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[講演記録] 住民の早期避難の問題点 〜 宮城県沖地震の教訓から 〜

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Academic year: 2021

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[講演記録] 住民の早期避難の問題点 ~宮城県沖地震の教訓から~

気仙沼市危機管理課* 佐藤 健一 * 〒980-8501 宮城県気仙沼市八日町 1-1-1 本稿は,東海新報社(本社:大船渡市)のご厚意により,同社発行の「東海新報」に掲載された連載コラム「歴史地震 研究発表会公開講演より」(2006 年 10 月 27 日~12 月 8 日)を本誌向けに組版して転載したものです. 気仙沼市危機管理課の佐藤と申します.私からは 平成 15 年 5 月 26 日にありました宮城県沖地震での 経験から,行政での対応や予防策を進める上で表れ てきた課題をめぐって,経緯やその後の対策につい てご紹介させていただきたいと思います. テーマの「津波警報発令時の住民の早期避難の 問題点」ということですが,気仙沼市は当然でござい ますけれど,大船渡市など三陸沿岸の都市,それか ら全国の海岸に位置します自治体においては,やは り津波時の早期避難というものが一番大きな課題とな っております.早期避難,これは津波防災の一番の 基本であるということから対策を進めているわけです. 気仙沼の位置図は皆さんご存知なので省略いたし ますが,今年 3 月には隣の唐桑町と合併致しておりま す.湾奥の港には大型の漁船が目につきます.大船 渡湾と同じように湾の入り口から奥まで非常に距離が あり,入り込んだリアス式の特徴のある湾です. これまでの津波対策といたしましては,全国あるい は三陸の沿岸と同様に防潮堤の整備といったハード 的なものと,年に何回か実施しております防災講演会, 避難訓練というようなものを行って市民の皆さんに防 災の周知を図っております. 気仙沼におきましても明治三陸津波で大きな影響 がございまして,死者が 1,300 名を超えるというような 被害が出ております.津波の高さも約 11m を記録して おります. 昭和 8 年の三陸津波では直接津波が遡上しまして, 住宅を破壊している状況があります. これは,さきほど今村先生のお話にありましたインド 洋の大津波と同様でございますが,船舶が陸上に乗 り上げ住宅に被害を与え,さらに養殖施設なども陸上 に上がったというような状況があります. 昭和 35 年のチリ地震津波では湾の奥の方にありま す気仙沼の魚市場付近が被害を受けております.海 面を見ますと漁船や養殖施設のあたりが渦を巻いて おりました. この津波ではやはり湾の奥に位置します河川を遡 上した津波によって,漂流物が住宅に被害を与えま した.記録写真には川を遡上した船がこちらの陸に 打ち上げられ,家の中に突っ込んでいるもの,養殖 施設のカキ棚,カキ樽がやはり同じように打ち上げら れました. また,気仙沼の湾奥部の魚市場周辺の航空写真 を見ますと,何波目かの津波が来ている様子が見え ますし,養殖施設とか船舶,それから海面が渦を巻い ているというような状況や非常に速い流れも映ってい ます. このチリ地震津波では整然と並んでいた養殖施設 などが陸に打ち上げられて散乱するなど,被害も結 構受けましたし,経験もしているということで,気仙沼 市民はかなり防災意識は高いだろうというように考え ておりました. ハードの取り組み,ソフトの取り組みという,このよう な形で何とか次の津波には対応できるんじゃないかと いう思いが行政側にありました. しかしながら 15 年 5 月 26 日,三陸南地震という, 深さは 80km ぐらいだったと思いますが,震源地が気 仙沼沖数 km という,大きな地震が発生しました. 大船渡でもかなりの揺れがあって確か震度 6 弱, 気仙沼は震度 5 強というような揺れでした.それで, 気仙沼市内でも落石があったりという被害が出ており ました. さてその時,避難状況はどうだったかということで, 津波の危険域と思われる市内の 11,722 世帯に対しま してアンケート調査を実施しました. このうち回答が 3,300 ほどございました.その結果, その時の地震によって 9 割の方が「津波が発生する かも知れないと思った」と回答しております.「これは 来るな」と思ったということですね. ここまでは,さすが気仙沼市民,非常に意識が高 いなと思ったんですが,実は「その後逃げましたか」と 歴史地震 第22 号(2007) 9-12 頁

