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刑法38条2項「準用」の可能性について-香川大学学術情報リポジトリ

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刑法

条 項「準用」の可能性について

Ⅰ は じ め に

刑法 条 項は,異なる構成要件に跨る抽象的事実の錯誤に関する規 定であるといわれている。しかしながら,同条項は,一般に,軽い犯罪の 故意で重い犯罪を実現したパターンのみを規定したものだといわれてお り,この場合に軽い犯罪の成立を認めてよいのかにつき,同条項は明示的 な解決策を提示してくれてはいない。また,重い犯罪の故意で軽い犯罪を 実現したパターンや,そもそも法定刑に軽重がないケースをどのように取 り扱ってよいのかにつき同条項は直接的に規定しているわけでもない!。こ のため,学説は百家争鳴の観を呈しているといえる"。 抽象的事実の錯誤をめぐっては,これまで,学説は精緻な議論を展開し てきた。種々の見解が表明されてきたが,現在では構成要件的符合説が通 説の地位を占めている。判例も,殺人罪と同意殺人罪,殺人罪と傷害罪, 窃盗罪と強盗罪,窃盗罪と遺失物等横領罪,強盗罪と恐喝罪,公文書偽造 ! 髙山佳奈子『注釈刑法第 巻・総論』( 年) 頁以下。 " この点,ドイツ刑法 条 項は「行為の遂行に当たり,軽い法律の構成要件を実 現する事情を誤認した者は,軽い法律によってのみ故意の犯行を理由として処罰する ことが出来る。」としている。宮澤浩一訳『ドイツ刑法典』法務資料 号( 年) 頁。

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罪と虚偽公文書作成罪等で符合を肯認しており!,通説である構成要件的符 合説の立場に立脚していると評価してもよいように思われる"。 ところが,このような通説も,刑法 条 項の「適用」が見込まれる 典型的な事例ではない類型に同条項が「準用」される余地があるかどうか については,従前,必ずしも踏み込んだ議論を展開してきたとは言い難い 状況にあるように思われる#。結論から先に述べれば,たとえば,P罪の 故意で法定刑が同一であるQ罪を実現した事例や,親族の所有物だと誤信 して親族でない者から当該財物を奪取するような事例等では,刑法 条 項を「準用」して当該事例を合理的に解決する可能性が出てくるように 思われる。しかしながら,学説は,このような事例を解決する局面で,刑 法 条 項を「準用」して問題解決をすることが許容されるか否かにつ き,これまで必ずしも活発な論議をしてこなかったように思量されるので ある。 本稿の主眼は,刑法 条 項の「準用」が問題とされている諸事例を 取り上げ,試論として解決策を提示することである。Ⅲにおいては,「法 定刑同一の類型への準用」について論じ,Ⅳにおいては「親族関係の錯誤 の類型への準用」について論ずることにしたい。もっとも,この つの類 ! 井田良『講義刑法学・総論』( 年) 頁。 " 最近,興味深い裁判例が出現している。傷害の故意でバスローブを用いて交際相手 の首を絞め被害女性は死亡したが,当該女性は実は自らの死亡結果につき同意をして いた事案である。札幌地判平成 年 月 日判例タイムズ 号( 年) 頁は,嘱託傷害致死類型は刑法 条後段に含まれていると解釈し,同条後段で処 理した。本件については,田中准教授による判例評釈があるが,田中准教授は傷害 致死罪の成立を認められるようである。田中優輝「自己の殺害を嘱託した者を暴行・ 傷害の故意で死に致した場合の擬律」法学教室 号別冊付録判例セレクト [ ] ( 年) 頁。なお,判例研究会において北九州市立大学・法学部の大杉一之准教 授から,本件は錯誤論として解決すべきでなく,むしろ結果価値のみが存在する場合 に嘱託殺人罪を成立させてよいか等の問題を先に議論すべきだとの貴重な指摘を頂い た。重要な指摘であり,本件の検討については他日を期したいと思う。 # もっとも,西村博士は精力的にこの問題に取り組んでおられた。西村克彦『無罪の 構造・新版』( 年) 頁以下,同『日本国刑法の前途』( 年) 頁以下を 参照。

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型の解決方法を提示するためには,抽象的事実の錯誤をめぐる諸見解や刑 法 条 項の適用領域等につき,予め考察しておく必要がある。そこで, Ⅱでは,抽象的事実の錯誤をめぐる諸見解や刑法 条 項の適用領域等 についても前もって検討しておきたいと思う!。

Ⅱ 抽象的事実の錯誤に関する諸説

さて,現在,支配的だとされる見解は構成要件的符合説である。しかし ながら,通説である構成要件的符合説以外にも,抽象的符合説,不法責任 符合説等が有力に主張されている上,構成要件的符合説自体も つの立場 に分かれ相互に対立しているのが現状である"。 以下,各々の見解につき概観することにしたいと思う。 ! もっとも,本稿の目指す方向性は通説が企図する方向性とは乖離している。通説は 刑法 条 項が「準用」されていく局面を広範に認めていくことに消極的だし,「法 定刑同一の類型」にも「親族関係の錯誤の類型」にも同条項が「準用」される余地は ないとしている。この点については,予めお断わりしておきたい。内藤謙『刑法講義 総論(下)Ⅰ』( 年) 頁以下は本稿の立場に近い。刑法 条 項と抽象的事 実の錯誤の関係については,筑間正 「錯誤論についての覚書」広島法学 巻 号 ( 年) 頁以下を参照。 " 生体遺棄罪と死体遺棄罪といった保護法益の異なる つの構成要件間に符合を肯定 する罪質符合説も有力に主張されている。この見解は,寝たきりの隣人を山中に遺棄 したが,実は遺棄した時点で隣人は死亡していたケースで,符合を認める。この見解 は,構成要件概念は法技術的で,なおかつ,一般人には到底理解できない精密なもの であるから,多少法益が異なっていても符合を認めても差し支えないとの主張を展開 する。西原春夫『刑法総論・改訂版(上巻)』( 年) 頁以下。しかしながら, 罪質の概念が曖昧であるし,「生きているか死んでいるかわからない人を遺棄する」 との認識があれば,犯罪の主観的要件を認めてもよいと説明には説得的な根拠は十分 でないように思われる。他方, つの犯罪が意味の認識のレベルで重なる時は符合を 認めてもよいとする規範的符合説も有力に主張されている。刑罰法規は第一次的には 裁判規範であるが,これを一般の人々に向けて「翻訳」したものが行為規範なのだか ら,行為者が「翻訳された言葉」で構成要件の意味内容を認識していれば故意が認め られるとするのが規範的符合説である。井田『講義刑法学・総論』(前掲注 ) 頁以下。

