『七音略』『韻鏡』の構造と原理(IV)
著者
小倉 肇
雑誌名
日本文藝研究
巻
58
号
4
ページ
1-22
発行年
2007-03-10
URL
http://hdl.handle.net/10236/1816
『七音略』
『韻鏡』の構造と原理(蠶)
小
倉
肇
8
.『七音略』の転図構成と韻母の体系
8. 1 『七音略』について,韻の配置・韻の組合せ及び〈重軽〉注記によ る各転図の構成を示すと,以下の「転図構成表」のようになる。 この「転図構成表」は,韻の配置・韻の組合せ及び〈重軽〉注記による 「韻の併合」(同一韻扱い)を枠で囲んで示し,便宜〈重中∼〉を左欄に 〈軽中∼〉を右欄に配してある。そのため,〈重中∼〉〈軽中∼〉にまたが る韻の併合──[東冬]韻,[東鍾]韻,[魚虞]韻,[鹽厳凡]韻──は 示されていないので留意されたい。 また,〈重中∼〉:〈軽中∼〉の区別は,介母(-u-)の有無による「開口 ・合口」の区別と対応しているように見えるが,すでに述べたように,1 転東韻:2 転「冬鍾」韻,11 転魚韻:12 転虞韻,32 転「談銜厳鹽」韻:33 転凡韻は,「開口・合口」の対立ではない。なお,左欄に配され,右欄が 空欄の,3 転江韻,25 転「豪肴宵蕭」韻,26 転宵韻,31 転「覃咸鹽添」 韻,32 転「談銜厳鹽」韻,40 転「侯尤幽」韻,41 転侵韻は,いずれも円 唇韻尾(-u!/-uk, -u, -m/-p)を持ち,「開口・合口」の対立に中立的な諸韻 である。 18. 2 これまでの検討結果を基に,『七音略』の「転図構成表」に慧琳音 ・宋代音を投影し,『七音略』が依拠したと考えられるの韻母の形を推定 すると,次の表に示されるような体系が得られることになる。
『七音略』の「転図構成表」
『七音略』の韻母の体系と慧琳音及び宋代音との相違を示すと,以下の ようになる。 (1)慧琳音との相違:〈付表1〉[慧琳音・韻母表]を参照。 慧琳音では,[凡・乏]が[咸銜・洽狎]に,[廢]が[齊祭]に併合 されている。[鐸・薬]の-!u/-iau は慧琳音にはない。[鍾・燭]が慧 琳音では[東・屋]三等と併合せずに-i!u"/-i!uk として独立し,[魚 虞]は慧琳音では[魚]-i e ,[虞]-iu e として独立している。 (2)宋代音との相違:〈付表2〉[宋代音・韻母表]を参照。 -a 系韻母の[庚耕・陌麥]が宋代音では - e 系韻母の[登・徳]と併 合し,-ia 系韻母の[祭齊]は -i e 系韻母の[支脂之微]と併合して いる。宋代音の -iai に[佳!],-iuai に[佳]が置かれる。[鐸・ 薬]の-!u/-iau は宋代音にはない(46)。-ia 系韻母の[庚清青]が宋代 音では-i e 系韻母の[蒸]と併合している。-i!系韻母の[戈][廢] 『七音略』韻母表 −F −MV− ’ i u m p n t " k u" uk a 麻 皆夬佳 肴 咸銜 洽狎 山刪 "黠 庚耕 陌麥 江 覚 ua 麻 皆夬佳 山刪 "黠 庚耕 陌麥 ia 麻 祭齊 蕭宵薬 鹽厳凡添 葉業乏帖 元仙先 月薛屑 庚清青 陌昔錫 iua 祭齊 元仙先 月薛屑 庚清青(陌)昔錫 ! 歌 !泰 豪鐸 覃談 合盍 寒 曷 唐 鐸 u! 戈 灰泰 桓 末 唐 鐸 i! 陽 薬 iu! 戈 廢 陽 薬 e 侯 痕 没 登 徳 東冬 屋沃 u e 模 魂 没 登 徳 i e 支脂之 微廢 尤幽 侵 緝 臻真欣 櫛質迄 蒸 職 東鍾 屋燭 iu e 魚虞 支脂微 諄文 術物 職 『七音略』『韻鏡』の構造と原理(蠶) 3
が宋代音にはなく,[陽・薬]が-ia 系韻母に置かれるので,-i!系韻 母そのものが存在しない。- e 系韻母の - e i に[支之],-u e i に[灰 泰]が置かれる。 (1)(2)のような慧琳音・宋代音との相違を見ると,『七音略』は慧琳 音にかなり近いと言えよう。ただし,『七音略』での[東鍾][支脂之微 廢][魚虞][添鹽厳凡][豪鐸/宵薬](47)などの併合は,宋代音に見られ るものであることは留意してよい。要するに, ◎『七音略』の依拠した韻母の体系は,全体の枠組みとしては,唐代標 準音(慧琳音)の韻母の体系と同じであるが,韻の併合のされ方に相 違が見られ,そこに宋代標準音(宋代音)の特徴が色濃く反映してい る。 ということである。従って,『七音略』の韻母の体系は,慧琳音と宋代音 との間に位置するものと考えてよいであろう。なお,『七音略』の韻母の 『韻鏡』韻母表 −F −MV− ’ i u m p n t " k u" uk a 麻 皆夬佳 肴 咸銜 洽狎 山刪 "黠 庚耕 陌麥 江 覚 ua 麻 皆夬佳 山刪 "黠 庚耕 陌麥 ia 麻 祭齊 蕭宵 鹽厳凡添 葉業乏帖 元仙先 月薛屑 庚清青 陌昔錫 iua 祭齊 元仙先 月薛屑 庚清青(陌)昔錫 ! 歌 !泰 豪 覃談 合盍 寒 曷 唐 鐸 u! 戈 灰泰 桓 末 唐 鐸 i! 陽 薬 iu! 戈 陽 薬 e 侯 痕 没 登 徳 東冬 屋沃 u e 模 魂 没 登 徳 i e 支脂之 微廢 尤幽 侵 緝 臻真欣 櫛質迄 蒸 職 東鍾 屋燭 iu e 魚虞 支脂微廢 諄文 術物 職 4 『七音略』『韻鏡』の構造と原理(蠶)
