株主代表訴訟の終了と監査役の責任 : 新会社法・不提訴理由書制度と847条(2・完)
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(2) 横浜国際経済法学第16巻第3号(2008年3月). 務省令で定める方法は,次に掲げる事項を記載した書面の提出又は当該事項の 電磁的方法による提f共とする。」とした上で,記載内容を「一株式会社が行っ た調査の内容・り(次号の判断の基礎とした資料を含む。)二請求対象者の責任. 又は義務の有無についての判断三請求対象者に責任又は義務があると判断し た場合において,責任追及等の訴え(法第八百四十七条第一項に規定する責任 追及等の訴えをいう。)を提起しないときは,その理由」と規定する4)。. 判断の基礎となった資料について,立案解説者の解説は会社法施行規則218 条1項については証拠方法あるいは証拠の標目のみでよいとしており,全ての 判断の基礎となった資料の開示までは要求していない5}e会社法施行規則の制 定は,立案担当者の影響が大きいとの指摘があるが6),この施行規則の規定に より,どのような実務慣行が形成され,裁判上も裁判所がどのような解釈を行 うかが今後問題となってくる。. 2 不提訴理由書制度の目的及び趣旨について 不提訴理由書の記載事項については上記の規則が制定され,理由書の提出が 法定されたわけである。しかし,実際の制度運用において会社法現代化の議論 の過程や導入時に提出された制度趣旨と,その後の会社法施行規則における立. 法担当者等の考える趣旨には若干の温度差や考え方の差が見られるとの指摘が なされるようになった7)e. 株主代表訴訟においては,役員等の責任の有無を判断するための資料の大部 分は会社が保有していることが一般的である。その結果証拠の偏在が発生し, 株主には調査能力や資力・専門知識等にハンデが生じていることが多い。その ため提訴判断において株式会社が充実した調査をすることが必要となるが,そ こで立法過程における不提訴理由書制度の趣旨は「その目的に資する趣旨で」 (証拠の偏在の是正),提訴請求株主に不提訴理由の開示請求権を与えたとされ. ているS}。立法過程では米国訴訟委員会制度の運用を参考に,会社の提訴判断 における調査報告書等のレベルを意識して,我が国でも充実した調査を促すご 2.
(3) 株主代表訴訟の終了と監査役の責任. とが必要であると考えられていたように思われる9}。. しかし情報開示のレベルについては,施行規則では当初想定されたものより も開示範囲が縮小されている。これほ企業側の訴訟防御,資料作成負担の軽減 企業秘密保持等の観点が考慮されたと思われる1°}。 1. 3 不提訴理由書受領後の株主の行動 会社法施行規則の制定までにおいては,立案担当者による文献も,制度の趣 旨が「役員間のなれ合いで提訴しないような事態が生じないよう牽制する」こ と,及び「株主等が代表訴訟を遂行するうえで必要な訴訟資料を収集すること を可能にする」ことにあるとしている11)。しかし,現実に施行規則の内容を見. る限りにおいては,この開示のレベルで上の趣旨・目的が達成されるのかどう か,疑問が生じるところとなる。また制度の運用も施行規則を踏まえた場合は 現実にどのようなものになるのかについて,予想も含んで様々な学説が登場し ている。. 学説についてこれまで登場したものについて概括的な整理を行うとすれば ①会社法制定までに議論された米国訴訟委員会制度を意識した制度設計を想定 し,これに類似する運用を想定するものと,②会社の現実的な調査レベルや監 査役の機能を踏まえ,米国訴訟委員会制度とは根本的に異なった我が国独自の 機能を模索・追及するものに大別されると思われれる。両者は若干想定してい る事情が異なるものと考えられるが(後述),想定している運用状況に対する. 見方の違いは,不提訴理由書が会社側から提出された後の株主の行動や裁判所 、の審理に関しても影響を与えており,その予想も含めて異なる見解が示されて いる。以下では,株主の行動及び裁判所の審理,監査役の役割の各論点について,. 上の学説状況とも対比しながら,運用上考慮される状況を検討することとする。. (1)株主の訴訟追行. 株式会社が不提訴理由書を提出した後の株主の行動について,大別すると株 3.
(4) 横浜国際経済法学第拓巻鱗3号(2008年3月). 主が訴訟を取りやめる可能性を示唆するものと,.訴訟が開始されることを前提 とする説がある。. 前者の説の中に1まt不提訴理由書の通知内容が株主にとって説得力を有する. ことを期待した製度であることを説くもの12}やt株主が理由書を検討して敗 訴可能性の蕊い訴訟を手控えることを期待すること,すなわち訴訟の抑制機能 を説明する昆欝がある1㌔. 後者の説とLて,立案担当者の解説14}は,不提訴理由書の内容にかかわら ず株主が訴訟を追行する可能牲を説く。この説は理由書提出後も訴訟追行が行 われることを過去の実務から想定しており,会社又は株主による提訴の促進を 重視している関係で開示内容の判斯において株主が自発的に納得する可能性は 低いことを根拠としている。. 理由書に示された情報は.訴訟以外にも様々な利用の方法が考えられるため,. 一概に提訴への影響を論じることは難しいが15〕,現行会社法施行規則218条で 要求される情報開示レベルが標目のみでよいとされることから,現実的な運用 として株主は提訴を断念する可能性は低いと思われる16}。. (2)裁判所の審理について. 次に.株主が訴訟の段階へ進んだ際に.理由書がどのように扱われ裁判所が どのような判断を行うかについても見解が分かれる17}eこの問題については,. 理由書の記載が十分になされた場合と不十分な場合では状況が異なるため,そ れぞれ検討を行う。どのような水準をもって「十分」といえるか自体について も重要な論点となりうるが,ここでは暫定的にわが国の現行施行規則レベルで 必要とされる開示のレベルを前提として検討を行うこととする。. (川理由書の記載が十分な場合 理由書に十分な理由が記載されていた場合には,株主が訴訟に進んだ場合に. 会社法847条1項但書にいう「当該株式会社に損害を加えることを目的とする 4.
(5) 株主代表訴訟の終了と監査役の責任. 場合」等に該当し,提訴が不適法になるかどうかが問題となる。この論点につ いて,理由書の内容が十分にもかかわらず訴訟追行することは不適法であると 指摘する説Is)と,不適法とまではいえないとする説に分かれる。また前者に 類似のものとして,通知された不提訴理由に応じて却下判決が基礎づけられ得 ることを指摘する見解もある19〕。. 後者の説としては,まず訴権の濫用に当たる場合を明文化したとされる会社’. 法847条1項但書の趣旨や立法経緯や文理を重視し,裁判所の不提訴理由の審 査によって提訴が不適法とされることは難しいとするものがある2・)。. 他に後者を支持する見解として.立案担当者の解説は修正前会社法案847条. 第1項2号にあった提訴制限事由について,「それだけでは代表訴訟を却下す る根拠とはならないことが明らかになった」としている2%さらに立案担当者. は会社法847条1項但書の要件に該当する具体例は総会屋の金銭要求目的等の 場合が挙げられるにとどまることを指摘する。. 以上のような学説に対し,わが国の判例は参照となるものが少ない中,以下 の事件がある。. ①長崎地判平成3年2月19日(判時1393号138頁) 【事実の概要】A銀行の株主XがA銀行の代表取締役社長等3人(Y)に対し,. YらがA銀行をして訴外B会社に不当融資を行いt2億円の損害を負わせたと して,Yらに対する損害賠償請求を代表訴訟として求めた。その過程で原告が A銀行に対し金銭的要求を行ったり,街頭宣伝やビラ配りをする等の行動をと り,圧力をかけた。. 【判旨1却下 「原告による本件訴訟の提起は,会社利益の犠牲ないしは侵害の. もとに,株主たる資格とは関係のない純然たる個人的な利益を追求する取引手. 段としてなされているもので,株主の権利を濫用するものといわざるを得な い。」. ②カネボウ事件(東京地裁平成19年9月27日判決)n} 【事実の概要】粉飾決算で上場廃止となり,投資ファンド連合の下で再建を進 5.
