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インドの知性を象徴するEPW誌 (特集 アジア地域研究と雑誌 -- 「コア・ジャーナル」を語る)

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Academic year: 2021

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(1)

インドの知性を象徴するEPW誌 (特集 アジア地域研

究と雑誌 -- 「コア・ジャーナル」を語る)

著者

佐藤 宏

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

198

ページ

32-34

発行年

2012-03

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00004040

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  学生の卒業論文から専門的な研 究者の論文まで、社会科学分野で インドについて何か書こうとする 人が、まちがいなく目を通さずに は い な い 雑 誌 と い え ば、 Econom-ic and Political W eekly を お い て 他 にない。略称EPW、日本の研究 者なら「エコポリ」と呼ぶこの週 刊 誌 の 最 大 の 特 徴 は、 「 イ ン ド で 何が起きているか」と「インドに ついて(世界中で)何が研究され ているか」を同時につかめること である。学術専門誌では前者は望 めないし、週刊情報誌では後者を 望 め な い。 「 エ コ ポ リ 」 は 一 冊 で この両者を可能にする稀有な存在 である。同じような役割を果たし えている週刊誌としては、世界広 しといえども、自然科学における ﹃ネーチャー ( Nature )﹄ 誌以外に はない。これは私が言うのではな く、EPW自身がそのウェブサイ トで誇らしげに披露している自負 である。   E P W の 前 身 で あ る Economic W eekly ( E W ) 誌 が 創 刊 さ れ た 一 九四九年から数えて二〇一二年で 六三年間、改題された一九六六年 から数えても四六年間、この雑誌 は イ ン ド 研 究 に な く て は な ら ぬ 「 コ ア・ ジ ャ ー ナ ル 」 と し て の 役 割を十二分に果たしてきた。私自 身も、ちょうどこの雑誌がEWか らEPWに切り替わる節目の時期 にインドに関心を抱きはじめ、当 時大塚にあった東洋文化研究所の 図書室で、EWのファイルをくっ た記憶がある。長年の読者として 常日ごろから感じてきたこの雑誌 の 特 徴 を、 多 少 の 追 想 も ま じ え、 かいつまんで紹介してみたい。

ラム

  研究論文についていえば、たし かにEPWのものは、理論的な探 求それ自体を第一義的には目的と しない。そのような役割は、あま たある各分野の専門誌が担うであ ろう。EPW論文の特徴は、イン ドの社会、その政治経済の抱える 課題を科学的に掘り下げるところ に あ る。 そ し て E W の 時 代 か ら、 論文がとりあげる問題は、つねに 先駆的であった。また重視される べき課題や分野については、随時 特集を組んできた。 現在では農業、 産業と経営、ジェンダー、科学政 策、労働の五つのテーマが一定の 間隔を置いて特集される。二〇一 一年から特集のテーマに都市研究 が加わったことは、近年のインド 社会の変化を反映している。   さらに、こうした特集やシリー ズ記事は、その後しばしば単行本 として刊行されてきた。その最も 早い事例は、EWの時代にインド の村落調査の記事を一冊にまとめ た In dia 's Vil la ge s ( Ca lcu tta : D e-ve lo pm en t D ep t., W es t B en ga l, 1955 ) で あ ろ う。 こ の 表 紙 の ペ ラペラな論集は、私自身も想い出 がある。インドについて勉強した い と 学 部 の 講 師 で あ っ た W・ H・ ニ ュ ー ウ ェ ル 先 生 に 申 し 出 た 時 に、貸していただいた本だからで あ る。 ま た 初 期 の E P W で は V.M. Dandekar と N. Rath に よ る Poverty in India ( Poona: Indian School of Polit ical Science, 1971 ) は そ の 後の貧困研究の先がけとなった。   インドの社会科学研究という側 面で、無視できないのはEW/E PWが学問分野を横断するインド の社会科学研究の推進母体、イン フラストラクチャーとなってきた 点 で あ る。 あ る 研 究 者 に よ れ ば、 EPWは「政府の資金がついた 凡 ぼん 百 ひゃく の研究プロジェクト以上にイン ドの社会科学研究の発展に貢献し た」のである。単なる論文発表の 場を超えた知的フォーラム、それ を「EPWコミュニティ」という 人もいるが、EPWが各種の学会 か ら は 独 立 し た 一 個 の 社 会 科 学