体系の-iu!i の[廢]を -iu e i に移し,-!u の[鐸]と -iau の[薬]を削除 すれば,『韻鏡』の韻母の体系となる(48)。 8. 3 『七音略』の「転図構成表」に,推定される韻母の形を入れてみる と,次のようになる(2 転「冬鍾」韻,33 転凡韻は左欄に,11 転魚韻は 右欄に移される)。 『七音略』「転図構成の韻母表」 摂 転 一等 二等 三等 四等 転 一等 二等 三等 四等 通 1 2 東- e u" 冬 東-i e u" 鍾 江 3 江-au" 止 4 6 8 9 支 脂 之-i e i 微 廢 支 -(j) i e i 脂 5 7 10 支 脂-iu e i 微 支 -(j) iu e i 脂 遇11 12 模 -u e 魚虞-iu e 蟹1315 !-!i 泰 皆夬 -ai 佳 祭 -iai 齊-(j) iai 祭 14 16 灰 -u!i 泰 皆夬 -uai 佳 祭 -iuai 廢 齊 -(j) iuai 祭 臻17 19 痕- e n 臻 真 -i e n 欣 真 -(j) i e n 18 20 魂-u e n 諄 -iu e n 文 諄 -(j) iu e n 山21 23 寒 -!n 山 -an 刪 元 -ian 仙 仙 -(j) ian 先 22 24 桓 -u!n 山 -uan 刪 元 -iuan 仙 仙 -(j) iuan 先 效25 26 豪鐸 -!u 肴-au 宵薬-iau 蕭-(j) iau 宵 果27 歌 -! 28 戈 -u! 戈-iu! 仮29 麻-a 麻-ia 30 麻-ua 咸 31 32 33 覃-!m 談 咸-am 銜 鹽 厳-iam 凡 添-(j) iam 鹽 宕 34 唐 -!" 陽-i!" 35 唐 -u!" 陽-iu!" 36 38 庚-a" 耕 庚-ia" 清 清-(j) ia" 青 37 39 庚-ua" 耕 庚-iua" 清 清-(j) iua" 青 流40 侯 - e u 尤-i e u 幽-(j)iau 尤 深41 侵-i e m 曽42 登 - e" 蒸-i e" 43 登 -u e" 職-iu e k 『七音略』『韻鏡』の構造と原理(蠶) 5
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.『七音略』『韻鏡』の構造と原理
9. 1 『七音略』『韻鏡』の〈等韻図〉としての構造について,種々検討し てきたが,その結果を基にまとめると,以下のようになる。 『七音略』『韻鏡』は, ◎中古音を規範とする〈韻書〉の206 韻の枠組みを守りつつ──韻目の 併合を行わずに──〈等韻図〉編纂時の音韻体系を基に,韻の配置・ 韻の組合せ・〈重軽〉注記によって,韻及び転図の相互関係(対立・ 併合)を示すという構造を持った〈等韻図〉である。 ということである。このような〈等韻図〉の構造原理は, (A)中古音を規範とする〈韻書〉の 206 韻の全ての韻について,その規 範的なあり方における韻の相互関係を転図上で示す仕組み。 (B)現実(編纂時)の音韻体系における〈韻書〉の 206 韻のあり方──206 韻の対立と併合(合流)の状態──を転図上で示す仕組み。 という(A)(B)の二つの仕組みが相補的な関係で機能している,すなわ ち,(A)(B)という二重構造をなしているということである。 従って,『七音略』『韻鏡』は, ◎規範(206 韻の枠組み)と現実(編纂時の音韻体系)とを巧みに組み 合わせ調和させた,二重構造を持った〈等韻図〉 ということになる。そして,『七音略』に見られる〈重軽〉注記が,この 「二重構造」を相補的・補完的な関係で支える重要な機能を担っていると 考えられるのである。 ところで,『七音略』『韻鏡』という〈等韻図〉の転図構成,構造原理を 考える場合,「等位」については,避けて通れない問題であった。しか し,本稿では,韻の配置・韻の組合せを考察する際に,「等位」を前提と して考察を進め,例えば,歯上音(正歯音二等)と結合する三等韻の問題 などでも,「等位」と「韻(韻母)」の関係について簡単に触れるにとどま 6 『七音略』『韻鏡』の構造と原理(蠶)っている。 「等位」の問題は,「韻母」と「声母(三十六字母)」の両方の観点から 取り上げなければならず,また,「守温韻学残巻」(P 2012)の「三十字 母」「四等重軽例」,「歸三十字母例」(S 512)など,〈三十字母〉〈重軽〉 或いは〈清濁〉を含む〈等韻学〉の歴史的な問題にまでつながるので,慎 重に検討を加える必要があり,それは本稿の範囲を超える問題となってい るからである。これらについては,今後の検討課題としたい。 9. 2 『七音略』『韻鏡』は,幾つかの原理・原則に基づいて,韻の配置・ 韻の組合せが行われ,それぞれの転図がいわば有機的に構成されることに よって,二重構造を持った〈等韻図〉として成り立っている。 ここで,『七音略』『韻鏡』において見出された原理・原則について,ま とめて掲げると,次のようになる。 【等位配列の原理(公理)】(3. 9) 206 韻は,各韻(一等韻,二等韻,三等韻,四等韻)の「等位」に従 って,それを配列する。 【韻目順の原則】(5. 2) 韻の配列は,206 韻の〈韻書〉の(四声相配に応じた)韻目順に従 い,開口・合口の区別がある場合には,開口・合口の順に配列する。 【小韻配置の原則】(4. 2) 〈韻書〉の206 韻の小韻代表字は,可能な限りにおいて──音韻論的 な対立がない場合には,(原則として)所属韻の置かれる等位欄を利 用して──,転図上に全てを配置する。 以上の三つは,〈韻書〉に従属し,206 韻の枠組みを守り,韻の併合を 行わない〈等韻図〉としては当然の基本的な「原理(公理)・原則」と考 えられるものである。それに対して,以下の五つは,『七音略』『韻鏡』と いう〈等韻図〉の転図構成・転図構造を本質的に成立させている「原理」 と考えられるものである。 『七音略』『韻鏡』の構造と原理(蠶) 7
