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DSpace at My University: 短期留学プログラムの限界と可能性 (2)

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川 崎 淳 子

Short−term Overseas St皿dy:Limitatioms and Possibi1ities(2)

Junko Kawasaki 抄 録 1995年度に発足した本学の短期留学プログラム「異文化間リサーチ演習」は、語学研修 でも単なる体験プログラムでもない、まさにユニークな留学である。短期大学の英語科生 に対し、社会科学的なアプローチを導入するこのプログラムでは、観察を中心とする フィールドワーク・リサーチと・それに伴う多様化された文化比較が扱われ私学生はそ の方法論を学び、それを通してものを見る目を養って、揺るぎない自信を獲得する。 本稿は、これまで語られることのなかった成果としての「自信」をプロセスに照らして 分析し、包括的な概念が留学プログラムの目標となり得ることを証するとともに、同種の プログラムの運営に求められる視点を探るものである。 キーワード:異文化間リサーチ、文化比較、フィールドワーク、モーティベーション、 自信 (1999年9月7日 受理) Abstmct

The short_term overseas study“Cross_Cu1tural Research Program”featuring cul− tura1comparison practice,which was inaugurated at Osaka Jogakuin Junior Co11ege in1995,is not just1anguage study or an experience programl Rather,it is a unique overseas study program for junior co11ege students with the sociトscientific ap− proach introduced providing observation as the center of the field work research in

which the a㏄ompanying diversity in cu1tura1comparison is dea1t with.Students

study this methodology,and through it nurture eyes that see and acquire firm self_ cOnfidence.

This manuscript seeks,through re1ating the results of this process of self_confi− dence acquisition not covered thus far,to shed light on and ana1yze the comprehen− sive concePt of the overseas program objectives and provide evidence along with searching for the point of view sought after regarding administration of the same type of program.

Key words:cross_cu1tura1research,cu1tura1comparison,fie1dwork,motivation, cOnfidence

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1.序論

本学には、1985年度より、2年生を対象とした「地域研究」という短期留学プログラムが 開講されている。カリフォルニア大学デイビス校(UCD)との提携によるこのプログラム は、双方のスタッフで本学の学生のために作り上げられ、オリジナルの内容をもっている。 紆余曲折を経ながら、学生たちに多くを提供するに至ったが、資格として一定以上の英語 力(TOEFL470点以上)が求められたため志望者の全員が履修できるわけではなかったこ と、また、卒業間近の留学であったため、せっかくの経験が帰国後の学びに生かされない ことなどから・学内スタッフに新しいプログラムを望む声が上がっていれ 1992年、日本の4年制の大学生を対象に留学プログラムを起こすべく、オーストラリ ア・モナシュ大学の教授が来日した。その折り、本学に来学する機会があり、縁あって、 本学の学生を対象とする話が持ち上がった。そもそもの対象が社会学を専攻する学生で あったため、英語科である本学の学生にとってはハードルが高いのでは、との懸念もあっ たが・議論と検討を重ねた結果・英語の専門科目としてではなく・一般教育科目(当時) として、3年後のパイロット実施を迎えるに至ったのである。 新しく誕生したプログラム「異文化間リサーチ演習」は、実にユニークな留学である。 参加した学生は確かな手ごたえを感じさせるほどに変貌を遂げていくが・そのユニークさ 故に、彼女たちが何を得て来ているのかを明文化することは容易ではなかった。しかし、 分析を重ねるうちに・この・語学目的でも単なる体験でもない留学がもたらす成果が見え てきた。最大の産物は、裏付けされた「自信」だったのである。 これまでに出された留学関係の書籍をみると、その中心は体験談やハウツー本と称され る類いのものであり、留学を通して得られる成果を正面から分析したものは少ない。特に、 「自信」のような蓋然的なものの価値は、自明のこととして、あるいは副産物的に捉えられ ており、大学レベルで催される短期留学等にしても、留学という事象自体を総括的に評価 する傾向が強い。 「異文化間リサーチ演習」で得られる成果をプログラムのプロセスに照らして分析する ことにより、包括的であいまいにも映る概念を目標におき、目標どおりの効果を得られる 可能性が見出せた。本稿では、これまであまり語られてこなかったこの種の成果を分析す ると共に・目標とプロセスの関係を明確化することによって・留学プログラムにおいて 「自信」を概念的な目標として設定し得ることを証してみたい。 このプログラムが誕生して4年。今では30名を超える履修者の実に全員が、満足し希望 をもって帰国できるまでになっている。しかし、短期大学の英語科生である本学の学生に とって・扱われる内容は未知の専門分野であり・特に「留学二英語」のイメージが強い彼 女らに対しては、相当の準備とオリエンテーションが必要であった。本稿では、副次的な 目的として、今後、同種のプログラムを運営する際に求められる視点をも追ってみたいと 思う。

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2.プログラムの内容と足跡

2.1プ回グラムのねらい 1995年度、「異文化間リサーチ演習」は一般教育科目(当時)として開講された。主な特 徴を挙げてみると、まず「留学」プログラムでありながら、履修に際して語学(英語)力 は一切問われない。そればかりか、その修得は目的の一つにも謳われていない。また、個々 に特定の体験を求める、いわゆる異文化体験プログラムでもない。ねらいとして掲げられ ているのは、次の2点である。 (1)科学的なフィールドワークに触れる機会を持つ。 (2)異文化間コミュニケーションにおける様々なストラテジーへの気づき、並びに 自信を得る。 これらのねらいを一言で表すと、「フィールドワークなどのリサーチによって、文化や社会 を科学的に’比較”、“分析舳する意味を知り、異文化を多面的に理解する目を養う」こと だと言えよう。 このような内容が展開し得たのは、直接の担当者としての専門家の存在が、何にも増し て大きな要因だと言えるだろう。提携先機関である“Southem Cross Institute”(SCI) は、「オーストラリアと日本の、若い世代の交流と理解を目的として創設」された、他から 経済的援助を受けていない全くの非営利団体であり、その成果を研究に資する専門家から 成っている。スタッフは、モナシュ大学のアジア研究科長でもある教授を中心に、メルボ ルンの諸大学で主に大学院生に対して教鞭をとる教官で構成されている。短期留学プログ ラムでは、ESLのスタッフに指導を受ける場合が主流だと認識するが、社会学にほとんど 無縁の学生にとって、適切な方向づけを受けることは不可欠であり、社会科学の専門家に よる指導は、願ってもない環境だったのである。 もう一っ、SCIにおける大きなメリットは、現地の主な指導者が替わらないという点で ある。これは、プログラムを積み上げることにおいて、非常に大きな意味を持っている。 先にふれた本学の「地域研究」では、課題の一つとして、経験を積み上げることの難しい 環境が挙げられる。つまり、全員、毎年ではないものの、提携先のスタッフが交替する前 提は崩せない。結果、途中まで出来上がりっつあるものが、またスタート地点に戻らざる を得ないという側面を否めないからである。一方、規模の小さい組織において、特定のス タッフに担当を委ねることにも、危険が全くないわけではない。1997年度のプログラムに おいても、一人のスタッフの家族が重体となり、代替のスタッフが担当するといった状況 も経験した。得難いメリットが受けられる反面、検討の余地が残ることも事実ではある。 2.2プログラムの内容 2.2.1事前の授業(日本) 「異文化間リサーチ演習」は・学科目の一つとして開講されてい私学生は・数週間に及 ぶ本学での授業期間を経て、約1ヵ月の留学に臨むのである(ただし初年度については、