(6) 横浜国際経済法学第ユ6巻第3号(2008年3月). めたカネボウ(解散後海岸ベルマネジメントに社名変更)の個人株主約500人. が事業売却に絡み会社に損害を与えたとして提起した代表訴訟である。原告 はカネボウが返済見込みのない債権を引き受けたと主張し,特に低廉な価格に よる事業譲渡及び譲渡代金の不当な低利貸付による利益移転を行ったとして旧. 取締役5名に対し株主が善管注意義務違反ないし忠実義務違反を理由として約 425億円損害賠償を求めた。. 【判旨】一部訴え却下,一部請求棄却「全額回収できる可能性が高く,カネボ ウに損害が発生したとは認められない」,「ファンド連合から支援されるなど,. 支払能力がないとは認め難い」「本件免責的債務引受等によりカネボウに損害 が発生したと認めるに足りる証拠の存在しない本件にあっては,原告らの主張 はいずれも理由がない。したがって,その余の点を判断するまでもなく,原告 らの本訴請求は理由がない。」. わが国では濫訴の判断自体が元々消極に解される傾向があったが謝,上の2 つの裁判例は今後代表訴訟の処理において参考になる事件となると思われる。 特にカネボウ事件で提出された不提訴理由書の内ij m)は,判決文の内容と酷. 似しているため,裁判所も企業側から提出された不提訴理由書の内容をほぽ認 容した形となっている。これは不提訴理由書が早期の争点整理に役だった例と して今後参考となるのではないかと思われる。また原告が十分な証拠を提出で きなかった点が判断の重要な判断根拠となっていることも今後の判例に影響を 与えると思われる。. (i口理由書の記載が不十分な場合 不提訴理由の内容が形式的かつ不十分なものである場合に裁判所がどのよう、 な対応を取るのかについても問題となる。. まず.米国訴訟委員会制度を意識し,企業側から裁判所に提出されることに なる不提訴理由書が監査役の調査が不十分なものとして裁判所の心証形成にお 6.
(7) 株主代表訴訟の終了と監査役の責任. いて被告役員側に不利に働く可能性があるとの見解がある2S)。この見解は端的. に「ずさんな調査等を示す内容」が見られる場合には,「監視体制がしっかり していない会社という印象」を裁判官に与えることをも指摘する。. 一方,被告役員の防御方法が当該理由書のみに制約されるわけでないとする と,理由書の不十分さが被告役員に不利に働く可能性は現実的ではないと指摘 する見解もあるas〕。. 後者の見解の場合,企業側が調査を解怠し,監督是正上制度自体の存在意義 が疑われることになるし,当初の制度趣旨であったなれ合いの牽制及び資料の 収集の促進の目的が没却されることになるため,前者の見解を取りたいと考え る(詳細はWの(4)で述べる)。 ’. VI監査役の独立性と構造的偏向問題 以上わが国において予想される不提訴理由書の運用形態を会社法施行規則と の関連で見てきたが,この制度の運用上の問題点についてわが国の監査役制度 および内部統制システムを含めた検討を加える必要があると思われる。特に,. 制度設計の段階で参考にされた米国訴訟委員会制度と我が国の制度を比較し て.異なる部分について考察を加えることが,今後の運用にあたり有意義な議 論となると思われる。なぜなら当初不提訴理由書が米国訴訟委員会制度と同機 能を持つものと想定して制度設計がなされていたことに鑑みれば,現実にでき た制度設計がどのように異なるのかを検討することは,わが国の制度上の問題 点を考える上で重要なものとなるからである。. 施行規則の内容から見れば,実際の制度設計は当初の理念と異なり,米国訴 訟委員会制度とは機能的に異なり,似て非なる制度になったのではないかとい う指摘がなされる可能性があるX)。. 不提訴理由書制度と米国訴訟委員会制度の違いは様々あるが,特に際だった 相違点としては,①判断権者の独立性が問題とされないこと,②詳細な調査が 7.
(8) 横浜国際経済法学第16巻第3号(2008年3月). 要求されないこと,③訴訟却下・棄却等が想定されていないこと鋤.④会社の 利益や最善の機会等についての検討がないこと,などの点が挙げられる。これ らの制度の違いについては,当初制度設計について米国訴訟委員会制度を理念. として想定していた論者からは,批判が加えられる可能性があると思われる 29}o. すなわち,現状の制度のまま運用がなされる限り,不提訴理由書制度は米国 制度のもつ機能を十分発揮できないのではないかという危倶が生じる。このた め現行制度への主な批判として考えられるものとしては,①監査役には専門知 識や独立性・法的責任の点で問題があり,判断権者として適切か(いわゆる構 造的偏向問題),②形式的な理由書の作成のみでよいとすれば,情報開示とし ての機能はないのではないか(開示範囲の問題),という論点が登場すること も考えられる。以下ではこの点を順に検討することとするe. (1)監査役の責任と役割. ここではまず,我が国の不提訴理由書制度において監査役の責任がどのよう に考えられているのかを整理することで米国制度との違いを考える。. 不提訴理由書制度自体は,監査役の権限の強化の1つとして創設されたもの であり,新会社法においては監査役が積極的な役割を果たすことを期待される との指摘がある3D)。企業側が不十分な内容の理由書しか提出せず,杜撰な調査. しか行わなかった場合の監査役の責任については現在明らかになっておらず, 諸説が見られる状況にある。. 監査役の責任について.杜撰な調査に対しては監査役の責任追及が行われる 可能性を指摘する見解31〕があるが,この見解は米国訴訟委員会のシステムを 考慮する立場と親和的と思われる。. しかし一方で,不十分な記載があれば直ちに提訴に関する判断について監査 役の任務解怠責任が問題となるというわけでもないとする見解もあるSt)。.調査. が杜撰なものであったかどうかについては,株主代表訴訟で株主が勝訴するか 8.
