登校拒否―神経症性不登校―に対する
治療者の役割と担任教師の役割
The Role of the Therapist and the Role of the Teacherin Curing School Phobia
吉川眞理
MariYOSHIKAWA
「登校拒否」という語が特に教師に対してある脅威を感じさせる問題が指摘され,本論文では「神 経症性不登校」と記述する趣旨が述べられた.この「不登校」が,適応の概念から消極的な外的適応 の破綻から消極的な内的適応に陥った状態として説明された.これに対する治療者の役割は「見守る」 ことで基本的な安全感を保障し,硬直した自我機能に「遊び」の要素を導入することで自我の再構成 へと向かわせることである.そこで消極的な内的適応が積極的な内的適応に転じて,不登校状態を人 格の本質的な成長の契機とすることができる.この治療者役割は,しかし本来の担任教師の役割と相 容れない性質を持つ.担任教師はこれらの過程の進行を待ち,再登校に向けての配慮を続けることが 求められる.この配慮が長期欠席からの復帰には不可欠なものとなる.不登校児に対しては,この治 療者役割と担任教師役割が分担され相補的にはたらくことが望まれる. キーワード:登校拒否(神経症性不登校),適応,心理療法,治療者の役割,担任教師1 「神経症性不登校」について
日本では神経症的な葛藤を背景に持つ不登校が治療機 関にあらわれ,文献上で扱われるようになったのは1960 年ごろからである.さらに,この現象が増加して教育現 場で目につくようになってきたのは昭和40年代後半とい われている,もう少し早くこの現象がみられた米国では, 神経症の一タイプとして「学校恐怖(School Phobia)」 と診断名がつけられたが,日本では1970年代から「登校 拒否」という名称が広まった. もともと,この名称が疾患名でなく状態像を示したも のであり,日常語としてあまりにも広くゆきわたったこ とで,ある種の具合悪さを感じている臨床家は多いよう に思われる.たとえば「登校拒否」という名称にとらわ れてしまうと,親や教師は,子どもたちは「学校へ行き たくない」のだという理解に導かれやすい.実際には, 子どもたちは,体の具合が悪いと訴えたり,学校へ行か ねばならないと思いながらどうしても行けなかったりす る.中には「学校へ行きたくない」と口に出す子どもも いるが,彼らですら学校へ行っていない自分のことを不 本意に感じているので,子どもの側から見れば「学校へ 心理学教室 行きたいけれど,行けない」というのが実感に近いだろう. さらに悪いことは「登校拒否」という名称が教師に対 してある種の脅威を感じさせることである.担任してい る子どもが登校しなくなったのは「学校(担任の私)を 拒否している.こちらに落ち度があったのだろうか,嫌 われたのだろうか」という思いを抱かせる.誰でも,相 手が自分を嫌っているかもしれないと思うとき,その相 手に会うのは気が重い.それでも,電話をかけたり,家 庭訪問をして誠意を込めて励ましてみる.だが,子ども はあいかわらず登校できない.するとこんどは「何が気 に入らないのか?こちらはこれだけ心配しているのに.」 と腹が立ってくる.そのうえ「A先生が担任になったと たん,“登校拒否”だ」という同僚の声は,教師として の自己評価を揺るがすように響いてくる.たくさんの症 例にあたる現場では「登校拒否」の本質もつかみやすい. しかし長い教職歴の中でもそれほど多くの症例に出会う わけではない教師は,まれな出会いだけに,「登校拒否」 という名称に幻惑され,その子どものありのままの姿を とらえる目も曇ってしまいがちである.このように「学 校へ行きたいけれど,行けない」という子どもの葛藤が, 「登校拒否」という名であまりにも一面的にとらえられ たために,その子どもに対して本来教師がなしうる有効 なはたらきかけが損なわれてしまうように思われるのである. 教育実践の基礎となる臨床心理学的アプローチをめざ す本稿においては,神経症性の葛藤を背景にもつ不登校 を「神経症性不登校」として表記するようにつとめてい る.これは,身体的な病気や経済的理由,家庭的理由 (家庭崩壊,放任)などの理由によるものを除いた,主 に心理的要因による長期欠席(不登校)をさしており, 「登校拒否」と呼ばれているものと同じものと考えてさ しつかえない.客観的な状況の記述である「不登校」と いう語だけでは,前述の身体的,経済的,家庭的理由に よる不登校まで含めてしまうので,あえて「神経症性」 と付け加えることとした.