【同摂韻構成の原理】(2. 5) 一転図は同摂の韻をもって構成する。 【韻の組合せ原理】(3. 8) 重紐に関して,本来の(同一韻の)ペアを三等・四等に配するより も,音韻変化によって生まれた新たな重紐の対立──三四等両属韻の 三等と四等専属韻,三等専属韻と三四等両属韻の四等──のペアを組 み合わせて配置する。 【序列の原理(優先順位)】(3. 8) 〈韻書〉の韻目順に従い,三四等両属韻の三等と四等専属韻が重紐の 対立をなす場合には,この組合せを優先して配置し,次に,残された 三四等両属韻の四等と重紐のペアをなす三等専属韻があれば,それを 組み合わせて配置する。ただし,三等専属韻がなければ,三四等両属 韻の四等は,別転図にそのまま配置する。 重紐の“韻の組合せ”における「優先順位」は,「三四等両属韻の三 等と四等専属韻」のペアが首位(primary),「三四等両属韻の四等と 三等専属韻」のペアが次位(secondary)である。 【基準の原理】(5. 2) 「三四等両属韻の三等と四等専属韻」の組合せ──首位(primary)の ペア──を中心に据える(基準とする)。 【基準配置の原理】(5. 2) 重紐の“韻の組合せ”における首位(primary)のペアの配列位置を 基準として,それに応じて一等韻,二等韻を配置する。 このように列挙すると,多くの原理があるように見えるが,事実上は 「同摂韻構成の原理」と「韻の組合せ原理」が最も基本的な原理であるこ とは,他の原理の内容からみても明らかである。「韻の組合せ原理」とい う基本的な原理に基づいて,「序列の原理(優先順位)」「基準の原理」「基 準配置の原理」などがいわば下位原理として無理なく自然に導かれている わけである。 8 『七音略』『韻鏡』の構造と原理(蠶)
従って,『七音略』『韻鏡』は,幾つもの原理が複雑に絡み合っているの ではなく,明快で単純な基本的な原理,原則によって,各転図が構成さ れ,〈等韻図〉としての構造を成立させていると考えられるのである。
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.規範と現実──〈等韻図〉編纂時の音韻体系──
10. 1 北宋の大中祥符元年(1008)に勅命によって撰定された『広韻』 には,「獨用・同用」注記が韻目表に付されている。この「獨用・同用」 注記は,206 韻の〈韻書〉として,実際の作詩上における押韻範囲の許容 を示すもので,宋代の押韻規範──作詩上の「韻の併合」の状態──を知 る上で貴重なものとなっている。『七音略』『韻鏡』の〈等韻図〉としての 「韻の併合」との関係で,それがどのような「韻の許容範囲」を示してい 『広韻』韻目表(同用・獨用) 『七音略』『韻鏡』の構造と原理(蠶) 9るのかは大変興味深い。『広韻』(澤存堂本)の「獨用・同用」注記による 206 韻のそれぞれの押韻範囲を枠で囲んで示すと,「『広韻』韻目表(同用 ・獨用)」のようになる。 『広韻』の「獨用・同用」注記は,206 韻の押韻範囲を大幅にゆるめた ものであるが,その「同用」の韻は「単に作詩にあたって押韻が許される というだけでなく,実際の発音の上でも区別されないものが多い状態にな っていた」(三根谷徹1993[1982])と考えられるのであるが,実際に 『七音略』『韻鏡』の「韻の併合」と比較してみると,その様相はかなり異 なっている。具体的な検討は省略するが,『七音略』『韻鏡』の方が「韻の 併合」の度合いの大きいことが分かる。そして,例えば,東韻・冬韻など は,慧琳音(『慧琳音義』788−810)の段階で,すでに[東冬]韻として 併合し,『七音略』『韻鏡』『切韻指掌図』などの〈等韻図〉でも併合して いるのであるが,〈韻書〉では,『広韻』の「獨用」注記はもちろんのこ と,明・清以降の「平水韻」(詩韻)に至るまで,伝統的に「東韻」「冬 韻」の別を墨守しているのである。このことは,〈韻書〉における押韻の 約束事としての規範的な「韻の枠組み」と現実の字音──〈等韻図〉編纂 時の音韻体系──との乖離がいかに大きいものであったかを示す一例とな るであろう(49)。 いずれにしても,唐代標準音(慧琳音)よりもさらに韻(韻母)の併合 が進んだ宋代標準音にまでなると,もはや「韻の配置・韻の組合せによっ て,韻の対立と併合を示す」という構造を持った〈等韻図〉ではどうにも 対処できなくなり,『切韻指掌図』のような「韻の併合」を大幅に行っ た,新たな〈等韻図〉が作成されるようになるわけである(50)。従って, その意味では,206 韻の枠組みを守って作成された,いわば到達点として の〈等韻図〉が『七音略』『韻鏡』であったと言えるであろう。 10. 2 ところで,〈等韻図〉編纂時の音韻体系については,本稿では,韻 の配置・韻の組合せという観点から「韻(韻母)」の問題として検討して 10 『七音略』『韻鏡』の構造と原理(蠶)
きので,「声母・声調」の問題としては,特に言及することがなかった。 「声母」については,三根谷徹(1993[1978])が指摘するように,〈等 韻図〉は「極めて保守的」なのである。〈清・濁〉の対立を失っても, 「〈三十六字母〉の別を崩そうとしない」からである。「梵語音との対応が 重視されている」ことが,その背景にあると考えられている。従って,206 韻の〈韻書〉の反切によって示される〈声母の体系〉と〈等韻図〉に示さ れる〈三十六字母の体系〉,そしてさらには,実際の発音における〈頭子 音の体系〉という三層における相違があって,「声母」は,かなり複雑な 重層的な様相を呈していると考えられる。しかも〈清・濁〉にかかわる 「声調」との関係があるので,「声母」の問題は,それほど単純ではないこ とが知られる。 一方,「声調」の面でも,唐代に起こった上声全濁音の去声化も〈等韻 図〉には反映していない。声調に関しては,〈韻書〉の206 韻の枠組み (四声)を守るかぎり,その変化を示すことはできなかったわけであるか ら,当然のことであると言える。