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イラン商業地の不動産市場 -- 用益権売買の慣行と土地投機 (分析リポート)

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(1)

イラン商業地の不動産市場 -- 用益権売買の慣行と

土地投機 (分析リポート)

著者

岩? 葉子

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

232

ページ

30-37

発行年

2015-01

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00003302

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イランの首都テヘラン市内には、 いずれの国でも目にすることので きるさまざまな繁華街が点在して いる。車と人とでごったがえすメ イダーン︵広場︶やその周辺の大 通り、大バーザールのような巨大 な伝統市場、あるいは海外ブラン ドのフラッグショップが立ち並ぶ ファッション・ストリートなどで ある。 を阻むもの ここ 数 年 、 テ ヘ ラ ン で は 土 地 や 建物 な ど 不動産価格 の 上 昇 が 目 立 って い る 。 政 府 統 計 に よ る と 一 般 の 住宅 価格 は 、 平均 す る と 二 〇 一 二 年ま で の 六年間 に お よ そ 三 ∼ 四 倍 に跳 ね上 がり ⑴ 、 所得の増加も到 底追いついていない ⑵ 。もちろん 、 それ以上に上昇が著しいと噂され ているのが、前述したような商業 繁華街の店舗の価格だ。 イラン統計センターの報告で は﹁非住宅﹂新築物件の一平方メ ートルあたりの敷地価格は同じ期 間におよそ四 ・五倍に上昇した ⑶ 。 かつては低層の店舗や雑居ビルが ほとんどだったテヘランでも、近 年ディベロッパーによる大規模再 開発がさかんに行われ、巨大なシ ョッピング・モールが市内のあち こちに出現している。こうしたモ ール内の店舗はたいへんな高額で 売買されるといわれている。 もっとも、都市部の不動産価格 が上昇する場合、住宅地より商業 地のほうが上昇幅が大きいのは不 思議な話ではない。商業地の不動 産には、その静的な資産価値にく わえ、これを事業に利用した場合 の期待収益が大いに加味されるか らだ 。一九八〇年代のいわゆる ﹁バブル期﹂の東京ではこうした 傾向はいっそう顕著であった。東 京の場合、バブルがはじけたあと には大量の不良債権が生み出され、 店子のいない商業ビルやオフィス がバブルの遺跡のように残された。 もっとも、昨今のテヘランにお ける不動産価格の上昇は、東京の ようなバブルとは異なり 、﹁今の ところ﹂当該期間のインフレ率を ほぼ反映した範囲におさまってい る ⑷ 。他の諸物価に比べて不動産 価格だけが極端に突出しているわ けではない。二〇〇〇年代半ば以 降に原油価格が高騰した時期には、 イランのオイル・マネーがドバイ などの湾岸諸国における不動産投 資に回っているなどとまことしや かに噂されたが、国内のバブルに は結びついていないようだ。 本稿では、この背景としてイラ ンにおける商業施設の用益権売買 の慣行に注目してみたい。日本の バブル期によく聞かれた﹁土地こ ろがし﹂という言葉は、土地を何 らかの目的のために利用して収益 を上げるのではなく、土地に関わ る権利の転売を繰り返すことによ って価格を吊り上げて利ざやをか せぐ投機法を指している。 ところが現在のイランの商業地 では、それがあるために、この手 の﹁土地ころがし﹂が行 わ れ に く い のではないか 、と考えられる 、 少しばかり変わった制度が存在し ているのである。 テヘランの大バーザール。古い街区のサルゴフリーはたいへ ん高い(筆者撮影)

