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近年の通貨投資に関する研究動向

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《調 査》

近年の通貨投資に関する研究動向

酒  本  隆  太

1.はじめに

 為替市場は1日の取引高が6兆ドルを超える巨大な市場であり,実需に基づく取引を行う経済主体以外 にも多くの投資家が参加している1。為替市場における投資行動の理解は,アカデミックな研究者と投資 家のそれぞれにとって重要な研究課題である。従来,マクロ経済変数によって通貨リターンの予測をする ことはできないという研究が多く発表されてきた(Messe and Rogoff, 1983)。しかし近年,クロスセクショ ンの情報を利用することにより,超過収益を得ることが可能であるという報告が増加している。本稿では そのような状況を踏まえ,クロスセクションの情報を利用する通貨投資戦略についての研究動向を紹介す る。  本稿は以下の構成となる。2節ではクロスセクションと時系列の予測のフレームワークの違いを簡単に 述べる。3節ではクロスセクションの研究で用いられている予測変数を紹介する。最後に4節ではまとめ と今後の研究の方向性について述べる。

2.クロスセクションと時系列の違い

 金融資産の予測の研究では大きく分けて,時系列方向で有効性のある変数を探す研究とクロスセクショ ン方向で有効性のある変数を探す2つのタイプがある。時系列方向で有効な変数を探す研究では, を 期の金融資産のリターン(例 ドル円レートのリターン)として, 期の変数 で が予測可能か を以下のような式で検証する。 (1) ここで と が回帰分析の係数, が平均が0の誤差項となる。時系列方向の通貨予測の研究はRossi (2013),株式予測についてはRapach and Zhou(2013)が近年の重要な研究をサーベイしている。予測頻 度については,為替・株式ともに月次の予測が中心であり,一部のマクロ経済変数を利用したモデルでは 四半期の予測が行われている。

 クロスセクションの情報を利用した予測の研究は,株式市場では長い歴史がある。代表的な研究である Fama and French(1992)では,ある時点で企業を時価総額あるいは簿価時価比率(PBR)で順位付けをし て10個のポートフォリオに分けた。そしてその後1年間におけるそれぞれのポートフォリオの平均リター ンを調べた。その結果,時価総額の低い企業から構成されるポートフォリオや簿価時価比率の高い企業か ら構成されるポートフォリオにおける平均事後リターンが,その他のポートフォリオよりも高くなること を発見した。それ以降,同様のアプローチを採用して,クロスセクションでのリターン格差を説明する研 究は進んでいった。

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 一方向,為替市場でのクロスセクションの情報を利用した研究は,Lustig and Verdelhan(2007)以降 に大きく進むことになった。この研究では米国との金利差によって通貨をグループ分けし,ポートフォ リオを構築した。基準を米国の金利としているため,全ての通貨ペアは対米ドルでの価値で計算される。 Lustig and Verdelhanは低金利国の通貨ポートフォリオよりも高金利国の通貨ポートフォリオの方が,その 後の平均リターンが高いことを示した。この研究のより重要な点は,通貨ポートフォリオのリターン格差 が,株式市場で用いられているConsumption-Capital Asset Pricing Model(C-CAPM)で説明可能としたこと である。この結果について,高金利国通貨は,米国の消費の成長率が落ち込むときに米ドルに対して減価 しやすく,高い平均リターンはそのリスクに対する報酬と解釈できる2。クロスセクションの情報を利用 したアプローチでは時系列方向の予測に比べて,各通貨ペアの固有要因による変動が抑えられるというメ リットがある。

3.予測変数

3-1.キャリー  クロスセクションの情報を利用した通貨ポートフォリオの研究において,最も盛んに分析されているの はキャリートレードである。この投資戦略はカバーなし金利平価からの逸脱という古くから実証分野で観 察される結果に基づいている。カバーなし金利平価とは,2国間の金利差は将来の為替変化によって相殺 されるという理論である。この理論によれば高金利国の通貨は将来,低金利国の通貨に対して減価する。 しかし実証研究の分野では,カバーなし金利平価が成立しないことはよく知られている3。70年,80年代 から研究が行われていたが,前述のLustig and Verdelhanによって,2国間ではなく通貨をポートフォリオ として分析する視点が導入された。彼らはC-CAPMへの適用を検証したが,通常のCAPMでキャリーポー トフォリオを説明できるのかという検証はAtanasov and Nitschka(2014),Dobrynskaya(2014),Lettau, Maggiori, and Weber(2014)によって行われている。3つの研究に共通する特徴は,通常のCAPMよりも ダウンサイドリスクだけを取り出したDownside CAPM(D-CAPM)の方が,説明力が高いという点である。 さらにAtanasov and Nitschka(2014)は米国株式市場を市場ポートフォリオとして用いるよりも,国際市 場を市場ポートフォリオとした場合に説明力が上がることを示した。Intertemporal CAPM(I-CAPM)を通 貨ポートフォリオに対して適用する試みはAtanasov and Nitschka(2015)によって行われている。彼らの 研究ではCampbell and Vuolteenaho(2004)のフレームワークを用いて,キャッシュフロー部分の情報が通 貨キャリーポートフォリオにとって重要であることを示した。

