芥川龍之介の
大正十二年三月二十日発行の『サンデー毎日』(+立8)に発 表された芥川龍之介の戯曲『二人小町』が平安時代の絶世の芙女 小野小町に取材した作品であることは、今更言うまでもない。中 棋以後伝説化された小野小町は、多く年を取って憔悴した姿が描 かれる。それらの代表作として『玉造小町壮衰書』があり 、謡 曲 の『関寺小町 』 『園鵡小町』 『卒都婆小町』も同一の趣向である。 また若い時の小町を描いた『通小町』も、深草少将の求婚を拒み、 百夜通いを強いて遂に恋死させたために、あの世で苦患を受けろ という趣向である。中且の小野小町は、美貌とオ知の権化とされ た王朝時代の 小町を一挙に零落した小町に落し入れることにより、 栄枯盛衰・因果応報の無常観を説く便りとされた。芥川の[二人 小町』も、壮年の小町と老衰の小町を対比 し たもので、その典拠 は、既に掲げた諸種の小町物の枠を出ない。例えば海老井英次編 昭和五十六年 『鑑賞日本現代文学11芥川龍之介』( )の出典一覧は、 七月角川●店 . 『玉造小町壮衰魯』謡曲『関寺小町』『卒都婆小町』『通小 町』 の指摘に止まる。 しかしながらそれらの出典は、単に一人の小町の盛衰を述べた もので、芥川のように二人の小町を登場させる『二人小町』の典 拠としては必ずしもふさわしくない。 小町を二人にしたのは、典 拠のない芥川の独創であったろう か。この点を明らかにするため に、まずは『二人小町』の祖筋を述ぺておく。 よみ 芙しい小野小町の許へ突然黄泉の使いが現れ、小町を地獄へ巡 たね れ去ろうとする。小町は自分はまだ若く、恋人の少将の胤を宿し ており、若し自分が死ねば、その子も少将も両親も皆死んでしま うと言い張り、連れ てゆかぬように嘆顧する。黄泉の使いは、助 命するには、代りに同名でし かも同じ年頃の女がいると言う。小 野小町はその条件に合う女として、器謹の悪い玉造小町を推腐し、 まんまと黄泉の使いを追い払う。 玉造小町の許に赴いた黄泉の使いは、彼女を背負い地獄へと急 ぐ。その行先に不黎を抱いた至造小町は、使いを問いつめ、自分 が小野小町の代りに地獄へ迎行される のだと知り、大変怒って小『二人小町』
赤
羽
の典拠とその扱い
学
-61-野小町を俎つき・男たら しと罵り、 使いを誘惑して再び小野小町 の許へ追い返す。 小野小町は、 安倍昭明の助力を得て、 大勢の神将に身を守らせ、 とうとう黄泉の使い を退散させる。 使いは悲朋をあげて逃げ 去る 。 数十年後、 年老いて共に乞食になった二人の小町は、 枯茫の原 で出合って過去を回想し 、お 互いに死に たいと 苫う。 そこへ黄泉 の使いが 来か か る。期せずして二人 は、 黄泉の使いに同時に呼び掛け、 自分逹を黄泉へ連れて行ってくれと願う 。 し かし使い は昔欺され たことに懲りて断るの で、 二人は 泣き伏す。 芥川は、『二人小町』において、 二人の小町を登場させ、 二人 を対抗させる。 二人は互いに領洩し合い、 エゴイズムの限りを尽 す。 黄泉の使いは、そ うした女同士の張り合いに愛想をつかし、 二人の願いを拒絶して去る。 ここに芥川 の辛辣な女性限が垣閻見 られる。 もともと小野小町の実像は曖味校糊とした霧に閉され、 小野笙 の孫とい う説がある一方に、 出羽郡司小野良実の女 とする説があ り、 そこ から 宝造小町の伝説も生れた。 芥川は、 進んで小野小町 と玉迷小町を別人に仕立たわけで、小町を複数にみなす紫地は既 に小町伝説の中に潜んでいたとみることも可能である。 