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事前の授業は行われなかった)。前項でも述べたとおり、このプログラムでは、リサーチを 行うことによって“比較”の視点を養うことをひとっの目的としている。リサーチには 様々な手法があり・アンケートやインタビューなどの可能性も検討されたが・英語科の学 生ではあるものの・履修の対象が1年生であること・また・履修資格として英語力を問わ れないことなどから、特に語学力に左右されないことを理由に、「観察」の手法か採用され ることとなった。 事前に行う日本での授業の目的は、学生に、留学先での関わり方やプログラムに対する 姿勢を養うことにある。リサーチなどに全く無縁の学生にとって、その意味を知り意義を 認めることは、プログラムの成否を左右するほど不可欠の要素である。“なぜ”、’何のため に”を理解しているか否かが、その後の参加姿勢に大きく関わるからである。そのサポー トのために、本学では、社会学を専攻する教員が事前の授業を受け持ち、ある程度の準備 を整えた上で、学生を現地に送り込むこととなった。その授業で扱われるのは、主に「日 本人論」である。 初めの授業では、学生に日常や学校の教科書など、日々の生活の中で触れてきた日本や 日本人の姿を列挙させる。集団主義的、シャイ、自分の意見を持たない、勤勉など、学生 の口からは、定形とも言える日本人論が次々に飛び出してくる。次は、意図的に「逆日本 人論」を挙げさせてみる。振り子を180度振るために、意識的に反論を促すのである。学生 は、「自己顕示欲の強い人もいる」、「最近、就職せずにフリーターで生活する人が増えてい る」など、自分たちの挙げた全てのイメージに対して、見事なまでに反対意見を列挙する。 意識的に出した反対意見でありながら、あながちr違う」とも言い切れない姿を目の当た りにして・学生の中に疑問が芽生え出す。私たちの抱いていたイメージは何だったのだろ う、と。 授業は次に、コミュニケーション論に及ぶ。コミュニケーションとは何か。英語科生で ある本学の学生にとって、言語はまさにコミュニケーションの手段そのものである。また、 それらは興味の中心であることが多く、「留学=英語」の期待も大きい。その彼女たちが、 「コミュニケーションは言語能力だけでは完結しない」意味を知り肯定的に受け入れるの は、容易なことではない。℃uItura1/communicative competence”、℃ontact situa・ tion”、“Foreignerta1k”などを実生活に照らして学ぶうちに、軽いショックと共に学生は 少しずつ理解を始めていく。 これらの段階を経て、まだ言葉では説明できない何かが分かりかける瞬間を、学生たち は迎えていくのである。そのタイミングは、個々の学生の問題意識や取り組む姿勢によっ ても様々であり、現地のプログラムを終えてやっと日本の授業の意味に気づく学生も、少 なくはない。 2.2.2SCIスタッフによるオリエンテーション(日本) 留学前の準備を助けるために、渡航の約1ヵ月前、オーストラリアより現地のスタッフ が来学し、本学の学生にオリエンテーションを行っている。ここで扱われる内容は、年に

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よってやや趣は異なるが、主に、プログラムのねらいと、生活面や研究面における導入が 示される。2時間×4日間の集中講義は、現地のスタッフと出会える安心感だけでなく、自 らを待っているオーストラリアでの4週間に向けて、想像と期待をも与えるようだ。学生 に幾つかの視点を与えた上で、「わたしは国際人になれる可能性があるか?」のエッセイ (日本語)を課し、期間中に目を通してフィードバックするなど、SCIのスタッフも、その 年の学生を知り方向性を与えるために、様々な工夫をこらしている。 毎年、事前のリサーチ練習として日本の観光地を半日リサーチしていたが、1998年度は、 これを現地スタッフの指導によって行った。45分程度かかる大阪の環状線を一周し、一駅 ごとに定めた人物を観察して、あらかじめ用意した小さなメモに書き溜めていくというも のである。翌日、観察メモを手にした学生が教室に現れた。そして、時間帯や性別、年齢 など、非観察者の様々な要素によって比較ができることを教えられた。見知らぬ人を車内 で観察するという初めての体験に、学生は少なからず戸惑ったようだが、同時に、現地の リサーチに対して興味をも抱いたようであ乱 このオリエンテーションも、それまでの段階で学生がどれだけ準備できているかによっ て、効果が左右される。準備のできていない(プログラムの主旨を理解できていない、あ るいは興味を持てない)学生には不安を助長することもあり、逆にある程度の準備ができ ている学生には、もう一歩の理解を助ける大きな手掛かりとなるからである。 2.2.3現地のプログラムー前半 現地のプログラムは前後2つに分かれ、タスク・パフォーマンス中心の前半はメルボル ン・参与観察によるリサーチ・プロジェクトを行う後半は、メルボルンから300km西にあ るフーナンブールという観光地で実施される。 プログラムの中心は、後半に行われるリサーチ・プロジェクトにある。そこでは本格的 にリサーチが行われるわけだが、そこに至る前に、学生には準備が必要である。リサーチ するフィールドを理解する(つかむ)術を学ぶこと、そして、恐怖心を取り除き積極性を 養うことであ孔メルボルンでの2週間はそれらの目的に焦点を当て・1人あるいは2人 以上のグループで町に出て、ドラム(メルボルンの路面電車)などの交通機関を使いなが ら、まさに自らの目と口と足を使って、与えられる「課題」をこなしていく。 課題の中には、現地社会の制度(しくみ)を知るためのフィールドワークも含まれてい る。例を挙げると、℃urrency,theBanksandUsingMoney”の課題では、3人程度のグ ループ毎に銀行が指定され(かなりの支店数がある)・その銀行について、インタビューと 観察の両方で行員の制服やオーストラリアドルの為替レートなど・SCIスタッフから与え られる課題について調べてくる。学生は、プログラム費用の一部を、この課題のために円 のトラベラーズ・チェックで持参しており・最も有利な所で換金してSCIスタッフに精算 することになっている。 “UsingPub1ic Transport’では、2人ずつのグループ毎に定められた場所へ向かい、そ れぞれに与えられた課題をこなして帰ってくる。どのグループも、最低一度ずつ、電車、

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バス、ドラムの3つを使うことになっている。事前にテキストが与えられ、ある程度の道 筋や時間帯を把握するものの、その資料を持って出掛けることは許されていない。学生た ちは相応の準備の上で出掛けるわけだが、もちろん、全員が問題なく帰って来るとは限ら ない。中には迷っているうちに電車が出てしまい、次の電車まで何十分、といった状況に 直面することもある。予定よりも随分遅れて帰着する学生を、SCIのスタッフは全員が帰 り着くまで待っている。こういったプロジェクトで大切なのは、失敗しないことではなく、 その土地における空間(“Time and space”)の特徴を体感することなのだ。

