書字スリップにみる漢字書字に困難を持つ中学男児の運動プログラム制御の問題について
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(2) 北海道教育大学紀要(教育科学編)第62巻 第1号 JournalofHokkaidoUniversityofEducation(Education)Vol.62,No.1. 平成23年8月 August,2011. 書字スリップにみる漢字書字に困難を持つ中学男児の 運動プログラム制御の問題について 斉藤 真善・高橋 絢子*. 北海道教育大学札幌枚特別支援教育専攻 *札幌市立元町北小学校. TheProblemofMotorProgramControlforSlipsofthe PenintheJuniorHighSchooIStudentHavingDifficultyWritingKanji SAITOMasayoshiandTAKAHASHIAyako* DepartmentofSpecialEducation,SapporoCampus,HokkaidoUniversityofEducation. *Motomachi−kitaElementarySchool,Sapporo. 概 要 本研究は,漢字書字に困難を持つ事例に対し,三つの条件下で急速反復書字を行い,運動プログラム制御 の困難性について検討した。一つ目は通常の急速反復書字。二つ目は類似した文字を目視することで視覚イ メージを事前に活性化させる条件。三つ目は類似した文字の運筆を繰り返すことで運動イメージを事前に活. 性化させる条件であった。結果,三つ目の条件でスリップが多く出現したことから,運動プログラム制御の 問題が書字困難の背景にあることが推測された。. はじめに 問題の所在. ここでは,漢字習得の困難を主訴とする中学男児の事例について報告する。本草例の特徴は,同じ漢字を. 連続して書き続ける過程1で,漢字を構成する要素の一部に変容が生じ,本来の字形を保てないことにあった。 変容後の文字は,ハングル文字のような様相を呈することが多く,丸や四角といった単純な形に置き換えら れやすい傾向にあった。この現象は,特に新奇な漢字の練習の時に観察されやすく,習得後の漢字ではほと んどみとめられなかった。このような特性を持つゆえに,新奇な漢字を練習しても,そのつど形が変容して しまうために,定着がままならない状況にあった。一番目の文字には,歪みはあるが顕著な変容は生じてい なかった。顕著な変容が生じるのは,記憶を元に繰り返し書き続けた後の段階であることから,指導当初,. 1. ●●●. 模写すべき漢字を覚えて書く状況を指す。手本となる漢字を見ながら,一文字ずつ模写する場合には変容は生じなかった。. 117.
(3) 斉藤 真善・高橋 絢子 形態ならびに運筆の想起及び出力の段階に問題があるのではないかと推測した。. 苦学における運動プログラムの制御について. 仁平(1984,1988),Nihei(1986a)は,急速反復書字という実験法を用いて,書字における運動プログ ラム制御過程について検討している。通常の書字速度よりも速く,かつ反復して同じ漢字を書くと,意図せ ずに他の文字を書字してしまう現象が生じる(図1)。これを書字スリップ(slipsofthepen)という(以下, スリップ)。例えば,仁平(1984)は,漢字の「九」を速く繰り返し書くと,途中で平仮名の「れ」を書い てしまう者が,全体の39%にのぼったと報告している。漢字の「九」と平仮名の「れ」は,文字のカテゴリー (漢字:平仮名),音声,意味において類似性を持たないため,類似性のある属性として考えられるのは, 形態と運筆となる。. この点についてNihei(1986a)は,運筆がスリップの出現に影響していることを明らかにした。通常, 漢字の「九」は,一画目に「縦のはらい(「ノ」)」から書き始めるが,横棒から書き始める者もいる(実際 この研究では,被験者の40%が通常ではない運筆だった)。そこで,通常ではない運筆(縦のはらいを二画 目に書くタイプ=「れ」の運筆とは類似性を持たないタイプ)の者を抽出して,スリップの出現について再 検討したところ,この群では「れ」の書字スリップは生じないことがわかった。もし,文字の形態類似性が 影響しているならば,運筆のパターンに関わらず,書字スリップは生じるはずである。しかし結果は,「れ」. の運筆に類似した「九」の運筆をも持つ者の方がスリップを生じやすかったことから,スリップを誘発する 要因として運筆の類似性が挙げられることとなった。