金融政策をめぐる諸問題
全文
(2) 序章. 第工章.金融政策の目標と手段. 第1節.金融政策の目標 1.政策目標の多面性 2.政策目標の相互関係と独立性. 3.最終目標と中間目標 第2節.金融政策の手段と効果 1.貸出政策 2.公開市場操作 3.準備率操作 4.その他の金融政策手段. 5.金融政策効果のラグ. 第2章.ケインズ学派金融政策論 第1節.『一般理論』におけるケインズ理論. 1.生産物市場と労働市場 2.有効需要の原理 3.消費関数 4.投資関数 5.乗数理論 6.利子率の決定 7.『一般理論』と金融政策.
(3) 第2節.IS−LMモデルと金融政策効果 1.『一般理論』とIS−LM分析 2.生産物市場と貨幣市場の役割. 3.生産物市場とIS曲線 4.貨幣市場とLM曲線. 5.IS−LM分析と国民所得 6.IS−LM分析と金融政策効果. 7.IS−LM分析の意義と限界 第3節.総需要・総供給モデルと金融政策効果. 1.物価水準どIS−LM分析 2.総需要関数モデル 3.総供給関数モデル 4.均衡国民所得と均衡物価水準の決定 5.総需要・総供給モデルと金融政策効果. 第3章.ケインズ学派金融政策論に対する批判と金融政策効果. 第1節.自然失業率仮説と金融政策 1.プリードマンと自然失業率仮説 2.フィッシャー・フィリップスの評価. 3.自然失業率仮説 4.自然失業率仮説の意義と問題点 第2節.フリードマンの貨幣理論と金融政策 1.フリードマン理論と金融政策の役割. 2.プリードマンのモデル分析 3.貨幣的名目所得理論と金融政策.
(4) 4.フリードマンの貨幣理論の問題点. 第3節.古典派理論とケインズ理論. 1.2つの学派 2.古典派のモデル分析 3.ケインズ派理論と貨幣賃金・価格の硬直性. 第4節.裁量的金融政策の有効性. 終章.結びにかえて.
(5) 序章 現在、日本経済には産業構造の高度三等の様々な構造変化が生じてい るが、こうした長期的変化に加えて短期的にもバブル経済の崩壊以降、. 平成不況と呼ばれる状況が続いている。このような状況の中で、政府の 経済政策に対する人々の関心は高いが、一連の政策の中で特筆すべきこ との一つが、公定歩合が史上最低に設定されたことである。言うまでも なく、公定歩合操作は、政府の裁量的金融政策の一手段である。これの 引き下げは金融機関の準備増加を通じて貸出態度を活発化させ、経済に 拡張的な効果を及ぼすと期待される。ここで「裁量的」としたのは、こ の政策が積極的な政府のマクロ安定化政策を提言したケインズ理論を前 提にしたものであることを示している。しかし、現代の経済学会におい ては、必ずしもこのような裁量的な金融政策を主張するケインズ理論は 優勢ではなく、逆に消極的で一定のルールに従った政策運営を求める考 え方が力を持っている。では、この公定歩合政策の背景にあるケインズ 理論は、平成不況といわれる状況下においてどのような意味を持ってい るのであろうか。本論文は、このケインズ的金融政策は現在でもその有 効性が認められるか、否かについて、理論的に考察・検討することを課 題とする。. さて、本論文が検討対象とするマクロ経済学の状況について簡単に述 べておきたい。1929年の世界恐慌の発生以降、マクロ経済理論の世界に おいて支配的であったのは、積極的な政府の経済介入による活性化を主 張したケインズ理論である。この理論においては、金融政策についても 利子率調整を重視し、政策発動は裁量的に行なうべきであると結論して いる。しかし、石油ショック以後、先進諸国の中でスタグフレーション が進行し、インフレーション下の不況というフィリップス曲線に依拠す. 1.
(6) るようなケインズ理論では解けない事態を前に、ケインズ理論の見直し が進められるようになった。そして、1970年代に盛んに議論されたいわ ゆるマネタリスト・ケインジアン論争を経て、自然失業率仮説によって スタグフレーションを分析したマネタリスト理論が、優勢となってきた。 このマネタリスト理論によれば、価格メカニズムによる経済調整により、. 基本的に政府のマクロ安定化政策は不必要なものとされる。つまり、期 待形成についての誤りがないならば、経:済は自動的に完全雇用均衡に到. 達する。よって、ルールによる金融政策が最良とされたのである。ここ で、金融政策の役割は貨幣供給量を長期的経済成長率に見合うように増 加させることにあり、予め設定されたルールに従って運営し、いたずら に変更してはならないとされる。このマネタリスト理論に沿って、多く の先進諸国(特にアメリカやイギリス)では政府の経済政策に対する考え. 方が変更された。ただし、この政策転換が果たしてその国の経済状況を 好転させたかというと、たとえば、アメリカのレーガン政権下の経済政 策が「双子の赤字」を生み出したように、必ずしもその状況を好転させ ることはできなかった。. 本論文は、以上のような現実の経済と経済理論の推移を考慮した上で、. ルールではなく裁量による金融政策、すなわちケインズ理論による積極 的な金融政策に有効性があるのだろうか、という点にテーマをしぼり論 じたものである。. 以上のような研究のねらいをもって、本論文は次のように構成される。. まず第1章においては、裁量的金融政策とはどのようなものであるのか について考察する。ここでは金融政策の目標について、その指標の多面 性について考え、さらに諸目標の相互関係や目標達成のための中間目標 の設定等について検討する。また裁量的金融政策の手段を貸出政策・公 定歩合操作・準備率操作・その他に分類し、各々の政策手段の特徴と課. 題について整理し、検討する。続く第2章では、第1章で検討した裁量. 2.
(7) 的金融政策の理論的根拠であるケインズ理論について考察する。まず、. 難解であるケインズ理論をできるだけ正確に考察するためにその原典で ある『雇用・利子および貨幣の一般理論』(以下r一般理論』と記す〉の、. 骨格部分について議論する。次に、ケインズ解釈の標準的なモデルとさ れるIS−LMモデルを利用し裁量的金融政策がどのような効果を生むのか について検討する。最後に、物価水準を所与としたIS−LMモデルに対し て、物価変動を内生化した総需要・総供給モデルにより検討を重ねる。. 第3章は、以上のようなケインズ理論に対して、これと対立関係にある マネタリズムの理論的指導者とされるフリードマンの自然失業率仮説や 貨幣的名目所得理論について検討する。これらの議論の後、マネタリズ ムの理論的背景である古典派理論とケインズ理論について比較・検討し、 裁量的金融政策が有効か、否かについて結論を求める。. 以上のような論文構成によって、本論文はその目的であるケインズ的 金融政策が現在でもその有効性が認められるかどうかについて、結論す る。. 3.
(8) 第−章金融政策の目標と手段 金融とは、資金の余っている部門から不足している部門に資金を融通 することであるが、この資金の流れを中央銀行が意図的に調整するのが、. 金融政策である。この金融政策は、総需要管理政策の中の中心的なもの として、経済全体の総需要を調整し、経済の安定的な運営をはかるため の手段として重要視された。中でも総需要管理政策としての金融政策と. いう考え方はケインズ理論によって確立され、第2次世界大戦後の先進 資本主義諸国の多くが、経済安定のための総需要のコントロ「ルを政府 の責任と考え、政府は経済活動に積極的に介入するようになったのであ る。総需要管理政策の一つである金融政策の目標は、基本的数ものとし て物価の安定と、完全雇用の達成(景気の維持〉である。またこの他にも. 国際収支の均衡や資源の最適配分なども目標としてあげることができる。. いずれにしても、これらの目標は、他の経済政策の目標と同様に、時代 の要請によりその重要性は大きく変化し、また各国の国民経済の状態に よって目標の優先順位は異なるのである。. 一般に、金融政策は、中央銀行が政策主体となり、その直接操作可能 な政策手段を変動させることにより金融市場の調整を裁量的に行う政策 であるとされている。後に詳しく検討して行くことになるが、具体的に は、金利政策・公開市場操作・準備率操作や窓口指導などがあげられる。. これらの政策手段は、中央銀行が政策目標達成のために市中金融機関や 民間非金融部門の資産・負債の選択行動を左右し、さらに家計・企業な どの民間非金融部門が保有する貨幣量や市場金利を調整し、最終的に民 間の生産活動に影響すると認識されている。もちろん、金融政策として どの手段を活用するかは、各国の経済発展状況や金融制度の相違により 同じではなく、とりわけ、どのような目標を優先させるかによって異な. 4.
