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西晋一郎の道徳教育思想

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Academic year: 2021

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(1)97. 西晋 一 郎 の 道徳教育 思想 岡. 片. 絵 里子. 置 かれた状況 の 中で 自然 に道徳 教育 や教育 につ い て考. は. じ め. えて い くよ うになったのであ る。 1929年 (昭 和 4)広. に. 島文 理 科 大 学教授 にな り,38年 間在 職 し,広 島高 師 日本 人 の伝統 的 な教育思想 を考 えて い くうえで ,道. ・文理大 の有 名教授 として 日本 の教育界 に影響 を及 ぼ. 徳教育 の 問題 は欠かす こ とがで きない 問題 で あ る。私. した。1940年. は戦前期 に道徳教育論 お よび 国民教育論 を構築 して教. 年 (昭 和 18)広 島市 で 70歳 の生 涯 を閉 じた。. (日. 召和 15)退 官 して名誉教授 とな り,1943. 西が戦前期 に教 育界 に大 きな影響 を及 ぼ して い た と. 育 界 に 大 きな影 響 を 及 ぼ した 人 物 で あ る 西 晋 一 郎 (1873∼ 1943)を 取 り上 げ ,彼 の 道 徳教 育 思想 につ い. い う こ とは,西 の思想 が当時 にお い て広 く共感 され. て考察 して い きたい と思 う。. また理解 されて い た こ とを物語 る。 しか しそれほ どま. 西 晋 一 郎 は 1873年 (明 治 6)に 鳥 取 市 で生 まれ. ,. ,. で に影響 を及 ぼ して い なが ら,戦 後 の今 日で は あ ま り. 幼少時 か ら中 ・高等学校 時代 まで に儒 学 の教養 を身 に. 西 の名前 は知 られて い ない。 そ の理 由 は西 の思想が 国. つ けた。 1896年 (明 治 29)東 京 帝 国大 学文 科 大 学哲. 粋主義 的 な思想 ととられ ,現 代 の思潮 とは乖離 して い. 治 32)に 同大 学 を卒 業 す. る とされ ,加 えて西 の業績 が純 然 たる理 論 を構築す る. る とともに同大学 院へ 進学 した。当時 , 日本 は西洋文. 学 問 で はな く,当 時 の道徳教育 の実践 に役立 つ 理論 の. 化受容 の全盛期 で あ り,学 術界 もそ の影響 を受 け て西. 構築 と考 え られたか らであろ う。. 学科 に入 学 し,1899年. (明. 洋思想 の受容 に躍起 になって い た。西 もまた大学 ・大. 今 ,改 めて西 の思想 を考察す る とい うこ とは ,当 時. 学 院時代 には西 洋哲 学 ・西 洋 倫 理 学 の 研 究 を して い. の 日本 の教育界 を支配 した主要 な教育思想 を把握す る. て ,ラ イプ ニ ッツ,ロ ッチ ェ に つ い て の 論 文 を発 表. こ とにあ る。西 が 「国体」 や 「教育勅語」体制 の歴 史. リー ンの翻訳 を こ な し,プ ラ トン,ア ウグ ス チ. 的背景 の 中 で ,か たや西洋思想 を受容 しつつ も,時 代. ヌス ,ヘ ー ゲ ル ,シ ュ ライエ ルマ ッヘ ル ,カ ン トな ど. の流 れ に沿 うべ く日本独 自の思想 の構築 に努力 した姿. を通 じ精読 し,既 に西 は西洋倫理学 の研 究者 として頭. を見 るこ とがで きる と思 う。従 って本論文 で は,西 の. 角 を現 して きて い た。大 学 院 に在 学 中 の 1902年 (明. 考 えた 日本 の道徳 の本 質 や 日本 の道徳教育思想 ,ま た. 治 35)に 山 口高 等 学校 時代 の恩 師 で あ った北 条 時敬. 国民教育論 につい て考察 して い きた い と思 う。. し,グ. の 求 め に よ り,創 設 された広 島高等 師範学校 の教授 と な り,倫 理学 を担当 した。 この こ とが 西 の研 究 の方 向. 1。. 国民 道 徳 論. 性 に対 して大 きな転機 となった。倫理学 を講義 しは じ めた当初 は,自 分が学 び研 究 して きた西 洋哲学 や西洋. (1)日 本道徳 の本質. 倫理学 を教 えて い たけれ ども,後 に教 師 となる学 生 ・. I. 道徳 の前提 としての 国家. 生 徒 らを教 える こ との使 命 を自覚す るにつ れて ,ま た. 西 は道徳 を教育 して い くうえで , ど うい う内容 の 道. 師 で あ った北条が国民道徳 の講義 をす る よ うに と勧 め. 徳 を教 えるべ きである と考 えた のだろ うか。前述 した. た こ ともあ って ,た だ学 問 を追 求す るだ け で な く,教. ように西 は西洋倫理学 を学 んだのであ ったが ,西 洋倫. 育 をす るにあた り道徳 を基 本 にす べ きだ と考 えるに至. 理学が 一 般普遍 の倫理学 ではな く,世 界 に通 じる人類. つた。西洋 の研 究 よ りも日本 の教 育論 ・道徳論 につい. 普 遍 の 道 徳 真 理 で は な い こ とに気 づ い た。「法 律 の. て考 えて い くこ との必 要性 を感 じる よ うになったので. 学 ,政 治 の学 ,国 家 の学 の如 きもさうであ らうが ,特. ある。 そ の際 に,東 洋 や 日本 の伝統 的 な倫理思想 ,特 に儒教 に関す る研 究 を深 め , 日本 の 国情 に合 った実践. に倫理 の学 は其 国民 とそれの歴 史 とに根 ざす所 が 深 く ‖ 単 に抽象的 一般 的 な倫理論 で はない」 。西洋 には西 洋. 的 でわか りやす い教育論 を打 ち立 て よ う と した。西 は. 諸 国そ れぞれ の 国民 と歴 史 に根 ざす倫理学が あ るので.