このことについて,三根谷徹(1993 [1978])は「声調の上に変化が起っているのに,宋代の等韻図はいずれも 伝統的な韻書の〈平上去入〉の〈四声〉の別に従ってそれを改めようとは していない。即ち,等韻図は〈韻書〉に従属するものであって,時の音韻 体系をそのまま反映しようとしたものではない事が知られるのである」と 述べている。 以上のように見てくると,「現実の字音──〈等韻図〉編纂時の音韻体 系──」と言っても,編纂者(作者)の実際の発音(話音・慣用音)とは もちろん異なった規範的なものであることは明らかであろう。従って, 「規範と現実」という形で,音韻体系を簡単に対比できるとは考えられな い。本稿では,このようなことを踏まえた上で,敢えて単純化して「規範 と現実」と述べてきたわけである。 〈等韻図〉の編纂時の音韻体系について,〈韻母〉〈声母〉〈声調〉にわた って全体を明らかにするためには,音韻体系の重層性の問題が大きな検討 『七音略』『韻鏡』の構造と原理(蠶) 11
課題として残されている。
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.おわりに
河野六郎1979[1939]によって「大体韻鏡の四十三転が切韻の二百 六の韻目を悉く網羅してゐるのは,韻鏡が実際の音を忠実に写したもので なく,切韻の一の解釈であると見るべきであらう」との見解が示され, 『七音略』『韻鏡』などの〈等韻図〉は,中古音をそのまま反映するもので はない──中古音を直接図示したものではない──ということは,すでに 共通の理解となっている。 また,三根谷徹(1993[1972]の指摘する「『韻鏡』『七音略』は『広 韻』の体系の一つの解釈として成立したものであろうが,それは既に『広 韻』の体系とは異つていた別の体系を持ち込んで解釈したものであるため に,両者の体系間のずれが顔を出している」ということから,三根谷徹 (1993[1953 b])以来,「中古音の体系として『韻鏡』などの等韻図に依 拠することの不可なること」(三根谷徹(1993[1972])は,繰り返し説か れてきたところでもある。 本稿は,『七音略』を中心に,韻の配置・韻の組合せ,〈重軽〉注記など を基に,慧琳音・宋代音を投影することによって,その依拠した音韻体系 ──三根谷徹の説く「別の体系」──を推定するとともに,〈等韻図〉と しての転図構成と転図構造の原理的な解明を目指してきた。 本稿によって,『七音略』『韻鏡』の転図構造の原理及び転図構成と転図 構造に係わる原理・原則,そして,両等韻図の依拠した音韻体系(韻母の 体系)については,ほぼ解明されたと考えている。しかし,いまだ未検討 ・未解決の問題も多く残されていることは認めなければならない。例え ば,依拠した〈韻書〉,〈内外〉注記,そして「等位」,「声母(三十六字 母)」「声調」などの問題である。これらについては,いずれ稿を改めて論 じてみたいと考えている。 12 『七音略』『韻鏡』の構造と原理(蠶)注 盧 『七音略』は,「元至治本」(国立北京大学の影印を基にした藝文印書館印行 『等韻五種』所収本)を用い,泰順書局印行『等韵名著五種』所収本も参照 した。『韻鏡』は,龍宇純『韻鏡校注』(藝文印書館)所収の「覆永禄本」を 用いた。『七音略』は南宋の鄭樵撰『通志・七音略』に収める「内外転図」 (これを『七音略』と通称する)のことで,鄭樵の序文によると『七音韻 鑑』を参考として編纂されたという。刊行年は紹興三十三年(1162)前後と 推定されている。一方,『韻鏡』は南宋の張麟之の刊行したもので,紹興辛 巳(1161)の序文によると,友人から譲られた『指微韻鏡』(もと『指玄韻 鏡』)に「字母括要ノ図ヲ撰ヒ,復タ数例ヲ解シテ」編纂したものである。 慶元丁巳(1197)に重刊。嘉泰三年(1203)に「韻鑑序作」と題する序文と 「調韻指微」などの解説を附して第三版が刊行され,これが日本に伝来し た 。『 七 音 略 』 及 び 『 韻 鏡 』 の 序 文 な ど に つ い て は , 三 根 谷 徹 (1993 [1982]),大島正二(1997)を参照。 盪 平山久雄(1967)で指摘するように,『七音略』『韻鏡』の「原図」は唐代中 期まで遡る,という可能性は完全には否定できないが──「原図」というの をどのように考えるかによって見解が分かれるが──,宋代の〈等韻図〉と しての『七音略』『韻鏡』という観点からすれば,「中古音」の体系(206 韻 の枠組み)を基盤において,「慧琳音」だけではなく「宋代音」をも投影す ることによって,そのあり方や対応関係を把握することから始める必要があ るということである。 蘯 〈等韻図〉と〈韻書〉との関連も当然検討しなければならないが,議論が多 岐にわたるのを避ける意味もあって,本稿での扱いは最小限に抑えてある。 〈韻書〉については,小倉肇(1991, 1992 a, 1995),清水史(1995),大島正 二(1997),『言語学大辞典』第6 巻【術語編】などを参照されたい。また, 『韻鏡』の術語に関しては,清濁・開合・内外転・三十六字母などについ て,小倉肇(1992 b, 1993, 1995)で個別に検討を行っている。なお,本稿と も密接に関連する問題として,『七音略』『韻鏡』などの〈等韻図〉がどのよ うに利用されてきたかという学史上の問題がある。これについては,三根谷 徹(1993[1982]),清水史(1993)などを参照されたい。 盻 平声の韻目で上・去・入声を兼ね,平・上声を欠く場合は去声の韻目を挙げ る。以下同じ。 眈 坂井健一(1969)も指摘するように「《七音略》が陸氏切韻系の韻目次によ り,《韻鏡》が李舟切韻系によったため」と考えられている。羅常培(1963 [1935]),頼惟勤(1989[1958]),平山久雄(1992),大島正二(1997)など 参照。因みに,陸氏切韻系は193 韻であるが,『七音略』は 206 韻(『韻鏡』 『七音略』『韻鏡』の構造と原理(蠶) 13
