ピエール・ブーレーズ《12のノタシオン》から見えてくる作曲技法
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(2) 北海道教育大学紀要(人文科学・社会科学編)第70巻 第1号 Journal of Hokkaido University of Education(Humanities and Social Sciences)Vol. 70, No.1. 令 和 元 年 8 月 August, 2019. ピエール・ブーレーズ《12のノタシオン》から見えてくる作曲技法 阿 部 俊 祐 北海道教育大学岩見沢校作曲第一研究室. A Composition Technique from “Douze Notations” by Pierre Boulez ABE Shunsuke Department of Composition,Iwamizawa campus,Hokkaido University of Education. 概 要 作曲家・指揮者として活躍したフランスの音楽家,ピエール・ブーレーズ(Pierre Boulez, 1925-2016)。作曲家として20世紀の現代音楽の先駆者として活躍し,12音技法から発展したセ リエル1作曲技法の第一人者として知られる。後年は指揮者としても活躍し,世界各地の著名 なオーケストラを指揮し,緻密な音楽作りに高い評価があった人物である。本論文では,ブー レーズの初期作品である《12のノタシオン》 (douze notations,1945)から第6曲目を取り上げ, 無機質な12個の音列をどう音楽的に発展させたのかシステムを解明し,現代における作曲技法 としてどう応用できるか,その可能性を模索するのが目的である。. 1.はじめに 本論文で扱う楽曲はセリエル作曲技法を試験的に用いた作品であるが,セリエルという発想は,アルノル 2 が発案した12音技法3から派生したものである。12 ト・シェーンベルク(Arnord Schönberg,1874-1951). 音技法はそれまでの調性機能から音楽を解放し,1オクターブ内の12の音高をすべて均等化してセリー(音 列)素材として扱う作曲技法である。この12音技法はシェーンベルクをはじめとした新ウィーン楽派の作曲. 1 セリエル sériel(le)は「ひと続きの,連続した」を意味する仏語形容詞で,現代音楽において広義にセリー série(ひと つづき,連続の意)を用いた音楽,あるいはその作曲技法を指す用語として使用される。本論文ではセリエルという単語は 作曲技法を指すものとして用い,楽曲内で使用された音列自体をセリーという用語で指すものとする。 2 オーストリアの作曲家・指揮者。ワーグナーの強い影響を受けながら次第に無調音楽の可能性を探索し,アントン・ ヴェーベルン(Anton Webern,1883-1945),アルバン・ベルク(Alban Berg,1885-1935)らと新ウィーン楽派を結成し12 音技法を確立した。 3 いわゆる長調と短調などのように,主音を中心とした音組織・調関係が西洋ポリフォニー音楽の主流であったが,オク ターブ内の12音を均等に扱うことでそれまでの調性の関係性を解放し,無調という新しい音楽を生んだ作曲技法。. 99.
(3) 阿 部 俊 祐 4 家やオリヴィエ・メシアン(Olivier Messiaen,1908-1992) 等にも影響を与え,それぞれの作曲家が独自の. ルールや音楽的解釈を生み出した。ブーレーズはこうした作曲技法をルネ・レイボヴィッツ(René Leibowitz,1913-1972)5やメシアンのプライベートレッスンで得て,後にセリエル作曲技法を突き詰めてゆ く。 《12のノタシオン》は,セリエルを学び始めた最初期の作品で,メシアンのクラスを終了する際に作曲さ れ,1945年2月12日にパリで初演された。後に第1,4,3,2,7曲を拡張する形で自身の手によりオー ケストラ作品に編曲している。まだセリエルな作曲システムとして成熟しきっていない時期の作品でありな がら,そのシステムの内には様々な可能性を秘めている。セリエルという最小単位から作品全体に至る綿密 な構成である側面と,完全自動化されたシステマティックで乱数的な音素材にも関わらず,叙情性や人間特 有の感情の揺れといった理論だけでは説明不可能な側面を持ち合わせている。