課題として地域の生活を学びながら、学生は無意識のうちに行動範囲を広げ、スーパー マーケットで買い物をし、初めての店でも一人で堂々と食事を楽しめるようになってい く。そして、現地に入って1週間も経たないうちに、メルボルンの町を縦横無尽に動き回 れるまでになるのである。 一見、楽しい課題を通して、学生は、発見に対して敏感になり、目の前で起こる事象を 分析することを教えられていく。本番のリサーチを前にして、学生は少しずつ「目」を養っ ているのである。 メルボルンでの2週間で、学生は書くことにも挑戦する。与えられた課題について、自 分の発見を1,OOOwordsのぺ一パーに仕上げるのであ孔通常の授業でさえ、これほど長 いぺ一パーを書くことはなく、学生はかなり苦労するようだ。お互いの部屋に電話をかけ て起こし合い、励まし合って、なんとかぺ一パーを仕上げていく。これらの評価の基準は、 英語力にではなく、「インサイド」にある。学生は、自らの気づきを言葉にすることで、目 が開かれ孔また・この長いぺ一パーを2週間のうちに2つも書き上げることで・特に英 語力に自信のない学生は、大きな自信を得て来るようである。 2.2.4現地のプログラムー後半 後半は・本格的なリサーチである。学生は3つのグループに分かれ・課題のテーマにつ いてリサーチを行っていく。各グループにはリーダー、副リーダーがおかれ、グループの 中心として機能する。インストラクター(SCIスタッフ)からアドバイスを受けながら、グ ループの方向を修正し、チームのリサーチ結果をまとめ上げていくのだ。 1週間にわたるリサーチは、3つの段階に分けて行われる。初めに地元の専門家より、 フーナンブールに関するオリ土ソテーションを受け、その後、グループ毎に、幾つかの観 点からデータの収集を行ってい㍍実際の収集作業は・2人ずつの小人数によ孔過去に取 り上げられたテーマは、「日本人から観だ、観光地としてのフーナンプール」、「家庭におけ る男性の役割(日豪比較)」、「町を深く知る方法」、「若者のライフスタイル」、「ボランティ ア活動」などである。最も多く扱われた「観光」では、フーナンブールが観光地として発展 するために必要な視点を、リサーチによって探ろうと試みた。また、自らのリサーチを還 元することで、その土地に貢献し、学生に対し、国際交流において重要な「交換の精神」 を養おうとのねらいもあった。ここでのフィールドワークは、文字通り足を使って行われ る。学生自身でかなり詳細な行動計画を作成し、それにしたがって午後に街を歩くという

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プロセスである。日頃、歩くことから縁遠い生活を送る学生からは、「これほど歩いたのは 初めて」との感想が毎年述べられている。 それぞれが分担のリサーチを終えると、プログラムは最終段階を迎える。集めたデータ を分析し、リサーチペーパーにまとめ上げる作業である。データ分析は、SCIのスタッフ から指導を受け、2日間をかけて行われる。そして、グループの意見をまとめる段階では、 平均12名いるグループのメンバーで、12通りの視点を感じながら、学生は自己を主張し、 また相手を尊重して、納得がいくまでぷっかり合っていく。帰国後の学生が高く評価する 一つは、この作業である。自分一人では見つけられなかったであろう様々な視点を得るこ とで、自らが安易な「一般化」に陥る危険を肌で感じ、その後の自分に多様性を植え付け ていく。そのことを自覚し指摘できる学生たちは、このプログラムの意図を十分にくみ 取っていると言えるだろう。 1998年度より、学生は自らの興味によってテーマを選択できることになった。それまで は・3グループとも共通の課題が与えられていたが、年を追うごとにレポート(リサーチ ペーパー)の質が上がり、完成度を高めることができたため、ステップを進めることが可 能になったのである。制約は残るものの、自らの意志による選択の自由を与えられて、学 生には一層の積極性が望めることになったよう札 2.3 プログラムの足跡 2.3.1初年度の課題 今では履修生の全員が満足するこのプログラムも、初めから全てがうまく機能していた わけではなかった。その最も大きな要因は、学生のモーティベーションにあったと言える。 しかしこれは、学生だけの問題ではなく、受け皿としてのスタッフにも関わる課題だった のである。 初年度にあたる1995年度の結果は、成否が五分五分であったと言えるだろう。履修した 学生の反応はまったく二分されており、同じプログラムに参加したとは思い難いほどに、 その成果も感想も異なっていたからである。 まず・不満を抱いた学生は・どこに満足できなかったのか。戸惑いが顕著に現れた学生 の帰国後の感想を拾ってみると、「つまらない」、「何のたあになるのか、何を学んでいるの か分からない」、「私たちはモニターとしてオーストラリアヘ行ったのか」といった表現が 連なっている。一方、時折現れる肯定的な、あるいは関心を寄せる評価には、「英語が聞き 取れた」、「話せば通じることが分かった」、「文法を気にせず話せるようになった」・「全期 間ホームステイの方が、英語を使う機会が多いと思う」というように、「英語」に対する執 着の強さが現れている。やる気を無くした学生にとっては、与えられる全てが疎ましく感 じられ、ホームステイ以外では、プログラムを楽しむことはできなかったようだ。一方、 評価の高かった学生はどうだったか。オリエンテーションの段階から、「興味が持てた」、 「プログラムを理解できた」ことを喜び、留学中も、「興味を持って取り組めるものばかり だった」と、プログラムの構成を評価している。この学生にしても、「初めは何をしている

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のかほとんど分からなかったけれど、質問したら分かりやすく説明してくれた」、「(SCIス タソフには)理解できるまで、いつでも喜んで説明してもらえた」とあるように、理解した いという気持ちと、常に説明を求める積極性で、自分なりの成果にっなげていった経緯が うかがえる。そして、その大前提には「興味」があった。 では、興味を持って臨んだ学生は、成果を得て帰って来たのか。言い換えると、このプ ログラム自体の可能性は、どうだったのか。比較の対象を持たない、全てが初めてのこの 年は、何を評価の軸に据えるべきかで、最も頭を悩ませた。学生は確かに何かをつかんで いる。ただ、それを言葉に表せるだけの下地が、まだなかったのである。 学生からの評価には、もう一つのプログラム「地域研究」で用いる方法を採用し、「総合 評価」と「アンケート(記述式)」を実施した。これらは帰国後の印象を測るためであり、 詳細については、滞在期間中の記録として課していた個別の“Dai1y Report”によって、 日を追って情報を補足することとした。 総合評価は、留学前、留学中、帰国後に分かれ、約15ぺ一ジにわたる。最終的な成果の 項は帰国後のパートに含まれており、プログラムのねらいをべ一スとして項目を立てた。 各項目について、3を中心とした5段階評価を下す方法である。質問項目は、次のとおりで ある(年によって若干異なる場合がある)。 ・リサーチの意味の理解 ・リサーチの手法 ・コミュニケーション能力(会話) ・コミュニケーション能力(会話以外、姿勢など) ・コミュニケーションに対する自信 ・異文化への気づき(日本と比較できる能力) ・異質なものに対応できる能力 ・多文化(マルチカルチャル)社会の言葉、文化の理解 ・自分自身の可能性への気づき ・自律心 ・他者を思いやる配慮 ・積極的な姿勢 ・英語力 ・自分自身の自信 ・プログラムに望んでいたあなた自身の目標の達成度 作業の第一は、これらを含む全項目について、評価数字を一覧することから始まった。 一覧表の作成に際しては、様々な角度から検証できるように、縦軸に工夫を凝らしてみた。 その一つ目が、SCIの総合評価(現地の成績)である。評価を現地の成績の上位から並べ、 大きく3つのグループに分けてみると・個々の成績と「自分自身の自信」の項に・おぼろ げながら相関を感じさせるものが現れた。そこで、次にその「自信」を基軸として数字を