(9) るものである。. 序章によって述べたように、本論文はこれらの金融政策の有効性につ. いて理論的に考察することを目的としている。したがって、第1章にお いては、ケインズ理論を前提とし、多くの先進諸国が実践してきた金融 政策のメカニズムについて、その目的と手段をまず整理し、考察するこ とにする。. 第1節.金融政策の目標 1.政策目標の多面性 金融政策の目標と一言で書っても、その目標をどのように定義するか については、多くの問題点を抱えている。上述してきたように、金融政 策の基本的な目標と考えられる、物価安定や完全雇用の達成についても、. 何をもってその目標が達成されたとするのか、また目標の指標として何 を利用すれば良いのか、その定義付けには多くの要素が絡みあっている のである。. たとえば、今、政府の金融政策の目標が物価の安定にあると考えてみ よう。ところが、この物価安定という定義についても、それを示す指数 には様々なものが存在する。つまり、我々が日常、一般的に使用してい る物価指数にば、総理府統計局が作成し毎月発表する消費者物価指数と 日本銀行が作成している卸売物価指数が存在する。さらには、その年の. 市場価格で計算した名目GNPを基準年の市場価格で計算した実質GN Pで除したGNPデフレーターを利用し、基準年に対して物価は安定し ていると判断しても良いことになる。金融政策の目標として掲げた物価 の安定を判断するには、国民にとって究極的とも言える消費活動を重要 視するのが常套であり、一般的には、個別品目ごとの基準年に対する価 格比率を消費支出額をウェートにして加重平均した消費者物価指数を対 象として、その目標を設定すべきだ&考えられる。しかし、消費者物価. 5.
(10) が安定していたとしても企業間取引における物価指数、すなわち卸売物 価指数が上昇している場合、これは一定のタイム・ラグを経て、通常、. 消費者物価に波及すると考えられる。したがって、中央銀行は消費者物 価指数の安定だけでなく、卸売物価指数の安定についてもその政策目標 達成の指標としなければならないのである。では、物価の安定とは具体 的にはいかなる状況を意味するのであろうか。これまでの戦後の我国の 物価水準の推移をみても、金融政策によって物価水準を不変に維持する ということは、ほぼ不可能である。では、物価上昇率を何%までならば、. 安定と考えてよいのだろうか。逆に、物価下落についてはどうなのであ ろうか。これを定義することが、金融政策の一つの課題である。. さらに、同じ物価の安定が目標であっても、経済的な先進国と発展途 上段階の国とでは、許容される目標水準が異なる。たとえば、中南米諸 国などの発展途上国においては、工業化の資金源が必要であるが、政府 に安定的な収入がない場合に中央銀行が多くの貨幣供給を行う。したが って、これらの諸国では貨幣供給の増加によるハイパー・インフレに見 舞われる場合が多い。このように、物価の安定という政策目標を揚げた としても、消費者物価指数の上昇率が平均数%である国と、年率100%を. 越えるインフレ率に苦しんでいる国とでは、各国の国民経済の状態によ って目標とする水準が異なるのは当然である。. 同様に、完全雇用という目標も各国政府の経済状況により大きく異な るものである。物価水準と同様に、たとえば発展途上国においてはマル クス的失業と呼ばれる失業がある。これは、有効需要があったとしても それを供給するための機械設備が不足し、雇用量を増やすことができな い状況をいう。つまり、資本ストックの不足により、失業が解消されな いのである。このように、一般的に完全雇用の目安と考える失業率は、. 雇用機会の少ない途上国に比べ、先進国ほど低い。逆に、先進国でも昨 今のイギリスやアメリカなど失業率が比較的高くなっている国もある。. 6.
(11) また多くの先進国では、激しい職業間移動と女子労働者の増加などを背 景に全体の失業率が押し上げられ、完全雇用の目標とする失業率は以前 より高まってきている。. このように、一言で金融政策の目標と定義しても、経済の発展段階や その時々の経済状況によって、許容される目標は多面性をもち、これら を一義的に定義することはできない。つまり、目標は一国経済の歴史的 発展段階や経済状況、さらには国民の政策選好度などにより決定される ものなのである。. 2.政策目標の相互関係と独立性 金融政策の目標にとってさらに大きな課題は、政策目標相互の関係で ある。後に、詳述することになるが、たとえば政策目標の完全雇用の達 成と物価水準の安定とは、必ずしも両立するものではないとする理論が 存在する。すなわち、失業率と名目賃金率のトレード・オフ関係(逆相 関)を示したフィリップス曲線がそれである。詳しい検討については後. の議論に委ねるが、この理論によれば、複数の政策目標を同時に達成す ることが困難となるのである。このような場合に政府の対応としては、. 政策目標の間に優先順位を設定し、最も重要であると出血する目標に対 して適当な政策手段を講じ、他の目標についてはその時点ではある程度 犠牲的に対処するという現実的対応が考え.られる。ただし、ここで最も. 重要となることが、[Xl−1]どの目標を優先順位の1位に設定するのかで. あり、ここに政府の政策担当者の状況判断と深い見識が要求されること になる。. 複数の政策目標を達成するためのこのような方策には、ポリシー・ミ ックスという考え方が存在する。政府が様々な政策目標をもっていると き、幾つかの有効な政策手段を適切に組み合わせて実施するポリシー・ ミックスの考え方は、その基本的命題に[X1−2]ティンバーゲンの定理を. 7.
(12) 置いたものである。この理論は「独立な政策目標がn個あるとする。こ れを同時に達成するためには、少なくともn個の独立な政策手段が必要 である」としている。ここでいう独立とは、他の目標や手段には依存し ないという意味だと考えられる。とするならば、独立な政策手段の数が 不足する場合には諸目標の同時達成は一般に不可能である。したがって、. 上記のフィリップス曲線の議論は、トレード・オフ関係にあるインフレ 抑制と失業率の引き下げについては独立した政策目標ではなく、同時達 成することはできない。よって、政策目標が独立でない場合には、ティ ンバーゲンの定理は修正を必要とする。つまり、政策目標がトレード・. オフ関係にあれば、どちらかを犠牲にするか、両者の組み合わせを目標 にせざるを得ないのである。. この独立した政策手段についての考え方をさらに発展させたものが、 [Xl−3]マンデルの定理である。これは、「政策の諸手段は、それぞれが. 最も効果を発揮する政策目標に対して割り当てられるべきである」とい う命題であり、比較優位の原理とも呼ばれている。つまり、ある政策が すべての政策目標に対して最も強い効果をもつ(絶対優位)としても、そ. れのみではすべての政策目標を同時に達成できないため、他の政策手段 を導入せざるを得ない。こうした状況では、比較優位の原理による割り 当てが最も望ましいというのである。以上のように複数の政策目標につ いて政府がどのようなマクロ安定化政策を実施するか、またどのように ポリシー・ミックスを行うかについては、多くの難しい状況判断を要す るものであり、裁量的金融政策の難しさはここにも存在しているのであ る。. 3.最終目標と中間目標 これまでは、物価水準の安定・完全雇用等が金融政策の目標と規定し て考察してきた。しかし、現実の問題としてそれらの目標はそれが実現. 8.