(2) 甲南 女子 大学 大学 院論集創刊号. 人間科学研究編 (2003年 3月. ). あ り,日 本 には 日本 人 と日本 の歴 史 に根 ざす 日本倫理. だ と西 は考 えた。 そ の歴史 は 自然 の枠組 みで起 こった. 学 が あ る。西 は 日本 に とってはそれが 日本 人 の道徳 に. 民族 の ,そ して国 の なかで積 み重 な って きた もので あ. あ たる と考 えたので あ る。「道徳 を論 ず る学 問 を倫 理. る。 だか ら西 は人 間 は 国家 の 中 にのみ存在す る と考 え. 学 と称す るな ら,其 国 にあつ ては其 国民 の道徳 の学 が. た。 この考 えは 日本 だけで はな く,世 界 の他 の 国 にお. そ の まま倫理学 で あ つ て ,そ の外 に別 に一般 の 倫理学. い て も通 じる こ とである とい うのが 西 の主張 となる。. 2と といふ もの はないので あ る」 言 う。 この よ うに考 え. る と日本 にお い て道徳 を教育す る とい うこ とは, 日本 の道徳 を教 えるべ きであ る とい う考 えに到達 した ので. Ⅱ 忠孝 とい う思想 西 は 国家 を考 え, 日本 の民族 ・歴史 ・文化 を考 えた とき, 日本 人 に適 した,日 本 人が本来持 ってい る道 徳. ある。 西 が 構想 した 日本 の 道徳 の根 本 には,「 道 徳 は 国 の. が ある と考 えた。 それ は,西 洋 の倫理学 が 日本 に入 っ. ヽ の 内外表裏 に徹 して最 亡 形態 の精髄 ともいふべ く,人 ′. て くる以前 の江戸時代 まで に盛 んだ った東洋思想 で あ. 3と. も統 一 的 で あ る意 思 の 成 形 で あ る」. い うよ うに. り,か つ 日本思想 で もある儒教 の 中にあ る と考 えた。. 「国」・「 国家」 とい う強 い前提 が あ った。 この 「国家」. おそ ら くこれは西が西洋 の学 問 を勉 強す る以 前 に,儒. 意識 は道徳 だけで はな く,道 徳教育 や教育 につい て も. 学 を学 んで い た こ とが 影響 して い た と思 われ る。儒教. 貫 かれて い る。西洋哲学 ・西洋倫理学 を研究 し, 日本. に基 づ い て道徳 を考 えた場 合 ,「 忠孝」,特 に江戸 時代. のそれ と比 較 した結果 ,西 が 国家 を強 く意識 し,道 徳. の儒学者 であ る 中江藤樹 の 「孝」 とい う概念 に西 は影. の基本 を 「国」・「国家」 に置 い た理 由 は奈辺 にあ るの. 響 を受 け ,そ の概 念 が重 要 となった。 この 「忠孝」 とい う考 え方 は西 の 道徳思想 の根本 に. か。 人間が ど うい う存 在 で あ るか と考 え た と きに,「 人. あ り,彼 の道徳観 を表 して いて ,道 徳教育 と教育論 に. は 国家 の 中 に於 てのみ其 人間性 を実 に し得 る もの ,人. この 考 え方が貫 かれ て い る。「我 国 にお い て 忠 孝 が道. 間性 は 国民性 を通 じて のみ実 にせ られ る もので あ る」. ・ と, 日本 の道 徳 の根本 で あ り,道 徳 そ の もので ある」. と述 べ る よ うに,西 は人 間 は 国家 に属す る存在 であ る. 徳 は 「忠孝」 が根本 で あ り,道 徳 そ の もので あ る とは. とい う考 え を基 に して い た。国家 に属す る人 間 と道徳. っ き り述 べ て い る。そ して 「忠孝 は国民道徳 の徳 目の. の 関係 を考 えた とき,次 の よ うに明確 に述 べ て い る。. 徳 の一 で もあ る し,ま た 国民 道 徳 そ の もの で あ る」. 「道徳 は 国家 と終始 す るが 常 で ,道 徳 を欠 け る 国. と,「 忠孝」 が 日本 の 国民 の 道徳 で あ る と も述 べ て い. 家 の立 つ わ けが な く,国 家 亡 びてはやが て人 も亡. る。 これ らの語録 か らわか る よ うに,西 は「忠孝」が. びるは,人 間 とは道 徳的生存 に外 な らぬか らであ. 日本 の道徳 で あ り, 日本人 の道徳 で ある と考 えたのだ. る。其 の道徳 は其所 の 習俗 に由来 し,種 族民族 の. った。. 4. 8). 性情 ,国 土 の形成 ,立 国 の事情等 に本 づ き,歴 史. ではなぜ 「忠孝」 が 日本 の道徳 である と見 な したの. 的 に成れるので ,国 家 と歴 史 と人 間 とは一 実 で あ. か ,そ して 「忠孝」 とは何 である と考 えた のか を探 っ. り,人 間 とは歴 史的 生存 に外 な らぬ。 人間は 自国. てみ た い と思 う。西 は道徳 を教 えるにあた り,人 々が. の 歴史 の 中に終始す るか ら,容 易 に他 国 の道徳風. 社 会 で生 活 して い く中 で , どんな人 に もわか りやす く. 5。. 習が知 れ ない」. 実践 しやす い道徳 を考 えた。 それは 日本 の歴 史 と文化. 国家 の形成 にお いては ,民 族 が あ り,そ こに文化 が. に基 づ き儒学 か ら学 んだ道徳 で あ って ,抽 象的 な道徳. 生 まれ ,歴 史 があ り,そ の 国 の精神 が起 こって くる。. で は なか った。「最 も深広 なる もの は最 も現 実 的 の も. 民族 につ い て は,「 す べ ての 道徳 は皆民族 的 の もので あ る こ とは言語文学芸術乃至百般 の文物制度が さうで. ので ある と思 はれ る。先 づ 我 が足 許 か ら出発せ ねば真 り 実 の 問題 は起 こ らぬ」 と言 う ように,現 実 に即 して道. あ る如 くである。道徳 は本 と其民族 の生 活習慣 の形 で. 徳 を考 える こ とが一 番大切 であ る と考 えた。 そ して具. 行 はれて社会的生活 の統制 たる もので あ るか ら,其 国. 体 的 には「我が民族 の将来 と国家 の前途 を思ふ は人 間. 其 国 の流儀があ り,其 国 の歴 史 と共 に成形せ られ発達. の最 も真剣 なる感情 で あ り,君 国 に忠 ,親 に孝 なる は. 6と. 述 べ る。道徳 は民族 の生 活習慣 の. 最 も現実的 なる道徳 で あつ て ,此 の 中 に こそ最 も深厚. 中 か ら社 会的統制 のため に生 じ,行 はれて きて ,や が て民族 が 国 を形成 し,文 化 が生 まれ ,歴 史が 積 み重 な. 広大 なる群生 の慈愛 も宇宙 的理法 も抽 象 的 にで は無 く Dと 具 現 的 に即 ち真 に生 きて を る わ け で あ る」 ,「 忠. り,精 神性 を帯 びて くる。人間 はただ単 に存在 して い. 孝」 とい う概念 の なか に 「君 に忠 」,「 親 に孝」 とい う. るので はな く,歴 史的 な積 み重 ねの上 に生 きて い るの. 対 象 の は っ き りした道 徳 の 中身 が 明 らか に な って き. し来 るのである」.

