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全国大学ビブリオバトル 2014 ∼京都決戦∼予選会実施報告
閲覧担当:長峰優
皆さんは本を読む時、何を基準に選びますか?書店で平積みにされていたから?テレビや新聞で紹介されていたから?きっかけは様々だと思
います。そんな中、日本中で広がりを見せつつある「ビブリオバトル」、皆さんご存知ですか?ビブリオバトルを開催すると、知らなかった本
と出会うことができます。「もっと多くの人に読んでもらいたい」と思っている本を人に紹介することもできます。人と本が繋がる機会となる
のです。なんだか少しわくわくしませんか?まずは簡単に、ビブリオバトルについてご説明したいと思います。
ビブリオバトルは、2007 年に京都大学のとある研究室にて誕生しました。発案者は、当時研究員として研究室に所属していた谷口忠大氏(現
立命館大学准教授)。氏が新しい勉強会を立ち上げる際に既存の勉強法以外で「何か」をしたい、と考え、そこから生まれたのがビブリオバト
ルなのです。そして、現在ビブリオバトルが全国的に普及した要因の一つとして、2007 年当初からバトルの様子を youtube にて公開している、
ということがあります。現在でも当時のバトルを見ることができますので、興味のある方は是非ご覧ください。
(http://www.bibliobattle.jp/movie)
以上のように誕生したビブリオバトルですが、公式ルールは 4 つのみです。
つまり、一言で言ってしまうとビブリオバトルは「本の紹介ゲーム」です。しかし書評することで発表者は自らの個性、知識、背景を他の参
加者に伝えることとなります。これは、谷口氏が述べていることですがビブリオバトルとは単なる「本の紹介ゲーム」ではなく、「人を通して
本を知る」ことはもちろん「本を通して人を知る」ことができるゲームなのです。
とはいえ、「さぁビブリオバトルをやってみよう」と言われても難しいかと思います。「いったいどんな本が紹介されているの?」「どういう
風に発表を行うの?」と様々な疑問が生じるでしょう。首都大にて開催されたビブリオバトルの様子を読んでいただくことで、少しでも雰囲気
が伝われば幸いです。
1. 発表参加者が読んで面白いと思った本を持って集まる。
2. 順番に一人 5 分間で本を紹介する。
3. それぞれの発表の後に参加者全員でその発表に関するディスカッションを 2 ∼ 3 分行う。
4. 全ての発表が終了した後に「どの本が一番読みたくなったか?」を基準とした投票を参加者全員一票で行い、
最多票を集めたものを『チャンプ本』とする。
ビブリオバトル公式ルール
各発表後にはオブザーバーから様々な質問が飛びます。「その本を読んで考えが変わりましたか?」といった質問から本の内容に踏み込んだ
質問まで。質問に対する答えも後の投票に大きく影響してきます。
全員の発表が終わると投票の時間です。投票にはバトラーも参加します。バトラーは後ろを向き、オブザーバーの様子が見えないような形で
投票が行われました。その結果、今回のチャンプ本は法政大学からご参加いただいた児玉大希さんが発表した『反社会学講座』に決定しました!
児玉さんは今後開催される地区決戦に出場し、京都決戦出場を目指します。
さて、簡単ではありましたが、ビブリオバトルの様子は伝わったでしょうか。今回は予選会という形で広く公開しての開催となりましたが、
元は研究室で生まれたビブリオバトル。皆さんも「人を知る」ためにゼミやサークルなど、まずは仲間内で開催してみてはいかがですか?