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.抽象的符合説 牧野博士が創唱した抽象的符合説の特徴は,軽い犯罪の故意で重い犯罪 を実現したパターンに関し,軽い犯罪の既遂の成立を肯定する点に存す る。すなわち,およそ犯罪を行う意思でおよそ何らかの犯罪事実が実現さ れている以上,犯人の危険な性格の徴表として十分であるとみて,この見 解は,主観的な故意に応じた犯罪の既遂を認める!。具体的には,Aの飼い 犬に向けて発砲したところ,そばにいたAに弾丸が命中したケースで,器 物損壊罪の既遂の成立を認める帰結に至る(厳密には器物損壊罪の既遂と 過失致死罪との観念的競合として処理する)"。しかしながら,「およそ犯罪 を犯そうとして犯罪を犯した」という理由で広範に符合を認めていくこの ような解釈論には問題があるように思われる。まず,この見解には,犯罪 ごとの違法の質的な相違をいっさい否定する点で疑義が向けられる。しか し,何よりも問題なのは,こうした解釈論の背景には,社会的危険性を基 盤とする主観主義刑法理論が存在することである。客観主義刑法理論が浸 透した今日,こうした解釈論を採ることはできないように思われる。 植松正博士の創建による合一的評価説は,抽象的符合説の つのヴァリ エーションであるとされている#。この見解は,客観主義刑法理論を基調と する点で,先に言及した抽象的符合説とは区別されている$。この見解は, ! 牧野英一『日本刑法』( 年) 頁以下。 " 牧野英一博士は,軽い犯罪の故意で重い犯罪を実現したケースで,軽い犯罪の既遂 と重い犯罪につき過失犯を肯定し,両者を観念的競合として処理している。しかし, 重い犯罪の故意で軽い犯罪を実現した場合には,重い犯罪の未遂と軽い犯罪について は既遂が成立し両方が成立し, つの犯罪は観念的競合の関係に立つとはしていな い。すなわち,両者を合一してその重い方の罪に従って処断する結論を導いておられ る(Aに向けて発砲したところ,そばにいたAの飼い犬に弾丸が命中したケースで は,殺人罪の未遂のみを肯定する)。しかしながら,このような立論は平仄が合わな いように思われる。 # 植松正『再訂刑法概論Ⅰ総論』( 年) 頁以下。 $ 日髙教授によれば,仮刑律・新律綱領には,重い罪の故意で軽い罪を実現したパタ ーンについても,規定があったとのことである。日髙義博『刑法における錯誤論の新 展開』( 年) 頁以下。

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軽い犯罪の故意で重い犯罪を実現したパターンに関して,行為者が実現し た重い犯罪の成立を是認するものの,科刑は軽い罪の限度にとどめるべき だと説く。具体的には,Aの飼い犬に向けて発砲したところ,そばにいた Aに弾丸が命中したケースで,殺人罪の成立を認めはするものの,科刑は 器物損壊罪の法定刑の限度にとどめて解決を図る。現実に発生した法益侵 害結果に応じて罪名を考えるので,結果の抽象化がない点がこの見解の独 自性だといえる。また,故意の抽象化を過度に押しすすめる点もこの見解 の特徴である。 たしかに,刑法 条 項は「処断する」という文言を用いているので, この見解は同条項の法文に忠実な見解であると評しうるかもしれない。し かしながら,この見解は,罪名と処断刑の分離をもたらす点で問題がある。 また,既に指摘されているように,この見解は,「故意概念が内包の極め て乏しいものになる」といった難点を持ち合わせている!。したがって,こ の見解を採ることもまた無理であると思われる。 .不法責任符合説 次に,不法責任符合説につき検討することにしたいと思う。 この見解は,わが国の刑法 条 項が,故意につき「罪を犯す意思」と のみ規定していることに着眼する。すなわち,この見解は,ドイツ刑法と ! 川端教授の指摘である。植松正=曽根威彦=川端博=日髙義博『現代刑法論争Ⅰ』 ( 年) 頁。なお,草野仾一郎博士の提唱された抽象的符合説によれば,軽い 罪の故意で重い罪を実現したケースは次のように解決される。すなわち,重い罪の過 失犯と軽い罪の未遂罪の観念的競合が認められるとの解決策がここでは提示される。 草野説の独創的な点は軽い罪の未遂処罰規定がなくとも,未遂処罰を是認する点にあ る。たとえば,器物損壊罪の故意でもって人の死亡結果を招来した事例では,器物損 壊罪の未遂罪(本来は不可罰)と過失致死罪の成立が肯定され,両者は観念的競合と なる。しかしながら,このような見解は問題を孕んでいると評しうるであろう。この 見解は未遂処罰規定のないところで未遂処罰を肯定する結論に立ち至るが,かかる解 釈論に対しては罪刑法定主義違反であるとの疑念はこれを払拭することはできないよ うに思われるからである。草野説については,草野仾一郎『刑法要論』( 年) 頁以下を参照。

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異なり,わが国においては,故意の構成要件関連性は実定法の要請でない とし,構成要件の故意規制機能を否定する。そして,故意犯が成立するた めには,行為者に不法責任内容の認識があれば十分だとの結論に り着 く。すなわち,この見解によれば,抽象的事実の錯誤においては,不法の 質・責任の質における符合こそが決定的であるとのことである(具体的に は,窃盗罪と器物損壊罪とは所有権その他の本権の侵害という点で不法内 容においては符合するものの,責任内容は符合していないので符合は否定 されると結論づける)。 たしかに,意味の認識の理論を念頭に置くと,「構成要件該当事実の認 識は必要ない」との説明は可能かもしれないが,他方で,この見解は,年 齢や速度といった形式的要件の認識は必要だとの立場を採っている!。 しかし,既に指摘されているように,こうした説明は「故意は犯罪の実 質の認識に尽きる」というこの見解の前提に抵触するように思われる。結 局,この見解も,故意の構成要件関連性を完全に否定しているわけではな いものと考えられる。また,実定法規とは別個に,行為者に実質的な不法 責任の認識を要求することも,実際上は困難であるように見受けられる"。 構成要件の故意規制機能はやはり重要視されるべきであり,この見解に従 うことはできないものと思量される。 もっとも,この見解は,刑法 条 項の法意は,客観的に実現された 重い罪の構成要件から,主観的に認識された軽い罪の構成要件を形成する ことに存するとの注目すべき主張を展開している。この点は支持に値する 部分であるように感じられる。 ! 髙山佳奈子『故意と違法性の意識』( 年) 頁。不法責任符合説は町野教授 の見解である。詳しくは,町野朔「法定的符合について(上)」警察研究 巻 号 ( 年) 頁以下,同「法定的符合について(下)」警察研究 巻 号( 年) 頁以下を参照。 " 髙山『故意と違法性の意識』(前掲注 ) 頁以下。故意の構成要件関連性につ いては,齋野彦弥『故意概念の再構成』( 年) 頁以下を参照。

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.厳格な構成要件的符合説 この見解は,両構成要件が基本的構成要件と加重(減軽)構成要件の関 係に立つ(一方の構成要件が他方の構成要件に包摂される)か,法条競合 の関係に立つ場合のみに構成要件的符合を認める見解である!。 この見解によれば,単純横領罪を犯す意図で業務上横領罪を実現した場 合などは,単純横領罪の故意犯が成立するとの帰結がもたらされる。しか し,遺失物等横領罪の故意で客観的に窃盗の事実を実現した場合等では故 意犯の成立が認められないことになる"。何故なら,財産罪の客体となる財 物は他人の占有下に置かれているか,置かれていないかのいずれかであ り,同一客体に対し遺失物等横領罪と窃盗罪が同時に成立するということ は論理的にあり得ない事態だからである。要するに,この見解にしたがえ ば,窃盗罪の構成要件と占有離脱物横領罪の構成要件の関係のように,両 構成要件が相互に排他的な関係に立っている場合には符合は認められない ことになろう#。 しかし,この見解にしたがえば,窃盗罪と遺失物等横領罪のみならず, 現住建造物放火罪と非現住建造物放火罪の間にも符合が否定されかねず$, このような結論は不当であるように思われる%。 .構成要件的符合説 現在,支配的な見解である構成要件的符合説は,構成要件の意味を実質 ! 浅田和茂『刑法総論・補正版』( 年) 頁以下,松宮孝明『刑法総論講義・ 第 版』( 年) 頁以下。もっとも,松宮教授は「みせかけの構成要件要素」を 重要視しておられるので,単純に本説に分類するのは適切ではないかもしれない。 " この見解からは,殺人罪と同意殺人罪,窃盗罪と強盗罪等に符合が認められること になる。 # “甲は駅の出札口の上に置いてあるカメラを忘れ物だと思って領得したが,実は当 該カメラはAの占有下にあった。Aは数分間トイレに赴いていただけであった。”こ の見解によれば,当該事例で符合が否定されるはずである。 $ “甲は誰も住んでいない空き家だと思って放火したら,当該建物はAが住んでおり Aの自宅は全焼した。”この見解によれば,このケースで符合が否定されるはずであ る。

