掲載に際して(二〇〇八年度卒業論文要旨集)
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(2) 二〇〇八年度卒業論文要旨集. 掲載に際して 後藤 秋正 あいの里もライラックが咲き、初夏らしいよそおいになって きた。三月に巣立った学生諸君は、それぞれの持ち場で元気に 動き回っていることだろう。 卒論は提出してしまえばそれで終わりかもしれない。しかし、 苦労して資料を集め、いかに論旨を組み立てて説得力のある論 文にするか、締め切りに追われながら知悪を絞った記憶は、そ んなに簡単に消え去るものではないだろう。 筆者も四十年近く前に、﹁曹栢詩研究﹂という恥多き卒論を 提出して学部を終えたが、指導してくださったM先生︵当時は たS先生とY先生︵お二人とも故人となられた︶のお顔ととも. 助手だったが、今は某大学の名誉教授だ︶、審査してくださっ に、執筆時のことをときおり思い出す。気の利いた文章を思い ついたらすぐに書き留められるように、あちこちにメモ用紙を 置いていたことなどとともに⋮⋮。. 古典文学研究室 三〇八四 高浦 邦男. ﹃栄花物語﹄正編における九州. 本研究は、﹃栄花物語﹄ に見られる九州に関連する記述を分. 析し、その結果を通して ﹃栄花物語﹄ における九州とはどのよ. うなものか考察したものである。. 地名として、﹁筑前﹂二例と﹁肥後﹂一例、九州を意味する﹁九. 国﹂と﹁筑紫﹂、歌枕の﹁生の松原﹂四例が見られた。これらは、. 中開自家の中心人物で大宰府に配流になった藤原伊周を印象的. 官職では大軍府関係が数多く見られた。その中では伊周が最. に描くために使われていたことが分かった。. も多く、他に弟隆家や伊周と同じく配流された源高明とその息. 一族であり、経房は ﹃枕草子﹄ の流布に寄与するなど非常に近. 子経房に偏った記述となっていた。伊周・隆家は政争に敗れた. しい存在であった。また、﹁帥富﹂ の敦道親王と定子の生んだ. 敦康親王は、立太子できないという共通点を持っていた。この. 他、伊周・隆家の帰京の際に九州から痘瘡が流行する描写や、. が敦康親王の立太子できない理由と措かれていた。中開自家の. 隆家の刀伊の入冠撃退の手柄が描かれない一方で、隆家の不在. 不運は九州とかかわりながら措かれる場合が多いのである。. 付けることで道長を賛美するために用いられたと考えられる。. くない土地であり、道長と勢力を争った中開自家の人々に結び. こういったことから ¶栄花物語﹄ の九州とは、あまり好まし. しい文字を丁寧に書くという基本的なことを確認するのも卒論. ワープロでの提出を認めてほしいという声も聞かれるが、正 執筆の目的なのだから、文字で苦労したことも思い出の中に加 えてほしいと切に思う。. 25.
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