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並べ換えてみた。すると、今度は明らかに一つの関係が浮かび上がってきたのである。 表1は、5段階で評価された「自分自身の自信」を評価数字ごとにグルーピングし、顕著 に関係の現れた項目を併記したものである。この表から読み取れるのは、「積極的な姿勢」、 「プログラムに望んでいた自らの目標の達成度」、そして、最終項で尋ねたプログラム全般 に対する評価のうち「(プログラムに対する)興味」についての関連である。同表の、プロ グラム内容に対する評価、及び全体の満足度とも、同様の関連を表す結果が得られている。 これは、興味を持つことがその積極的な参加姿勢を作り、積極的に参加することが目標の 達成につながって、ひいては自身の自信にもつながる。結果、プログラムに対する満足度 も高い、という仮説を導き得るものだと考えた。 もう一つの特筆すべき結果として、英語力については、グループによる顕著な特徴は見 られなかった。このプログラムに関しては、個々の成果は英語力に困らないという結果が 得られたわけである。 表1 1995年度「異文化間リサーチ演習」評価 単位:ポイント 自分白身の自信 ①積極的な姿勢 ②自身の目標の B成度 ③プログラムに ホする興味 ④プログラム内容 ノ飾る評価 ⑤プログラム全体 フ齪度 英語力(TOEFL) ッ学前後の伸ぴ 5(7名) 88 86 88 78 1OO 十20点 4(14名) 84 74 62 65 78 十24点 3(9名) 68 62 58 68 70 斗17点 2(2名) 50 40 40 50 63 十15点 *1名は「自信」の項目がプランクであったため、除外した *①∼③の項目については、5段階で得たポイントの平均をlOO点満点に換算 *④、⑤については、4段階で得たポイントの平均を1oo点満点に換算 2.3.2改善の試み 学生が帰国して1ヵ月後、上記の結果をもって、プログラムを見直すための検討委員会 が開かれた。ここでは、学生が得てきたものの評価が定まらない、単に「自信」だけでは 測りきれないとして、プログラムの可能性を見極めるために、続く2年目もパイロットと しての実施が決定されれ初年度の評価より・学生がプログラム内容に興味を抱けるか否 かが、得られるものを左右する要因であることが分かっている。その点で、初年度の最大 の反省点は、学生に動機づけが不十分であったことだと考えられる。そしてその背景に、 提供する側のスタッフに、学生に十分な理解を促せるような、明瞭な言葉で説明できるだ けの下地がなかったことも否めない。然るべき情報を与えられてこそ・学生は自身で判断 することが可能になるはずだからであ乱1年目の成果を目の当たりにし・ようやくその 下地がスタッフにもできていた。あとは、方法論である。学生の理解を促し、その上で、 学生が積極的に参加する意志を自覚できるように、2つの改善を試みた。 改善の第一歩として行ったのは、出願方法の工夫である。まず、初年度の選考方法にふ れておきたい。初年度は、プログラムの主旨を十分理解した上で履修の意志を固められる

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ように・説明会の全編に出席することを履修資格の第一要件とした上で・所定の書類を提 出(出願)することとし、最終的には志願者自身による「くじ引き」によって、履修者を 決定した。出願にあたって求められたのは、SCIによるアプリケーション(英文4枚)と、 不特定のホストファミリーに対する手紙である(この手紙は、その後2度に渡ってSCIス タッフより指導を受け、渡豪前に各自のホストファミリーへ送られた。翌年度以降は、出 願書類とはせず、履修の決まった学生のみが取り組むこととなった)。「『ホストファミリー とのより深いコミュニケーションのための手紙であることを理解し、単なる自己紹介等に 留まらず・社会問題や・それらに対する自分の考え・信念などを含んだ内容とする」手紙 を500wordsで、A4サイズの紙にダブルスペースでタイプしなさい」という課題は、1年 生の学生にとって簡単ではなかったようだ。説明を聞いた後、なお興味を抱く学生のみが 書類をそろえて出願したが、英文タイプ自体に慣れていないこともあり、くじ引きによる 当選率の低さも手伝って、説明会に出席した125名のうち出願に至ったのは約半数の60名、 その中から・最終的に33名の学生が履修を許可されれなるべく公平であるように・また 落選した学生の心情に対しても配慮を試みたが、自身の努力に対する結果の下され方とし て、この方法は、当選した学生の間ですら、一部に不本意な思いが拭えなかったようであ る。 2年目の改善時には・学生の理解を促すことと同時に学生がより納得できることに留意 して、方法が検討された。そうして採用されたのが、「課題エッセイ」である。学生は、ま ず説明会においてプログラムの主旨を理解し、その場で課題についての説明を受け孔そ こで与えられる、プログラムと密接に関係のある課題図書を読み、①課題に基づいた自分 自身の問題意識は何か(問題意識)、②このプログラムのねらいは何だと思うか(プログラ ムの理解)・③自分はどのような姿勢で参加したいと思うか(積極性)の3点について・800 字のエッセイを提出するというものである。 エッセイは、文章の優劣のみで判断を下すことのないよう、上記の3つのポイントにつ いて、それぞれを点数化して評価することとした。①問題意識(4点)・②プログラムの理 解(4点)、③積極性(2点)の配点で、1O点満点となっている。点数のっけ方に偏りがな いよう・評価者(6名)が予め打ち合わせをし・・数点のサンプルを用意して実際に点数をつ け、各自の評価基準を調整するという確認作業も行っている。また、公正を守るため、名 前は伏せて評価する。一つのエッセイに対して2名の審査員が点数をつけ、その差が3点 以上(例えば、9点と6点)になった場合はもう一名が再度審査を行い、近い数字2つを採 用する(3人目の評価が8点であれば、評価は9点十8点となる)など・公正かっ平等な審 査に気を配った。 この選抜方法は、期待以上の効果を上げた。第一に、これは選抜の手段であると同時に、 学生自身の大切な留学準備ともなった。「参加する」という目的のためにプログラムを理 解しようとして興味が起こり・その後の参加姿勢をも作ったからである。 初年度の学生が戸惑ったもう一つの要因は、未知の分野への距離にあったとも考えられ 孔短期間のオリエンテーションだけで理解を促すには・学生にはあまりにも下地がなく・

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求められるものが大きすぎた。いかに出願時の動機が確たるものでも、それが続かなけれ ば意味は薄い。そこで、二つ目の重要な改善として、事前の授業を行うことにしたのであ る。課題から何かを感じ取った学生は、数週間の授業を通し、各自の問題意識や興味を、 より具体的なものにしていくことができる。この点において、渡豪前の授業は必要不可欠 なものであった。こうして、事前の適切な導入が可能になったことは、現地のプログラム に対する学生の理解を促すのに、大きく功を奏したと言える。 新しい選抜方法によって・プログラムを運営するスタッフにとっても・学生の理解度や 興味など・状態を知った上での指導が可能となっれまた・事前に授業を行うことで・そ の理解と興味を深め、持続させて、現地でのプログラムをより充実させることができるよ うになった。まさに、参加者自身の意識がどれほど大切な要素であるか、そしてそのため に、提供する側のスタッフにも学生やプログラムに対する理解の欠かせないことが、表れ たものだと言えよう。