の不

権売

慣行

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イラン商業地の不動産市場 ―用益権売買の慣行と土地投機― ●賃 先ほどのテヘランの目抜き通 りに店を構える商人にこっそり と、お店はあなたがお買いになっ たのですか、さぞかしお高かった ことでしょうね、と尋ねたとしよ う。きっと彼は、嬉しそうな顔を して﹁買いましたとも!﹂と自信 満々で答えるはずである。多くの 商人が﹁自分は店を買った﹂のだ と教えてくれるだろう。 ところが 、不思議なことに彼 は自分の店であるにも拘わらず 、 月々家賃も払っているという。よ くよく話を聞いてみると、彼の店 は﹁賃貸物件﹂であって、しかし どういうわけか﹁私が買った、私 の店だ﹂と言い張るのである。 これはどうしたわけであろうか。 繁華街の商店主が、借りている 店であるにも拘わらず﹁自分が買 った﹂と言い張ったのにはそれな りの理由がある。というのも彼は この店を賃借するのに、ほんとう に、日本円にして数千万という大 金を支払って 、﹁この店で商売を する権利﹂というものを買ってい るからだ。一例を挙げれば、市内 中心部の有名な商業地である J 地 区の二一平方メートルの店舗 P の 場合、その権利の価格は二〇一三 年一〇月時点でおよそ六九万ドル ︵六七〇〇万円相当︶であった。 この高額な権利のことをペル シ ア 語 で ﹁ サ ル ゴ フ リ ー ︵ sar-qofl ī ︶﹂という。これはいわば、 店 舗の用 益 権 ︵他人の所有物を、ほ んらいの用法にしたがって一定期 間使用・収益できる権利︶と考え ることができる。 テヘランをはじめとするイラン の大都市部の商業地では、店舗の 土地や建物の所有権を売買したり、 月額家賃だけを払って賃借するよ うなタイプの商業施設は少ない。 その代わりに、店舗の使用者が所 有者からその用益権すなわちサル ゴフリーを購入して商売をするタ イプの商業施設が一般的なのであ る。 この権利はあくまでも﹁そこで 商売をする権利﹂であるから、普 通の住宅や、工場などについては、 存在しない。サルゴフリーは、店 舗や一部のオフィスなどいわば商 業用の賃貸物件にだけ、存在する 権利なのである。店舗を借りる店 子が、契約の際に、建物と土地を 所有している地主 ︵ mālek ︶から この権利を買い取り、そこで商売 を始めるわけである。 ●土地の値段には興味なし ちなみに日本では、毎年﹁公示 地価﹂や﹁路線価﹂ 、あるいは﹁基 準地価﹂などと呼ばれる土地の価 格が発表されることは周知のとお りだ。しばしば東京の﹁山野楽器 銀座本店﹂や﹁丸ビル﹂などが日 本一地価の高い場所として取りざ たされている。これらの価格は正 確にはそれぞれ違う定義を与えら れた土地の価格であるが、本稿の 議論にはさしあたり影響はない。 つまるところ、サルゴフリーの存 在しない日本における不動産の価 格で最も注目されるのは他ならぬ ﹁地価﹂である。 さらに注意しなければいけない のは、 日本でいうところの﹁地価﹂ というのは、文字どおり土地その ものの所有権の値段であって、し かも基本的には更地が想定されて いる。つまり上にいかなる立派な 建物がのっていようと、それを撤 去して、自由に何でも建てられる 状態にしたときに、この土地の値 段はいくらか、という話なのであ る。とりわけ東京のような過密都 市では、建物自体には、たとえ新 築であってもたいした価値はなく、 不動産価格の大部分はこの地価に 吸収されている。 しかし、テヘランの土地の価格 を調べていくと、こうした東京的 な発想はそれほど普遍的なもので はないことが分かってくる。目下 テヘラン市内の主要な商業地区で は、このサルゴフリーが設定され ている店舗がマジョリティを占め ているため 、商人たちや一般の 人々も、我々の考えるような地価 には関心がない。彼らが注目する のはサルゴフリーの価格であって、 地価ではないからだ。 ●サルゴフリーとはどんな権 利か このサルゴフリーと呼ばれるは なはだ高額な権利が、いったいど んな特徴を持っているのかを、具 大バーザール内の絨毯商が集まる街区(筆者撮影)

