱いを厳重にした. 結 果 1.対象者の年代・経験年数・関わった末期がん患者数 質問紙の配布数1115人に対して,回収数は758人(回 収率68.0%)であり,そのうち,有効回答数552人(49.5%) を分析対象者数とした.表1に対象者の年代,臨床経験 年数,これまで関わってきた末期がん患者数を示した. 対象者の年代は,20歳代が最多で246人(44.6%),30歳 代は129人(23.4%),40歳代は128人(23.2%),50歳代 以上では49人(8.8%)であった.年代が高くなるにつ れて対象の人数は減少していた.臨床経験年数では,4 区分した各年代ともにほぼ等分に分布していた.これま で関わってきた末期がん患者数に関しては,20人未満の 者は210人(38.0%),20∼50人未満が177人(32.1%),50 人以上は165人(29.9%)であった. 2.末期がん患者の看護に対する看護師の認識 4段階で評定した質問30項目の回答結果を表2に示す. 末期がん患者の看護に対する看護師の認識をみると, 【大変そう思う】【そう思う】と80%以上が回答した項 目は22項目あった.その中の18項目は90%以上の看護師 が【大変そう思う】【そう思う】と回答していた.しか し,「鎮痛剤の使用を決める為に,疼痛アセスメントス ケールが使われる」と「麻薬の使用は,医師が決めた時 間を厳守すべきである」,「患者の多くは死について話し たい要望を持つ」,「患者の要望を全て叶えることが,ター ミナルケアでは大切だ」の4項目では,【全く思わない】 【思わない】と50%以上の者が回答していた.4項目の 中でも「鎮痛剤の使用を決める為に,疼痛アセスメント スケールが使われる」に関しては,81.7%の看護師が【全 く思わない】【思わない】と回答していた.看護師の年 代,臨床経験年数,これまで関わってきた末期がん患者 数の関係をみると(表3),看護師の年代と臨床経験年 数との関係において強い相関(.880)が認められた.有 意差をみた場合には,3者の項目間で有意差が認められ た. 表1 対象者の年代,臨床経験年数,これまで関わってきた末期 がん患者数 (n=552) 属性 人数(%) 年代 20歳代 246(44.6) 30歳代 129(23.4) 40歳代 128(23.2) 50歳代以上 49(08.8) 臨床経験年数 5年未満 150(27.1) 5∼9年 143(25.9) 10∼19年 122(22.1) 20年以上 137(24.8) これまで関わってきた末期がん 患者数 20人未満 210(38.0) 20∼50人未満 177(32.1) 50人以上 165(29.9) 末期がん患者の看護に対する看護師の認識 69
考 察 末期がん患者の看護に対して看護師は,きちんとした 認識を持って看護を実践していることが示された.しか し,「鎮痛剤の使用を決める為に,疼痛アセスメントス ケールが使われる」と「麻薬の使用は,医師が決めた時 間を厳守すべきである」,「患者の多くは死について話し たい要望を持つ」,「患者の要望をすべて叶えることが, ターミナルケアでは大切だ」の項目では,【全く思わな い】【思わない】と50%以上の者が回答している結果か 表2 末期がん患者の看護に対する看護師の認識 人数(%)(n=552) 質問項目 大変 そう思う そう思う 思わない 全く 思わない “WHO 方式がん疼痛治療指針”は,疼痛緩和の基本である 64(11.6) 425(77.0) 62 (11.2) 1 (0.2) 鎮痛剤の使用を決める為に,疼痛アセスメントスケールが使われる(逆転) 3 (0.5) 98(17.8) 374(67.8) 77(13.9) 末期における癌性疼痛に麻薬を使うことは,緩和ケアでの常識である 155(28.1) 284(51.4) 111(20.1) 2 (0.4) 末期がん患者の痛みは,その人らしさを奪うものである 182(33.0) 293(53.1) 73(13.2) 4 (0.7) 患者の身体的ケアを行う上で手技的な技術の熟達は,軽視できない 197(35.7) 331(60.0) 23 (4.2) 1 (0.2) 麻薬の使用は,医師が決めた時間を厳守すべきである(逆転) 21 (3.8) 245(44.4) 239(43.4) 47 (8.5) 患者の中には,最後まで死を否認し続ける人がいる 84(15.2) 369(66.8) 98(17.8) 1 (0.2) 患者の死の受容過程は,過程通りの人やそうでない人がいる 221(40.0) 323(58.5) 8 (1.4) 0 (0.0) 患者は回復への希望を最後まで持ち続けることがある 116(21.0) 380(68.8) 55(10.0) 1 (0.2) 患者の多くは死について話したい要望を持つ 29 (5.3) 233(42.2) 284(51.4) 6 (1.1) 医療者の寄り添いのない告知は暴力に等しい 151(27.4) 287(52.0) 109(19.7) 5 (0.9) 死に関する話題になっても,はぐらかしてはいけない 134(24.3) 357(64.7) 61(11.1) 0 (0.0) 家族が患者や医療者といつでも連絡を取れる体制であることが望ましい 340(61.6) 210(38.0) 2 (0.4) 0 (0.0) 患者の日々の様子について,家族を含めて話をすることは大切だ 327(59.2) 214(38.8) 11 (2.0) 0 (0.0) 保清などの身体的ケアの一部に家族の参加を促すことは大事だ 144(26.1) 361(65.4) 44 (8.0) 3 (0.5) 治療や処置に関する家族の申し入れについて,話し合いを持つ事は大切だ 307(55.6) 242(43.8) 3 (0.5) 0 (0.0) 家族は面会時間を厳守すべきである(逆転) 201(36.4) 316(57.2) 27 (4.9) 8 (1.4) 患者の死期が近づくにつれ,家族の疲労は蓄積する 209(37.9) 292(52.9) 50 (9.1) 1 (0.2) 患者の個性を知ることは,その人が悔いのない人生を送る為の支援に役立つ 300(54.3) 248(44.9) 4 (0.7) 0 (0.0) 患者が,時間を有効に使えるように援助できているか振り返ることは大事だ 278(50.4) 268(48.6) 6 (1.1) 0 (0.0) 自己実現を全うする事は誰にとっても大事なことである 188(34.1) 327(59.2) 37 (6.7) 0 (0.0) 患者の洗髪や入浴などの日常生活行動の充足を軽視してはならない 329(59.6) 218(39.5) 4 (0.7) 1 (0.2) 患者の要望を全て叶えることが,ターミナルケアでは大切だ(逆転) 8 (1.4) 268(48.6) 243(44.0) 33 (6.0) 患者の持ち物には,その人なりの意味がある 168(30.4) 369(66.8) 14 (2.5) 1 (0.2) ターミナルケアにおいては,自己の看護観に向き合わざるを得ない 153(27.7) 340(61.6) 59(10.7) 0 (0.0) 人生の最後を看取るに値する看護を行いたい 304(55.1) 229(41.5) 17 (3.1) 2 (0.4) 同僚との意見交換は,患者との関わりを見直す機会になる 214(38.8) 334(60.5) 3 (0.5) 1 (0.2) 患者の限りある人生の一端に関わる事を重く受け止めている 220(39.9) 318(57.6) 14 (2.5) 0 (0.0) 患者と向き合えているか自問自答する事は意味がある 191(34.6) 349(63.2) 11 (2.0) 1 (0.2) 患者の生き様を目の当たりにして,自身の死生観が問われる 171(31.0) 339(61.4) 39 (7.1) 3 (0.5) 注1)項目中の逆転とは末期がん患者の看護に対する認識として好ましくない項目を示す. 注2)逆転項目については回答を逆転させて集計した. 表3 年代,臨床経験年数,これまで関わってきた末期がん患者 数の相関係数(r) (n=552) 年代 臨床経験 年数 これまで関わっ てきた末期がん 患者数 年代 00.880** 00.277** 臨床経験年数 00.880** 00.368** これまで関わっ てきた末期がん 患者数 00.277** 00.368** 注3)Pearson の相関分析 **p<.01 今 井 芳 枝 70
ら,看護師の鎮痛薬の使用や麻薬の時間など鎮痛薬投与 の基本原則について十分に理解していない状況が示され た.がん性疼痛のコントロールには,WHO が提唱する 方式が活用されて10年以上が経過している.しかし,そ の方法の熟知の程度は,医療者や施設によって異なる現 状が見られている.このような状況は先行研究9)でも明 らかにされており,麻薬に関する知識不足が指摘されて いる.WHO 疼痛治療方式に関する認識の低さから,臨 床現場で患者の疼痛緩和が上手く行われていないのでは ないかと推測される.また,末期がん患者のニードや死 を語ることについての認識も,半数以上の看護師の理解 が十分でない状況が示されている.看護師は人間の尊厳 や生・死のとらえ方,患者の QOL をどのようにとらえ るのかなどについては,看護師自身の看護観や死生観が 影響している.今回の結果から,臨床現場では末期がん 患者に対峙したとき,その人と死について語ることへの 戸惑いから困惑していることが表されている.先行研究 でも,末期がん患者との対応において,患者と死を語り 合うのがつらい10)ことや,看護師自身が患者と向き合う ことの不安から患者と死を語り合うことが非常に難し い2)ことが明らかにされている.以上から,疼痛のコン トロールに対する認識不足や,末期がん患者に対して真 摯に死について話しをすることや,患者の生活の QOL を考慮した支援のあり方などについての認識が低いこと が明らかとなった. 今後,患者の QOL に視点をおき,がん性疼痛に対す るさまざまなコントロールの方法について,認識や知識 を深めることと,それとともに看護師自らの死生観を育 成していくことも重要と考える. 3.研究の限界と今後の課題 今回は末期がん患者の状態やこれまで関わってきた末 期がん患者数を具体的に規定しなかったため,回答に看 護師それぞれで末期がん患者のイメージが異なることか らくる回答への影響も否めず本調査の限界である.今後 は末期がん患者の状況を規定した上で,患者の各ステー ジに応じた看護に対する看護師の認識を明らかにしてい く必要がある. 