このようにスリップは,ある文字を書くときに,その 文字と同じ運筆パターンを含む文字を同時に活性化してしまうことによって,目標としている文字を書こう としているにもかからず,誤って活性化されたプログラムが出力された結果,生じるのだと考えられている。. 〟一一飯壌敷板麹薮簸葡萄簸敬勢 九 九 九 鬼 水 元 丸 正 九. 図1 急速反復書字によって誘発されるスリップの例(仁平,1990). Pre−aCtivationの効果について. Nihei(1988)は,ある文字を書字するのに先立って,その文字に含まれる運動プログラムを共有する他 の文字を繰り返し書くことによって活性化を高めておくと,急速反復書字の際,スリップが増加することを 見出した。この方法をPre−aCtivationと言う。スリップの出現頻度は,Pre−aCtivationの回数と比例してお り,スリップを引き起こしやすい文字の事前の反復書字は,その文字に含まれる不適切な運動プログラムを 抑制するのではなく,反対に,活性化が累積的に高められ促進すると考えられている。. しかし,Nihei(1988)のPre−aCtivationの方法では,書くだけでなく,善かれた文字を目にすることに なるので,文字の形態と運動プログラムの両方を活性化させることになっている。そこで本研究では,以下 の三つの条件下で急速反復書字を行い,形態と運動の活性化を分離することにした。一つ目の条件は, Pre−aCtivationを行わない急速反復書字条件(以下,No−aCtivation条件)。二つ目は,タッビング行わせな がら文字カードを一定時間眺めることによって文字の形態のみを選択的に活性化させた後に急速反復書字を 行う条件(以下,Pre−aCtivation(視覚)条件)。三つ目は,手もとを布で覆って書字した文字を見えなく しながら繰り返し書くことによって運動プログラムのみを選択的に活性化させた後に急速反復書字を行う条. 118.
(4) 書字スリップにみる漢字書字に困難を持つ中学男児の運動プログラム制御の問題について. 件(以下,Pre−aCtivation(運動)条件)であった。運動プログラム制御に困難性を持つと仮定するならば, 三つ目の条件でスリップが多くなると予想される。 出力過程の困難性について検討する前にまず,視覚認知に関わる基礎的なプロフィールを確認するために,. Rey−Osterriethの複雑図形(以下,Reyの図形)の検査を行い,図形の模写能力及び構成能力の評価を実 施した。本検査は,視覚的な知覚,視空間構成,運動機能および記憶などの諸機能が関与し,さらにこの図 形の持つ複雑性により,視覚認知の発達,つまり,視覚情報を計画,構成,組み立てる能力の発達を評価す るものに有益だと考えられている(萱村ら,1997,2007)。. 方 法 対象児:. く成育歴〉. S市内のN中学校の通常学級に在籍している3年生男児(15歳4カ月。以下,対象児)。生下体重2987g。 走頚:3か月,初歩:1歳6カ月,始語:1歳2カ月。1歳半健診で,ことばと運動の遅れを指摘された。 平成14年4月から,ことばの教室で指導を受ける。サ行と夕行の発音は不明瞭であった。既往歴:口唇口蓋 裂(平成17年9月手術)。/ト学校入学後から読み書きに困難を抱えており,ひらがなの読み書きを完全に習 得したのは小学校4年生時,カタカナは小学校6年生時であった。仮名文字の習得後は,漢字書字に困難を 抱えており,現在に至っている。漢字を書いているうちに本来書くべき漢字とは形の異なる漢字を書いてし まうことが多い。平成20年7月(12歳0ケ月時),S市内療育機関において,学習障害(読み書き障害)の 診断を受けた。. く実施済の知能検査等〉. WISC−Ⅱ(12歳0カ月時):FIQ87(VIQ:85,PIQ:92)であった。「符号」(評価点3点)の落ち込み が目立っていた。「積木模様」(8点),「組合せ」(9点)は,PIQの個人内平均値を上回っていた。*「数 唱」「記号探し」は未実施。. ベントン視覚記名検査(12歳0カ月時):A図版を用いて,形式Ⅰ(10秒提示後の即時再生)で実施した。 正確数は9で,8∼14歳の基準と比較すると「優秀」であった。誤謬数は1で,これも基準との比較では「非 常に優秀」となっており,視覚記名力の問題は指摘されていなかった。. K−ABC(15歳4カ月時):実施年齢が15歳4カ月だったため補正年齢による評価を行った(10歳0カ月)。 