ll 適応概念から見た神経症性不登校
学級のなかである子どもだけが登校しなくなると,教 師には「なぜこの子が?」と素朴な疑問が感じられる. それまでは,学級内でそれほど目立たない,地味な子ど もであったかもしれない.結構楽しそうに友人の輪に溶 けこんでいるように見えたかもしれない.とくに教師の 手をわずらわせることは少なかったと思い返される.小 倉清は「学校へ行かない,行けない」子どもに共通する もともとの性格は「素直でおとなしく,いわゆるいい子」 としている1).子どもは本来,自己中心的で,思いやり なく,手に負えなくて,甘えるものなのに,それが「い い子」であったこと自体が問題なのだという. このことは,適応を外的適応と内的適応および積極的 適応と消極的適応に分けて考えてみるとよく理解できる. (表1)「いい子」は,それまでの学校場面で消極的に外 的適応していたが,一方で内的適応はおろそかにされて いた.そこで,今度は内的適応重視に転じた状態ともい える.消極的な内的適応は自分自身の変化を拒み,現在 の自分自身を大切にしようとするもので,外界との摩擦 や軋礫から身を引こうとする.それは,現実逃避ととら えられる.このような状態について,笠原嘉は,無気力 反応が顕著な「退却神経症」という新カテゴリーを提唱表1適応のさまざま
積極的適応 ヤて。,(現実にはた・きかけ・・ 外的適応 消極的適応ヌて。く(順応的)
内界を マ極的適応 鴛マ革、て。く(人格の変容・成長) 内的適応消極蹴
援lて。、・わがまま・放縦・ している2).この無気力,退却反応は登校拒否の一部の 症例にもあてはまるものであるという.笠原の臨床例に おいては青年期後期(17歳以降)及び成人について報告 されているが,強迫的な性格,アイデンティティの葛藤 と進路喪失を背景とした学業(本業)からの部分的退却 をその特徴とする.その退却は巧妙な防衛機制として機 能しているので,本人は葛藤と直面することなく神経症 的不安と無縁で過ごすことができる.しかし,その間の 自我は「円環運動」(堂々巡り)で変化のない状態が続 く.この円環運動からの脱出は,成熟によってはじめて 可能となるものとされており,退却や円環運動自体は発 達や成熟を回避した状態ととらえられている. 一方,山中康裕は,このような引きこもりについて思 春期に特有な〈内閉(Seclusion)〉と名付けている3). Seclusionという語は徳川時代の鎖国を意味する言葉で あるという.そこには外なる世界との交流を最小にとど めてその関わりに割くエネルギーを節約し,もっぱら内 的な成熟と構築にとりくみ,アイデンティティを獲得す るための準備期間とするという意味合いが込められてい る.診断的な観点からいえば神経症水準であるが,神経 症に特有な葛藤があまり覚知されず,家に閉じこもると いう行動がとられる.また,治療的な観点からいえば, この内閉を変容に不可欠な繭蜻の時期として守ること が重要であるという4).山中の述べる内閉は,先の適応 の図式にあてはめれば,積極的な内的適応にあてはまる ものであろう.すなわち,外なる世界と調和のとれた関 係を保つことに失敗した自我が,エネルギーを貯え,自 身を変えることによって,この行き詰まりを打開しよう とするのである. このように,適応の内的一外的,消極的一積極的とい う二面性に着目して考えると,これまで「不適応」とさ れてきた行動が,決して「適応していない」ことを示す のではなく,裏返してみれば,それも「適応」のひとつ の在り方であることが見えてくる.また,積極的適応の 場合はさらに逆説的である.適応の進む過程で当初うま く調和していなかった外界あるいは内界が姿を変えてし まう.外界を変えていくことは現実改革であり,歴史は その繰り返しに他ならない.ここでは,学校という場も 社会の変化や事件,教師,生徒の一人一人のはたらきか けで変容しつつあるものであることが指摘できるだろう. 一方内界,すなわち自分自身の側を変えてゆくことは, 自己否定でもある.それは今現在ある自我の死といって もよい.だが,その過程こそ新たな自我の誕生であり, 人格の変容であり,子どもにおいては発達の過程そのも のである.それは,教育のめざしているところでもある. こうして不登校も,その積極的な側面を十分に展開することができれば,発達の停滞ではなく,むしろ基本的な 潔よ圭え⊃∫早ミ佳セヰ十之.主刀櫨)オnzアL力亮台言田Lア七∼エナ’h /Ule e 囚LN±V L:・7J JI〈’IhX L d」e■J 一 L ¢ JM rv UJ) L 蝿) cs’一V ◆
皿 神経症性不登校の背景にある心理的葛藤
学校へ行きたくても行けない子どもたちの心理的葛藤 について,多くの臨床家がその治療実践より理論化を試 みている.表2は,熊代らの展望5)をもとに,いくつか 表2 登校拒否の症状形成論 分離不安説 家から、とりわけ母親からの心理的 (ジョンソン) 物理的距離がとりにくく登校できない。 自己万能感脅威説 自己を過大評価し、非現実的な自己像を (レーベンタール) 持っているため、現実の学校状況で脅威 にさらされ、自我像を維持できるような 状況に退避する。結果としての母子結合 場面回避説 完全主義的。失敗への恐れ大きく、学校 (高木隆郎) 場面で心理的圧力や不安を感じ家庭に 逃避。 抑うつ不安説 児童期うつ病の代理症状としての (アグラス) 登校拒否。背景に抑うつ的不安がある。 両性葛藤説 i小此木、山中)釜翫禦華券零諺ぎ勇4控要事難
