99
Ⅰ.講義の概要
2011 年 3 月 11 日の東日本大震災は,大地震と大津 波に加えて,福島第一原発の過酷事故という大災害で あり,大きな被害をもたらした。 この 7 回連続特別講義「エネルギー問題」は,チェ ルノブイリ原発事故も,東海村の臨界事故も,何も知 らない学生たちに,福島原発事故の歴史的な意味につ いて深く理解させること,これがこの講義の目的であ る。 この講義は,以下のような構成になっている。なお, 講義では,映像資料として,当時のテレビ番組から, わかりやすくて優れた内容のものを厳選して,活用し た。 第 1 回 東京電力・原発トラブル隠し 「クローズアップ現代 隠された原発トラブル」 (2002.9.19) 第 2 回 東海村・臨界事故 「報道特集 レベル 4 の衝撃・死角で起きた初の臨界 事故・青い光の猛威を検証」 (1999.10.3) 第 3 回 チェルノブイリ原発事故 「ET� 特集 チェルノブイリ事故 ② 核の町の住民 たち」 (1998.4.28) 第 4 回 追いつめられた原子力 「ドキュメント ‘00 核の閉塞─追いつめられた原子力」 (2000.6.12) 第 5 回 自然エネルギー 「NHK スペシャル エネルギーシフト ① 電力革命 が始まったーヨーロッパ・市民の選択」 (2001.2.10) 第 6 回 原発と地域経済・地方財政 「報道特集 プルサーマル計画 国が大揺れ! 小さ なムラの反乱」 (2001.6.3) 「ミヤネ屋 考える 原発 14 基が並ぶ原発銀座・若狭 湾の今」 (2011.5.12) 第 7 回 原発労働者 「ニュースステーション 原発労働者と被ばく」 (2001.1.27) 「アンカー “下請け・日雇い”が支える原子力発電─ 労働者の被ばくの実態」 (2011.5.23) 「スクランブル 最前線原発作業員が新工程表の本音 激白」 (2011.5.19) 「ニュースウオッチ 9 原発作業員が独自証言“被ば く量わからず・安全管理に疑問も…”」 (2011.5.25)Ⅱ.なぜこの講義に取り組んだのか
私が原発問題に興味を持ったのは,最初の赴任先が 鹿児島県立短期大学であったからである。鹿児島県に は,九州電力の川内原発がある。私は,鹿児島県地方 自治研究所のプロジェクトとして,川内原発の研究に 取り組み,「原発立地による財政効果」という論文を 執筆して,『自治研かごしま』第 66 号に掲載した。 その時に原発研究の手ほどきをしていただいたのが, 福島大学の清水修二氏である。清水氏は私の大学院の 先輩であり,既に原発研究をかなり進めておられた。 私は清水氏に連絡を取り,原発問題に関する先行研究 を教えていただいたことにより,川内原発の研究をま とめることができた。 その後,私は京都橘女子大学(現在は京都橘大学) に赴任した。2001 年度と 2002 年度の講義「現代社会 と経済」において,エネルギー問題を 2 回連続で取り 上げた。それは,上記のプログラムのうち,第 4 回 「追いつめられた原子力」と第 5 回「自然エネルギー」 にあたるものである。 2002 年 8 月に東京電力のトラブル隠しが内部告発に より発覚した。そこで,2003 年度の講義「現代社会 と経済」においては,エネルギー問題を 5 回連続で取 り上げることとした。この時に,第 1 回「東京電力・7 回連続特別講義
「エネルギー問題」に
取り組んで
The Journal of Economic Education No.31, September, 20127 Serial Special Lectures Grappling With the Energy Problem After the
Nuke Stations’ Accident in Fukushima
Komori, Haruo
小森 治夫(京都橘大学)
The Japan Society for Economic Education