3.得られた成果一履修生の視点から

3.1評価の方法論 課題エッセイを採用してからは、「異文化間リサーチ演習」は、学生の高い満足を得るよ うになった。同時に現地スタッフからの評価も上がり、現地でのリサーチの対象を広げる など、新しい試みも可能となっている。では、具体的には、学生は何を得て来るのか。何 をもって・その「成長」・「成果」だと言えるのだろうか。この成果を測る尺度については・ 初期の頃から委員会の検討項目としても挙がっており、長年の課題だったのである。本稿 でその成果を著すにあたり、評価の方法論として、『フィールドワーク』という本を参考に したい。この著者である佐藤郁哉氏は、本書を著すにあたり、大前提の一つを次のように 述べている。 「社会や文化というとてっもなく複雑な現象の解明には、『これが絶対で最善だ』とい えるような理論も手法も(まだ)ない。社会や文化を的確に理解していくためには、 理論、手法、対象などさまざまな点で、できるだけ多様な方向から検討していかなけ ればならない。」(20) そしてその大前提に立ちながら、「多様な方向から検討」する術として以下の方法を提起し ている。 「サーベイが多くの対象について『浅く広く』調べるやり方だとすると、フィールド ワークのような事例研究は、少ない数の対象について多くの事柄を把握し、『深く狭 く』調べる方法だといえます。(中略)当然のことですが、対象の数を数千あるいは数 万に増やしても、表面的なことしか調べられなければ、そういう調査は決して『科学 的』でも『客観的』でもありません。したがって、より『一般的』な結論が得られる

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はずもありません。」(100) 「要するに、サーベイとフィールドワrクというのは、対立する二つの方法ではなく、 本来互いにおぎなうべきアプローチなので九また・それぞれの特徴と欠点というの は、質的な違いというよりは、程度の問題なのです。」(1O1) この手引を参考に、「異文化問リサーチ演習」の分析にあたっても、量的調査と質的調査 の双方を採用することとした。まず、全体的なプログラムの把握については、定量的調査 (量的調査)を用いることとする。先にも触れた「総合評価」がこれに当たる。次に、プロ グラムの可能性をより具体的に追求するために、定性的調査(質的調査)を併用する。こ れには、「アンケート(記述式)」と個々の学生から提出されたエッセイ、また筆者が国内 の授業に臨席した際に書き留めた「聞き書き」のメモが有効であろう。これらを併用する ことによって、一面的に結論を導く危険を免れたいと思う。 3.2プログラム全体の評価 前述のとおり、学生には、期間中に毎日の記録をつける“Dai1y Report’と、帰国後の 印象を表す・5段階の数字による「総合評価」、及び記述式のアンケートを課している。細 部に若干の違いはあるものの、基本的な質問項目は変わっておらず、複数年での比較が可 能になっている。 初めに、r総合評価」における学生の評価を一覧したい。表2は・留学前・留学中・留学 後それぞれの細部にわたる評価項目の中から、留学後に振り返った自身の成長について・ 特に関連があると思われるものの抜粋である。ここには、各年度の履修者全員(1995年度、 1998年度は各1名が未提出)の平均を表記した。それぞれの項目は3を中心とする5段階 で評価がなされているが、比較がしやすいように、1OO%に換算した数字で表している。 まず目につくのは、1995年度と翌年度以降の、明らかな評価の差であろう。1995年度は、 プログラム終了後も「興味」は66ポイントに留まり・必然的に「リサーチの意味」を理解 したという実感も低い(60ポイント)。全体の評価も64ポイントと、80ポイントをはるかに 超える次年度以降と比べると、かなり差のあることが分かる。この顕著な伸びからも、課 題エッセイを用いた選抜方法の採用と事前授業の実施は、成功していると言ってよいだろ う。 では、選抜方法を変えたことにより、先に述べた仮説のとおり学生は興味を確認できた のだろうか。「興味」の欄を見ると・1996年度の90ポイントから徐々にポイントを上げてい ることが分かる。実は、エッセイを初めて課した1996年度は、最終的な出願者数が29名、 そして、その全員が履修を許可された(後に、家庭の事情で1名が履修を断念したため、 最終的な履修生は28名となっている)。つまり、課題に取り組む時点で学生に意識の確認は できたものの・実際には全員が合格することになったわけであ乱その翌年からは・実質 的な「選抜」が行われた。1997年度は、出願者47名のうち合格者は30名(この年も、やむ

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衰2 「異文化聞リサーチ演習」学生による評価(1995年度∼1998年度) 単位:ポイント プログラムを通して得た成長の自己評価 履修全般についての評価 リサーチ フ意味 リサーチ フ手法 Com. ?b Com. ?寢O Com. ゥ信 自分の

ツ離

積極的 ネ姿勢 目標の B成度 自分へ フ自信 重要性 興味 充実感 全体の ]価 履修し スこと 内容・ 激xル リサーチ フ意味 1995年度(32) 60 68 74 78 76 72 78 70 . 76 66 80 64 80 68 ■ 1996年度(28) 80 82 74 84 86 80 86 84 84 88 90 90 88 93 80 83 1997年度(28) 86 78 78 86 82 86 86 86 86 96 94 96 92 98 85 83 1998年度(34) 76 78 80 86 86 86 82 84 88 98 96 98 94 1OO 85 85 *()内は有効サンプル数。1995.1998年度とも、未記入・未提出により各1名が算入されていない。 *℃om.}は、Communicationの意 を得ない事情で、2名が履修を断念している)。1998年度は45名が出願し・35名が履修に 至っている。希望する全員に履修の機会を与えられないことは残念だが、結果として、よ り問題意識の高い、言い換えると興味を明確に持った学生が選ばれたとも言えるのであ る。 プログラムの中心でもある、「リサーチの意味」や「リサーチの手法」を獲得できたか否 かについては・学生の自己評価によると・まだまだ成長の余地はありそうであ飢ただ・ 付け加えておきたいのは、これらはまさに学生自身による評価であり、当然のこととして、 評価の基準は定まらない。評価数字欄の右に設けたr主な理由」欄の記述には、理解の深 い学生ほど、その意味の深さを知り、自身の力不足、理解の浅さを挙げるケースも見受け られるのである。 履修したことに対する評価は、実に安定している。これは、学生のモーティベーション だけでなく、4年の間にプログラム自体が改善されていることも、大きな要因であろう。プ ログラムの内容・レベルに対する評価が伸び悩んでいるのは、改善されたとは言え、まだ リサーチの意味やプログラムのねらいを捉えきれない学生の戸惑いや・逆にもっと深く学 びたかったという声などが・反映されているものと考えられる。中には・もう少し長期間 であれば満足、といった感想なども含まれていた。 3.3成果一履修生の視点から 次に・個々の記述・及び聞き書きからの検証を行ってみたい。 「異文化間リサーチ演習」ができて以来、変わらず学生が記し、口にしてきた最大の成果 は・「自信」であっれ曰く、「どこででもやっていけそうな自信」である。事実・履修後 の学生達は、様々な異文化社会に飛び出している。往復の航空券だけを手に、2人で東南ア ジアを旅行した学生たちや、インドヘの一人旅でマザー・テレサの「死を待っ人々の家」 へ行き、そこで2週間のボランティアをした学生もいた。また、1998年度に開講されたバ ンクラデシュベの短期留学プログラムにも、課題による審査を通った2名が参加してい る。話をすると・そのきっかけはr異文化間リサーチ演習」を履修したことだと言㌔た