当時としては大変現代的で前 衛的な作品であり,一方で古典的な思想や作曲技法がわずかに垣間見られる実験的な作品でもある。 20世紀後半から21世紀初頭にかけ,こうしたシステムを基とした理詰めの作曲技法は一斉を風靡したもの の,セリエル作曲技法自体は今日の現代音楽界では影を潜めつつある。しかし,システマティックな発想や 思想は西洋現代音楽史の文脈にしかと刻まれ,その思想や技法はしっかりを受け継がれている。《12のノタ シオン》は現代音楽の作曲行為におけるミニマムでありながら無限の可能性をもった音楽的発想で満ちてお り,その美学を理解しようとすることは現代音楽を学ぶにあたり大変有効である。セリエルによって自動で 導き出された響きは,作曲家の耳の予測から離れ偶然に委ねられる側面が多く,必ずしも作曲家が望んだ響 きが得られるという訳ではない。それまでのロマン的作曲行為は,個人の感情やそれまでの音楽経験の蓄積 から湧き出てきたものを,自身の耳と感覚を頼りに創り上げていく活動であるというものであったが,それ に真っ向から対峙した立場をとる。ブーレーズは1957年11月に「骰子」(Alea)という論文を発表し「管理 された偶然性」 (aléatorique contrôlée)という作曲思想を提唱している。その意味するところは偶然の響き に出会った時であっても,作品の細部や全体構造は作曲家の管理下に置かれるべきであるという思想であ る。作品の分析を通して,如何にしてブーレーズはシステムの自動性と音楽性を引き合わせ作品として昇華 していったか,その可能性の1つが見えてくる。. 2.セリー音楽の分析の意義 西洋クラシック音楽の歴史において作曲における発想の源は,あくまで人間的な表現欲求から生み出され, 作曲行為はそれを理性的あるいは感覚的にまとめ上げる仕事である。その中で大きな理論的中枢をなしてい たのが17世紀から19世紀初頭まで西洋音楽の理論的土台として音楽を支えてきた「調性システム」や「形式 美」である。音楽は音をいかに時間軸上に配置するかという時間芸術であるが,空気振動の音のみで人間の 感覚に訴える芸術である以上,こうした理論的な柱が作者の感情や主張などを知覚するための大きな支柱と なってきたと総括できる。例えばドミナントの音はトニックに向かうという調性システムや,ソナタ形式の ように主題と主題,調配分の関係性をどのように捉えるかということが,作曲・演奏・鑑賞という三つの行 為に非常に重要な意味を持っていた。. 4 フランスの作曲家・オルガニスト。20世紀にヨーロッパの現代音楽を牽引した作曲家で,移調の限られた旋法(mode à transpotisions limitées)という作曲技法を提唱した。教育者としても数多くの作曲家を育てた音楽教育者としても知られる。 5 ポーランドの作曲家・指揮者。シェーンベルクの弟子。新ウィーン楽派が確立した12音技法をヨーロッパ各地に伝播し, 門下生から多くの著名な音楽家を輩出した。. 100.
(4) ピエール・ブーレーズ《12のノタシオン》から見えてくる作曲技法. 20世紀になり調性の限界を迎え新しく無調の時代に突入する。多調(あるいは複調),12音技法や移調の 限られた旋法6などといった新しい作曲技法が生み出されたわけであるが,これらは言い換えれば調性の中 心音をなくした作曲技法ということに総括できる。しかし感覚的な要素や形式などは調性音楽システムを下 敷きにしたもので,あくまで一つの作曲の可能性の扉を開いたにすぎない。そのためシェーンベルクの12音 7 と表現している。音高を決定付ける12音技法という革新的な方 技法を,ブーレーズは「調性音楽の宙吊り」. 法を用いながらも古典的な展開方法や形式を採用しており,音列とそれらの諸要素との関連性の希薄さを指 8 摘している。そして「12音音楽語法の必要性を感じたことのない(中略)音楽家は,すべて『無用』である」. とも述べ,セリーの技法と調性音楽の技法を折衷的に用いるやり方を批判し,新たな創造の可能性について 言及している。セリエルの技法はそれまでの調性音楽的な発想の中で用いられるべきではなく,セリエル音 楽に適した用い方があり,セリーは単なる音素材を生み出すだけでなく作品構造全体にも作用すべきだとい う考え方だ。