償調訂
I =
.爾
,幽
地
章
遭
は じめに 保 育者 の養成校 の教 員が
,学
生 に,表
現 の視覚 的問題 について,な
にを どれ だけ どう伝 えた ら 良いのか,保
育者 と して過不足 の ない「表現へ の専 門知識」 とは, どこまでなのか,ま
た保育者 はそれ を保育の なかで どう生か し,ど
う考 えてい った ら良いか, しか も造形表現,視
覚表現 にな るべ く保育者 も楽 しみなが らチ ャレンジ出来 る よう,保
育 の造形,視
覚表現 の土 台,基
礎 となる 部分 につ いて考 えてい く。 そのため に,色
彩学,造
形原理 ・造形心理学,あ
るいは具体的 にペープサー ト,パ
ネル シア タ ー,エ
プ ロ ンシア ター な どの視覚表現技術 の考 え方や,演
出方法,絵
本,紙
芝居,な
どの視覚表 現,環
境構 成 と しての壁面 な ど保育 に直接 関連 して くる と思 われ る もの を取 り上 げる。 今 回は色彩 につ いて考察 す る。1
色彩 と保 育 平成16年 7月 の独 立行 政法 人 産業技術 総合研 究所 の「幼 児脳 の発達過程 にお ける学 習 の性 質 とその重要性 の解明」(研究代 表者 杉 田陽一)に
「色彩感覚 は生得的な ものでな く経験 によつて 獲得 され る ものであ る」,つ
ま り色彩感覚 は生 まれなが ら備 わっている ものではな く,特
に幼少期 の環境 や体験 の なかで培 われてい く,と
い うような研究があ る。 子 どもたちに,絵
本 を読 んであげ る とき,ど
んな絵本 を選 んで,ど
んな時 に,ど
んな風 に読 ん であげた ら一番 いいのだろ うか。子 どもと染め紙 を して遊ぶ と した ら,ど
んな色 の絵 の具 を用意 して,ど
んな紙 を どんな風 に折 つて染めた ら,よ
り楽 しいのだろ うか。子 どもの感性や興味 を痩 せ させ る ことな く,驚
きと楽 しみ に満 ちた時間 を ともに過 ご したい。子 どもたちには豊か な色彩 や造形 の環境 のなかで,様
々な体験,経
験 を通 して育 って もらいたい。保育者 の「仕事」 の中に, つ ま り子 どもとともに生 きてい くとい うことがあるな ら,こ
れ らの こ とをた えず考 えてい くこと も保育者 の仕事 なのだ と考 える。2
うさぎの眼 学 生 に「 ウサ ギ は,景
色 が どん な風 に見 え るんです か?」 とい う質問 を うけた こ とが あ る。NHKの
ドキ ュ メ ン ト番組 の「盲 目の テ ノール歌手 と盲導大」 の話 を した時の ことであ る。番組 で は,盲
目の歌手 と盲導犬 の歩行訓練 の場面があ つて,横
断歩道 の信号 の色 の読 み取 りが盲導犬 (ラブ ラ ドール レ トリバ ー)に
は出来 ないで戸惑 うのである。 レ トリバーは大の中で も頭 の良い種 類 らしいが,大
には人間と色覚が違 つて信号の「赤」 と「青」の区別が難 しい らしい とい うよう な話 をした時の話である (無論,頭
の善 し悪 しと色覚 とは関係ないらしいが)。 それか ら,こ
うい った話 に学生達は興味があった らしく, ミツバチはどうだとか,う し (闘牛の)は ,こ
うもりは, と知 っている事 をそれぞれ並べて話が拡がつていつた。そんな時に先の質問があった。「先生
,ウ
サギは眼が赤いですよね。やっぱ り赤 く見えるんです か。」眼が赤ければ,景
色はみな夕焼けのなかにいるかのように,赤
いサ ングラスをかけているか のように見えるのでは ?と いうのは,大