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的に観察して,構成要件相互間に保護法益および構成要件的行為の共通性 がそれぞれ認められる場合に,符合を肯定する見解である"。本稿もこの見 解を支持する。 この見解によれば,窃盗罪と遺失物等横領罪,現住建造物放火罪と非現 住建造物放火罪との間にも無理なく符合を肯定することが可能になるとの 利点がある。もっとも,後に言及するように,構成要件的符合説にしたが う場合には,構成要件的行為の共通性よりも保護法益の共通性の方を重視 すべきである#。したがって,窃盗罪と盗品関与罪の構成要件の実質的な重 なり合いはないと捉えるべきである。 ! しかしながら,厳格な構成要件的符合説を採る論者も,結論的には,窃盗罪と占有 離脱物横領罪の両構成要件間に重なり合いがあることを認めているし,現住建造物放 火罪と非現住建造物放火罪の両構成要件間に重なり合いがあることも肯認している。 さらには,関税法上の無許可輸入罪と禁制品輸入罪との間にも符合を認めてもいる。 しかしながら,厳格な構成要件的符合説がこのような帰結を導くのであれば,もはや 「包摂関係」や「基本構成要件・加重(減軽)構成要件」といった基準に固執する必 要はないように思われる。 " 川端博『刑法総論講義・第 版』( 年) 頁以下,大塚仁『刑法概説(総論)・ 第 版』( 年) 頁以下,西田典之『刑法総論・第 版』( 年) 頁以下。 # 佐伯仁志『刑法総論の考え方・楽しみ方』( 年) 頁以下,高橋則夫『刑法 総論・第 版』( 年) 頁以下等。次のような事例を想起されたい。“Xは,友 人Yから喫茶店に呼び出された。Yによれば「Yの知人であるZがかねてより窃盗を 繰り返しており, 月 日にZが貴金属店に押し入ると言っている」とのことであっ た。Xは,Yが貧乏なことを知っていたので,「分け前がもらえるし,むしろ,Zと 共に窃盗をしてはどうか?」とYに窃盗を教唆した。そこで,YはZと一緒に窃盗を 敢行することを決意した。 月 日,打ち合わせどおり,Yは貴金属店の駐車場に やって来たが,Zから「既に窃盗行為は終了した」旨知らされた。YはZの違約を責 め「分け前をよこせ」と連呼したので,Zは盗品である貴金属数点(時価 万円相 当)を格安でYに譲り渡した。”この事例においては,Xに刑法 条 項を「適用」 し,窃盗教唆罪の限度で処罰する見解も存在するのかもしれない。しかし,本稿はこ の事例では符合を否定すべきだと考える。というのは,窃盗罪の保護法益は本権だと 理解すべきだし,盗品関与罪の保護法益は追求権として把握すべきだからである。ま た,盗品関与罪の保護法益には「本犯者を孤立させ,盗品処理のための非合法な仕組 みの形成を阻止する」社会的利益が包含されていると解釈する余地もあるが,このよ うに解すれば両罪の構成要件的符合はますます否定されよう。

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.共通構成要件の創設を認める見解 P罪とQ罪との間に構成要件の実質的な重なり合いがある場合に,P罪 とQ罪とから成る「共通構成要件」が導出され,そこでは客観的要件も主 観的要件も充足されるので,符合が肯定されると説く見解がある!。この見 解も構成要件的符合説の一つのヴァリエーションだとみてよいように思わ れる。この見解にしたがえば,P罪を犯そうとしてQ罪を犯したケースで は(法定刑はP罪<Q罪),P罪とQ罪と刑法 条 項がそれぞれ適用さ れることになる。この見解は,たとえば,窃盗罪の保護法益が本権である ことを前提にして,窃盗罪と遺失物等横領罪の つの構成要件の間に符合 を肯定する"。また,ヘロイン輸入罪と覚せい剤輸入罪の両構成要件の間に も符合を肯定しうるとの結論を導いている。 しかしながら,この見解に対しては,「共通構成要件」の法定刑が明示 されておらず#,また,財産罪においていかなる範囲で符合が認められるの か不明だとの批判(たとえば,交付罪のカテゴリーのみで符合が認められ るのか,財産罪同士ではすべて符合が認められるのかが不明である)が 提起されている$。要するに,こうした見解は結果的に超法規的構成要件を 形成することに繫がりかねず,支持し得ない考え方であるように思われ る。 ! 山口厚『刑法総論・第 版』( 年) 頁以下,松原芳博『刑法総論』( 年) 頁以下。なお,林幹人教授は,法益符合説の立場を採られるが,共通構成要 件の導出についてはこれを肯認しておられるので,広い意味ではこの見解に分類して もよいであろう。林幹人『刑法総論・第 版』( 年) 頁以下,同『刑法の現 代的課題』( 年) 頁以下を参照。 " 山口教授は,もし詐欺罪が本権侵害と処分の自由を保護法益としているのなら,本 権侵害を犯罪成立の必須の要件としている窃盗罪との間には実質的な重なり合いが認 められず,符合が否定される旨説いておられる。山口厚『問題探究・刑法総論』( 年) 頁。 # 髙山『故意と違法性の意識』(前掲注 ) 頁。 $ 小林教授の指摘である。伊藤渉=小林憲太郎=鎮目征樹=成瀬幸典=安田拓人『ア クチュアル刑法総論』( 年) 頁。

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.刑法 条 項の適用領域と「準用」 それでは,ここまでで得られた知見を基に,刑法 条 項の適用領域 に関して,以下で若干の検討を加えてみたいと思う。 既に述べたように,抽象的符合説・不法責任符合説に本稿は与しないの で,構成要件的符合説の立場に立脚して,同条項の適用領域を確定してお く必要がある。ここで通説である構成要件的符合説を前提にして,刑法 条 項の適用領域につき言及しておくと,次のようになる!。すなわち, (α)異なる構成要件に跨る抽象的事実の錯誤の事案で,(β)構成要件相 互間に実質的な重なり合いがあり,(γ)軽い犯罪の故意で重い犯罪を実 現した場合に(犯罪の軽重は法定刑同士の比較によって決せられる),同 条項は「適用」される,との帰結が得られるように思われる。 そして,刑法 条 項が「適用」された結果,重い罪の構成要件該当 事実が存在することに伴って,軽い罪の構成要件該当性が認められること になる(構成要件の拡張ないし修正が認められるといってもよいでしょ う)。本稿はこのように考える。 したがって,構成要件相互間で法定刑に差異がない類型に同条項が「適 用」される余地はないし,異なる構成要件間に跨る錯誤ではない類型には 同条項が「適用」される可能性はないとの結論が得られるように思われる。 言い換えれば,「法定刑同一の類型」「親族関係の錯誤の類型」に同条項は 「適用」しえず,これらの類型については,同条項の「準用」しか考えら れないことになるであろう"。 ! したがって,刑法 条 項の「その重い罪によって処断することはできない」と いう字句は「軽い罪が成立し,軽い罪の刑が科せられる」という趣旨で解釈すべきで ある。構成要件的符合説を採用する以上そのような帰結に至るはずである。浅田『刑 法総論・補正版』(前掲注 ) 頁。