100 シンポジウム 論 考 投稿原稿 会務報告 大会報告 原発トラブル隠し」,第 2 回「東海村・臨界事故」,第 3 回「チェルノブイリ原発事故」をつけ加えた。こう して,上記のプログラムのうち,第 1 回から第 5 回ま での内容で講義をすることができた。 しかし,2003 年度の講義は,私としてはできるだ けわかりやすく展開をしたつもりであったが,学生た ちの受けは今ひとつであった。「よくわかった」とい う感想もあったが,多数派は「むつかしかった」とい うものであった。 また,原発と地域経済・地方財政の関係,原発で働 く下請け労働者の問題も取り上げたかったのであるが, 私の準備不足もあり,残念ながら実現しなかった。 そして,その後の数年間は,エネルギー問題の講義 をすることはなかった。 しかし,2011 年 3 月に福島原発事故があり,チェル ノブイリ原発事故も東海村の臨界事故も知らない学生 たちに,福島原発事故の歴史的な意味を知ってほしい と願い,2003 年度に行った連続講義を思い出した。 自宅の書斎からは,過去の講義の資料を見つけること もできた。その上,以前は断念せざるを得なかった, 原発と地域経済・地域財政の関係,原発で働く下請け 労働者の問題を取り上げることができたのである。 第 6 回 原発と地域経済・地方財政 雇用効果,財政効果 (電源三法交付金,固定資産税) 第 7 回 原発労働者 被ばくの実態,下請け・日雇い労働者
Ⅲ.学生の感想(1)期待どおりの感想
7 回連続講義「エネルギー問題」が終了した後,次 のようなアンケートを実施した。 Q1 菅首相は静岡県御前崎市にある中部電力浜岡原 子力発電所の運転をすべて停止するよう要請し, 中部電力も受け入れました。あなたは浜岡原発 の運転停止を評価しますか。 評価する 評価しない Q2 震災前,日本の電力の約 3 割が原子力発電に よってまかなわれていました。原発に頼ってい る日本のエネルギー政策をどう思いますか。 やむを得ない 原発は減らすべきだ 原発は全て廃止すべきだ Q3 この講義を受講しての感想を 800 字程度で述べ なさい。 アンケート結果は,次のとおりである(なお,アン ケート総数は,141 名である)。 浜岡原発の運転停止の評価については,「評価する」 が 75.9%,「評価しない」が 24.1%であった。 日本のエネルギー政策については,「やむを得ない」 が 24.1%,「原発は減らすべきだ」が 55.3%,「原発は すべて廃止すべきだ」が 20.6%であった。 以下,学生の講義を受講しての感想を紹介する。 まず,学生からは,「タイムリーな内容で,有意義 な講義だった」という評価が多かった。次の感想は, この講義の意義をよく理解している。 「私は原発とは安全でクリーンなエネルギーだと, 以前まではそう思っていました。東日本大震災による 福島第一原発事故について,テレビを含めたメディア は原発についていろいろ取り上げていました。しかし 講義ではそれを含め,原発が誘致されてきた経緯や, その当時の情報を取り扱いました。様々なビデオや資 料から,原発について考えることができたのは,とて も有意義な内容だったと思います。何より,現在進行 形で注目されている,リアリティのある内容でした」 次は,原発の真実は何も知らなかった(知らされな かった),という感想である。 「講義の内容は衝撃的でした。原発事故の隠蔽の 数々,原発で働く下請け労働者の体調不良など,全く 知らないことばかりで,“自分はなんて無知なのだろ う”と思いました。東海村の臨界事故も知らず,教科 書で習ったとおり,原子力というのは安全で費用も安 く抑えられるというイメージのまま大学生になってい ました。原発の恐ろしさも知らず,そのまま生活して いたということを恥ずべきだなあと思いました」 「初めて知った事実は,前から原発の事故が起こっ ていたこと,原発の点検作業員の過酷な労働があった 事実です。私は中学生の時に原発について学んだので すが,そのときは火力発電に代わる二酸化炭素のでな い環境エネルギーである,ということでした。原発の 危険性も何も知らず,そのエネルギーは優れた次世代 のエネルギーであるとばかり思っていました。しかし, 今回の授業で実際は何回も事故を起こし,放射能漏れ が多発していて,リスクのありすぎるエネルギーだっ たと知って驚きました。私たちは事実を知らないまま, 原発を推進していくところでした」 とくに,「原発労働者」は,学生に強いショックを 与えたようである。 「原発問題の中で特に印象的だったのは,“原発で働 The Japan Society for Economic Education101 く人”についてでした。