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、 価 で 補償しなけれ ばならないことが、法に定められ ているからである。 ⑵借りた店舗から退去すること になった店子は、このサルゴフリ ーをやはり時 価 で 、︵地主ではな く︶第三者に転売することができ る。店舗を地主に返さずに、店子 がほかの誰かにその用益権を売る ことができるのだ。ただし、これ には条件があって、その誰かは必 ず﹁次にそこで商売をしたいと考 えている人﹂でなければならない。 不動産業者やディベロッパーには 売ることができないのである。す なわち、サルゴフリーを元の店子 から買い取った者が次の店子とな り、その店舗に入居し、商売を続 けるというわけだ。しかも、商売 替えをする場合には地主の許可が 必要であるため、たいていの場合 次の店子も﹁同じ 商売﹂を続けるこ とになる。 ⑶この時価によ るサルゴフリーは、 それこそ日本にお ける地価なみに高 額である。とくに、 テヘラン市内の大 きな繁華街にある ような店舗につい ては、この傾向が甚だしい。所有 権をま る ご と 買ったとき︵つまり、 サルゴフリーと土地・建物の所有 権とを合わせて買ったとき︶の値 段とたいして変わらないような物 件すらある。また、時価という以 上、サルゴフリー価は不断に変動 する。商業用の物件なので、その 店舗の集客力が大幅に向上するよ うな事態になれば、サルゴフリー の相場が上昇する。その逆もまた 然りである。日本と同様に、プロ の不動産鑑定士が、サルゴフリー 価の実勢を評価する。 ⑷著しく高額なサルゴフリーの 価格にくらべると、土地と建物の 所有権の価格は、じつに微 々 たる ものでしかない。地主の立場から すれば、自分のもっている店舗を 他人に貸す場合、そのサルゴフリ ーを売却してしまうと、彼の手元 に残った所有権の価値はきわめて わずかなものになってしまうとい うことだ。もっとも、地主はサル ゴフリーを売り払ってしまっても、 店舗の所有者であることには変わ りがないため、毎月の家賃を受け 取ることはできる。しかしこの場 合の家賃は、通常の月額家賃の水 準にくらべて、破格に安いことが 多い︵さきほどの店舗 P の例では、 月額家賃はおよそ一七ドル︵一六 八〇円相当︶であった︶ 。しかも、 一回家賃を設定してしまうと、そ ののちにいかにサルゴフリー価が 上昇しようとも、それに応じて家 賃を上げることはできない。家賃 はサルゴフリー価とは違い、あく までも法定の頻度、法定の範囲内 で改定されるべきものなのである。 このようなわけで、サルゴフリー を売ってしまったあとの所有権の 価格はたいへん安く値踏みされる のである。 以上のように、目下イランの商 業用賃貸物件には、サルゴフリー と呼ばれる用益権の売買の慣行が 普及していて、そこで実際に仕事 をして利益をあげる店子に非常に 有利でかつ強い権利が保障されて いる。 安かったサルゴフリーが 一〇倍に とはいえ、日本の読者には分か りづらい部分もあるだろう。とり わけ、地主が持っている所有権の 価格がサルゴフリーの価格に比べ てほとんど変動しない、という仕 組みについて、具体的なイメージ をつかむために、こんなストーリ ーを想像していただこう。 所狭しと商品が並ぶ「バッガーリー」と呼ばれる よろず屋(筆者撮影)

