地域再生の比較制度アプローチ
──現代資本主義の危機と地域のサステイナビリティ──佐 無 田 光
『エコノミア』第 63 巻第 1 号(2012 年 5 月),27-51 頁[Economia Vol. 63 No.1(May 2012),pp.27-51]
研究ノート Ⅰ.地域再生という政策論 20 世紀の最後の四半世紀から 21 世紀の初頭 にかけて,地域再生という政策論が国内外で広 がってきた.20 世紀には後発地域を「近代化」 させる地域「開発」政策に焦点が当たってきた のに対して,都市や地域の「再生」(regeneration, revitalization,renaissance)という言葉が頻繁に 使用されている.この意味するところは,直接 的には,一定の繁栄ないし社会的な安定を享受 していた地域において,地域の経済・社会・環 境に対する何らかの危機や破壊があり,それに よる局地的な生活困難現象からの再建が現実的 な課題となっていることである.また,サステ イナビリティの思想を反映し,あらゆる地域に おいて,近代化の方向性を見直し,人間生活の 基盤を取り戻そうとする潮流がある.経済と福 祉の増進のみならず,環境的要素を含む長期的 な社会の基盤に立ち返って,発展様式を再構築 しようとするところに,現代の「再生」アプロー チの特徴がある. 地域再生という言葉は,曖昧に多様な要素を 含み込んで使われているが,日本では大きく分 けて次の 3 つの立場を確認できる.第 1 に,政 府の方針であり,地域再生法に基づく地域再生 基本方針(2005年閣議決定,2012 年一部変更の版) には,次のように地域再生の意義が述べられて いる.「近年における急速な少子高齢化の進展, 産業構造の変化等の社会経済情勢の変化に対応 して,地域再生を図るためには,地域における 地理的及び自然的特性,文化的所産並びに多様 な人材の創造力をいかし,官民の適切な連携の 下,地域の創意工夫を凝らした自主的かつ自立 的な取り組みを進めることが重要である」.政 策手法としては,地域の自主的な「アイデア合 戦」(地域戦略メガコンペ)を創起させ,構造改 革特区,総合特区,環境モデル都市等と連携し て規制の特例や交付金などでこれを支援すると いうものである.戦後の地域開発政策と比べる と,地域の多様性を認め,地域自らの創意工夫 による振興計画を国が府省庁横断的に支援する 新しいアプローチであるが,地域の「自立」と「競 争」を強調して規制緩和を促す新自由主義的な 立場でもある.学界においても,林宜嗣(2009) の「分権型地域再生」に代表されるように,工 場誘致や財政依存からの脱却を掲げ,地方分権 改革の推進によって,内発的発展と地域の自立 再生を主張する論調がある.この場合,分権化 を進めるのは,市場の動きに迅速かつ総合的に 対応するためであり,そのことによって人々や 企業に選ばれる地域の魅力を高めなければなら ないとされている. これに対して第 2 に,構造改革反対派の立場 がある.この議論の代表格として,岡田知弘 (2009a; 2009b)は,「人間の生活の場としての 地域」が,資本主義経済の下で「資本の活動領 域」として規定を受け,両者の不一致によって 人間が疎外されるという理解に立ち,財界の主 導する「グローバル国家」型構造改革が地域間 格差の拡大と貧困化をもたらしていると批判す る.そして地域再生のもう 1 つの道として,「地 域住民主権」に基づいて,「地域に根ざした中 小企業や農家を主体にした,何よりも仕事や商 品の質と人間的な暮らしが大切にされる地域経 済,地域社会の再生」を対抗軸に置く.この種 の議論の特徴は,格差や貧困の構造に焦点を当
て,「資本の論理」に対抗して人々の生活圏を 取り戻そうとする政治経済学の伝統を引き継い でいること,そして対抗戦略として,地方自治 とりわけ小規模自治体を維持する社会運動や地 元経済主体など,地域における経済的主権ない しローカルな再生産圏における経済循環を重視 していることである. 第 3 に,第 2 の立場と同様に構造改革路線を 批判するが,その批判の矛先は主として工業化 モデルの経済成長路線にあり,これに換えてポ スト工業化の地域再生への転換を主張する立場 がある.神野直彦(2002; 2004)がこの立場の 代表格であるが,産業からではなく,環境や文 化など生活機能の質的向上からスタートし,そ れが都市に知的人材を集め,知識集約産業が発 展する基盤となると論じる.諸富徹(2010)は, より投資戦略に重きを置くが,「資本主義経済 システムの非物質主義的転回」という経済発展 の質的変化をふまえ,「物質的要素」としての ハードな基盤から,知識,デザイン,創造性, 社会資本などの「非物質的要素」へと,「投資」 の対象をシフトさせる必要があると説く.これ らは,第 2 の立場よりもパラダイムシフトを意 識した発展戦略の指向が強く,サービス経済化, サステイナブル・シティ,創造都市論などとも 親和的である.地域資源や人材の創造性を活か した振興策という意味では第 1 の立場とも重な るが,規制緩和などの市場重視の手法を採らず, 政策順位を転換させることを明確に主張してい る点で違いがある. 以上の 3 つの立場は,何が共通し何が対立し ているのであろうか.いずれの議論からも,地 域再生には 2 つの側面があることを見出せる. 一方では,現代資本主義の変化に地域経済がい かに創造的に適応して発展を継続できるかとい う競争力の問題(Sustainable Growthの課題)が あり,他方では,変化の激しい現代社会の中で いかに地域の人々の安定した暮らしを維持でき るかという生活条件の問題(Sustainable Society の課題)がある.そして,両者の関係性をめぐっ て立場の違いがあると理解できる.第 1 の立場 は,前者を優先して,後者を組み込もうとする 枠組みであり(前者からの統合論),第 2 の立場 は,両者の対抗関係を強調しつつ,後者を軸と する政策シフトを主張する(対抗論).第 3 の 立場は,後者を追求することが前者の競争力に もつながっていくとする論理である(後者から の統合論). 本稿での筆者の立場は,第 2 や第 3 の立場と 同様に後者を基点とするが,前者との関係で言 えば,後者からの対抗力があるがゆえにこそ両 者の統合の可能性も生まれると考える立場であ る(対抗を含む統合).現実の資本主義の構造の 中で経済的な存立可能性を探ることと,地域に おける生活・生存条件の維持可能性を追求する ことには,それぞれ別個の論理があるが,地域 という共同空間で 2 つの要求は交錯し,固有の 諸条件下で両者がせめぎ合いつつ両立の道を探 ることで,多様な「地域的社会統合」の発展パ ターンが導き出されると考える1). 筆者が強調したいのは,地域再生のパターン の多様性の理解である.第 1 に,地域再生が課 題となるのは,衰退した旧工業地帯,成長機会 から見放された条件不利地域,環境汚染や自然 災害の被害地域などの特定地域である場合や, もっと広範に,国民経済の衰退からの脱却を期 待される全国の地域全般が対象となる場合も あって,多様な文脈がありうるが,何らかの衰 退現象があり,それまでの相対的に安定した社 会条件を取り戻す上で障害が存在している地域 である.したがって,地域固有の問題の原因と 構造に立ち入らなければならない. 第 2 に,地域再生の障害となっているのは, インフラの破壊など物理的な条件とともに,既 1)ここでいう「社会統合」とは,対抗勢力によ る体制変革の圧力と,統治(支配)者による異分 子の同化戦略との,両者のせめぎ合いを通じて変 容していく「対抗を含む統合」の過程である。た だし,20 世紀の社会統合と違い,21 世紀の地域的 社会統合では,経済的厚生と社会的公平性だけで なく,環境の維持可能性を統合する発展様式が問 われている.