 為替市場のボラティリティ(FXボラティリティ)もキャリーポートフォリオのリターンを説明する有 力なリスクファクターである。Menkhoff, Sarno, Schmeling, and Schrimpf(2012a)では,それぞれの通貨 ペア(対米ドル)の日次リターンからクロスセクションのFXボラティリティを求め,このFXボラティリ ティが有力なリスクファクターとなることを示した。さらにこのボラティリティはLustig, Roussanov, and Verdelhan(2011)が主成分分析において抽出したキャリーファクターと類似していることが示された4 。 MenkhoffらのFXボラティリティは様々な形に拡張された。Dupuy(2015)は通貨ごとのValue at Risk を求め, 2 ただしこの結果についてはBurnside(2011)で疑問が投げかけられており,その後の研究ではBurnside(2011)で提案され た推定方法が中心となっている。 3 たとえばBilson(1981)や Fama(1984)などを参照。またEngel(1996)はこの分野の代表的なサーベイ論文である。 4 Lustig, Roussanov, and Verdelhan(2011)では為替キャリーポートフォリオは米ドルファクター(レベルファクター)とキャ

リーファクター(スロープファクター)の2つによって説明できることが示された。キャリーファクターは高金利通貨ポー トフォリオと低金利通貨ポートフォリオのリターンスプレッドとなっており,株式市場におけるFama and French(1993)の High Minus Low(HML)ファクターと類似の手順で構築する。

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それをクロスセクションでの平均を取ったtail risk指標を提案した。このtail risk指標の方が通常のFXボラ ティリティよりもキャリーポートフォリオのリターンに対しての説明力が高いと報告されている。Ahmed and Valente(2015)はFXボラティリティを長期と短期に分解し,長期ボラティリティの方が,キャリーポー トフォリオのリターンを説明するのに主要な役割を果たしていることを示した。  キャリーポートフォリオとマクロ経済の状況を分析している研究も多く存在する。Ready, Roussanov, and Ward(2017a)ではコモディティ輸出国と輸入国の経済構造に着目し,コモディティ輸出国(例 オー ストラリア,カナダ)はコモディティ輸入国(例 日本,スイス)よりも予備的な貯蓄の需要が小さく, その差がキャリーリターンを発生させるモデルを提案した。また実証分野の研究ではBerg and Mark(2018) は失業率ギャップが,Byrne, Ibrahim, and Sakemoto(2019)はコモディティ価格の共通要因がリスクファ クターであると報告している。さらに推定モデルをより柔軟な形にして,上述のリスクファクターによ るキャリーリターンに対する説明力を向上させる試みも行われている。Christiansen, Ranaldo, and Soderlind (2011)ではFXボラティリティの水準によってレジームの異なるCAPMモデルを導入している。Sakemoto (2019)では条件付ファクターモデルを導入し,Lustigらの提案したレベル・スロープファクターに対す

るエクスポージャーが,経済状況と共に変化していることを示した。

 別の論点としては,キャリーポートフォリオにはBrunnermeier, Nagel, and Pedersen(2009)で指摘され るようにリターンの分布が負のスキューになるという問題点がある。これを解消するためにBekaert and Panayotov(2020)は典型的なロング(ショート)サイドのキャリー通貨である豪ドル(日本円)をポートフォ リオに組み入れないポートフォリオの構築方法を提案している。