それより も、 芥川の『二人小町』の趣向として注意しなければならないの は、 一人の女に死の使いがやってきて、 その使いが同名異人を連 れて仰るとい う話柄の存在である。 これこそが、『一一人小町』の 基木の構造であり、小町 はそこに投入された仮りの人物に過ぎな い。 その点より見れば、 『二人小町』の典拠を小町物に求めるの は、 単に名前に囚われた皮相な見解とせざるを得ない。 さぬ々のくにのをんなめいどにゆきてそのたまLひ 『今昔物語』巻二十の十八話「殴岐国女行冥途其魂遠付 かへりてほかのみにつくこと 他身語」は次のような話で ある。 昔惑岐の国の山田の郡に一人 の女があり、 姓を布敷氏と言った。 重病に椛ったので、 門に疫神 之いない に搾げる賂を四いた。 閻阪王の使いとしてその女を迎えに 来た鬼 は、 空腹の余りその賂を食ぺてしまった。 鬼は女に、 自分は供捉 された恩に報いるために、 お前を助けようと思うが、 代りに同名 うたり 同姓の女がいる. そうい う女があるかと尋ね た。 女が粕足の郡に その条件に適う女が有ると答えると、 鬼はその女の額に盤を打ち 立て、 連れ去ったと思うと、 前の女は蘇生した。閥阪王は、 姶足 の郡の女 の替え玉であることを見破り、 鬼に本物を連行するよう に命じたので、 鬼は再び山田の郡の女を召し、 粕足の郡の女を茄 む(ろ す。 しかし、その女の骸は既に火葬に付されて しまい、 寄りつく 身がなかった。 仕方なく山田の郡の女として蘇るが、女はこれは 自分の家ではな いとして、 粕足の郡へ行く。 その家では、 自家の 女でない女がやって きたので不帝に思う。 しかし、 冥途における 女の体験を問いた両家の人々は、 その訳を納得し、 それぞれ自分 の女とした。 女は一時 に四人の親を柑、 両家の財産を領し、 仕合 に栄えた。 鬼に賂をする ことは、 功空しきにあ らず、また死人を
-62-右二話は、 共に『日本坦界記』に原典がある。 前者は、 中巻の •』0 t 急いで火葬にしてはならない。 この話は、 冥途の使いを得た女が同名の女の名を鬼に告げ、 代 りに地料に迎れ て行 かせるという趣向が、 芥川 の『二人小町』の それと酪似する。 二十五話「曲羅王使鬼受所召人之饗而報恩総 」に、 後者は 同務二十四話「曲羅王使鬼得所召人之賂以免緑」に基づく。 『日本凶汎記』と『今昔物語』とはほぼ同じ内容を伝えるが、 他 の場合を考秘して、 芥川は恐らく『今昔物話』の方に拠ったもの たちばなの、ーしまつかひにまひなUしてめいどにいたらざること 『今昔物語』同巻十九話「橘ノ磐島賂使不至冥途語」 と推定される。 もしその推定が正しいとして、 怒岐の山田の郡の も似た内容である。 奈良の京の柄の磐島 は、 寺の偕金を返済する 女と桶の磐団を比牧すれば、 芥川はその前者により多くを依存し ために、 越前の敦賀に赴いて商売して紺る途中、 山城の宇治橘で た であろうこともまた明らかである。 追いかけてきた三人の男に迩う。 その三人は、 磐品を冥途に召す 山田の郡の女は、 鬼に賂をしたこ とによって命を助かるが、 自 ほしいい ための使いであった。 空腹を訴える鬼に磐品は、 携行する糀を与 分の身代りとして、 同名同姓の他の女を推囮すること に、 いささ え、 更に家に屈って大いに阪舞っ た。 牛の肉を立いたいという鬼 かの路路も感じていない。 この点について原典には何の言及もさ に、 磐品は二頭の牛を与え、 地煎に行くことを免れる。 