存の政治経済体制が経済社会の構造変化に適応 できていない問題である.筆者は地域的環境経 済システムと呼ぶが(佐無田 2012),ストック の固着性と,そこから利益を得る経済・社会ア クターの存在と,それらを結合させる社会的制 度とが構造的に結びつくことで強い経路依存性 を生む.構造的な問題が存在する地域では,産 業の衰退と,失業や社会的な格差と,環境の疲 弊とは,密接に絡まりあっていて,同時的な解 決が必要とされる.地域の再生には,機能不全 に陥っている環境・経済・社会の複合したシス テムを再構築することが求められ,単に新しい 産業を創り出すことに終わらない.震災のよう な急性の地域問題でも,まず「復旧」が必要と されるが,その背後に構造的な地域問題が横た わっているならば,やがて発展の枠組みを作り 直す「復興」のあり方が争点となってくる. 第 3 に,現代の先進国の地域再生においては, ポスト工業化の発展段階への適応が課題の 1 つ であるが,それを阻むものは各国各地域で一 様でない.例えば,R. フロリダ(Florida, 2002) の創造階級論がよく引き合いに出されるが,労 働の流動性が高く分権型連邦国家のアメリカ と,知識生産部門が一極集中化した労働市場構 造の日本とでは状況は異なる.地域の住みよさ や魅力を感じて創造的人材が集まることでクリ エイティブ産業の集積が生じる好循環は,理念 的には想定可能であるが,政策公準を変えれば 実現できるものではなく,現実には,各国各地 域に固有の労働市場,産業システム,国土構造 などの諸制度による制約を克服する過程がなけ れば,創造的職業の人材集積モデルは機能しな い. 第 4 に,現代の地域再生はポスト工業化への 適応だけでは解けず,サステイナビリティの主 題を理解しなければならない.両者は地域再生 の文脈において混在しているが,必ずしも同じ ではない.両者の異なる論理や推進力を区別し た上で,その多様な組み合わせを解かねばなら ない.知識集約産業が成長しても環境や生活の 質の改善が進まない場合もあり,その逆もまた 必然ではない.ポスト工業化は現代資本主義に 制度的進化をもたらす歴史的作用(流れに乗ろ うとする力)であるが,サステイナビリティの 課題は社会や環境の危機に反応した人々が制度 的進化に影響を与えようとする意思(方向性を 変えようとする力)である.地域再生には,資 本主義的適応とポスト資本主義的要素が含ま れ,この度合いや組み込まれ方が重要である. したがって,たとえ地域再生に「成功」しても, それはどの程度ポスト工業化的か,どの程度サ ステイナブルかによって,地域経済の相対的な ポジションや人々の暮らしの質,あるいは発展 の持続期間などは変わってくるであろう. 以上をふまえて,地域再生の多様性を理解す るための比較制度アプローチを検討していく. 本稿の目的は,地域再生を地域の自助努力論あ るいはポスト工業化論一般や海外の先進事例で 語るのではなく,地域問題の固有の文脈を理解 し,その文脈に特有の諸制度による制約を克服 する政治経済的なプロセスとして,地域再生の 政策論を示すことである.そのために比較制度 アプローチを用いるが,個別地域の実証研究は 別稿に譲り,ここでは既存の研究成果に依拠し ながら,地域再生の文脈の違いを理解するため のアウトラインを描きたい. 比較制度分析は,ゲーム理論や契約理論を基 礎とする組織分析(中林・石黒編 2010 など)と, 国民経済レベルの資本主義的制度の比較研究 (Hall and Soskice, 2001; Amable, 2003など)が主 流であるが,地域経済学の領域では,2012 年 3 月に横浜国立大学を退職された中村剛治郎教授 が,動態的比較制度分析による「地域的制度ア プローチ」を提唱されている(中村 2010).中 村教授は,制度派経済学の成果を取り入れつつ, 経路依存から経路修正への道筋を解明しようと 試み,国民的制度の比較研究に対して,制度変 化の媒介項として地域レベルの実験的な役割を 提起する. 本稿ではこれを参考にして,地域再生におけ る国民的制度と地域的制度の関係を比較考察す る.衰退や停滞に陥っている地域は,同じ時代
の資本主義の危機と再編を受けていても,それ ぞれの国民的制度下における地域のポジション によって,地域問題の発生の仕方や制度的な制 約の構造には違いがあり,地域レベルでの制度 実験によって打破すべき課題も違ってくる.本 稿で比較する制度領域は次の 3 つに整理され る. ①資本蓄積の構造に関わる諸制度.とくに産 業システム,グローバル経済への統合様式,労 働市場,空間編成原理などの構造と動態. ②人々の生活・生存条件を守ろうとする対抗 勢力の存在と,社会問題の調整様式. ③資本蓄積構造と対抗勢力との対立,妥協, 統合の論理.とくに国民的制度とは異なる地域 レベルでの独自の地域的社会統合の可能性. 経済領域のみの制度ではなく,非経済的なサ ステイナビリティに関わる社会的制度との政策 統合を視野に置くことが,既存の比較制度分析 と違う点である2).資本蓄積構造が社会的制度 を規定するという基底還元論ではなく,経済制 度を社会や自然に埋め込まれたものとしてとら えるポランニー的解釈でもなく,資本主義的な 経済制度と,生活・生存条件を維持するための 制度には,元々別々の論理があるが,それらが 固有の条件下で互いに規定しあって接合するも のととらえ,その接合のロジックを広義の制度 として位置づける. 本稿の構成は次の通りである.以下,第 2 節 では,現代の地域再生の目的をサステイナビリ ティの視点から整理しておく.第 3 節では,現 代資本主義の危機と再編の中で,地域のサステ イナビリティがいかに危機に陥り再生の課題に 直面するのかを,全般的な視点から確認する. 第 4 節で,比較制度アプローチによって地域再 生の国際比較のアウトラインを描き,地域再生 の文脈の違いを明らかした上で,最後に制度比 較に基づいて日本の地域再生における政策的示 唆を引き出す. Ⅱ.地域のサステイナビリティ 最初に,地域再生とは,果たして何を再生す ることなのか,政策目的を整理しておこう.日 本では 2000 年以降,「地域再生」と銘打った文 献は多数あり,地方大学の講座にも名前がつけ られているが,何を再生するのか学問的に究明 した研究は正直少ない.「地域再生」とは地域 が抱える課題を解決するための政策全般を含み 「地域政策」や「地域活性化」と区別がないと している文献もあれば(御園他 2007),地域の 魅力や価値に基づいた経済成長と地域活性化こ そが「地域再生」だと述べているものもある(湯 浅他 2011).あるいは,環境破壊のストックを 除去・修復・復元・再生することを通じて地域 社会の再生と創出をめざす立場がある(寺西・ 西村編 2006).大きく分けると,苦境に陥って いる地域経済の再建と,コミュニティや環境と いった非経済的な要素の維持・回復とが,再生 の対象として認識されているようである.では, その関係をどう整理したらよいであろうか.こ こでは再生の課題をより包括的に「地域のサス テイナビリティ」としてとらえてみたい. sustainable ないし sustainability という用語 は,エコロジー的危機を受けて,人類社会のあ り方を問い直す形で,急速に広まった理念であ る3).本来は環境の制約性・有限性の認識に起 源があるが,sustainable development(以下 SD と略記する)という表現で,経済政策の思想を も取り込んだ結果,異なる目的意識を持つ諸主 2)レギュラシオン論では,賃労働関係に焦点 を当てた社会的コンフリクトの調整制度を主な分 析対象として,国レベルの制度構造を研究するが (Agglietta, 1976),本研究においては,労使関係の 外側にある社会運動の求めるサステイナビリティ と資本蓄積過程との対抗関係および調整制度を分 析対象として,国レベルだけでなく地域レベルで 固有性のある,重層的な制度構造に焦点を当てる. 3)sustainability の邦訳はいまだ定まっていると はいえず,本来の意味からすると「維持可能」と 訳すべきであるが,「持続可能」という表記が一般 化している。本稿では,用語の多義性に配慮して, 原語表記のまま用いる。詳しくは佐無田(2012) 参照.