人にもこどもにも分か りやすい疑間である (答えは分か りづ らいが)。 こうした疑間にはい くつかの自分で出来 うるい くつかの対応策があるだろう。す ぐ 小学校の うさぎ小屋かペ ッ トシ ョップヘ飛 んでいって本当に赤いのか,そ
れは虹彩が赤いのか, 瞳子しが赤いのか,ま
た,自
ウサギが赤いのか,茶
色や黒やバ ンダうさぎもみんな揃 つて赤いのか, それ とも本当はうさぎの 目は赤 くないのか,Vヽろんなことがわかる。 また「視覚」 とか「色彩」 とい う言葉か らあたっていって もた くさんのことがわかる。「電磁 波」「波長」「網膜」「視細胞」「梓体」①などの言葉 を巡 りなが ら「L錐
体,M錐
体, S錐
体」 とい ったキーワー ドに繋が ってい くだろう。「とんぼのメガネは水色めがね」(一説では,と
んぼは周 りがみ どり色に見えるらしいが)と
いう歌 を頭 に思い浮かべなが ら,学
生の色彩学 (色彩生理学) への導入 として取 り上げるのも面白いか と思った。 これ らのことは色覚の数の話 (錐体の種類)な
ので,こ
こではこれ以上触れないが,考
えたこ とは「 ものが見えるとい うこと,様
々な色彩 を感 じることが出来る」 とい うことへの学生の興味 の引 き出 し方の一つの例である。ただそれを保育の場で「幼い子 どもたち」 に伝 えるのには,正
しい知識 を保育者が持 っているとい うだけでは保育には生か しきれない。 よく使われるたとえ話 か も知れないが,子
ども (幼児)の
「せんせい,雨
はどうしてお空から降って くるの。」 という質 問に,ど
う答えるか とい う問題があった。「水蒸気」 とか「引力」 という言葉 を使わず,子
どもの 「あめがふって くる」不思議 と興味にどう向 き合 うのか。,子
どもの言葉 をどう受け止めてどう繋 いでい くのか。「そ うだね。おひさまが雲 さんに隠 されちゃって,泣
いちゃつたのか しら。」 とい うや りとりが,子
どもとの会話 としてみごとに成 り立つのは,保
育者に生 き生 きとした興味 と健 全な知識 と穏やかなユーモアが必要であるだろう。 また,「こどもの疑問」ではな く「疑間に思 う 子 どもの心」その ものをまっす ぐ受け止めていける保育者の構えが,「育ちへの支援」の有るべ き 姿勢のひとつであるだろう。つ まり関心 をひ く導入 (計画)が
あつて,さ
らにその反応に正 しく 向 き合えるとい うことが保育者に要求 されるべ き要素のひとつに有 るだろう。3
三原色 また,こ
うした情緒的な感性の話 とは反対 に,一
方では学生の持つ「色彩・視覚などについて の豊富で正確 な知識」 も同時に要求 されるとい うことも見逃せないだろう:絵
の具 (色料)の
三原色 (Magenta 5R 6/14・ Cyan 7.5bB 6/10・ Yellow 5Y8.5/14マ ンセル
)を
知 らない学生,正
確 には間違えて覚え込んでいる学生が とて も多い。授業などで新 しい絵の具箱 を前 に,「三原色」
について質問 をするとそれは「赤・青・黄」 だと概ねの学生は答える。それでは「赤」 と「青」
を混ぜ る (混色
)と
何色にな りますか,と
いう間には「紫」だと言 う。三原色の「赤」が赤すなわち
5R4/14(金
赤)な
のである。 また「青」 もセルリアンを使 つて良いのかウル トラマ リン を使 って良いのかわか らない。そこでそれではと作 らせてみると,ひ
どく濁つた「紫」 を一様 に 作 り出すのである。 色料の三原色 を「赤 。青・黄」 と多 くの学生がそう思 っている (色彩学でい う赤・青・黄 と学 生のイメージする赤・青・黄 には違いがある)こ
との要因は様 々であろう。ひとつには,正
確 な 知識 を教わつていない,あ
るいは色光のそれ と混同 している,ま
