今回の『社会システム研究』に特集した企画は,2006 年 12 月 9 日から 10 日にかけて,我々 「中国企業文化研究会」が主催,立命館大学びわこ草津キャンパスにおいて開催された「台湾社 会経済の歴史的展望−日台青年研究者学術交流−」における研究報告・議論を基礎としている. その大まかな内容と,コーディネーターとして感じたことなどは,既に『ROSSI四季報』 第 35 号(2006 年 12 月)にまとめておいた.それは,以下のような内容である.
特集にあたって
−台湾社会経済史研究会梗概−
金丸
裕一
*・柏原
健太
** <資料>1 『ROSSI 四季報』35,2006 年 12 月,5 頁. 去る12月9日と10日の二日間,BKCを舞台 に,私たちは次のような「国際会議」を開催した. 「台湾社会経済の歴史的展望 −日台青年研究者学術交流−」 日 時 12月9日(土)・10日(日) 場 所 立命館大学 びわこ・くさつキャンパス アクロスウイング7F 第1研究会議室 12月9日(土) 開 会 挨 拶 12:30∼12:35 金丸 裕一 (立命館大学教授) 第1報告会 12:35∼15:35 座 長:北波 道子 (立命館大学社会システム研究所客員研究員) 報告者:前田 直樹 (広島大学教務員) 「米国駐台大使館から見た「復興基地台湾」」 洪 紹洋 (国立政治大学大学院ポスドク研究生) 「論發展中國家工業化的條件−以1960年代的 台灣造船公司技術移轉為例」 圖左 篤樹 (立命館大学社会システム研究所客員研究員) 「台湾紡織産業の転換点−1940年代を中心に」 ティーブレイク 15:15∼15:30 第2報告会 15:30∼17:30 座 長:金丸 裕一(同前) 報告者:今井 孝司(関西大学非常勤講師) 「台湾の社会福祉の転換点―1970年代の転換 を中心に」 萩原 豪 (立教大学プログラム・コーディネーター) 「台湾におけるエネルギー政策の変遷と今後の展開」 * 連 絡 先:金丸 裕一 機関/役職:立命館大学経済学部/教授 機関住所:〒525−8577 草津市野路東 1−1−1 E - m a i l:[email protected] * * 連 絡 先:柏原 健太 機関/役職:立命館大学文学部地理学専攻/学部生 台湾社会経済史の諸問題 第15号 『社会システム研究』 2007年9月 63** 正直なところ,一年近く経過した現在においても,この感想にはまったく修正の必要を感じ ていない.20 数万円という破格の経費で,かくも豊かな果実が獲られるのであるから,なお さら現在の COE や科研費などに代表される「プロジェクト型研究」への高額投入政策に対し て,些かの疑問を感じざるを得ない. また今回の研究会は,校費を使用して進めたものであるが故,学生や院生への案内を意識し て進め,幾人かの参加をみた.そのうち,2 日間を通して参加した文学部地理学科の学部学生・ 柏原健太による参加記を,次に付しておきたいと思う. (以上,金丸裕一) 陳 慈玉 (中央研究院台湾史研究所副所長)(論文参加) 「「計画経済」体制下の台湾アルミニウム業」 12月10日(日) 第3報告会 09:30∼12:30 座 長:湊 照宏 (立命館大学社会システム研究所客員研究員) 報告者:横井 香織 (静岡市立大里中学校教諭) 「旧制高等商業学校学生が見たアジア−台北 高等商業学校の調査旅行を中心に−」 陳 鴻圖(国立東華大学副教授) 「「興農」與「謀利」之間−戰後臺灣嘉南農田 水利會的發展」 蕭 明禮 (台湾大学大学院博士課程院生) 「日治時期台灣工業化與造船業發展−從基隆 船渠到台灣船渠會社的考察」 開 会 挨 拶 12:30∼12:35 圖左 篤樹 (立命館大学社会システム研究所) 一見すると,何の変哲も無い会議のようであ るが,今回は一工夫をしてみた.それは,意識 的に著名な学者は招聘しないことである.日本 側も台湾側も,報告や運営の中心は20代から30 代の大学院生,あるいは若手教員に限定し(小 生のみ例外であった),更に一応のタイムテー ブルは設定してみたが,実際の運用では,これ も無視して徹底的に議論するといったかなり乱 暴な会合である. あにはからんや,会議時間は延長につぐ延長. 大きな学会などの場合では,議長が強制的に中 止させるような勢いであった.初日は食事時間 もいれて実際には夜9時くらいまで,翌日も会 議が終わった時間は,午後2時半を回っていた. しかし,デビュー直後の若手研究者にしてみ ると,海外とジョイントした報告というものは, もの凄く緊張するものである.予想していた通 り,提出論文は力作の連続.台湾から参加した 方々が,提出論文やパワーポイント,更に報告 まで日本語で進めた迫力に,正直なところ中年 のわたくしは圧倒されっぱなしであった. そして,議論は夜になっても続きに続く.懇 親の場においても,そして二次会の場において も,更に宿舎としたエポックにおいても,深夜 まで密接な交流で盛り上がっていたようだ. わが立命館大学からも,両日ともに文学部地 理学科学部生の柏原健太君が参加してくれた. 我々研究者が,どのようにして「知」を作り上 げるために戦っているのか,身をもって感じ 取ってくれたようである.