体の対立を包み込んだ,一種の社会統合理念と なってきた.welfare という 20 世紀的理念と比 べて,sustainability の言説においては,「現世 代の」健康や幸福の問題だけでなく,「将来世 代に何を残すか」という,時間軸を加えた倫理 的視点が求められている. サステイナビリティのもっとも核心的な課題 は,成長を続ける現代工業文明と有限な地球資 源・生態系の維持との矛盾の克服にあることは 言うまでもない.しかし,将来世代にわたって 人々が享受可能な幸福を問うならば,サステイ ナビリティの課題は環境問題だけに限定されな い.近年,「脱炭素社会」「低炭素経済」「グリー ン・エコノミー」といった,経済社会の「グリー ン化」を目指す論調があるが,サステイナビリ ティの論点は,それらを含みつつも,もっと総 合的な社会目標に関わっている. サステイナブルな豊かさの内実は,地域とい う共同生活空間の場で実態化・豊富化されてく る.なぜならば,都市や地域は健康や幸福ある いは不安や困窮が具体的な形で表れる暮らしの 場所であると同時に,都市や地域には個人の人 生を超える長さで暮らしを継続していくため の,恒常的な容器としての役割があるからであ る.地域において人々が再生を求めるものは, 生活の質,社会の支え合い,文化の多様性,働 く楽しさ,知識の創造などの,「実感される」 豊かさであり,それらを支える地域の環境的・ 文化的・社会的なストックの安定した基盤であ る.地域のサステイナビリティの第1の要件は, まずこうした地域経済の素材面(使用価値)の 安定的な蓄積にあるといえよう. しかし,地域政策としてただそれだけを素朴 に追求することは適わない.失業や過疎に悩む 地域では,その地域で暮らしていくための経済 的条件,とくに若い人たちの優良な就業機会を 希求されており,そのために産業の立地や経済 活性化が求められる.地域経済の素材面を規定 しているのは,貨幣に体化される交換価値の創 出と循環の構造(体制面)だからである.資本 主義経済の下では,地域経済は何らかの形で資 本蓄積過程に組み込まれている.地域間の分業 関係や景気変動に受け身でいる,他律的で従属 した経済構造をもつ地域では,素材面を無視し た資本蓄積の追求によって地域環境が不可逆的 に破壊されたり,所得が行き渡らずに生活条件 を支えることが困難になったりして,地域の共 同生活条件が危機に陥るケースが多い.した がって,地域のサステイナビリティの第 2 の要 件は,地域経済の価値面(体制面)の自律的な マネジメントの構造である. 諸地域経済の資本蓄積構造への接続のあり方 は,単純な経済法則で決まるものではない.な ぜならば,地域の生活の質を求める人々は,資 本蓄積の作用に完全に受動的なのではなく,自 らの福祉や環境を守るための制度的工夫を施す 主体でもあるからである.地域のサステイナビ リティの第 3 の要件は,地域の主体性ないし自 治の権能であり,地域コミュニティの総合的な ガバナンス能力である.それは政治的なもので あるだけでなく,地域経済の素材面と体制面の 接合のあり方,地域間分業におけるポジション (競争優位条件)の構築と地域内部の社会的統合 のバランス,つまりは地域の発展様式を導く地 域固有の政治経済構造に関わっている. 大事なことは,地域経済の素材面を維持する ために地域経済の価値面のマネジメントが必要 とされるのであって,逆ではないことである. 短期的な利益のために地域資源を安売りするよ うなやり方では,本来の発展基盤であるはずの 地域経済の素材面を劣化させてしまうかもしれ ない.だからといって,素材面に傾斜してロー カルな経済循環だけを追求しても,市場経済の 競争原理の下で維持できるとは限らない.地域 のガバナンス能力次第で,同じ国民経済の下で も,経済成長を地域のサステイナビリティの向 上につなげる地域もあれば逆に劣化する地域も あって,差異が生じる.地域の素材的なサステ イナビリティと資本蓄積過程との接合を,外部 からの衝撃に対応しながら,時代に応じて柔軟 に再構築していけるかどうか,そのための制度 的条件と制御可能性が地域経済のテーマであ
り,このマネジメントの機構が機能不全から立 ち直る過程こそが,地域再生である. 地域のサステイナビリティを考える上で,日 本で独自に発展してきた地域経済学の政治経済 学的アプローチ,とくに中村教授の業績に負う べきところが大きい.中村教授は,地域を,経 済現象の発生する空間や地理としてだけでな く,「人間と自然との物質代謝の場」と定義し, 「地域から出発して経済を考える地域の政治経 済学」(中村 1990)を構築してきた学界の先駆 者である.素材的分析から体制的分析へという 視点は,故・都留重人教授,宮本憲一教授によっ て提起・発展されてきた日本独自の政治経済学 の方法であるが,中村教授は,これに地域経済 固有の分析視角を付け加えた.すなわち,地域 経済は開放体系でありながら,意思決定権・主 体性を発揮する経済であるとして,半専門・半 自給の独自の全国的・国際的中心地,あるいは, 地域内産業連関的発展による専門化から多角化 へという経路を示し,地域経済の弁証法的発展 可能性を描き出した(中村 2004). これは,資本主義の論理に対抗して環境や地 域社会ベースの経済を提起する単純な対抗軸と は違っている.グローバル経済や国家財政と いった地域を超える経済力の作用を受けながら も,地域の制度的調整力の発揮によって対応に 違いが生まれ,多様な発展パターンを持つ地域 経済の集合体として,国民経済やグローバル経 済が再構築されていく,とする改良主義的・相 互作用的な発展理論である.それも,いわゆる 利己的動機に基づくゲームのルールとしての狭 義の制度論ではなく,地域の社会・政治・文化・ 環境といった非経済的価値と経済的価値との相 互関係性を包み込んだ独自の概念としての地域 的制度を視野におき,そこから地域政策論を構 築しようとする. 地域再生の研究は,こうした地域経済学の方 法を継承して行われるべきであろう.地域再生 は,閉鎖空間で行われるものではなく,現代の グローバル資本主義の中に新たなポジションを 見出さなければならず,それとローカルな非経 済的価値との相互関係性の制度的再編成として 理解されねばならない.ただし,現代のサステ イナビリティの課題は,これまでの地域政策論 とは違う,次のような新しい歴史的論点を含ん でいることに注意したい. 第 1 に,地球環境問題の登場によって,地域 のあらゆるストックを,地域の周辺環境に適合 させるだけでなく,地球レベルの環境のサステ イナビリティに資する形で再構成しなければ ならなくなってきた.エッカースレイによれ ば(Eckersley, 2004),環境規制の発展とともに, 所有者による財産の処分の自由を原則とする私 的所有権は揺らぎ,現在及び将来の世代に対す る義務を負う管理者あるいは受託者としての保 有という再定義へと向かうかもしれないとい う.これは,「熟議民主主義」という,「排除さ れた他者」をも含む対話ベースの意思決定へと 道を拓くとされる.地域再生の現場では,私的 所有権と共同管理の原則が対立し,地域外部の 利害関係者を含めて,誰がどのように共同管理 に携わるのかが問題となってくる. 第 2 に,1980 年代末頃から SD の言説が各 国の政策に入り込んだが,これによって,環境 という要素を体制内化するような歴史的段階が 始まっている.成熟社会の下で,量的成長のフ ロンティアは相対的に縮小し,企業の戦略はコ スト削減と商品差別化の競争に移行してきた. 現代の資本主義経済は,工業的生産活動による 環境問題を国境を越えて拡散させる一方で,工 業化の生み出した一般的欠乏現象であるところ の環境問題を市場のフロンティアに転化しよう としてきた.企業の技術開発努力によって経済 成長と環境保全の両立を探ろうとする「エコロ ジー的近代化」の統合戦略が喚起され,環境ビ ジネスの振興は地域再生の切り札とみなされる ようになった.SD は元々は成長主義の自滅性 を批判する地域レベルの社会運動に起源がある が,いまや資本主義の危機を突破するための成 長戦略の一部ともなってきた. 第 3 に,現代社会はリスク社会と呼ばれる ように(Beck, 1986),物質的貧困の克服それ自