継次処理尺度74±10,同時処理尺度123±9,認知処理尺度101±8,習得度尺度69±6であった。尺度の比 較の結果,継次処理<同時処理,習得度<同時処理,習得度<認知処理であった(有意水準はそれぞれ1%)。 「数唱」(相当年齢:5−3,Wl%),「手の動作」(6−6,W5%)が特に低かった。一方,「絵の統合」(13−0以 上,S5%),「模様の構成」(13−0以上,Sl%),「位置さがし」(13−0以上,Sl%)は高かった。. 所 見:「積木模様」「模様の構成」「組合せ」の成績からは,視覚的空間認識力及び構成力は保たれている と考えられる。「位置さがし」の成績は,視覚的な短期記憶力は保持されていることを示しており,ベント ン視覚記名検査の結果と一致する。「符号」の顕著な落ち込みは,視覚的な短期記憶の困難が示されていな いことから,書字の不器用さ,つまり運筆の非流暢さが影響していると考えられた。「手の動作」の成績の 低さは,運動系列の記憶が苦手であることを示しており,この結果と一致する。. 119.
(5) 斉藤 真善・高橋 絢子 比較群:. A児の同級生18名(承諾が取れず,知能検査は未実施)。ここでは,便宜的に定型発達児群として扱った。. 検査方法:. く手続き〉. 萱村ら(1997)と同様に,白紙と鉛筆(HB)を渡し(消しゴムは使用しない),Reyの図形を覚えなが ら模写するように教示した。その後,3分間の休憩をはさんでから,別の白紙と鉛筆を渡し,模写した図形 を想起しながら書くように教示した。Reyの図形はactualsizeを用いた。模写終了後にReyの図形は,被 験者の目には触れないようにした。模写,想起再年ともに,時間制限は設けなかった。構成方略を評価対象 とするため,模写の過程をビデオ撮影した。. く評定方法及び結果〉. 正確さの評価方法としては,Osterrieth法を用いた。この方法は,Reyの図形を18個のUnitに分け,各 Unitの形態や相対的位置関係の正確さに着目して評価する(最高36点)。ただ,この評価方法のみでは図形 の描出過程が無視されており,被験者がどのようにして描いたのかという構成方略に関しては全く評価され ない点が欠点である。. そこで本研究では,構成方略を評価するOrganizationScoringSystem(以下,OSS)による評価方法も 併用することにした。OSSによる評価では,Reyの図形を6つのSectionに分割し,どの程度ひとまとめ に書いたのかという観点から評価する(最高49点)。萱村ら(1997)の研究によると,模写の際の構成方略 の評価は,想起再生での正確さの評価に比例すると報告されている。考察では(1)模写の構成方略が図形の記 憶過程に促進的に関わっていること,(2)模写の構成方略は想起再生の正確さの有効な予測変数であることを. 示唆している,と述べている。本児は,手先の運動が不器用なため,正確さのみの評価では,図形の視覚的 な認識能力を把握することが難しい。描出過程における構成の様子に着目した評価方法は,不器用さの要因 を排除する効果を持つと期待できる。. 評価は二名が独立して実施した。うち1名は,本実験の実施者,もう1名は研究の内容について知らない 大学生で,評価方法のみの説明を受けて実施した。結果,二名の評定値の相関係数はそれぞれ,模写(正確 さ):r=0.93(p<.01),想起再生(正確さ):r=0.95(p<.01),模写(構成方略):r=0.77(p<.01) であった。いずれも高い相関が得られており,二名の評定値はほぼ一致していると考えられた。. 表1Reyの図形検査の各評価点 模写(正確さ). 対象児. 17. 比較群. 33.7(2.0). 想起再生(正確さ). 12.5 24.5(5.7). 模写(構成方略). 31 31.2(4.4). 表1に評価点の結果を示した。図2に対象児が描いた図を示した。比較群は33.7点(標準偏差2.0)であっ た。対象児の得点は,比較群の平均より約8.4SD分下回っていた。比較群に比べて,正確さが劣っている ことがわかった。想起再生(正確さ)では,対象児は12.5点,比較群は24.5点(標準偏差5.7)であった。 対象児の得点は,比較群の平均より約2.1SD分下回っており,想起再生においても模写同様に正確さが劣っ ていることがわかった。最後に模写(構成方略)では,対象児は31点,比較群は31.2点(標準偏差4.4)であっ. た。対象児の得点は,比較群の平均の1SD以内に収まっていた。. 120.