(9) 株主代表訴訟の終了4監査役の責任. どうかが1つのメルクマールになると思われるがiその場合も株主代表訴訟で 原告株主が勝訴したとしても,監査役が実際に合理的な情報収集を経て誠実に 不提訴の判断を下した限り原則として任務僻怠とはならないとする見解がある SS)。中でも近藤光男教授の見解は監査役に経営判断原則を適用することを主張. している点が特徴となっている副。しかし,ドイツではUMAGas,(企業の健全. 性及び取消権の現代化のための法律:2005年11月1日施行)の立法過程で監 査役にはそれ自身が有する内在的な利益衝突,すなわち取締役への提訴自体が 自身の監督僻怠を示すとの指摘がなされている3S)。この指摘はわが国においで. も無視できない重要な視点であると思われるe ・ ドイッ株式法93条第1項では経営判断原則が明文化されたが37),監査役の 経営判断原則については明文化されていない3S)。この点も,米国の判例法理で. ある経営判断原則がドイツ法に由来するわが国の監査役の責任判断にそのまま 適用できるかどうかについては,一定の検討を待つ必要があると思われるSS)。. 現実に会社法施行規則218条の趣旨から鑑みれば,監査役の責任は専門能力 等からも限定的と解されていると見てよいと思われるが,この場合米国訴訟委 員会制度のような判断権者の独立性を厳格に考察する必要性はないという議論 につながることになる。米国訴訟委員会制度においては,判断権者の独立性が 特に重視されるが4°1,わが国では監査役の独立性については厳格性はあまり要. 求されていない。これは,わが国では米国のレベルで監査役に独立性を求めた. 場合にはなり手がいなくなるということも根拠となっているeこのような状況 から,わが国においては株主が提訴の際に監査役の独立性について利害関係を 指摘することで理由書の信巡性を否定したり,企業側の調査惜怠を指摘する可 能性は当面は少ないということができるであろう。. 但し企業側は自主的に監査役の独立性を保持し,外部監査役として弁護士等 をメンバーに入れる等を行って詳細な調査を行うことが望ましい。よって事前 に入念な調査を行った場合には,不提訴理由書の信懸性については一定の配慮. がなされるべきであるe但し上のような場合に監査役に経営判断原則という判 9.
(10) 横浜国際経済法学第16巻第3号(2008年3月). 断枠組で免責等の解釈がなされるかは現在のところ不明であり,判例の蓄積が 待たれるところである。. 不提訴の判断は各監査役がそれぞれ個別行うことが原則となっているから (会874条4項),責任についても各監査役ごとに個別に判断する必要がある 4%特に社外監査役については,情報収集について入手ルートが執行役及び使 用人.会社内の機関等に限定される場合があることから.報告されたのみ情報 を信頼して判断ずる場合は,信頼の抗弁が生じる可能性もあろう42)。ここでは. 監査役設置会社(委員会設置会社もあり得るが)の不提訴理由書の作成者が代 表執行役,取締役,監査役等に変化する場合があり,作成者により法的知識及 び業務執行等の専門知識も異なることから貴任の負担が微妙に異なってくる可 能性があることが今後の課題となろう4%. (2)開示範囲について. 米国訴訟委員会の多くは,企業側の弁護士等が提訴判断に際し,詳細な調査 報告書を裁判所に提出した上で,訴訟の却下の正当性を主張する。 一方,わ が国の不提訴理由書では記載内容や開示範囲につき限定的な情報開示がなされ る(会社法施行規則218条1項)。 この理由として,提訴前の段階での情報開示は役員側にとって不利であると の認識“〕や,詳細な理由書の作成は企業側にとっては負担になるとの考え方 が背景にあるものと思われる45)e. 会社法847条4項の規定を株主の資料収集手段として位置づけることにより 開示対象を拡大させ.開示義務を法的に強化するという,当初の方向性は米国 と比較しても前面には打ち出されていないため,この点においても米国訴訟委 員会制度とは大きく異なる制度となったといえるよう。これは米国の代表訴訟 制度において裁判所の訴訟指揮がわが国における介入のレベルよりも強いとい うことも背景となっている。. しかし新制度の当初の趣旨を踏まえれば会社に充実した調査を行わせるべ 10.
(11) 株主代表訴訟の終了と監査役の責任. きこと.及び会社側への動機づけを行うことで監督是正機能を向上させること. も必要とも思われる。上のような状況においては,①却下i棄却等が想定され ていないのであればこの制度自体に意味がないのではないか,②監査役に監督 是正の機能を期待することはできないのではないか,等の批判が出ることも考 えられる。. 立案担当者の解説以降4fi),不提訴理由書の制度設計に関して,米国訴訟委員. 会制度についてあまり重点を置かなくなった学説が増加したと見てよいものと 思われる。しかし会社法制定前においても会社が提訴請求をされた場合は,会 社が調査を行うことが義務ではないが,実務上行われていたとする指摘47)も 踏まえると,特に新会社法前と事実上変化がないのではないかという批判も出 ることとなる4S)。これは本制度の運用における問題を端的に示しているものと 思われる。. 現行会社法施行規則を踏まえつつ,わが国において不提訴理由書制度はどの ような運用がなされるべきであろうか。新会社法以前とほとんど変わらない運. 用が目指されるのであれば進歩がないがわが国の監査役の能力や独立性は米 国訴訟委員会制度の判例の蓄積と比較した場合にはかなりの開きがあるものと 思われる。. 一方で米国訴訟委員会制度を導入すること自体も既に多くの懐疑的な見解が 会社法現代化の議論の中でも多く挙がっていた4S)。この制度の運用としては,. わが国の代表訴訟制度の慣行及び会社法施行規則の運用状況を踏まえつつも, 立法過程において参照した米国訴訟委員会の機能を再検討し,これらをも踏ま えた状態での運用形態が必要であると考えるs・)。それでは,具体的にどのよう な運用を図るべきであろうか。. (3)内部統制システムと文書の標目との関連について. 現行の会社法・金融商品取引法等の枠内で企業の監督是正の質を向上させた り,理由書の開示レベルを向上させる方策はないのであろうか。また立法過程. 11.
(12) 横浜国際経済法学第16巻as 3号(2008年3月). で参照された米国訴訟委員会の機能をわが国で利用する可能性は全くないので あろうか。. 以下は1つの方向性の提示ではあるが,以下の形態での運用が考えられると 思われる。すなわち,新会社法においては内部統制が法的に義務化されたこと を利用し51),内部統制の質を向上させることで理由書の内容を充実させるとい う方向性があると思われるse}。なぜなら内部統制で法的に作成が義務化された. 文書であれば,標目の提示が必要になるからであるeこの場合株主は不提訴理 由書に記載される資料の標目から,後に訴訟になった場合に内部統制制度が十 分機能していれば提出されるであろうと期待される文書を特定することができ る。そうすれば企業は平時も訴訟を想定して内部統制を行う必要ようになり, 仮に訴訟を提起されても不提訴理由沓の段階で資料の標目を提示しても差し支 えないような組織体制や業務執行を行うことが目指されることになる。. 不提訴理由書の記載内容においては,株主総会で予想される質問の内容はも とより,内部統制で法定されたレベルの文書は株主及び投資家への開示の評価 が前提となっていることから,・理由書における標目の情報開示は必要になるも のと思われる。標目の提示が必要となる文書には,以下のものが考えられる。. まず会社法では「取締役の職務執行が法令・定款に適合するなど,会社の業 務の適正を確保するための体制」の基本方針を取締役(会)が決定又は決議す. ることを義務づけられたが(会社348条4項,362条5項),その内容を事業 報告(会社法施行規則(以下「会施規」)118条2号)に記載する義務がある 53)。ここで規定される内部統制システムに関する文書についても標目の開示は 想定されるであろうM)e. 次に,平成18年6月14日に公布された金融商品販売法では,①確認書(金. 商24条の4の2).②内部統制報告書(金商24条の4の4第1項),③内部統 制報告書の監査証明書(金商193条の2第2項)の提出が法定されたss)。また. 実務指針として,金融庁企業会計審議会内部統制部会s6)が平成19年2月15 日に「財務報告に係わる内部統制の評価及び監査の基準」と「財務報告に係わ.