たは学んではいない ということ ではないだろうか。学習指導要領 (中学校・美術)の
1学年の 目標及び内容では,A表
現の(3) イとして「形や色彩 などの表 し方 を身に付 け,意
図に応 じて材料や用具の生か し方などを考え, 創意工夫 して表現すること。」②とあ り,こ
のことはデ ッサ ンや レイアウ トの視点 と「色彩の体系 的理解」の教育 を指 していると思われる。つまり意図的に混色 し自由に表現で きることを目標 と 内容の一つに している。大阪の美術教育の研究委員会の「色彩教育の向上のために」(3)とい う 報告のなかで『中学校段階で扱 う題材は,体
系的理解 と併せたものが多い。典型的な流れは,は
じめに,「色相環」の理解 に併せて三原色 を用いた環のグラデーシヨンを楽 しみなが ら,色
相の移 り変わ りを確認 してゆ く。そ して「白」 と「黒」 を加えて,「有彩色」 と「無彩色」の違い,さ
ら に「明度」「彩度」の学習へ と発展 してい くとい うものである。』0とあ り,こ
の部分は色彩 を科学 として捉 えてい く上で重要なところである。 さらにそうした学習 を実際に困難にしている要因と して,授
業時間数の不足があ り「時間がかかるこの手法で指導するのは困難であ り,色
の体系的 理解の定着 には課題がある」 としている。 また高等学校では「美術」が「音楽」「書道」 ととも に,選
択 となるため中学校か らの系統性が途切れることも課題 として挙げている。 そのほかの要因 として私見 を述べれば,三
原色 (マジェンタ・シアン・イエロー)を
中心 に構 成 された「絵の具のセ ッ ト」が少ない ということがあると思 う。この3色では絵の具の堅牢 さに問 題があるのか,コ
ス トの問題 なのか小 さいチューブの3色
セ ッ トをつけた商品は知 つている し, ばら売 りで存在することも知つているが,セ
ッ トで整えられた商品はあまり知 られていない様 に 思 う。三原色 と「混色」の問題は色彩のイロハではないのか。4
三属性 三原色 を理解で きれば当然つ ぎは色の三属性の理解 ということになる。三原色は,三
属性のう ち,色
相環の理解,す
なわち三原色で色相のグラデーシ ヨン (平面の漸移)を
作 ることの理解 (スペク トルに赤紫を加え環 として考える)で
あるわけだか ら,こ
れに加えて明度,彩
度を理解す るということは,縦
軸 と横軸が組み合わさった理解,つ
まり色 を立体的 (色立体)に
把握すると い うことである。 三原色にばか り触れて三属性 に触れないのは,い
かにも片手落ちである。三原色の理解は三属 性の理解の入 り口であることを併せて考えれば,色
相環がイメージ出来なければ色立体が イメージで きないのは
,自
明のことであろう。少 し古い資料では昭和61年に和泉短期大学 (神奈川)で
福井昭雄 による色彩の理解 に関する学生の調査があって正解率は年々低 くなっているとの報告が ある。 また近年では先 に述べた大阪府の研究報告集録第121号の色彩教育研究(3)のなかで小学校, 中学校,高
等学校,の
現場か らの報告 として,(色
の体系で,三
原色や三属性が欠かすことが出来 ない重要な内容だと解 つていて も)美
術の時間数の減少のなかでその指導が困難になっていると の報告が されている。 色の理解 とは一般的に言えば,色
立体の構成の理解,そ
の色の組み合わせの理解,ま
たそのこ とによつて起 こる,さ
まざまな生理的,心
理的,あ
るいは視覚的感覚の理解 とい うことである。 デザインはその理解のうえでの「計画」である。色立体 (マンセルの方が彩度に無理が無 くて良 い とも思 うが)に
PCCSの