鬼は、 笠 れ ていないが、芥川はそこにしたたかな女のエゴイズムを見出 し、 一 3 6 島に身代りとして同年の人を求めるが、 彼は知らぬと答える。 鬼 山 田の郡の女に小野小町を見立て 、 被 宮者である鵜足の郡の女に 一 っちのえとら は然品に伺の年であるかを討ね、 彼が戊寅と答える と、 その生れ 玉造小町を擬して、『二人小町』を構想したとみていいであろう。 の人を承知していて辿行する。 別れに際して三人の鬼は、 それぞ 『今昔物語』のこの周辺で、 芥川に素材を提供した話として、 ろくのみやのひめギみの れ俗名を告げ、 牛を食った報いで閻限に折 檻されるから、 その罪 『六 の宮の姫君』の典拠とされた巻十九の第五話「六宮姫君 をうとしゅっけすること をまぬかれしむるために、 名を 呼んで金剛般若経を読誦してくれ 夫出家語」 が指摘される。 と穎む。 磐烏がその通りにすると、 三日後の焼に鬼が現れ、 自分 逹は苦を逃れただけでなく、 一囮多くの食を得たと告げて感謝す る。 磐品は寺の伯金があったために、 冥途行きが遅れて命を助か り、 鬼は牛を食う罪を犯したが、 般若の力によって苦をまぬかれ 前掲の『今背物語』の二つの説話にお いて、 誰が誰を死なせた、 誰が誰のため に 死んだという害被害の意識 は全く見られず、 ただ 鬼に賂することの効果が説かれている。 しかし、 山田の郡の女の 場合、 無OO係の粕足の郡の女を代替にして死 なせることを、 当の 女が口にしたということに、 作者はいささか閲囚を感じ ているら
しい。 鬼が賂を受けた女を 助けるために他の女を代りに連れてい く、 そのとまかしをチェックしたのは閻邸大王であるが、 その裏 に無実の女を殺すことに抵抗を感じる大王の良心が沼 む。 粕足の 郡の女は、 山田の郡の女のい われのない指名によって冥途に迎行 されたのであり、 これを殺すことは大王の活券に かかわった。 そ れゆえ、 改めて大王の目指す本人が召されたのである。 この問題は、 次の橘の啓島の掛合と比較すればよくわかる。柄 の磐島も鬼に賂をして、 ために冥途行き を まぬかれるが、 山田の 郡の女と迎い、 鬼に代替を求められた時自分は知らぬと答える。 鬼が代替を連行したのは、 鬼の汽任においてしたことであ り、 啓 島に対して西任を問うことができなかった。 大王は 鬼の連行した .のが磐島と同年の別人であることを知っていたに述いない。 にも かかわらずそれを獣�認せざるを符なかったのは、 ひとえにそれが 鬼の所為だったからである。 そ のために鬼は賂を受けたことを き つく咎めら れ た。 もし芥川がこ の類似の二つの話を比較しながら読んだとしたら、 彼は何を感じたであろ うか。 それ は、 男よりも女の方が保身のた めにたやすく人を売るというみに くさではなかったろうか。 山田の郡の女が粕足の郡 の女を代替に指名した のは、 鬼に求め られたからであ る。 その前に鬼には、 山田の郡 の 女の賂を食って しまったという弱みがあっ た。 従って山田 の郡の女 の行為は一概 じくろ に白られず、 形式的に魂は殺すけれども骸は生かし、 逆に粕足の 郡の女は、 魂は生かして骸をなくし、 その魂を 山田の郡の女 の骸 に蘇らすという奇妙な折衷がなされたのである。 使 四 『今肯物語』の山田の郡の女と粕足の郡の女との間には、 何の 葛藤も描かれ ていない。 それは、 その話が鬼に賂をすす めること にあったからである。 しかし、 二人の女に 人間的な情念を与えた ら、 必ずや酪い争いを務き起したに相迎ない。 