(13) されるのに至るプロセスが複雑で、また効果が現れるまでには時間を要 し、タイム・ラグが存在するものである。したがって、政府にはそのよ うな政策波及経路を考慮し、経路の中間に位置する金融変数に注目し、. 政策の舵取りを行うことが要求されるのである。つまり、他の経済政策 と同様に金融政策においても、最終目標に対してそれを実現させるため にコントロールされる中間目標が設定されるのである。たとえばインフ レの安定化を最終目標とするならば、貨幣供給量の適切な水準でのコン トロールが中閲目標と規定されるe勿論、これらの中間目標は、最終目 標と密接な関係をもつ経済変数であることが要求され、通常、最終目標 に対して先行性のあるものが選定される。また、たとえばオイルショッ クや戦争による国際情勢の激変、また日常的には天候不順等による経済 環境の変化など、突発的な撹乱項による目標修正の必要性が生じた場合、. 最終目標との間に介在し政策効果を判断するのに重要な役割を担うこと にもなるのである。. 金融政策における中間目標の対象として一般的に考えられているもの には、市中銀行貸出額・貸出金利・債券利回り・貨幣供給量などがある。. これを大きく分類すると貸出金利や債券利回りに代表されるいわゆる金 利政策と貨幣供給量の二つに分けることができる。このどちらの金融変 数を中間目標として設定するのかについては、これまでも多くの議論が 展開されてきた。この点について詳しく分析し検討していくためには、 後に議論するIS−LM分析やマネタリスト・ケインジアン論争によるモデ. ル分析等、相当な知識と議論が必要になる。したがって、ここでは最近 の傾向として、その結論だけを述べるにとどめておきたい[X1−4]。つま. り、理論的には経済を不安定化させる要因を何に求め、どのような経済 状況を前提するかによって、当然のことながら中間目標とする金融指数 が異なり、またその指数のもつ意味も変化してくる。しかし、いま、19 70年忌以降の世界的なインフレ傾向にのみ注目するならば、名目金利と. 9.
(14) 予想実質金利のギャップが拡大しているという現実が考えられる。ここ でいう予想実質金利とは実際の数値として示された名目金利から予想物 価上昇率を差し引いたものであり、インフレ傾向により、名目金利が上 昇したとしても人々の物価上昇の予想も高く、したがって、現実に経済 効果として現れる予想実質金利と名目金利との間の溝が拡大していると 考えられる。よって、このような長期にわたるインフレ傾向が継続して いる経済状況においては、市場金利は本来それがもつ金融の繁閑を的確 に反映する価格機能を失う危険性があり、適切な中間目標にはなりにく いと判断できる。前述したように、この議論は幾つかの経済理論ととも に貨幣錯覚等についての考察も必要であり、ここでの結論としては乱暴 なものである。したがって、今日的傾向として、金融政策運営に当たっ てマネーサプライ管理の重要性が広く認知されているとするだけにとど めておくことにする。. 以上、金融政策の目標について考察してきた。では、最終目標を実現 させるにはどのような手段があるのか、続いて金融政策の手段について 考察する。. 第2節.金融政策の手段と効果 1.貸出政策 金融政策の手段の中で最もオーソドックスなものに貸出政策がある。 これは中央銀行が市中金融機関に貸出を行う際の貸出条件を変更したり、. あるいは貸出量自体を調整することにより、金融機関の活動に影響を与 えようとするものである。中央銀行の市中金融機関への貸出は大きく次 の二つに別れる。すなわち、貸出形態の一つは、金融機関によって割り 引かれた手形のうち中央銀行が適格と認めた優良な手形を再割引するも のであり、もう一つが国債や優良手形を担保に金融機関に貸付を行うも. 10.
(15) のである。中央銀行は、この二つの貸出形態によって、貨幣供給量を調 節することができる。つまり、貸出諸条件を変更することによって、市 中金融機関への貸出量をコントロールするのである。ここで、貸出諸条 件とは、中央銀行の貸出に適用される金利である公定歩合操作であり、. また間接的には、再割引を行うことができるかどうかの判断基準である 再割引適格基準や貸付の際に担保価値があるか否かという担保適格基準 の変更があげられる。言うまでもなく、これらの諸条件の変更の中で、. 最も重要とさ為、また最も長い歴史をもつ政策手段が公定歩合操作であ り、現在でもその変更に国民は大きな関心を寄せている。. 公定歩合操作によって期待される効果には、主としてコスト効果とア ナウンスメント効果がある。このうちコスト効果とは、公定歩合の上下 が金融機関の中央銀行からの借入コストや企業の金利コストに影響を及 ぼす効果のことである。つまり、公定歩合が引き上げられると、金融機 関は借入コストが上昇するために中央銀行からの借入を抑制するかその 返済を行い、これにより金融機関の保有する現金準備は圧縮される。結 果、金融機関の貸出態度は慎重となり、企業の投資・生産計画などに抑 制的な効果を及ぼすと考えられるのである。このような政策は、通常、. 金融引締め策と呼ばれる。一方、公定歩合の引き下げは、金融機関の準 備増加を通じて貸出態度を活発化させる。よって経済に拡張的な効果を 及ぼすと期待され、金融緩和策として位置付けられるのである。また、. 日本の場合には、公定歩合の変更は、それに連動する諸金利の変動を惹 起する直接的効果をもっている。つまり、公定歩合は金利体系全体の指 標としての役割を担うことになり、たとえば市中銀行の貸出金利は若干 の遅れを伴いながら公定歩合の変更に追随して変動する傾向をもつので ある。特に一流とされる企業向けの最優遇貸出金利であるプライム・レ ート(標準金利〉は、公定歩合とほぼ完全に連動して決定されるという慣. 行がある。このように公定歩合の変更が貸出金利変更の引き金になるな. 11.
(16) らば、それは企業の資金コストにとって重要なファクターであり、企業 の利潤や資金需要に大きな影響を与えることになるのである。 公定歩合操作のもう一つの効果は、アナウンスメント効果(告知効果). といわれる心理的効果である。政策当局の政策方針の変更は、各経済主 体の期待形成に様々な心理的影響を及ぼし、それが実体経済にも影響す る。たとえば、公定歩合が引き上げられ、金融引締め政策が発表された としよう。人々はこれを政策当局が示した景気予想についてのシグナル と考え、近い将来金融がさらに逼迫すると予想する。つまり市中金融機 関は、将来の現金準備不足を懸念し貸出を手控えたり、今後の金利の上 昇傾向を見込み現在の貸出を抑制する。一方、企業は資金調達の困難が 予想され、さらに景気の先行きにスローダウンのシグナルであると解し て生産計画や投資計画の縮小をはかるのである。このように、公定歩合 の引き上げが各経済主体にこのような反応を呼び起こし、金融引締め効 果を補強することになるのである。ただし、このアナウンスメント効果 は、政策当局への信認によって発生し成り立つものである。たとえば、. 申央銀行に対する信認がない場合には、上記の公定歩合を引き上げた際 の期待形成には次のようなケースも考えられる。.つまり、その引き上げ. は景気が好調であることを中央銀行が追認したと判断し、将来も好況が 持続すると予想する。この場合には、金融引締めを意図する中央銀行の 思惑とは逆に企業は資金需要を増加させることになる。また公定歩合の 引き上げを市場金利高騰の先触れと判断した場合には、企業はこれ以上 金利が上がらないうちに借入をしょうと駆け込み的に借入を増加させる ケースも考えられる。この二つのケースは、中央銀行に対する信認がな い場合に、予想と大幅に異なった逆の効果が見られるというもので、失 望効果と呼ばれている。このように、アナウンスメント効果は中央銀行 の期待する方向に作用するという保証はなく、不確実な心理的効果と定 義することができる。. 12.