(6) 書字スリップにみる漢字書字に困難を持つ中学男児の運動プログラム制御の問題について. 構成方略による評価では,対象児は比較群とほぼ同成績となった。萱村ら(2007)によると,小学5年生 の児童では,模写と構成方略の成績に相関がみられるという。この報告における小学5年生男児の模写(構 成方略)の評価点の平均は,29.47点(SD:5.49)で,対象児の成績とほぼ同程度であった。一方,模写(正 確さ)の評価点は,小学校2年生男児の平均が21.21点(SD:4.67)であることから,対象児の成績はこの 群と同程度であると考えられた。したがって,定型発達児を対象とした萱村らの報告と異なり,対象児にお いては正確さと構成方略と間の成績には禿離があると判断した。この原因について,実施済の知能検査等の 結果から推測すると,対象児は「符号」(WISC−Ⅲ)および「手の動作」(K−ABC)の評価点が低く,手先 の不器用さ,系列運動の組織化などの困難性を有しているものと考えられる。したがって,模写の正確さと 構成方略の間の成績の尭離は,視知覚という人力段階の問題ではなく,運動出力の問題が影響していると考 えることができる。模写においては,形態の置換や線と線の位置関係は維持されていることから空間的把握 は正確であったと判断した。一方,どの部分でも歪みが大きく,正確な連動制御が難しいことが減点の主な 原因になっていたと推測した。. 図2 対象児の措いたReyの図形(左が模写,右が想起再生). 手続き:. 各条件ごとの手続きを以下に記した。 No−aCtivation条件:. 白紙(B4版,横向き)と鉛筆(HB)を渡し,「00という字だけをできるだけ速く,私がストップと言 うまで書き続けてください」と口頭で教示した(急速反復書字)。文字の数は,実験者がカウントした(50回)。. Pre−aCtivation(視覚)条件:. スリップとして現れやすい漢字が印刷されたカードを1分間目視するように教示された。さらに漢字の視 覚情報(形態)のみを活性化させ,運動プログラムの活性化を防ぐために,目視中は両手で交互タッビング を行ってもらった(机を軽く叩いた)。Pre−aCtivation終了後は,No−aCtivation条件と同様の方法で急速 反復書字を行った。. Pre−aCtivation(運動)条件:. スリップとして表れやすい漢字を1分間繰り返し書くように教示された。碇示された漢字の運動プログラ ムのみを活性化させ,視覚情報(形態)の活性化を防ぐために,手もとを布で覆い,書字したものが見えな いようにした。Pre−aCtivation終了後は,No−aCtivation条件と同様の方法で急速反復書字を行った。. 121.