らしさに葛藤があリ同一性拡散している *熊代らの論文における分類を表化したもの。簡略化してあるので 元の論文著者の意を十分に尽くしていない点もある。 の仮説の概略を簡単にまとめたものである.それぞれの 仮説は,いわば多くの事例の共通項をとりだしたもので ある.筆者の神経症性不登校事例に関する臨床経験(大 学内心理教育相談室,心療内科併設カウンセリングルー ム他)でも,それぞれの仮説によくあてはまる事例がそ れぞれあり,どれが最も適切かということは決めかねる. 普遍的な理論化がめざされた仮説ほど,どの症例にもあ てはまるという感じがするが,かえって特殊な仮説の方 が特定の症例について非常によくあてはまっていると感 じられる.ただし,それを一般化することはできないの である.筆者の経験した事例を,いくつかの群に分けて 類型化し,教師の視点を中心とした臨床的な印象と,教 師に望まれるかかわりについて簡単にまとめてみると, 次のようになる. 神経症性不登校の類型 ①分離不安型;主に小学校低学年にみられる.母子共に 分離不安強く,子どもが集団場面になじみにくい.母親 の側に子供に対する強い思い入れがある.教師が積極的 に母親と出会い,母親の信頼を得ることで,母親も安心 して子供を学校に見送ることが出来るようになる.子ど もと母親の距離のなさを非難したり子供を母親から引き 離そうとする動きは逆効果になる.母親の送り迎えや参 観も受け入れ,母親の信頼を得ながら子供にはたらきか けていく配慮が求められる. ②依存抑うつ型;家族の不和(両親間,母一祖母など), 緊張,病人の発生,とりわけ母親の心理的動揺に敏感に F庁} 、r\拓n) ∼ キX・’7 フ、 日」ヨ1“ 7 湛 プ 文百≠召」、ミff盲ノ ノ.X.IJV), ’Lt’NLしノ, ⑳(ご (ゴL. a)e 14」し/L V 「). 屠只[二〃メ芯\ なったり,食が細くなる.心配ごとが解消すれば回復す る場合もあるが,動揺の期間が長すぎると,基本的信頼 感もゆらぎ,抑うつ感が顕著な不登校となり長期化する. 家族が動揺しているあいだ,本人に対するケアがうすく なっており,依存欲求強くなる.教師がこれに応え,学 校場面で安定した支持を提供したい. ③万能挫折型;本人の自尊心を傷つけた「事件」が引き 金になりやすい.ふだんから目立ちたい性格が表に出て いる.万能の自己を夢見ていたが,現実にかなえられな い.そこで劣等感にさいなまれつつ「勤勉」に努力する はずのところを回避してしまう.現実場面である学校か らも逃避してしまう.本人の自尊心は大変傷ついている ので,何か一っでも本人の抜きんでたものを見つけ,十 分に評価すると転機となる. ④過剰適応型;他者に非常に気を遣い「よい子」ぶる. 教師から見ると優等生であったり,目立たなくても友達 とうまくやっていたりするが,実際は過剰適応で,ある 日突然,疲労感を訴え,実は無理をしてきて楽しくなかっ たと告白する.繊細な感受性が特徴.心身症を伴うこと も多い.「よい子」の仮面をはずし,本人が素直に自分 の感情を表現できるようになるためにはかなりの時間と 努力を要する.教師は,発症前の「よい子」を高く評価 し元に戻ることを期待しがちだが,むしろ「よい子」で ない本人をも認め,受け入れる構えが必要である.登校 刺激は,本人の負担となりやすいので慎重に. ⑥競争回避型;几帳面さが特徴.どんな課題も完壁にこ なそうとするが,細部にまでこだわるので要領よくいか ない.目標,理想が高いので結果にはいつも不満があり 劣等感,敗北感にさいなまれている.ついには無力感に とらわれ競争,評価の場面である(と本人が思い込む) 学校から退却する.しかし,学級から取り残されたとい う焦りも強い.プライド高く,思いどおりに進まないと 自棄になってしまうもろさがある.長い目で見れば「評 価」にこだわらない幅の広さを養う必要がある. 実際には,これらのパターンが重なりあっている様相 の症例が多いように感じられる.従って教師に求められ る配慮も,臨機応変にこれらを組合せたものとなる.ま た神経症性不登校のすべてがこのパターンのいずれかに あてはまるものでもない.本類型は筆者の臨床経験に照 らしながらの類型化であり,まだ完成途上のものである. 子どもに向かうときには,類型にとらわれて子どものあ りのままの姿を見失うことがないように心しなければな らない.類型が子どもを理解する際の手がかりの一つとなることが望ましいと思われる. 上記の類型を従来の症状形成論に照らし合わせてみる と,分離不安型に関してはジョンソンの分離不安説,依 存抑うっ型に関してはアグラスの抑うつ不安説の一部, 万能挫折型に関してはレーベンタールの自己万能感脅威 説が比較的よくあてはまる.また過剰適応型,競争回避 型に関しては高木の場面回避説を発展させた「失敗を許 さない理想我」説6)や黒川7)の指摘する超自我優位性 があてはまるように思われる.その背景には小此木8) や山中9)も指摘するような性同一性獲得の困難さもう かがわれる.また,発症年齢に関して言えば,分離不安 型の典型例は小学校低学年が中心で,就園時も含めて初 めて集団に入るときに多く見られる.依存抑うつ型は小 学校全般に,万能挫折型,過剰適応型,競争回避型は小 学校高学年以降に見られる.とくに,競争回避型は高校 生,大学生の退却神経症にもつながるものである.