(17) 以上が中央銀行の貸出政策による金融政策経路とその効果である。で は、最後に日本の公定歩合操作について、その特徴を述べることにする。. 公定歩合ば、市中銀行にとって「二藍的」でなければならないという議 論が以前よく行われた。 「罰回心」というのは中央銀行からの借入が割. 高となり損失を被るということである。これは、市中銀行が正常な資金 獲得の努力を怠り、中央銀行からの借入という安易な方法を選択しない ように、中央銀行はいわば最後のよりどころとしての貸手でなければな らないという原RfJによるものである。しかし、日本の場合にはこの要件. は十分に満たされていない。つまり、日本の現実を見ると、公定歩合は 主要な金利体系の申で最も低いのである。これは、どの市中銀行にとっ ても、他の資金調達手段よりも日銀借入が有利であることを意味してい る。この傾向は先進諸国の中ではアメリカと類似する。アメリカの場合 は、市中銀行サイドが借入を好まないという伝統をもち、中央銀行であ る連邦準備銀行サイドには慎重な割引という原則が存在している。日本 の場合には専ら後者の原員9が用いられ、日銀は需要に見合った貸出を行. なうのではなく、個々の銀行に対して一定額の信用を割り当てるという 政策、いわゆる信用割当を行ってきたのである。いま金融市場が逼迫し、. 市中銀行が現金準備の不足に直面しているとしよう。この準備不足を補 填する手段として考えられる資金調達方法には、保有する手形や債券の 売却、他の金融機関からの借り入れ、日本銀行からの借入などがあげら れる。このうち、最もよく利用されるものが、日銀からの借入と金融機 関相互での決済手段として貨幣の融通を行なう短期貨幣市場であるコー ル市場からの資金調達である。いずれを選択するかは基本的にはこの2 つの資金調達のコストにより決められる。しかし、日本の場合、公定歩 合はコール市場でのレート(コール・レート)を上限としてその水準が決. 定されてきた。単純に考えると、これは市中金融機関は常に日銀の借入 を望む結果となる。そこで日銀は以下のような対策により、これに対抗. 13.
(18) する。日銀は公定歩合をコール・レートよりも割安に設定することによ って、借入を受けることのできる都市銀行などに対し日銀借入への誘因 を与える一方、貸出の量的調整を通じて個別銀行の借入需要をどれだけ 充足するかの権限を持つことになる。つまり、日銀がその貸出を抑制す れば、市中銀行は代替的な資金ルートであるコール市場への依存を高め るであろうし、逆に貸出を増加すれば、コール資金に対する銀行の需要. は減少することになるのである。このように、B銀貸出のコントロール はコール市場を動かすことによってコール・レートを変動させ、結果と して市中銀行全体の貸出を左右するのである。また、同様の目的を持っ た制度として、日銀借入依存度の高い都市銀行を対象に銀行別に一定の 貸出限度額(いわゆるクレジット・ライン)を設定し、この限度額を越え. る貸出は原則として認めないとする貸出限度額適用制度がある。このよ うに、日本の貸出政策の特徴の一つには、日銀貸出の量的調整が大きな ウェートをしめるということがあげられる。. 2.公開市場操作 公開市場操作とは、銀行をはじめとする各種金融機関はもちろん、企 業・個人など誰もが取引主体として参加することのできる公開市場を通 じて、中央銀行が市場価格により債券や手形の売買を行うものである。. つまり、これを操作することにより、中央銀行は市中金融機関の現金準 備を変更させ、その活動に影響を及ぼすのである。このように、欧米諸 国などを中心に債券・手形流通市場の発達した国々では、金融政策の中 心的な手段として位置付けられてきた。具体的には、以下のようなシス テムとなっている。. いま、金融市場に資金が不足し、経済活動が停滞しているとする。こ の場合、中央銀行は経済活動を刺激するため、金融緩和政策を行う。仮 に、中央銀行が国債の購入を決定(買いオペレーション)したとする。国. 14.
(19) 債購入決定により、まず証券業者に買注文が出され、証券業者は債券市 場で国債を買い集める。ここでは簡単化のために、国債の売手はすべて 市中銀行であるとする。国債の代金は中央銀行が振り出す小切手で支払 われるのが常であるから、この小切手は証券業者の手を経て売手の市中 銀行に渡る。市申銀行は受け取った小切手を中央銀行における自行の預 金口座に預け入れる。すなわち、国債の買い操作の結果、市中銀行の準 備が増加し貸出の増加が可能になるのである。企業側に資金需要があれ ば、それに応じて資金の流れが増大し、取引が活発化する。勿論ここで は国債を対象としたが、他の債券や手形でも結果は同じである。また、. 国債等の売手が個人の場合には、彼はその小切手を彼の取引金融機関に 預金し、取引金融機関はその小切手を中央銀行に提示して支払いを求め るのである。逆に、金融引締め政策を行なう時には、中央銀行が金融市 場で国債を売却し(売りオペレーション)、上述とは逆の過程をたどって. 現金通貨が中央銀行に吸い上げられ、市中銀行の現金準備が減少し、貸 出が減少するのである。. このように、公開市場操作の第1次的な効果をまとめると、公開市場 における買い操作は常に市中銀行の準備を増加させ、それによって銀行 貸出のアベイラビリティ〈資金の利用可能性)を増大させ、逆に、売り操. 作は銀行の準備減少を通じてその貸出行動に抽出的な効果を及ぼすので. ある。ここで第1次効果と定義したのは、この操作が市場金利に及ぼす 影響を考慮した為である。すなわち、国債の買い操作は市場における国 債の価格を引き上げ、よって国債の市場利回りを引き下げる。逆に売り 操作は国債の市場価格を引き下げ、その市場利回りを上昇させることに なる。このような国債の市場利回りの変化は、それと代替的な各種の債 券利回りに影響し、国債利回りと同一方向に変化させる。つまり、買い オペレーションは一般的な市場利子率の水準を下落させ、売りオペレー ションはそれを上昇させるように作用するのである。. 15 一.
(20) 公開市場操作は公定歩合政策と比べてその政策効果が確実であること、. また必要に応じて毎日かっ連続的に行うことが可能であり、比較的容易 にかつ速やかに銀行の準備を調整できる点で機動性に富むという長所を 持っている。さらにこの操作は、市場利子率の一般的な水準を望ましい 方向に誘導できるとともに、償還期限の異なる各種の債券を市場で売買 することによって金利体系にも影響を及ぼすことができるという利点も 備えている。一方、短所としては、強制力をもたない、アナウンスメン ト効果はないことなどがあげられる。さらに、この操作の前提には、資 本市場(公社債市場)が発達していなければならないという前提が必要で ある。. 3.準備率操作 準備率操作は、市中金融機関の預金債務の一一定比率を現金で中央銀行 に預け入れることを法律で義務付ける制度に基づき(支払準備制度)、こ の預金の比率(法定準備率)を変更することによって、金融機関の活動を. コントロールしょうとする政策である。この政策手段は貸出政策や公開 市場操作に比べ、歴史的には新しい金融調整手段であるが、信用創造と いうメカニズムに直接作用する制度であり、その効果は極めて強力でか っ持続的なものである。. これまでにも、金融政策手段の効果を考える上で考察してきたのであ るが、ここで改めて、銀行の信用創造のメカニズムについて述べておく ことにする。まず、市中銀行は預金残高合計のすべてを手元資金とする のではなく、中央銀行の決定した法定準備率に相当する額を支払準備と して残しておかなければならない、部分準備制度という制度のもとに成 立する。この制度を前提に、信用創造のメカニズムを考えてみよう。簡 単化のため、まずこの浩定準備率を10%とし\いま、100億円の預金が. A銀行にされたとしよう。A銀行は預金の10%である10億円を支払準備. 16.