(13) 株主代表訴訟の終了と監査役の責任 る内部統制の評価及び監査の基準」を公表している57}。. これらに関連する文書は株主が企業側に提出を求めたとしても迅速に提出す る必要があり.平素訴訟がない場合にも提出を想定して作成しておくことが望 ましい文書であると思われる。 ’ 但し,会社法はシステム構築の決定,決議のみを要求している点に留意する. 必要がある。言い換えれば,①基本方針等の内容及び水準の具体的規定が置か れていないt’S),②システム文書が「相当でない」とき(会施規129条1項5号,. 会社382条、131条1項2号)の判断において,どこまで準備すれば相当かが 不明確な状況となっているse〕。また内部統制システムを設けていなくても会社. 法416条2項違反とはならず,善管注意義務の問題のみ問われることも注意が 必要であるc°)e. このように,内部統制制度が要求する文書の管理レベルについては大会社レ ベルで大枠のシステム構築義務のみ法定されている状況にあり,詳細な部分の 規定についてはi現在未定の部分が多いし,中小会社にあっては当然に内容が確 定していない61)。さらに会社法と金融商品取引法との間の内部統制の定義の整i 合性の問題も残るがtil ),両者を一体のものとして整備・運用を図ることで株主. 代表訴訟の争点整理に資する必要があると考える。. (4)小括. 不提訴理由書制度の運用の仕方としては、制度の設計段階で理念としてあげ られていた学説tすなわち裁判所が解釈や判断の幅を柔軟にすることで対応を 図る方向性が模索されるべきであると考える。また米国訴訟委員会制度にて行 われているように,企業側が自らに有利なように自主的に詳細な理由を示した. りtあるいは監査役の独立性について事前に利害関係がないことを積極的に証 明する場合には,それを心証だけでなく審理においても生かす方向で考慮をす る必要があると思われるma)c不提訴理由書の記載を充実させる意味が乏しい状 況下においても,社内調査自体を適切に行っておく必要性はあるのではないか. 13.
(14) 横浜国際経済法学第16巻第3号(2008年3月). との指摘もあり・r),監督是正に対し積極的な対応を行った場合に,それを優遇. することで,内部統制制度とも相まって監督是正の質を向上させる必要もある のではないかと考える。. 不提訴理由書制度は証拠の偏在の是正や情報開示の機能よりも.提訴段階で の情報補充や,早期の争点整理に資する側面が重視された制度であると思われ るGS)。しかし,これまでの代表訴訟のように,株主が新聞記事やマスコミ等の. 資料しか持たずに訴訟を提起するため,訴状等の情報が少なく訴訟が進行にし にくい㈲という状況は,新会社法においそはある程度の改善が見られている。 企業の提出する不提訴理由書の記載レベルの内容や提示された文書の標目に よっては,文書提出命令の対象が特定しやすくなり,原告の主張の具体性が高 まることも考えられるためG’),早期の争点整理が証拠の偏在の是正や情報開示 の機能を促すような運用が望まれる。. V正その他の諸問題 1 会社の機会(会社の利益) これまで不提訴理由:書の記載事項や提訴における運用面を検討したが以下 では不提訴理由書がどのような状況において記載されるのかを検討する。例え ば費用が過大な場合や株主に害意がある場合などは企業側が理由書の中でその. 旨を記載することになるが実際にどのような理由で代表訴訟が制限されるべ きかを以下で検討する。米国訴訟委員会制度においては,訴訟却下理由の内容 については「会社の機会」あるいは「会社の利益」という概念で検討がなされ ており.企業側が訴訟却下の必要性を裁判所に主張するための根拠として用い られることが多い田}。. よってわが国においても,企業側が米国訴訟委員会制度における判例を参考 に.不提訴理由書に原告株主の提訴の内容が不適切であり,却下・棄却等に値. するとの主張を記載する事例は今後増加していく可能性がある(前掲V3掲載 14.
(15) 株主代表訴訟の終了と監査役の責任. の判例参照)。以下では,わが国において,提訴が不適切な場合があるとすれ ばどのような場合かを検討するe. 会社法847条1項但書は株主からの提訴請求について,「責任追及等の訴え が当該株主若しくは第三者の不正な利益を図り又は当該株式会社に損害を加え ることを目的とする場合」には株式会社に対する提訴請求につき「己の限りで はない」としている。この但書は株主の害意等の主観的な要件を指していると. される刷が株主が提訴することで,どの程度のレベルが「損害」であると 企業側に見なされるのであるかが問題となる。. この問題については,新会社法成立前に国会で審議された内容を検討するこ とが参考となる7°)。国会では現在の847条1項但書に対応する,会社法案847. 条第1項1号が議論されたが,この他に審議の過程で削除されることとなった 同項2号というものが案として提出されていた71)。. 同項2号は「責任追及等の訴えにより当該株式会社の正当な利益が著しく害 されること,当該株式会社が過大な費用を負担することとなること,その他こ れに準ずる事態が生ずることが相当の確実さをもって予測される場合」(同項2. 号)となっていたm)。法案1項2号は1号と異なり,株主の害意といった主観 的な要件を必要としない客観的条件にかかわるものを指していたとされるts)。. 削除がなされた趣旨は,①取締役の行動を事後的な責任追及がもたらす牽制 機能によって適正化する観点から,責任追及等の訴えの制度の重要性が一層高 まった74},②新たに訴訟要件を法定すると過度に責任追及等の訴えの提起を萎縮. させることになる,③同号の文言かが不明確であるために責任追及等の訴えの制 度に期待される機能を不当に縮減させてしまう懸念がある,と指摘されるrs)。. 代表訴訟の制限事由については会社法847条1項但書に記載される内容に限 定されることになうたが,法案が削除された現在においても「損害」が法案. 847条1項2号にいう「当該株式会社の正当な利益が著しく害されること,当 該株式会社が過大な費用を負担することとなること」も包含するのかどうかが 問題となる。特に「正当な利益」とは具体的に何を指すのか,また「過大な費. 15.
