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〈資料紹介〉古辞書と語釈 ―『静嘉堂文庫所蔵 古辞書集成』の方法―

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Academic year: 2021

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( 8 ) 大谷大学図書館・博物館報(第34号)  我々が国語(日本語)といって想起するの は普段用いている現代語であろうけれども、 本来この語が示すのは「過去の時代にも用ゐ てゐた言語」1を含んでおり、それは「歴史を つらぬ くことば、社會をたば ねることば」2 として伝承され今に至り、我々にも許された ものである。「過去の時代」の言語体系は遺 存する文献に窺え、そのことばに対する認識 は当時の辞書に窺える。この古く行なわれた 辞書のことを、一般に「古辞書」と称する。  本学が所蔵する『静嘉堂文庫所蔵 古辞書 集成(マイクロフィルム版)』3は、平安期よ り明治初期に及ぶ辞書、また類書・伝書、さ らには考証・研究書を収める浩瀚な集成であ る。本稿は、この通時的にも周到な資料に関 連して、語釈の意義を検討することから古辞 書の有用性を確認すべく、いくつかの例を示 してみたい。  『万葉集』で最も多く歌われた花は萩だっ た。そして万葉集は、萩を表記するに「芽」 や「芽子」という漢字を用いる。4 吾 妹 兒 尓 戀 乍 不有 者 秋 芽 之 咲 而 散 去 流 わぎ も こ に こひ つつ あ ら ず は あき はぎ の さき て ちり ぬ る 花 尓 有 猿 尾 (巻第二・120) はな に あら まし を 高 圓 之   野 邊秋 芽 子   徒   開 香 将 散 たか ま と の の へ の あ き は ぎ いたづらに さ き か ち る ら む 見 人 無 みる ひ と なし 尓 (巻第二・231) に  万葉期にあってハギの表記に「萩」字が未 だ定着を見なかったであろうこと、澤瀉久孝 『萬葉集注釋』が120歌注において委曲を尽く すところであり、これは古辞書を一眸すれば 自ずと窺われるのである。5 ここに摘記する と、『類聚名義抄』は「芽子」に対し て和訓 「ハキ」を載せ、『伊呂波字類抄』は「萩」を 標出して注記に「芽子」を挙げ、割注に「亦 作芽 草名」と記す如くである。  類聚名義抄も伊呂波字類抄も万葉集より成 立遥かに下る古辞書であり、万葉訓詁の根拠 たり得ないのは勿論のことである。しかし、 往時万葉古訓への理解が那辺にあったか、渉 猟すれば示唆するところの多大な、古辞書の 存在意義は言を俟たない。  平安朝より唐土の詩論を範として和歌の学 問(歌学)が興隆した。歌学書には古語難解 の解釈が行なわれ、その方法は、一に歌を原 書通りに掲げ 語釈を施すもの、二に歌集に よって大体を分け歌集毎に歌を標出して解釈 を施すもの、三に言語を基とし部類分け毎に 語を標として解釈を施すものと大別される。6  この第三の場合には国語そのものの研究が 認められ、例えば院政期に藤原範兼の著した 歌学書『和哥童蒙抄』を挙げ ることができ る。和哥童蒙抄は万葉集から被注歌を挙げる ことが多いが、いまは万葉以外の被注歌につ いて見てみたい。 ヨモヤマニコノメハルサメフリヌレハ  カソイロハトヤハナノタノマム(56) 堀川院百首ニ江中納言ノヨメルナリ。本文 云、雨為花父母ト イヘリ。又、父母ヲハカ ソイロハト イヘリ。7  歌中の「カソイロハ」という語について、 「父母ヲハカソイロハト イヘリ」と注釈する。 ここには、父母を「かぞいろは」と詠んでい

古辞書と語釈

『静嘉堂文庫所蔵

古辞書集成』

の方法

〈資料紹介〉 准教授 

大 秦 一 浩

(国語学)

(2)