体よりも,物的財の総量が増え続ける中で,倒 産,失業,投機,犯罪,事故,汚染,災害など の突然のリスクに人々の暮らしが脅かされる問 題へと社会問題の関心が移っている.環境負荷 の累積によって制御困難な生態系攪乱のリスク が高まり,予防が求められる政策領域はますま す拡がってきた.技術的不確実性に伴うリスク に加えて,グローバル化と競争主義の下で福祉 国家的セーフティネットが後退し,社会の不安 定化が助長されている(橘木編 2004).サステ イナビリティの課題の中には,社会的排除への 対策が含まれると理解されている.社会問題の 変化を受けて,社会統合のあり方は,従来の所 得再分配から社会的ネットワークの構築へと向 かい,これによって地域レベルの社会統合が重 要性を増している. このように,現代のサステイナビリティの文 脈においては,環境・経済・社会の諸局面に, 歴史的な変化を伴った新しい課題があり,地域 再生の中に,現代資本主義の危機と再編,そし てポスト資本主義の萌芽を見なくてはならな い. Ⅲ.現代資本主義と地域再生 経済開発協力機構(OECD)は,2010 年に加 盟国の地域政策に関するレヴューを発行してい る.これによると,地域間格差是正のための遅 滞地域に対する財政移転政策から,地域の潜在 的可能性を引き出す競争力政策へと,地域政策 のパラダイムシフトが観察されるという(図 1, 図 2 参照).ただし,公平性と人権に依拠した 格差是正の目的も依然として重視されている. とくに工業の衰退地域や周辺的農村部の過疎高 齢化など困難を抱えた地域の存在する国では, 都市再生や農村開発のための特別な政策が実施 されている.また,社会的・環境的サステイナ ビリティと競争力を結合させる「内発的発展」 のコンセプトが一般的になりつつあると指摘さ れている.こうした地域政策の展開の背後には, いかなる地域問題と資本主義の変化があるの か.本節では,現代資本主義と地域のサステイ ナビリティの危機に関する全般的な状況を,簡 潔に確認しておきたい. マクロ的に見るならば,資本主義とサステイ ナビリティとの本質的矛盾は,生産と消費の成 長サイクルの形成と崩壊に関わっている.自己 増殖する価値としての資本の運動は,生産と投 資の拡大を求める一方で,労働コストの抑制を 図るために,生産と消費のアンバランスを常に 生じさせる.もし需要不足が顕在化すれば不況 と失業による生活の不安定化が問題となり,逆 にもし需要創出メカニズムが機能して生産と消 費の拡大成長サイクルが続けば,今度は環境や 資源の有限性が脅かされる.資本主義社会は成 長と競争なくして持続できない仕組みである が,それに起因するサステイナビリティの危機 は歴史を通じて繰り返し,グローバルな規模で 次第に矛盾を累積してきた. 第二次世界大戦後の先進資本主義国家は,管 理通貨制の下で,大量生産と大量消費を結合す 資料:OECD(2010), Regional Development Policies in OECD Countrie
資料 ( ), g p 注:32カ国による複数回答 中央政府による地域問題の認識 高齢化による地域への影響 3 人口減少による地域への影響 3 特定部門依存の経済構造 3 地域内格差 4 平均発展水準からの乖離 5 平均発展水準からの乖離 5 都市・農村格差 6 経済競争力の欠如 8 停滞・窮乏地域 9 地域間格差 20 特定部門依存の経済構造 地域内格差 平均発展水準からの乖離 都市・農村格差 経済競争力の欠如 停滞・窮乏地域 地域間格差 0 5 10 15 20 25 高齢化による地域への影響 人口減少による地域への影響 特定部門依存 経済構造 図 1 中央政府による地域問題の認識
資料: OECD(2010),Regional Development Policies in OECD Countries 注:32 カ国による複数回答 es 地域政策の目的 多核的国土構造 3 地方分権と地域主義 4 特定の地域問題の解決 5 サステイナビリティ 7 内発的で持続可能な発展 7 内発的で持続可能な発展 7 地域間格差の是正 18 地域の経済競争力 25 地方分権と地域主義 特定の地域問題の解決 サステイナビリティ 内発的で持続可能な発展 地域間格差の是正 地域の経済競争力 0 5 10 15 20 25 30 多核的国土構造 地方分権と地域主義 図 2 地域政策の目的 資料:図 1 と同じ 注:32 カ国による複数回答
る成長サイクルを作り出し,需要サイドの経済 政策と福祉国家化によって,資本と労働の対立, 生産と消費の矛盾を緩和し,国民経済単位の経 済成長と社会統合を実現した.この体制は生産 手段の蓄積による「規模の経済」の発揮を原動 力としており,環境の改変はかつてない規模と なり,生態環境と地球資源の有限性という外的 制約に突き当たった.1960 年代に公害や化学 物質の汚染が告発され,次いで地域開発への反 対運動が各地で起こり,代替戦略の議論や取組 みが始まった.各国の政治経済構造の差によっ て環境問題の発生とその対応の仕方には濃淡や 質的違いがあったが,いずれにせよ,今日のサ ステイナビリティへの対応は,この時期に顕在 化したエコロジー的危機に端を発している. 1970 年代に入ると,大量生産型資本蓄積の 内的な危機が顕わになり,各国経済はスタグ フレーションと財政危機に見舞われた.この 危機を供給サイドから説明するか(工場労働の 科学的管理に基づく生産性上昇の鈍化)(Lipietz, 1989),需要サイドから見るか(規格化された大 衆消費市場の飽和)(Piore and Sabel, 1984)で見 方の違いはあるが,いずれにせよ資本の収益性 の悪化があり,危機への対応がグローバル化を 推進した.ブレトンウッズ体制の崩壊ととも に,一国的な大量生産・大量消費の成長条件は 崩れ,企業は収益性を回復するため,次第に生 産関係をフレキシブルに再編し,国内制度の影 響力の及ばない国際空間に分業ネットワークを 広げていった(Hirsch, 1995).生産工程は国境 を越え,国際投資が活発化して,グローバル経 済の一体的機能分業化と欧米先進国のポスト工 業化(サービス経済化,知識経済化,成熟社会化) が進んだ.この時期の資本主義の再編は,福祉 国家型の経済成長と異なり,供給サイドのイノ ベーションを重視し,自由化と規制緩和が政策 的基調となった. グローバルな資本蓄積の再編過程で,地域経 済はそれぞれ固有の危機と再生を経験した.相 対的に国内完結型であった製造業を中心とした 地域間分業体系が崩壊し(国民経済の非統合化), 国境を越えた分業ネットワークへと再編される 中で,かつての工業地帯の一部は急速な衰退に 直面し,国内の雇用は厳しい競争圧力に晒され た.基軸産業の工場が移転または閉鎖を余儀な くされた旧鉱工業地帯では,汚染された広大な 工場跡地と高失業率に苦しみ,環境の悪条件と 社会的不信感とが相まって,停滞状況に陥った. 他方で,いち早く構造転換を達成し,情報技 術や金融などのイノベーションを集中的に担っ たり,知識経済と「生活の質」を両立させた りする新しいタイプの地域経済が登場した.シ リコンバレーに代表されるハイテク・イノベー ション地域や,金融商品のイノベーションを リードしたニューヨークのように,特定地域に イノベーションが集中し,それを世界中のグ ローバル企業が利用する分業体制へと進化し た.衰退した旧工業都市でも,産業施設跡地等 を利用して環境再生を実現し,都市の魅力を梃 子に知識生産型新産業の振興をはかろうとする ポスト工業化の地域再生戦略が現れた(Cooke ed., 1995; Couch et al. ed., 2003).