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Ⅲ 主観的に実現しようとした犯罪の法定刑と客観的に

実現された犯罪の法定刑が同一の場合の処理

.刑法典上の犯罪相互間の事例 それでは,一般に,P罪を犯す意思でQ罪を実現した場合,どのように 処理すればいいのだろうか。異なる構成要件間に実質的な重なり合いがあ ることを前提にすると,通説の解決策は次のとおりである。①P罪<Q罪 の場合は(法定刑同士を比較),刑法 条 項が「適用」されて,軽いP 罪が成立する。②P罪=Q罪の場合は(法定刑同士を比較),客観的に実 現したQ罪が成立するので,ここでは,刑法 条 項が「適用」「準用」 される可能性は特にない"。③P罪>Q罪の場合は(法定刑同士を比較), 客観的に実現したQ罪が成立する。このパターンにおいては,刑法 条 項が「適用」ないし「準用」される可能性は皆無となる。通説の帰結は このようなものである。そして,この点につき,判例も通説と同じ結論を 採用している。 通説によれば,行為者が客観的に実現したQ罪が成立することが基本と なり,P罪が成立することは例外的な位置づけということになる(すなわ ち,②③が基本で①は例外であるということになる)。言い換えれば,こ のような通説の姿勢は刑法 条 項が「適用」「準用」される局面を極力 ! ここで「準用」という概念につき一応検討しておくことにしたいと思う。法哲学者 の田中成明教授は「準用」とは法規が明示的に類推適用を命令している場合であると 説いている。田中成明『法学入門』( 年) 頁以下。しかしながら,法規が「準 用」という文言を用いていない局面では一切「準用」という用語を使用してはならな いとの考えは偏狭に過ぎるように思われる。我々は日常的に「予備罪規定に刑法 条但書を準用できるか」等を論議していることに思いを致すべきである。本来の目的 とする事象と本質の異なる事象に,当然必要な若干の変更を加えつつ,当てはめるこ とを端的に「準用」と解するべきである。したがって,「準用」という用語を,条文 が「準用」するよう明示的に指示している局面以外にも使用することは可能であると 解する。 " P罪=Q罪のパターンで,刑法 条 項にしたがって両罪の軽重を決定する見解 もかつては存在していた。

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絞ろうとする試みだと評することができるように思われる。 ここで,次のような設例を考えてみたい。“甲と乙とは,保釈の請求に 使用するため刑務所医師Aをして内容虚偽の診断書を作成せしめることを 共謀し,乙がその任に当たった。ところが,乙はAを買収することが困難 であることを知って作成権限のないBを教唆して医務課長名義の虚偽の診 断書を作成させた!。”この設例においては,甲は虚偽公文書作成罪の教唆 の意思で,結果的には公文書偽造罪の客観的事実を実現している。ここで 注意しなければならないことは,虚偽公文書作成罪と公文書偽造罪の法定 刑は同一であるということである。通説の論理によれば,虚偽公文書作成 罪の故意で公文書偽造罪を実現した場合には(②のP罪=Q罪のパターン として処理される必要がある),行為者の主観はひとまず度外視されて, 客観的に実現されたQ罪が成立することになる。虚偽公文書作成罪と公文 書偽造罪は,共に文書の公共の信用を保護法益としており,構成要件的行 為にも類似性があるので,通説からはこの設例の甲には虚偽公文書作成罪 の教唆犯が成立することになる。 しかしながら,本稿は,このような通説の帰結には与しない。②P罪= Q罪のパターンでQ罪を実現した場合は次のように解決されることにな る。すなわち,このパターンにおいては,刑法 条 項を「準用」し, 客観的に実現したQ罪ではなく,行為者が表象・認容したとおり,P罪の 成立を認めるべきだと考える。先の設例においては,甲はあくまでも無形 偽造の故意を有しているにすぎず,有形偽造の故意を有しているわけでは ない。構成要件の実質的重なり合いは,この設例においては肯認されるよ うに思われるが,いずれにせよ,甲の主観的要件の充足については厳格に 考えるべきである。「構成要件の実質的重なり合いが認められるか」とい う問題と「最終的に行為者に成立する犯罪に関して主観的要件が充足され ! 日髙教授が挙げられる設例である。日髙『刑法における錯誤論の新展開』(前掲注 ) 頁以下。

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ているか」という問題とは一応区別される必要がある!。 ここで,他の設例の解決につき,言及しておきたい。詐欺罪と恐喝罪の 法定刑は同じであるが,甲が詐欺罪の故意で教唆したところ,正犯者乙が 恐喝罪を犯したケースで,本稿の立場からは,甲に詐欺教唆罪が成立する ことになる。詐欺の故意と恐喝の故意とは全く別物なのであり,通説的な 解決の仕方には疑問を禁じ得ない。通説からは,甲に恐喝教唆罪が成立す ることになるが,こうした帰結は不自然なものであると感じられる。 .特別刑法上の犯罪相互間の事例 さて,最決昭和 年 月 日刑集 巻 号 頁は,営利目的で覚 せい剤だと誤信してヘロイン(ジアセチルモルヒネ)を輸入したという事 案である。当時,ヘロイン輸入行為は「麻薬取締法」(現在の「麻薬及び 向精神薬取締法」)上の犯罪として捕捉されており,当該事案においては, 覚せい剤取締法上の覚せい剤輸入罪とヘロイン輸入罪とが構成要件的に符 合するか,が争点になっていた(なお,この事案における被告人には別途 関税法上の無許可輸入罪が成立するとされたが,関税法上の構成要件的符 合の話題はしばらく措くことにしたい)。覚せい剤輸入罪とヘロイン輸入 罪の法定刑は同一であり,理論的にはこの場面で刑法 条 項を「準用」 する可能性が浮上する。 最高裁は,この事案で,ヘロイン輸入罪・覚せい剤輸入罪の取締目的お よび取締方式の共通性,麻薬と覚せい剤の薬理作用,外観の共通性,構成 要件要素および法定刑の共通性等を重視し",両罪の構成要件に実質的な重 ! 本稿の立場は次のとおりである。①P罪<Q罪の場合は,刑法 条 項が「適用」 され,軽いP罪が成立する。②P罪=Q罪の場合は,刑法 条 項が「準用」され, 客観的に実現したQ罪ではなく,行為者が表象・認容したとおり,P罪の成立が認め られる。③P罪>Q罪の場合はどうなるか。ここでは,刑法 条 項が「適用」な いし「準用」される余地はないので,通説と同様に,客観的に実現したQ罪の成立を 認める。要するに,①③の解決策は通説と同じであるが,②に関する解決方法が通説 とは正反対になっているわけである。

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なり合いがあると判示した。「取締方式の共通性」と「法定刑の共通性」を 符合の根拠として掲げるのは疑問も残るところであるが,最決昭和 年 月 日の判示部分には概ね賛同できるように思われる"。 ところで,構成要件的符合説は,死体遺棄罪と生体遺棄罪,猥褻文書頒 布罪と文書偽造罪#,器物損壊罪と殺人罪等の構成要件の間には符合が認め られないとの結論を導く点で,ほぼ意見が一致している。このような状況 は何を物語るのだろうか。 一般に,構成要件的符合説は保護法益の共通性と構成要件的行為の共通 性を基礎として,構成要件の実質的重なり合いがあるか否かを判断する見 解だとされている。しかしながら,実際には構成要件的行為よりも保護法 益の共通性を重視しているように思われる。構成要件的行為のみで符合を 判断する見解も論理的には措定できるのかもしれないが,こうした見解は, 拳銃の不法所持とわいせつ物の所持との間に符合を認めるとの帰結に 着 ! 「外観の共通性」というメルクマールは重視されるべきであろう。東京高判平成 年 月 日高刑集 巻 号 頁は,覚せい剤をダイヤモンド原石と誤信して輸入 しようとして未遂に終わった事案だが,東京高裁は構成要件の実質的な重なり合いを 認めている。「外観の共通性」を重視するなら,ダイヤモンド原石と覚せい剤とには 外見上著しい相違が存するので,符合は否定されるべきであったろう。すなわち,最 決昭和 年 月 日が打ち出した基準を型どおりに当てはめれば,「構成要件の実 質的な重なり合いはない」との帰結になったように思われる。ダイヤモンド原石を輸 入する意思は薬物を輸入する意思とは評価し得ないので,禁制品輸入罪の未遂に問擬 できないのは当然であるが,本件で,わざわざ錯誤論を適用して無許可輸入罪の未遂 を成立させる必要があったかは疑問である。そもそも,東京高判平成 年 月 日 は,不能犯に関する具体的危険説に依拠すれば,十分無許可輸入罪の未遂が肯定でき る事案であったものと解される。端的に,符合を否定して故意責任を問えばよい事案 であったように感じられる。なお,本件については,佐藤准教授による判例評釈があ る。佐藤拓磨「税関長の許可を受けないでダイヤモンド原石を輸入する意思で禁制品 である覚せい剤を輸入しようとした場合について,関税法上の無許可輸入罪(未遂) が成立するとされた事例」刑事法ジャーナル 号( 年) 頁以下。 " 最決昭和 年 月 日は,「外観上の類似性」というメルクマールを符合を認め る根拠に掲げている。しかし,最決昭和 年 月 日が,本当に構成要件的符合説 と親和性があるのか今一度吟味する必要がある。なお,薬物事犯をめぐる つの判例 で,最高裁は刑法 条 項を「適用」していないが,この点には注意を払う必要が ある。 # 林『刑法の現代的課題』(前掲注 ) 頁。