(21) として残し、残りの90億円をa企業へ資金として貸し出す。a企業はこ. の90億円をb企業への支払に利用する。b企業がこの支払をB銀行に預 金したとすると、B銀行には新たに90億円の預金がされたことになり、 10%の9億円を支払準備として手元に残し、残りの81億円を貸し出す。. 貸出を受けた。企業はそれをd企業に支払い、企業dはC銀行に預金す る。このような連鎖的状況により100億円の預金は、B銀行・C銀行と 次々に預金を派生させ、B銀行以下の預金の合計は 派生預金=90+81+72。9+65.61+…………… =90(1+O.9十〇.or 十〇.pa 十・・・・・・・・・… 〉=90 (1/(1−O.9>). = geo. となる。つまり、このようなケースでは銀行部門全体の預金は、A銀行 に新規預金された本源的預金の100億円とB銀行以下の預金の合計額で ある派生預金の900億円の和である1000億円となるのである。よって本 源的預金は信用創造のメカニズムによって10倍の預金を生み出したので ある。さらに、総預金と本源的預金の比率(上の例では1G倍)は信用乗数. と呼ばれる。この信用乗数は法定準備率の逆数となり、法定準備率をk. とすると信用乗数は1/kである(上の例の場合では1÷10%=1/0.1 =10となる)。. 以上のような信用創造のメカニズムを念頭におき、準備率操作につい て考察していくことにする。冒頭でも述べたように、支払準備制度は比 較的新しい金融政策手段である。19世紀後半に最初にアメリカで創設さ れたこの制度は、本来、市中銀行の支払準備資金の不足から生じる預金 支払の停止、市中銀行の経営破綻という事態を回避し、預金者を保護す るという目的のために作られた。しかし、経済制度の進化とともに、こ の制度は本来の目的以上に金融調整の手段として機能するようになった のである。アメリカの場合を考えると1933・35年の連邦準備法の改正に より、連邦準備制度は加盟銀行の法定準備率を裁量的に変更することが. 17.
(22) できる権限を獲得し、この可変的支払準備制度により準備率操作は金融 政策手段の地位を確立したのである。. では、準備率操作には、どのような効果が見られるのであろうか。大. きく別けて、それは二つに大別される。第1の効果は、準備率の変更が 個別金融機関の運用可能資金量を左右することによって、その金融機関 の直接的な影響を及ぼすということである。すなわち、法定準備率の引 き上げは、金融機関の保有する準備総額のうち法定準備として中央銀行 に凍結される部分の増加を意味し、その引き下げは中央銀行に凍結され た準備の一部を解除を意味するから、個々の金融機関が貸出や有価証券 投資に運用可能な資金の総額を直接動かすことができるのである。もう 一つの効果は、準備率操作が金融市場における価格メカニズムを通じて 間接的に金融機関の行動に影響するということである。たとえば、いま・. 多くの市中銀行が支払不足に直面しているとする。このとき準備率が引 き上げられるとすると、市中銀行は法定準備を中央銀行に収めるために、. 中央銀行からの借入を増加させるか、コール市場などの短期金融市場で 必要な資金を調達しようとする。この場合、中央銀行の貸出量に変化が ないとすれば、準備率の引き上げにより短期金融市場の需給が逼迫し、. コール・レートなどの短期金融市場金利が上昇するという結果を招くの である。また逆に、準備率の引き下げは、短期金融市場金利の低下を通 じて、市中銀行の活動を活性化させるのである。. 準備率操作の政策効果は、上述した2点に代表される。この操作は、 法的規制力があり、さらに市中金融機関全体に影響を与える広範性をも つものである。しかし、この制度はこれまで見てきた貸出政策や公開市 場操作と比較すると、柔軟性に欠けるという欠点を持っている。つまり、 準備率を頻繁に変更するのは容易ではないのである。何故なら、[X1−5] 中央銀行に預け入れなければならない法定準備はある一一一定の法定準備率. に一定期間の預金の平均残高を掛け合わせたものとして計算される。当. 18.
(23) 然のことながら、この一定期間の途中に何度も準備率を変更することは 不可能であり、さらに、準備率操作は市中金融機関の収益を直接左右す るものであることから、その引き上げには金融機関の抵抗も大きく、中 央銀行に慎重さが要求されるからである。最後に、日本の準備率操作は、 「準備預金制度」と呼ばれ、設立当初から預金者保護を目的とするより. は金融政策の手段として位置付けられた。しかし、準備率の水準は欧米 諸国に比べてかなり低めに設定されており、金融情勢に応じた頻繁な活 用を求める声もある。. 4.その他の金融政策手段. A.選択的信用統制 これまで考察してきた3っの政策手段(すなわち貸出政策・公開市場 操作・準備率操作)は、市中金融機関の資産の選択行動、特にその準備. 保有量を変化させることによって貨幣供給量や市場金利を誘導し、経済 全体に無差別的な効果を与えようとするものである。しかし、これとは 対照的にある特定の部門に対して資金供給を規制する手段がある。これ は、選択的信用統制、または質的信用統制と呼ばれ、証券金融・消費者 金融に対する政策当局の規制・指導がよく知られている。 証券金融に対する統制は、次のような手段によって行なわれる。まず、. 通常、株式などを購入する際に、顧客は証券の市場価格に対して一定限 度以上の証拠金を証券業者に提供しなければならない。中央銀行はこの 最低証拠金率を操作し、証券業者の顧客に対する信用供与を調整するこ とができる。また、市中金融機関が証券業者または一般投資家に対し証 券を担保として貸出を行う場合、その担保の評価額に対して貸付額を決 定する担保掛目を変更することによって借手の借入意欲に影響を及ぼす という方法も知られている。我国の場合には、証券取引法により、株式 の信用取引における証拠金率(委託保証金率)および証拠金代用証券の担. 19.
(24) 保掛目は大蔵大臣が決定できるようになっている。つまり、株式市場が 過熱気味の場合には、弾力的にこれらの引き上げが政策決定されるので ある。. 続いて消費者に対する規制である。これには代表的なものとして、耐 久消費財を割賦販売する際の条件の変更が考えられる。具体的には最低 頭金率や延払いの最長期間、割賦金融の貸出許容限度などの変更である。 これらの規制には、耐久消費財の需要が景気動向にかなり感応的であり、. 好況期には需要が急増して景気を過熱化させ、不況期には需要の減退か ら景気を冷却させるような不安定化要素として作用するという傾拘が背 景として考えられる。したがって、消費者金融に対する重要性は経済規 模の大きな国において増すことになり、実際に欧米諸国では、必要に応 じてその調整がなされている。しかし、我国におけるこの手段の利用は、 まだ一般化していない。. 以上のように、選択的信用統制は、株式市場や耐久消費財市場など不 安定で変動性の大きな部門において実施されるものであり、これまでみ てきたような貸出政策・公開市場操作・準備率操作が、短期間に十分な 政策効果をあげれない場合の、一時的・緊急避難的な政策手段であると いえる。したがって、この政策手段は長期にわたって実施することには 多くの批判があり、一・般的に政策手段としての重要性は低いと規定する ことができる。. B.道徳的説得と窓口指導 中央銀行が市中金融機関の行動を望ましい方向に誘導するために行な う、勧告や説得を道徳的説得と呼ぶ。この金融政策手段は、対象金融機 関の自発的な協力を前提としたものであり法的規制力を持ったものでは ないが、その効果は大きく、決して無視することのできない重要な手段 である。具体的には、日本銀行は日銀借入に継続的に依存している市申 銀行に対して、新たな借入申込には簡単に応じず、コール・マネーを取. 20.