(7) 斉藤 真善・高橋 絢子 文字の選定:. 大学生15名を対象に急速反復書字を行い,スリップの数及びスリップの生じた人数を,文字ごとに集計し た。方法はNo−aCtivation条件と同様に「00という字だけをできるだけ早く,私がストップと言うまで書 き続けてください」と教示した。調査した漢字は「類」「九」「休」「参」「木」「交」「貝」の7つであった。. 表2に結果を示した。. 表2 選定の対象となった文字ごと のスリップ数と発生人数. 表3 比較群において使用した文字のカウンターバランス. スリップ数の平均 発生人数 (1人当たり:回) (15名中:人) 交. 1.93. 類. 1.93. 6. 九. 1.6. 9. 木. 1.46. 9. 参. 1.2. 9. 休. 0.86. 5. 月. 0.6. 6. No−aCtivation条件 Pre−aCtivation(視覚)条件 Pre−aCtivation(運動)条件 パターン1. 木. 交. 九. パターン2. 木. 九. 交. パターン3. 交. 木. 九. パターン4. 交. 九. 木. パターン5. 九. 木. 交. パターン6. 九. 交. 木. 調査対象者が少ないため,発生人数は参考値とし,スリップ数の平均を基準にして,上位4つの漢字を採 用することにした。選出した文字は「交」「類」「九」「木」であった。「類」は他の漢字に比べて画数が多い ので,練習用とした。対象者は全員,No−aCtivationの手続きで急速反復書字の練習を行なった後,本試行 を実施した。実験は全て,No−aCtivation条件→Pre−aCtivation(視覚)条件→Pre−aCtivation(運動)条 件の順に実施した。対象児は,三つの漢字全てを用いた。文字ごとに1週間の間をおいて実施した。比較群 は,表3のようにカウンターバランスをとって実施した。 Pre−aCtivationに使用した文字は,選出した文字と筆順の類似性の高いものを選んだ。「木」対して「大」,. 「交」対して「文」を使用した。「九」の場合は,正しい筆順の者と誤った筆順の者がいるため,事前に確 認した。結果,正しい筆順の者と誤った筆順はそれぞれ9名ずつとなった(18人中)。正しい筆順の者には「れ」 を,誤った筆順の者には「力」を使用した。なお教示中の「00」の部分は,以下のように口頭で伝えた。「木」 :木曜日の「もく,き」,「交」:交差点の「こう,まじわる」,「九」:漢字で数字の「きゅう」。上記の教 示で,漢字を想起できない者はなく,提示後すぐに書字を開始していた。. 結 果 図3と表4に結果を示した。No−aCtivation条件における平均書字スリップ回数は,対象児が5.3担I,比 較群は0.9回(SD:1.9)であった。対象児の成績は,比較群の平均より,約2.3SD分上回っており,スリッ プの数が多いことが分かった。Pre−aCtivation(視覚)条件では,対象児が2回,比較群は0.8回(SD:1.4) であった。対象児の成績は,比較群の平均の1SD以内に収まっていた。Pre−aCtivation(運動)条件では, 対象児が7.0回,比較群は1.2回(SD:1.9)であった。対象児の成績は,比較群の平均より,約3.4SD分上 回っており,スリップの数が多いことが分かった。 図4に対象児のスリップを例示した(破線の楕円で囲まれた文字)。すべてPre−aCtivation(運動)条件 である。上段は「力」を事前に書いた後に,「九」を急速反復書字した場合である。「力」を最後まで書いた. 122.
(8) 書字スリップにみる漢字書字に困難を持つ中学男児の運動プログラム制御の問題について. あと,間違いに気付き,「九」を重ねて書いて修正している。中段は,「大」を事前に書いた後,「木」を急. 速反復書字した場合である。一見,「木」を連続して書いているように見受けられるが,ビデオで確認する と「大」を書いた後に,縦棒を書きこんでいた。「大」の運筆が発動しているので,スリップと認定した。 下段は,「文」を事前に書いた後,「交」を急速反復書字した場合である。字形は保たれているが,ビデオで 確認すると「文」を先に書いてから,「八」を後から付け加えていたため,スリップと認定した。いずれの 場合も,Pre−aCtivationで書いた漢字を最後まで書いた後に,修正していた。一文字ごとにスリップに気づ いているものの連続してスリップが生じることもあり,意図に反して間違った運動プログラムが出力されや すい状況になっていると推測された。. No−aCtivation条件. Pre−aCtivation(視覚)条件. Pre−aCtivation(運動)条件. 0. 2. 4. 6. 図3 各条件ごとの急速反復書字におけるスリップ数の比較. 表4 各条件ごとの急速反復書字におけるスリップ数の比較 (カツコ内は標準偏差). づ革帯に書誌漉馳豪華箪髄猿払 恍」転璃塩し鞄. →事前に書いた「大」を書いた後に、縦棒を付けカロえた。. →事前に書いた「文」を書いた後に、「八」を付け加えた。 図4 対象児のスリップの例(Pre−aCtivation(運動)条件). 123.
