森 田 正 信
(京都大学理事)
政府全体として「証拠に基づく政策立案」(Evidence-Based Policy-Making。以下、「EBPM」という。) の推進を直接的に明示したのは、平成29年 5 月の「統計改革推進会議最終取りまとめ」である。そこで は、EBPM推進体制の構築と統計改革を一体的に進めることが示され、それが、「経済財政運営と改革 の基本方針2017」(いわゆる骨太方針2017。同年 6 月閣議決定)に盛り込まれ、政府の方針として確定 した。EBPM推進の中心となるのは、経済財政諮問会議(経済・財政一体改革推進委員会)、総務省(政 策評価)、行政改革推進本部(行政事業レビュー)とされ、官民データ活用推進基本計画実行委員会の 下に「EBPM推進委員会」が設置された。平成30年度には、各府省に一斉に「政策立案総括審議官」が 置かれ、同職がEBPM推進委員会の構成員となった。同委員会において、各府省がEBPMの実例創出に 取り組むことなどを内容とする平成30年度の取組方針が決定された。1 文部科学省におけるEBPMの推進体制
政府全体の方針を受け、文部科学省においても、EBPMの統括責任者として「サイバーセキュリ ティ・政策立案総括審議官」が置かれ、省全体のとりまとめを行う部署として大臣官房政策課に政策推 進室が設置された。教育分野については、従前の生涯学習政策局を改組して平成30年10月に新設された 総合教育政策局に調査企画課が設けられ、同課が国立教育政策研究所と連携してEBPMの推進を中心的 に担うこととされた。また、科学技術分野については、科学技術・学術政策局企画評価課に政策科学推 進室が新設された。 平成30年 6 月に閣議決定された「第 3 期教育振興基本計画」においても、今後の教育政策の遂行にあ たって特に留意すべき視点として、「客観的な根拠を重視した教育政策の推進」が位置づけられている。 そこでは、まずEBPMの推進のため、教育政策においてPDCAサイクルを確立し、機能させることが必 要であるとされている。政策の企画・立案段階では、政策目標、施策を総合的・体系的に示す「ロジッ クモデル」を活用することや「指標」を設定すること、実施段階では、毎年、各施策のフォローアップ を行い、着実に実施すること、評価・改善段階では、政策評価と連携し、評価結果を踏まえて施策や 次期計画の改善に活かすことなどが示されている。そして、こうしたPDCAサイクルを支える基盤とし て、多様な分野の研究者との連携強化、データの一元化、提供体制等の改革を推進することが盛り込ま れている。 同計画の本体部分である「今後 5 年間の教育政策の目標と施策群」では、基本的な方針、教育政策の 目標、施策群に加え、各施策のフォローアップ、評価を十分に行えるよう、施策に対応した「測定指 標・参考指標」を示していることが特徴となっている。例えば、「OECDのPISA調査等の各種国際調査」 「自分にはよいところがあると思う児童生徒の割合」「いじめの認知件数に占める、いじめの解消してい るものの割合」「外国人留学生の日本国内での就職率」「大学院博士課程への進学率」「大学等での社会人受講者数」「低所得世帯の子供の高等学校進学率、大学進学率」などが指標とされている。
2 初等中等教育分野におけるEBPMの取組
初等中等教育分野においては、既に平成28年度より「教育政策における実証研究」が行われており、 これも踏まえて、教職員定数の中期見通しを策定することとされている。この実証研究は、①学級規模 等の影響・効果、②加配教員・専門スタッフ配置の効果分析、③高い成果を上げている地域・学校の取 組、教育環境の分析、④教員の勤務実態の実証分析から成り、それぞれの研究が国立教育政策研究所や 大学等において進められている。このうち、調査期間が2020年度までとされている①を除く 3 つの研究 の取組状況が平成30年10月16日の経済・財政一体改革推進委員会「経済社会の活力WG」において文部 科学省から報告されている1。 それによると、まず②においては、児童生徒支援加配を措置した中学校(16校)に対して、教育委員 会指導主事、校長、加配教員が取り組むべき事項について条件を設定し、この三者がそれぞれの立場を 活かして不登校対策に取り組んだ場合の効果を検証している。対象となった加配16校においては、平成 28年度の新規不登校生徒数が前年度に比べ、千人当たり21.0人から14.2人へと32%減少しており、全国 の中学校における 3 %増(12.8人→13.2人)と比較して効果が表れたことが示された。 ③については、全国学力・学習状況調査の結果を分析し、経済的に不利な環境を克服し、成果を上げ ている学校の指導の実践事例を調査している。本調査では、家庭の社会経済的背景(SES。家庭所得、 父親学歴、母親学歴の合成指標)や就学援助率と子供の学力との間には相関関係があるものの、SESが 低かったり就学援助率が高かったりしても、学力面で成果を上げている小学校を特定し、そうした学校 で、加配教員がどのような活動をしているかを分析している。その結果、基礎・基本を徹底するための 「放課後サポート」や「ドリル・チャレンジ」などの授業外の活動、算数や理科における習熟度別指導、 ティーム・ティーチングによる主体的・対話的で深い学びや実験・観察などが加配教員による実践事例 として示されている。 ④の研究が行われているのは、教員の勤務実態改善策を講じることが、教員が子供に直接指導する時 間や授業の準備をする時間の確保につながり、授業の質や教員と子供との関係を高め、教育効果を向上 させるというロジックモデルによるものと考えられる。この研究では、どのような属性の教員の勤務時 間が長いかを分析しており、「年齢が若い」「担任学級児童生徒数が多い」「部活動日数が多い」などの 教員、「授業準備」「部活動」などの業務に長時間勤務の要因があり、これらに対応した対策が必要であ ることを示している。3 高等教育・学術研究分野におけるEBPMの取組
平成30年 3 月、行政改革推進会議において、行政事業レビュー「公開プロセス」の場を活用して、ロ ジックモデルや統計・データ等のエビデンスを用いたEBPMの観点からの検証を試行的に実践すること が決められた。これを受け、文部科学省では、同年 6 月の公開プロセスにおいて、「研究大学強化促進 事業」をEBPMの試行的実践として行政事業レビューを実施し、同年 8 月のEBPM推進委員会に本事例 を報告している2。 研究大学強化促進事業は、我が国の研究力が相対的に低下傾向にある背景として、諸外国に比べ、研究支援者数が少ないことが考えられることから、この課題に対応するため、研究パフォーマンスの高い 22機関を対象に、URA(University Research Administrator)等の研究マネジメント人材の確保・活用や研 究環境改革の取組を支援するため、平成25年度から実施されている事業である。公開プロセスでは、科 研費獲得件数、国際共同研究機関数、共同研究・受託研究の件数・金額、Active Author数、Nature Index 論文数、国際共著論文数、産学共著論文数などをアウトカム(成果目標)とするロジックモデルを立 て、科学技術・学術政策研究所による論文数シェアの分類で同水準のグループに属する機関を対象に、 本事業の採択機関と非採択機関との間に有意な成果の差が表れているかどうかを統計的に検証してい る。結果としては、本事業の採択機関が有意に成果を上げている指標もあれば、そうでない指標もあっ たことが示されたが、EBPMのスキームやノウハウとして、本事例は横展開する価値があるものと評価 された。
4 文部科学省におけるEBPMの現状
以上で取り上げた初等中等教育分野、高等教育・学術研究分野のEBPMの取組例は、いずれもRCT (ランダム化比較試験)を行ったものでも、メタアナリシスあるいはシステマティック・レビューを経 たものでもなく、科学的に言うと、証拠(エビデンス)として頑健とは言い難い。 先述の文部科学省行政事業レビューにおいて、公開プロセス外部有識者の一人である亀井善太郎氏 (PHP総研主席研究員)が「EBPM って別に万能なわけでは全くなくて、・・・、統計学的に言うといろ いろとあるんだけれども、それでも、まず、自分たちが考えるロジックモデルはこうであって、それに 基づいて数字を取りに行って、・・・取りに行ってみたら、自分たちが考えていたロジックモデルでは、 ここは当たったけれども、ここは当たらなかったみたいなことを検証しながらぐるぐる回していくと いう・・・営みそのものを言っている」と述べている3が、政府において始まったEBPMは、現状では、 RCTを伴うような統計学的に厳密なものを求めているものではないことがここに表れている。 頑健な証拠を得ようとすると、介入群と対照群の比較のための介入実験が必要となるが、我が国にお いて、学校や子供を対象にそれを行うことへの理解はまだ十分にはなく、現時点においては、「政策立 案に当たって、ロジックモデル(インプット(予算)→アクティビティ(施策)→アウトプット(活 動実績)→アウトカム(成果目標))を立て、施策の実施中や実施後に、その成果を一定の指標を活用 してフォローアップしながら、施策の改善を図ろうとするプロセスを政策の推進において取り入れるこ と」をもってEBPMと称することが現実的な対応として適切であろうと思われる。5 政府におけるEBPMの課題
