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日本臨床麻酔学会 vol.32

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Academic year: 2021

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著者連絡先 平山三智子 〒 649-7113 和歌山県伊都郡かつらぎ町妙寺 219 和歌山県立医科大学附属病院紀北分院 麻酔科 はじめに  頚椎前方手術の術後 3 ∼ 54%に術後嚥下障害が生 じ1)∼ 3),その主な原因は術中の食道圧排や迷走神経 喉頭枝の過度の牽引と考えられている.一方,後方 手術後の嚥下障害は 0.84 ∼ 1.87%に生じるが2), 3) その原因は,挿管操作や気管チューブによる咽頭部 の損傷によるものだけでなく,術前からの嚥下障害 の存在や頚椎症性脊髄症の影響が示唆されてい る4).今回,われわれは頚椎後方手術の術後に脳神 経麻痺による嚥下障害および構音障害を発症した 3 症例を経験した. Ⅰ 症  例 <症例 1 >  80 歳,女性.身長 148cm,体重 45kg.  62 歳から高血圧に対し内服加療歴があった.生 来,嚥下障害の既往はなかった.1 年ほど前から歩 行障害を自覚し頚髄症,胸椎黄色靭帯骨化症と診断 された.全身麻酔下に頚椎椎弓形成術(C2-C4),胸 椎椎弓切除術(T11-T12)が予定された.  麻酔は,プロポフォール TCI(target controlled infusion)目標血中濃度 3μg/ml,レミフェンタニル 0.1μg/kg/min,ベクロニウム 5mg で急速導入し, エアウェイスコープ(HOYA- ペンタックス社製,® 東京)を用いて気管挿管を行った.挿管操作は容易 で問題はなかった.維持は,プロポフォール 2.0 ∼ 3.0μg/ml,レミフェンタニル 0.05 ∼ 0.15μg/kg/ min を併用して行った.術中,バイタルサインは安 定し,予定通りの手術が実施された.術中体位は腹 臥位で,手術時間 3 時間 40 分,麻酔時間 4 時間 39 分であった.  術後 1 日目に,咽頭部不快感,嚥下障害および構 音障害を訴えた.経過観察されたが,軽快しないた 日臨麻会誌 Vol.32 No.7, 943 〜 947, 2012

頚椎後方手術後に脳神経麻痺による嚥下障害を生じた 3 症例

平山三智子

*1

 西川光一

*2 [要旨]頚椎後方手術後に,脳神経麻痺による嚥下および構音障害を生じた 3 症例を経験した.3 症例とも術後に舌偏位が認められ,末梢性の舌下神経麻痺と診断された.1 症例のみ迷走神経麻痺 によるカーテン徴候を合併していた.嚥下および構音障害は術後 2 週間から 3 ヵ月間に改善し, 以降も良好に経過している.脳神経麻痺の原因には,舌下,迷走神経を栄養する上行咽頭動脈の挿 管チューブによる血流障害,術操作による直接障害,頚部の牽引に伴う神経の伸展による障害が疑 われた.頚椎後方手術後の脳神経麻痺の発生はまれであるが,術後の嚥下障害や構音障害の原因と なることを医療従事者が十分認識し,誤嚥の予防に取り組むことが必要である. キーワード:合併症,嚥下障害,構音障害,舌下神経麻痺,迷走神経麻痺

症例報告

日本臨床麻酔学会 * 1 和歌山県立医科大学附属病院紀北分院 受理日 2012. 5. 1. 麻酔科 採択日 2012. 7. 8. * 2 和歌山県立医科大学麻酔科学教室