トーンを併せ持 った感覚があれば大抵のことには適応出来るであろう と考える。 たとえば色鉛筆で絵 を描 くとどうしてだれ もが失敗せず きれいに描けるのだろう (ドミナン ト) などということ,ま
たそ うしたことの功罪 も理解 されるのである。5
「肌色」 をつ くる 少 し昔の話になるが,ク
レヨンのセ ッ トに「肌色」がな くなっているのに気がついて,驚
いた ことがある。 この話 を広げると色の話 とい うより「人権問題」の話 になるのだそ うだ。 これは別 に,「茶色」 をつ くる,と
い う話で も良い。「茶色」 にして もそれは「緑茶」なのか「ウーロン茶」 なのか「紅茶」 なのか というような話に したがる人がいるのだが,語
源や差別の問題は本題か ら 離れるのでここではこれ以上触れない。あえていうならば,肌
色などは絵の具にはないのである。 小又光 によれば「肌色 なんて ものは無いんだ,肌
色にみせるんだよ」 とバ アー ン トアンバーだか シェンナーだかを,ジ
ンクで溶いて見せて呉れたことがあった。パ レットの上で作 られたその色 は,キ
ャンバスの上では驚 くほどきれいな「肌色」になった。16歳の私がバー ミリオンや レモ ン イエロー,パ
ーマネン トグリーンなどを苦労 して混色 した ものなどより,自
に茶 を混ぜただけの 色のほうがキャンバスの上では「肌色」だつたのである。いまにしてみれば画面での色の関係や バルールの問題だ と分かるがその時はまるで魔法のようでその見事 さに舌 を巻いた。 さて,な
ぜ ここで肌色 と茶色の作 り方の話 になっているか というと,こ
の2色
の作 り方が学生 によく聞かれることだからである。「茶色」 と「肌色」の作 り方が,あ
まり絵の具の扱いに慣れて ない学生にとって難 しいところらしい。このような初歩の混色に戸惑 う学生 を笑 うのは優 しいが, 実は多 くのひとが同 じような段階だといつて もいい。たとえば美術家の混色では黒 に黄 を混ぜて 「み どり」 をつ くる0。 黒 と赤 (ク リムソンレーキ)と
白を混ぜて「むらさき」 を作 った りするこ とに驚かないひとが何人いるのだろうか。(黒には少量の青が混入 してる場合があるのでそういっ た事がお こる。) ―-57-―「肌色 (日本の一般的な
)を
作 る」 ということで もうひとつ触れてお くと,学
生に肌色 を実際に 作 らせてみると,ほ
とんどの学生は実際の肌色 とは似て も似つかないきれいな肌色 を作 る。 これ を記憶色 とい う。 自分や人間の肌の色 を理想化 して記憶 しているのである。空の青い色 について も同様 なことが起 こる。 また最近は少な くなったようにも感 じるが,(茶
髪の流行のせいか)髪
の毛 といえば真っ黒に描 く学生が昔 はかな り見受 けられた記憶がある。髪 について も実は平安時代 より黒髪の「黒」 を 「緑の黒髪」「鳥羽の玉藻」「烏の濡れ羽色」「青糸の髪」「翡翠の髪状」などと繊細で趣のある表現 がなされていた。慣用色名,系
統色名など色 には名前がある。俗 に「四十八茶百鼠」 などといわ れるように日本では江戸時代 に色彩 に様 々な工夫 を施 した。「奢修禁止令」(しゃしきん しれい) に対 しての庶民の抵抗 だつたのだが,そ
れにしても実際にはどちらも「百」以上の茶や鼠 を考案 しさらに洒落た色名 をそれぞれにつけている。利休鼠,薄
雲鼠,鶯
茶,梅
香茶.……。庶民の衣服 にはわずかに「茶色」「ねずみ色」「納屋色 (紺色)」 の3色
しか,お
上が許 さなかった時代 に,実
に豊かで繊細な色彩への関心が読み取れるのである。6
混色の実際 私は多 くの学生たちは三原色 をしっか りと把握 していないのではないか,と
いうことを問題 と している。基本の3色