セリエル作曲技法は自動で素材を生成する方法のひとつではあるが,音楽それ自体を生み出す わけではない。旋律やハーモニー,動機の展開が優位であったそれまでの音楽に対し,新しい展開の仕方を 示唆している。 セリエル音楽の分析の必要性は明らかだと思われるが,ブーレーズ自身はセリエル音楽の分析自体にこう 述べている。 「12音音楽の分析が私には時間の無駄に思えます。レースを編む老女のようです。しかし私は, あなたがもしこのような12音技法の経験を深く検討しないならば,さらにそれを拡張しようとか,前進させ ようとかすれば,偶然性たぐいの落とし穴や擬似科学的なものに陥ると私にはわかっています。こうしたも 9 。この文章からも確かなように, のは神話で,問題を探求する本当の方法,本当の中心から反れた道です」. ともすればセリーを基盤にして書かれた音楽の分析は1から12の番号を振るだけの表面上の機械的な分析で 終わってしまいがちである。これは例えれば,建物の設計図だけを見て実際の建物に入ったことのないよう な状態に等しいと考えられる。しかしセリエル音楽の分析は,セリーが作品構造にどう影響して一つの作品 に昇華させたかということまで分析し,なおかつそれを演奏上の解釈まで昇華することができるのではない だろうか。. 3.マトリクスについて この作品で用いられた12音のセリーは譜例1の通りである。このセリーをOriginal 1(以下O1と略記)と し, 音列内の各音高順に1から12の番号をふる。このO1を第1音(A flat)を起点に縦方向にも同様に並べ, y軸にできたものを順にO2〜 O12とすると,譜例2のような12×12のマトリクスが得られる。次に,O2〜 O12の最初の音を開始音とし,O1と同じ音程関係を持つ音列を生成(移置)することで自動的に12個のセ リーが生成され,譜例3のようなマトリクスが完成する。O1で各音高に付された1〜12の数字を,他の音. 6 modes à transpositions limitées. メシアンが提唱した作曲技法で, 『わが音楽語法』 (Olivier Messiaen, (1944) 『Technique de mon langage musical』,Alphonse Leduc)という音楽理論書で体系化した。 7 ピエール・ブーレーズ(船山隆・笠羽映子訳) (1982)『ブーレーズ音楽論 徒弟の覚書』,「シェーンベルクは死んだ」 よりp.266 8 ピエール・ブーレーズ(船山隆・笠羽映子訳)(1982) 『ブーレーズ音楽論 徒弟の覚書』 ,1982「偶々……」よりp.152 9 デイヴィット・コープ(石田一志,三橋圭介,瀬尾史穂訳)(2011)『現代音楽キーワード辞典』,「ピエールブーレーズ へのインタビュー」よりp.60 ここでいう12音音楽とはブーレーズの提唱しているセリエル作曲技法だけでなく,シェーンベルクの12音技法やメシアン のモード作曲技法等,広く12音列を基盤とした作曲技法のことを指す。. 101.
(5) 阿 部 俊 祐. 譜例1. 譜例2 譜例3. 列内の同じ音高にも付すことで,乱数表も同時に得られる。後にブーレーズはこの乱数表に音価,強弱,アー ティキュレーション等といった様々なパラメータを適用し,作曲に応用する。便宜上,x軸上には順にアル ファベットでA 〜 Lまでのアルファベットを付す10。なお,高音部譜表の五線内に収まるよう異名同音やオ クターブは適宜変更されている。 ブーレーズの《12のノタシオン》は,一部例外はあるものの,各曲冒頭の第1音は概ねO1の順番に沿っ て開始されており,全曲に渡りこのO1が深く関与していることが窺える。各曲がそれぞれ異なった手法で 展開され様々な工夫が見て取れるが,セリーが12の音で成っていることに絡め,12曲で構成されており,各 曲が12小節で構成される事によって有機的な関係性を形成している。. 4−1:6.Rapideの分析_セリーを中心に 本論文では《12のノタシオン》より第6曲を分析の対象とする。この楽曲はRapide(急速な)と表情を. 10 表記例:「O8-B」と表記すれば,O8のセリー上の2番目のあるG naturalを指し,付された10という数字から,このG naturalはO1セリー上の第10音と関係していることが分かる。. 102.