『広韻』も同じ)に従っているので,韻目の順序だけの問題なのかどうか, 或いは,どのような〈韻書〉に基づいたのか,検討課題として残されてい る。なお,『広韻』の206 韻は,『切韻』の「真軫震質」韻を「真軫震質」韻 と「諄準%術」韻に,「寒旱翰末」韻を「寒旱翰曷」韻と「桓緩換末」韻 に,「歌#箇」韻を「歌#箇」韻と「戈果過」韻に分け,「嚴」韻の上声・去 声を「儼」韻・「$」韻として独立させたものである(小倉肇 1991 など参 照)。『広韻』は澤存堂本を用いるが,『鉅宋広韻』(上海古籍出版社1983) も参照した。 眇 韻摂(16 摂)を用い,そのまとまりを! "に包んで示す。韻摂について は,注眩参照。 眄 頼惟勤(1989[1958])は「韻鏡の「蒸登」の位置は,韻尾 i!の「内」を 表わすものであろう」とし,「七音略の「侵」「蒸登」の位置は,韻尾im お よびi!を表わすものであろう」と述べ,いわゆる「内外転」の観点からの 説明がなされている。また,頼惟勤(1989[1974])で述べるように「『韻 鏡』のように「蒸登」を末尾に置くと,「徳」韻の「北」が韻書の末にな り,巻首の「東」に応ずることとなる(『鶴山先生大全集』巻109 参照)。韻 書の韻の順は「東西南北」と「冬春夏秋」とそれぞれ循環するものなのかも 知れない」という可能性もあり,このような配慮から「蒸登」を末尾に置い た〈韻書〉のあったことも想定されよう。 眩 『 韻 鏡 』 の 著 作 年 代 を 唐 末 或 い は 五 代 と 考 え る 説 は , 満 田 新 造 ( 1964 [1917])に見られる。注(28)も参照。韻摂については,頼惟勤(1989 [1958])は「14 摂は韻鏡・七音略の時代より後のものである」,「韻・七の 時代には摂はないが,(中略)中古から現代への橋渡しとして,摂ほど気の きいたものはなく,その摂も14 摂ほど便利なものはない」と述べている。 ただし,『七音略』『韻鏡』の韻目順を考える場合,「江韻」の配列を見るか ぎり,16 摂の方(すなわち,江摂と宕摂を分けた方)が相応しいと判断さ れるので,本稿では16 摂を用いる。『七音略』『韻鏡』は,16 摂に従ってい ると考えてよい。因みに,16 摂とは「通,江,止,遇,蟹,臻,山,效, 果,仮,宕,梗,曽,流,深,咸」の諸摂のことである。 眤 羅常培(1963[1935])は「蓋已露入声兼承陰陽之兆矣」と述べている。大 島正二(1997)も参照。 眞 中古音・慧琳音の音韻表記は,それぞれ三根谷徹(1993, 1993[1976])に 従う。また,重紐甲乙の区別が問題となる場合は,(j)の有無で示すことに する。本稿では,重紐の対立を A 類:B 類ではなく,河野 六 郎 ( 1979 [1969])に従って甲:乙で表記している。注(18)参照。慧琳音の韻母の体 系は,〈付表1〉[慧琳音・韻母表]参照。 14 『七音略』『韻鏡』の構造と原理(蠶)
眥 宋代標準音(宋代音)の音韻表記は,三根谷徹(1993[1978])に従う。宋 代音の韻母の体系は,〈付表2〉[宋代音・韻母表]参照。 眦 平山久雄(2003)は,継承関係にある P・Q・R 3 種の等韻図を想定し,次 のような見解を示している(詳細は論文に譲る)。「果仮分立型」の等韻図P が成立した後,等韻図Q の作者は,転図節減の方針により「果仮併合型」 の等韻図を作成したが,等韻図R の作者は「果仮併合型」に欠陥を認め, 再び「果仮分立型」を復活させた。『韻鏡』『七音略』ともに等韻図R の状 態を継承する。この平山久雄説は,「迦」(見母)・「!」(溪母)・「伽」(群 母)の3 小韻代表字が『韻鏡』『七音略』の両等韻図ともに欠落しているこ とをうまく説明できる点で優れている。ここでは,現存の『七音略』『韻 鏡』において,一転図内に異なった摂の韻を含むことはない,という原則の あったことが確認できればよいので,「迦」「!」「伽」の 3 小韻代表字の欠 落の問題は,いずれ稿を改めて論ずることにしたい。 眛 平山久雄(1967) 眷 平山久雄(2003) 眸 『韻鏡』において「去声寄此」という注記があるのは,『韻鏡』の作者(注記 者)が「去声廢韻が入声欄に置かれている」という意味──後に述べる〈等 韻図〉の転図構成・転図構造──を(十分に)理解していなかった可能性を 示しているとも考えられる。「去声寄此」という注記が,利用者に便宜を供 するという側面を持ちながらも,〈韻書〉を見れば明らかで,無用の注記と も言えるので,そこに作者(注記者)の転図構成上の意図を見るよりも,む しろ作者のいわば疑念──なぜ「去声廢韻が入声欄に置かれている」のかと いう疑問──を見て取ることもできるからである。注砠参照。 睇 ここでの『七音略』の音韻表記は,三根谷徹(1993[1976])の唐代標準音 (慧琳音)の音韻表記に従う。なお,慧琳音によって示される「唐代標準 音」とは異なった『七音略』の廢韻の扱いは,それが,唐代の標準音からは ずれた音韻体系に従ったためであるのか,或いは「中国の標準音が外国人で ある胡僧の耳を通して解釈された体系を反映する」(三根谷徹1993)のか, 「標準語音に従いながら編者の話音が顔を出したというような性質のもので あるか」(三根谷徹1993[1976])は,改めて慎重に検討しなければならな いであろう。因みに,『七音略』の韻母の体系は8.2『七音略』韻母表で示す。 睚 中古音の体系を正しく反映した韻図を作成するならば,『七音略』『韻鏡』と はかなり異なったものとなったはずである(三根谷徹1993[1953]参照)。 小倉肇(1995)では,中古音(三根谷徹説)に即した韻図──中古漢語(広 韻)音韻表──を作成している。 睨 藤堂明保(1957[1980])参照。本稿では「重紐」を広義に用いる。従っ 『七音略』『韻鏡』の構造と原理(蠶) 15