(3) 片岡絵里子 :西 晋一郎 の道徳教育思想. 99. た。「我国の教 は普遍 の理の上 に立 たず,又 普遍 の理 を象 どれる対象上帝 とか神 とかに依拠せず ,直 ちに現. 2。. 道徳教 育論. 前 の君 に忠 ,現 在 の親 に孝 といふ具象的事実 の上 に立 つてを り,而 して此具象的事実の 中に夫 の普遍 の理は H)と. 自か ら活発 に流行 してをる」. 言 うので ある。対 象. を天や神 などといったような目に見 えない ものではな く,君 や親 とい う身近な存在 に置 きかえる ことによっ. (1)家 庭 における道徳教育. I. 忠孝 を養 う親子 の関係性. 道徳 を教育する とい うことは,西 においては 日本 の 道徳 で あ る「忠 孝」 を教 える こ とで,特 に この「忠. 西 の「忠 孝」論 を さ らに分 解 す る と,「 忠」 よ り. 孝」 が養 われるのは親子関係 であ ると考 え,西 は親が 子 に対 して行 う道徳 の教育 を重要視 した。それは 「忠. 「孝」 が基本 となってい ることがわかる。 まず,「 親 に. 孝」 の基本部分 であ る「孝」 のその原点である「親 に. 孝」 とは,人 間が生 まれて最初に親密 に接す る父母 に 対す ることである。 この親子関係 において 「孝」 は養. 孝」 を尽 くす ことが,「 忠孝」 の基盤 であ り,根 本 だ か らである。 この親子関係 が道徳である忠孝 の起 こる. われる。子 が親 を尊敬 し,敬 愛 して,親 に純粋 に順ず. 出発点 であ り,始 まりになる と考 えた。 よって家庭 で. ることが 「孝」 である。 この「孝」 を養 うことによっ. の道徳教育 の基本 となる関係性 に注 目したい。. て,現 実的で実践的な道徳 となると考 えたのだろう。. て,「 家 にあつ て其 の父母 に順 なる ものは学校 に出で. 道徳 である「孝」 が起 こるには,「 道徳 は人生 に於. て其 の教師に順 であ り,や がて国 に於て其 の君 に順で 曖 )と ある」 言 う。. て実 に児子 の 其 父母 に対 す る信 頼 に始 まるので あ )と る」口 して,子 どもが 親 を信頼す るこ と,信 じる こ 、 は人 間 亡 とか ら「孝」 は生 じると考 えた。「此信ず る′. 「君 に忠」 とい うこと も,結 局 は「孝」 か らきてい を模範 として其 の形 を成す もので あ る」B)。 国 とい う. に何時何時 に起 るか といふ に親子 の間 に於て起るので )と あ る」蟷 ,人 間が「孝」 を生 じる根本 的 な関係 に親. ものが また家であるか ら,国 においては親 を尊敬す る. 子 の信頼関係 を持 ち出 した。. る。「国その ものこそ真実 の家で あつ て,家 々は国家. ように,君 を敬 うことが「孝」 で あ り,「 臣民 は君 に. 親が愛情 を持 ち一生懸命 になって子 を育てること. 対 して子 の親 に於ける如 く愛敬尊信 を以てするは,孝 以 て君 に移 して忠 とな る所 以 とす る」国と言 う よ う. その親 の親心 ともい える慈愛が子 どもにとつて親 に対. に,君 に対 しての「孝」が 「忠」 となるわけである。 「忠 も畢克孝 である。忠孝 一致 は現実 か ら見れば理念 であ るが,此 理念が直ちに現実である所があるかなき. ,. す る信頼 生 むのである。「父母 の慈愛 は児子 の信頼 を 招 く」円ので ある。 さらに「信頼 の心 を分解す る と敬 愛 の心 であ る。其信頼す る人をば敬 ひ且 つ愛す る。信 は尊信 であ り,頼 は懐 づ き依 る気味がある。 これを敬 ひ且 つ親愛す るか ら,こ れに萬づ うち委 かせる,其 の. かは哲学 の問題 ではな く歴史が告げる所であつ て,我 が 国 の歴 史 が 即 ち こ れ を示 す の で あ る」い 「忠」=. 我 に対す る言動 は皆悉 く我 によかれ との心か らである. 「孝」 で ある ことは 日本 の歴史か ら出す る ものであっ て,「 忠孝」 とい う概念 もつ ま りは「孝」 を基本 とし. と領承 してをる。若 しそれが認識判断に照 らしてさう と知 るのであれば敬愛 か らではない。 しか し尊信 とか. )。. てい ることがわかる。 「孝」 と「忠」 とを関連 づ け る 中 に愛 ,信 ,敬 ,知. 敬愛 とか親愛 とかいふ ことな くして単 に智的判断によ つ てのみ事 に処 し人に接する といふ人生 は利害得失 の. といった人間の道徳律 も含 み込 まれる。西 によれば. 20と み によつ て動 く殺風景 の もので ある」 言 う。親 の. 親の子 に対す る「慈愛 は信 を生み,信 は法則 と真理 の. 慈愛 によつて,信 じる心が起 こ り,そ れが信頼であ り 尊信 で あ り,さ らに敬愛す る心が 育 つ と言 うので あ. ,. 尊敬 を生み,後 者が真知 を発する。故 に愛 と知 とは循 を生む とも言 はれる。故 に敬 には愛が常 に籠 るか ら敬. る。信頼す るか らこそ,敬 い愛す ることがで きる。だ か ら敬愛 してい る親 に従 うことがで きるとい うわけで. 