芥川は、 その点を 『今昔物語』の中から引き出したのである。 芥川の迎形した小野 小町は、 一方の玉造 小町に対して 似越感を抱いていた。 小野小町 が自分の代替として玉造小町を推囮する台岡は次のようである 。 4 小町 小町 !誰か小町と云ふ人はゐなかったかし ら。 ああ、 ― ほつさてき た主つくり 6 ゐます。 ゐます。 (発作的に笑ひ出しながら)五造の小町と 一 云ふ人がゐます。 あの人を代りにつれて行って下さい。 使 年 もあなたと 同じ位ですか? 小町 ええ、 丁度同じ位です。 唯綺廊ではありませんが、 盛紐などはどうでもかまはないのでせう? あいそ よ (愛想よく)悪い方が好いのです。 同梢しずにすみま すから。 小町 (生き生きと)では あの 人に行って四つて下さ い。 あの人はこの山にゐるよりも、 地獄に住みたいと云つてゐま す。 誰も迷ふ人がゐないものですから。 女は、 僻凪がよ く人にもてはやされ ることを生き印斐とする。 そ
小町 (伯然と)それをほんたうだと思 っ たのですか?舷 ですよ。 あなた!少将は今でもあの人のところへ百夜通ひを して ゐる位ですもの。 少将の腹を宿すの はおろか、 迩つたこ とさヘ一度もありはしません。 位も、 はも、 真赤 な 追ですよ 使 真 赤9舷?・そんなことはまさかないでせう。 小町 では誰にでもIUIいて御院なさ い。 深卒の少将の百夜 通ひと云へば、下司の子供でも知つてゐろ筈です。 それをあ なたは位とも思はずに、・・・あの人の代りにわた しの命を、・・・ ひどい。 ひどい。 ひどい。 (泣き始める) これを聞いた使はびっくりして、 また玉造小町と次の会話を交す。 使 し かし碓でも真に受けますよ。 …••• あ なたは何か小 野の小町に恨まれることでもあるのですか? 使 あ の人は今身持ちださう です。 深草の少将の胤とかを の点で、 小野小町は玉造小町を戟渡する。 小野小町の裔投さは、 その伝説の中にも流れてい る。 小野小町に光られた 玉造小町の対 応は次のようである。 あなたは小野の小町の代りに地獄へ堕ちることにな っ たのです。 小町 小野の小町の代りにー・それは又一体どうしたんです 使 小町 (妙に微笑する)あるやうな、 ないやうな、・・・まあ、 あるのかも 知れません。 使 す るとその恨まれることA云ふのは? 小町 (但痰するやうに)お互に 女ではありませんか? ここまでくると、 小野小町と玉造小町は、 典拠の山田の郡の女 と狛足の郡の女の関係のよう な単純な忠被宙の立場を超えて、 陰 険に張り合っている仲であることが知られる 。 か くして『二人小 町』は典拠を離れ、 女二人の確執の悲劇へと股叫する。
五
大正八年六月三十日から八月八日まで『大阪毎日新聞』に迎戦 ゃ令t
された『路上』の大井は、 自分の恋人が他の女に嫉妬を焼くこと を承知の上で、 自分が女名 で自分に手紙を出し、 案の定嫉妬を焼 いた女に妹気がさし、 策略を弄して女と別れる。 こうした大井を 芥川は「多くの女に地獄を見てゐる」と評する。 大井は、 自分が 自分にあ て て 女名の手紙を掛いた 心税を友人の俊助に次のように 説明する。 妙だらう 。 あいつが僕に惚れてゐろ事がわかりや、 あいつが 姐になると云ふm
は、 僕は百も承知してゐるんだ。 さうして あいつが姻になった 暁にや、 余計111の中が体屈になろと云ふ 事も知つてゐるんだ。 しか も伐は、 その時に、 九分九匝まで はあの女が嫉妬を焼<m