(25) り入れるように指導したり、必要とあれば借入の返済を求めて.市中銀 行保有の有価証券の売却や対市中貸出の削減を勧告したりするのである。. このような道徳的説得の中で特に注目されるものが、窓口指導という 政策手段である。戦後の我国において実施されてきたこの窓口指導とは、. 日本銀行が都市銀行などの主要金融機関を対象に、その貸出増加額のガ イドラインを指示し、実際の貸出額をその範囲内にとどめるよう個別に 指導するものである。その運用方法は金融機関が提出した貸出計画を参 考に、個別金融機関ごとに四半期(3か月)単位の貸出増加許可額を設定 [X1−6]するのが一般的である。また、対象となう金融機関の範囲は時代. とともに拡大し、現在では都市銀行だけでなく、信託銀行・地方銀行・. 大手信用金庫などにも及ぶようになった。勿論、都市銀行に比べて他の 金融機関は総じて緩やかな指導であり、中心的役割を果たすのは現在で も都市銀行である。では、何故、法的強制力を持たない窓口指導が効果 的なのであろうか。その主たる理由は、都市銀行をはじめとする金融機 関と日銀・大蔵省との関係によると考えられる。すなわち、窓口指導の 対象となる金融機関はいずれも日本銀行貸出に依存する機関であり、よ って、規制に従わないと日銀貸出の返済要求が厳しくなるなど何等かの. 形でペナルティが課せられる可能性があるからであるeこれは、逆にこ の政策手段が、規制対象となる金融機関の貸出を抑制しても、規制適用 外の金融機関の貸出が増大し、全体の引締め効果が相殺されるという弱 点[組一7]にもつながるのである。また、個別金融機関に対する貸出増加. 額枠を設定するというこの手段は、客観的な基準が存在せず、政策当局 が恣意的になるという危険性を有している。. 5.金融政策効果のラグ 以上のような金融政策手段は、前節で示したようなその政策目的を達 成するために、裁量的に実施される。・しかし、その政策手段が有効であ. 21.
(26) るためには、実体経済に対してタイミングよく実施されることが要求さ れるのである。’. アこで、我々が最も注意しなければならないのが政策実. 行に当たってのタイム・ラグである。たとえば、景気が過熱し物価が上 昇しはじめた時点で金融引締め策を実施したとしよう。しかし、タイム ・ラグによって現実に引締め効果が現れたときに景気がすでに後退傾向 を示し始めていたとすると、安定化政策であったはずの金融政策は逆に 不安定化要因となってしまうのである。つまり、金融政策のこのタイム ・ラグは裁量的金融政策にとって非常に重要な要素となるのである。. このような政策のタイム・ラグは、通常、次の3点に分類することが できる。まず、新しい政策が必要な事態が生じた時点から、政策当局が それを認めるまでのラグである。これは認知ラグと呼ばれ、経済状況や 金融動向などについての情報の収集と分析に時間を要することから発生 する。次に、新たな政策の必要性を認知した政策当局には、どのような 手段が効果的であるかを決定するために意見調整を行なう時間が必要で あり、また決定された政策を発動するための行政上の手続きに要するラ グがある。このような政策当局が実行に移すまでの時間的遅れは、行政 ラグと呼ばれる。最後に、効果ラグと呼ばれるものである。これは決定 された政策手段が発動されてから、その効果が最終的な政策目標を達成. するまでの時間的遅れを意味している。以上の3っのラグのうち、認知 ラグと行政ラグは、政策当局の内部において発生するものであり、金融 政策においては比較的短いものだと考えられている。たとえば、政府の マクロ安定化政策のもう一つの柱である財政政策と比較してみると、財 政政策が常に議会による承認が必要という行政ラグがあるのに対して、 金融政策は行政ラグが小さく、機動的・弾力的であるといえる。しかし、. 効果ラグについては、予算措置や税制改革というような財政政策に比べ ると老の時間的遅れは長く、したがって、金融政策を実施する中央銀行 ・大蔵省の政策当局には、経済動向の先行きを正確に予想することだけ. 一一 22.
(27) でなく、その政策手段効果の遅れがどれだけ大きいかを予想することが 要求されるのである。. 以上、金融政策の目的と手段について論じてきた。前述したように、. このような裁量的金融政策は、貨幣供給量を変化させることによって市 場利子率を変動させ、投資の資金コストとしての利子率の変動が投資需 要の変化を通じて経済活動水準に影響を及ぼすという、ケインズ理論に 依拠するものである。一方、1970年代以降、金融政策は一定のルールに 従って実施すべきだとする議論もなされた。序章で述べたように、本論 文はこのような裁量的金融政策について、その有効性を論じるものであ り、よって、次章ではこの裁量的政策の理論的裏付けとなるケインズ学 派の金融政策論について考察する。. 《注釈》 [XYI]. 鈴木激夫[1981]『日本経済と金盈』東洋経済新擬筏60へ●一シ“によれば、「金議疏策の墓本的な3っの目標のうち. で、員も優先されるべき日禦は物価の安定であり、これなくして凱景気(完全雇躍)の鞠も国際収支の聴も長納に雛達成. さ鳩ないという考え方f支配的となりつつある」と主張さkる。. [疑1−2] Tinbergen,J.[1952]を参照せよ。 [叢1−3] [Xl−4]. Mundell,R.A.[1968]を参摂せよ。. マネーサフeラィを金冠変数として重要幽する理論については、 Poole,W.[1970]の分祈を参環せよ。. [X1−5] 日本の唱合に比ある1カ月闘の乎均養金疲寄に諺i定準備率を乗移たもの炉誌定準8とな}J、金豫機閑瞳その月の16日霞ら. 翌月の15回戦での1カ月衡に日面け金の平均覆高炉この一定準留を上回るように要求される。 [Xl−6]. 通鷺は、隔年瞬凋の貸品噌加実績の何%減または塔という影で許客蟹渉決められる。. [X1−7] 窓ロ摺導渉市中金面関全鉢の貸出を抑制すること炉できるか否かにっPて巨論争炉あり、代表的な設文として、. 翼内聴[1980],古’町顕[1981]を参環のこと。. 23.
(28) 第2章.ケインズ学派金融政策論 第2章は、金融政策の有効性について理論的に考察し検討するという 本論文のねらいに対して、裁量的金融政策の理論的裏付けとなるケイン. ズ学派の金融政策論を展開する。すなわち、第1節では、金融政策との 関わりにおいて、難解であるケインズ理論をできるだけ正確に考察する. 必要があると考え、後段の議論のためにその原典であるr一般理論』の 内容にそって、ケインズ理論の骨格部分について議論する。さらに、第 2節においては、今日、ケインズ的政策の有効性について検証する際に、 しばしばそのフレームワークとして利用されるヒックスのIS−LM分析に ついて考察する。このIS−LM分析はr一般理論』が刊行さ:れた僅か1年 後の1937年に雑誌‘Econometrica”に発表されたものであり、今日の標準. 的なケインズ解釈は、この分析によって示されたとも言われている。ま た、この第2節のIS−LM分析の特徴の一つは、簡単化のための前提とし. て物価変動は外生的なものとしていることにある。したがって、第3節 では、物価水準の変化を考慮した(すなわち物価変数を内生化させた)、. 総需要・総供給モデルを考察し、両モデルによるケインズ的金融政策の 有効性について考察する。. 以上のように、第2章は、本論文の課題について、その理論の基礎部 分ともいえる議論を深め、さらにケインズ的な標準モデルの分析により、 裁量的政策の有効性を示すことを主眼としている。. 第1節.『一般理論』におけるケインズ理論 1.生産物市場と労働市場 『一般理論』でケインズが指摘している古典派とケインズ理論との最 も大きな相違点の一つが、労働市場と生産物市場の決定関係の違いであ. 24.