W 神経症性不登校に対する治療的かかわり
一その1一見守り
前章でみられたように,神経症性不登校においてみら れる心の葛藤はさまざまである.その内的世界において 子どもの存在を脅かすもの(葛藤不安)があるとき, 子どもは外的世界に積極的に取り組むことができず,退 却して,引きこもる(内閉)ようになる.そうすること で,かろうじて心の安定をはかっている.すなわち,登 校しないことによって自我を防衛しているのである。あ る町で,外見は近代的であるにも関わらず地震がくれば 崩れてしまう危険のある建物があれば,その建物は幕で 蔽われ,その内側で補強工事が行なわれる.不登校とい う症状は,その幕のようなものであり,一時的な建物使 用不能状態だと考えてもよいだろう.不登校に限らず, あらゆる神経症の症状,さらに精神病の症状が自我を防 衛する目的で形成されたものという理解に立てば,この 症状を性急に取り去ることは避けられねばならない.そ して,多少の回り道であるように感じられても,最終的 にはそのような防衛を必要としない自我を育てていくこ とが根本的な治療となる. 子どもの心理治療において目指されていることは,子 どもの心理的成長,自我の発達に他ならない.これまで のパーソナリティで乗り越えていけない状況が出てきた ので,パーソナリティ自体を変容させていくことが求め られるのである.神経症状態は,ある人がぎりぎり追い 詰められて,不本意ながらも最後の手段として,パーソ ナリティそのものを変容させることを選択せざるを得な い状況ともとれるのである.不本意というのは,それが 結果として成長,発達として祝福されたとしても,当人 にとっては,これまで生きてきた「自分」を捨てねばな らない苦しさがともなうからである.たとえば不登校に 関していえば,就学したり,転校したり,クラスが変わ る新学期,あるいは思春期のはじまり(小学校高学年), 青年期前期のはじまり(14歳一中学校2年ごろ)といっ た外的世界や内的世界に変動がある時期に多発するのも, 変化に対応してゆくこと自体,ある程度の心理的エネル ギーが求められることに加えて,これまでの「自分」で はその変化にどうしても対応していけない場合に,「自 分」すなわち自我の変革を迫られるからではないだろう か.このように見ると,不登校は,その子どもの古い自 我がいったん解体され新しい自我の誕生の必要性が高まっ ている時期におこり,その好機であるとも言える.治療 者の仕事の中核部分は,そのような不登校の子どもたち がその困難な作業に取り組むときに,その作業の困難さ を理解しながら傍らで見守ることであろう. この見守りは,過剰な方向づけや,無用な干渉や,自 己中心的な心配に陥っては台無しになってしまう.しか も,客観的な「観察」でもない.非常に微妙な関わり方 である.この関わり方のある側面は植物の世話にたとえ られることも多い.園芸をよくする人は,植物の表情を よく読取りながら,ある季節は外気や陽光にあて,ある 季節は必要な蔽いをつけてやる.そして必要な時に必要 な量の水や肥料をあたえるのである.特殊な不登校事例 であるが,筆者が治療にあたった周期性嘔吐症の10歳男 児はその遊戯療法の場面で「花,水やりすぎたらどうな るか?腐ってしまう.」とひとり問答をつぶやいた.1°)両 親は,彼をかわいがり,期待をかけ,厳しく躾けようと してきたのだが,懸命なその努力が,彼自身の生命力を 嘔吐(与えられた食物の拒否)という症状の形成に向け させることになったのである.しかし,嘔吐のため水分 も摂取できず,点滴されて車イスの彼の姿は両親や医療 スタッフの絶対的な保護を必要としていた.遊戯場面で も,治療者が準備したバスタオルにくるまり,治療終了 後もこのバスタオルを持ち帰ると主張した.彼は症状に よって赤ん坊と同じように,一方的に大切にされ,世話 をしてもらうことができたし,彼自身そのことを欲して いたのである.彼は十分に世話をされてきたのに,その 世話はどこかでその方向が曲げられてしまい,彼の自我 を育む力になってこなかったように思う.