(6) ピエール・ブーレーズ《12のノタシオン》から見えてくる作曲技法. 与えられ,楽譜冒頭には「staccato,leggierissimo / marcatissimo」(スタッカート,極めて軽快に/極めて はっきりと)と演奏方法が指示されている。全12小節。6小節目と7小節目の間に真ん中を意味するmilieu の頭文字「m」が記されている。無窮動に続けられる16分音符が,波のように上下しながら動き回る楽曲で ある。一見無秩序に並べられたこれらの音であるが,譜例1のO1から派生した一つのセリーに基づいた極 めてシステマティックに組み立てられている。曲冒頭の上段では以下譜例4にあるように,O1-FであるE naturalから順番にセリーが開始され,O1-L音まで達すると再びO1-Aに回帰しO1-Eの音まで順行し,計12 個の音が提示される。. 譜例4. 最後の音であるA natural(O1-E)で最初のO1セリーの提示が終わるわけであるが,直ちにこのA naturalを開始音としたO9-Fを開始音としたO9のセリーが表れる。セリーの終了音=次のセリーの開始音と いう仕組みが,セリー提示の連鎖関係を生むのである。マトリクス上のセリーを上からO1,O2,O3…と順 に追わずO9に飛んでいる点に注意したい。O1の提示がF列から開始され,続くO9もF列から開始されてい ることから, ブーレーズはこの第6曲目Rapideの「6」という数字に絡め,この曲の中で現れる全てのセリー の開始音を第6音(F列)と定めているのが理解できる。この「6」という数字に,最小単位のセリーから 曲全体に至るまで関連性を生み出すことに成功している。O9のセリー提示は最初のO1セリーの提示手順と 同じく,L列までたどり着くと再びA列に回帰し,また順を追って提示が行われる。ここで先ほどと違うこ とは,提示される音は12音全てではなく11個であるということだ。つまりO9-Eまでではなく,O9-Dで提示 が終わっている。続くセリーを見てゆくと,提示音数が「m」まで順に12,11,10,9,8…と1つずつ減ら されゆくのが分かる。このシステム通り,続く3つ目のセリーはO9-DのG naturalをF列上に有するセリー であるので,O12がそれにあたる。提示音数は10個と減少し,終止音O12-Cに辿り着くと同時に次のセリー に移動する。この減少が「m」まで繰り返されてゆくわけであるが,「m」の直前である第6小節の終わり あたりで提示数は4つまで減少たのち,音数3つを飛ばし2つになる11。「m」からは減少が転じて,今度 は提示数が4,5,6,7…と1つずつ加算されてゆく(なお,ここでも提示数3は省略されている)。曲 の終わりまで一つずつ音数を増加させながら,最終的には11小節目でO7のセリーが12音全て提示され,コー ダとして続く12小節目でO8のセリーが再び12音全て提示される。最大数12から減少,増加と規則的な変化 をしながら,再び12に回帰するシステムが見出される。以下の譜例5がセリーの変化の推移をまとめたもの である。変化をわかりやすくするため,各音列はF列から開始するように並べ替えられている。提示数の減. 11 音数2ではなく音数3と解釈する可能性もある。C sharpで開始され音数2で提示されている部分をO8-Fと捉えるのでは なくO7-Eとして捉えると,C sharp, A flat, E naturalという3つのセリーが見出される。A flatが曲中ではA naturalに変位 したと解釈すれば次に続くO1-FのE naturalに接続される。しかしこの解釈は全てのセリーがF列から開始されるシステム から逸脱し,ここだけE列から開始することになるため矛盾が生じる。. 103.
(7) 阿 部 俊 祐. 譜例5. 104.