(9) 斉藤 真善・高橋 絢子. 総合考察. 通常の急速反復書字(No−aCtivation条件)ならびに運動プログラムを選択的に活性化した後の急速反復 書字(Pre−aCtivation(運動)条件)において,対象児は比較群に比べて多くのスリップが生じた。この結 果は,書字困難の背景に運動プログラム制御の困難性があるという当初の仮説を支持することとなった。. 一方,Pre−aCtivation(視覚)条件でのスリップの数は,対象児の成績は比較群とほぼ同程度であった。 No−aCtivation条件のスリップ数に比べても,約4割程度にとどまっており,この条件ではスリップが抑制 されていることがわかった。書字スリップは,Norman(1981)の分類でいえば,「意図しないスキーマの 活性化」による行動的エラーの一種である。意図しないスキーマが活性化しやすい条件は,(1)意図しないス キーマが意図するスキーマよりも使用頻度が高い場合,(2)最近使用されたばかりで活性化が高まっている場. 合,の二つであるがPre−aCtivation(視覚)条件でのスリップの抑制には(2)の特性が関与していたことがま ず考えられる。Pre−aCtivation(視覚)条件では,書字運動を活性化させないために一定のリズムで両手の 交互タッビングをすることを要求した。急速反復書字に入る前に,不適切な運動プログラムが活性化されな かったことが,スリップが生じることを抑えたのかもしれない。しかし,No−aCtivation条件も,急速反復 書字に入る以前には運動を行っていないので,実験実施前に,不適切な運動プログラムが事前に活性化され ていないという点では,両条件は同じである。したがって,この説は可能性としては低いと考えられる。他 の可能性は,視覚イメージの活性化の違いである。Pre−aCtivation(視覚)条件では,事前に提示された文 字の視覚イメージが,不適切な運動プログラムの活性化を抑制し,正しい運動プログラムの呼び出しと出力 に影響したのではないかと考えられる。Pre−aCtivation(運動)条件のように,同じモダリティー(運動→ 運動)だとスリップの増加をもたらすが,Pre−aCtivation(視覚)条件のように,違うモダリティー(視覚 →運動)だと抑制をもたらした今回の結果については,さらなる検討が必要であるため,今後の課題とした い。. 最後に書字速度とスリップの関係についてである。仁平(1991)は,スリップが最初に記録された時の書 字運動の速度変化のグラフを紹介している。スリップが生じるところで書字速度は最大になり,なおかつ文 字と文字との時間間隔が短くなっている。図5は,実験終了後,対象児が初めて目にする「岡(もう)」の 字を「速く連続して書く(急速反復書字)」,「1文字ごとに1秒間のポーズを入れながら速く書く」,「ゆっ くりと連続して書く」,「1文字ごとに1秒間のポーズを入れながらゆっくり書く」の四つの条件で書字して もらった結果である(30回)。書字速度が遅い方が,運筆の乱れは少なく,筆圧も安定し,字形も保たれる 傾向にあった。また連続して書く方が1秒ごとのポーズがあるよりも,後半の文字の乱れは少ない印象を受 ける。ポーズがあることによって,かえって不適切な運動プログラムが活性化されやすいのかもしれない。 スリップの出現をコントロールするには,書字速度が速くならないように一定に維持さながら,かつ達筆が 途切れないように連続して書くように促す教示が効果的であるかもしれない。. 千葉ら(2006)は,高齢者(60∼80歳以上)を対象に文字の継次的な速度曲線の不変性を利用し,書字評 価の有効性について検討した(平仮名の「ん」を使用した)。結果,高齢になるに従い書字時間が延長する 傾向にあり,かつ書字時間の増大にともない速度ピーク数(「ん」の場合は4個が予想される)の増大が観 察され,相関が認められた。この結果について,筆者らは書字速度の遅延は,老化による運動協調性(スムー. ズさ)の低下によるものと推測している。速く書くことはスリップを誘発する条件となりえるため,適切な 速度まで低下させる必要があるが,反対にゆっくりとした書字は,千葉らのデータが示す通り,文字の持つ 不変的な速度変化パターンを壊すことになるために(速度ピーク数の増加),文字の習得や整った書字を行 うことを妨害する恐れがある。千葉らの報告で興味深いのは,文字を大きく書く方が,書字時間が延長して. 124.