企業が国境を越えて展開する中で,国内の雇 用を維持するために,地域が競争力や発展の単 位として重視されるようになってきた.この発 展戦略は供給サイドと市場メカニズムを重視す るが,単純な自由化路線ではなく,知識生産の 基礎となる教育・研究,環境・文化,コミュニティ といった非経済的要素を活かす政策統合が鍵と される.ジェソップが「シュンペーター主義 的競争国家」と表現するように(Jessop, 2002), 知識基盤型経済への移行によって,イノベー ション,競争力,起業家精神への関心が急速に 高まり,国家は従来「経済外的」とみなされて いた領域を含む社会経済分野全体を蓄積過程に 動員するという.都市や地域の競争力は,局地 的で非取引型の相互依存関係,知的資産,リー ジョナルな政策能力,制度的厚み,社会資本, 共同学習,さらには固有の魅力的な地域のアメ ニティと文化など,経済計算になじまないソフ トな社会資源の動員に依存するようになるとさ れる(Storper,1997). 表 1 地方税収の推移
こうして,地域内における知識集約部門の水 平的な分業ネットワークと,生産工程部門の国 境を越えた地域間の垂直的分業関係が同時に進 展した.この過程は,知識経済化に適応できる 地域・労働者とそうでない地域・労働者とを選 別し,地域間・地域内における生活水準の格差 拡大と社会的排除の問題を招いた.先進各国で はこれによって,大量生産型中流社会の土台は 崩れ,共通して社会統合の難しさに苦慮するこ とになってきた. このような経済地理のポスト工業化的再編 は,しかしながら,各国一様ではなかったこと に留意したい.先進資本主義各国は,グローバ ルな相互依存を深めると同時に,特定の機能分 化を進め,資本主義の「差異化」「多様化」が 顕著になった.これに応じて,後述のように, 地域の危機や再生の道筋にも違いが見られた. 1990 年代終盤から 2000 年代前半,先進国の 資本・市場と新興国の生産力が結合される形で, 生産と消費が国境を越えて循環する「グローバ ル成長サイクル」が稼働し,先進国と新興国に 同時に経済成長がもたらされた.しかし,これ は資本主義的諸矛盾をグローバルに累積させる 過程でもあった.第 1 に,グローバル化とコス ト競争によって,企業の生産性上昇が国内労働 者の所得へと循環する回路は弱まり,国家は財 政赤字に制約されて調整機能を十分に果たせな くなった.第 2 に,イノベーション競争によっ て生産性は飛躍的に高まる一方で,労働者への 分配が抑制されるため相対的に購買力は不足 し,慢性的な過剰資本状態となった.過剰資本 は,金融の自由化の下で債券を組み合わせて投 資リスクを軽減し,所得以上の消費を創り出し てきたが,これによって投機現象が頻発し,巨 大な債務の累積によるデフォルトの脅威が高 まってきた.第 3 に,技術進歩によって「環境 効率性」(Desimone and Popoff, 1997)は改善さ れるものの,それ以上にグローバルな経済成長 とくに新興国の生産力増強によって環境圧力は ますます高まり,エコロジー的限界に先立って, 資源価格は投機の対象となり,たびたび経済的 混乱の要因となってきた. 2007 ∼ 08 年の世界金融危機以降,現代資本 主義は再び危機の段階に入った.資本過剰と需 要不足のギャップを解消する役割を果たしてき た個人の借金依存型消費が破綻した.他国の消 費市場に依存する製品輸出国では影響はより深 刻であった.需要不足を補うための大規模な財 政出動は,財政悪化による国債デフォルトの危 機を招いた.欧州金融危機に示唆されるように, 世界的に景気対策としての財政出動が制約され る時代になろうとしている.現在の世界経済の 構造では,個人か政府かあるいは対外的な借金 によって需要を創り出さなければならないが, 借金は成長のエンジンとして持続できるシステ ムではない(Jackson, 2009).これに対して,環 境版のケインズ政策とでもいうべき「グリーン・ ニューディール」に期待が集まったが,過剰投 資,コスト競争,政策的市場の縮小によって, 環境ビジネスの破綻が相次いでいる.環境的投 資といえども,不安定化したグローバル資本主 義の下で,市場の失敗,政府の失敗と無縁では ない. 地域的なイノベーションを発揮させる発展戦 略は,ポスト工業化段階の 1 つのモデルであっ たが,イノベーションの結果,どこかに需要を 求める一方で,国内に格差を生み出し続けてい る限り,マクロ的には限界がある.労働問題と 社会的排除,需要不足,借金依存といった資本 主義的矛盾を緩和するための社会統合政策が危 急に求められている.ケインズ主義的な需要拡 大による一国単位の社会統合アプローチが制約 を受ける中で,社会統合の単位は国民国家だけ でなく多層化しつつある.地域コミュニティは いまやイノベーション経済の発展単位として 重視されるだけでなく,社会統合の単位として も,これまでより大きな役割を期待されるよう になっている.地域レベルでは,価値面におけ る地域内経済循環や地域内再投資とともに,地 域経済の素材面において,生活の質,社会の支 え合い,文化の多様性などの地域共同の資産 が,金銭に依存しない社会統合の基盤となりう
る.つまり,需要拡大型でない環境ベースの社 会統合のあり方を実験する素地がある.地域主 義に基づく「脱成長」社会(Latouch, 2004)の モデルはまだ明らかではないが,おそらく地域 的に多様な社会実験が必要であり,これまでの 地域再生からも教訓が引き出されなければなら ない. Ⅳ.地域再生の比較制度アプローチ 前節では,現代資本主義の再編による地域の サステイナビリティの危機と再生の課題につい て整理したが,地域的文脈によって危機のあり 方は異なってくる.本節では,そうした地域的 差異を国民的制度の違いをふまえて理解し,そ れぞれ固有の障害を克服していくための地域的 制度の進化可能性について検討する.比較の対 象とするのは,自由主義的な資本主義を代表す るアメリカ(南カリフォルニア地域),調整型の 経済制度に基づきながら対抗勢力が一定の力を 持っているドイツ(フライブルク),同じく調整 型の経済制度であるが対抗勢力の弱い日本(京 浜臨海部)である.