(29) る。そこで、まず労働市場について考えて行くことにする。ケインズは 古典派のアプローチを2つの基本公準に基づくと規定した。すなわち、. 賃金が労働の限界生産物に等しい、という第1公準は、企業の利潤最大 化行動を前提とすれば、労働需要は実質賃金率によって決定されるとい う想定であり、この理論により右下がりの労働需要曲線が得られる。一・. 方、一定の労働量が雇用される場合、賃金の効用がその限界不効用に等 しい、とする第2公準は、労働供給曲線を明示するものである。これは、 雇用に利用できる労働量と実質賃金率との因果関係を示し、さらに労働. 量が労働供給曲線上にあるとする。この2っの公準によって説明される 古典派理論においては、労働市場はあたか. 実顛鉾 ハ P. N. も商品市場一般と同様に考えられる。すな わち、[2−1]図によって示しているように、. 交換される価格と数量がその商品の需要曲. 罪. 線と供給曲線の交点によって決定されるの である。このように、古典派理論において は、実質賃金率の調整によって雇用量が決 定し、さらにこの需給調整のメカニズムに. 。. N. 腿. [2−1]. より失業は摩擦的・自発的なものとなる。. ケインズはll 一般理論』の第2章において、この古典派の労働市場に. 対する考え方に疑問を投げ掛ける。つまりここでの彼の議論は、労働市 場での制度的特徴を用いた雇用理論を開発しようとしたものであり、貨 幣賃金の硬直性について論じたものである。これは、契約と債権が貨幣 によって表される貨幣的生産経済の動き方を問題としている『一般理論』. の申で、その契約の重要な類型である労働用役の供給への支払いに関し て、これらの契約条件は労働市場での公式、あるいは非公式の団体交渉 か個別交渉の結果であるという主張につながる。つまり、ケインズは、. 古典派理論を労働者が雇用主と交わす協定を通じて自らの実質賃金率を. 25.
(30) 設定できる立場にあると仮定したものであるとし、この労働者の立場を 否定する。彼は、労働者の名目賃金表示に対する動きに注目し、彼等が 他の労働者に比べて低い名目賃金率設定に対しては強行に反発し実質賃 金率に類似した効果をみることができるのであるが、逆に賃金財価格の 上昇(物価水準の上昇)により実質賃金が低下したことに対しては雇用協. 定の変更は観察されないとしているのである。そして、ケインズは古典. 派の第1公準は、認めるものの、第2公準の成立は保証されないとこれ を否定し、実現される雇用量は労働需要曲線上にあるものとした。この 場合、労働市場では超過供給となるケースが存在し、非自発的失業の発 生による不完全雇用均衡の状況が生まれることになる。. また、後段の議論において詳述することになるのであるが、以上のよ うな議論はケインズ理論があたかも名目賃金率の下方硬直性によって成 立しているかのように誤解されている。しかし、彼は硬直的な名目賃金 率という仮定に基づいて雇用理論を作り上げたのではない。確かに、議 論の冒頭で一定の名目賃金率という仮定を利用して議論を展開してはい. るが、その後r一般理論過第19章で伸縮的な名目賃金率を導入すると結 論の変更が必要とされるかどうかを検討している。この議論については、. 先に述べたように後段め議論に委ねることにするが、第2章では結論と して、名目賃金率は一定で外生的であると規定している。マクロ経済学 において労働市場は当然のことながら重要な位置を占めている。しかし、. この労働市場という語が現実には、非常に多くの企業別・産業別の労働 市場から構成されていると認識しなければならない。各々の労働市場に おける労働者の交渉上の立場は、他の労働市場の名目賃金の影響を非常 に大きく受けている。ケインズは、しばしば名目賃金率に言及している ものの、それが非常に多くの名目賃金率を表すことを十分に認識し、更 に蛍働者にとって賃金相対性(労働者相互間に存在する賃金格差〉が重要 であると結論付けているのである。. 26.
(31) ケインズ理論における労働市場の本質というべき議論は、以上のよう なものとして理解できる。この労働市場についての古典派とケインズ理 論の相違点は労働市場と生産物市場の決定関係の違いとして整理するこ とができる。すなわちケインズによれば、古典派理論においては、労働 市場で完全雇用が成り立ち、その雇用量に対応した完全雇用水準が実現 する。つまり、実質賃金率の調整により労働需給が一致し、完全雇用が 成立する。その雇用量と生産関数の関係で生産量が決定されるのである。 ここでは、生産量の販売の困難(換言するとこれは需要の不足)は、後述. のセー法則により発生しない。つまり、古典派においては、労働市場で 完全雇用水準に雇用量が決まり、その雇用量との関係で生産量が決定さ れるのである。ところが、ケインズの議論においては、後述の有効需要 の原理から、労働市場での完全雇用を実現する労働量で生産した場合に、. 販売の困難が生じる。したがって、ケインズ理論においては、生産物市 場で、需要に対応して生産量が決定され、その生産量に対応して労働需 要、つまり雇用量が決定されるのである。以上のように、古典派とケイ ンズ理論では労働市場と生産物市場との決定関係が逆なのである。. 2.有効需要の原理 前述したように、古典派の議論は「供給はそれ自らの需要を創造する』. という、いわゆるセー法則のもとに成立する。この法則は、後に一般均 衡論といわれる議論のなかで、定式化された。つまり、一般均衡論にお いては、n財経済において各地の超過需要の和はゼロ(ワルラス法則)と. 考えているが、この場合セー法則が成立するのは、貨幣の超過需要がゼ. ロの場合となるのである。さらにこの議論は、n−1財の需給が一致し ているとき、残りの1財の需給も一致していると、考えることになる。 古典派は超過需要や超過供給の不均衡は価格メカニズムによって解消さ れるとし、つまり物々交換経済におVNては商品の供給は商品の需要を意. 27.
(32) 味するから、始めからセー法則は成立するのであり、さらに貨幣経済に おいても取引動機による貨幣需要のみを考え、このセー法則が成り立つ としている。このようにセ』法面に基づく古典派の議論を方程式によっ て示すと、次のようになる。 Y=Ys= f (N’)s一・一 (2. 1). yd= c十 1 ・一・……一 (2.2). 1離漿議襟. つまり、古典派においては国 止所得(Y)は供給量〈YS)で規定され、それは完全雇用労働量(Nf>で決 定される。また、総需要(Yd)は消費需要(C>と投資需要(1)の和とし て表される。. これに対してケインズ理論では、これとは逆に需要が供給を決定する とする。このケインズの積極的議論である有効需要の原理は、セー法則 を総需要関数が総供給関数に一致しなければならないとするものである と理解し、次のような批物から始まる。まず第一に[X2−1]「(古典派の). これらの湯壷は、交換のないある種のロビンソン・クルーソー経済から の誤った類推によって、われわれが現実に生活している種類の経済に当 てはめられたものであったといえるかもしれない。ロビンソン・クルー ソー経済では、個々人が生産活動をした結果消費したり保留したりする 所得は、実際にすべて、実物的にその活動の生産物から成り立っている。. 」と指摘する。つまりケインズはここでまず、この古典派の議論が、自 給自足のいわゆる物々交換経済と貨幣経済を同一視したものであると非 難しているのである。さらに、第二に[X2−2]「同じように、一見他人か. らなにも奪うことなしに自分自身を富ませる個入の行為は、社会全体を も富ませるものでなければならず、したがって(いまマーシャルから引 用した文章におけるように)個々人の貯蓄行為は、これと平行的な投資. 行為を不可避的にもたらす、と想定することは当然である。∼中略∼こ のように考える入目は、二つの根本的に異なった行為を同一のものであ. 28.