8 月 5 日(火)13 時、図書館プレゼンテーションルームにバトラー(発表者)5 名、オブザーバー(観戦者)30 名以上が集まり、ビブリオバ
トルが開催されました。司会者よりルール説明がされると、バトラーはじゃんけんをして発表順を決めます。バトラー 5 名とも、本の一部を音
読したり、身振り手振りを加えたり、オブザーバーに質問を投げかけてみたりと、それぞれ個性的な発表が続きました。発表された本は以下の
とおりです。
1. 酒井裕企さん 『箱庭図書館』 乙一著
2. 皆川優大さん 『童話物語』 向山貴彦著
3. 児玉大希さん 『反社会学講座』 パオロ・マッツァリーノ著
4. 井並頌さん 『空想哲学読本』 富増章成著
5. 横山麻美さん 『裏ヴァージョン』 松浦理英子著
※発表順
こちらの本は本館に所蔵があります。是非ご覧ください。
発表本
ビブリオバトル 本を知り人を知る書評ゲーム / 谷口忠大著 . 文藝春秋,2013
本館:2F一般書架
日野:小型本(新書)
荒川:新書コーナー
資料 ID:10003055861
資料 ID:20001807149
資料 ID:30000331298
請求記号:/019.9/Ta87b/2013
S/019.9/Ta
/019.9/Ta87/2013
知的書評合戦ビブリオバトル公式ウェブサイト http://www.bibliobattle.jp/ (2014-08-12 参考)
参考文献
タイマーで
時間を計り
ながら発表
します
3
文献紹介
ロ ゴ ス
人糞學のすゝめ
オープンユニバーシティ 准教授 淵江 哲郎
私の憧れの職業だった汚わい屋さんを主人公にした小説が、火野葦平の『糞尿譚』で
ある。昭和十三年、杭州駐留中の火野はこの小説で芥川賞を受賞した。
糞尿譚・河童曼荼羅(抄)/ 火野葦平著 . 講談社 , 2007
本館:2F一般書架 資料 ID:10000793995 請求記号:/910.8/Ko19k/hi-i-1
山田稔は、昭和五年北九州市門司生まれの作家、仏文学者である。
スカトロジア−糞尿譚 / 山田稔著 . 編集工房ノア , 2004
「臭人の痔レンマ」の問題を考える参考に。
ゲームの理論入門 / モートン・D・デービス著 ; 桐谷維 , 森克美訳 . 講談社 , 1973
荒川:閉架書庫 2(文庫・新書) 資料 ID:038610609 請求記号:/331.19/D46/1985
一寸尾籠な話を致します由、お厭な方はお読みにならぬようお願い致します。
屎という字は尸(人の臀部を示す形)の後ろに落下する小点を加えてある(新訂字
源[普及版]/白川静著、平凡社、二〇〇七年)。そして尿は尸の後ろに滴る水だ。一方、古
代ギリシャ語のσκατολογίαは、σκωρ(ウンコ)、その属格σκατος(ウン
コの)よりσκατοが連結形となり、λόγος(話、論理)に接辞が着いたλογίαと
の合成語のようだ。だから σκατολογίαはウンコの話とか論理となって、話の
意では「糞尿譚」、論理の意では「糞便學」と訳されるのだが、「糞尿譚」は良いとして
も、「糞便學」は本当に身も蓋も無い訳だ。そこで、もっと上品な、若い女性でもまあ素
敵とついつい専攻したくて仕方が無くなる學としての新訳を定着させる必要があ
る。よし、σκατολογίαを「人糞學」としよう。さて、人にとってウンチやオシッ
コは汚い穢れたものという共通認識がある一方、民族小集団の歴史、文化、文明の相
違がウンチやオシッコに対する認識に差異を齎しているのだが、ウンチやオシッコ
に対する認識の共通性と差異性を探ることを通して、そしてウンチやオシッコを通