結 論 看護師の末期がん患者に対する認識を明らかにするた めに,文献から末期がん患者の看護に関する内容を抽出 後,質問項目を作成して調査を行い,以下のことが明ら かとなった. 1.30項目中22項目に80%以上の看護師は,【大変そ う思う】【そう思う】と回答しており,大方の看護師は 末期がん患者の看護に対して高い認識をもっていた. 2.「鎮痛剤の使用を決める為に,疼痛アセスメント スケールが使われる」,「麻薬の使用は,医師が決めた時 間を厳守すべきである」,「患者の多くは死について話し たい要望を持つ」,「患者の要望を全て叶えることが,ター ミナルケアでは大切だ」の4項目では,【全く思わない】 【思わない】と50%以上の者が回答していた. 今後,【全く思わない】【思わない】の回答項目に関し ては,患者の生活の QOL を考えた対応を考慮し,それ らの知識を充足して,認識を変化させるような働きかけ と死生観の育成の重要性が示唆された. 謝 辞 本調査の実施にご協力をして頂きました諸施設の看護 部長様,並びに調査にご協力して頂いた看護職員の皆様 に深く感謝申し上げます. 文 献 1)柏木哲夫:死にゆく患者の心に聴く,中山書店,1997. 2)柏木哲夫:死にゆく人々のケア,医学書院,1993. 3)林直子:がん患者の Pain Management に影響を及 ぼす看護婦の判断根拠及び因子の検討,日がん看会 誌,12(2),45‐58,1999. 4)水木暢子,上野玲子,奈良知子 他:がん性疼痛マ ネジメントに関する調査研究第1報,秋田桂城短期 大学紀要,6,35‐44,1999. 5)板垣昭代:がん患者の看護,中央法規出版株式会社, 16,1995.
6)Alison Charles-Edwards : The Nursing Care of the Dying Patient,1983,季羽倭文子訳,終末期ケアハ ンドブック,医学書院,17‐20,1993. 7)河野友信:ターミナルケアのための心身医学,朝倉 書店,108‐109,1991. 8)池見酉次郎,永田勝太郎:日本のターミナル・ケア −末期医療学の実践−,誠信書房,152,1984. 9)大川千春,高間静子:末期癌患者の疼痛に対する看 護婦の態度,第21回日本看護学会集録集看護総合, 末期がん患者の看護に対する看護師の認識 71
62‐65,1990.
10)木下由美子,福田幸子,真中久子 他:末期がん患
者ケアにおけるナースのジレンマ,看護展望,8(12), 25‐34,1983
Nurses’ awareness required for nursing in patients with terminal cancer
Yoshie Imai
School of Health Science, The University of Tokushima, Tokushima, Japan
Abstract The purpose of this study was to evaluate nurses’ awareness of the items required for nursing in patients with terminal cancer. The subjects of analysis were 552 nurses working in the general ward of national, public, and private hospitals. A30‐item questionnaire was formed based on the concerned papers and was carried out to evaluate nurses’ awareness and its association with their attributes. The following results were drawn.
More than80% of the nurses taken part in the questionnaire agreed to the necessity of their awareness of almost every item. Such items as the procedures for administration of narcotics, and talking with the patients about their needs or death, however, the person of50% or more were not adequately understood. It will be necessary to deepen recognition and knowledge for the WHO pain treatment method, and, to make outlook on nursing and outlook on of nurse oneself verge of death clear in future.
Key words :nursing in patients with terminal cancer, nurse, awareness
今 井 芳 枝