彼が痛烈に拒 否したのは,そんな両親の養育であったが,同時に切に 確認しようとしたのは養育の根底に流れている両親の愛 情であったのではないだろうか. クロッパーは,自我機能発達の図式において,自我の エネルギーは,乳幼児期の早期より体験される基本的安 全感をその母胎としながら①確かな現実吟味を基礎として現実へのはたらきかける機能,②他者や自己の内面と 后覧’陸為∫平六六〉吉為但仁 z〆ハ棲洛芸白hノ十匡全力⊃蛛ムオz幽台旨 心旧elfノ人り1‥γドソ,9∨ノ旧帽μ」γ十、ひ△肌コフ’∂慨口し, ③現実や超自我の圧力,内的衝動のたかまりによって高 まった自我の不安を軽減させる防衛機制,の三方向に流 れることを示しているll).不安の存在によって,この三 方向がそれぞれ促進されるが,自我の防衛機制,すなわ ち神経症の症状形成に心的エネルギーが偏って流入して いる状態では,現実吟味や情緒的統合性が相対的に低下 してしまう.不安が強すぎるときや基本的安全感が保障 されないときに,その傾向が強くなるという.基本的安 全感が保障されてこそ,自我機能の健康な発達が望まれ るのである.エリクソンの自我同一性の発達を示したグ ランドプランの図式においても,これとよく似た概念が 示されている.最も早期の乳児期にその端を発する「基 本的信頼/不信」の葛藤が,それである.ここで見逃さ れてはならないのは,「基本的信頼/不信」の葛藤を経 て体験された基本的信頼は自我同一性の基底となり,ま た,その葛藤は乳児期に終結するわけでなく,一生涯存 続するとされていることである.乳児期に限らず,心理 的な危機状態において基本的な安全感,信頼感を供給す ることの重要さがここにある.神経症傾向を持つ不登校 児に関わる際に,求められる「見守り」とは,この基本 的安全感,信頼感を体験させるものでもある.これによっ て自我が防衛機制で硬化している状態をほぐし,その心 的エネルギーを新しい柔軟な自我の成長にふりむけるこ とができるのである. また,たとえ「防衛機制」であろうと,すでにある状 態を「ほぐす」ことは,「緩め」「崩す」ことである.自 我は一時的に非常に傷つき易い,またあらゆる可能性を 含んだ未分化な状態,一見すると幼い状態にたちもどる. 自我の再構成のために必要なこの状態を,クリスは「創 造的退行」と呼んだ12}.特に自我の発達途上のこどもた ちに対しては,この時期に基本的安全感を確保すること が重要なことである.子ども達はこの安全感の支援を得 て退行を自我の再構成につなげてゆくのである.
V 神経症性不登校に対する治療的かかわり
一その2一遊び
不登校の子どもたちは,学校場面から引きこもる.親 や教師からみれば,まず学習の遅れが気になる.小学校 高学年以降の不登校の場合,特にそうである.自宅で教 科書でも広げてくれればいいと思うのだが,残念ながら このような期待は裏切られることが多い.彼らが,教科 書を手に取るようになれば,それは再登校も間近という サインである.裏を返せば,不登校のまっただなかにい る子ども達は学校だけでなく,学習からも距離をとろう とするのが一般的なのである.彼らは,学習机から離れ ア t.y与i“‘se7ue m巳且目マ訂司力・づ一Z−7:・ }.たノ1#“ム9)h L , ’一 L /しVd7JNIJワY∨ノノロ|口」 L |←J (1 フ ゜el 、 U dk 、 Y(*r) 、 ソ, ゆったりと時を過ごす.親にとって,この時期が,不登 校が始まって日が浅いこともあって,最も強く焦りや苛 立ちを感じさせられる時期である.思い余って,通信教 育や内職などの課題を与えられることもあるが,子ども 自身が乗り気でないので続かない.また,親が焦る気持 ちをストレートにぶつけて,叱ったり,急き立てたりす ると,自室に閉じこもったり,場合によっては,怒りを 爆発させ,物を壊したり,親に暴力をふるうこともある. 親面接では,親の焦りや苛立ちをもっともな感情として 十分に聴き取りながら,それぞれの子どもにとって,現 在の「不登校」がどのような意味をもつものであるかに ついて話し合いを進めてゆく.この意味は,これまでの 子どもの在り方,あるいは子どもをとりまく家族の在り 方に潜在していたある偏りが,子どもの「不登校」によっ て補正されていく過程に見いだされてゆくことが多い. 親が子どもの不登校状態に,社会場面からの退却,学習 の遅れという大きな否定的側面ばかりでなく,子どもの 自我,パーソナリティ全体,場合によっては家族力動に おける偏りの補正という肯定的側面を認めると,子ども の「何もしない時間」も受容しやすくなる.