3-2.モメンタム・バリュー

 キャリーの次に頻繁に用いられる投資戦略がモメンタムとバリューである。Pojarliev and Levich(2010) によれば通貨ファンドのほとんどはキャリー,モメンタム,バリューのいずれかのスタイルにエクスポー ジャーを持つ。モメンタムは,例えば過去1ヶ月の超過リターンによって通貨をランク付けして,超過 リターンの高い(低い)通貨グループをロング(ショート)することによりポートフォリオを構築する。 Menkhoff, Sarno, Schmeling, and Schrimpf(2012b)ではクロスセクションにおける通貨ごとのモメンタムの 強さによってポートフォリオを構築することにより,平均的にはポジティブな超過リターンを達成するこ とが可能であると示した。さらにMenkhoffらによればこのモメンタムポートフォリオは,FXボラティリ ティなどのリスクファクターでは説明できなかった。Filippou, Gozluklu, and Taylor(2018)では政治的な リスクがモメンタムポートフォリオのリスクプレミアムであることを示している。彼らはPRSグループに よるInternational Country Risk Guideを用いて,米国とのポリティカルスコアの差を計算して,クロスセク ションで平均化した政治リスク指標を提案した。Eriksen(2019)では高モメンタムポートフォリオはリター ンの分散(ディスパージョン)を犠牲にすることにより,高リターンを達成している可能性が指摘されて いる。

 バリュー戦略では購買力平価で計算した為替レートからの乖離に基づき,割安・割高を判断する。 クロスセクションの比較を用いてのポートフォリオ構築は,Asness, Moskowitz, and Pedersen(2013), Kroencke, Schindler, and Schrimpf(2014),Barroso and Santa-Clara(2015)で提案された。この投資戦略で は物価上昇率を考慮した実質為替レートと比べ,名目為替レートが割安なグループをロングすることにな る。Menkhoff, Sarno, Schmeling, and Schrimpf(2017)では実質為替レートを計算するときに,実質利子率, 一人当たりGDP,対外資産の規模(GDP比)などをコントロールすることにより,通常のバリューポート フォリオよりも高いシャープレシオを達成できることを示した。さらにこれまで紹介したキャリー,モメ

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ンタム,バリューといった個々の予測変数の有効性に加えてKroenckeらやBarroso and Santa-Claraの研究で は,戦略の分散を検討している。彼らの結果によれば複数の戦略を同時に用いることにより,単独の戦略 を用いたときよりも高いシャープレシオを達成できる。 3-3.マクロ経済の情報  前節までは最もよく使われる3つの投資戦略,キャリー,モメンタム,バリューを紹介した。本節 ではマクロ経済における情報をクロスセクションのランク付けに使った研究を紹介する。Dahlquist and Hasseltoft(2020)は鉱工業生産,小売売上高,失業,消費者物価,生産者物価に注目し,経済の成長ト レンドの強い(弱い)通貨をロング(ショート)するポートフォリオが0.7程度のシャープレシオを生み 出すと報告している5。彼らのポートフォリオ構築方法の特徴は,1から60 ヶ月のトレンドをすべて利用 している点である。これにより特定の時点の経済状況のトレンドだけにフォーカスしないように工夫さ れている。同様にビジネスサイクルに注目した研究としてColacito, Riddiough, and Sarno(2020)がある。 Colacitoらもビジネスサイクルの強い(弱い)通貨をロング(ショート)することにより,高シャープ レシオの達成が可能であると報告している。ビジネスサイクルは鉱工業生産指数を用いたアウトプット ギャップで計測している。更にデータが発表された時点までの情報しかフィルタリングに利用しなくても 同様のパフォーマンスが達成されることを確認した。

 グローバルインバランスも現在注目を集めているファクターである。Della Corte, Riddiough, and Sarno (2016)は対外債務(GDP比)と対外債務の自国通貨建て割合に着目した。対外債務比率が高く,さらに その中における自国通貨建て比率の低い国は,一時的なショックに対して脆弱である。その脆弱性に対す るリスクプレミアムが存在するため,対外債務比率が高く(低く),自国通貨建て債務比率の低い(高い) 国をロング(ショート)にする戦略を提案した。 3-4.金融市場の情報  本説では金融市場の情報をクロスセクションで通貨をランク付けするときのシグナルとして利用する方 法を紹介する。ただし通常のキャリー,モメンタム,バリュー戦略については既に述べているためここで は言及しない。Ang and Chen(2013)では10年国債の金利と1ヶ月のインターバンク金利のタームスプレッ ドを利用した。タームスプレッドの小さな(大きな)国の通貨をロング(ショート)することにより,通 常の先進国通貨のキャリーよりも高いシャープレシオが達成できたと報告している。

 Lustig, Roussanov, and Verdelhan(2014)は米国の短期とその他の国の短期金利の平均を比較した。彼ら は米金利が高い(低い)ときは米ドルをロング(ショート),他の全ての通貨をショート(ロング)する 戦略を提案した。この戦略も通常のキャリートレードよりも高いシャンプーレシオを達成した。Lustigら はその要因として,米国の不景気(金利の低い時)に米ドルを手放すことによるリスクプレミアムとして 解釈している6