(10) 書字スリップにみる漢字書字に困難を持つ中学男児の運動プログラム制御の問題について. <速く連続して書く(急速反復書宇)> 軒7‥一利、㌃・−i11nサヤ甲や草当り′河恥p・P碓 ..Jl,二こ∫ヽ−て†lヤノG、1∴ヴ. <1文字ごとに休息しながら、速く書く>. ¶ __. 宣ネlコ・一手1.下1−ノ1牙和lこコ ml二1,二戸、ロ作. 甘予青石「石丁示1 くゆっくり連続して書く>. 」三・理理照才子・1・中軒叫♂・軒中和針−い斗叶竹卓「・高車ノ圧I・」. L. 翻■山東恒坤埋叫. <1文字ごとに休息しながら、ゆっくり書く>. 糾了凍且旦旦血豆両丁砺波止」二∴」訝 」九重旦止虹上山_⊥ =. rl _. 図5 書字速度と文字ごとのポーズ(休息)の有無による文字の乱れの様子. いる高齢者でも比較的文字の構造特性にあった速度ピーク数で書字できる傾向にあるということである。ま た文字の大きさによって書字速度は変化することもわかっている。文字を大きく書く方が書字速度は速くな. るのである。これらの結果を総合するとつまり,高齢者が老化によって書字速度が低下しても,文字を大き く書くことによって速度の低下を防いでいる者は,速度ピーク数を保持できるので,整った字を書くことが できるということになる。この点は,運動の不器用さを持つ対象児の指導のポイントになりえるかもしれな い。図5を見ると,「ゆっくり書いて」と教示された3,4段目の文字は,「速く書いて」と教示された1, 2段目の文字よりも大きく書く傾向にある。文字の大きさは指定していないため,この大きさの変化は,対 象児が書字しやすい方略へと自動的に調整した結果だと考えられる。 書字速度について以上の結果をまとめると,(1)スリップを回避するために書字速度を速くしないように「い つもよりゆっくりと書くように」と,(2)書字速度の低下によって速度ピーク数の増加を招かないように「い. つもより大きく書くように」の二つの教示によって,書字がスムーズに行われる最適速度を対象児自身が感 得,操作できるように指導していくことが重要だと考えられる。 今後は,書字速度の工夫(書字過程中の介入方法)に加え,Pre−aCtivation(視覚)条件で得られた抑制 効果についても注目し,書字前段階での効果的な介入方法についても検討したいと考えている。. 引用文献. 千葉登 藤原健一 藤井浩美 後藤順子 永谷典子 日下部明 2006 文字速度曲線を用いた書字評価法の検討一昔年群と高 齢群の速度ピーク数の違いについて一 山形県作業療法士会誌 4(1)18−23. 仁平義明1984 書字スT)ップの実験的誘導一書字運動プログラムのpre−aCtivationの効果−,日本心理学会第48回発表論文 集 278. Nihei,Y.1986aExperimentallyinducedslipsofthepen.InH.S.R.Kao&R.Hoosain(Eds),Linguistics,pSyChology,and theChineseLanguage,UniversityofHongKong309−315 Nihei,Y.1988Effectsofpre−aCtivationofmotormemoryforkanjiandkanaonthepen:aneXperimentalverificationofthe recencyhypothesisforslips.TohokuPsychologicaFolia471−7. 125.
(11) 斉藤 真善・高橋 絢子 仁平義明1990 からだと意図が元離するとき−スリップの心理学的理論一 任伯膵・佐々木正人(編)「アクティブ・マイ ンド一人は動きのなかで考える−」 第2章 東京大学出版会 55−86 仁平義明1991急速反復書字によるスリップ発生のメカニズム.東北大学教養部紀要(56)109−172 Norman,D.A.1981Categorization ofactionslips.PsychologicalReview,88,1−15. 萱村俊哉・中嶋朋子・坂本舌正1997 Rey−Osterrieth複雑図形における構成方略の評価とその意義,神経心理学第13巻第 3冒▲,190−198. 萱村俊哉 萱村朋子 2007 ReyOsterrieth複雑図形の模写における正確さと構成方略の発達,武庫川女子大紀要(人文・ 社会科学)55 79−88. (斉藤 真善 札幌校准教授) (高橋 絢子 札幌市立元町北小学校). 126.
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