学習から離 れてゆったりする子どもを,親が心底で納得し受け容れ る姿勢に至れば,子どもの表情にも安らぎがもどる.子 どもは,親が「何もしない自分」の存在を肯定的に受容 してくれることを感じると,絶対的に守られた,あの基 本的安全感を体験することができる.こうして過ごして いるうちに子どもの心的エネルギーが回復し,何かに熱 中するようになる.それまで,その子どもが趣味として いたことが選ばれることが多い.そして,たいていは勉 強と直接かかわらないことに熱中するのである.親から すれば,もう少しましなことに打ち込んでくれれば,と 思わされがちである.しかし,これこそが,ようやく出 現してきた「遊び」の要素なのである. 山中は,この現象が治療における有意義なコミュニケー ションの窓口となることを発見し,「窓」と名付けた. 山中は『その「窓」を通してだけのこころの流れにも, 一定の動きが認められ,それが一つのバロメーターとも なって,結局はそこに一つのプロセスが生じ,回復への 道をたどることとなるのである.』と述べている3).開 かれた窓は,「遊び」の場となり,「遊び」が回復への流 れに結びついていくのである.「遊び」が持つ治療的意 義は,子どもの心理療法において遊戯療法が用いられる ことや,箱庭療法として知られる技法の原語がSand Play(砂遊び)であることからも,心理療法家にはよ く知られているところである.もとより,遊びの持つ創造性は子どもだけに限られるものではない。箱庭療法は, 子どもだけでなく成人も「遊び」の世界に誘う要素を持 つ技法であるし,少し年長の子どもにとって「遊び」は, 音楽鑑賞や,サイクリング,マンガや小説に読み耽った り,さらに創作してみたりといった「趣味」として体験 されている.主に思春期の心理療法でこれらを話題にと りあげるのはごく自然のことなのである**. ウィニコットは,『遊ぷことそれ自体が治療である.』 『遊ぶことは常に創造的体験である.』と明確に述べてい る.彼はさらに,遊びは常に主観的なものと客観的なも のの境界線上にある不確かなものであること,ある子ど もと,その相手の遊びが重なりあう領域において,人生 を豊かにするものが経験されることなどを指摘してい る13).人は遊びに我を忘れてひきこまれてゆく.しかも, 純粋な遊びは本能と無縁のものである.遊びにおいて人 は内なる世界からも,外なる現実からもとらわれること なく,自由に他者と交わることができる.遊びとして展 開された時間と空間は,現実でありながら,非現実であ る.この時空間において,人は思いがけない角度から自 己を再発見するのである.アクスラインは,その著書 『遊戯療法』で,遊びは子どもの自己表現の自然の媒体 であること,完全に受けいれられている場における遊び では子ども自身の成長しようとする力が十分に発現され ることを述べている14).また,ローンンフェルトの世界 技法を箱庭療法(Sand Play)に発展させたカルフは, 遊びにおいて人は自らの全体性,深み,中心へと近づく としている15).アクスラインと,カルフに共通している のは,「遊び」の成立には子どもを最大限に受容する機 能とともに,「遊び」にある制限を加える機能が前提と なっていることである.遊戯療法において最大限に受容 される時間と空間は限定される.箱庭においては,規定 された容積(57×72×7)の砂箱が,砂遊びをする人の 空想を制限することになる.両者は,ともに限定や制限 によって自由で保護された空間が体験される逆説を強調 している.制限によって,遊びは現実でもなく,非現実 でもないが,その両方と交流することのできる境界的な 領域にその舞台を得ることになるのであろう. 不登校の子どもたちは,基本的な安全感を体験できた ところで,遊びの段階に入ってくる.彼らが遊びながら, 自己の本来的な在り方を探索はじめたとき,遊びは単な る現実逃避ではなく自己の創造過程となる.この遊びの 過程に立ち合う治療者が,子どもをある方向に変化させ ようとして圧力をかけることは強く戒められている14). 非指示的技法においては,変化は子どもの内から生じる ものとされているのである.