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イラン商業地の不動産市場 ―用益権売買の慣行と土地投機― ある日 A 氏は、かねてより念願 であったアート・ギャラリーをテ ヘラン市内にオープンしようと思 い立った。資金不足のおり高級な 都心はとても手が届かない。そこ で思案の末、ごみごみした旧市街 に隣接する下町に安い物件を探し た。この町の名士である老地主か ら、町外れの、長いこと使われて いなかった汚い空き店舗を借り 、 水まわりを修理し、自前で内装を 施し、ようやくギャラリー開業の 運びとなった。 この町は都心へ延びる地下鉄の 沿線にはあるものの、付近の住民 はアート・ギャラリーなどみたこ ともなく、最初は何やら、やたら と白っぽくてガラス張りの落ち着 かない店が出来たものだと遠巻き にしている。しかし A 氏は、発表 の場に恵まれない若手芸術家を発 掘し、その一方で日々住民の啓蒙 と営業活動に励んだ 。苦節一〇 年、次第に彼のギャラリーは世に 知られ、新進作家たちの登竜門の 名を恣 にするに至り、週末にはア ートを志す若者たちで一杯に。名 声と有力なスポンサーを得た A 氏 は、いよいよ憧れの都心大通りに 進出しようとこの町のギャラリー をたたむことにした。 A 氏は町の 不動産屋にいき﹁ギャラリー売り ます﹂の広告を出す。 ここからがポイントである。ギ ャラリーの土地も建物も老地主の ものだが、 ﹁そこで商売する権利﹂ つまりサルゴフリーを買ったのは A 氏である。もちろん当初は町外 れの古い空き店舗であったのだか ら、そのサルゴフリー価格は取る に足らない額であったのはいうま でもない。しかしその後は、他で もない A 氏が、汗水垂らして一生 懸命にギャラリーを盛り立てた結 果、周辺には類似のギャラリーや、 そこへ来る客を目当てにしたカフ ェが次々と開業し、界隈の人通り は増えた。 A 氏のギャラリーのサ ルゴフリー評価額は、沿線随一の 芸術スポットとして一〇倍に膨れ 上がった。すなわち、次の店子は、 A 氏のおかげで、たくさんの人が 集まるようになった絶好の立地で 好スタートが切れるというわけだ。 したがって A 氏は、このギャラリ ーを次に借りる人から自分が獲得 した﹁暖簾﹂の代価を頂戴するこ とができる。評価額が上がった分 の不動産価値は、老地主ではなく すべて A 氏のものになるのである。 ⋮⋮これが、サルゴフリーの考え 方だ。 ●店子のはたらきが資産価値 を生む 日本では、たとえ店子が著しく 商才に恵まれた人で、上手に店を 流行らせ、その結果として界隈が にぎやかになったとしても、地価 の上昇分は基本的に地主のもので ある。仮に﹁地上権﹂などが設定 されていれば店子にもその持分が 保障されるものの、イランから日 本のシステムをみると、土地の所 有権者にとって非常に有利に作ら れていることが分かる。 一方イランの不動産の考え方は、 ただそれを﹁持っている﹂という だけでは﹁資産がある﹂とはみな されない 。その不動産を活用し 、 利益が上がってはじめて、その利 益が﹁資産﹂とみなされるのであ る。したがってその 「 資産 」 は不 動産を活         用した者に帰属するので ある。 こうした考え方は税制にも反映 されている。イランでは、たとえ ば一等地に大きな店舗を所有して いても、ただ放置してある場合に は課税されない。しかし、それを 売ったり、そこで何か事業をやっ て収益があった場合には、その収 益に対して課税するのが原則だ。 したがってある店舗のサルゴフ リーを保持する店子は、そこで商 売をして莫大な利益をあげれば 、 当然その利益に対する課税を免れ ない。しかし莫大な利益を上げら れる土地の期待収益︵つまりサル ゴフリーの評価額︶も、地主では なくて、店子のものだ。というの も、その土地を活用して﹁お金が 入る土地﹂にしたのは、地主では なく店子だから、というわけであ る。 こうした事情から、イランの商 人たちは、いまどこそこのサルゴ フリーがいくらであるとか、どこ のサルゴフリー価が上がった、あ るいは下がったなどといった情報 には精通しているが 、﹁地価﹂つ まり土地そのものの値段について は、ほとんど関心を示さないので ある。 ●地主のメリット ここまでをお読みいただいた読 者のなかには、それではイランの 地主にはまるで良いことがないの では、と思われた方がいらっしゃ るかも知れない。しかし、じつは そうとも言い切れない。 店舗のサルゴフリーを売却して 賃貸している地主には、こんな利 得がある。まずは、細々とではあ