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しかねず,不当であるといわざるを得ない!。やはり,構成要件的符合を認 めるために,第一次的に重要となるのは保護法益の共通性である。このよ うに考えれば,覚せい剤輸入罪もヘロイン輸入罪も共に公衆の健康を保護 法益とする犯罪であり,構成要件的行為の共通性も看て取れる。したがっ て,最決昭和 年 月 日の事案は,構成要件的符合を認める最低限の ハードルは一応これをクリアーしていると評価してよいであろう。 もっとも,厳格な構成要件的符合説の中には,ヘロイン輸入罪は「麻薬 及び向精神薬取締法」上の犯罪であり,覚せい剤輸入罪は「覚せい剤取締 法」上の犯罪なので,そもそも規律する法律が異なる以上,構成要件の形 式的な重なり合いは観念しえないはずだとの結論を導く見解がある"。そこ で,以下では有力説の批判に答えて,併せて試論を提示しておくことにし たい。 いうまでもないことであるが, つの構成要件の間に,基本的構成要 件・加重(減軽)構成要件の関係がある場合や法条競合の関係がある場合 には,構成要件の重なり合いを認めることに異論が差し挟まれることはな いものと思われる。むしろ,包摂関係や基本的構成要件・加重(減軽)構 成要件の関係等がない場合に,構成要件の実質的重なり合いを認めてよい かどうかが,我々がここで真に議論しなければならないテーマである。 一般に,択一構成要件の錯誤の事例では,それらに跨る錯誤があっても 故意を阻却されることはないとされている。たとえば, 項強盗罪には 「暴行」を手段とするケースと「脅迫」を手段とするケースの双方が存在 するが,「暴行」を手段とする強盗を幇助したところ正犯者が「脅迫」を ! “Xは知人Aから を渡されたが, の中にはわいせつ物が入っていると誤信して いた。だが の中に入っていたのは拳銃 丁であった。”このような事例を想起され たい。この事例では符合は認められないように思われる。 " たとえば,浅田教授は「立法者が別個の構成要件ないし別個の法律としていること を,単に立法技術上のものといって軽視するのでは,罪刑法定主義は成り立たない」 旨述べておられる。浅田『刑法総論・補正版』(前掲注 ) 頁。さらに,松宮孝 明『刑事立法と犯罪体系』( 年) 頁以下を参照。

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手段とする強盗罪を実現しても強盗幇助罪の故意は阻却されない!。同様 に,刑法 条における「老年者」と「病者」の間に錯誤があるケースで も故意が阻却されることはない"。結論から述べれば,覚せい剤輸入の意図 でヘロインを輸入した最決昭和 年 月 日は択一構成要件の錯誤の延 長線上の事案であると評価でき#,構成要件の実質的重なり合いを認めても 何ら差し支えないものと思われる。住居侵入罪を教唆したところ正犯者乙 が不退去罪を実現した事例や$,甲が盗品の無償譲受を教唆したところ,正 犯者乙が盗品運搬罪を実現した事例では,故意を阻却させるに足る錯誤が あるとの結論を導く見解は見当たらないように思われる。住居侵入罪と不 退去罪,盗品無償譲受罪と盗品運搬罪とは別個の構成要件であり,構成要 件的符合を認めても全く差し仕えないであろう。したがって,最決昭和 年 月 日の事案は,住居侵入罪の教唆の事例や盗品無償譲受罪の事 例とパラレルに考えればよいものと思量される。 また,同一の条文に複数の客体や行為態様が択一的に規定されている場 合,たとえば,自殺関与罪と同意殺人罪,逮捕罪と監禁罪, 項詐欺罪と 項詐欺罪といった つの構成要件の間に錯誤が生じた場合には,通説は 構成要件の実質的な重なり合いを認めている%。これらは形式的には構成要 件の重なり合いがないパターンであるが,こうした事例で,通説が構成要 ! 林『刑法の現代的課題』(前掲注 ) 頁。 " 髙山『注釈刑法第 巻・総論』(前掲注 ) 頁以下。 # 覚せい剤と誤信してヘロインを輸入した事案については,これを完全に択一構成要 件の錯誤だと解する余地も出てくる。このような理解を前提とすると,当該事案は同 一構成要件内の錯誤であると位置づけることになるから,刑法 条 項の「準用」可 能性は絶たれることになる。なお,專田教授は,数故意犯説を批判する立場から,刑 法 条 項に関し「同項は,行為者の認識事実を超えて故意責任を問うことを拒否」 する趣旨の規定だと理解しておられるようである。專田泰孝「法定的符合説⑴−故意 の個数」山口厚『刑法判例百選Ⅰ総論・第 版』( 年) 頁。專田教授によれば, 刑法 条 項は具体的事実の錯誤の事案にも「適用」される規定だということにな る。 $ 林『刑法の現代的課題』(前掲注 ) 頁。 % 井田良『刑法総論の理論構造』( 年) 頁以下。

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件の実質的な重なり合いを認めるのは,厳密に言えば,択一構成要件が同 一の刑罰法規に規定されているからではなく,保護法益の共通性が存在す るからであると思われる。したがって,覚せい剤輸入の意図でヘロインを 輸入した事案やコカイン所持の意思で覚せい剤を所持した事案で,構成要 件の実質的な重なり合いを肯定しても何ら問題はないよう結論づけられよ う!。そもそも「麻薬及び向精神薬取締法」と「覚せい剤取締法」とは つ の法律にまとめられるべきだったのであり,麻薬輸入罪と覚せい剤輸入罪 を同一条文の中に規定する選択肢も十分にあったとすらいいうるように思 われる"。 .没収をめぐる議論について もっとも,本稿のような立場に対しては,通説の側から,結論が実際的 に不当であるとの疑問が投げかけられるように思われる。すなわち,実際 的な問題として,没収に関する規定を適用する上で混乱が生ずるとの批判 が加えられるように思われる。覚せい剤だと誤信してヘロインを輸入した 最決昭和 年 月 日は,②P罪=Q罪のパターンであるが,最高裁 は,行為者が表象したP罪ではなく,客観的に実現したQ罪の成立を認め ている。このような最高裁の立論については,通説もこれを支持している ! 髙山教授は,コカイン所持罪と覚せい剤所持罪とは,同意殺人罪と殺人罪の関係に 比すことができ,前者が減軽類型で後者が基本類型であるものの,犯罪の実質という 視点から考察すると,覚せい剤所持罪がコカイン所持罪に対して特別関係にある旨の 記述をされている。髙山『故意と違法性の意識』(前掲注 ) 頁以下参照。しか し,各々の法律に「麻薬」や「覚せい剤」の厳密な定義があって,概念同士がオーバ ーラップしないように設計されている場面で,厳格な構成要件的符合説の立場から符 合を肯定することは難しいように思われる。なお,南准教授は薬物犯罪においては, 意味の認識の理論が重要だとされ,身体に有害な依存性のある薬物だとの認識があれ ば故意帰責可能だとの立場に立っておられる(ただし,薬物であるとの認識が行為者 の認識から排除されていないことを前提とする)。南由介「意味の認識をめぐる一考 察」法学政治学論究 号( 年) 頁以下,とくに 頁以下を参照。 " 井田『講義刑法学・総論』(前掲注 ) 頁参照。このように考えれば,覚せい 剤と麻薬とが異なる法律で規制されていることも構成要件的符合を否定する理由には なりえないように思われる。