愛 で もある。 これ道徳の二大方面たる慈愛 と知慧 ,仁. ある。. 環す る。故 に敬 の至 りは愛 とも言 はれ,又 逆 に愛 は知. 西 の説 く忠孝論 は,人 間の真理 と結 びつ けられる。. と義 ,人 道 と正義 の出づ る所 である。我邦 に於 ては忠 り 孝 これである」 と言 うのである。. 親 の「慈愛 は信 を生 み,信 は法則 と真 理 の尊敬 を生. 日本 において「忠孝」が道徳 となったのは,ま ず歴. み,後 者が真知 を発する。故 に愛 と知 とは循環す る。. 史的,文 化的なことを考 えれば,儒 学 の影響 もあ り. 故 に敬 の至 りは愛 とも言 はれ,又 逆 に愛は知 を生むと. 日本人に根付 いてい た感覚 であ り,わ か りやす い もの. も言はれる。故 に敬 には愛が常 に籠 るか ら敬愛 で もあ. であ ったか らであろう。. る。 これ道徳 の二大方面 たる慈愛 と知慧 ,仁 と義 ,人. ,.

(4) 人間科学研 究編 (2003年 3月. 100. ). 道 と正義 の出づ る所 である。我邦 に於 ては忠孝 これで 創と言 うのである。「 ある」 忠孝 の 由つ て起 る所 は本能. のだ と考 えた。教 え抜 きの学 びは成 り立 たな い こ とに. で はな く,尊 信 ,信 頼 ,敬 愛 ,慈 愛 である」 “とい う. なるcそ の意味 で も親子 関係 は教 え と学 び とい う,教. のが西の言 わんとするところであ つて,こ れ らはまさ. 育上最 も基本的 な教育 関係 の 原点 となるのであ る。. に値す る 「教 え」 が あるか らこそ真 の「学 び」 が あ る. しく親子関係か ら起 こる ものであ るcそ こに教育 の関. (2)学 校 にお ける道徳教育. 係性が生 じるのである。. I. 修 身教育 とい う教科 の意義 家庭 における道徳教育 は 「忠孝」 を教 えて養 う教育. Ⅱ 教え と学 びの生 まれる関係 西 にとつて道徳教育 をするとい うことは「道徳 の教 〕 育が所謂教 である」 とい う前提がある。「教 とは勿論 24と. で あ る と考 えた西 は,学 校 で もそれ は 同様 で あ る と考 えた。 家庭 にお い て も学校 にお い て も「忠孝」 を養 う. 吾等 の率 由すべ き道 の ことで,道 徳 に外 な らぬ」 い う よ う に,「 道徳」す なわ ちは 「忠 孝」 を「教 え」. る こ とな しに知識技術 のみ を授 ける こ とは教育 とい え. とす る考 え方 で あ る。西 に とっては この「教 え」が. なか った。道徳教育 で ある 「忠孝」 を「教 え」 として. 「忠孝」 の根本 で ある「孝」 を起 こ させ る とい うこと. 学校 で も教 える こ とには次 の よ うな考 えが あ った。 そ. になる。「忠孝」が 「教 え」 となって 「孝」が起 こる. こ には学校 で何 を教 えるべ きであ るか とい う基本 的問. に も,親 子 関係か ら生 まれる信頼 と敬愛 が基盤 とな. 題 を提起 して い る。. るc 子 は親 を信 じ,信 頼す るか らこそ 親 の 「教 え」 を受 け とめ ,信 じる こ とが で きる。「信頼 す る故 に其 の 教 へ を遵 奉 す る」いの で あ る。 つ ま り親 は子 に信 頼 され. こ とを基 礎 にお い て教育 を行 うべ きで ,道 徳教育 をす. 「飽 食暖衣逸居 して教無 けれ ば 禽獣 に近 しとあ る は少 し極端 な言方 では あ るが ,た ゞ衣食住 に事 欠 か ぬ といふ だけで は吾 々は満足が出来 な い し,又 道徳が立 たねば衣食住 のみ を事 として生 存競争 が. ので あ る。子 は信頼 で きなければ親 に従 えず ,親 の教. 起 るか ら,皆 の ものが衣 食住 を満足せ しめ る こと も出来 ぬ 。教育 の 内容が た ゞ衣食住 を成 るべ く豊. え を素 直 に受 け とめ る こ とはで きな いc「 信 即 ち信 頼. か にす るための知識技術 を授 けるのみで あれ ば教. に背 くか ら人 と物 とに安 んず る こ とが出ず ,或 は怒 り 或 は恐 れ或 は逆 らひ所謂子供的我侭 が 出 て来 る。 か ヽ. の必 要 と欲 とが あ り,同 時 に人 に 自然 に知識 欲 や. て こそ 「忠孝」 を「教 え」 として教 える こ とがで きる. とは謂 われぬであ らう。然 るに人 に 自然 に衣 食住. る我侭 は無邪気 に似 て実 は純真 に遠 ざか る所が あ るc こ ゝが順路 を履 み誤 る一歩であ るか ら,こ れ を単 に子. 技術 を授 ける こ とが 出来 ,又 人 は他 よ りも勝 れた. 供 の無邪気 に過 ぎぬ と看過 せず して ,教 へ なければな. い欲があ り,立 身出世 を望 むか ら,そ れが 刺激 と. 26と. 模倣性 や模倣能力があるか らそれ を種 と して知識. らぬ 。而 して其 の 教 の 由 て生 ず る所 が 孝 で あ る」. なつ て 自か ら進 んで知識 技術 の教育 を受 け よ う と. して 「教 え」 を正 当化す る。. す る。