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﹁出さない﹂ 。しかも 、 、 数年に一回は礼金にありつけるわ けであるから、考えようによって は、労せずして利益を得ることの できる、お       いしい立場にあるとい える。 ●イ 有権 ちなみに、このサルゴフリーの 例にみるように、イランでは、土 地や不動産に限らず﹁モノの所有 権を持っている人﹂と﹁モノの使 用権を持っている人﹂との間には、 かなり対等な権利関係が保障され ている。これはじつは、イスラー 厶法における﹁所有権﹂にかんす る考え方に由来している。 イスラーム法では ﹁物を観念 的に二つの部分 、すなわちアイ ン ︵﹁物自体﹂の意︶とマンファ ア ︵﹁使用によって物から引き出 される一時的な利益﹂の意︶に分 け、その各々に対して所有権が成 立する﹂ ︵参考文献⑨ 、一六∼一 八ページ︶と考えられている。し かも、マンファアの所有権つまり イスラーム法における用益権の範 囲は、取り結ばれる契約の性質や、 当事者の合意によって変わるため ︵参考文献⑦︶ 、かなり融 通 無 碍 と いえよう。 一方で、我々を含め多くの現代 人は、西欧近代法の枠組みでもの を考えるクセがついている。法学 の教科書には所有権について﹁物 に対する直接完全な支配権﹂であ ると書かれている。所有権者は物 の使用 ・ 収 益 ・ 処分を自由に行うこ とができる 。したがって我々が ﹁所有者﹂と聞けば、 おのずと﹁使 用 ・ 収 益 ・ 処分﹂の権 能 を十全に有 する人物を連想し、彼こそ、あた かも最も典型的かつ完全な所有権 者であるかのように考えがちだ。 しかしそうした近代法的な枠組 みは、地域的にもそして歴史的に も、必ずしも普遍的なものではな さそうである。少なくともこのサ ルゴフリーの事例からは、ひとつ のモノ︵店舗︶に対して二人の立 派な所有権者が共存している様子 が窺われよう。 もっともイランにおいても、今 を遡ること一〇〇年ほど前、近代 化の時期に伝統法であるイスラー 厶法と、フランス法とを折衷して 現行民法が策定された。このとき、 前述のように、所有権についての 考え方がかなり違っていたために、 法学者は少なからず苦労したと伝 えられる 。サルゴフリーの例は 、 イランのもともとの所有権にかん する考え方が、現在も生き続けて いる例といえよう。とりわけ不動 産は、何十年、何百年という単位 で継続する財であるから、こうし た古いしきたりや慣行が残りやす いのだと考えられる。 ●大 ところで、このようなサルゴフ リーの売買をともなう賃貸契約で なく 、日本で我々がみるような ﹁通常の賃貸契約﹂は 、イランの 商業地には存在しないのであろう か。否、じつは立派に存在してい る。たとえばある店舗が賃貸に出 される場合、地主は﹁月額家賃三 〇万円﹂を毎月受け取るというや り方を選択してもいいし、その店 のサルゴフリーを四〇〇〇万円で 売るという選択をしてもよい。 とはいえ、現実にはサルゴフリ ー方式を採用する地主と店子が大 多数を占めている。テヘラン市内 の主要な商業地区で行った筆者の 調査では、二〇〇〇年代には、い ずれの地区においても店舗の七割 以上がサルゴフリー売買をともな う賃貸契約を結んでいた ︵図 1 ︶。 これはじつは歴史的にみると、一 九九〇年代の後半まで、事実上サ ルゴフリー売買をともなう賃貸契 約のほうが、通常の賃貸よりも法

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イラン商業地の不動産市場 ―用益権売買の慣行と土地投機― 的に保護されていたという事情に よる。現在では、そうした法制度 も改められ、どの方式であっても 地主や店子の選択肢としては変わ らなくなった。しかし依然として、 サルゴフリー売買をともなう賃貸 契約がもっともポピュラーな形態 なのである。 ●徐 さてここで再び、本稿の冒頭に ふれたイランにおける不動産価格 の上昇の話題に立ち戻ろう。前述 したように二〇一二年時点では 、 不動産価格は全体の物価水準とほ ぼ並行して上昇している。インフ レが激しく、もともと国内の金融 市場がさほど発達していないイラ ンでは、人々の間に資産形成は現 物で行おうという指向が強いので、 貴金属や骨董、絨毯などに加え不 動産への投資もさかんであるとい う印象を受ける。それにも拘わら ず、商業地の不動産価格の上昇幅 がこの程度でおさまっているのは、 いささか意外な感じがする。この 理由を、前述のサルゴフリーの売 買慣行とからめて考えてみたい。 すでに説明したとおり、サルゴ フリーを売却して賃貸されている 店舗というのは、店子が入れ替わ っても引き続き ﹁同業種の店舗﹂ として利用されることが想定され ている。だからこそ、サルゴフリ ーの名目で、前の店子が獲得した 店舗のプレミアムが次の店子によ って購入されるのである。 言い換えれば、サルゴフリーが 売却された店舗の土地・建物の使 途は、最初からかなり限定されて いるのだ。もちろんおおかたの店 舗は、繁華街に位置し、店舗とし て利用するのが最も期待収益が大 きいと考えられるようなタイプの 物件であるから、ほんらい、それ でも特に問題はない。 ところが最近、次々と都心部に オープンする大規模ショッピン グ・モールでは、サルゴフリー売 買をともなう賃貸ではなく、はた また通常の賃貸でもなく、メルキ ー︵ melkī ︶と呼ばれる ﹁完全所 有権売買﹂が目立つようになって きた。これらは、もともと小さな 店舗がたくさん集積していたよう な地区にできたものだ。ディベロ ッパーが、一軒一軒の店のサルゴ フリーと、その地主の持っている 所有権とをあわせて買い取り、一 区画まるごと再開発する。こうい う開発業者は伝統的な地主とは考 え方が異なるので、サルゴフリー (注)1)「通常の賃貸」は「完全所有権」の一部に含まれるが、いずれの地区においても    その事例はきわめて少なく実数は明らかでない。 (注)2)第一次調査:2001 ∼ 04 年 第二次調査:2007 年 第三次調査:2011 ∼ 12 年 (出所)参考文献③。 図 1 テヘランの商業地区における店舗の占有・使用形態の割合の変化