(8) ピエール・ブーレーズ《12のノタシオン》から見えてくる作曲技法. 少・増加のルール,そしてセリーの開始音・最後の音がセリー移動の共通音であることを明らかにした。マ トリクス中に存在する12個のセリーをただ無秩序に並置するのではなく,極めて徹底してセリーが持つ可能 性を拡張させ,細部にまでシステムを行き渡らせようとした痕跡が窺える。 ここまで上段の分析をしてきたが,下段の変化について注意すべき点が一つある。下段では,曲頭から「m」 まで8分音符1つ分のディレイ(遅れ)を持って2オクターブ下で順行カノンが形成されている。これが「m」 のターニングポイントE音から反行カノンに転じる。単純に音程を転回したものであり,セリーに内在する 規則的な音順列は認められない。ブーレーズはセリエル音楽において過去の技法を流用することを批判しつ つも,実際はこのようにカノン等といった古典的手法を取り入れている。これは矛盾を含みつつも非常に大 胆である。過去の音楽との関係性を保ちながら前衛的な実験を果たし,作品を構成する要素1つ1つに重要 な音楽的役割を与え,作品の完成度をより綿密なものにしている。. 4−2.その他の要素,強弱_増加と減少_波の諸要素について 楽譜の冒頭に,この作品を演奏するにあたり強弱に関する二つの可能性と,演奏のニュアンスについて柱 脚が記されている。まず強弱に関し一つ目は,ppから始まり「m」でffに達し,再びppまでdecrescendoし てゆく方法。もう一つはffから始まり「m」でppに達し,再びffまでcrescendoする方法である。次に演奏ニュ アンスについて,いずれの強弱の場合もstaccatoでということには変わりはないが,ppの時はleggerissimo に,ffの時はmarcatissimoという表情を与えるよう指示されている。多くの演奏家がpp<ff>ppという方を 選択しているようだが(今回の論文の主旨と外れるため現段階での統計は取っていない),二つの可能性は 演奏者に委ねられている。極めてシステマティックな作品でありながらそのなかに自由さを残す形となって いる。4−1で述べた通り,セリーの提示数が最大数12から減少・増加に変化していることからすれば, ff>pp<ffという強弱変化の付け方は,極めて自然な発想と言える。その逆の発想がpp<ff>ppであること は明白であるが,仮に最大数12を有すしている状態をセリーの全展開と捉えると,提示数の減少はセリーの 圧縮(あるいは密集)と捉えることが可能である。スポンジに例えると,何の力も加えられずに緊張なく弛 緩している状態がpp,次第に圧力が加わり体積を縮めながら圧縮されたものがffという状態だ。こう解釈す ることにより2つの強弱の違いは演奏上かなりニュアンスの違うものであるということが明確になってく る。1つの可能性がもつ別の側面をも提示しているという意味では,この楽曲はブーレーズが様々な可能性 を考慮し, 細部にまで計画が行き渡っているということの現れである。こういった圧縮と拡張のアイデアは, 12 の冒頭,物質が一気に圧縮 他の楽曲にも度々現れる。《プリ・スロン・プリ》(Pli selon pli,1957〜1989). され爆発したかのような強烈な一撃が表現され,その直後に粒子が漂うかのような弛緩・展開された音響が 13 の曲中におけるアクセント 広がるるような表現や,《…爆発・固定…》(…explosante-fixe…,1971〜1991). を伴う圧縮爆発,直後に拡散・拡張されたような残響が残る表現が好例である。後のブーレーズの作曲表現 の原素材としてこの第6曲を認めることができるのではないだろうか。 一連の増減運動は音の高さにまで連続で応用され,波状の音型を作り出している。一見するとセリーの順. 12 度重なる改訂を経て《たまもの》 《マラルメによる即興Ⅰ〜Ⅲ》 《墓》の5曲よりなる。この曲でも楽器編成がシンメトリッ クに配置されていたり,曲冒頭と一番最後がffの一撃で紐つけられている。曲を構成する和音や音型などもマトリクスを基 にした作曲技法が取り入れられている大作である。 13 度重なる改定を経たが,決定稿には至らず。ストラヴィンスキーへの追悼として作曲され,ライブ・エレクトロニクスを 用いた作品。. 105.