然 るに教育 が これだ けである と畢克 生 存競. 西 に とつて は,「 忠 孝」 を 「教 え」 と して訓 育 す る. 争 の武器 を授 ける設備 たるに過 ぎない 。 同時 に道. こ とが 道徳教育 な ので あ った。「教 とは人 間 をた だ 有. 徳 の教育 が なければ却 て世上 は不安 となる を免 れ. 用 の道具 と して養成す るにあ らず して ,人 間 を目的 自. ぬ」 。 2り. 身 と して 自全 なる人間性 として育 て上 げるにあ る とせ. 人間が本能や欲望 だけで生 きる とす れば ,そ の よう. ば,教 の 由 て生 ず る所 はただ敬愛尊信 の心 あるのみで. に生 きる動物 と同 じような もの となる。本能や欲望 も. あ り,後 者 は父母 の全 愛 によつ て始 て児童 の 中 に喚起 せ られ る」ンが ゆ え に,親 子 にお け る信 頼 と敬 愛 の 関. 生 きて い くに は必 要 だが ,道 徳 が なければ生 きて い く. 係 がで きて ,そ れが基盤 となる こ とによつて ,教 える. 生 きて い くに は道徳が必 要 で あ り,人 間 と して必 然 な. こ とと学 ぶ こ との基本 的 な関係 がで きるので あ る。. ので あ るcだ か ら学校 にお い て もまず 人格養成 と して. 信 じる こ とは学 ぶ こ とに もつ なが って くる。信 じる. ため に生 存競争 が起 きる。人間がお互 い に社 会 の 中で. 「忠孝」 を養 う こ とが 第一 となる。. こ とがで きなければ ,学 ぶ 側 に して もそ の学 ぶ 内容 を. 「学校教育 に於 け る人格修養 は忠孝 の心 を似 て 家 国. 信 じる こ とがで きな い 。「吾 々 にあ つ て はす べ て 信 受. に役 に立 つ こ とをす る人の養成 に外 な らぬ といふ こと. す る こ とを学 ぶ こ との根本 とす る,即 ち父母 ,教 師 を. に異 存 が ない以上 ,忠 孝 の心 を似 て英語 を習 ひ,数 学. 尊信す る所 か ら其 の示教 に順 である こ とをいふので ` ヽ それが ′ 亡 身発達 の 出発 点 で あ る」 と言 うc西 は 尊 信. を修 め ,そ の外す べ ての教 科 を学ぶ べ きであ る こ とに 〕 何 の疑 もな い」 ので あ って ,学 校 にお い て も「忠孝」. ,.

(5) 片岡絵里子 :西 晋一郎 の道徳教育思想. を養 うことが教育上 の一番 の本 となってお り,学 校 も. にあ る,即 ち徳が主人であつ て智識技 能 と強健 なる身. 教育全般 が道徳教育でなければならなか った。道徳教. 体 とは従 で あ るか ら,徳 育 が教育 の首座 を 占めて智育. 育 とい う「忠孝」 を養 うためだけの科 目があるわけで. 体育 は従属 的地位 にあ るのであ る。強 い 身体 と勝 れた. はないので あ る。「道徳 といふ特別 の生活内容 が ない. 智識技 能 とは之 を不 正 な 目的 に用 ゐる とき大 なる不正. 以上道徳教育 を特種教育 と考へ ることは出来ぬのであ. を為 して ,其 害悪 は智能 身体 の 薄弱 なる ものの比 で は. る。道徳 とは一切生活内容 の統一のことであるか ら道. ない 。 して見 れ ば徳育 を怠 つ ては智育体育 は其意義 を. 徳教育 とは一切諸智能 の教育 を貫通す る教育的態度 に 引)と も 外 な らぬ」 言 う。人間 の生 活 にお い て道徳 を伴. 失 う理 で あ る」. う生活が 「生活」 であ るので,道 徳教育 も教育 の基礎. こそ智育 と体育 をす る こ との意義が でて くる。 つ ま り. であ りなが ら教育その もの となってい るのであ る。. は徳育 を教育 の底辺 に据 えるべ きであ った。徳育 を別. だか ら学校 での道徳教育 とい うのは,家 庭 での生活 と同 じように学校での生活全般 にわたって行 われなけ. b)と. 言 う。教 育 を徳 育 ・智 育 0体 育 と. 分 けて考 えるので はな く,教 育全般 に徳育が あ るか ら. 個 の教育 と見 なせ ば,道 徳教育 そ の ものの意義が失 わ れて しまうので あ る。. ればならないので あ る。「倫理的訓練 とは学校 におけ. 道徳教育 とい う特別 な教育が あ るわけで はな く,智. ヽ る一々の課程 を忠孝 を行 ふための道具 と″ 亡 得 て修業せ. 育 で あ る 「知識技 芸 の習得」 と体育 で ある 「身体 の鍛. しめる ことに外 な らぬ」 ので あ る。道徳教育が学校. 錬」 は徳育 である「忠孝 を養 う とい う精神 的修錬」 を. 生活や授業 で絶 えず行 われるべ きである とい う こ と. 内 に含 めて行 われ なければな らなか った。学校教育 と. は,「 忠孝」 を養 うための科 目が特別 にあ るわ けでは. い うの は,「 知識技 芸 の 習得」 と「身体 の鍛 錬」 とい. ないの とい う考 え方なのである。学校では「忠孝」 の. う具体 的 で現実 的 な知育 と体育 を行 う ことで ,そ れ に. 