(16) 横浜国際経済法學第ユ6巻第3号{2008年3月). 用」とはどの範囲を指すのものかは,新会社法においても程度によるが裁判 所の解釈が問題となりうる。 立案担当者の解一St 7S}は,上に該当する例として,「正当な利益が著しく害さ. れること」とは,、①審理中の証言等により会社の営業秘密が公になったり、②. 米国で提起されている別訴における正当な権利である秘匿特権が失なわれ,そ の結果会社に著しい損害が生ずる場合等であると説明している。 ’. 以下では新会社法施行後の上の論点の処理につき,各項目ごとにこれらの問. 題を考えてみたいm。なお,以下の議論は前述の議論と同様,現在ではわが国 において判例の蓄積がなされているとは言い難い状況にあるため,外国におけ る議論を参考にしつつ,予測も含めた議論に限定されることを指摘しておくも のとする。. (1)会社の費用. 原告株主が会社に過大な費用を負担させることを通じて会社に損害を加える. 目的を有していた場合 どの程度の範囲であれば会社法847条1項但書の定め る場合に該当することになるのであろうか。. E会社が過大な費用を負担することとなること」に関してわが国で考えられ るヶ一スとしては,以下の3つのものが考えられる。①原告株主が勝訴する可 能性が低く被告取締役が勝訴した場合で,会社が弁護士報酬等の損害を当該取. 締役に賠償しなければならない(民法650条3項)場合7s}や,②原告株主が 勝訴しても,訴額がきわめて僅少なため会社の負担する費用との均衡がとれな い場合,また③被告である取締役か無資力であるため株主代表訴訟の目的であ る債権が執行不能となることが確実で,原告の会社に対する費用等の支払請求 に応じると会社が過大な費用を負担することになる場合”)である。. まず①については米国訴訟委員会の実務において,会社側が却下の理由とし て用いることが多い場合であるが,わが国ではあまり議論される可能性はない ように思われる(後述)。 16.
(17) 株主代表訴訟の終了と監査役の責任. 次に②のように請求金額が低い場合については濫訴の可能性が高いため,こ. の場合訴訟の却下が検討される可能性がある。江頭教授は請求金額が1万円の 場合の例を出されているがse),この場合は訴訟まで進む可能性は少ないものと 思われるSl)。. ただし,請求額が低くとも,生じた損害の性質が刑事犯罪レベルの行為等が 悪質な場合もあることから,その場合は裁判所が損害填補を促した上で和解や 却下の方向性を探ることが妥当かと思われるee}。. 上の議論にに対し,そもそも費用自体を含めて解釈することが会社法847 条1項但書に定める「当該株式会社に損害を加えることを目的とする場合」の 趣旨に反すると指摘する説もあるes)。この説は,会社法案847条1項2号が削. 除されたのは株主代表訴訟の2つの機能tすなわち,株主全体の利益を最大化 する機能と少数株主による公正担保の機能のうち,特に後者を重視する趣旨で あるとする。そこで株式会社に過大な費用を負担させるものも含めて解釈する ことは上記の趣旨に反するとの指摘を行う。・. 他に,過大な費用を請求することが害意を形成し.1項但書に該当するとす る説もあるがM},わが国では訴訟の請求金額が取締役の責任と比較して過大す. ぎる場合にも却下をするまでには至らずt担保提供で担保を相当額負担させる ことで訴訟が維持されるのではないかと考えるSS)e. 最後に③や訴訟の長期化により訴訟費用等の回収の見込みがない場合にも問 題となるが,このような原因によって訴訟を却下したのであれば,監督是正の. 観点から疑問が生じることになろうeすなわち単に訴訟の金額の予測をするこ とによって却下するのであれば,訴訟の内容を検討せずに,金銭的な解決のみ が優先されるということになる。. 先の論点とも重複するが.立案担当者は法案1号2項の趣旨につき,・コンプ ライアンスの実現により実現される会社の利益を踏まえてもなお「著しく」害 される場合に限って代表訴訟を不適法とし、また「相当の確実性をもって予測 される場合」という要件を課していたことからas],我が国においては損害の回. 17.
(18) 横浜国際経済法学第16巻第3号(200B年3月). 収可能性に対し金銭面のみを目的とした計算による却下という運用はなされな いものと思われる。会社に資力がなく回収可能性が低くなったとしても,それ を以て却下を行うのではなく.その原因はどこから生じたかについても問われ るべき事案もあるものと思われる。. (2)利益供与及び会社の名声・信用を汚す行為について. 会社法847条1項但書に該当する場合として費用の点以外に立案担当者が想 定していた事例としては,①株主の権利行使に関する利益供与を得る手段とし て責任追及等の訴えの提起を利用するような場合や,②会社に対し事実無根の 名誉毅損的主張をすることにより会社の信用を傷つける目的で責任追及等の訴 えの提起を請求するような場合があった゜「)。. これらの事例は両者とも会社法成立前においても訴権の濫用として訴えを却. 下することができた場合となっていたため,会社法847条1項但書は従前訴権 濫用法理が適用されるとされていたものの一部を類型化し,明示的に規定した ものにすぎないとも言えるS8)。. ①の利益供与の責任については新会社法においては過失責任とはされず,無 過失責任のまま据え置かれた。新会社法はこの点では責任軽減を行わなかった 関係で,今後も会社の利益を害する事例の代表例として登場することになろう かと思われるeg)。. 内紛または売名等の個人的動機や意図として不当とも言い得る個人的利益の 追求のために貰任追及等の訴えを請求するケースについても,前掲長崎地判平. 成3年2月19日sc)においては取締役の責任,監督是正の観点から訴訟追行が 認めれていたことから,会社法以降もこのような運用が行われるものと思われ る91)。. しかし②の名声・信用失墜の害意の可能性については訴訟前に不祥事等がマ スコミ等により社会的に認知されている場合については事実無根とは必ずしも いえないため,企業側の不提訴理由としては説得力のある根拠とはならないと 18.
(19) 株主代表訴訟の終了と監査役の責任. 解するn}eこの場合は法案1項2号を削除した趣旨,すなわち監督是正機能を 重視することが重要であると思われ,提訴を逆に積極的な共鳴が得られる場, 新たな信頼を得る場として活用すべきとの見解もある93)。. ただし名声・信用失墜の害意がなくとも,結果としてそのような状態をもた らす場合には提訴に対し一定の考慮も必要かと思われるy)。私見としては,事 件の内容が悪質な場合や不祥事の隠蔽目的SS)の不提訴の場合には正当な理由 とはならないものと思われる9S)。不提訴の正当性については,会社側が会社の. 信用等に対する影響の有無・度合い,会社の人的・時間的・金銭的な負担,勝 訴の可能性といった各種の要素を記載し,裁判所が総合的に不提訴の正当性を 勘案することになると思われるSC)。. (3)取締役の功労,士気の低下等 提訴にあたっ’ては,損害賠償請求するよりも反省等を促したり,会社に尽力. することを重視する説EIS)があり,取締役の過去の功労を考慮すべきとの考え をどう解釈するかという問題も出てくる。従業員等の士気を低下させることを 懸念する見解鰯もこれと同旨であろう。. この問題に関しては.不祥事等の程度にもよると思われるが軽微なものに 関しては株主総会特別決議等での責任免除で対応するという方策もあろう。. 一方で功労のある取締役に対しても.訴訟を思いとどまることは企業の発展. にマイナスとなり会社の利益にならないとする説⑳や、再発防止策が講じら れていることや担当者の降格人事等は不提訴理由として説得力があるとは思わ れないとする見解脚もある。アラーグ・ガルメンベック判ve m)は,監査役に は企業家的裁量は認められず,原則として,監査役は損なわれた会社財産の回 復を要求するという企業利益に従わなければならないとした。監査役会が取締 役に対する賠償請求権の行使を見合わせることができるのは厳格な要件の下で のみ可能である旨を判示した。特に会社の名声,経営環境の侵害,営業活動に. 対するマイナスの影響,取締役の活動妨害により損害賠償請求権の行使が妨げ 19.