(9) 阿 部 俊 祐. に沿ってオクターブを上下しているだけのようだが,ここにも圧縮・拡張といった要素が見て取れる。以下 の譜例6は上下段に現れるそれぞれの波の最高音と最低音をピックアップし大譜表上に表したものと,その 波構造を簡単な図にしたものである。音程の開きは曲を通して「広−狭−広」という変化をしており,図の ように大きな波が小さくなり再び大きくなるという仕組みになっているのが見て取れる。セリーの音列が最 大数12から減少してゆき,再び12まで増加するという推移が,この音程幅にも応用されている。曲の終わり は,上下段共に同じ音高(B flatとF sharp)を用いつつ,波の上行下行が反転している。. 譜例6. 次に,連桁でつながれている音数であるが,以下の譜例7のような数が用いられている。ほとんどの部分 で「m」を軸とし鏡面反射のような関係を持っている。完全に反行しているものもあれば,順番が変化させ られているもの,あるいは間隔をあけて現れたものが曲の終わり部分に圧縮されて現れたりする。従ってこ れらは完全に鏡のように一致する訳ではないが,やはり中央点「m」を界に前半後半で対の関係性は保って いるのが分かる。また,最初の連桁の数が6から始まり,終わりが次の第7曲を指す数「7」になっている。 この楽曲の分析で,音構造に関してセリーが極めて深部まで決定権を持っており,セリーがどのような秩 序を与えられ自動に生成利用されてきたかを明らかにした。そこには,秩序が音高だけに作用するのではな く,強弱や音域,記譜上にまで関連付けられた作品全体に渡る秩序の美学が見出される。それまでの12音技 法での音楽展開の方法は,ブーレーズがシェーンベルクの12音音楽を批判している様に調性音楽に依存する ものが多く,結果として得られる音もどこか調性音楽の残り香を感じさせるものであった。しかしセリーの システムや秩序が生み出した響きは,調性的な音楽的発想からは得られぬ響きや無重力感をもたらし,新た な音楽をもたらした。この第6曲の分析から,細部までセリエルの秩序が発端となりつつ,その数学的ルー ル自身が美の根源として働きかけるシステムが見出され,作曲家が見事にそれをまとめ上げているのを発見. 106.
(10) ピエール・ブーレーズ《12のノタシオン》から見えてくる作曲技法. 譜例7. することができた。. 5−1.セリエル作曲法の展開と,歴史上の考察 セリエルは自動でその素材を生成する方法であるが故に,必然的に作曲家の意図しなかった響きに偶然出 会うことになる。ブーレーズはそうして得られた偶然性も管理すべきと考え,《ピアノソナタ第3番》(1955 14 や《プリ・スロン・プリ》等の作品でそれに果敢に挑戦しつづけた。トニック音を中心とした安 〜1957). 定と緊張という調関係に基づいた調性音楽が,調性崩壊後に不協和音の管理へと関心が移り様々な秩序化が 行われ,その中からセリエルという技法が生まれた。その不協和音の管理についてブーレーズが1つの可能 15 等の作曲家に 性を呈したと言える。その後セリエル技法はジャン・バラケ(Jean Barraqué,1928〜1973). より肥大化してゆく。 しかし現在の現代音楽界において,ブーレーズのようなセリエル音楽はほとんど姿を消し,すでに過去の ものとなりつつある。セリエルとほぼ同時期に様々な作曲技法が考案されたが,それは大きな潮流というよ りも,作曲家個人のスタイルとして存在してきており,多くの作曲家がこぞって使用するようなものとは言 えない。音楽評論家の沼野雄司が「大票田を失ってしまった現代音楽は,いわば戸別訪問によって支持を得 る以外の方法論をもちえず,そして戸別訪問であるかぎりにおいては,必然的に大きなトレンドはあらわれ 16 と指摘している様に,現代において主流の作曲技法を特定することは困難である。セリエル ようがない」. 作曲法はこうした流れの中で存在を薄めてきた。ブーレーズ自身,50年代頃までは極めて徹底したセリエル な作曲技法を取り続け,その後もセリエル作曲法を手放すことはなかったが,理論上の矛盾点や解決できな い問題を内包し続けた。70年代頃を境にセリエルの使用法に自由度が出始め,ブーレーズの作風の特徴であ る硬質な響きが徐々に軟化してきており,作風が変化してきたのが聴き取れる。 しかしこれは一時の流行りが廃れただけというものではない。セリエルはシステム構造を楽譜に置換する ことに主眼を置いた作曲技法であるため極めてロジカルな発想であったが,その技法が生んだ新たな響きは それまで西洋音楽史上初めて耳にするものであった。セリエル的な発想をもとにして創作された作品が音楽 上の様々な新しい効果,例えば重力感,浮遊感などを生み,新たな「音感覚」を生んだ。セリエル作曲法が 14 アンティフォニー,トロープ,コンステラシオン,ストローフ,ゼクエンツの5つの楽曲から成る。この5つのうちコン ステラシオンを中心(つまり3曲目)に置き,その他の演奏順序は奏者が決定する。全部で8種類の可能性がある。管理さ れた偶然性を取り入れた作品の代表作。 15 フランスの作曲家。非常に高度で緻密なセリー技法を扱い自己作品に非常に厳しい姿勢を取っていたため,非常に寡作で ある。当時セリー技法は廃れつつあったため,楽壇の主流からは距離を置いた存在であった。 16 沼野雄司(2005)『リゲティ,ベリオ,ブーレーズ―前衛の終焉と現代音楽のゆくえ』よりp,176. 107.