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- 10 - いう設問に対しまして,純粋に津波からの避難行動を したというのは僅か1.7%でありました. この数字は我々にとっては衝撃的でありまして,ア ンケートの中身をどんどん,どんどん見てまいりました ら,「津波というのは必ず潮が引くんだ」と思っておら れるんですね. チリ地震津波がそうであったということから,引くも んだと思っている.「海を見に行って引いたら逃げまし ょう」というような方がかなりおられたようです. それから,「なんだか分かんないけども自分だけは 大丈夫」というふうに,「理由はないけど大丈夫だろう」 と答えた方,あるいは「情報を待っていた」という方も. この時はたまたま「津波なし」という報道がなされま したが,確か出たのは 14 分後ぐらいだったでしょうか, 非常に遅くなってからそれが出されました.それまで 待っていたと. しかしながら,万が一その場所でその地震によって 津波が起こされますと,数分でやって来るだろうという ような位置なんです.実際はそこ(深さ 80km の震源) では発生しないと思いますが,そういうものでした. 実際に避難行動をとった1.7%の人たちはどうだっ たかといいますと,気仙沼湾の入り口に近い人,外洋 に面した人が逃げておりました.実はその地区は停 電しておりましてテレビが見られなかった.(それで) 急いで逃げたということです. これは市民の意識を変えないとダメだと思いました. まずは正しい津波の知識を知ってもらうことが必要だ. そのためには,災害を具体的に住民個人がイメージ できるやり方を,行政が進めなければならないと考え ました. そこで,ワークショップをどうしようかということで,防 災マップづくりを契機にしまして,イメージ化する部分 を作り上げていくことを行いました. 旧気仙沼市には 171 行政区がありますけれども, そのうち危険地区は 100 ぐらいあるんです.そこを含 む 131 行政区に対して土曜日,日曜日,夜間にワー クショップを行いました. 一地区当たり最低で大体 3 回,少なくても 2 回以上 になりますが,多いところは 5,6 回行いました.そこに 我々が行って説明し,(地震,津波,避難の)イメージ 化のお手伝いをしました. その結果,「自分たちはどうしよう」「こう逃げよう,あ あ逃げよう」「古老から聞くと昔はここまで津波が来た そうだ」「役所が言うのとちょっと違うな」といった話も 出されながらで,まず地図を作りました. こうしたことを経て,市が防災マップという形にまと めました.それは,防災マップとして中身的には非常 に粗(あら)いもので,最低限の情報だけ入れておりま す. 今村文彦先生(東北大教授)のご指導も得ながら 作り上げましたが,逃げる方向,安全な場所,それか ら一時避難ビルとか避難高台という表示だけです. このように最低限の情報だけにしたのは,これを利 用して「最終的には住民の皆さんで完成させて下さ い」「家族会議を開いて各家庭で作り上げて下さい」 「隣近所で作り上げて下さい」ということです.その注 意書きを添えて全世帯にお配りしました. 話を戻しますが,ワークショップに皆さんに集まって 頂いた際,いろいろなお話をして地図上に下ろしたあ と,翌週には歩いてもらいました. そうしますと,「思ったより短時間で逃げられるな」と か「上から降ってきそうな物があるな」というようなこと が,いろいろ出てまいりました.そして,最初に書いた 図面を修正するといったことをやってまいりました. ワークショップで我々は,発生が懸念されている宮 城県沖地震とはどんなものなのかを,できるだけ分か りやすくイメージすることに一番力を入れました.なる べく映像を使い,実際はこのぐらいのようなものですよ と. そこに行って最初にお話しすることは,「防災マッ プ作りをやるんだけれど,多くの方々に来てもらい,そ の作業の中で話し合ったりしながらイメージを作り上 げていくことが一番重要なことです.マップ作りも確か に大切だけど,それが目的ではありませんよ」と進め てまいりました. その中で,なるほどなと感心させられたことを紹介 します.ある地区では個人所有の高台の土地を皆さ んが避難場所と決めました. 実際に見に行きましたら草木が生い茂っていてと ても避難できるような状態じゃない.そうしたら翌週, 地区の人たちが総出で草刈りをしましょうということに なりました. 写真を見ますと,この時は子どもや若い人も出てお ります.自分たちで整備して自分たちで避難場所を つくっていくという,自主防災の種とか芽が出てきたよ うに思います.我々が望むような,本来あるべき防災 というようなものができあがりつつあるという一例です. それからもう一つ.湾の奥のほうで企業と地域が一