地域の事例は,筆者の実証 研究の対象地域であるが,典型モデルと言うよ りは,既存の制度的制約を突破する地域再生の せめぎ合いの現場として位置づけたい. (1)アメリカの地域再生――イノベーション経 済と地域コミュニティ ①資本蓄積構造 アメリカはもともと大量生産体制を生み出し た国であり,巨大株式会社(コーポレーション) を組織し,合理的な労使関係システムを採用し てきた(Piore and Sabel, 1984).大量生産体制 は,単一で規格化された製品の大きな市場があ る場合にのみ利益を上げる.アメリカ経済の特 徴の 1 つは,大量生産設備の確実で完全な稼働 のために,大量消費の社会づくり(郊外の一戸 建て住宅,自動車,家電製品の私的購入等)が徹 底されたところにある.後発工業国の追い上げ を受けて国内製造業の競争力が衰えても,国内 の貪欲な消費構造は変わらず,他国からの製造 製品を吸収し続けた.他方でアメリカは,製造 業の海外展開と経済のサービス化にいち早く先 行した国の 1 つである(表 1).アメリカ経済は, 基軸通貨ドルを梃子に,貿易赤字でありながら 世界中から資本を集めて運用する金融主導の資 本主義として隆盛を極めた.また,労働市場制 度の解体を進め,新しい柔軟な形態の生産管理 体制を国内外で追求し,金融,情報技術(IT), バイオなどの牽引するニューエコノミーへとシ フトしてきた. アメリカ経済の復活は,単に市場競争と技 術の進歩だけでなく,社会的諸制度の改革と 一体であった.資本主義の多様性(VOC)学派 によれば,自由市場経済(LMEs)においては, (i)レイオフの制約が小さく流動性の高い労働 市場,(ii)合併や買収への制限の少ない株式市 場やベンチャーキャピタル,(iii)トップ経営 者が新しいビジネス戦略を実行することを容易 にする権力集中型の企業組織,(iv)外部の資 源を調達しやすい市場に基づく企業間関係,と 表 1 主要先進国の経済成長率と産業構造の変化 (%) 経済成長率 第二次産業の比率 第三次産業の比率 年 1980 s 1990 s 2000 s 1990 2000 2010 1980 2000 2010 アメリカ 3.3 3.4 1.7 28.1 23.4 20.0 69.9 75.4 79.0 イギリス 2.8 2.5 1.4 35.2 27.3 21.8 62.9 71.7 77.5 フランス 2.4 2.0 1.1 29.7 23.0 19.0 66.5 74.4 80.3 ドイツ 2.3 2.1 0.9 38.6 30.3 27.8 59.7 68.5 71.3 イタリア 2.4 1.6 0.3 33.9 28.4 25.4 62.5 68.7 72.8 日本 4.6 1.2 0.7 39.5 31.1 26.0 58.0 67.2 72.5
いう制度的特徴によって,企業は新しい技術を すばやく獲得できるとされる(Hall and Soskice, 2001). しかし,こうした LME 型経済システムへの 移行は,国単位で計画的に進んだわけではない. リピエッツが「カリフォルニア・モデル」と呼 んだように(Lipietz, 1989),「個別交渉に基づく 参加」という特殊な労働編成モデルは,当初ア メリカの中でも西海岸の一部の地域で典型的に 観察されたに過ぎなかった.元々アメリカでも 独立企業を軸とした産業システムが主流であっ たが,1980 年代以降シリコンバレーにおける 地域ネットワークをベースにした産業システム が競争優位を発揮した(Saxenian, 1994). 米国の都市は,スノーベルトからサンベルト へという成長の極の大きな移行を伴いながら, 時期や程度の違いはあれ,製造業の衰退による 経済危機と,替わって IT や,専門・科学・技 術サービス,教育サービスなどの知識集約型 サービス部門の雇用の成長による再生過程を経 験した.シリコンバレー・モデルの移植(Cloning Silicon Valley)が課題とされた 1980 年代から, 1990年代にかけて,テキサス州オースティン, オレゴン州ポートランド,ワシントン州シアト ルなど地方の IT 産業都市が新興した(西澤・ 福嶋 2005; Rosenberg, 2002). アメリカ経済の競争力の源泉は,世界中の経 営資源を統合する統括機能と,外部の研究資源 を利用するイノベーション戦略にあるとされ る.これを可能としたのがモジュール化と呼ば れる新しい設計原理である(青木 ・ 安藤 2002). モジュール化とは,部品の構成単位(モジュー ル)に設計規則を設定し,インターフェース部 分と内部構造を分離する技法であるが,とく に IT 産業に導入され,分離したイノベーショ ン同士の接合が可能となることで飛躍的に生産 性と技術革新力を高めた.2000 年代に入ると, 国内では新製品の開発や企画デザインに特化 し,設計・調達・製造の諸工程のかなりの部分 を海外委託する国際分業体制が顕著となった. とりわけエレクトロニクス分野において,国内 の IT 産業都市を拠点に,台湾,インド,イス ラエル,中国などの新興都市の企業の成長力を 利用し,それらを柔軟に組み合わせる「国境を 越えた地域経済のネットワーク」が成長を牽引 した(Saxenian, 2006). ②地域問題と対抗勢力 アメリカの地域問題は伝統的に,個人主義的 大量消費の生活スタイルと密接に関わってい る.とくに自動車中心の交通体系と郊外開発に よる都市のスプロール化およびインナーシティ のスラム化は,アメリカ社会の病理だとされて きた(川村・小門 1995 所収のアワニー原則を参 照).これに対して,アメリカの連邦政府は諸 外国に比べて包括的な地域政策を持たず,政策 領域ごとの各種連携プログラムがあるのみだっ た(OECD, 2010).そのため地域問題への対処 は主として州及び地域レベルから展開した. 例えば,大量消費を推進する自動車依存の交 通システムと低密度な郊外スプロールに対し て,これを制御しようとする土地利用規制や広 域成長管理などの都市計画手法が,地域から発 展した(大野 1997).自由市場経済の弊害を是 正し,地域コミュニティの価値を守ろうとする 様々な社会運動の担い手となったのは,ドラッ カーがサードセクターと呼んだカウンターカル チャーである(Drucker, 1989).都市政策の専 門家集団,民間の非営利団体,社会的企業のネッ トワークが,地域コミュニティの環境的・社会 的条件を求める推進力となってきた.ここには, 起業家精神を持って地域的問題解決にあたる新 しいタイプの市民層が含まれていた(Henton, Melville, and Walesh, 1997).