ただし、EBPMにおける証拠(エビデンス)とは、ある政策を実施したことによる成果、つまり「因 果関係」を表す根拠であって、単なるデータや数値の活用ではない。この点で、政府のEBPMには問題 のあるものが混在していると思われる。 その一例が、平成30年11月12日の経済財政諮問会議に出された民間議員ペーパー「徹底した見える化 を基盤とした教育・科学技術政策と予算のメリハリに向けて」である4。このペーパーでは、「EBPMの 加速・推進」と称して、「実効ある大学改革に向け、・・・学修時間や学修成果、トップ10%論文数、若 手研究者割合等の早期公表、客観的かつ相互比較可能な指標計測のためのガイドラインの整備・・・の工程を明確化すべき。」と述べている。また、それを行う目的として、「・・・教育の質に基づく私学助 成の配分割合や国立大学運営費交付金の戦略的配分割合について、・・・抜本的に引き上げていくべき。 民間資金の導入など・・・アウトカム等で客観的・相対的に評価する仕組みを導入し、メリハリのつい た財政支援を強化すべき」と述べている。しかし、こうした定量的な指標に基づいて相互比較を行い、 資金配分にメリハリを付けることが、大学の教育研究成果(アウトカム)をどう高めるかの検証を行う のであればEBPMの名に値するが、数値で測れる指標で相対評価をすること自体をEBPMと言うことに は疑問があると言わざるを得ない。 この民間議員ペーパーは、その 3 週前(10月24日)に開かれた財政制度等審議会に、財務省主計局が 提出した資料5とほぼ同内容である。そこでは、国立大学法人運営費交付金について、「・・・共通指 標に基づいて配分する割合をまずは10%程度にまで高めることが必要ではないか」と述べている。こ の 「10%」 という数字の根拠を、11月14日の衆議院・文部科学委員会で馳浩議員が財務省に対して質 問している。うえの賢一郎財務副大臣の答弁は、「頑張って成果を上げている大学を後押しするため」、 「31年度は400億円を評価をして配分するとの文部科学省の要求に対し、思い切って倍以上にしていただ きたいとの趣旨です」というものであったため、馳議員は、「そもそも、いつも財務省の方が、エビデ ンスを示せと言いながら、自分たちの10%という数字の根拠については、思い切ってとか頑張ってと か。・・・それ財務省が答弁するような内容ではありませんよ」と批判している。 数値相対評価により予算配分をすべしとの主張は、例えば、河村小百合氏(日本総研上席主任研究 員)の論考に顕著に見られる。同氏は、「国際的な著名学術誌への論文掲載件数や、論文の被引用件数 といった定量的な評価指標が世界的には確立しつつある」6、「競争的資金によるウエートを徐々に高め つつ国費を支出するという・・・点自体にはおそらく、あまり異論はないのではないか」7と述べてい る。しかし、他国で取り入れていると言うことが因果関係の証拠を示したことになるのであろうか。ま た、こうしたことが世界的に確立しているとか、異論がないというのは本当であろうか。 例えば、英国における大学への資金配分機関であるHEFCE(イングランド高等教育財政審議会)は、 研究評価枠組み(REF)に関する調査報告書において、「いくつかの指標は、誤って使われたり歪んだ使 われ方をする恐れがある。その代表例が、学術雑誌のインパクトファクター、論文被引用率である」8、 「我々が考慮したエビデンスからは、現時点では定量的指標だけで研究成果の質を測ることは不可能だ という結論に達した」9と述べている。また、基盤的経費と競争的資金とのバランスについてはまさに 論争となっている。京都大学のIR推進室において、国立大学全体の運営費交付金と競争的資金を合わせ た資金総額に占める前者の割合と論文生産性(金額当たり論文数)との関係性を分析したところ、運営 費交付金の割合が低くなり過ぎるとむしろ論文生産性は低下するという関係にあることが示されている (文末図参照)。 教育の成果についても、米国連邦教育省・教育統計局の中等後教育統合データシステム(IPEDS)を 元にしたウェブサイト(カレッジ・ナビゲータ、カレッジ・スコアカード)、英国学生庁(OfS)の学 生満足度全国調査(NSS)や高等教育統計局(HESA)の卒業生調査(DLHE)を元にした検索サイト (UNISTATS)や教育評価枠組み(TEF)において、卒業率(米)、入学 1 年後の中退率(英)、学生の満 足度(英)、卒業後の年収(米:入学10年後、英:卒業半年後と 3 年後)、卒業半年後に専門職・管理職 に就いている者の割合(英)などの指標が、大学ごと(米)、専攻ごと(英)に公表されていることは