(マゼ ンタ・シアン・イエロー)で
ある。この3色
を「赤・青・黄」 と訳す ことにも問題があるのだろう。3色
を「赤紫」。「黄」。「緑みの青」 と言い換 えて使用 しなければ 永遠に理解出来ないのだろうか。一般の「赤」 にはマゼ ンタ100に対 して78ほ どの黄が混入 して いる0。 これにた とえば「コバル トブルー」(3PB 4/10)を
混ぜて「紫」(7.5P5/12)を
作 ろう として も,そ
れはどうして も減紫 (けしむらさき5RP 3/2)の
ような色があ らわれる。夏,色
水づ くりを子 どもたちと楽 しむ,あ
るいは染め紙あそびを楽 しむなどといった際にこうした知識 をもとに指導 を組み立てていかない と,魅
力 も驚 きも楽 しみ も半減 してい く (作る色が どんどん 濁 つてい く・ ミュー トカラー)だ
ろう。 無論,幼
児期の色彩指導は「色 を楽 しむ」 とい うこと,「色 とあそぶ,絵
の具 (色材)を
楽 し む」 ことに本来,ね
らいや内容があるわけだか ら,色
の名前 を覚えさせた りすることが目的では ないのは言 うまで もないが,「色 を楽 しむ」そのことの興味 を深めた り,感
動 を高めた りするに は,保
育する側 に「基本的で正確 な知識」は当然必要になって くるだろう。 子 どもの好奇心 を くす ぐり,不
思議 を大切 にするためには,行
き当た りばった りの偶然にたよ るばか りではこころもとない。たとえば「スクラッチ」 を楽 しむときクレヨンをどこのメーカー の ものを使 うか,べ
んてる,サ
クラ,三
菱, とんぼあるいはダイソーなど画材の研究 もおろそか に出来ない。 三原色 を中心 に構成 された絵の具のセ ッ トがあまり見受けられないことを考えれば,セ
ッ トとは別に三色 を購入するか,号Uな考えで体験することになる。つ まり色相環上の三原色が実際に手 元にないわけだか ら
,も
っといえば完全な白も黒 もこの世の物質にはないようにシアンもマゼ ン タも厳密で完全な原色 とは言い切れないのだか ら,こ
こにあるもので代用 して考えてい くとい う や り方 (鈴木輝責 。1998)0で ある。(ちなみに理想の白に最 も近い ものが酸化マグネシウムの粉 末,理
想の黒 に一番近いのは,漆
の黒。) つ まり理想の三原色の色相環上の点に最 も近い「右側の色」 と「左側の色」 を現実 に絵の具箱 のなかか ら選び出す とい うことである。 黄 赤 青 右側 レモ ンイエ ロー カ ドミウム レッ ド セル リア ンブルー 左側 カ ドミウム イエ ロー ク リム ソンレーキ ウル トラマ リンブルー (色名 はホルベ イ ン社) た とえば,市
販 されている「青」の領域の絵の具では,赤
系の青 (ク リムソンレーキなどを成 分 に含んだ色)と
してウル トラマ リンブルー,コ
バル トブルー,バ
ヂ ターブルーなどと,黄
系の 青 (レモ ンイエ ローな どをその成分 に含んだ色)と
してセル リアンブルー,コ
ンポーズブルー, ブルーグレーなどがあ り,混
色 を学ぶ時にはそれ らの絵の具の特質を使い分けることが大切 にな るというのである。 このようなことは「絵の具箱」 に三原色がセ ッ トされてお りさえすれば,す
ぐに解決 されるよ うなことなのだろうが,こ
の為 に「紫」 をつ くるのに赤は「クリムソンレーキ」青は「ウル トラ マ リンブルー」 を選ばなければきれいな混色が出来な くなるのである。 さらに絵の具の持つ性質 と,実
践的な混色の例 を挙げてお くと「茶色」は,(オ
レンジ十ブラッ ク)で
分か りやすい混色の例 になるのか も知れないが,ほ