フロリダ(Florida, 2002)は,新しい経済成 長の原動力は創造的な職業に従事する人材(ク リエイティブ・クラス)であり,彼らが集中す る特定の地域には,才能,多様性,寛容性,生 活の質が備わった独特のコミュニティがあり, これが盛衰の決め手となるという.アメリカの ポスト工業化的な都市発展においては人材の集 まる地域の魅力が欠かせないが,地域のコミュ ニティや生活の質は決して所与のものではな
ある.1990 年代終盤から 2000 年代にかけて, 製造機能の海外委託やサービス工程のオフショ アリングが進むと,中間層の低落が一段と顕著 になり,所得の格差拡大,ワーキングプアと呼 ばれる低賃金者層の存在がさらに深刻な問題と なってきた(Reich, 2010).環境産業による「グ リーンカラー・ジョブ」(Jones, 2008)に期待 が集まるのには,所得格差の大きな知識集約労 働だけでなく,一定の高い報酬を得られる安定 した雇用機会が切実に求められている背景があ る.そのため,自由な経済活動から地域の環境 やコミュニティの価値を守る制度づくりを工夫 することに加えて,それを地域経済や雇用へと 展開させることが,社会統合の課題となってい く. こうして,地域の社会変革のために,環境・ 交通・都市政策,コミュニティ開発・教育・雇 用政策,そしてエネルギー・産業・経済政策 などに同時解決的に取り組む「政策統合」が 求められることになる.アメリカの地域再生 は,環境問題や都市交通圏を共有する「広域」 (metropolitan area)レベルに政策主体を設置し て取り組まれるケースが多い(Calthorpe and Fulton, 2001; PCSD, 1997).その過程は,「互い に相いれない価値の相克」に取り組む社会実 験であるとされる(Henton, Melville, and Walesh, 2004).しかし簡単に政策統合に合意できるわ けではない.地域の環境的・社会的価値を経済 的価値につなげようとすれば,競争ルールやイ ンフラ計画を変更しなければならないが,アメ リカ社会は自由な経済活動を求める思想が強固 な上に,大量消費構造から利益を得ている既存 の産業利害等からの強い抵抗があるためであ る.こうした既存勢力に対抗しつつ,いかに広 範な政治的支持を得て地域的な政策統合を実現 できるか.これがアメリカの地域再生における 主要なテーマである. ③地域的制度と統合の論理 ロサンゼルスを中心とした南カリフォルニア 地域は,自動車依存の交通システムと低密度ス プロール化の代表格であり,深刻な大気汚染 い.その実現のためには,資本蓄積の要求への 強力な対抗軸が必要であり,地域の社会・環境 を守る制度が実現され,それが地域の経済的発 展の一部であると受容される過程が必要となる 4). シュラーズの比較環境政治学によれば,アメ リカの環境 NGO は,法的な地位,税免除,ロ ビー活動の資格,原告適格など,制度的な資格 が認められ,専門家を擁して裁判や政策提案を 行う資金力,組織力を高めてきた.ただし,利 益団体のロビー活動の盛んなアメリカの政治シ ステムの下では,環境 NGO は他の利益集団と 競合し,圧倒的な資金力を持つ産業界の政策要 求に対して非力であった(Schreurs, 2002).し かし,連邦政治のレベルと異なり,アメリカの 環境保護運動が地域レベルで独自の成果を上げ てきたことは見逃せない. アメリカの都市自治では,住民投票制度など 民主的意思決定プロセスが制度化されており, いわば一定のルールに基づく闘争(ゲーム)が 展開されている.地域政治のフィールドでも資 金力・動員力のある利害集団の影響力はもちろ ん大きいが,ローカルな規模ゆえに社会運動勢 力の主張が多数の支持を集める余地も存在す る.逆説的であるが,自由主義を基調とするア メリカ社会では,コミュニティの秩序を守るた めの「規制」は必ずしも排除されず,その導入 をめぐって,オープンな政治フィールドで「自 由」な闘争が繰り広げられている. 自由市場経済に基づくニューエコノミーに は,その競争主義ゆえに家族関係,社会関係, 地域の関係を破壊し,環境を悪化させる傾向が 4)中村教授は,このような都市の生活の質と知 識経済との統合過程を,ポートランドの実証研究 で明らかにされている(中村 2004 第 9 章)。ここ で重要な教訓は,はじめから創造的人材の流入を 促進する経済的目的で生活の質が整備されたわけ ではなく,経済開発の圧力に抗して地域の人間生 活の場を守るために作られた都市計画の規制的枠 組みが,“結果として” 知識労働市場の形成と接合 し,対立を内包しつつも政治的支持を得てきたこ とである.
と闘ってきた歴史を持つ.広域成長管理に成功 してきたオレゴン州ポートランドなどと比べる と,広大な低密度空間が構造化しており,公共 交通体系を導入しても自動車依存構造は一朝一 夕には変えがたい現状にある.1980 年代末か ら 90 年代初頭に,航空宇宙産業やコンピュー ター産業など製造業が行き詰まりを見せて,州 の経済は停滞した.環境政策の先端を行くカリ フォルニア州は,強力な自動車排ガスの環境規 制を通じて技術革新を誘導し,これを州の経済 競争力と雇用とに結び付けようという発展戦略 を採り,南カリフォルニアに次世代交通産業の コンソーシアムを立ち上げた(中村 2004; 佐無 田 2000).基本的に政府が産業育成に行政介入 することはないと思われがちなアメリカで,州 や広域レベルにおいて,産学官の合意によって 戦略産業部門を設定し,産業界から環境グルー プまで参加する産業創出のコンソーシアムを設 立したのは画期的であった. 産業クラスター論を提唱したポーターは,イ ノベーションを刺激する需要条件を重視し,厳 しい環境規制はクリーンな技術開発を進め,産 業の競争力を高める可能性があると論じている (Porter and van der Linde, 1995).しかし問題は,
規制対象者がこのような技術促進的環境規制を 受け入れて技術開発を進めるかどうかである. 自由主義を基調とするアメリカで,環境政策の 直接規制によって産業の技術構造を誘導してい こうという,州レベルの独自の制度イノベー ションの実験に対しては,当然,反発が予想さ れた.実際,大手自動車メーカーは規制の撤回 を求めて訴訟を起こし,2000 年代初頭には規 制は後退し,州内の航空宇宙産業など大手企業 の熱気も冷めてしまった. これに対して,環境グループは州議会を動 かして自動車 CO2排出削減法案を通し,環境 ビジネスに期待を寄せるシリコンバレーのベ ンチャーキャピタルもこれを支持して,2000 年代中盤から政策統合戦略が再び本格化した. 1990年代に立ち上げられた南カリフォルニア の環境ビジネスのいくつかは,ブームの去った 冬の時代を,既存の産業集積の周辺に事業機会 を見つけて生き残り,2000 年代後半に再び環 境ビジネスブームがやって来ると,新興の地元 電気自動車ベンチャーなどにいくつかの決定的 な要素技術を提供した.規制当局は,たびたび 規制の後退を受け入れつつも,その過程で実現 可能な技術を柔軟に制度改定に取り入れ,実質 的な大気環境の改善効果と,電気自動車につな がるハイブリッド車技術の普及に道を付けてき た(佐無田 2010). 政治プロセスが自由主義的で,制度のイノ ベーションを含む技術的解決力に対する信念が 強いカリフォルニア州の場合,政治プロセスの オープンな場で技術と制度の調整がなされてき た.訴訟,ロビイング,広告,委託研究などを 通じて,諸アクターが意思決定過程を競い合 い,その結果,相互不信と対立関係が生じたが, ハイブリッド車のような実践的な技術を普及さ せることには成功した.長期的な技術進歩を促 すカリフォルニアの政策アプローチは,短期的 利益を優先するアメリカ型の株主資本主義制度 とは必ずしも相入れない.米国自動車メーカー 3社はいずれも規制を撤回させようと猛烈な対 決姿勢に終始し,むしろ規制の修正実施に向け て協力したのは漸進的な技術開発に勝る日本車 メーカーであった(佐無田 2001).地域の制度は, 過渡的なプロセスにおいて,国際的なレベルで 異なる資本蓄積構造と接合することを通じて, 国民的制度に転換を迫ることもありえる. (2)ドイツの地域再生――地域コーポラティズ ムとエコロジー的近代化 ①資本蓄積構造 ドイツは先進国の中ではサービス経済化が比 較的遅い国である(表 1).資本財に強く,熟 練労働者が職場の連帯と工場レベルの交渉を主 導する体制が取られてきた歴史がある.金融資 本と結びついた大企業(重工業)と,機械工業 セクターを中心とした中小企業群と,国家とが 連帯し,社会的諸制度によって,高い国際競争 力と高水準の社会的公平性を両立させた「社会