(20) 横浜国際経済法学第16巻第3号(2008年3月}. られることはないとしている点はわが国においても参考となろう1°s)。. Joy v.Nerth $件im)では,原告株主が勝訴しても損害回復に直接つながらな. い事項については会社の利益として考慮されていない点も参考となる1°5)。わ. が国においても,これらの項目が提訴却下の本源的な理由として扱われるかに ついては疑問が残るものと考える。. (4)企業秘密について 企業秘密が訴訟によって開示されるおそれがある場合:°S},裁判所の企業秘. 密に対する対処の仕方が問題となる。アメリカ行政法においては,ヴォーンイ. ンデックスの方法により,相手方代理人のみに開示するという方法があるが IM),文書提出命令においては我が国でも使用される可能性がある1°S)。. 我が国においても特許法105条においてこの方法が用いられているが他の 類型の企業訴訟においても今後使用可能性があると思われる1ca)e. 現在の不提訴理由書における監査役の応答段階では前述のように施行規則に より項目のみの表示でよいとされているため,我が国の訴訟の提起段階ではこ の問題は生じないと思われる。しかし裁判所の運用によっては判断の基礎資料 の段階で企業秘密が出てくる可能性はないとはいえない。当面我が国において は裁判所が詳細な報告書を望む実務運用はなされないとは思われるが,実業界 からは会社法現代化の議論の段階で訴訟の早期却下を望む意見があったことを 踏まえると,その後の訴訟の心証形成のために自主的に詳細な報告書を出して くる場合もないとは言い切れない。その場合企業秘密が存在する場合は企業側 がインカメラ等の申請を行い,証拠等の開示に慎重になるものと思われる”o)o. 尚ドイッでは,代表訴訟における秘密保護については裁判所が特別検査役を 通じて考慮するため,この場合企業秘密を「会社の福利」の根拠とすることは できない(株式法一四五条四項)。ただし会社に重大な損害が生じるおそれが あるときは,公表は阻止されている111}。. 20.
(21) 株主代表訴訟の終了と監査役の責任. V皿結語 (1)不提訴理由書について. 不提訴理由書制度の問題点としては,当初想定された米国訴訟委員会制度の 利点が考慮されておらず.骨抜きになる可能性や現実的には似て非なる制度に なる可能性を指摘した。新会社法において事実上これまでの代わりがないので あれば問題状況は変わらないことから,運用段階においてはこれらに配慮した. 運用がなされる必要性を説いたeまた改正前と比べ証拠の偏在を是正するよう なレベルの証拠開示の機能の拡充は大幅には認められなかったため,訴訟段階 においては内部統制制度の質の向上と合わせて証拠の開示が行われれる必要性 を提示した。企業が自主的に監督是正を行い,情報開示を行うこ‡が望ましい と考えるが,わが国の現状を考えれば委員会設置会社の普及や実務慣行の変化 を待つというこ・とになろうかと思われる。ロースクールにおける弁護士の増加. 等により,監査役や監査委員のなり手が増加し,企業の理由書のレベルが向上 すれば米国訴訟委員会制度のような形態が機能する可能性はあるが.現状にお いては当分先の話になるものと思われる。. 訴訟委員会の眼目であうた外部独立取締役等による,客観的な判断を担保し ようとする組織形態は,わが国においては直接訴訟委員会を作るということで はなく,買収事例における企業行動の判断における独立委員会112)や,不祥事 等の対処における外部委員会’19)において,判断の公正性の確保に用いられて いるように思われる。. (2)訴訟の却下について. 会社法案847条1項2号は訴訟却下の客観的条件を示すものであった。しか し我が国の訴訟却下の過去の判例の傾向を見る限りは却下は積極的になされて. いるとはいえず,新会社法の下でも2号の客観的事情のみでは却下の対象とな らないことが予想される114}。その意味では国会で削除された点も併せて考え. 21.
(22) 横浜国際経済法学第16巻第3号(2008 ag 3月). ると改正前と比べ特に変化はないということができるであろう。. しかし会社法847条1項但書は訴権濫用について限定を加えたものにすぎな いから,客観的事情から原告の行為の性質が悪質な場合には.裁判所は1項但 書の主観的害意に該当すると判断し,却下がなされるものと思われる115)。. その場合,会社が不提訴理由書において理由の説明を尽くせぱ,仮に訴訟が 却下されなくともその趣旨は劃酌されるものあるから,この時点で形式的な書 面を作成するよりも.法的に規定される最低ラインよりも若干詳細なレベルを 示すことで企業は自身の防衛を行うことができるのではないかと考える。. 代表訴訟には損害填補機能と監督是正機能があるが,会社の損害等のみを重. 視する前者の立場に立てぱ訴訟は企業にとってコストでしかなく,存在しな い方がよいということになる116}。しかし、この見解は監督是正機能を軽視し,. 責任追及等の訴えを不当に縮減させてしまうおそれがあるため、わが国の運用 においては、後者の説を念頭に置く運用の方が過去の判例や会社法施行規則の 趣旨と照らしても整合的であるように思われる。(以上). 1)前号目次にて「会社の機会」を記載していたが.紙面の都合上W以下に論を移すこととした ので訂正を行いたい。. 2)相澤哲・葉玉匡美・郡谷大輔編r論点解説新・会社法:千問の道標」351頁(商事法務・ 2006)参照。. 3) 監査役設置会社で‘ま,株式会社が取締役を訴える場合は監査役(会社386条2項1号)が調 査を行い.それ以外の役員に対する訴えについては代表取締役が行う。委員会設置会社で取. 締役・執行役を訴える場合は監査委員(会社408条3項1号)が調査し.それ以外の役員に 対する訴えについては代表執行役が行うe本稿は監査役設置会社を前提に議論を行う。. 4)通知の惜怠または不正の通知は,会社976条2項において100万円以下の過料に処せられる。. 5)相澤哲「会社法閲係法務省令への重要ポイント 省令の概要と株式・機閲閲係」企業会計 58巻4号別頁(200田、相澤哲=葉玉匡美=湯川毅「外国会社・雑則」別冊商事法務295号「立 案担当者による新・会社法の解説1218頁(商事法務・2006)参照。 6)戸田暁「不提訴理由の通知書面」西村ときわ法律事務所編・弥永真生他「新会社怯実務相談」 211頁以下(商事法務・2006年)参照。相澤哲「一問一答 新・会社法」261頁(商事法務・ 2005)は、不提訴理由について「①提訴請求に掲げられた事実閲係についての社内調ffの結 22.