かにも色彩 を職業 とする人たちの間な どでは驚 くような方法の混色がなされ,「茶色」 に深みがあたえられる。 補色か らブラウンを作 る0 1。 (ウィンザーバ イオレット+カ
ドミウムイエロー)2.(カ
ドミウム レッド+カ
ドミウムグリー ン)3.(カ
ドミウムレッ ド+ビ
リジャン) 原色か らブラウンを作 る1.(フ
レンチ ウル トラマ リン十カ ドミウム レッ ド)2.(フ
レンチ ウル トラマ リン十イエ ローオーカー)3.(レ
モ ンイエ ロー十ア リザ リンク リム ソン) ― -59-な ど色彩 を理解 してい くと (むらさき+き い ろ
=ち
ゃい ろ)な
ど色彩学 にない驚嘆す る ような式が 成 り立つのである。 たとえば画家 コローは,美
しいグレーの色調で描いた風景で多 くの人々か ら愛 され賞賛 される が,そ
の深い灰色の トー ンは,単
に「ブラック」 と「ホワイ ト」 を混ぜただけで出来ているよう なものではないのである。7
もの を見る目 (葉っぱの話) 私たちが色彩 を学んでい く上で,た
とえば「色面構成」か ら始めるにして も「ファッシ ョンコ ーデ ィネイ ト」か ら理解 しようとするに して も,あ
る場所か らは系統的に理解 していることの必 要性 にせ まられる。「明る く楽 しい保育室」 といつた課題があれば,そ
こには当然「明るい」だと か「楽 しい」だとかに生理学的にあるいは,さ理学的に裏付けられた色彩計画が必要になって くる。 またそれ以前 に,色
彩 は物理学で もあるのでさらに色 々な要素がかかわつて くる。 「ものが見える」 ということの案内を,「赤い りんごが有 ります。」 というような事か ら色彩検定 などでは学んでい く。昔の「色彩学」などではい きな り物理学,生
理学だったので,ず
いぶん と 取 りかか りやすい。 この視覚現象の三要素 (光・物体・目)か
ら電磁波 (特に可視光線380nm∼780nm)の
話 にな リスペ ク トルの話 になってい く, とい う具合である。 保育 をするうえでこうした知識が必要か どうかは,意
見が分かれるところか も知れないが物体 色 (例えば紙芝居)と
光源色 (例えばテ レビジ ョン)の
違いを知るだけで も保育の展開は違 つて くるか も知れない。黄色い色水 と青い色水 を混ぜ ると緑 になるなどという混色 も,ふ
んわ り浮か んだ雲が自 く見 えるの も,夕
焼けの景色が一面 にあかいの も,雨
上が りに七色の虹がかかるの も 保育士 さんたちには知 つていて欲 しいことではある。 このことはやがて「世界はどうなっている の」 とい うような子 どもたちの「根源的な不思議感」 に結びついて くるように思 うか らである。 しか し現実にはあまりにもわた したちは ものを知 らない。色彩の知識だけでな く,身
近な知識 ではたとえば大根の「葉 っぱ」のことも知 らない。たとえば有名な「ダイコン・にん じん・ゴボ ウ」の3人
(?)が
お風呂に行 く話。紙芝居 に作 らせてみるとほとんど全滅である。特 にごぼう の葉 つぱを知 る学生は少ない。学生の無知 を嘆いている訳ではない。時代 も生活 も違 つているの だ し,一
概 に学生のせいばか りだ とは言 えない。 しか し「知 らない」 ことに「引つかか らない」 「転ばない」 ことに本当の問題が有るのではないだろうか。 ものごとはこういった些事からな りた っているのではないのだろうか。絵 を描 けば,朝
顔の葉 っぱもひまわ りの葉うぱ も同 じである。 保育者の役割 に「父兄への育児指導・育児相談」 まで求められている時代 に,あ
まりにも′亡、配で はないだろうか。いま一体 どの ような時代 にわた したちは立っているのだろうか。いま,保