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が,通説の利点は付加刑である没収規定の適用を合理的に説明できる点に あるように感じられる。たとえば,最決昭和 年 月 日の事案で,Q 罪の成立を認めれば,「麻薬及び向精神薬取締法」の没収規定に基づいて ヘロインを没収することが可能になる。この場合,客観的に成立するQ罪 が主刑となるが,Q罪を規律している法律の条文に基づいて没収が可能に なるので,通説的立場に何ら矛盾は存在せず,むしろ本稿が り着いた結 論の方が矛盾を孕んでいるとの批判が予想されるところである(主刑のな いところに付加刑の成立を認めている)。この点,本稿が導いた結論は, 解釈論としての不自然さが否めないところである。 しかし,通説の側に与したからといって,かかる矛盾を完全に解消する こともまたできないことを視野に入れる必要があるように思われる。P罪 <Q罪のパターン,たとえば,コカイン所持罪を犯す意思で覚せい剤を所 持した事案(最決昭和 年 月 日刑集 巻 号 頁)の解決を念頭 に置くと,この場合には,通説も軽いコカイン所持罪の成立を認めざるを 得ないはずである。いずれにしても,ここでは,筋を通すと,覚せい剤取 締法に基づく没収は断念せざるを得ない。そうだとすれば,没収をめぐる 問題点は,本稿のような立場,すなわち,法定刑同一の場合に刑法 条 項の「準用」を認める立場に対する決定的な批判にはなりえないように 思われる(もっとも,現在の状況を踏まえると,覚せい罪が輸入禁制品に なっていることには留意する必要がある。したがって,今日では,覚せい 剤を輸入しようと思ってヘロインを輸入した場合には,同一構成要件内の 錯誤として禁制品輸入罪が成立するので,最決昭和 年 月 日の事案 に関する限り議論の実益はなくなっている。すなわち,最決昭和 年 月 日の事案に限っては本稿の立場からも没収は可能であるので,何ら 問題はなくなっているのである。このことには注意を払う必要がある)!。 ! この点については,海上保安大学校・海上警察学講座の河村有教准教授に貴重な示 唆を頂いた。

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それでは,軽いコカイン所持罪を犯す意思で覚せい剤所持罪を実現した ケースにおける穏当な解決策というものは果たしてどのようなものなのだ ろうか。このケースの解決においては,刑法 条 項を「適用」するこ とにより,軽いコカイン所持罪の成立が認められるので,「麻薬及び向精 神薬取締法」の没収規定を用いても,覚せい剤は没収されえないことをこ こで確認しておく必要がある。この点,学説の中には,保安処分的性格を 強調し,覚せい剤取締法に基づいて覚せい剤を没収できると説く見解が存 在する!。たしかに,主刑のないところに没収だけ存在するのは,(考えよ うによっては)「没収が付加刑である」との原則に抵触しているかもしれ ないが,刑法 条 項の「適用」ないし「準用」が問題になる局面では, 犯罪が全く成立しないところに没収を科しているわけではないことにも 我々は注意を払うべきである。結局,没収の保安処分的性格を強調する以 外にこの問題の解決の途はないように思われる。

Ⅳ 親族関係の錯誤の類型への準用可能性について

刑法 条 項の「準用」の可能性がある二番目の類型としては,親族 関係の錯誤の類型が挙げられる。厳密に言えば,親族関係の錯誤の類型に も つのヴァリエーションが存在するが,以下では,まず,刑法 条 項の予定する親族関係が客観的には存在しないのにあると誤信した積極的 錯誤のパターンを取り上げてみることにしたいと思う。 さて,刑法 条 項は「配偶者,直系血族又は同居の親族との間で第 条の罪,第 条の の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯した者は,そ の刑を免除する」旨規定している。 当然のことであるが,刑法 条 項における親族関係の錯誤の問題を 解決する場合には,同条項が定める刑の免除の実質的根拠をどこに求める ! この点については,松宮『刑事立法と犯罪体系』(前掲注 ) 頁を参照。

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かという問題を明らかにする必要がある。すなわち,違法減少に求める見 解,責任減少に求める見解,可罰性の阻却に求める見解等が対立している 状況にある!。そして,それぞれの見解から,刑法 条 項の「適用」な いし「準用」可能性が言及されている。 なお,最決平成 年 月 日刑集 巻 号 頁以降,刑法 条 項が適用される前提条件としては,行為者と所有権者のみならず,行為者 と占有者との間に親族関係を要求する見解が一般的なものとなっている (双方説)"。したがって,以下では,双方説を念頭に置いて,刑法 条 項における親族関係の積極的錯誤の問題を考察していきたいと思う#。 .刑の免除の実質的根拠(刑法 条 項)を違法減少に求める見解と 親族関係の錯誤 ⑴ 違法減少説 違法減少説を支持する平野博士は,次のように述べておられる。すなわ ち,平野博士は,家庭内の「財産は,家族の合有であり共同利用に属する といえなくもない。占有についても,ほぼ同じことがいえる」と述べた上 で,親族間で行われた所為につき刑が免除される実質的根拠につき,相盗 行為の侵害は「違法性が小さい。刑が免除されるのは,このような『違法 ! 刑の免除の判決は有罪判決の一種であるが(刑訴法 条ないし 条参照),そ のような方向で解釈すべきである。「犯罪」であるという法的評価の宣言のもつ機能 はこれを軽視してはならないように思われる。もちろん,「無罪」だとする見解も有 力に主張されているが,このような見解からは所定の親族の関係で財産権を刑法的に 保護しない結論が導出され,かかる帰結は不当であるように思われる。井田良「窃盗 犯人が所有者以外の者の占有する財物を窃取した場合における親族相盗例(刑法 条 項)の適用の要件」法学教室 号( 年) 頁以下を参照。 " 平成 年 月 日刑集 巻 号 頁。 # 親族相盗例の法的性質につき,違法阻却説や責任阻却説も有力に主張されている が,刑の免除が有罪判決である以上このような解釈をするのは不自然であるように感 じられる。なお,理論的根拠は不明であるものの,親族関係の積極的錯誤の事案で, 刑の免除を認めるべきだとした高裁判例がある(福岡高判昭和 年 月 日高刑 集 巻 号 頁,広島高岡山支判昭和 年 月 日判特 号 頁)。

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性の減少』を理由とする」との見解を表明しておられる!。同様に,違法減 少説に立脚する中森教授も次のように述べておられる。すなわち,中森教 授は,「家庭内での物の所有・利用が個人毎に厳格に区別され」ないこと を指摘した上で,親族間で行われた所為につき刑が免除される実質的根拠 に関しては,相盗行為の違法性が通常の場合より低いことを理由にしてお られる"。 たしかに,家族の中で,財産の つ つがAさん,Bさんという具合に, 明確に個々の構成員に帰属するケースは稀かもしれないし,家族全体の共 有物になっているケースも多々見受けられる。また,家庭においては,物 の所有・占有の排他性が弱まることも往々にして起こる事態なのであり#, 違法減少説の主張に説得力があることも否定できない。 ⑵ 違法減少説と親族関係の錯誤 さて,違法減少説からは親族関係の積極的錯誤はどのように解決される のだろうか。中森教授は,親族関係の「錯誤には意味がある」ので「親族 関係が実際に存在するのと同様に取り扱われるべき」だとしておられる$。 したがって,この立場からは,親族関係の積極的錯誤は違法減少事由の錯 誤として把握されるので,違法減少事由の錯誤に陥ったケースとして構成 し,責任減少を理由に行為者に刑の免除の恩典を与えて解決することにな ると思われる。 しかし,刑法 条 項が刑の免除を定めている実質的根拠を,違法減 少の観点から説明することは本当に可能なのだろうか。まず,第一に,同 ! 平野龍一「刑法各論の諸問題 」法学セミナー 号( 年) 頁。 " 中森喜彦『刑法各論・第 版』( 年) 頁以下。 # 山中敬一『刑法各論・第 版』( 年) 頁。 $ 中森『刑法各論・第 版』(前掲注 ) 頁。違法性阻却事由に関する錯誤が事 実の錯誤か法律の錯誤かについては争いがあるが,事実の錯誤と解釈するのが一般的 である。違法減少事由に関する錯誤は,違法性阻却事由の錯誤に準じて解決すればよ いものと思量される。