(11) 阿 部 俊 祐. 廃れていったのは,新しい響きに対する価値観が普遍化してきたことによる。未知の音響構造に出会い,音 そのものの音響構造を見つめ直そうとする挑戦に関心が移っていったのは自然の流れと言えよう。 2010年代初頭のフランスでは,セリエル音楽の代わりにスペクトル音楽17が主流となる。多くの現代音楽 作曲家の関心は音響そのものや音の倍音構造へと焦点を移していった。12音という平均律上の音は,それぞ れ異なる周波数を持っているため,厳密にいうとオクターブの関係は楽譜上同じ音とみなされても実際の周 波数上は異なる音である。セリエル技法はオクターブに関しては同一のものと見なされるため18,音そのも のに対しては楽譜上音高を決める音符記号として認識していたと言える。一方でスペクトル音楽は周波数や 倍音構造を楽想の出発点にしているため,セリエル音楽とはそもそも発想の出発点が違うものである。それ でも並置や移置・拡大縮小等様々なパラメーターの自動生成,秩序化や,圧縮や拡大,加算減算などという システマティックでロジカルなアイデアは,音楽の数学的な側面の歴史に即しており,セリエル音楽とスペ クトル音楽の両者に多く共通して見い出すことができる。 セリエル作曲法の中にも,古典的・ロマン的な展開の仕方に源泉を見いだすこともでき,脈々と続く西洋 音楽史のコンテクスト上に位置しているのが分かる。セリエル音楽はすでに現代の古典となりつつあるが, 疑いなく現代音楽史を理解する上で非常に重要なものであり,《12のノタシオン》は緻密かつシンプルな構 造を持っているため,その語法を紐解くために大変有意義な教材といえる。. 5−2.実 践 創作者の立場として,これらの分析を通して実際の作曲にどう実践したかを報告したい。 《12のノタシオン》 より第6曲を分析して得られた「増加・減少」や「爆発・残響」という概念を,作品全体の構成・様式へ実 験的に応用した作品を作曲した。 《IL》(イル,2010-2011)というオーケストラ作品と《Ombre/Son》(音 の影,2010)という邦楽器と古楽器のアンサンブル作品の二曲である。ここでは一種のロンド形式のような 回旋的な形式で応用する方法を取った。本論文では例として《IL》というオーケストラ作品を挙げ,概要を 説明するに留める。 この曲は大きくAとBの二つの楽想があり,各々が逆行した変化をしながら交互に現れる。A部分の始め は,大きな時間的持続(具体的には小節数や拍数・律動に関わる)とffという強い音響を持っている。動的 な音楽性をもつ部分で,常に弦楽四重奏のsoliによる持続和音と,それを取り巻くオーケストラの混沌とし た響き,そして一定の持続的リズムから成る。様相の変化を伴いつつルフラン19の様に合計五回現れるのだ が,次第に長さと強弱は減衰してゆき,最終的にはppでわずか数小節から成る弦楽四重奏の和音持続だけ が残り,主要部としての役割を薄めてゆく。一方Bはこれと逆のプロセスをたどる。Bは始め静的な性格を もち,音楽的にはロンドのクプレ20に近い。神秘的な和音の持続とバスドラムによる心臓の鼓動を模したリ ズムから成り, 計四回現れる。最初はppのわずか数小節の短い和音持続で,次第に長さと強さが増してゆく。 回を重ねるごとに和音やバスドラムの強度が増して行き,最終的にB部分がA部分を侵食し主要部へと取っ. 17 ジェラール・グリゼー(Gérard Grisey, 1946-1998)やトリスタン・ミュライユ(Tristan Murail, 1947-)等といったフ ランスの作曲家を代表とする,音響現象から作曲技法を導き出した潮流の一つ。 18 ウェーベルンは,各12音を絶対的な音高のみで用いるという作曲技法を実践しているが,それも数多くあるオクターブの 中から任意に選び出されたものである。そのため周波数をもとにした音高ではなく,記譜上の音高が主体となる作曲技法で あるためスペクトル音楽とは根源的に違うものである。 19 refrain. ロンド形式において繰り返し現れる主要部のこと。 20 couplet. ロンド形式において主要部の繰り返しの間に挿入される部分のこと。. 108.