を知つてゐたんだぜ。 それでゐて、 手紙を内いたんだ。 否かなけりやゐら れなかったんだ。-65-大井が緩ったのは、恋 愛関係に入った女が必ず発揮する独占欲で あった。大井はそれを 承知していて女に試したので あ る。 同様な趣向を芥川は、大正七年五月の『赤い烏』の創刊号に限 った 『蜘蛛の糸』において試みる。この世で悪事の限りをつくし た報いで地獄の 血の池に落らていろ往陀多に、お釈迦様は、蜘蛛 を踏みつぶさなかった経陀多の生前の唯一の善行に免じて、彼の 頭上に蜘蛛の糸を垂れ、彼を救おうとなさる。縫陀多はしめた と ばかりに蜘蛛の 糸を懸じ登るが、その一本の蜘蛛の糸に、数限り のない罪人が登ってくる のを兄て、思わず不安に かられ、「この “h 蜘蛛の糸は己のものだぞ」とその独占権を主張し、途代に蜘蛛の 糸は切れ、もとの血の池に墜落する。それを芥川は、「自分ばか り地獄からぬけ出さうとする健陀多 の無慈悲な心」の所為とする が、お釈迦様は、その結末を人間の内なる自然のあら われ として、 とうに承知しており、知っての上で健陀多をわざと おとし入れ た のである。 大井が女に兄る 地獄と、牲陀多が二度目に墜落した地 •以とは同じも ので、人間の菜の深さを象徴する。 大正九年四月の『中央公論』(咋虹特)に掲磁された『秋』 の信子は、妹の照子に譲っ た恋人に久しぶりで再会し、久脳を叙 するが、かすかな妹の嫉妬を感じ、十三夜の夜更けに庭に出て鶏 小屋を覗き、「玉子を人に取られた類が」と独り呟いて冷たい秋 を実感する。このことは、恋人 の俊吉が夕鮪の食点に出た卵を見 て、「人間の生活は掠奪で持つてゐるんだね。小はこの玉子から ー」と冗球を苔うところから来ている。信子は、恋人を独占せ ず、妹に譲渡するがその善意が 取り返し のつか ぬ悔恨となって彼 女自gをさいなむ。女は欲望を独占しても放棄しても所詮救われ ない存在である。 芥川の、 女の菜を主四と した一迎の小説の中で最も『二人小町』 に近いのは、大正九年九月の『中央公論』(咋サ炉3に載った 『母』である。上海の豚館に住む若夫婦は、最近子供を亡くし 、 隣室に住む同年輩の夫婦の赤児の暗き声が気になって、三階へ部 塁替えをする。その妥の名を野村 敏子といい 、隣であった女と同 名である ことが、次の会話に よ って知られる。 「時にね、お消さん。」 「何でとざいます?真面目さうに。」 女中も出窓の日の光に、前掛だけくつきり照らさせながら、 浅黒い眼もとに微笑を見せた。 「御隣の野村さん、ー'野村さんでせう、あの奥さんは?」 「ええ、野村敏子さん。」 「敏子さん?ぢや私と同じ名だわね。あ の方はもう御立らに 」 なったの? 「いいえ、まだ五六日は御滞在でとざいませう。それから何 99フ9 でも蕪湖とかへ、ー」 「だってさつき 前を通ったら、御隣にはどなたもいらつしゃ らなかったわよ。」
-66-「ええ。昨晩急に又、三階へ御部屋が 変りましたから、ー'」 「さう。」 女は何か考へろやうに、丸丸した顔を傾けて見せた。 「あの方でせう? 此処へ御出でになる と、 その日に御子さ んをなくなしたのは?.」 「ええ。 御気の斑でCざいますわね。すぐに病院へも御入れ になったんですけれど。」 J . 「ぢや病院で御なくな りなすったの?道理で何にも知らなか った。」 女は前髪を割った額に、かすかに憂鬱の色を浮べた。 が、す いたづら ぐに又元の通り、快活な微笑を取り戻す と、 悪戯さうな眼つ きになった。 この「快活な微笑」と「悪戯さうな眼つき」によって隣の 女 が子 を亡くした女に同情と 共にかすか な優越を抱 いていろことが知ら れる。 