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だ・彼女たちの得て来た自信の根拠が何であるのか、このプログラムだからこその産物な のか否かが、明確に表現できずにいたのである。 学生が得てくるものを測る術はないのか。一つの策として、1998年度は、再びエッセイ を課すことにしれ出願時のものと全く同じ課題図書で・新しい視点で取り組んでもらお うという試みであ孔これは・得て来たものを言葉にすることで・学生自身に実感と自信 を与えるためにも有効だと考えた。留学前後の比較を視野に入れて、エッセイには出願時 とほぼ同じ課題を提示しれ①このプログラムのねらいをどう把えたか(何を目的とする プログラムだったと思うか)、②このプログラムヘの参加を通して、自らは何を得られたと 思うかを・図書の指す内容(問題提起)を鑑みながらまとめるというものであ孔 初めて課題図書と出会ってから、既に8ヵ月の時間が経っており、ほとんどの学生は、 自分が出願時に何を書いたかも記憶になかったよう胤ただ・再び課題に目を通した学生 たちは、「以前は何を書いてあるのかよく分からなかったが、今読むと納得できる。」との 感想を、口々に述べ合っていたという。 エッセイの分析にあたっては、なるべく体系的に把握ができるよう、全体に共通すると 感じたカテゴリーに分けて表記してみることにした。それぞれが多様な意味を含むため、 必ずしも特定のカテゴリーに属するとは限らないが、前後の文脈等から、筆者の主観によ り・最も近いと思われる振り分けを行っれAppendix1・2は・履修者35名のうち・表現 の多様性を重視して選んだ15名の出願時及び帰国後のエッセイ(抜粋)の一覧であ孔 3.3.1 出願時のエッセイ 出願時のエッセイ(Appendix1)のカテゴリーは・課題のポイントとして挙げられてい た3点(ねらいの理解、問題意識、参加の意欲)を中心に立ててみた。「課題図書からの問 題意識」では、ステレオタイプ、イメージ、偏見、固定観念、先入観など「意識」の中の 問題点と・比較・類似点・日本人・アメリカ志向・r外国=アメリカ」など「比較」におけ る問題点が、興味の中心を占めている。「自分自身の課題・目標」では、視野を広げる、国 際観を広げる、先入観を壊す、自身の価値観や偏見に気づく、既成概念から脱出する、自 身のステレオタイプを総点検する・無知を知るなど・やはり自身のr意識」に関わる目標 や、異文化比較を学ぶ、白文化の特性を探し出すなど「文化」や「比較」についての課題 が多く見受けられる。一つのポイントは、学生の目に、まだ「違い」を中心に捉える傾向 があることで、異文化の違いを勉強に行く、先入観の違いを学ぶ、といった表現が散見さ れ乱一部の学生が・「日本人の曖昧さも文化の一つ」や・「アメリカ人みたいに」・「諸外 国」などの表現を、恐らくは無意識的に使っているのも興味深い。 曖昧ではありながら・それぞれの方向性を意識する彼女たちにとって・プログラムのね らいはどのように映っていたのか。「物事をいろいろな角度から見られるようになる(真実 を見極める力を得る)」、「先入観を壊し自分の目で新しいイメージや人間観を得る」、「異文 化を見つめることによって日本について考えてみる」、「白文化と他文化を比較し、その原 因を自分で考える」など、ある程度の具体性をもって表現する学生もいる一方で、全般に

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曖昧な表現が見受けられる。目標と手段の間に隔たりを感じ、戸惑う学生の姿が映ってい るようだ。 3.3.2帰国後のエッセイ 次に・帰国後のエッセイ(Appendix2)に目を移してみ孔まず・カテゴリーを見てい ただきたい。これらは、エッセイの全般に共通するものとして、筆者が抽出したものであ る。エッセイを課す際にポイントとして示した「プログラムのねらい」は別として、「視 野」、「一般化」、「自信」とも、多くの学生によって自発的に述べられた言葉である。ちな みに、多くふれられている「日本人論」、「比較」、「ステレオタイプ」などは、二つの課題 図書に登場している。その後の学びも含め、学生には印象深いテーマであったようだ。 それでは・留学を終えた彼女たちは・何を得たと感じたのか。出願時には・視野を広げ る・国際観を広げる、といった、やや観念的で具体性に欠ける表現が多く見受けられたが・ 帰国後のエッセイでは、それらが具体的に表されてい孔「視野・気づいたこと」では・「も のを見るということが大きな役割を果たしている」、「一つの観点にとらわれてはいけな い」、「物事を見る視野や基準が変わった」、「固定観念がなくなり、いろんな角度から物事 を見れるようになった」、「日本人論などの考えに振り回されて単純に自分の考えを作って しまってはいけない」、「ただ見るというのと本当に見るということは、全く違うと思っ た」・r比較することの難しさを知った」・rただ異質なままでおいておくのではなく・どの ように違うのか、または似ている点があるのかを考えることが、かなり重要だと思った」 と、自らの観点に広がりが生まれたことを表している。また、その一方で、「今回の体験だ けでオーストラリアを語ることはできないということを、頭に置いていなけれぱいけな い」、「私が知っている一面がどんな小さなものかを改めて知った」、「このことですべてを 知ったのではなく、これも一部という正確な見方が出来るようになった」、「自分の知識は、 本やテレビなどの・いかに表面上で薄っぺらいものかを感じた」・「異文化を自分の体験談 から語ろうという横着はしないよう、気をっけるようになった」というように、自身の視 野の限界を学んでもいるようだ。 一「日本人論・一般化」のカテゴリーは、学生たちの気づきの根拠が表れていると言えるか も知れない。「外観は違っていても、実際人と接してみてそんな大きな違いはなかった」、 「確かにいくつかの違いはあったが、大半は類似していたと思う」、「逆に違いを探してはい ないだろうかと思う」・r文化を比較する上で『一般化』がどれだけ大切なことか・少しは 分かったと思います」、「イメージは一面的には合っているが、それだけで理解するのは、 とても無責任に思えるようになった」など、恐らくリサーチを通して気づいたであろう感 想が述べられてい飢まさに・フィールド(現地)でのワーク(調査)を通してこそ得ら れた視点だと言えよう。 では・学生は・自らの「自信」をどのように表しているのだろうか。「自分にとっての世 界が広がった」、「物事を考える価値観まで少し変わった気がする」、「自分にも、もっとい ろいろな方向があるのではないかと考えられるようになった」、「自分に可能性があると信

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じられるようになった」、「国際人として歩んでいこうという自信がついた」、「狭い価値観 を広げることができた」など、当初から彼女たちが望んでいた「視野」や「価値観」の広 がりに、その自信が表れている。これらは、「(分からないことを)克服することで自分に 対しての自信もつく」、「異文化の中でもやっていけるという自信、これから先もがんばっ ていけるという自信がわいた」、「コミュニケーションは言葉対言葉だけではないと思っ た」、「得られたものは勇気と自信、そして協調性だ」などからも、異文化の中でやり遂げ、 自分が「変わった」と実感できたことに裏付けられているのではないだろうか。その根拠 が曖昧なものでないことは、前述した、学生たちの具体的な成果からも明らかである。