大谷大学図書館・博物館報(第34号) ( 9 ) ることが注記に値するものと判断された、と いうことが示されていよう。この訓注につい て古辞書に例証を探してみる(引用は摘要。 割書は〈 〉で示す。以下同じ)。  『新撰字鏡』は「父母」について「孝経云身 体髪膚受于父母 父〈加曽〉母〈伊呂波〉俗 云父〈和名知々〉母〈波々〉」とする。和訓は 万葉仮名で、父をカソ、母をイロハと訓む。 類聚名義抄は、父の項目に父母と熟した形を 立 て て「― 母〈カゾ イロ ハ 俗 云 チ ヽ ハヽ〉」とし、カゾ イロハという和訓を示す。 おそらく成立年代として和哥童蒙抄に最も近 い『色葉字類抄』では、父母それぞれを「父 〈カソ〉」・「母〈イロハ〉」と訓む。伊呂波字類 抄も父母それぞれを「父〈カソ 万葉集〉」・ 「母〈イロハ〉〈尓雅云母為妣 日本紀私記云 母以路波〉」とし、典拠記載を増す。  和哥童蒙抄の当該注記は、歌に父母をカゾ イロハと詠む事実に関心を寄せたのだが、同 時に、父母はカゾ イロハと訓むのだという指 摘でもある。すると、これは語釈としての価 値をもつのであり、ならば語釈としての正当 性が確認されねばならず、上述の通り古辞書 によって判断される仕儀となるのだった。こ のような古辞書による語釈の実証に関する例 をもう一つ、和哥童蒙抄から採り上げる。 タツノスムサハヘノアシ ノシタネトケ  ミキハモヘイツルハルハキニケリ(108) 後撰 第一ニアリ。天暦三年太政大臣七十賀 拾 遺 歟 シハヘリケルニ、能宣カヨメルナリ。経信 卿、サハヘトミキハト イヘル義ノヤマヒナ リト難セラレタリ。モエイツトハ、ヲヒイ ツト イフコトナリ。 萌 コヽロナリ。8 キサス  歌中の「モエイツ(萌出)」という語につい て、「ヲヒイツ(生出)ということである」と 換言による義注を施し、また「萌(キザス) 意味である」とも説く。これは「もゆ(萌)」 という語義を、「おふ(生)」・「きざす(萌)」 という同義・類義関係の中に定位する注釈だ と言える。この三者がどのように裏付けられ るのか、古辞書を検索してみる。  類聚名義抄には、「牙」字の和訓に「キバ・ キザス・ヲヒテタリ」とあり、「芽」字の和訓 に「キザス」とあり、「萌」字の和訓に「キザ ス・モユ」とある。色葉字類抄には、「萠」字 の和訓に「キサス」を挙げ、また別に「モユ」 とも訓んで「萠〈草木始生也〉」と記述する。 伊呂波字類抄には、「萠〈キサス ―牙也〉」・ 「萠〈モユ 草木始生也〉」と見える。かくし て、実に大まかではあるが、古辞書における 漢字と和訓との対応が、個々の語のみに留ま らず他の語との関連に及び、語彙としての様 相を示すという観点から、おおよそ「もゆ (萌)」・「おふ(生)」・「きざす(萌)」三者の語 義に体系性が認められようと思われる。  古辞書はそれ自体が貴重な文献であり、古 代の言語生活を知る上で欠かせない存在であ る。古辞書研究の進展は、精緻な索引を生み 出す等、利用の便宜を向上し続けてもいる。 ただし今なお不明な点もあり、古辞書の活用 に際しては細心の注意が必要である。9  古辞 書の意義を知り、その価値を一層明らかに活 用することが求められている。 1・2 山田俊雄『日本のことばと古辞書』(三省堂、 2003年) 3 静嘉堂編(雄松堂フィルム出版、1986年) 4 本文は、佐竹昭広・小島 憲之・木下正俊『補 訂版 萬葉集 本文篇』(塙書房、1998年)によ る。 5 巻第二(中央公論社 、1983年) 6 この段は、山田孝雄『国語学史要』(岩波全書 58、岩波書店、1940年)における「四 歌学の 興起と国語字書の出現」を摘要する。 7 黒田彰子・大秦一浩「和歌童蒙抄輪読二」『愛 知文教大学比較文化研究』8、2006年。底本 は尊経閣文庫本。 8 黒田彰子・大秦一浩「和歌童蒙抄輪読三」『愛 知文教大学論叢』10、2008年。 9 大槻信「古辞書を使うということ」『国語国 文』84―4(臨川書店、2015年)において、古 辞書の利用に関する問題が詳述されている。

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