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に膨らんでいくおそれがある。 これに類似した指摘は、日本の 不動産価格をめぐる議論にも登場 する。村瀬は、不動産価格という のは、ほんらいその不動産に関連 するさまざまな権利︵たとえば所 有権、使用権など︶の相対的な関 係のなかで、それらの価格を合算 したものであることを指摘してい る ︵参考文献⑧︶ 。たとえば 、借 り手の権利を保護した日本の法制 度の下では、ひとたび賃貸契約が 交わされれば所有者にはその不動 産の活用に関する決定権が事実上 失われるため、その価値は、所有 者自身がそれを使用した場合の価 値よりも低くなる。また、不動産 収益の変化に対しても賃貸物件の 価格は相対的に鈍い反応を示す。 つまり、ひとつの不動産にかかわ る主体が複数存在する場合と、そ れ以外の場合とでは、不動産価格 は異なり得る。我々の日常的な感 覚からいっても、なるほどと思わ せるものがある。 イランの商業不動産についても 同様のことがいえるのではなかろ うか。つまりサルゴフリーが所有 権から切り離されて売買されてい るうちは、不動産全体の価格が抑 えられている可能性がある。 ●商業地での土地投機が起こ りにくい理由 また、サルゴフリー方式がマジ ョリティを占めるような場所では、 投機目的の不動産売買は成立しに くいことも、指摘しておきたい。 所有権者が地主と店子の二人いる から、交渉も面倒だ。店子として サルゴフリーを買えば、かならず そこで商売をしなければならない し、店舗を利用せずに放置すれば、 物件のサルゴフリー価は確実に下 落してしまう。 地主も黙ってはいない。いくつ もの店舗が入る雑居ビルの地主は、 入居した店子たちが商売に精を出 し、ビル全体のサルゴフリー価が 右肩上がりになるよう、優良な店 子のリクルートに余念がない。だ から、そこで商売をするつもりの ない人間には、たいへんやっかい な物件なのだ。 しかも、完全所有権売買を否定 的にとらえ、昔ながらのサルゴフ リーを支持する地主や商人は少な くない。テヘランの古い商人はい う。 ﹁︵完全所有権を売買する人たち は︶その地区の将来的な展望とい うものが頭にないのです⋮⋮もし 五〇人が所有権をそれぞれ持って るとしましょう。なかには悪いや つ、良いやつもいる⋮⋮個々の持 ち物だと、いきなり鍛冶屋が入っ てくる。あるいは看板屋。ほかの 全然違う職業が。これでは建物全 体に害になる⋮⋮完全所有権を売 って行ってしまう人というのは 、 社会の将来を考えていない。建物 を作って利益を上げて、さような らだ。もめても知るものかと﹂ こうした意見はいまだに根強い のである。 それにも拘わらず完全所有権売 買が増えつつあるのは、大規模開 発を行うディベロッパーの台頭の せいばかりでなく、一般にも﹁手 っ取り早く儲ける﹂という風潮が 広がっているためらしい。 昔の地主は何軒もの店舗を貸し ながら、サルゴフリーを買って入 居した店子たちと長い付き合いを した。店子との金銭トラブルや面 倒な人間関係はありながらも、所 有する不動産から長期にわたって 一定の収益を確保し続ける資産運 用を好んだ。それが次第に、若い 地主たちからは煩わしい旧方式と して、遠ざけられつつあるという ことらしい。 サルゴフリー方式が普及してい るために、これまでイランでは商