その廊下へ子を亡くした 女が来かかり言莱を交す 。 「らよいと御免下さいまし。 」 しかしその言葉が終らない内に、 もう其処へはさつきの女中 が、 ばたばた上草履を潟らせながら、 泣き立てる赤児を抱き そやして来た。 赤児を、ー'美しいメリンスの著物の中に、 しかめた頻ばかり出した赤児を、ー'敏子が内心見まいとし あ ご てゐた、 丈夫さうに願の括れた赤児を1・ 「私が窓を拭きに参りますと ね、すぐにもう眼 を 御党ましな すつて。」 「どうも憚り様。」 女はまだ慣れなさうに` そつ と赤児を胸に取った。 おかあい 「まあ、 御可愛い。」 敏子は顔を寄せなが ら、鋭い乳の臭ひを感じた。 「おお、 おお、 よく肥 つてゐらっ し ゃる。」 やや上気した女の顔には、絶え間ない微笑が漠ら渡っ た。 女 は敏子の心もちに、 同情が出来ない訳ではな い。 しかし、ー' しかしその乳房の下から、ー張り切った母の乳房の下から、 狂然と湧いて来る得意の情は、 どうする事も出来なかったの である 。 子を抱 く女が洩らす微笑は、前と同様相手の持たぬものを持つ 誇らし気な仕草である。 その得意の情が張りつめた乳房の下から 発散すろ。『二人小町』の小野小町が身代りに五造小町の名を口 にする時も、 発作的な笑いを見せる。 また『秋』の信子が妹の照 子に「照さんは幸 福ね。」と問いかけると、 照子は、 活き活きと微 笑しながら、 「党えて いらっしゃい。」と説む真似をして返 す。 こ うし た姉妹の椛かな動作に、 羨望と優越の対照を見ることができ る。 上海で子 を亡くした夫婦は蕪湖へ移り、 やや落ちつ い た募しを している。 そこへ、かつて隣だった女から手紙が届 く。 (初出に よると、 そ の女は「平尾敏子」と署名し て おり、 その姓名が知れ
-67-るが、再出の『春瞑』では消される。)その手紙には、
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病院に入れ候 時には、もはや手遅れと相成り、・・・・・・泣き声 • も 次第に細ろばかり、その夜の十 一時五分程前には、遂に息 を引き取り候。その時の私の悲し さ、 国霞御察し下され度1 と書いてあって`自分の子が死んだ様子 とそ っくり であったので、 一時は愕然となるが、やがて女に生気が戻り、闇の文烏を放して やろうとはしゃぎ姐る。 それを夫にたしなめられた女は 、突然蒼 臼い顔になり、先刻の手紙を破り出す 。そして、この小説の最後 ふ{ 、 わたし 「私は、私は悪いんでせうか?あの赤さ んのな くな ったのが、 ー」 敢子は急に夫の顔へ、妙に熱のある眼を注いだ。 . . . 「な くなったのが嬉し いん です。御気の畜だとは思ふんです ... ..` けれども、ーそれでも私は焙し いんです。 嫁しくつ ては謳い んでせうか?あなた。」 . 敏子の声には今までにない、荒荒しい力がこもつてゐる。男 チ刃ツ令 2ばゆ はワイシャツの 問 や固衣に今は一ばいにさし始めた、眩い日 めつ ●‘ の光を 扱金 しながら、何ともその 問に笞へなかった。何か人 上さ 力に及ばない ものが、厳然と前へでも塞がったやう に 。 と結ばれる。一旦は相手に打ちひ しが れた女が、逆に相手の不幸 を喜ぶ。この心理状態は、小野小町に軽痰された玉造小町が冥途 の使を小野小町の許へ追い返すことに成功した時 の心理に似てい る。 『母』と 『二人小町』とにお いて、名前も年恰好も税遇も同 じように設定された のは、女同士の確執を描く ため であった 。 『二 人小町』が 『母』 と違う のは、老哀した二人の小町が死にた いと念ずるけ れども、死神に も 見放される という皮肉な結末にな っていることである。『母』における二人の敏子も、老婆になっ たら、同じ憂き目を見たに述いない。 六 大正十二年+月の『改造』(江g)に脊せた「大震に際せる感 想」において 、芥川は、東京市民が日比谷公園のa