的市場経済」の成功例だとされる(Crouch and Streek ed., 1997).製造業における大企業と中小 企業の賃金ギャップは小さい.VOC 学派によ れば,ドイツはコーディネートされた市場経済 (CMEs)に分類され,(i)従業員からの協力を 確実にする協調的な労使関係システム,(ii)高 い技能水準を提供する訓練システム,(iii)関 係依存的な契約を形成する企業間連結のネット ワーク,(iv)敵対的買収から企業を隔離した 長期の雇用保障等によって,漸進的イノベー ションに適したミディアム・ハイテク産業(電 気機械,自動車,その他輸送機械,化学,一般機械) に競争力を有するとされる(Hall and Soskice, 2001). グローバル経済への再編の中で,金融主導に 転じたアングロサクソン諸国に対して,ドイツ は機械や化学の高度な機能製品の開発・製造を 担い,輸出製造業部門が国民経済を牽引する体 制を強化してきた.ドイツ経済にとって近年の 大きな出来事は,1990 年の東西ドイツ統一と ヨーロッパ市場統合である.ドイツ製造業はイ ベリア半島から中東欧までの汎欧州生産ネット ワークを構築し,これを競争力の基盤としてき た(田中 2007).ドイツでは,社会保障費の企 業負担と解雇制限の規制のために,新規雇用が 抑制される傾向にあり,雇用柔軟性の低さと若 年層の高失業率が課題とされてきた.日米企業 との国際競争のために,労働市場の柔軟性を拡 大し,新技術への適応能力を高める必要がある として,2000 年代には,失業給付期間の短縮 と引き下げ,期限付き雇用制度などを柱とする 労働市場改革が進められた.これらを受けて, 失業率は 2005 年から改善傾向にある.ただし, ドイツ企業による国内投資は抑制され,低賃金 労働が増えているという問題もある.外需に依 拠する構造のため,2008 年の世界金融危機に 際しては,国内の金融部門の被害は軽微だった にも関わらず,英米より大きな GDP マイナス 成長を記録した.製造業のネットワークが越境 する一方で,国内への投資循環と国内中小企業 を中心としたイノベーション経済へのシフト が,ドイツ経済の課題となっている. 産業構造に関して言うとドイツと日本は類似 点が多いが,国土構造に関しては大きな違いが ある.ドイツは分権的連邦国家であり,水平的 財政調整制度が整備されてきた.労働政策の調 整に関しても,経済的地域主義と呼ばれる徒弟 訓練制度の伝統がある.地域経済も水平的地域 間分業を特徴とし,地方の中小都市であっても, 特定産業分野の中心地として,独自の大学研究 機関や金融の拠点を擁し,独特の文化的個性を 保持している(中村 2004 第 3 章). 東西ドイツ統一によって,ドイツは従来にな い大きな国内格差を抱えることになった.1990 年代以降のドイツの地域政策の中心は,旧東ド イツの州に対する社会格差の是正であった.さ らに,欧州統合に伴って困難を生じる地域(工 業衰退地域,旧周辺地域,新周辺地域)に対して も,EU(欧州連合)の構造基金と連動して重 点的な対策が採られている(OECD, 2010).EU は結束政策(Cohesion Policy)の枠組みで,域 内地域間の社会的・経済的不均衡を是正する地 域政策を展開してきた.とくに環境,雇用,知 識経済化に関わる地域プログラムに助成が行わ れ,垂直的・水平的な政策パートナーシップ を推進している(辻 2003; 諸富 2010).こうした EUレベルの不均衡是正政策が,環境ダンピン グ(環境規制を緩くすることで低価格の製品輸出 を増やすこと)などを抑制し,後述のようにド イツがエコロジー的改革を進めうる国際的な制 度条件ともなっている. ②地域問題と対抗勢力 もともと旧西ドイツでは戦後,政府・労働組 合・経営者団体の協調に基づく集権的団体交渉 が制度化され,コーポラティズムと呼ばれてき た.この体制は,経済成長に基づく労使協調体 制であり,右派から左派までが,雇用と福祉の 推進のために大量生産体制に統合されていた. 西ドイツの産業界は当初,環境政策によるコス ト増大に強く反対していた.労働組合も環境保 護計画の導入に反対の立場(大量生産体制の枠 組み保持)であり,1970 年代までは西ドイツの
環境対策は日本に比べても遅れていた.ところ が,この社会統合の体制の外部から強い異議申 し立て運動が起きてきた. 1970 年代半ばに西ドイツでは原発反対運動 が活発化したが,当時の社会民主党は原発推進 側であり,反対派の意見の受け皿となる政党が 存在しなかった.原発反対グループと複数の自 然保護団体は合併して全国レベルの環境保護団 体へと発展し,女性解放運動や多文化主義の思 想などとも合流して,緑の党を設立した.シュ ラーズは,ドイツでは政党を通じて政策立案過 程に影響を及ぼす道が開かれたことが,日本や アメリカの環境コミュニティと大きく違うと評 価している(Schreurs, 2002).ドイツでは,5% 以上の得票を得なければ連邦議会での議席を獲 得できない制約がある一方で,0.5% 以上の得票 をした「組織」は国から助成金の交付を受けら れる制度的条件が存在した.1986 年のチェル ノブイリ原発事故の後,緑の党は州議会や市議 会レベルで議席を伸ばし,1990 年代には地域 レベルで連立政権の経験を積み,首長を出すま でに成長した(小野 2009). ドイツ社会民主党は,緑の党の成長に危機感 を強め,1990 年に綱領を改定した.エコロジー 的技術革新を労働力政策と結合し,新産業部門 で雇用を増大させ財政支出を削減するという 「エコロジー的構造転換」の戦略である(長尾 ・ 長岡 1992).緑の党が本来主張したことは,大 量生産体制に対する体制転換であったのに対し て,社会民主党は,既存の政治経済体制を基礎 にした社会改良(「エコロジー的な社会的市場 経済」)を目指すとした点で違いがある.1980 年代に提唱された「エコロジー的近代化論」が 基礎にあるが,これはネオ・マルキストの脱近 代化の思想と異なり,社会を制御する制度およ び近代技術による問題解決能力をより洗練させ ることで環境問題の解決をはかろうとする「第 二の近代化」論であった(Mol, 2001).こうし てドイツの政策は,生態系と生命維持システム のエコロジー的全体性を中心に据える「強い」 エコロジー的近代化と,汚染管理やクリーン生 産などの技術的調整にとどまる「弱い」エコロ ジー的近代化の間で(Christoff, 1996),揺れ動 きながら政策を進めていくことになる. いずれにせよ,緑の党の成長によって,既存 の保守・革新いずれの政党も環境政策を重視し た政策妥協を取らざるを得なくなった.意見の 対立を「闘争」で解決するのではなく,民意を 代表する組織間の協調的意思決定を通じて社会 的妥協を図るのがドイツのコーポラティズム的 伝統である.1998 年に連邦レベルで赤緑連立 政権が発足したことで,脱原発路線と再生可能 エネルギーの積極的導入に道が拓かれた.エコ ロジー的近代化の思想は EU レベルでも取り入 れられ(第 5 次環境行動プログラム,1993 年),「統 合型環境政策」(各政策分野への環境政策の統合) が導入されてきた(坪郷 2009). とはいえ,緑の党が存在したからといって, 現実の政策妥協は簡単なことではない.とくに 大量生産体制の基本構造にメスを入れようとす るならば,既成政党の支持団体である産業界お よび労働組合は,政策転換を受け入れがたい. 成長管理的な環境政策がいかに経済的に成り立 つのかを,地域レベルの政策実験によって証明 するプロセスが必要であった.ドイツの地域再 生は,アメリカのように流動的な知識労働市場 をベースにした制度イノベーションではなく, 相対的に安定した「社会的市場経済」をベース にして,成長モデルへの対抗運動が政策リアリ ティを獲得する過程として描くことができる. ③地域的制度と統合の論理 フライブルクはドイツ南西部,バーデン=ヴュ ルテンベルク州の国境近くに位置する.もと もとは工業化の遅れた周辺的地方都市であっ た.自動車工業や機械工業が発達した州都シュ トゥットガルトに比べると,フライブルクには いくつかの分工場が立地する以外,目立った大 企業はない.しかしながら近年,欧州の経済統 合によって,ライン川上流地域は国境を越えた 連携を深め,ドイツの周縁地域から欧州の新中 核地域の 1 つへと変貌を遂げようとしている. 第二次世界大戦後,フライブルクにおける地