事実であるが、これらは資源配分には使われていない10。 EBPMの適切な推進のためには、政府において誤った解釈や運用が行われないよう、研究者など外部 の知見の導入が必要であると考えられる。同時に、政府において、データに基づく合理的な思考によ り課題を解決する能力を身につけた人材を確保することが必要であり、EBPM推進委員会及び統計委員 会は、平成30年 4 月、「EBPMを推進するための人材の確保・育成等に関する方針」をとりまとめてい る11。この中で、政府職員の採用(任期付採用、中途採用、データサイエンス関係学部などへの採用広 報)、配置・登用、能力開発(研修、国内外の大学院等への留学、学位取得)、人事交流による対応や、 大学等の研究機関との共同研究、研究者との協働、若手研究者等の任期付職員としての採用などに取り 組むことが示されており、この面での学界の協力も期待される。 【図】国立大学全体の運営費交付金と論文数の関係性分析 運営費交付金の占める割合と金額あたりの論文数(標準化値)の分布図(論文数 N-4年) 資金に占める割合 運営費交付金の割合が一定程度の高い水準にある時に論文生産性が最も高くなると いう結果となった(運営費交付金の割合が低すぎても高すぎても生産性が下がる)。
参考文献 ・内閣官房・行政改革推進本部ホームページ「EBPMの推進」 https://www.gyoukaku.go.jp/ebpm/index.html 2018年12月 2 日閲覧 註 1 内閣府・経済財政諮問会議ホームページ https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/reform/wg7/301016/shiryou2-1.pdf 2 内閣官房・行政改革推進本部ホームページ http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/ebpm/dai3/siryou2_2.pdf 3 文部科学省ホームページ・平成30年度行政事業レビュー「公開プロセス」 2 日目議事録 http://www.mext.go.jp/a_menu/kouritsu/detail/1406167.htm 4 内閣府・経済財政諮問会議ホームページ https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2018/1112/shiryo_03-1.pdf 5 財務省・財政制度等審議会ホームページ https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/ zaiseia301024/01.pdf 6 河村小百合「成長戦略として国立大学法人制度に求められる抜本的改革の方向性」(JRIレビュー 2017 Vol.12 No.51)(https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/jrireview/pdf/10178.pdf)40頁。 7 同上35頁。
8 Higher Education Funding Council for England (HEFCE)「The Metric Tide」(2015年 7 月)(https://responsiblemetrics. org/the-metric-tide/)viii~ix頁、138頁。なお、HEFCEは、2017年に改組され、現在は、学生庁(Office for Students (OfS))となっている。 9 同上131頁。 10 森利枝「米国における学修成果可視化の展開」(2018年、『リクルートカレッジマネジメント』209)によると、 米国における主目的は大学の説明責任と透明性の確保であり、田中正弘「イギリスの大学教育改革─学生の利 益を優先するために─」(2018年、『IDE現代の高等教育』No.605)、本間政雄「情報公開とは何か?」(2018年、 『大学マネジメント』Vol.14、No.9)によると、英国では、TEFの評価結果が授業料上限の引き上げの条件とし て使われているにとどまり、主目的は学生の利益の保護、学修者の大学選びのための情報提供である。 11 内閣官房・行政改革推進本部ホームページ https://www.gyoukaku.go.jp/ebpm/img/guideline1.pdf