 Della Corte, Ramadorai, and Sarno(2016)はボラティリティプレミアムを利用した手法を提案した。ボ ラティリティプレミアムは期待実現ボラティリティとオプション市場のインプライドボラティリティの差 からなる。ボラティリティプレミアムが高いことは,ボラティリティに対する保険が安く取引されている

5 Sarno and Schmeling(2014)ではこれらの研究とは逆の分析を行っている。彼らは名目為替レートの長期の変化率をクロ スセクションで比較して,名目為替レートは将来のファンダメンタルズの情報を持つかを検証している。過去に通貨が増価 した国はその後,インフレ率,マネーバランス,名目GDP成長率が低くなることを示した。

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ことを示すと考えられる。ボラティリティプレミアムの高い(安い)通貨をロング(ショート)するポー トフォリオは,キャリーやモメンタムなどの手法よりも高いシャープレシオを達成できると報告されてい る。

 為替のクロスセクションの相関に着目した手法としてはMueller, Stathopoulos, and Andrea(2017)による 研究がある。ポートフォリオの構築方法は以下の手順となる。まずそれぞれの通貨ペアリターンの相関を 日次データから計算し,10分位に分ける。次に10分位と1分位のスプレッドを計算し,相関のディスパー ジョンを計算する。その後,相関のディスパージョンに対するベータを通貨ごとに計算し3分位に分ける。 最後にディスパージョンベータが低い(高い)グループをロング(ショート)する。相関のディスパージョ ンは景気後退期に上昇するため,ディスパージョンに対するエクスポージャーにリスクプレミアムが発生 すると解釈される。  米ドルファクターに対するエクスポージャーもリスクプレミアムが存在することをVerdelhan(2018)は 報告している。ここでの米ドルファクターとは米国の投資家が他の外貨に投資したときの平均超過リター ンであり,Lustigらの2011年の論文におけるレベルファクターと同一のものである。Verdelhanは米ドルファ クターに対するエクスポージャーが大きい通貨で構築するポートフォリオでは,シャープレシオが0.6を 超えるとしている。

4.終わりに

 本稿ではクロスセクションの情報を利用した最近の通貨投資戦略について紹介を行った。最後に今後の この分野の研究の方向性について考えたい。1つ目は理論モデルの拡張である。現在の影響力があるモ デルとしては,no-arbitrageモデル,CCAPM,long-run riskモデルが挙げられる。キャリーポートフォリオ のリターンの源泉についてLustig et al.(2011)ではAffi ne型のno-arbitrageモデルを提案している。彼らの モデルをベースにLustig et al.(2014),Mueller et al.(2017),Verdelhan(2018)において拡張が試みられ ている7

。Zviadadze(2017)はLustig and Verdlhan(2007)におけるCCAPMの研究を拡張し,消費,金利, インフレーションの3種類のショックに相互依存関係を組み込んでいる。Colacito, Croce, Gavazzoni and Ready(2018)では複数の国が含まれるlong-run riskモデルを構築し,global growth news ショックがキャリー リターンを説明するのに重要な役割を果たしていることを示した。今後はキャリーポートフォリオ以外を 説明する理論モデルの登場が待たれる。

 2つ目の方向性は2008年の金融危機以降における通貨市場の構造変化を反映させることである。Ready, Roussanov, and Ward(2017b)は金融危機をコモディティ輸入国のプロダクション・ショックと捉えるこ とによりキャリーリターンの減少を説明している。Bussiere, Chinn, Ferrara, and Heipertz(2019)では投資 家の期待の変化,Lilley, Maggiori, Neiman, and Schreger(2019)では米国からのキャピタルフローの変化が 起きていることを指摘している。更にDu, Tepper, and Verdelhan(2018)ではキャリーポートフォリオを構 築するさいに多くの研究で仮定しているカバー付き金利平価が,金融危機以降に成立していないことを指 摘している。これらの要素を考慮した通貨投資についての研究の進展が期待される。

参 考 文 献

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Recent Trends in Currency Investment

Ryuta Sakemoto

Abstract

 This paper surveys the recent trends in currency investment. In particular, this paper focuses upon strategies which employ cross-sectional information across countries. First, I introduce a carry trade that is the most popular investment strategy. Next, I explain developments of momentum and value strategies. Then, the other strategies are classifi ed into two groups. The former group exploits macroeconomic information such external debts and output growth. The latter group employs information in fi nancial markets such as term spreads and cross-sectional spot exchange rate return correlations. Finally, I describe two future research directions.

参照

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