(23) 株主代表訴訟の終了と監査役の責任. 果およびその証拠閲係.②社内調査により判明した事実を前提とする役員等の損害賠償義務 の有無についての判断,及び,③役艮等の損害賠償義務があるにもかかわらず.それを行使 しない場合には,その理由」を挙げている。この記載からも施行規則218条と酷似している ことが分かる。前掲・戸田は特に責任・義務の有無についての判断(2号)よりも「判断の 基礎どした資料」を含む会社の調査の内容(1号)を優先している点を指摘する。. 7)戸田・前掲(注6)211頁以下参照。 , 8)江頭憲治郎「「会社法制の現代化に閥する要絹案」の解説」別冊商事法務288号T会社法制 現代化の要綱」26頁(2005)参照。 9),江頭憲治郎「新会社法による不提訴理由書制度の導入」監査501号3頁(2005).仮屋広郷「役. 員の責任」法セミ613号18頁{2006).黒沼悦郎「株式会社の業i務執行機閲」ジュリ1295 号73頁(2005),稲葉威雄「取締役の責任の新しいかたち一特に代表訴訟について戸」商事. 1690号37頁(2004)参照。 10)同旨・矢曲雅子「株主代表訴訟抑制のカギとなるか 不提訴理由の書面通知制度」ビジネス. 法th 2006年皿月号76頁,戸田・前掲(注6)215頁参照。 11)相澤・前掲(注6)r一問一答」261頁参照。 12)江頭・前掲(注8)「「要絹案iの解説」26頁参照。 1帥中村直人「新会社法一新しい会社法は何を考えているか」150頁(商事法務・2005)丁小林秀之「株. 主代表訴訟をめぐる近時の新動向」小林秀之編「新会社法とコーポレートガバナンス」247 頁(弘文堂・ 2005),稲葉威雄「会社法における取締役の責任」ビジネス法務6巻2号72頁 (2006)参照。 ・ 14)相澤・前掲(注6)r一問一一答」261頁。江頭・前掲(注9)「不提訴理由書」3頁は,訴訟追 行が行われることと想定している。森本滋「新会社法のもとにおける取締役・株主総会制度」. 代行通信92号(2005)12頁は.「不提訴理由書の交付を受けた株主は,一般に,この不提 訴理由書の記載はおかしいということで,代表訴訟を提起することになろうと思」うとする。 15)戸田・前掲(注6)212頁〔同旨〕。. 16)戸田・前掲(注6)216頁は,』不提訴理由書の充実により提訴を不適法とさせることに期待. をかける戦略を採用する場合は①不提訴理由書の審理の反映により訴訟却下等の取扱いの可 能性が現実的となり.かつ②当該審理への反映にNし行われる証拠調べの範囲を合理的に予 測し得ることが前提となるとする。 17)戸田・前掲〔注6)215頁は,「裁判所の審理への反映につき,個々の事実に対処する見地か. らは必ずしも強固でない制度的基盤の上に期待が積み重ねられているという危うさを勘案せ ざるを得ないように思われる」としている。. 18)相澤・前掲(注5〕企業会計25頁。この説は不提訴理由に「法律上の意味」が認められた ということを前提としている。. ’19)江頭・前掲(注9)3頁。森本・前掲(注14)代行通信12頁は「社外監査役などが専門家 の助力を得て作成した合理的なものであれば…(略)、…裁判所に対する却下判決を求める 手段となり.会社の被告取締役への訴訟参加を正当化する手段ともなる」と指摘する。また 江頭・前掲(注8)「r要絹案1の解説」26頁は.原告株主の勝訴の可能性が乏しい等の事情 田.
(24) 横浜固際経済法学第16巻第3号(2008年3月) がある場合には,上記事由に該当するとするe. 20)戸田・前掲(注6}213頁参照 21)相澤・前掲(注6)「一問一答」256頁参照。. 22)金判1278号18頁,判夕1254号276頁参照。. 23)東京地判昭61年5月29日判時1194号33頁参照。 24)不提訴理由聾のサンプルは現状では入手しにくい状況にある。本件事件にて旧カネボウの代 表執行役が作成した不提訴理由書として,(http:〃www.geocities.jp/tob_kanebo/documentS/ 070227_kanebo_fUteiso_riyu_tUchi.PDF)(原告団HP)が参考になる。. 25)江頭・前掲(注9)3頁。江頭・前掲(注8)26頁も,「米国において信範できる訴訟委員 、会の澗査結果の具申があったのと同様の機能を事実上釆たす」との予想を前提に.不十分な 内容の不提訴理由書が提訴不適法事由の有無の判断に際して被告役員側に有利に働かない可. 能性がある旨を示唆する。稲葉・前掲(注9)37∼38頁も同旨。. 26)黒沼・前掲{注9)ジュリ1295号73頁et戸田・前掲(注6)218頁注18参照。 27)会社法現代化の議論の中で,訴訟委員会制度の導入に閲Lて反対意見が多数を占めていたこ ’ともあlj ’根拠とわが国の実情と制度自体が合わないことが指摘されていた。よって我が国 ・の実情に合わせた制度般計を行ったという見方もあり得るであろう。. 28)新会社法以前には裁量棄却を認めるべきであるという立法論も提案されていた。阿部r正ほ かr取締役(6}(別冊商事248号)」101頁以下[稲葉威雄発言〕(2002)、弥永真生「株主 代表訴訟と’m量棄却」落合誠一先生還暦「商事法への提言∫346頁(商事法務・2004)参照e 29)訴訟委貝会の導入に肯定的な見解として,大杉謙一「株主代妻訴訟の濫用への対処 担保提. 供・補助参加・訴訟委員会の諸制度について」判タ1066号50頁,56頁以下(2001)が代 表的である。議論状況は相澤哲他「「会社法制の現代化に閥する要綱試案1に対する各界意 見の分析皿」商事1690号50頁(2eo4)参照。 30)江頭・前掲(注9〕監査役3頁。 31)諸石光煕f新会社法による取締役の責任と代表訴訟提起請求に対する監査役の対応(下)」 監査役510号46頁(2006),高橋均「株主代表訴訟における不提訴理由書をめぐる今後の課. 題」商事法務1756号36頁(200eg。同39頁注19は不提訴理由書は任務惰怠がなかったこと の有力な証拠となD得るとする。. 32)戸田・前掲(注6)215頁参照 33)近藤光男「代表訴訟と監査役の機能」江頭憲治郎先生還暦記念「企業法の理論(上)1620 ∼621頁(2007・商事法務).伊藤靖史「株主代表訴訟の概要と監査役の役割」監査役471 号(2003)53頁参照。. 34)近藤・前掲(注33)619頁。なお近藤教授は米国訴訟委員会制度については懐疑的な見解 も示されている。訴訟委員会に参加する取締役の独立性に関する議論としてDevelopments in ’lhe Law Corporations a皿d SoCiety,117 HARV.・ LREV. 2187 (20(}4). Daniele Marchesani,The. Concept of Auto皿omy and the 1皿dependent Director of Public CorPor ltions,2 Berkeley Bus, LJ.. 315(2005)参照0 35}UMAG(Das GesetZ zur UnternehmensintegTitat und MederniSiierung des Anfechtungsrechts,. 24.