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め術後 4 日目,脳神経外科に紹介された.頭部 MRI, CT 画像上,明らかな異常所見は認められなかった. 術後 9 日目に神経内科に紹介され,舌の左方偏位, カーテン徴候を指摘され,末梢性の舌下神経,迷走 神経麻痺と診断された(図 1).嚥下障害の程度は水 分や大きな食塊は嚥下困難であったが,とろみをつ けた水分や刻み食は嚥下可能であった.経過観察さ れたところ,術 1 ヵ月後には構音障害改善,常食摂 取可能となり退院した.退院 3 ヵ月後の診察では舌 偏位やカーテン徴候は消失していた. <症例 2 >  49 歳,男性.身長 173cm,体重 76kg.  6 年前から高血圧,高脂血症に対して内服加療歴 があった.生来,嚥下障害の既往はなかった.1 年 半前から左手指先のしびれ,左頚部から肩にかけた 痛みを自覚し,頚髄症と診断された.全身麻酔下に 頚椎椎弓形成術(C3-C6),椎間孔拡大術(左 C4/5, C5/6)が予定された.  麻酔は,プロポフォール 150mg,ロクロニウム 50mg で急速導入した後,ペンタゾシン 20mg を静 注した.用手換気は容易であったが,エアウェイス コープ®を口腔内に挿入したところ,ブレードの先 端が喉頭蓋まで届かず声帯が確認できなかったた め,ガムエラスティックブジーを用いて気管挿管し た.維持は,セボフルラン呼気終末濃度 1.5 ∼ 2.5% で行った.術中,バイタルサインは安定し,予定通 りの手術が実施された.術中体位は腹臥位で手術時 間 3 時間 14 分,麻酔時間 4 時間 21 分であった.  術直後から,嗄声,構音障害,気管チューブによ る舌の圧迫が原因と考えられる 1 × 1cm 大の発赤, 腫脹を認めた.術後 1 日目に水分摂取困難および舌 の左方偏位を認め,脳神経外科と神経内科に紹介さ れた.頭部 MRI,CT 画像上,明らかな異常所見は 認められず,末梢性の舌下神経麻痺と診断された. 嚥下障害の程度は,とろみをつけた水分や刻み食は 摂取可能で,絶飲食とせず経過観察を行った.術後 3 日目に水分摂取,術後 9 日目に常食摂取可能とな った.術 1 ヵ月後には舌偏位,構音障害が改善した. しかし,嗄声が持続したため,術 2 ヵ月後に耳鼻科 に紹介され,嗄声の原因は,右反回神経麻痺および 披裂軟骨脱臼と診断されたが,術 6 ヵ月後に自然軽 快した. <症例 3 >  66 歳,男性.身長 163cm,体重 68kg.  51 歳から高血圧に対して内服加療歴,46 歳から アルコール性肝障害があった.生来,嚥下障害の既 往はなかった.半年前から手指先しびれ,歩行障害 が出現した.近医にて内服加療されていたが,徐々 に症状が増悪してきたため,頚髄症と診断され,頚 椎椎弓形成術(C3-C7)が予定された.  プロポフォール 150mg,ロクロニウム 50mg,レ ミフェンタニル 0.3μg/kg/min で急速導入した後, ペンタゾシン 15mg 静注し,エアウェイスコープ® を用いて気管挿管を行った.挿管操作は容易で問題 なかった.維持は,セボフルラン呼気終末濃度 1.2 ∼ 1.5%,レミフェンタニル 0.05 ∼ 0.25μg/kg/min で行った.術中,バイタルサインは安定し,予定通 りの手術が実施された.術中体位は腹臥位で手術時 間 2 時間 38 分,麻酔時間 3 時間 28 分であった.  術直後から,嗄声,構音障害および舌の右方偏位 を認めた.術翌日に大きな食塊の嚥下困難を訴えた ため,脳神経外科と神経内科に紹介された.頭部 図 1 症例 1 の症状