心 を持 つ ことによって,す べ ての教科 を学ぶことの意. 即 して道徳教 育 を行 わ なけれ ば ,「 忠 孝」 を教 えて 養. 義がでて くる。. う こ とはで きない 。 よって徳育 は教育全般 にわた り. 3°. ,. しか し,そ れは当時 において日本 の学校教育 の筆頭. 教育 そ の ものであ る こ とを理 解す る こ とが ,学 校 にお. 科 目とされた「修身」科その ものを否定す るものでは. い ての道徳教育 を考 える うえで必 要 であ り,道 徳教育. なかった。彼 によれば,「 修身教育 といふ特別 の科 目. の位 置 づ け と意 義 を明 らか にす る こ とになる と考 えた. は設けてあるがそれはすべ ての教科 を教 育的に有意義. ので あ る。. ならしめるための設置 に外 ならぬ」 ので ある。「修身. 「道徳教 育即教 育」 とい う考 え方 は以上 述 べ て きた. 科 は 自余一切教科 の真意義 ,真 目的を統一 して示す役. こ との 中 に表 れて い る。 こ う考 えれば ,「 徳育即教育」. 目を有 つ までである。全教科 の勉強が忠孝 の練習 であ. で あ り,「 忠孝 を教 え養 う こ とが 教 育」 で あ る とい う. 3・. M)か らである。「修身 り生徒 としての忠孝実行 で ある」. こ とになる。西 の道徳教育 に対す る考 えは ,家 庭 にお. 教育」 もしくは「修身科」 とい う科 目の位置づ けは数. い て も学校 にお いて も「忠孝」 を教 え養 う こ とが 教育. 学や英語な どとい う科 目 と並列 してその うちの一つ と してあるのではな く,す べ ての教科 を統一 し,教 育 の. の始 ま りで あ り,教 育 の基礎 で あ り,教 育 そ の もの な ので あ る。. 意義や 目的を示す働 きを持 つ もの としてい る。 学校 において も家庭 の延長線上 として「忠孝」 を養. 3。. 国民 教 育 論. うことが道徳教育 であ り,教 えの基盤であった。学校 教育全般 において「忠孝」 を養 うことには,教 育 の意. (1)国 民教育確立 の課題. 義や目的 を明確 にする うえで重要であ り,諸 教科 を統. I. 一 し指導す る役割 を担 うもの として「修身」 とい う教 科の意義が認 められることになる。. 日本人の国民性 と教育 の課題. 西 の道徳教育が教育その ものであるとする考 えが. ,. 彼 の道徳教育論 の考察 によって明瞭になった。では西 は 日本人を教育す ることについて,ど うい う教育 を目. Ⅱ 徳育 と智育 と体育 の関係 西は学校教育 における教育 を徳育 ・知育 ・体育 とい. 指 していたのだろ うか。そ してそのためには, どうす べ きであると考えたのかを明 らかにしたい と思 う。. う三分野 に分ける見方 も,道 徳教育 である徳育が教育. 西 によれば, 日本人を教育す るとい うことは, 日本. の基礎 となるのであ り,教 育 を別 々 に分化 し過 ぎると. とい う国 を基 にして 日本人のための教育 をするとい う. 道徳教育 は道徳教育 としての意義 を得 ない と考 えた。. こと,つ まりは国民教育 をするとい うことであ った。. 「三者 は対等的な関係 にあるのではな く,従 属的関係. これは国家 を前提 として考 えた道徳観 と同 じ考 え方か.

(6) 甲南女子大学大学院論集創刊号. 102. らきて い る。「人 は 国家 の 中 に於 てのみ 其 人 間性 を実 に し得 る もの ,人 間性 は 国民性 を通 じて のみ実 にせ ら れ る もの で あ る」36と. 人間科学研究編 (2003年 3月. ). 育 となるのであ る。 また当時 ,教 育 が どの 国 で も旺盛 とな り, 日本 で も. ,人 間 は 国家 に帰 属 して い る存. 学校教育 な どの教 育 に力 を入れて い った。西 も教育者. 在 と考 えたが ゆえに, 日本で は 日本 の教育 をす る こ と. とな り, しか も将来教育者 となる若者 の教育 を担 当す. が 当然 なのであ った。 国民教育 に対 して西 は次 の よう. る こ とによつて ,教 育 につい ての考究 を深 め た。西が. に要求す る。. 教育 につい て考究 を進 めたの は,良 き教育 を目指 して. 「 国民 の教育 は 国 の 本 に常 に反省 す べ く,国 の 自. い たか らであ ったが ,そ こには教育 の 目的が世 間 にお. 己即 ち国 の歴 史 であ る。歴 史 は過 ぎ去 つ て今 は無. い て何 であるのかが 不 明確 で あ り,ま た教育 が 熱心 に. い所 の昔 の事 で はな く,今 音 を通 じて,時 勢 の 変. なるあ ま りに教育 の本 当 の 目的が失 われて ,教 育 の意. に応 じつ ゝ能 く自己 たる所 を常 に現実 にす る もの で あつ て ,か ヽる ものは 只形態 で はな く,形 態 を. 義 が失 われ る こ との危機 を憂慮 したか らで もある と思. 造 る精神 である。 