さらに,会議終了間 近になると,全参加者が旧知の友人のように, 本音で質問し,批判し,反省し,反論する.率 直に言いたい.費やす予算の大きさと,獲得す る成果の豊富さは,必ずしも比例しないのであ る. 懐かしき「合宿」を思い出させるような二日 間の果実は,近い将来『社会システム研究』誌 に掲載されるであろうが,マンネリ化した「学 会」の「格式」を無視した運営が,意外にも参 加者に喜ばれていた原因を,ゆっくり検討した いものである. 64 『社会システム研究』(第15号)
** 私はよく講演会や勉強会に足を運びます.ただ単に興味本意で行くのが大半ですが,私にとっ て研究活動の第一人者や最前線で活躍している方の話は,どんな本よりも勉強になることだと 考えています.さらに私が,会議などに参加して毎回思うのは“自分の非力さ”です.自分の 関心がある分野における先人たちが,新たな研究成果を発表し,そして議論し合う.その議論 の輪に加わりたいと思うのですが,それ以前に自分自身の知識や語学力が全くついていかない のが現状であり,もっと勉強しなくてはならないとモチベーションを上げるいい起爆剤だとも 考えています. 今回は学術会議ということで,以前から中国・台湾には興味はありましたが“学問”として の枠組に本格的に触れるのは初めてになりました.全く知識のない私は今回の会議で,台湾の 発展に日本の影響が大きく関わっていることがわかりました.占領・植民地化という歴史があ ることによって,現在の経済も変わってくるという根本的なことがわかったのです.つまり台 湾と日本という双方の意見がなくてはこの議論は進みません.したがって,このような議論の 場の意義がとても重要になります.また,どの国でもそうですが,経済と政治,企業が密接に つながっている社会があることも見逃せない事実なのではないでしょうか. 多くの方々がそれぞれの報告をされましたが,その報告(レポート)の意図がはっきりと伝 わってきたと思いました.それは今回のような生の研究者の声を聞く機会があったからではな いかと思います.文学部でも論文や文献を読み漁ることはしますが,その作業によってひとつ の報告(レポート)が成立するということは今までに実感できませんでした.レポートが作成 されるまでの報告者の調査過程は文章を読むだけでは簡単に理解できません.報告者の発表, そして他者との議論による情報のシェアという形があってこそ,そのレポートの意味が出てく るのだと感じました.また,発表ではエネルギーや造船,福祉政策といった様々な分野が飛び 交い,歴史学や経済学の範囲の広さが象徴されたといえます.これからも新たな企業や分野が 開拓される上でその専門性や学問としても必要性が出てくるのではないでしょうか. 今回,若手研究者をお呼びいただいたとのことで,どちらかというと私と同年代ぐらいの 方々が集まると想像していましたが,学生は私一人だったのでかなり予想外でした.しかし, 金丸先生のおっしゃっていた若手研究者の湊さんや蕭さんといった方々と話すことができたの はとてもよかったと感じます.発想や感覚が近いであろう若手研究者の方たちは近寄りやすい 目標であるし,何よりも話しやすさが“研究”をより身近に感じさせてくれました.長い目で 見るのではなく,直ぐそこの目標として未来の自分とイメージを重ね合わせることで,現実的 な目標が表れた気もします.「研究者は大変だ」と湊さんはおっしゃっていましたが,その反 面,自分の興味追究することができるものだと思います.湊さんや蕭さんは私が研究者になる という前提では話してくれていたようでした.方向性としては研究者も考えていますので,頼 れる先輩がいることには若手の方だけでなく,会議に参加された全ての方から触発されるもの 65 特集にあたって−台湾社会経済史研究会梗概−(金丸・柏原)
がありました.このような違う立場の人が多い場において,自分の考えが磨かれるのだと思い ます. 「まだ若い」と何人かの先学に言われた事を覚えています.学生というのは本当に幸せな身 にあるのかもしれません.いろいろなことができますし,限定されていません.気付いてさえ いれば,自分を変えることが可能な年代であるのだと思います.そのためにもこのような学術 交流の機会に多く参加することで,多様な方向性があることを知っていかなければならないと 思います.ともあれ,この会場において,自己の無知なる領域の広さを痛感させられました. (以上,柏原健太) * * 柏原健太君が卒直に表明した如く,学部学生や大学院生によって,議論が先導される段階に まで日常の研究会活動の高揚が見られれば,わが学園の知的生産能力は大幅に向上することで あろう.今後とも,こうした試みを継続して行きたいものだと願う. わたくしたちが主催した研究プロジェクトの「中国企業文化研究会」は,本 2007 年度を以 てひとまずの活動を終え,2008 年度中に研究成果を論文集として公刊する予定である.しか し,この時点で動きを停止させることなく,微力ながらもこの課題に力量を注ぎたいと考えて いる. なお最後に,お二方の台湾人研究者による報告・論文ともに,たいへん丁寧な日本語によっ てまとめられていたことを,特に附記しておきたい. (以上,金丸裕一) 66 『社会システム研究』(第15号)