(25) 株主代表訴訟の終了と監査役の責任 BGBL I 2005.2802).改正の状況については藤島肇「株主総会決議取消手続の現代化 企業. の誠実性及び取消権の現代化のための法律(UMAG)の成立」大阪経大re集 56巻6号153頁 以下,ジェラルド・シュピンドラー「ドイツにおけるコーポレート・ガバナンス:「企業の. 健全性および総会決識取消に閲する法規制の現代化に関する法律(UMAG)jによる変更」同 志社法學58(1)293頁以下(2006),高橋均「ドイツにおける株主代表訴訟制度法定化の特色. と課題」国際商事法務537号305∼315(200D,高橋英治「ドイツ法における株主代表訴訟 の導入一UMAG報告者草案とわが国法制への示唆」商事1711号13頁(2004)以下参照。 36)RegE, Stellungnahme Bundesrat und gegenaesserung der Bundesregierung BT・Drucks. 15/5092. 37)Ulrner,DB 2CO4、859正;Thuemmel, DB 20e4.471 ff.;Schaerer, ZIP 2005,1253 f正;Seibert/ Schuetz,ZIP 2004,252f£ −. 38)GesetZesbeschluss des.Deutschen Bundestages vom 16.6.2005 BR−Drucks.454/05; Begr RegE BT−Drucks.15/5092,S.20.;Beschlussempfehlung und BeriCht des Rechtsausschllsses BT’ ・ Drucks.15/5693. Holger Neischer,Die Busihess Judgement Rule:Vbm Richterrecht zur. Kedifizierung.ZIP 2004,685fL. 39)ドイツでは代表訴訟制度を株式法M8条にて導入している。但L提訴要件{資本の1% または10万ユーロ).訴訟許可要件等の制約は残ったe訴訟許可要件については株式法 148条1項2文3号参照。Schroeer, in:MunchKomm−A[ktG,2.Aufl.(2004),:§142 Rdn: 69;HllefferAlrtG,2Aufl.(2004)§142 Rdnr.20; − 40)Zapata Corp v,Mardonado,430 A2d 779{DeL1981); ln Re Oratle Corp. Derivative litigation. 824 A2d 9170eL2003).; Kenn’eth B. DaVis, jr.,Structural Bias, Sped胡晦don C。㎜i廿ees, and the V巨garies of D虻ector]lndependence,90 lowa.Lrev,1305. in re Walt Disney「 Co. Derivative. li由1g.,825 A2d 275(DeL Cha,2003}.参照。. 41)相澤他・前掲(注2)「謡r点解説」352頁はt「あくまでも各監査役が個別に判断L;提訴す る権限を有する以上,提訴しないという決定をしたすべての監査役は,それぞれ会社を代表 して,請求者に対して不提訴通知を行う必要がある」としている。 42)片山信弘「取締役の会社に対する責任・委員会等設置会社と監査役設置会社」今中利昭先生. 古稀「最新倒産法・会社法をめぐる実務上の諸問題▲(民事法研究会・2005)750頁注10は 監査委員につき同旨の指摘を行う。信頼の抗弁については,神吉正三「取締役のr信頼の権利」. に閲する一考察」流経法学2巻2号1頁以下(2003).畠田公明「コーポレート・ガバナンス における取締役の責任制度」’40頁以下参照。. 43)笠原武朗「監視.・監督義務違反に基づく取締役の会社に対する責任について(七)」法政研. 究72巻1号1頁以下は,取締役の法令違反に対する寄与度による減責の可能性を勘じるが, 今後監査役についても個別の減責の可能性が論じられるかもしれない。. 44)野村修也「不提訴理由書の効用」ファイナンシャル・ジャパン(2007年1月号)149頁.戸 田・前掲(注6)215頁参照。. 45)日本商工会議所.東京商工会議所「会社法閲係の法務省令案」に対する意見(平成 工7年12月28日)(http:〃www,jcci.or.jp/niSsyo/iken/051228kaiSyaholl・syourel.pdf). 25.
(26) 横浜国際経済法学第16巻第3号{2008年3月) 46) 相i畢・iltr掲 (注6) 「一問一答」 260頁一}261頁参照。・ 47) 言者石「・打ll嵜喝 (}主31) 46頁 {2006) 参燕lo. 48)戸田・前掲(注6)215頁参照。 49)別冊商事法務273号「会社法制の現代化に閲する要網試案に対する各界意見の分析」39頁(商 事法務・2004)参照。. SO)野村・前掲(注14)149頁は,不提訴理由書が訴訟委員会制度への布石となる可能性を指摘 した上で,「制度趣旨を骨抜きにすることなく有効に活用することこそht,次のステップへ の試金石」としでいる。. 51)平成14年の商法改正で委員会等股置会社では既に採用されていた(商法特例法21条の7第 1項2号,改正前商法施行規則193条)。 52)近時の内部統制に関する文献として八田進二・野村昭文・鈴木輝夫他「内部統刷報告制度の 導入に向けての現状と課題」税経通信883号93・一 115頁(200n,藤原俊雄「会社の内部統 制システムと監査役監査」民事法情報249号21 一 27頁{200η,武井一浩「内部統制シス. テムに係る監査の奥施基準(上)内部統制監査役監査の基本方針を中心に」監査526号5∼ 18(2007)参照。. 53)一大会社のうち監査役設置会社では決議内容が相当でないと認めるときは,その旨及びその. 理由を監査報告書に記載する必要がある(会社436条1項,2項2号.会施規117条2号. 129条1項5号)e 54)取締役{会)で決定すべき事項の細目は会施規98条,100条第1項,100条as 3項,112条 等にて定められているが,これらも含まれると解する。. 55)これらの書式や手続の詳細は平成19年8月10日「財務計算に閲する書類その他の情報の適 正性を確保するための体制に関する内閣府令」,同15日「企業内容等の開示に関する内閣府. 令等の一部を改正する内囲府令」に定められる。4条様式1号に内部統制報告書の内容が規 定される。. 56)金融庁の実施基準等は.トレッドウェイ委員会組織委貝会が1999年に公表した内部統制の 世界的スタンダー一ドとされるCOSOレポート(rhe Committee ot Sponsoring OrgaiiiZations of the Treadway Commission,iハternai Control・integreade Framework)や米国SOX法404条. 等が参考とされている。米国エンロン事件や平成16年の西武鉄道株式会社の有価証券報告 書虚偽記載事件も影響を与えている。. 57)会社法と金融商品取引法との閲係は,監査役と会計監査人が相互に職務遂行を監査する状況 になっている。. 58)相澤他・前掲(注2)「論点解説」334頁は各企業の判断に任されているとする。 59)土田亮「会社法における内部統制閲連規定と論点」小林秀之「内部統制と取締役の貰任1(学 陽書房・2007)131頁参照。. 60〕内部統制の判例として.大和銀行事件〔大阪地判平成12年9月20日判時1721号3頁),神. 戸製鋼所事件(平成14年4月5日和解商事1626号52頁),ヤクルト4件(束京地判平成 16年12月16日判時1888号3頁}.三菱商事事件(東京地判平成16年5月20日判時1871 号125頁)等がある。. 26.
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