(12) ピエール・ブーレーズ《12のノタシオン》から見えてくる作曲技法. て代わる構造となっている。これが「増加・減少」という変化を二重の構造で表現したものである。一連の プロセスを終えるとC部分に映るが,ここでは「爆発・残響」のアイデアを用いた。突然sffzのtuttiによる 強烈な爆発を起こし,ppの残響が漂うCの部分へと移行する。以下Codaが続き曲を閉じるという構造だ。 全体構造の簡略図は以下譜例8になる。. 譜例8:阿部俊祐《IL》(イル,2010)の全体構造. 音高生成のシステムは,ブーレーズの様に純粋なセルエル技法を用いているものではないが,12音を均等 に扱いシステマティックに変化し続ける方法を取っている。12音をいくつかの音グループに分け,音程関係 には規則的な増加・減少のシステムを与え,各グループの響きが変容してゆく方法をとった。このようにし て音高生成システムと楽曲全体の構造に「増加・減少」の関係性を持たせた。音高決定にシステマティック な方法を用いる以上,作曲家の予期しない偶発的な響きが多く得られるわけであるが,ブーレーズがそれら を比較的積極的に用いたのに対し, 《IL》ではアイデアの一つとして捉え,最終的に耳の感覚によって修正 することで対応した。. 6.まとめ 《12のノタシオン》第6曲を通してセリエル技法の細部の緻密さと,そこから派生し全体にまで及ぶフォ ルムの関係性を見てきた。こうした作曲技法は生物の細胞と個体の関係に似ている。生物は細胞を最小単位 とし,細胞-組織−臓器−器官系−個体という階層的な構造になっている。わずか12音という細胞が,セリー という秩序で並べられ,そのセリーが自己の秩序でマトリクスを生成し,さらにそのマトリクスから派生し たシステムで曲全体のフォルムを成すという構造に非常に近いものがある。1つ1つの緻密さの蓄積で作品 の全体像になるという作曲方法は,西洋音楽史上極めて重要な事象であることに変わりない。独自の語法を 開発し,そこから生まれた矛盾や問題点を自己解決するために挑み続けるという作曲姿勢は,形は変われど 未だ作曲上重要なものである。 今後はセリエルに限らず,こうしたシステマティックな発想や作曲方法がどの様に応用され続け,現代に おいてどう音楽と関係性を保ちながら変化しているのか,継続的な研究を行う予定である。. 参考文献 ・Pierre Boulez(1945)douze notations pour piano,universal edition. 109.
(13) 阿 部 俊 祐. ・デイヴィット・コープ(石田一志,三橋圭介,瀬尾史穂訳) (2011) 『現代音楽キーワード辞典』 ,春秋社 ・沼野雄司(2005)『リゲティ,ベリオ,ブーレーズ―前衛の終焉と現代音楽のゆくえ』 ,音楽之友社 ・ピエール・ブーレーズ(船山隆・笠羽映子訳)(1982) 『ブーレーズ音楽論 徒弟の覚書』 ,晶文社 ・ 『ニューグローブ世界音楽大事典』,講談社. . 110. (岩見沢校特任講師).
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