知性を象徴する

特 集

アジア地域研究と雑誌

―『コア・ジャーナル』を語る―

 

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アジ研ワールド・トレンド No.198 (2012. 3)

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フォーラムとして存在し続けてき たこと、この点にインドの社会科 学の発展に果たした本誌の特別な 役割がある。

●本誌を育てた二代の編集長

  週刊誌として、これだけの水準 を長期にわたって維持できるイン ドの知的風土の豊かさもさること ながら、その歩みは創刊以来の二 代にわたる編集長の存在を抜きに は語れない。   EWの創刊者であり、EPWに なってからも表紙に創刊者兼編集 長 と し て 名 前 を 記 さ れ て き た の が、 サチン ・ チョウドゥリ( Sachin Chaudhury : 1904 〜 66 ) で あ る。 ベンガルのザミンダール(領主的 な地主)の出身で、カルカッタ大 学で経済学を学んだ後、ボンベイ に 移 り 映 画 の プ ロ デ ュ ー サ ー で あった実弟の口利きで映画会社の 重役を務めるなど、多彩で異色の 経歴の持ち主である。一九四九年 に発刊された二四ページあまりの 週刊誌は、間もなく一九五〇年代 を通じて、歴代の連邦政府蔵相の 必読誌となった。また、彼の没後 一〇年を機に企画された追悼論文 集 ( K ris hn as w am y et a l. ed s. [1977] ) の 顔 ぶ れ を 見 れ ば 明 ら かなように、ジョーン・ロビンソ ンからM・N・シュリーニヴァー スまで、社会科学の諸分野で幅広 く内外の最高の研究者をEW誌に 引きつけたのは、チョウドゥリ自 身 の 知 識 人 と し て の 魅 力 で あ っ た。また、いかにも土地貴族の末 裔にふさわしく、チョウドゥリは 周 囲 か ら の 資 金 援 助 の 申 し 出 や、 EW誌の財政的な健全化のための 広告集めや基金の創設などには最 後まで首を縦に振らなかった。一 九 六 六 年 の 基 金( Samiksha Trust ) の 設 置 と E P W へ の 移 行 は、そうしたチョウドゥリの「個 人商店型」経営の行き詰まりの結 果でもあった。彼はEPW発刊後 間もなく、 同年一二月に死去した。   つ い で E P W 時 代 を 支 え た の は、EWの最後の数年間にチョウ ドゥリを支えたケーララ州出身の ク リ シ ュ ナ・ ラ ー ジ( Krishna Raj, 1937 〜 2004 ) で あ る。 ラ ー ジはデリー・スクール・オブ・エ コ ノ ミ ッ ク ス を 卒 業 後、 チ ョ ウ ドゥリに見込まれて一九六〇年に E W に 参 加 し、 編 集 に 携 わ っ た。 正式には一九六九年に編集長に就 任し、二〇〇四年一月の急死まで その職責を担った [“ Reminiscenc -es ” 2004 ]。 私 自 身 は E P W の 事 務所を一九八〇年代に一度訪問し ただけであるが、ラージ氏は人々 が評するように自ら多くを語る人 でなく、その時の記憶としていま 私に残っているのは、恥ずかしい ことだが、ちょうど脇に居合わせ た 経 済 史 家 の 故 ダ ニ エ ル・ ソ ー ナー氏の夫人、アリス・ソーナー さんのおしゃべりだけである。 ア リス・ソーナーはダニエルととも に、サチン・チョウドゥリの親密 な 協 力 者 で あ っ た。 ク リ シ ュ ナ・ ラ ー ジ の 夫 人 マ イ ト レ ー イ ー・ ラ ー ジ の 研 究 パ ー ト ナ ー で も あ り、EPWのジェンダー特集を最 初 に 企 画 し た の が ア リ ス さ ん で あった。   チョウドゥリ、ラージの二人の 編集者に共通するのが、若手研究 者、新たな書き手の発掘にかけた 情熱である。結果的にEW/EP Wはインドの社会科学者の育成機 能までをも果たしてきた。 例えば、 いまでは知らぬ人のない大学者ア マ ル テ ィ ア・ セ ン( 一 九 三 三 〜) がはじめてチョウドゥリのEWに 登場したのは、技術選択を論じた 一九五六年の第二九号で、二三歳 という若さである。センはその後 一九六四年の第四七号まで二二点 の 論 文 を こ の 雑 誌 で 発 表 し て お り、いかにEWがセンの成果発表 の場として重要であったかが察せ られよう。   EPWとラージについては、歴 史家のラーマチャンドラ ・ グハ (一 九五八〜)の例をあげよう。彼も カルカッタの経営研究所の博士課 程に在籍中に、 ラージによって 「発 掘」された。経営研究所にイギリ ス植民地期の森林政策を調べてい る若い研究者がいると伝え聞いた ラージは、研究所のスタッフであ る経済学者ニルマル・チャンドラ を通じてグハを探し当てた。グハ の森林政策史に関する論文が最初 にEPWに掲載されたのは、一九 八三年の第四三号である(グハ二 五 歳 )。 グ ハ は 近 著 India after Ga nd hi ( Lo nd on : P ica do r, 20 07 の 巻 末 謝 辞 で 亡 き ラ ー ジ を 追 憶 し、 そ の E P W 誌 に つ い て、 「 同 誌 の 生 命 自 身 が、 ( イ ン ド ) 共 和 国の生命と不即不離の関係にあっ た」という賛辞を書いている。こ うして現在活躍中の多くのインド 人社会科学者が、EW/EPWと いう舞台で育てられてきた。