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居の親族間でも構成員ごとにそれぞれの財産を明確に区分するという事態 は起こり得るが,そのような場合においても刑法 条 項の適用が認め られることがここで想起されるべきである!。第二に,同条 項の方は親告 罪になっているが,刑法 条 項が親告罪になっていることを違法減少 の観点からのみ説明することは困難であると思われる(すなわち,政策的 観点を加味しなければ同条 項が親告罪になっていることを説明できな い)"。第三に,刑法 条 項は,共犯者の違法性の相対性につき定めた 条項だが,この規定の存在も違法減少説には不利に働くものと推察され る#。このように考えれば,同条 項が刑の免除を定めていることを違法性 の減少の観点から説明することは難しいように思われる。したがって,違 法減少説に立脚して,親族関係の積極的錯誤に関し責任を減少させて事案 を解決することは結論的に困難であるように思われる。 なお,違法減少説の中には,親族相盗例を一種の構成要件として把握 し,親族関係の錯誤を減軽構成要件の誤認として把握する見解も登場して いる$。たとえば,甲が,自分の父親乙の高級カメラを窃取したところ,実 は当該高級カメラは乙の所有物ではなく,乙の親友丙の所有物であり,乙 は丙からそのカメラを借りてきたにすぎなかったという設例につき,ここ で検討することにしたい。この設例における甲は減軽構成要件を実現しよ うとして基本的構成要件を実現したと解することができるので,この見解 からは,刑法 条 項を「適用」ないし「準用」して,甲に刑の免除の 恩典を与える解釈論が導かれる。 しかしながら,刑法 条 項が規定する親族相盗例を一種の構成要件 ! 山口厚『刑法各論・第 版』( 年) 頁。 " 西田典之『刑法各論・第 版』( 年) 頁。 # 松原芳博『犯罪概念と可罰性』( 年) 頁以下。なお,松原教授は責任阻却 説(無罪説)に立脚されておられる。 $ 町野朔『刑法総論講義案Ⅰ・第 版』( 年) 頁。中山博士も親族相盗例を 窃盗罪の違法減軽類型だとみておられる。中山研一『概説刑法Ⅱ・第 版』( 年) 頁。

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だと把握するのなら,(先の設例と)反対の設例において不当な結論に行 き着くように思われる(消極的錯誤の事案)。たとえば,次のような設例 を連想されたい。甲は,父親乙が「他人である丙から高級カメラを預かっ た」と言っているのを聞き,丙の所有物だと思って当該高級カメラを奪取 したが,当該カメラは実は乙の所有物であった。人的処罰阻却事由説を採 れば,この設例の甲は刑の免除の特典を受けることができる。何故なら ば,甲の内心がどうであれ,甲は客観的には父親のカメラを奪取している のであり,甲の可罰性が阻却されるからである。これに対し,親族相盗例 の規定を一種の構成要件だと解する最近の有力説に与するのなら,甲は窃 盗未遂罪で問擬されざるを得ないものと思量される。しかしながら,この ような結論は不当であると感じられる。そもそも,刑の必要的免除が法定 刑と評価しうるか自体が疑念に晒されるものと思量される。結局,親族相 盗例を一種の構成要件だと把握しようとするアプローチは必ずしも説得力 を有しないものだと結論づけられるように思われる!。 .刑の免除の実質的根拠を責任減少に求める見解と親族関係の錯誤 ⑴ 責任減少説 次に責任減少説について検討することにしたい。責任減少説は,親族関 係特有の誘惑的原因から相盗行為には反対動機の形成を強く望めないとす る見解である"。以下では,刑法 条 項が予定する相盗行為が期待可能 性を低減させるか否かを吟味しておくことにしたい。 責任減少説によれば,親族間で行われた所為については,行為動機に対 ! よく知られているように,親族相盗例は横領罪や恐喝罪等にも準用される。親族相 盗例が一種の構成要件だと仮定しても,それは横領罪や恐喝罪等の減軽類型としての 側面をも有していることになる。したがって,親族相盗例が窃盗罪の減軽類型である ことを承認しても,殺人罪と同意殺人罪のような単純な関係には立たないことに注意 が必要である。 " 曽根威彦『刑法の重要問題〔各論〕・第 版』( 年) 頁以下,西田『刑法各 論・第 版』(前掲注 ) 頁以下。

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し反対動機を形成することが強くは望めないとのことである!。たしかに, 同居の親族間では相盗行為を実行する機会は頻繁にあり,ある種の甘えに もとづく罪悪感の少なさも観察されるので,誘惑感に駆られて財産罪を敢 行することも往々にしてあると推測される。また,長期の介護が原因で家 計が圧迫し親族の心労もピークに達しているような事態を念頭に置けば, 相盗行為に期待可能性が減少するとの説明には説得力があるかもしれな い。しかしながら,このような指摘は必ずしも正 を射た指摘ではないよ うに思われる。同居していない破綻した夫婦間の相盗行為のことを視野に 入れれば容易に想像できるように,一律に期待可能性が減少すると明言す ることはできないように思われる"。すなわち,反対動機の形成を強く望め ないとの責任減少説の説明には合理的根拠がないように感じられる。実際 的に考えてみても,判断能力が衰えた老親から同居している子どもが財産 を奪うケースで本当に責任非難が減弱するのかは疑問が残る#。また, 年に施行された高齢者虐待防止法は経済的虐待も虐待の一つに数えてお り,子どもが親の年金を無断で費消しているようなケースでは,同法に基 づき市町村長の権限で立ち入り調査を行うことが可能になっている$。した がって,責任減少説を採ることもまた困難であるように感じられる%。 ⑵ 責任減少説と親族関係の錯誤 それでは,責任減少説からは,親族関係の積極的錯誤の事例はどのよう ! 松原『犯罪概念と可罰性』(前掲注 ) 頁以下。 " 責任減少説に対する批判については,鋤本豊博「親族相盗例の現代的課題」成城法 学 号( 年) 頁以下が詳しく示唆に富む。責任減少説に対する批判につい ては,鋤本教授の指摘が妥当であり,本稿もこれを支持する。 # 道垣内教授がこのような発言をされている。佐伯仁志=道垣内弘人『刑法と民法の 対話』( 年) 頁。 $ 日本弁護士連合会高齢者・障害者の権利に関する委員会編『高齢者虐待防止法活用 ハンドブック・第 版』( 年) 頁以下, 頁を参照。 % 責任減少説に対しては,刑法 条 項が親告罪になっていることを合理的に説明 し得ないとの批判も向けられている。鋤本「親族相盗例の現代的課題」(前掲注 ) 頁以下。