して、人間とは何かを問う學が「人糞學」なのである。「人糞學」無くして人文科學無
し。早速蘊蓄を垂れてしまったが、「人糞學」先ずは日本編から始めることとしよう。
壱、落下式和式汲取り便所時代
東京都某区の我が家は平地林に囲まれた農家、牧場と畑の広がる田園風景の中に
在り、民家は点在する程度であった。五人家族は茶の間に集まり真空管ラヂオを聴い
たりしながら、卓袱台や炬燵を囲み、廊下を歩いて二間程先の便所で用を足してい
た。便所は落下式和式便所。便器の真ん中にぽっかりと穴が開き、その下は漆黒の闇、
無限の暗黒世界が広がっていた。昼間はまだしも、夜は不気味で恐ろしかった。夜に
催すとき、私は電灯を点けられるだけ点けて、用を足した。下を見る。何も見えない。
漆黒の闇。目を上げる。下を見る。暗黒世界。しかし私は目を上げた刹那に、下から見
上げる眼を感じて恐怖した。胸の高鳴りを覚え、そそくさと用を済ませ、小走りで茶
の間に戻った。便槽にウンチやオシッコが溜まると、近隣の農家の若い衆が汲取りに
来た。便所の外の汲取り口から、大抵の家の汲取り口付近には八つ手の木が植えられ
ていたものだが、木桶二杯に木の長柄杓で糞尿を汲取ると、長い天秤棒の両端に下げ
て上手くバランスを取りながら、やや腰を屈めて運んで行く。木桶の糞尿は僅かに波
打っていた。地下足袋に紺の半纏姿の若い衆の肩や腕、太腿や脹脛の筋肉が浮き出で
運ぶ姿を、私は格好良いと憧れた。我が家を訪れる八百屋、魚屋、肉屋、豆腐屋、牛乳
屋、洗濯屋、新聞屋、屑屋等どの商人よりも、農家の息子は一番格好良かった。そこで、
何になりたいかを問われると、私は即座に「汚わい屋さん」と答え、「厭だねこの子は」
と祖母に笑われた。汚わい屋さんは私の憧れの職業だったのである。さて、木桶二杯
の糞尿はどうなったのか。木桶はリヤカーに積まれて農家の肥溜め迄運ばれ、牛糞等
と共に寝かされる訳だが、お百姓さんは時々肥溜めを棒や板で掻き廻していた。糞尿
はバクテリアにより発酵する。結構な発酵熱で寄生虫の類は死滅し、窒素、リン酸、カ
リ等の含まれる肥料に変わる。それを井戸水で薄めたりしながら畑に撒く。麦、大根、
人参、キャベツ、里芋、葱、胡瓜、茄子、トマト、花椰菜、玉蜀黍、西瓜等が作付けされて
いた。分けて貰った野菜はとても美味しかった。春のキャベツ畑には紋白蝶や紋黄蝶
が乱舞した。畑には蚯蚓、蚯蚓を喰う土竜がいて、土竜の掘り起こしたトンネルが隆
起していた。小学校に上がると、毎朝、用を足してから登校していた。道すがら、『みっ
ちゃん』の歌を歌った。三橋美智也ではない。みっちゃんみちみちウンチして、かみが
ないからてでふいて、もったいないからなめちゃった。ところで、山田稔は『スカトロ
ジア−糞尿譚』でこの歌に触れている。自身が腕白小僧時代に歌ったとある『みっち
ゃん』の歌は、「ミッちゃん道々クソたれて紙がないので手で拭いた、もったいないか
ら食べちゃった」。昭和十年頃の門司で歌われていたことが文献上で確認できたこと
になる。『みっちゃん』の歌に歴史有り。或る朝、ウンチはしたかと問われ、出ないと答
えて登校した日のことであった。昼頃催したので、友達に気付かれぬよう、誰もいな
い大便所の中程の扉を開けた。便所は思いの外綺麗であった。直ぐにウンコが出て垂
れ下がると暫し留まっていたが、自らの重みに耐えかねて肛門から離れた。と、刹那
の間がありて、ポットーンと便槽に落ちる音が響き渡ったのである。当時は水琴窟と
いう日本庭園にある仕掛けを全然知らなかったが、今にして思えば、私は巨大な水琴
窟、いや糞琴窟の上にお尻を丸出しにしてしゃがみ込んでいたのであった。私は落下
式和式汲取り便所に漆黒の闇、無限の暗黒世界を感じていたが、この日は幽玄な深淵