人間 に於 ては歴 史 と自己 とは同. 育 とな らない と考 えた。西 は教育 の 目的 が知 育 をす る. われ る。教育 の本 当 の 目的が見失 われ る と,教 育 は教 こ とに傾 き,道 徳教育 を伴 わ ない教育 を して い る事実. 37。. じであ る」. 「精神 が生 活 の 精髄 で あ る とは精神 に於 て 独 特性. を指摘 した ので あ った。教育 が 時代 や社会 の要請 によ. が 直接態 に居 るか らであ る。精神 の相続 が生 存 の. って富 国 となるための知育 に傾 斜 し,教 育方法 や教育. 核心 で ある。故 に一 切教育 の 眼 目は歴 史文化 の相. 環境 に もそ の影響 が 表 れて きて ,道 徳教育 を伴 わない. 続 にあ る。換言す れば国民 的精神 の相続が 一 切教. 教育 を して い る現状 にあ った。西 はその こ とを批 判 し. 育 の終局 目的 で あ つ て ,是 に よつ て普遍 的 人間性. て ,教 育 の意義が失 われる と,例 えば人間が飲 食 をす. が実 現 せ られ る と思 惟 せ られ る。故 に国民 的教育. るの と同 じような欲望 や 自分 の利益 を求 め る功利 に陥 って しまうと考 えたのである。西 は 日本 の教育 の この. 3X。. の外 に人間 と して の教育 あ りとは思 はれぬ」. 教育 を考 える うえで も,国 と歴 史 と文化 とい う概念 が重要 になって くる。道徳が 国 の歴 史や文化 の積 み重. 現状 か らさらに道 徳教育 の重要性 を認識 した と思 われ る。. ねで生 まれ ,国 それぞれ に存在す るのだか ら,道 徳教 育 も国それぞれ に存在 す る。 そ の 道徳教育 は教育全般. わ. お. に. にわた らねばな らず ,教 育 そ の もので あ るか ら,教 育 もそ の 国 の教育 が必 要 となるのであ る。 それが国民教. 西晋 一郎 の道徳教育思想 は ,儒 教 か らでて きた 「忠. 育 と呼 ぶ もの となるのである。 これは 国家 を前提 と し. 孝」,特 に「孝」 を基 に発 展 して きた。「孝」 を道徳 と. て考 えた道徳観 と同 じ考 え方 であ る。 そ の 国 にはそ の. す る こ とによ り,家 庭 にお い ては親子 の 関係性 の なか. 国 の歴史 と文化 が あ るか ら,そ の 国 にはその 国 の道徳. で ,学 校 にお い て は 学 校 生 活 と授 業 の なか で ,「 孝」. が あ り,教 育 が ある とい うこ とであ る。. を養 う こ とが 道 徳教 育 で あ り,教 育 の 始 ま りで あ っ. 「人 と しての教 育 といふ 論 が あ る なれ ど,一 般 的文. て ,そ れが教育 の 基礎 で あ り,教 育 そ の もので あ る と. 化 の ない以上人 を教育す る もの は国 々の文化 の外 は無. い うのが 西 の考 えだ ったので ある。 これが 「道徳教育. い か ら,国 民教 育 の 外 に人 間 の 教 育 といふ もの は な. 即教育」 とい う考 え方 なので あ った。. い ,人 間 と しての教 育 といふの も国民教育 の裡 に 自 ら 39と. あ るの で なけれ ば な らぬ」. 言 う。道徳 を考 え た と. 西が この よ うに考 えるに至 ったの には ,幼 少時 か ら 中 ・高等学校 までの儒学 の勉 強が強 く影響 して い るこ. きと同様 に,世 界 一 般 の 歴 史 と文化 はな いの だか ら. ともあ る し,ま た彼 の思想 には戦 前期 日本 の 時代 の流. どの 国 にお い て もそ の 国 の 教 育 が あ るのが 当然 で あ. れが色 濃 く,か つ敏感 に投影 されて い る と考 える。. ,. り,そ れぞれの 国 の教育 に特色 があ る。 人間 を教育す. 西 の思想 の形成 と展 開 には,伝 統 的 な教育思想 が西. る とい う こ とは,人 が 国 に帰属 して い るので ,そ の 国. 洋思想 を受 け入れ つつ も確 立 しようとして い た一 つ の. の 人間 に対す る教育 ,す なわち国民教育 があるべ きな. 過程 を見 るこ とがで き,時 代 的影響下 の 日本 人 の伝統. ので あ る。「吾 々は米 で 養 はれ 西 洋 人 は パ ンで 養 はれ. 的 な教育思想 の 変遷 をうかが わせ る。西 自身 も教育 の. る如 くに,吾 々は吾邦 の歴 史 に よ りて教育 せ られ英 国. こ とについ て「教育 につい て考 ふ るに,教 育 は次 の時. 人 は英 国 の文物 に よつ て教育 せ られ るので ,其 所 に人. 代 を造 るべ きもので あ るが ,又 実 に其時代 相 の 反映 を. 間教育 とは 国民教育 の こ とであ る といふ 意味 を見 るの. 免 れ な い が 常 で あ る」. で あ る」 “ と も言 う。す なわ ち教 育 そ の ものが 国民 教. また時 代 の影響 を受 け ざる をえなか った こ とを認 めて. Jと 言 うよ うに ,自 らの思 想 も.