VI担任教師と神経症性不登校
これまで述べてきた神経症性不登校の症状形成論によ れば,子ども達は,それぞれの内的な必然性があって不 登校に至る.しかし,登校に対して神経症的な拒否や回 避の感情を向けられると,担任教師は自身の学級運営を 否定された感情を抱きがちである.時には不登校の理由 として学級内の事件や,場合によっては教師に対する否 定的感情を言語化する子どももおり,大変複雑な思いを させられる.しかし,彼らの発言をそのまま受け止めて 事件を解決したり,クラス替えをしても,彼らがすぐに 再登校できるわけではない経験から,それが彼らの合理 化(言い訳)であったことがわかる.子どもたち自身す ら,不登校が始まった時点で,なぜ自分が「学校へ行き たくても行けない」のかを本当に理解していることは, まれなことに思われるのである. 最初は身体的病気を理由にしていた欠席が長引き,子 どもの登校できにくさが明らかになると,担任は子ども の家庭に電話をかけて様子を尋ねる.ところが電話をと る親自身が,子どもの不登校に動揺している時期なので 担任に対しても距離をおいた防衛的な話し方になりがち である.しかも,子どもがかたわらで聴いているかもし れない電話で,子ども自身の状況や親自身の不安な気持 ちを率直に話すこともできない.このような電話を切っ たあと,担任は伺か自分が悪いことをしたような気にさ せられるのではないだろうか.これは,担任と「不登校」 との不幸な出会い方といえるだろう.担任は不登校現象 はすべて自分の責任のように感じてしまう.これまでに 不登校の子どもとかかわった経験があればこのような誤 解は避けられるだろう.不登校事例の経験がない教師は, この時点で経験のある同僚に広く助言を求めることが有 効であると思われる.校内に教育相談担当者がいれば, 助言や協力を求めてゆきたい.不登校児が「出た」こと を,自分の指導のまずさと思いなし,対処を担任ひとり が抱え込もうとする傾向は,最も避けたいことなのであ る. ある子どもが不登校になった場合,学校においてその ことと一番深い関わりを持っ教師は担任ということにな るだろう.担任という制度そのものが,クラスの子ども 一人一人に直接に責任を持つことを期待されている.し かし,不登校の事例に関しては,ここに,ある難しさが 生じてくる.担任は,不登校児には,自分を学校にいざ なう存在,学校の代表者として感じられていることであ る.つまり,学校からひきこもっている子どもは,担任 からもひきこもってしまうのである.これは,その教師 自身の持ち味とは無関係で,担任という役割ゆえの難iしさなのである.時に,非常に治療促進的な持ち味を持つ 教師が担任の場合,教師が家庭訪問して和やかな時を過 ごすことができるかもしれない.子どもと担任は,趣味 の話で盛り上がり,前章で述べた「遊び」の雰囲気とな るかもしれない.担任のこのかかわりは,十分に治療的 に機能するだろう.けれど,ここで難しいのは,担任と 感情的交流ができれば子どもが登校できるだろうと誤解 してしまうことである.子どもは担任教師にうちとけて くれたが,それは治療者としての教師に対してであって, 学校で自分を迎えてくれる担任ではない.さらに言えば, 治療者の機能は,限られた時空間でのみ可能な子ども中 心的なかかわりである.一方学校での担任教師は学級全 体の運営をにない,子どもたちに現実的な達成課題を要 請する立場でもある.そこで家庭訪問は順調に続き,や がては再登校に結びつくだろうが,決してすぐにという わけにいかない.しかも,学校でその子どもと出会うと きに,その子どものことだけを考えているわけにいかな い現実に直面せざるを得ない.そこに,治療者の役割と 教師の役割の混乱が生じるのである.
VII治療者役割と担任教師役割の分担
そこで,治療者役割と担任教師役割の分担が求められ る.不登校の背後にさまざまな精神症状,心身症状がみ られるときは医療機関,また神経症的な葛藤や家族力動 の複雑さがかいまみえるときは心理相談機関などの受診 を助言し,これらの治療機関と連携をとることも役割分 担のひとつの在り方である.また,比較的軽いように思 われる不登校事例では学校内で役割分担を行い,治療的 に機能することもできる.相談室登校や保健室登校がそ のよい例である.教育相談担当者や,養護教諭が治療者 役割をとり,不登校児に中心的に接するようになる.こ こで,重要なことは担任が治療チームの後衛にまわるこ とである.治療的機能が順調に進行すれば,子どもの再 登校(クラス参加)への意欲も芽生える.この時に暖か く迎えるために,不登校中からも本人の負担にならない 程度のたよりや電話連絡,あるいはさりげない家庭訪問 は,やはり続けておきたい.子どもがいやがらないよう であれば,仲の良い友人に配布プリントをことづけても よいかもしれない.このとき,決して「なぜ,来れない のか?」と問いただしたり,非難したり,強制したりし ないようにする.あまりに熱のこもった「励まし」は, 本人にとっては強制に感じられたりするので避けておき たい.