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に解決されるのだろうか。この見解からは,親族関係の誤信は期待可能性 に関する事実の錯誤として構成され,その誤信が不可避であった場合に限 り,行為者に「刑の免除」の恩典が付与されると説明されている。このよ うな説明の下では,親族関係の誤信の場合においても,期待可能性が低減 するので,刑法 条 項を 回することなく,端的に刑法 条 項が 「適用」されて,行為者に「刑の免除」の特典が付与される結果に り着 くことになるであろう。もちろん,責任減少説の中にも親族相盗例を一種 の構成要件として理解する見解も存在しているが!,こうした見解が支持し 得ないことは,既に言及したとおりである。 .刑の免除の実質的根拠を「法律は家庭に入らない」という思想に求め る見解と親族関係の錯誤 結論から述べれば,可罰性を阻却する人的処罰阻却事由説が妥当である と思われる。従来,親族間の相盗行為が問題になる局面では「国家は可能 な限り刑罰権の行使を控え,親族間の自主的規律に委ねるべきである」と 考えられてきたが,このような思想は,今日でも,原則としては維持しう るものであるように思われる"。 さて,このように解することが許されるとすれば,人的処罰阻却事由説 からは親族関係の積極的錯誤の事案はどのように解決されるべきなのだろ うか。以下では,人的処罰阻却事由説の論者が,積極的錯誤の事案につき, どのような態度をとっているかを概観したいと思う。 ! 西田教授は責任減少説に立ち,親族相盗例を一種の構成要件と解しておられる。な お,西田教授は構成要件を違法・有責類型だと考えておられる。西田『刑法各論・第 版』(前掲注 ) 頁。 " もっとも,政策説を採る場合には,鋤本教授が既に指摘されているように,原状回 復の容易性を重視すべきである。鋤本「親族相盗例の現代的課題」(前掲注 ) 頁以下。

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⑴ 人的処罰阻却事由説に立脚し,親族関係の積極的錯誤は罪責に影響 を与えないとした上で,刑法 条 項の「適用」「準用」を一切認 めない立場 人的処罰阻却事由説の代表的論者である団藤博士は,刑法 条 項の 背後にある思想は「法律は家庭に立ち入らないという考え」だとし,「か ような身分関係についての錯誤は故意の成立に関係がない」と述べておら れる!。一般に,人的処罰阻却事由説からは,親族関係の錯誤は行為者の罪 責に影響を与えないと考えられており,こうした考え方からすれば,刑法 条 項を「適用」ないし「準用」して行為者の救済を図る結論などは 想定され得ないということになる。しかしながら,後に述べるように,こ のように解する必然性はないと考えられる。 ⑵ 人的処罰阻却事由説に立脚し,親族関係の積極的錯誤に刑法 項を「適用」ないし「準用」して,行為者に刑の必要的免除の恩 典を付与する立場 西村博士は,人的処罰阻却事由説に立脚されているが,同居の親族の物 だと誤解して他人の所有物を窃取したケースを念頭に置き,この場合は 「『親族相盗罪』という罪はないのだから,重い罪と軽い罪との関係はな」 い旨説いておられる"。そして,この場合には,刑法 条 項を「準用」す る立場を採って問題解決を図るべきだと説いておられる#。この見解に依拠 すれば,親族関係の積極的錯誤の事例は,刑法 条・刑法 条 項を それぞれ「適用」した上で,さらには刑法 条 項を「準用」して,問 題解決が図られることになる。西村博士の指摘は正当なものであると感じ られる。本稿も西村博士の見解を支持する。 藤木博士は,「息子が,父親が占有中の他人の物を窃取したときは,親 ! 団藤重光『刑法綱要各論』( 年) 頁。 " 西村『無罪の構造・新版』(前掲注 ) 頁。 # 西村『無罪の構造・新版』(前掲注 ) 頁以下。

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族相盗とはならない。ただ,息子が,その物は父親の物だと誤信していた ときは,刑法 条 項が適用される」との見解を披瀝しておられる。そ して,藤木博士はこの事例において「結局,刑の適用上親族相盗と同じこ とになる」と結論づけられている!。藤木博士の見解の特徴は,刑法 条 項を「適用」する部分にあるように見受けられるが,本稿はこの部分に は賛同しかねる。というのは,親族関係の積極的錯誤のケースは,異なる 構成要件に跨る抽象的事実の錯誤の事例とは言い難く,刑法 条 項を 「適用」して問題解決を図ることは困難であると感じられるからである。 もし,人的処罰阻却事由に与して,なおかつ親族関係の積極的錯誤の事案 で行為者に「刑の免除」の恩典を付与するのなら,刑法 条 項を「準 用」すると端的に表現するのが首尾一貫している態度であるように思われ る。 阿部教授は,人的処罰阻却事由説にしたがうべきだとし,親族関係の積 極的錯誤に関し,次のように述べておられる。すなわち,阿部教授は「人 的処罰阻却事由説にしたがうかぎり,親族相盗による刑の免除は不可能と なるが,必ずしもそう考えられないわけではない」との見解を表明されて いる"。そして次のような注目すべき主張を展開されている。「いわゆる抽 象的事実の錯誤において,軽い構成要件的事実を認識して重い構成要件的 事実を実現させた場合」,刑法 条 項により「重い構成要件の既遂をみ とめることはできないが…処罰の阻却をもたらすにすぎない事情の誤認も また行為者の有利に考慮されてよいのではなかろうか」と述べておられ る#。究極的には,阿部教授は,親族関係の積極的錯誤のケースを刑法 条 項の「類推適用」で問題解決する立場であると推察される。しかし, もし刑法 条 項を「適用」ないし「準用」せずに(経由せずに)問題 ! 藤木英雄『刑法講義各論』( 年) 頁。 " 阿部純二「窃盗罪⑺−親族相盗」福田平=大塚仁編『演習刑法各論』( 年) 頁。 # 阿部「窃盗罪⑺−親族相盗」(前掲注 ) 頁,とくに 頁以下を参照。

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解決をする立場だとすれば,阿部教授の見解は不自然なものであるように 感じられる!。 川端教授は,人的処罰阻却事由説を支持し,次のような見解を開陳して おられる。すなわち,「たしかに刑法 条 項は故意に関する規定ではあ るが,しかし,行為者の認識を重視して軽く処罰しようとする本条項の趣 旨を刑罰の阻却についても推し及ぼすことは可能」だとされている"。そし て,刑法 条 項を「類推適用」すべきだとの見解を開陳されている。 しかし,仮に,川端教授の見解が刑法 条 項を「準用」せずに( 回 せずに)問題解決をする立場だとすれば,川端教授の見解に賛同すること もまたできないように思われる。 岡野教授も人的処罰阻却事由説に立脚されるが,積極的錯誤のケースで 行為者に刑の免除の恩典を認める見解を表明しておられる。岡野教授は, 刑法「 条 項は事実の錯誤に関する規定であるから,人的処罰阻却事 由にこれを適用することは理論上許されないとすることもできよう。しか し,…具体的妥当性の観点から,誤信したことに相当の理由のあるとき は,刑法 条 項の準用を認めるべきである」と述べられている#。この 見解は,刑法 条 項の「準用」と刑法 条 項の「準用」とを認め る点に独自性があるが,基本的には支持に値する見解であるように思われ る。 ! 阿部教授は,刑法 条 項の精神を尊重して,積極的錯誤の事案で刑法 条 項を「類推適用」する立場であると見受けられる。しかし,未成年後見人が未成年被 後見人の財産を横領した事案で,最高裁は加害者と被害者との間に親族関係が存在す るにもかかわらず,親族相盗例(刑法 条・刑法 条 項)の「準用」を見送っ ていることがここで留意されるべきである(最決平成 年 月 日刑集 巻 号 頁)。刑法 条 項に関し,判例上「準用」「類推適用」排除論が有力に展開さ れている状況を踏まえると,阿部教授の立論は現在では多数説にはなり得ないように 思われる。さらに,内縁関係への同条項の「準用」を排除した平成 年 月 日刑 集 巻 号 頁も参照。 " 川端博「 錯誤」西原春夫ほか編『判例刑法研究第 巻』( 年) 頁, 頁以下をも参照。 # 岡野光雄『刑法各論 講』( 年) 頁,さらには 頁以下を参照。

参照

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