育者 も保護者 もあ まりに知識が痩せてはいまいか。 壁面構成などで,畑
に育つ ダイコンに葉 っぱが付いてない。スーパーで売 られているあの葉 っぱがカッ トされたダイコンがす くす くと畑 に育っている。注意力の話である。
8
子 どもの絵の具遊び ここでは,子
どもの造形遊 びについて触れてお きたい。 まず,子
どもの色遊びで代表的なもの はたとえば「色水遊び」や「ボデ イベインティング」だろうか。近年 この遊びは「時間がないか ら」「汚れると困るか ら」 とい う理由で,子
どもに遊びを通 して学びを獲得 させる機会が どんどん 減 っているのではないか と危惧 されているという。そ してこの危惧はあながち的外れのことでは ないようだ。「フインガーペ インテ ィング,ボ
デイペインテイング」 を例 に考えてい く。 「色水遊 び」 も「ボデ ィベインテ イング」 も季節的には夏場の ものである。「染め紙」 なら季節 的にもう少 し幅が もてるだろう。場所 (環境)的
には,「プールサイ ド」が好 ましいというが,あ
とで絵の具 とでんぷんの りだらけの子 どもをプールで一度に洗 つて しまお うという発想が どこか にあるらしい。 まずは,「ボディペインテイング」用の絵の具づ くりか らということになる。まず ここで「小麦粉」 を選ぶか「片栗粉」 を選ぶか とい う選択 を迫 られる。 もっと言えば実は選択は 二者択一ではない。業務用でんぷんの り, とかボデ ィソープに絵の具 を混ぜて,な
ど色々考えら れているようだ。話が拡が りす ぎるので「小麦粉」 と「片栗粉」 に戻すが, どちらで作 つた方が 良いか というと悩 むところか も知れない。 まず肌触 りという点で好 き嫌いのあるところか も知れ ない。わか りやす くい うと,「レス トランのカレー」 と「おそば屋 さんのカレー」の違いである (カレー粉の代 わ りに絵の具が入ると考えると分か りやすい)。 小麦粉か片栗粉のどちらかを水で薄 く溶いて火を入れる。「ダマ」 を作 らないように丁寧にとろ みをつけてい く。 小麦粉で作 つた人はここで「食物 アレルギーの問題」 に関わつて くることにも注意 しなければ ならない。面倒 なのである。それをそのまま使 えば火傷 をするので,量
にも依るが1日冷ました 方が よい とい う意見 もある。夏は思ぃがけず これが冷めないのである。 また, 2歳
くらいまでの 子 どもは,絵
の具入 りの材料 を口にすることがあるので,注
意が必要だ。それで絵の具の変わ り に食紅 を使 った ら,と
い うことになっている。 まあ食紅で も反対意見 を出す人 もいるようなので (食べる事はボデイペインテイングの場合 もちろん前提ではないのだが)な
かなか気にすると注意 が必要だ。 これ とは別だが「スライム」なども無害ならどんなにか楽 しく遊べ るだろうと思われ るが残念である (はな しは戻るが,調
べた ところ「食紅」で「三原色」 を作 ってセ ットにして販 売 している会社があつた。 また食紅が無害か どうか もここで論 じているわけではない)。 さてつ ぎに保育者は,保
護者に「ボデイペ インテイング」の目標,ね
らい,内
容 をお知 らせ し なければならない。問題 は汚れるということ,落
ちない とい うことである。 まず準備 として子 ど もはパ ンツ1枚か汚れて もいいシャツの上下 ということになる。髪などにつ くと「カペカペ」 に なってこれ も落ちに くい。今の絵の具は染料が入っているのでなおのことである。つ まり体 につ-61-いても下着 について も「きれい」 には落ちに くいのである。このことを保護者に負担 になること を理解 して貰えない と「色 と楽 しく遊ぶ」 には行 き着かないのだとしたら