の世界を垣間見た。少し大人になったような気がした。
弐、落下式和式真空吸引便所時代
扱い易い化学肥料が普及し、お百姓さんは化学肥料を畑に撒いたり、農薬を使った
りするようになった。私の憧れの汚わい屋さんの姿は中々見られなくなり、代わりに
家々の糞尿の回収に活躍しだしたのがバキュームカーであった。バキュームカーは
タンクを積んだ青色のトラックで、タンクには太く長い黒いホースが繋がっていた。
民家の便槽に突っ込まれたホースは、轟音と共に生き物のように踊っていた。何時し
かテレビが真空管ラヂオに取って代わり、とっても楽しかったが、宅地化も進み始
め、畑や平地林は徐々に民家へと変っていった。私の遊び場所であった野原や林や竹
藪も減りだして、面白くなかった。鼬も土竜もいたのになあ、ムササビも蝙蝠も飛ん
でいたのに、甲虫も殿様飛蝗も飛んで来たのに、蝶々もあんなにいっぱいいたのにな
あ、みんなどこに行っちゃったのかなあ。
参、水洗式和式便所時代
東京オリンピック前後は、東京では道路、上水道、下水道、都市ガス等の生活基盤が
急速に整備された時期であった。我が家の便所も何時しか水洗式和式便所へと代わ
っていた。幼い日の私が胸の高まりを覚えるほど恐怖した漆黒の闇、無限の暗黒世
界、そして垣間見た幽玄な深淵の世界はなお存在し続けているかも知れなかったが、
閉ざされてしまった。ただ尻下僅かの所に、にっこりと微笑みを浮かべて私を見上げ
ているウンコが在りました。そもそもウンコは不消化物と考えられているが、半分以
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上は水分、残りは腸壁の剥がれ落ちた新陳代謝物、腸内バクテリアの死骸等で、食物
の不消化部分は数パーセント程度に過ぎない。その不消化物にしても、私の生命維持
に必要な栄養を自らの命と引き換えに差し出してくれた動植物の一部なのである。
愛おしささえ覚えた。自分のウンコは汚くはない、ウンコが汚いというのは他人のウ
ンコに対して抱く感覚である。しかし大物は、武田信玄の軍旗に書かれたる孫子の句
『疾如風 徐如林 侵掠如火 不動如山』の「不動如山」ではないが、どうにも動かないの
である。そこでウンコ相撲を取ることになる。レバーを押す。八卦良い、残った。ウン
コを流そうと何度もレバーを押しながら、私は水流に抗して踏ん張るウンコ山を一
所懸命応援していたのである。
四、水洗式洋式便所時代
便器を跨いで足裏をぴったりと床面に着けてしゃがみ込み、胸を張る姿勢で座る、
このウンチングスタイルの姿勢で用を足し、チリ紙で拭うのが日本古来の古式ゆか
しい伝統的な尻拭いの作法なのであるが、水洗式洋式便所時代を迎えて、作法に則ら
なくなったことに後ろめたさを感じつつ、何と無く気合の入らないウンコを垂れる
ようになった。水洗式洋式便所の長所として、(一)便器が汚れにくい、(二)ウンコが
臭いにくい、(三)長時間の使用が楽である等が考えられる。一方、水洗式和式便所の
長所としては、(一)ウンチングスタイルによりウンコがすーっと出る、(二)ウンチン
グスタイルによって足腰を丈夫に保つことができる、(三)ウンコの色、艶、臭い、オシ
ッコの色、臭い等の観察が容易で、簡便な健康診断に役立つ、(四)便器と接すること
なく用を足せて衛生的である等が考えられる。逆は他方の短所である。さて、チリ紙
或いはトイレットペーパーで尻を拭うことに変りは無かったが、肛門は大変デリケ
ートな所だから、紙で拭くことは肛門が切れるリスクを伴う。ウンコを綺麗に拭おう
と能く拭けば肛門が切れるが、ウンコの拭き取りを手加減すれば肛門にウンコが残