て,以下では「いわゆる」を付さない。 睫 河野六郎(1979[1968]),三根谷徹(1993[1976])参照。 睛 平山久雄(1967) 睥 小倉肇(1995)参照。 睿 Pulleyblank(1970)も参照。 睾 平山久雄(1967) 睹 三根谷徹(1993[1953]),藤堂 明 保 ( 1980 [ 1957 ]), 小 倉 肇 ( 1992 b , 1995)など参照。歯上音(正歯音二等)と結合する三等韻(三四等両属韻) は,直音韻母として現れていた,または,同じ転図に配される二等韻(直音 韻母)と併合(合流)していたと考えるが,韻母の変遷表及び『七音略』韻 母表(8.2)・『七音略』転図構成の韻母表(8. 3)などでは,〈韻書〉の韻目 との関係として,これを表示していない。三等韻(三四等両属韻)の拗音韻 母が正歯音二等と結合する場合にだけ直音韻母で実現していたとすれば,い わゆる相補分布をなすので,音韻論的にはそれを拗音韻母として解釈するこ とはもちろん可能である。しかし,三十六字母においては,正歯音の二等と 三等は,一つの声母──照・穿・牀・審・禅──として扱われるので,中古 音と相違して,正歯音二等と結合する,というように単純には考えることは できない。従って,声母(三十六字母)の音韻論的解釈と相俟って,三等韻 (三四等両属韻)の韻母及び二等韻の韻母との関係については,慎重に検討 する必要があろう。これは転図構造の「等位」と直接関係する大きな問題で ある。 瞎 『韻鏡』の転次を必要に応じて〈 〉内に示す。以下同じ。 瞋 平山久雄(1967)は,庚韻・清韻について,「声母と重紐に関し補い合う分 布を示す」ので,「庚・清/ia",iua"/」という音韻論的解釈を提示してい る。三根谷徹(1993[1956])は庚 ia",iua":清 ie",iue"と解釈していた が,三根谷徹(1993[1972])で蒸-i!",職 -i!k, -iu!k が軽脣音化を起こさな かった例外を解決するために-ie",-iek, -iuek としたので,これに伴って庚 清-ia",陌昔 -iak, -iuak と修正した。さらに三根谷徹(1993[1976])で は,別の韻とされたものが同じ韻母の形をとると音韻論的に解釈される問題 点を解決するために,-ie",-iek, -iuek(蒸職)を -i a ", -i a k, -iu a k としたの で,庚清は,庚ia",iua":清 ie",iue"と修正され,結果的にはもとの解釈 に戻っている。 瞑 藤堂明保(1957[1980])参照。 瞠 『七音略』『韻鏡』の 43 転図よりも 1 転図多い 44 転図からなる〈等韻図〉の あったことが知られている。〈等韻図〉自体は散逸して伝わらないが,「切韻 類例序」の「図四十四」及び魯国堯(1994)の見出した『盧宗邁切韻法』の 16 『七音略』『韻鏡』の構造と原理(蠶)
自跋文に見られる「切韻四十四図」がそれである。44 転図であるのは,尤 韻と幽韻を分けたためと推定されている(大矢透1924,魯国堯 1994,平山 久雄2003 参照)。なお,これらの44 転図は,いずれも『韻鏡』『七音略』の 43 転図よりも新しいものと考えられることは注目してよい。因みに,本稿 の筆者は,『韻鏡』『七音略』よりも前に44 転図があったとすれば,尤韻と 幽韻を分けたものではなく,25 転[豪肴宵蕭]と 26 転[○○○宵]のよう に,[侯○尤幽]と[○○○尤]に分けて配置したものであった蓋然性を考 えている。もっとも,中古音に依拠した〈韻図〉を想定するならば,類相関 から見て,幽韻は重紐韻であるから,尤韻と幽韻を分け,別転図にしたこと は考えられる。ただし,尤韻と幽韻を分けた『韻鏡』『七音略』の「共通の 祖図」──平山久雄(2003)によれば,「共通の祖図」は宋代の作品とする ──のあった蓋然性はかなり低いと考えている。「『韻鏡』が著わされた時期 を晩唐の和尚守温の時代にまで遡ることはできないであろう」という大島正 二(1997)の見解や慧琳音(『慧琳音義』788−810)の段階ですでに尤韻と幽 韻の合流が見られることなどによる。注眩参照。 瞞 藤堂明保(1980[1957])は「尤韻と幽韻とを併せて,「34 等複韻」とな る」との見解を示している。また,潘文国(1997)は「尤韻除歯音外四等字 不多,幽韻歯音字又太少,於是合成一図」と述べている。 瞰 辻本春彦(1986)参照。なお,三根谷徹(1993[1972],1993)は,中古音 の幽韻の脣音・牙喉音をいずれも三等(B 類)とするが,『七音略』『韻鏡』 の幽韻脣音四等の問題は同じである。因みに,類相関については,小倉肇 (1995)で「之韻」「蒸職韻」の問題を取り上げたことがある。 瞶 三根谷徹(1993[1972])に従って,直音韻母の中 -e- を韻腹(主母音)と するものを〈-e 系〉の韻母と呼び,拗音韻母の中 -e- を韻腹とするものを 〈-ie 系〉の韻母と呼ぶ。以下同じ。 瞹 重紐の対立(A 類:B 類)が解消されていく過程を考えれば,B 類が A 類 に,或いはその逆のA 類が B 類に,という変化(ゆれ)が個別的に起こっ たことも考えられなくはないが,幽韻の脣音声母が全体として,そのような 変化を起こしたとは想定しにくい。重紐の表記については,注眞参照。 瞿 松尾良樹(1978)は「四等重軽例」で幽韻が四等に配列されているのは,重 紐の消失によって四等韻と考えられたためと考えている。因みに,慧琳音で は,尤韻脣音は虞韻に合流し,さらに明母では模韻に合流していることも, 重紐の区別・消失と関連して問題となる。ただし,このような変化は,韻摂 を超えた変化であり,206 韻の枠組みに従った〈等韻図〉としては,これら を示す手段がなかったことは考慮されるべきである。 瞼 三根谷徹(1993[1976])参照。 『七音略』『韻鏡』の構造と原理(蠶) 17