一種の派遣労働者的な扱いを 受け,なおかつ放射能という危険を負いながら作業を こなす人たち,福島原発事故が起きた現在でも放射能 にさらされながら働いている人がいるという事実は, 原発の存在やその必要性を考える上で重要な問題点を 提供していると思いました」 「もう一つ知った事実は,原発の点検作業員は日雇 い労働者だったということです。実情は過酷すぎて, ビデオを見ていてつらくなりました。彼らは自分の線 量計を無視してまで,作業しなくてはならない状況に 追い込まれていました。放射能をたくさん浴びて,病 気になった人がたくさんいました。しかし,どの電力 会社も取り合ってはくれないといった状況です」 また,チェルノブイリ原発事故についても,衝撃を 受けたという学生が多かった。 「恥ずかしながら,初めてチェルノブイリ原発事故 の詳細を知りました。そして,自分が想像していた以 上の被害や,後遺症に苦しむ人々の姿をビデオで見て 衝撃を受け,また,被曝による後遺症の恐ろしさを知 りました」 さらに,原発の代替案として,ヨーロッパにおける 自然エネルギーの取り組みを紹介したところ,次のよ うな感想があった。 「自然エネルギーの講義がありましたが,こんなに も自然エネルギーがあることを知らなかったので驚き ました。海外(特にヨーロッパ)では,自然エネル ギーを既に使っていることにも驚きました。チェルノ ブイリ事故からよく学んでいるなあと思いました。国 民一人一人が作った自然エネルギーを電力会社が買う という行為は,日本が参考にすべきだと感じました」 そして,メディア・リテラシ-について言及し,歴 史を学ぶ意義を強調する学生もいた。 「講義を受けて,事実を知ること,そしてその過程 を学ぶことはとても大事だと思いました。メディアに あるような表面的なことだけではなく,様々な面から 考えて,その中に何が隠されているのか,そして現在 に至るまでの過程を知ることが,未来を変える上で重 要になるのだと思いました。過去から学び,現在を知 り,未来を作るためには,今までの価値観をもう一度 見直す必要があると感じました」
Ⅳ.学生の感想(2)予期せぬ感想
このように,この講義を受けて「初めて原発問題の 真実を知った」という学生が圧倒的に多かった。しか し,一部ではあるが,気になる感想があった。それは, 「原発の雇用効果,財政効果」に関するものである。 「原発を誘致した地域には,特別な補助金が国から 支払われ,そのお金は地域振興のために使われている。 また,原発で働く人が移住してくることで,人口の減 少に歯止めをかけ,過疎化を抑えていることを知り, 驚きました。このように原発は,地域振興のために一 役買っていること,がとても印象的でした」 「原発があるために,経済が潤い,雇用が生まれる。 原発がなくなれば,多数の人の雇用がなくなり,生活 ができなくなる。都会に出る人が多くなり,町は老人 だらけになってしまう」 この「原発の雇用効果,財政効果」については,札 束で地域住民のほほをたたくようなものであると,講 義中に厳しく批判をした。また,福島の現実をみれば, これが「原発のメリット」になるとは到底思えない。 しかし,それでもこれを「原発のメリット」と評価す る学生が若干名だがいた。その理由が私には理解でき ない。「電力会社に就職したい」との願望の表現なの であろうか。 なお,付け加えておきたいことは,原発が必要と言 う学生も,原発労働者の実態を知れば,次のように意 見が変わったことである。 「私はこれまで原発のメリットを強く推奨してきた。 雇用が生まれ,景気が良くなる。または,現在の日本 の電力のうち 3 分の 1 を原発は生み出している,と。 しかし,このメリットのために,最大最悪の人体的被 害が出ている,と今回の講義で知った。しかも,その 被害者は弱い立場である下請け労働者である。私は今 まで原発で作業をする人は,完璧な放射線対策をして いると思っていた。私だけでなく,推進派の多くの人 たちもそう思っているのではないか。このようなずさ んな事をしているのなら,原発はなくすべきだ」 原発労働者の過酷な労働実態を知れば,原発のメ リット,デメリットというような議論は,もはやでき ないと思う。フリードリヒ・エンゲルスの『イギリス における労働者階級の状態』ではないが,労働者の状 態こそが,何よりもそのことの是非を雄弁に物語るの である。The Japan Society for Economic Education