る。この究極の二者択一の選択問題は、「臭人の痔レンマ」として良く知られた問題で
ある。簡単に説明する。痔持ちの男と女がデートをする。デート前にウンコをするが、
ウンコを綺麗に拭おうと能く拭けば尻が切れて痔が痛む。ウンコの拭き取りを手加
減すれば尻にウンコが残るが、自分のウンコは臭わず、相手のウンコは臭う。但し、自
分のウンコと相手のウンコが重なった場合は、中和して「臭わず」になる。最良なのは
「臭わず痛まず」、最悪なのは「臭う痛い」、その中間が「臭わず痛い」。しかし、「臭う痛
い」思いをした場合は怒り心頭で相手を振るので、鯔のつまり相手も最悪な思いをす
る。さあ、この痔持ちの男と女の運命や如何に。
伍、水洗式尻洗い機能付き洋式便所時代
「なぜお尻も洗わないの?」と、女優の戸川純が出演したコマーシャルが流れるよ
うになった。尻洗い機能付き洋式便座が発売開始されたのである。反響は大きかっ
た。何気無く見ていたワイドショーのスタヂオに尻洗い機能付き洋式便所が設置さ
れ、その周りは囲まれていた。そして、女性司会者だったかが中に入り戸を閉めたの
だが、やがて「キャア」という声が響き渡った。この女性は本当に初めての使用であっ
たのだろう、思わず本物の驚きの、生々しい声を上げてしまったのである。はてこれ
はどんな物だろうかと、早速新し物好き家族は興味を持った。程無くして我が家の洋
式便器にも尻洗い機能付き便座が付いて、水洗式尻洗い機能付き洋式便所時代が幕
を開けることになった。かの「臭人の痔レンマ」の問題は、この尻洗い機能付き洋式便
座の登場に依ってひとつの解決をみた。ボタンを押すと水鉄砲が出てきて、シューシ
ューと湯水で洗い流してくれるので、紙との摩擦で肛門が切れることなく綺麗に尻
拭いができ、且つ衛生的になったのであるが…。
これ迄時代毎に考察を重ねてきたが、全時代を通して考えてみよう。第一に、落下
式和式汲取り便所時代から落下式和式真空吸引便所時代への移行は、最も大きな変
革であったと考えられる。日本に於いては、凡そ一万年前に遡る農業の始まりから
営々とウンチやオシッコを肥料として利用してきたのであろう、そしてそれは凡そ
半世紀前迄続いていた訳だが、その連環の輪がこれを境に断たれてしまったのであ
る。その結果、痩せてしまった土地も狭くない。そこで、ウンチやオシッコの資源化を
考えてみたい。嘗てのような肥料化のみを云っている訳ではなく、その場所に適した
資源化、例えばバイオマス発電等も含めて、連環の輪の再生を考えるべきであろう。
第二は、落下式和式真空吸引便所時代から水洗式和式便所時代への移行、即ち水洗化
である。私は水洗化当時、飲んでいた水道水をウンチやオシッコを流す為に使うのは
如何にも勿体無いと思ったが、思いは今も変わらない。日本、世界で考えれば、水洗便
所は一体どれ程の資源を使い、如何程の費用、二酸化炭素に換算されるのだろうか。
また、水洗便所には下水道等の生活基盤の整備が必要であり、世界ではそれが整備さ
れた地域は限られるが、何処に於いても衛生的な便所は公衆衛生上に必要不可欠な
ものであろう。こうした問題についても、世界の資源、環境の視点から再考しなけれ
ばならないだろう。
と書いていたら、日本科学未来館に於ける企画展「トイレ?行っトイレ!∼ボクら
のうんちと地球のみらい」の開催(十月五日迄)を知った。展示に協力されたのが、東
京都立大学(現首都大学東京)大学院工学研究科を修了され、現在、㈱LIXIL総合研究所
の山上遊さんである。山上さんは、循環型無水トイレシステムの研究開発と普及促進
を担われている。おお、何とも頼もしい限りではないか。興味有る方は是非どうぞ。
ス カ ト ロ ジ ア ス コ ー ル