「具合がよくなったら,いつでもいらっしゃい.」 という調子の言葉かけは学校へ行けないことで申しわけ なく感じている本人の気持ちを軽くすることができるか もしれない.学校を長く休めばそれだけ,心理的にも再 登校の敷居は高くなってしまう.そこで担任の役割とし て,この敷居をできるだけ低くしておくことが求められ るのである. 担任教師からのかかわりは,その教育的な配慮にもか かわらず,その子どもの状態によっては脅威的なものと して受けとめられることもある.また,しばらくそっと しておくつもりで遠ざかっていると「忘れられた」「見 捨てられた」と責められることもある.そこで,担任は, 子どもは今どんな状態であるか,再登校の機運が高まっ ていたら,担任教師からどんなはたらきかけをすればよ いかについて情報を得ておく必要がある.たとえば,家 庭訪問をしたあと,子どもは機嫌よくしていたかどうか, 友人がプリントを持っていったことをいやがらなかった かどうか,親に尋ねてみたいところである.ところが, 電話では子どもが在宅しているので聴きにくいこともあ る.そこで,機会を作って親に学校に来てもらい十分な 話し合いを持つことが望まれる.このときも,親は「呼 び出され」非難されることを危惧されがちである.教師 が「不登校は親の養育の問題」「家庭に問題がある」と いった一面的な理解にとらわれていては,最も重要な親 との連携も危ぶまれる.来校した親の不安を除き,子ど もへのかかわりの難しさについて共感しながら,再登校 のためにどのような援助ができるか知りたいという姿勢 で望めば,貴重な情報が多く得られるだろう.この親面 接は担任が行なって不都合な点はないし,進級進路など について現実的な話し合いや相談にも発展するので担任 の分担領域であろう.担任教師は,いわば不登校児が再 登校する際の,橋を建設しておく役割をになっている. それは,時に不登校児に疎まれながらの非常に地味な仕 事であるが,不登校児が再登校する意欲をもったとき, その橋のありがたさが実感されるだろう.珊 まとめ:治療的機能と教育的機能
神経症性不登校に関する心理学的な理解の枠組みを提 示し,さらに治療的なかかわりの本質と担任教師にのぞ まれる特殊なかかわり方について論じてきた.ここで述 べられてきた治療的かかわりは,対象が神経症性の,心 理的葛藤を持つ子どもに限られる心理治療的なかかわり であり,決して万能ではない.また極端な児童中心主義 であり,これは葛藤に耐えたり,自我の再構成のために 創造的な退行をゆるす子ども自身の自我の力や,子ども に内在している自己成長に向かう力を信頼しているから に他ならない.しかし,実際の教育場面では「心理的に 受け入れ,再登校への条件を整えて待つ」だけでなく学 校場面の調整が求められたり,家庭の領域への積極的な 援助が求められることもある.そこで,いわば内的な治療的過程の進行と外的な現実の両方を見守る複眼的な視 野が求められる.最も難しいところであるが,担任教師 にこそ,そのような機能を望みたいところである.ある いは,治療的役割を担う者と担任教師の信頼関係の間に, このような複眼的視野が生じるものかもしれない.不登 校を子どもの成長の契機として生かすためには,治療者 の役割も担任教師の役割もどちらも重要であり,欠かす ことはできない.それ故に役割分担が必要であり,両者 が相補的に連動していくことが切に望まれるのである. また,本稿で述べられた治療的機能は,二次的な自我 機能と呼ばれる,自我が内的な葛藤を克服する機能に重 点がおかれてはいるものの,やはり,子どもの人格,自 我のさらなる成長をめざすものであった. 一方,学校における教育的機能は,より広い領域の自 我機能の成長に関わる仕事に関わっている.たとえば, 教科指導も子どもの知的機能や知識を高めるもので,こ れは一次的な自我機能とされるものであり,また学校生 活全般を通して社会場面における能力を育てることは, 広義の自我機能の養成に他ならない.教育基本法も,教 育の目的を「人格の完成」を第一に掲げている. 治療にせよ,教育にせよ,子どもたちに関わる,とり わけ発達途上においてある困難を抱え持つことになった 子どもたちに関わる際に,この共通の認識を確認するこ とが非常に重要なこととなるだろう. 注釈**成人にも趣味の世界は広がっているが成人の心 理療法では,むしろカウンセリングの時空間そのものが 現実と非現実の境界領域であり,遊びの要因をもつもの であろう. 引用文献 1)小倉清「登校拒否」(山中康裕編『問題行動』1982 日本文化科学社) 2)笠原嘉「退却神経症Withdrawal neurosisとい う新カテゴリーの提唱」(中井久夫,山中康裕編『思 春期の精神病理と治療』1978岩崎学術出版社) 3)山中康裕「思春期内閉Juvenile Seclusion」(中 井久夫,山中康裕編『思春期の精神病理と治療』1978 岩崎学術出版社) 4)山中康裕児童期の不適応」(福島章編『性格心理学 新講座3 適応と不適応』1989金子書房) 5)熊代永,星野仁彦 登校拒否 臨床精神医学 19巻