(33) るかのように見せる錯覚によって欺かれているのである。彼らは、現在 の消費を差し控えようとする決意と将来の消費に備えようとする決意と を結びつける連鎖があると、誤って想定している。ところが、後者を決 定する動機は、前者を決定する動機とけっして単純な仕方で結びついて. いるのではない。1と述べている。ここでケインズは、どのような生産 量に対しても、ちょうどそれに必要な有効需要が生み出されるというマ ・i一一i. Vャルの議論を批$jする。そこで、まずマーシャルの議論の根拠を次. のように考える。すなわち、たとえば総生産が総需要より多くなった場 合、貯蓄が投資より多くなり利子率が下落すると考えられる。これによ り、一方では貯蓄の減少と消費の増大が生じるが、他方では投資の増大 が生じる。よって結果として総需要が増大することによって総生産と総 需要が一致するのである。このように、古典派においては利子率という 要素価格の調整により、総需要と総供給が一致する。しかし、ケインズ 理論においては、貯蓄(消費)は利子率ではなく総生産の関数として考え られ、貯蓄が投資に等しくなるように総生産が変化する。つまり、’総需. 要によって調整されるのである。このような有効需要の原理を古典派の. 門欝奮:ii:ll [亜lll亟 となる。つまり、この式は総需要(Yd)が生産、よって所得(つまり、生. 産は分配されて所得となる)を創造することを示しているのである。さ らに、この(2.4)式と前述の(2.2)式により、1=Sという後に議論され. る生産物市場の均衡式が誕生する。以上のような、有効需要の原理を基 に、続いて消費関数について考察する。. 3.消費関数 前項の方程式群において重要な役割を果たしている家計の消費は、何. 29.
(34) によって規定されるのであろうか。ケインズによれば、社会における消 費の額は、ω所得その他の客観的要因と、②主観的要因とに依存し、短 期においてはこれらの要因のうち主観的要因は与えられたものと考えて いる。一方、短期における客観的要因を所得と考え、したがって、家計 のなす消費(C)は主として所得(Y)の大きさに依存し、次式が得られる。 [X2−3] C =C 〈Y) ・…一 ・一 ・一 (2. 5). これは消費関数と呼ばれ、所得が増加した場合(その変化分をムYのよう に表す)の消費の変化(AC)を限界消費性向(ムC/ムYまたはC’(Y))と呼ぶ。. この限界消費性向の値は、通常は1と0の間の値(0<ムC/ムY<1)をと り、短期においては安定的である。また、(2.4)式より、貯蓄(S)は所 得(Y)から消費(C)を差し引いたものくS≡Y−C……(2。4)’)であるこ. とから、貯蓄も所得の関数であると見なすことができる。つまり、S= S(Y)が貯蓄関数であって、消費の場合と同様にムS/ムYまたはS’(Y)が限. 界貯蓄性向と呼ばれる。. 以上のような消費関数、及び貯蓄関数についての考察の中で注意しな ければならないことは、ケインズが規定する消費≧貯蓄の決定要因は所 得にあり、古典派の考える一定所得からの消費・貯蓄の利子率への依存 度は、極めて僅かであり無視できるという考え方に結びついていること である。. 4.投資関数 続いて、投資需要について考える。企業の投資(1>は、採算を考慮す. る企業の合理的行動を通じて行われるものである。よって、投資は、投 資による収益性と投資資金調達の費用である利子率によって決定される。. まず投資による収益性について、ケインズはこの投資の決定要因の一 つを資本(投資)の限界効率と考えた。すなわち、[X2−4]「資本の限界効. 30.
(35) 率とは、資本資産から存続期間を通じて得られると期待される収益によ って与えられる年金の系列の現在値を、その供給価格にちょうど等しく. させる割引率に相当するものである」と定義している。ここで、企業者 が資本資産の存続期間を通じて得られるであろうと期待する収益の年金. 系列をQ、,Qz,……Qn、資本資産の供給価格をR、資本の限界効率 をInとすれば、この定義は次のようになる。 R= Qi /(1 +m)+ Q2 /(1 +m>Z +”””十Q./(1 +m)”. このような資本の限界効率は投資の増加につれて逓減するものと考えら れる。なぜなら、投資の増加につれて、一方で資本資源の供給価格は騰 貴し(収穫逓減の作用によって)、他方、予想収益は低落する傾向にある. からである。このようにして投資の増加とともに低落していく資本の限 界効率が経常利子率と一致するところまで投資は続けられる。換言する と、投資は資本の限界効率と利子率とが一致する点において決定される のである。ケインズば同様のことを[X2−5]「いまQrをr時点における 一一. 綜Yからの予想収益とし、drを現行利子率によるr年後の1ポシド. の現在値とすれば、ΣQ.d。はその投資の需要価格である。そして投資 は、ΣQ.d.が以上で定義された投資の供給価格に等しくなる点まで続 けられるであろう。他方、もしΣQ,d・.が供給価格を下回るなら、その. 資産への当期の投資は起こらないであろう。」と説明している。しかし、. この資本の限界効率の注目すべき特徴は、それが極めて不安定なもので あるということである。それは資本の限界効率を規定する予想収益が非 常に不確実な長期期待に依存するからである。. 続いて、利子率について考えてみよう。投資を行うためには①手元に ある内部資金を利用するか、②必要な資金を借り入れることが必要であ る。②の場合には利子率の考慮が不可欠であるし、①の場合でも、内部 資金を当面の投資に用いるか、市場で貸し付けるほうが有利であるか、. という判断が必要である。いずれの場合においても、市場の利子率が低. 一一. @31.
(36) いほど、投資支出は引き合う確率が高く成る。したがって、投資は利子 率rの減少関数と考えられる。 つまり、投資関数は、投資による予想収益と利子率の関数として以下 の式によって示される。 1=1(m, r)‘n’”(2.6). im:投資の予想収益. rl利子癬. 上述したように、投資の予想収 益(すなわち資本の限界効率:m>は、投資の増加とともに逓減し、利子. 率の減少関数である。また利子率自体も投資の減少関数と考える。この ように、投資需要にとって利子率との関係は密接であり、後に重要な論 点となる利子率の変化に応じて投資支出がどの程度反応的に変化するか は、金融政策の有効性についての考察にとっても重要である。すなわち、 利子率の変化(%)に対する投資の変化(%)の度合(AI/D/(ムr/r)を投資. の利子弾力性とし、この値が後述の論争の争点の一つとなるのである。. 5.乗数理論 消費が所得に依存する関係を明らかにした消費性向の理論に対し、所 得が投資に依存する関係を明らかにしたのが乗数理論である。ここでは、 まず前述の(2,2)・(2.5)式を利用し、次のような関数関係を示すことが できる。 Y=C (Y>十 1 ・一一一 (2.7). この方程式は、消費が国民所得に依存することから、国民所得が投資に よって決まることを意味する(式の両辺にY)。ケインズは、この関係に 注目. ォ鰹戦士「繭i司. この方程式を簡単に説明すると、いま、追加的に. ;・一i−−一一一一一一一・;. 投資が1単位増えたとしよう。その結果企業は生産を1単位増やし、そ れは同額の所得増分をもたらす。家計は増えた1単位の所得のうち限界. 32.
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