瞽 松尾良樹(1974),平山久雄(1977),森博達(1991[1983]) 瞻 頼惟勤(1989[1958])参照。 矇 注眄参照。 矍 前節までは,縦に「等位」を配した示し方であったが,以下は,横に「等 位」(1 等・2 等・3 等・4 等;便宜アラビア数字を用いる)を配してあり, 声調の別ではないので,留意されたい。 矗 羅常培(1963[1932]),頼惟勤(1989[1958]),坂井健一(1969),大島正 二(1997)など参照。 矚 頼惟勤(1989[1958]) 矜 止摂諸韻(支脂之微)は,206 韻に従った最も規範的な発音では,それらを 区別することが可能であった──それらを区別する規範があった──と考え られるが,『七音略』『韻鏡』の依拠した音韻体系では,止摂諸韻は併合され ていたと見なされる。すなわち,止摂諸韻が区別無く発音される規範に従っ ていたということである。9 節参照。 矣 「守温韻学残巻」(P 2012)の「四等重軽例」は,「重軽」の意味・機能は別 として,「四等」すなわち「等位」と「重軽」という用語がペアとして用い られていることは注目に値する。このような「等位」と「重軽」というペア の用法が背景となって,『七音略』という〈等韻図〉において〈重軽〉とい う用語が採用されたということが考えらる。 矮 陰陽調分裂における越南漢字音での〈清濁〉の扱いや『韻鏡』の「清・次清 ・濁・清濁」が単に声母の別を示すだけではなく,声調に関わる特徴をも示 しているとする三根谷徹(1993[1965],1993[1982])の解釈に従えば,声 母に関する分類としては,「清・次清」:「濁・清濁(次濁)」のような二分法 が取られているのではなく,「清・次清」:「濁」:「清濁」のような三分法が 採用されていることになる。小倉肇(1991, 1995)参照。 矼 『韻鏡』の注記及び作者の問題については,注眸砠を参照されたい。 砌 平山久雄(2003)は,『七音略』の基礎である『七音韻鑑』は,刊本ではな く写本であり,「鄭樵が手にした『七音韻鑑』が整理の行き届かない稿本で あった」可能性を指摘している。 砒 〈付表 2〉[宋代音・韻母表]には示されていないが,2. 2 で述べたように, 宋代音を反映する『切韻指掌図』では,第1 図「豪韻・宵蕭韻」の入声欄に 「鐸韻・薬韻」を配していることから,[鐸・薬]が-!u/-iau という字音(読 音)を持っていたことが分かる。 礦 注砒参照。 砠 『韻鏡』で -!u[鐸]と -iau[薬]が見られないのは,宋代音に依拠した音韻 体系においては,『切韻指掌図』に見られるように〈陰声〉に〈入声〉を配 18 『七音略』『韻鏡』の構造と原理(蠶)
する韻が大幅に増えてしまうことになるので,それらの韻を全て掲載しない という方針に従って「鐸薬」が削除されたという可能性が考えられる。『韻 鏡』の「廢韻」の扱いを見ると,宋代音と同じ特徴を見せているからであ る。或いはまた,韻の重複掲載はしないという単純な方針に従ったためかも しれない。ただし,この方針(考え方)は,〈等韻図〉の二重構造を理解し ていないために取られた措置ということになる。「去声寄此」の注記,〈開・ 合・開合〉注記とともになおよく考えてみたい。注眸参照。 礪 このようなことを明らかにするためには,〈韻書〉と〈韻図〉の歴史を組み 合わせた詳細な議論が必要になるので,ここでは,この問題に立ち入ること はできない。注蘯参照。 硅 韻(韻母)の併合としては,入声韻尾(の消失)の問題も当然のことながら 関係している。なお,新たな〈等韻図〉としては,南宋の撰述と考えられる 『四声等子』などがある。 引用文献 有坂秀世(1940)『音韻論』(三省堂) ────(1959)『音韻論 増補版』(三省堂) 大島正二(1997)『中国言語学史』(汲古書院) 大矢 透(1924)『韻鏡考・随唐音図』(勉誠社文庫41, 1978) 小倉 肇(1991)「韻書について(1)」(『弘前大学教育学部紀要』66) ────(1992 a)「韻書について(2)」(『弘前大学教育学部紀要』67) ────(1992 b)「『韻鏡』の術語(1)」(『弘前大学国語国文学』14) ────(1993)「『韻鏡』の術語(2)」(『弘前大学国語国文学』15) ────(1995)『日本呉音の研究』(新典社) 亀井孝・河野六郎・千野栄一(1996)『言語学大辞典』第 6 巻【術語編】(三省 堂) 河野六郎(1939)「朝鮮漢字音の一特質」(『言語研究』3) ────(1968)『朝鮮漢字音の研究』(天理時報社) ────(1979)『河野六郎著作集2』(平凡社) 坂井健一(1969)「『七音略』」中国語学研究会編『中国語学新辞典』(光生館) 清水 史(1993)「等韻学利用に関する学史上の問題──韻図の性質とその利用 目的──」(『小松英雄博士退官記念日本語学論集』三省堂) ────(1995)「『切韻』の性格──陸法言序と切韻音系──」(『表現研究』 61) 辻本春彦(1986)『廣韵切韵譜(第三版)』(均社単刊第二種) 藤堂明保(1957)『中国語音韻論』(江南書院) 『七音略』『韻鏡』の構造と原理(蠶) 19