●電子媒体への移行

  EPWが紙媒体のほか、電子媒 体での刊行を開始したのは一九九

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九年であったが、無料であったア クセスがしばらくして有料になっ た(購読者は無料でアクセス可) 。 ただし、幸いなことに今でも直近 の四週間分だけは無料で閲覧が可 能になっているので、購読料なし で閲覧は可能である。私自身も購 読料を払わずに利用している一人 であるが、月一回の頻度できちん きちんとサイトをチェックするの は意外と難しい。気がつくと読め なくなっている号がどうしても出 てきてしまう。必要な記事、論文 はその都度コピーをとるなり、ダ ウ ン ロ ー ド す る な り し て い る が、 バックナンバーを随時参照するこ とはできない不便さがある。 ただ、 最近になって、EPWの創刊号か らの(研究論文だけでなく)全記 事の索引だけは、非購読者にも開 放されている。その他有料で利用 できるものには、CD―Rによる 本誌バックナンバー、同誌の調査 部 門 で あ る EPW Research Foun -dat ion ( E P W R F ) の 提 供 す る 経済・金融データがある(詳しく は サ イ ト http://epw .in/epw/user/ userindex.jsp を参照) 。   最後になるが、ふだんからの読 者はお気づきだろうが、 EPW (E W)はごく最近(二〇〇六年)ま で筆者の所属、肩書きを載せてこ なかった。これは、 論文は所属 (肩 書)で評価されるのではないとい う、 ラージの (そしておそらくチョ ウドゥリに始まる)意識的な方針 による。EPWはインドの知性の 象徴であり、 その刊行が続く限り、 インドの知的なエネルギーが枯渇 することはないだろう。 (さとう   ひろし/南アジア研究者) 《参照文献》 ① Kr ish na sw am y, K.S ., A sh ok M i-tra, I.G. Patel, K.N. Raj and M.N. Sr in iv as (e ds .) [1 97 7] S oc iet y and Change, Essays in Honour of Sachin Chaudhuri (Bombay : Ox -ford Univ ersity Press) ② Re m in isc ec es [2 00 4] Ec on om ic an d Po lit ica l W ee kly , J an ua ry 31, 2004, pp.387-395. ③ Pa te l, S uja ta , J as od ha ra B ag ch i and Krishna Raj (eds.), Thinking Social Science in India, Essays in H on ou r o f A lic e T ho rn er (N ew Delhi: Sage P ublicat ions, 2002) ④ Inst itute for Studies in Industri -al D ev elo pm en t, ISI D In de x S e-rie s: Vo lu m e T w o, Six te en E co -no m ic J ou rn als (N ew D elh i: I SID , 1998)

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参照

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[鄭 1998;賀 1999;趨 1999;遅・陳 2000;李由 2000] ,これまで少なからず理論的研究と実態調 査が行われてきた [張 1995;1999;周 2000;今井

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