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- 11 - 体になった事例がありますのでご紹介いたします.湾 の奥に住んでいる方は避難するまでの時間,余裕が 結構あるんですが,多くは高齢者です. 日中は若い方がほとんどいない.そうしますと,災 害弱者とか要援護者といわれる方は避難するにも自 分では 10 分も 15 分も歩けない,逃げられない.とこ ろが自分の家から 300m ぐらい先に水産加工場があ る. そこで,「自分たちが借りられるよう話をするから, OK だったら役所のほうで正式に覚書かなんかを交わ してください」ということで動いたんです.この水産加 工場は 3 階建てなんですが,普通の建物の 5 階に相 当します. そこは 24 時間稼動しているもんですから,いつ逃 げてこられてもいい状態です.さらに,食品を作って いる所ですので,工場の人に言わせますと「一時避 難ビルだけれども,食べ物なら売るくらいあります」と いうお話. その後,工場が行います避難訓練や防災訓練に 際しましては,地元住民も一緒に参加してやっていま す.企業と地域住民が一緒に取り組むシステムが出 来上がった例です. また,避難看板の例もあります.普通は役所が作っ て公共の空地に建てます.皆さんの意見がまとまった ら作りましょうと話したところ,「いや待ってられないん で,我々が作るよ」と言います. そうしたら,非常に見やすい所に建てるんです. 「あんたん家の壁が使いやすいから使わせてくれ」と か言って作り,建てた.ちょっと貧弱には見えますけ れども,非常に見やすい所にどんどん建てています. こうした市民の自発的な取り組みは,我々(行政) からやってもらったのではなく,住民の話し合いの中 で出てきた非常にいい例だということで,他地区にも 紹介しながら広まっていきました. それから,災害時における要援護者,災害弱者と いわれるような方については,どうしようかということも 話し合いの中で出てまいりました. しかし,民生部局というか福祉部局のほうでは(そう した方の)情報を持っていますが,個人情報保護の 関係で防災部局ではもらえないというような実情があ りました. 今でもほとんど変わっていない部分があるんです が,これは問題だということで「それじゃ,防災の担当 で作りましょう」ということになりました. “手挙げ方式”になりますけれど,市内全世帯に呼 びかけました.「災害時に助けてほしい人は申し出 て」と.福祉部局がやりますと,障害を持った方とか何 歳以上の方とかよく制限がありますけれど,そういうも のは全部外しまして「助けてほしい人いませんか」とい うことです. 「ただし,情報はすべて開示します,警察にも消防 にも,我々ももちろん使います」というような条件を付 けまして,こうした“手挙げ方式”で助けてほしい人た ちを集めて台帳を作っております. これはまだ進行形ですが,いまのところ 1,300 人ぐ らいのデータは出来上がっております.ただ,潜在的 な要援護者というのは 1 万人以上いると思っておりま す. それから,ワークショップにも問題があると思うんで すが,参加者はあまり多くはなく特定の年代,高齢者 が目立ちます.子どもや若い人の参加が少ないという のが見受けられます. さて,防災教育についてです.教育を通じて地域 の広がりを持たせようということも実験的にやってみま した.実用に入ってきた段階ですけれども,昨年度, 防災キャンプというものを小学生を対象にやってみま した. 実際に避難体験などをやったんです,子どもたちと. 小規模校だったんですが,先生,親御さん,それから PTA と全く関係のない地域の人たちを一体にしてキ ャンプを実施しました.一気に地域の広がり,つなが りを持たせましょうとやってみました. 中学校につきましては,一つの学校で総合学習の 半分以上を使わせてもらいました.普通ですと 1 年生, 2 年生,3 年生とか,1 年生の A 班,B 班みたいな形 でやっていくんですが,そうじゃなくて 1 年生から 3 年 生の A 地区というふうに区分けしまして,いろいろや ってもらいました. 取り組みというのは勉強もありますし,自分たちで 工夫する部分もある.そうしましたら,1 年生には災害 弱者的な部分があり,2,3 年生になりますと,逆に救 助する側というんでしょうか,我々は思ってもいなかっ たんですが,支援する側に回ることもありました. そういう考えを持った子どもたちが出てくるというこ とで,これはなかなかいいやり方かなと思っています. 肝心なことを与え,あとは学校や子どもたちの工夫で やってもらう,ということでやってまいりました. それから,情報の伝達について触れます.災害弱

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- 12 - 者といいますと,体が不自由な方とか要援護者ととら えられると思いますが,いざ災害発生という時には情 報が得られない方も災害弱者に入るんじゃないだろう かと思うのです.ということで,きめ細かな情報の伝達 や情報をいかに使うかということも非常に大事です. 気仙沼市の情報収集,伝達の仕組みは,津波で すと気象庁からの情報が県,放送局などを通じて入 ってきます.それを防災行政無線を使って広報する. 場合によっては魚市場や生産基盤の施設に対しても 同じような形で情報を流していくようになっています. また,海には津波のセンサーがありまして海面状況 をとらえるようになっております.かつて,地域防災計 画の位置づけとして自治体の防災担当職員は海面 の変化を監視しなさいというふうになっておりました. 実は 1990 年の三陸はるか沖地震の際,監視に行 きましたが,次の日の新聞に「本当に津波が来たらど うするんだ.職員が危ないじゃないか」と出ておりまし た. 津波が来たら全くその通りでして,それまでも無人 というか遠隔で監視できるような仕組みっていうのが 必要だということで,国,県に整備をお願いしました. しかし,そういうものは出来ないということで,「じゃ, これを機に自分たちでやろう」と,それを作りました.こ れが今のシステムの基本になっています. というふうに,海面の情報も生かすことが必要だと いうことで,沖合津波計と連動しながら津波地震にも 対応した仕組みが一日も早く完成されることを願って いる状況です. あちこち話が行きましたけども,気仙沼市の取り組 み事例を紹介させていただきました.以上でございま す.

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