────(1980)『中国語音韻論──その歴史的研究──』(光生館) 潘 文国(1997)『韻図考』(華東師範大学出版社) 平山久雄(1967)「中古漢語の音韻」『中国文化叢書1 言語』(大修館書店) ────(1977)「中古音重紐の音声的表現と声調との関係」(『東洋文化研究所 紀要』73) ────(1992)「《韻鏡》二事」(『記念王力先生九十誕辰文集』山東教育出版 社) ────(2003)「『韻鏡』『七音略』に関わる転図の併合・分離について」(『東 洋学報』84−4) 松尾良樹(1974)「広韻反切の類相関について」(『均社論叢』1) ────(1978)「幽韻小論」(『均社論叢』6) 満田新造(1917)「韻鏡著作の年代に就て」(『國學院雑誌』23−10) ────(1964)『中国音韻史論考』(武蔵野書院) 三根谷徹(1953 a)「韻鏡の三・四等について」(『言語研究』22・23) ────(1953 b)「韻鏡における歌(戈)韻の位置」(『東洋学報』35−3・4) ────(1956)「中古漢語の韻母の体系──切韻の性格──」(『言語研究』31) ────(1965)「韻鏡と越南漢字音」(『言語研究』48) ────(1972)『越南漢字音の研究』(『東洋文庫論叢』53) ────(1976)「唐代の標準語音について」(『東洋学報』57−1・2) ────(1978)「宋代等韻図の構成」(『東洋学報』60−1・2) ────(1982)「「韻鑑序例」考」(『國學院雑誌』83−11) ────(1993)『中古漢語と越南漢字音』(汲古書院) 森 博達(1983)「中古重紐韻舌歯音字の帰類」(『伊地智善継・辻本春彦両教授 退官記念中国語学中国文学論集』東方書店) ────(1991)『古代の音韻と日本書紀の成立』(大修館書店) 羅 常培(1932)「釈重軽」『中央研究院歴史語言研究所集刊』第二本第四分 ────(1935)「《通志・『七音略』》研究──景印元治本《通志・『七音略』》序 ──」(『中央研究院歴史語言研究所集刊』第五本第四分) ────(1963)『羅常培語言学論文選集』(中華書局) 頼 惟勤(1958)「中古中国語の内・外について」(『お茶の水女子大学人文科学 紀要』11) ────(1974)「『切韻』について」(『宇野哲人先生白寿祝賀記念東洋学論 叢』) ────(1989)『中国音韻論集 頼惟勤著作集蠢』(汲古書院) 魯 国堯(1994)「宗邁切韻法述評」(『魯国堯自選集』河南教育出版社) Pulleyblank, E. G.(1970)Late middle Chinese(Asia Major 15)
〈付表 2〉[宋代音・韻母表] −F −MV− ’ i u m p n t " k u" uk a 麻 佳皆夬 肴 咸銜 洽狎 山刪 黠" (陽) (覚) 江 覚 ua 麻 佳皆夬 山刪 黠" ia 麻 佳! 蕭宵 塩厳凡添 葉業乏帖 仙元先 薛月屑 陽 藥 iua 卦 仙元先 薛月屑 陽 藥 ! 歌 !泰 豪 覃談 合盍 寒 曷 唐 鐸 u! 戈 桓 末 唐 鐸 e 支之 侯 痕 登庚耕 徳陌麥 東冬 屋沃 u e 模 灰泰 魂 没 登耕庚 徳陌麥 i e 支之脂 微斉祭 尤幽 侵 緝 真臻 欣 質櫛 迄 庚清 蒸青 陌昔 職錫 東鍾 屋燭 iu e 魚虞 支脂微 斉祭廃 諄文 術物 庚清 青 陌昔 職錫 ※〈付表2〉は,三根谷徹(1993[1978])の「宋代標準音の韻母の体系」として示された 表の転載である。 〈付表 1〉[慧琳音・韻母表] −F −MV− ’ i u m p n t " k u" uk a 麻 佳皆夬 肴 咸銜凡 洽狎乏 山刪 黠" 耕庚 麥陌 江 覚 ua 麻 佳皆夬 山刪 黠" 耕庚 麥陌 ia 麻 斉祭廃 蕭宵 添塩厳 帖葉業 先仙元 屑薛月 青清庚 錫昔陌 iua 斉祭廃 先仙元 屑薛月 青清庚 錫昔 ! 歌 !泰 豪 覃談 合盍 寒 曷 唐 鐸 u! 戈 灰泰 桓 末 唐 鐸 i! 戈 陽 薬 鍾 燭 iu! 陽 薬 e 侯 痕 没 登 徳 東冬 屋沃 u e 模 魂 没 登 徳 i e 魚 支脂之微 尤幽 侵 緝 真臻欣 質櫛迄 蒸 職 東 屋 iu e 虞 支脂微 諄文 術物 職 ※〈付表1〉は,三根谷徹(1993[1978])の「慧琳音の韻母の体系と『広韻』の韻目との 関係を示した表」の転載である。 『七音略』『韻鏡』の構造と原理(蠶) 21
[付記]本稿は,未発表論文「韻鏡・七音略の構造」(1995 年稿)を全面的に書 き改めた,いわゆる改訂増補版で,旧稿の論旨・帰結を大幅に変更した部分も 少なくない。旧稿をご高覧くださった小松英雄・平山久雄の両先生からは, 種々の貴重なご意見をいただいた。両先生に厚く御礼申し上げたい。改稿に際 して,ご意見を生かすよう努めたが,なお不十分な点はもちろん筆者の責任で ある。平山久雄先生のご論考(2003)を受けて,構想を新たに執筆しようとし たが,やはり旧稿捨てがたく,それを生かすために,結局,このような形にな ってしまった。平山先生にはお許しを願うばかりである。中古漢語についてご 指導いただき,また『韻鏡』という〈等韻図〉について,様々な問題点をお示 しくださった三根谷徹先生に,本稿をお目にかけることができないのは,そし てご批正いただけないのは,叶わぬこととは言え,とても心残りである。大方 のご批判を請う次第である。 (おぐら はじめ・関西学院大学文学部教授) 22 『七音略』『韻鏡』の構造と原理(蠶)