と家閲を食っ たことについて、 0びや • あひる くら 日比谷公園の池に遊ぺる鶴と家鴨と を女はしめ し境過の惨は 恐るぺし。されど鶴 と家鴨とをー`否、人肉を食ひ し にもせ よ 、 食ひしことは恐るるに足らず。自然は人間に 冷淡なれば へヽヮ なり 。人間の中なる自然も又人間の中なる人朋に愛憐を垂ろヽ
ろことなければなり 。訟と家稿を食へるが故に、東京市民を いつさい 獣 心 な りと云ムは、ー 惹 いては一切人間を 禽 獣と 選 ぶこと ひつ 亀 ヽ3い く な し と云ふは、屈党意気地なきセンティメンタリズム の み。 と述ぺ、 人間が中に持つ自然に支配される のはむしろ当然という 見解に到達する。 大正七年五月の『蜘蛛の糸』における健陀多と他の罪人との対 決に始まり、同八年六月から八 月にかけて の『路上』の大井の恋 人と 大井の仮構した女 、同九年四月の『秋』の信子と照子、同+-68-年九月の『母』の野村敏子と同名の敏子、そして十二年三月の 『二人小町』の小野小町 と玉造小町におけるエゴイズムの張り合 いは、人間の生への執沼を本能的な自然の情とみる一.連の系列に 並ぶ作品である。その果に関東大震災が勃発する。 . ただ『二人小町』の主人公にそう いう人間の醜い獣心に訣別し、 死への箇恨が兆すのは、見逃し難い特色である。若くて生命に満 ち瀾ち、冥途の使いを追い返す二人の小町にも、やがて生きてい ても甲斐の ない老衰の時が訪れる。その時死を望んでも、冥途の 使いにさえ も 見難される。その皮肉は、昭和二年一月・ニ月に 『中央公 論』(屯立荘)に発表された『玄紐山房』の玄鶴の死 に様へ投影される。腰抜けになった妻お鳥に背き、妾にお芳を囲 っ た玄鶴は、やがて立ち居もまま ならぬ重病に陥る。彼は看製婦 ふんどし. さら の甲野に、抑にするといって晒し木綿を六尺買わせ、それで首を 括ろうとするが、孫に見つけられて未遂に終る。その一週間後に 玄鶴は絶命 する。死のうとして も死ねない二人の小町に、そして 玄紐に、衰え、生きる力を失った痛ましい芥川の姿が見える。美 貌の小野小町が老衰して不幸になったとい う小町伝説のパロディ 化のように評される『二人小町 』 も、 子細にみると、その典拠に、 芥川の好んだ 『今昔物語』の世界があり、その冥途の使いに自分 の死を予感していたもののよう にも感ぜられる。 (付記)『母 』 の二人の敏子が『二人小町』の二人の小町に響い ているだろう と の示唆は、山崎澄子さんによるものである。 (本学文学部教授) 国文学研究(早稲田大学) 国文学論考(都留文科大学) 第二十二号 第三十一輯 国文学論叢(龍谷大学) 国文研究(愛媛国語国文学会) 国文研究(香川大学) 第十号 国文研究と教育 . (奈良教育大学) 第九号 第十七号 と凶文白百合(白百合女子大学) 国文目白(日本女子大学) 第二十五号 第三十五号 第十四号 国文学 研究ノ,ート(神戸大学) 国文学孜(広島大学) 第百八S第百十 二号 国文学雑誌(藤女子短期大学) 第三十六号 国文学論究(花園大学) 第+九号