(7) 片岡絵里子 :西 晋一郎 の道徳教育思想. い る。西 の思想 は戦前期 の思想界 の動 向 を象徴 して い る と思 う。西欧 の新知識 を装備 した多 くの著名人 が. 103. 私 は西 の 思想 を批 判 的 ・否 定 的 に見 るの で は な く. ,. そ の 時代 性 ・歴 史性 を考 慮 して , 日本 の伝 統 的 な教 育. ,. 日本精神 に傾 倒 し,結 果 的 には軍 国主義 を容認 ・支持. 思 想 の一 つ の 流 れ と して理 解 す る必 要 が あ る と思 う。. して い く思想 の軌跡 の典型例 を西 に も認 め るこ とが で. そ こか ら現代 の 教 育 と照 ら し合 わせ て ,欠 け て い る 部. きる。. 分 や これ か らさ らに考 え 直 す部 分 を得 る ヒ ン トが ,西. 時代 が 変 われば西 の教育論 はそ の役 目を終 えたか と い えば ,そ うで ある部分 とまだ参考 にす べ き部分 とが. の 道 徳 教 育論 に求 め られ るので は な い か と思 うの で あ る。. あ る と思 う。西 は明治 か ら昭和戦前期 まで 「忠孝」 と. 西 の 思 想 と戦 後 の 教 育 思 想 とを比 較 す れ ば ,そ の 違. い う思想 を基盤 として ,人 々 にわか りやす く実践 しや. い は 明 らか に表 れ て い る し,西 の 思 想 を旧思 想 と して. す い教育論 を打 ちたて よ う と懸命 に取 り組 んで きた。. 断罪 す る こ とは容 易 で あ る 。 しか し,改 め て歴 史 的視. 彼 の著作物数 の多 さか ら,教 育 に対 す る熱意 が感 じら. 座 か ら 日本 の 教 育 思 想 を学 ぶ と き,そ の 中 に は現代 に. れ る。特 に教 育 にお い て道徳教育 の 問題 を重要視 し. 活 か して い か な け れ ば な らな い 多 くの こ とを発 見 す る. それ の実践 的 な教育 を目指 し,忠 孝 の思想 を実践 に移. の で あ る。. ,. す ため に,抽 象的 な天 や神 を対象 とす るのではな く ,. 「君 に忠 」「親 に孝」 とい う対 象 の 明確 な道 徳 を考 え. 注. た。そ れ は時代 的 な制約 の なかで生 まれて きた思想 で. 1)西 晋一郎 『国民道徳講話』藤井書店,1932年 ,5頁 。 2)同 上,2頁 。. あ り,現 代社会 に適応 しない思想 で あ るが ,彼 が人生 の大半 をか け て教育 につい て考究 した こ との 中 には. ,. 教育 に対す る普遍 的 な問題 が提 示 されて い る。古代 ギ リシ ヤにお い て ,ソ ク ラテ ス とプ ラ トンの 対 話 の 中 で ,「 徳 は教 え得 るか」 を問題 に した よ う に,道 徳教 育 は人 間教育 に とって永遠 の課題 で あ る。 そ の方 向 ・ 方法 は ともあれ ,西 は この 問題 に真 正面 か ら取 り組 ん だ。戦後 の 日本 の教育 で は積極的 な取 り組 みが な され て い ない課題 で ある。 西 の 問 い か けは,教 育 の本 当 の 目的 とは何 な のか. 3)西 晋 一 郎 『天 の 道 人 の 道』 目黒 書 店,1937年 ,219 頁。. 4)西 晋 一 郎 『教 に 由 つ て生 ず る 所』 目黒 書 店,1930 年 ,1頁 。 5)西 晋一郎『人間即家国の説』明世堂書店,1944年 ,131 頁。. 6)前 掲 『国民道徳講話』,3∼ 4頁 。 7)前 掲 『教 の由つ て生ず る所』,141頁 。 8)同 上,67頁 。 9)前 掲 『天の道人の道』,17頁 。 10)同 上 ,18頁 。. ,. 教育 の意義 とは何 で あ ろ うか , とい う こ とであ った。 そ の こ とは西が 教育 につい て考 えるにあた り,最 初 に. 11)前 掲 『人間即家国の説』,37頁 。 12)前 掲 『天の道人の道』,33頁 。 13)同 上 ,H6頁 。. 直面 した課題 で あ った。彼 は戦前期 の 時代 思潮 の なか. 14)同 上 ,113頁 。. で教育 の根底 には,「 忠孝」 の道徳教 育 が必 要 で あ る. 15)西 晋一郎 『忠孝論』岩波書店 ,1931年 ,46頁 。 16)西 晋一郎『国家 ・教学 ・教育』目黒書店 ,1939年 ,19. と考 えた。現代 にお い て時代 的背景 ,時 代 的環境 が違 って も,西 の そ の 考 え方 は現 代 に も通 じる ものが あ る。 もちろん 「忠孝」 を養 う ことが ,グ ローバ ル時代 の現代 に通 じるので はない 。 しか し人 間 は 自分 の 自我 や欲 望 で生 きて い る動 物 とは 違 い ,人 と人 との なか で ,社 会 の相互 関係 の なかで生 きて い る。 お互 い に生 きて い くため には,道 徳 が必 要 で あ り,そ のための教 育 つ ま りは道徳教育が必 要 なのであ る。 これが 道徳教 育 をす る こ との根本 的意義 で あ り,世 界 に も通 じる こ とで あ る。そ してその根本 を基 礎 に して ,世 界 の 国 々 の独 自の文化 の 中で発展 して きた道徳教育思想 が あ る ので あ る。現代 の 国際化 の なかで は,私 たちはお互 い に環境 ・民族 ・文化 の違 い を認識 した うえで ,つ ま り 多文化 の共生 の 中で ,改 めて道徳教育 を考 える必 要 が あ る。. 頁。. 17)前 掲 『国家 ・教学 0教 育』,16頁 。 18)同 上 ,7頁 。 19)前 掲 『天の道人の道』,32頁 。 20)前 掲 『国家 ・教学 ・教育』,12頁 。 21)同 上 ,19頁 。 22)同 上 ,38頁 23)同 上,4頁 。 24)同 上 ,3頁 。 25)前 掲 『天の道人の道』,32頁 。 26)前 掲 『教 の 由つ て生ず る所』,8頁 。 27)同 上 ,13頁 。 28)前 掲 『天 の道人の道』,31頁 。 29)前 掲 『国家 ・教学 ・教育』,3∼ 4頁 。 30)前 掲 『教 の 由つ て生ず る所』,148頁 。 31)前 掲 『教育 と道徳』,80頁 。 32)前 掲 『教 の 由つ て生ず る所』,91頁 。.

(8) 104. 甲南女 子大学大学 院論集創刊 号. 33)前 掲 『教育 と道徳』,81∼ 82頁 。 34)前 掲 『教 の由つ て生ずる所』,152頁 。 35)前 掲 『国家 。教学 ・教育』,46頁 。 36)前 掲 『教 に由つ て生ずる所』,1頁 。 37)前 掲 『天の道人の道』,52頁 。. 人間科学研究編 (2003年 3月. ). 38)前 掲 『教育 と道徳』,30∼ 31頁 。 39)同 上,179頁 。 40)同 上,171頁 。 41)前 掲 『教 の 由つ て生ずる所』,124頁 。.

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参照

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