4.プログラムの成果と方法論

4.1プログラムのねらいと方法論 ここで・プログラムのねらいと方法論の関係を見直してみたい。1年目のパイロットを 終えて提出されたまとめの文書の中で、SCIはねらいにっいての自らの理解を次のように 表し、そこで目指される、他の文化社会を理解するために必要なリソースを挙げている。 ねらい:「他の文化社会で生活をし、意味のある活動またはプロジェクトに参加するこ と(リサーチをすること)によって、他の文化社会を理解するために必要な inte11eCtua1/emotiona1なreSOurCeSを学生一人一人に養成する」 ① 自発性や自信 ②CritiCa1に考えられる力 a.“違う”と感じるだけで終わらない洞察力/観察力 b.周りの世界を理解するために必要な敏感性 C.形式(組織の形式的な面)と機能を区別する見方 ③自分の価値観の多様化 まず、方法論はどうだったか。このプログラムでは、「意味のある活動またはプロジェク トに参加すること(リサーチをすること)」として主に参与観察の手法を用いているが、こ の点については、当初より、学内の検討委員会から疑間の声が上がっていた。「観(見)る」 ことの意味に対する疑問である。 『フィールドワーク』では、その手法と意味について、次のように述べている。 「フィールドワーカーの現地におけるさまざまな活動は、①現地の社会生活への参加・ ②社会生活の観察、③色々な事柄についての聴き取り、の三つに分けることができま 九簡単に言ってしまえば、①すること・②見ること・③話すこと・聴くことで九 このうち、どうも『見ること』が不当に軽視されているようなのです。」(151) 「見える世界の意味を理解するためには・この聞き取りの作業に加えて・じっくりと時

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間をかけて自分の目で観察する作業が必要になります。」(153) 「見える世界を明らかにするということは、『すること』『見ること』『話すこと・聴く こと』というフィールドワークにおける三種類の活動全てに関わり、それらを統合す る大切な作業の一つなのです。」(157) では、方法論(「見る」こと)と目的の関係は、適切であろうか。「異文化間リサーチ演 習」では、プログラムの成果を、リサーチペーパーを書き上げる形で集約させている。そ の「書く」ということの意味を、同書では以下のように記している。 「フィールドワーカーは・自分が育ってきた文化やこれまで調査してきた色々な土地 の文化を基礎におき、それらとの比較においてその土地の文化を『知』り、またその 文化を身につけていくのです。(中略)参与観察者は、一方では土地の物知りを最高の 目標として、対象社会における生活と体験を通じて、その社会のメンバーと同じよう な生活能力や知識を身にっけていきますが、それと同時にそれを言葉や文字によって 広い範囲の人々に説明できるようになることを目指します。すなわち、フィールド ワーカーは、遂行面での知と批判的理解の知の両方を身につけていくことを目指すの です。」(151) 「フィールドノーツを書き上げる時にこそ、私たちは、フィールドワークという作業に とって真に意味のあるカルチャー・ショックを味わうことができるのです。異文化と の出会いによるカルチャー・ショックというのは誰でも体験することですが、フィー ルドワーカーは、それをフィールドノーツに書きじるし、自分の育ってきた文化の枠 組みおよび人類学や社会学の理論とっきあわせる作業を通じて再体験するのです。」 (183) このプログラムで行っているのは・まさにこのようなことではないだろうか。学生は・ 自らの文化(白文化)を基礎におきながら、それらとの「比較」において他文化を知り、 身につけていく。そして、そこで得た文化を言葉や文字によって説明しようと試みる(リ サーチペーハー)のである。学生は「書く」ことによって再体験し・自分の価値観を多様 化させていく。そのプロセスで自身に得られた洞察力に気づき・裏付けのある自信を得ら れるのではないかと思う。こうして、遂行面での知と併せ、ねらいにも掲げられている「批 判的理解の知」(CritiCa1に考えられる力)をも身につけていくのだと言えよ㌔ 4.2 プログラムの構成 次に、プログラムの構成を検証する。前出の「プログラムの内容」で述べたとおり、現 地のプログラムは二部構成になっており、前半のメルボルンは、フーナンブールにおける

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リサーチに向けての準備期間として用意されている。「フィールドをつかむ術を身につけ る」ことを目的としているのであるが、この点についても・『フィールドワーク」から解釈 の手掛かりが得られそうだ。 「はじめて調査地を訪れるフィールドワーカーは、当分の間その土地になじめず、色々 なことでまごっき、途方にくれることを、前もって覚悟しておかなければなりません。 (中略)フィールドワークというのは・何よりもまず・このような・自分のなじんでき た文化とは異質の文化と接触し・それにともなって生じるストレスと当惑の体験・す なわちカルチャー・ショックを通して異文化を学んでいく作業です。」(36) このリサーチは、本来の、時間にあまり制約のないフィールドワークとは異なり、あく までも短期間の授業の一環である。限られた短い時間で「異質の文化と接触」するために は・ある程度意図的な機会の設定が必要となる。その意味で・メルボルンでの準備期間は 必要不可欠なのであ孔また・安全で多文化的なメルボルンという土地が・それを成功さ せているとも言える。「安全に全工程を終えるということは、学生の自信にもつながる重要 なポイント(SCIスタッフ談)」でもあるからだ。さらに、帰国後のエッセイで、「初めの授 業では理解しきれなかったことが・現地のプログラムを通して少しずつ理解できていった と思えます」、「日本での、頭で考えていた時間がなければ、そのような目(視点)をもつ ようにはなれなかったと思う」と語られているように、短期間での理解を助けるために、 日本での事前授業の功績も大きいと言えるだろう。 これらの検証を通して、プログラムのねらいと方法論の関係は適切であり、プログラム 全体の構成は有効に機能していること、また、機会を与え得る環境として、選ばれた地域 の適していることが分かったのである。 4.3成果としての「自信」一ものを見る目 最後に、今一度、プログラムを通して得られる学生の成果について考えてみる。学生が プログラムの目指すところをどう理解したかは、その成長を知る一つの手掛かりとなるだ ろう。 帰国後のエッセイから拾ってみると、プログラムのねらいに関する記述には、「異文化に 触れてその文化を知り、また、白文化も再認識すること」、「異文化を理解するために必要 な視点を養うこと」、「異文化という日本とは違う文化に接して、それをどう感じ、どのよ うに理解するのかを学び・身につけること」・「ものを見る目を養うこと」などとあ飢ま た、ある学生は次のように記している。 「実際に生活し観察してみると、植え付けられたイメージのように『異』とは感じず、リ サーチペーパーを書く段階でも様々な視点に気づかされました。小さな一都市ですら、一 般化することの難しさを痛感し、私の見たことはほんの一部に過ぎないのだと実感しまし た。」