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イラン商業地の不動産市場 ―用益権売買の慣行と土地投機― 業地区の不動産価格の上昇が一定 程度抑えられてきたのではないか。 残念ながら、現時点ではまだこの 仮説を裏付ける価格データの推移 を確認できていない。しかし二〇 一〇年代に入り、テヘラン市内の 主要商業地区で次第にメルキー方 式の店舗が増え始めている状況 に鑑みると︵図 1 を参照︶ 、今後、 注意していく価値は十分にありそ うだ。 不動産の権利がほんらいの用途 を離れて、市場取引の対象となっ たときどんなことが起こるか。土 地利用の自由な選択肢といえば聞 こえは良いようだが、完全所有権 が売買される物件が増えれば、先 の商人が懸念するように、地域の まとまりや業種の集積が失われ 、 ことによると投機の対象となって 建物は荒廃する、その一方で価格 だけは鰻のぼり⋮⋮そんな可能性 も否定しきれない。テヘランに林 立し始めた高層建築は、イランの 不動産市場の今後を暗示している のであろうか。 ︵いわさき   ようこ/アジア経済研 究所   中東研究グループ︶ ︽注︾ ⑴政府統計によれば一平方メート ルあたりの平均住宅価格︵集合 住宅の場合︶は二〇一二年時点 で三二〇〇万リヤール︵約二六 四〇ドル︶に達したが、六年前 の二〇〇六年時点にはわずか八 三一万リヤール ︵約九〇一ド ル︶ほどであった。また一平方 メートルあたりの平均賃貸料は 二〇〇六年には四万二〇〇〇リ ヤール余り︵約四・五ドル︶だ ったものが、二〇一二年には一 五万二〇〇〇リヤール ︵約一 二・三ドル︶に跳ね上がってい る︵参考文献④、四二四∼四二 七ページ︶ 。 ⑵都市部のサラリーマンの平均収 入は約一・九倍の上昇にとどま り 、実質値は大幅なマイナス ︵参考文献④、八四三ページ︶ 。 ⑶ただしここには商業施設のみな らず工業 ・ 教 育 ・ 医療施設などが 含まれる︵参考文献④、四〇九 ページ︶ 。 ⑷消費者物価は二〇〇六年から二 〇一二年までにおよそ二・八倍 ︵参考文献①、四二五ページ︶ 。 ︽参考文献︾ ① International Monetary Fund ︵ IMF ︶. International Financial Statistics Yearbook 2014. ② Iwasaki, Yoko. Sar-qofl ī i n t h e Customs and Laws of Modern

Iran: The Emergence of

Haqq-e K a sb o P īs h e o T e jā ra t an d the Evolution of the Shop-lease Contract S ystem. Ir ani an

Studies. Vol. 44 No.2.

20 11 . ③

. Shop-lease Contract with Sar-qofli in the Post-Iranian Revolution Era: Deletion of Haqq-e kasb o pisheh o tejārat from the Law of Lessor-Lessee relationships. Iranian Studies . Published online 12 Dec 2014. ④ M arkaz-e Āmār-e Īrān. Sāl-nāme-ye Āmārī-ye Keshvar 1391 [イラン全国統計年鑑一三 九一年版]   二〇一四年。 ⑤岩葉子﹁サルゴフリー方式賃 貸契約︱イラン商業地の地価決 定についての一考察︱ ﹂﹃アジ ア経済﹄第四七巻第五号、二〇 〇六年。 ⑥

﹁イラン・イスラーム革 命後の﹃サルゴフリー方式賃貸 契約﹄︱賃貸人・賃借人関係法 からの﹃営業権﹄削除をめぐっ て︱ ﹂﹃アジア経済﹄第五〇巻 第一号、二〇〇九年。 ⑦堀井聡江﹁エジプトにおける先 買権と土地所有権﹂ ﹃アジア経 済﹄第四八巻第六号、二〇〇七 年。 ⑧村瀬英彰﹁権利の束としての不 動産︱オプション理論による解 明︱﹂西村清彦編﹃不動産市場 の経済分析﹄日本経済新聞社 、 二〇〇二年。 ⑨柳橋博之﹃イスラーム財産法の 成立と変容﹄東京大学出版会 、 一九九八年。 市内のアイスクリーム・スタンド。こういう店にもサルゴフ リーがある(筆者撮影)

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