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「(異文化について述べるために)一生懸命に情報を集めても物足りず、異文化とは『こ うだ』と的確に断定するためには、私たちが集めた何倍もの情報数が必要だと気づきまし た。」 SCIは、初年度のまとめの中で、「将来的に期待する成果」として次のように述べている。 「リサーチや、集めたデータを分析することの難しさに触れることによって、また、ど んなに周至11に方法論を駆使してリサーチを行ってもなお、目まぐるしく変容する社会 的な現象を理解することの難しさを知ることによって、自分の理解の限界を知る。そ の経験から、将来的には自分自身の反省力(“自分は正しく理解することができるの だ”という幻想に気づくことができる力)を育てることができる。」 「リサーチではsamp1ingや概念の設定も含め、方法論の重要性を教えること・また 『研究」としてのリサーチとは何か、その難しさに気づかせることを目指す。」 「帰国後のエッセイ」の項で述べたように・学生は・安易な一般化や既存の固定観念で判 断する危険を悟っている。また文化を比較することの難しさを感じ、自分の知っている一 面がどんなに小さなものかを改めて知ったと述べ、プログラムのねらいはその気づきにあ るのではと、思い当たっている。まさに、「反省力」を養っているのである。また、異文化 の姿を的確に表すことの難しさに気づいた学生からは、方法論の重要性やリサーチの難し さが感じ取れる。これらのエッセイや感想から見る限り、学生たちは、その目指す方向に 向かって期待通りの成果に近づいていると言えるだろう。つまり彼女たちは、「すべてを 知った」からではなく、「知らない自分に気づいた」、「正しくものを見る目を養えた」自分 に、「自信」を得ていたのである。 「(他)文化理解」についても、履修生の一人はこう記している。 「プログラム当初のオリエンテーションで、SCIの先生が、『スポンジになってはい.けな い』と言われました。『国際化する社会に1順応するためには、とにかく吸収しなさい」と言 われ続けていた私にとって、そのひと言はとても新鮮でした。そして今、プログラムを終 えて思うのは、異文化の人達と触れ合うとき、私たちはスポンジのように、ただ相手から 与えられるものを吸収するのではなく、そこに何か還元する、役に立つことでその社会に 貢献するということが、大切なのだということです。その意味で、私たちのレポートも少 しは地域の役に立てたのではないかと・喜んでいます。」 さらに、かって異文化の姿に一つの正解を求めながら混乱して諦め、もう一度問いかけ たかったからと、このプログラムに参加した学生は、自らの気づきを次のように振り返っ ている。 「このプログラムから私が学んだのは、異文化についての答は一つではなく、それを一般 化するのはなかなか難しいということです。その経験を通じて、私は、相手を理解すると いうことを、より深く考えるようになりました。相手を理解する・・そのために大切なのは、

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『相手を尊重する』ことです。お互い許し合えるところは許し合って交わっていけたらいい し、合わないと思う面があっても、自分とは合わないからと全く受け入れずに間違いとす るのではなく、『自分とは少し違うものとして尊重する』ことがとても大切だったのです。 そう気づいたことが・私の自信にっながっていきました。」 このように、学生は「交換の精神」を学び、文化の多様性を容認する姿勢を養っている。 そして・その気づきにこそ・揺るぎないr自信」を感じていたのであ孔 『フィールドワーク』の一節は、「文化」を学ぷプロセスを・次のように表してい乱 「フィールドワークというのは・一面では・居心地よく暮らしている白文化の懐から飛 び出し、あえて居心地の悪い調査地に飛びこむことによって、その地の文化を知ろう とする作業だといえます。しかし、フィールドワークには、もう一っ大切な面があり ます。異文化での生活を体験しそこで居心地の悪さを感じカルチャー・ショックを受 けることによって、ふだんはなかなか目に見えてこない白文化の姿を、今までとは別 の目で見ることができるようになるのです。そして、こういうくり返しのなかで、あ る時には人間に居心地のよさを・別の時には居心地の悪さを感じさせる『文化』一般 というものがそもそもどのようなものであるかを学ぶことができるかもしれません。」 (39) 学生が多くを学び得たのは、このようなプロセスで「当事者と局外者という二つの視点 をあわせもつ第三の視点」(佐藤・149)・すなわち「ものを見る目」を身にっけたからでは ないかと思う。そして、この「ものを見る目」や「多様性を容認できる姿勢」を養えたこ とこそが、「異文化間リサーチ演習」における最大の成果、すなわち「自信」となって現れ たのである。

5.運営に求められる視点

「異文化間リサーチ演習」は、学校が主催するプログラムに必要な3つの要素一主催者が 確固たる主旨を学生に示すこと・提携先機関の協力・両機関のコンタクト(拙論・203)一 をべ一スにして・比較的短期間である程度のレベルに到達できれこのプログラムで目新 しかったのは・短期大学の英語科生を対象に社会科学を軸とした内容の留学を展開しよう とした点であり、その成果が理論に裏付けられた「自信」という形で現れるところにある。 今、改めて検証してみると、この種のプログラムを運営するためにいくっかの視点が必要 なことも見えてきた。ここでは、それら運営上求められる視点を探ってみたい。 5.1初年度の課題から 1年目のパイロットプログラムを終えた折り、SCIから「まとめ」の文書が提出された。 「異文化間リサーチ演習」は、そこで掲げられた以下6点の課題を克服することで軌道に乗

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ることができた。その過程や意味を再確認することで、運営に必要な視点が浮かび上がっ てくる。 ①社会的交換の精神 ②リサーチにおいて、問題意識をもつことと方法論を理解すること ③学生自身のマチュアリティ ④学生の理解を助けるように、プログラムの組み立て方を工夫すること ⑤ 異文化社会の理解において、自発的な、失敗を恐れない態度の大きさを理解させ ること ⑥学生の参加姿勢 * ①の「社会的交換の精神」について、SCIの説明を付記しておく。 「学生が、常にお世話になっている(互いに支え合っている)という気持ちを忘れず に、コミュニティやホストファミリーを始め、オーストラリアで初めて出会う人に 対してもexchangeの心構えを養成する努力が望ましい。 多文化社会にあるG1oba1Vi11age(国際社会)の中で、コミュニケーションが必要 とする人間関係は、自分に与えてくれるものに対して、与えられる方も何かを返す という気持ちに基づいた社会的交換(Social exchange)から発展してくる。その意 味で、学生のリサーチ結果を含むオーストラリアでの滞在の意義は、ワーナンブー ルの町、ホストファミリー、その他メルボルンでも出会う学生や町の人々に何を奉 仕したいかにあるのだが、学生には、このexchangeの精神がまだ十分に熟しては いないように思われる。」 * ③のマチュアリティについても、若干の補足をしておきたい。これは、プログラ ムのねらいと自身の目的が合わなかった一部の学生を中心に・プログラムヘの積極 的な参加が望めなかったことを指している。積極的、肯定的に関わることを放棄し てしまった学生に対し、「学生同士の関係や目先のことがらなど、些細なことにこだ わり・より大切で大きなビジョンに目を向けることができなかった」との所感が述 べられたのである。ただ、これは学生だけの問題ではなく、プログラムの方向性を 正しく示すことのできなかった提供者(本学スタッフ)の課題でもあったことを、 重ねて述べておきたい(適切なガイダンスを行えるようになった翌年度からは、同 様の指摘はなくなっている)。 「改善の試み」の項でも述べたように・これらの点は・②の問題意識を確認する作業(課 題エッセイ)を改善できたことで、解決できたように思われる。つまり、「なぜ」に興味を 持ち、「どうやって」を正しく理解することで十分な動機づけができ、学生の意識(③)も 参加姿勢(⑤、⑥)も形成されていったからである。本学での事前授業の実施や、SCIによ

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