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MRI,CT 画像上,明らかな異常所見は認められず, 末梢性の舌下神経麻痺と診断された.嚥下障害の程 度は,水分や刻み食は摂取可能で,絶飲食とせず経 過観察を行った.術後 5 日目に嗄声は改善し,常食 摂取可能となった.術約 2 週間後には舌偏位,構音 障害は改善した. Ⅱ 考  察  頚椎手術後の舌下神経麻痺はいくつかの症例報告 があるのみで,発生頻度や原因は明らかではない.  舌下神経は舌の運動を司る神経で,後頭骨の舌下 神経管を貫いて頭蓋の外に出ると,迷走神経,内頚 動脈,内頚静脈などの外側を下り下顎角の内側で前 方に屈曲し舌に分布している.頚椎後方手術により 舌下神経麻痺が生じる原因には,①直接的損傷,② 頚部の伸展に伴う神経障害,③カフの圧迫による神 経障害が考えられる.  まず①直接的損傷について,Hong らは歯状突起 骨折に対する C1-C2 固定術中に,環椎外側塊に刺 入したスクリューが舌下神経を損傷し,舌下神経麻 痺,構音障害を生じた症例を報告している5).今回 の 3 症例はいずれも椎弓形成術であり,スクリュー による損傷は起こりえない.しかし頭頚部を支持す る筋肉群を棘突起より剥離し,椎弓を展開するのに 用いられる開創器が,軟部組織を外側に圧排するこ とにより,間接的に舌下神経が伸展された可能性が ある.また,Bekelis らは頚椎後方固定術の術操作 によって頚静脈孔から頭蓋外に出る部位において迷 走神経を障害し,重度の嚥下障害をきたした症例を 示している6).これは,症例 1 において迷走神経咽 頭枝の障害によって生じるカーテン徴候(咽頭収縮 筋麻痺)が認められた原因とも考えられる.舌下神 経管の前方には舌咽,迷走,副神経が複雑に走行し 頭蓋外に出る頚静脈孔が位置しており,舌下神経と 同様に後側頚部を下降しそれぞれ支配する領域に分 布する際に損傷した可能性がある.  次に②頚部の伸展に伴う神経障害について,ハロ ートラクションなど頚椎牽引装具により,舌下神経 だけではなく外転,舌咽,迷走神経などさまざまな 脳神経が同時に伸展され麻痺が生じた症例の報告が ある7), 8).今回の症例においては,術後に用いるネ ックカラーによる頚部の伸展や,術中頚部の安定の ために用いる頭部固定具により,固定された頭部と 固定されていない体幹の間で頚部に牽引する力が生 じ,神経障害を引き起こした可能性がある.  最後に③カフの圧迫による神経障害について, 1904 年に片側の舌および声帯の麻痺を引き起こし た症例をスペインの耳鼻咽喉科医である Antonio Garcia Tapia が,Tapia 症候群として初めて報告し た.Tapia らはその中で,頚動脈由来の脳血栓によ って生じた舌下,迷走神経麻痺が原因であるとした. 舌下,迷走神経は外頚動脈の分枝の一つである上行 咽頭動脈により栄養されている.術中体位によるカ フの位置異常や高いカフ圧が,気管周囲の軟部組織 の血流を障害することによって Tapia 症候群が生じ たという報告もある9), 10).症例2は持続する舌の偏位 や嗄声といった Tapia 症候群に特徴的な症状を訴え ていた.しかし,腹臥位前後にカフ圧が 25cmH2O 以下であることを確認しており術中亜酸化窒素を使 用していないため,術中にカフ圧が上昇したことは 考えにくい.また体表からの観察ではチューブの位 置異常は確認できていないことから,Tapia 症候群 かどうかの判定は困難である.また本症例にのみ舌 表面に発赤,腫脹を認めたが,気管チューブによる 舌の圧迫による舌下神経麻痺の報告はこれまでにな く舌表面の異常との関係は不明である.  以上のように,今回の症例の脳神経麻痺には,さ まざまな要因が複雑に関与しており,原因を特定す ることは困難と考えられた.  Hong らが報告した,C1-C2 後方固定術後に舌下 神経麻痺を発生した症例は,摂食時に舌の運動異常 により誤って噛むことによる舌痛のため,経鼻的経 管栄養が行われた.舌の運動が完全に軽快するまで に 6 週間以上,嚥下障害や構音障害の回復には 2 ヵ

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月を要した5).また Bekelis らが報告した C1-C3 後 方固定術後に迷走神経麻痺による両側声帯麻痺を発 生した症例は,誤嚥の予防のため,一時的に経皮内 視鏡的胃瘻造設術が行われたが,約 1 ヵ月後に嚥下 機能が回復した6).今回,提示した 3 症例も,2 週 間から 3 ヵ月までに軽快しており,頚椎後方手術後 の脳神経障害,それに伴う嚥下障害は可逆的である 可能性が高いと考えられる.  頚髄症患者の約 20%に術前からなんらかの嚥下 障害が認められるといわれており,特に高齢者の頚 椎術後は誤嚥のリスクが通常の術後より高まる.こ のような誤嚥の高リスク患者に,脳神経麻痺が併発 した場合,致命的な誤嚥性肺炎を引き起こす可能性 があり十分に注意すべき合併症の一つである.今後 の対策として,術前診察時に十分な説明を行うだけ ではなく,誤嚥エピソードの有無を確認し,必要で あれば嚥下機能を評価し,術後は最初の飲水,食塊 の摂取時に十分な観察を行うとともに,むせなどの 異常がないかを確認する必要がある. 参考文献 1) Lee MJ, Bazaz R, Furey CG, et al.:Risk factors for dysphagia after anterior cervical spine surgery:a two-year prospective cohort study. Spine J 7:141-147, 2007 2) Shamji MF, Cook C, Pietrobon R, et al.:Impact of sur-gical approach on complications and resource utilization of cervical spine fusion:a nationwide perspective to the surgical treatment of diffuse cervical spondylosis. Spine J 9:31-38, 2009 3) Boakye M, Patil CG, Santarelli J, et al.:Cervical spon-dylotic myelopathy:complications and outcomes after spinal fusion. Neurosurgery 62:455-462, 2008 4) Smith-Hammond CA, New KC, Pietrobon R, et al.:Pro- spective analysis of incidence and risk factors of dys- phagia in spine surgery patients:comparison of anteri-or cervical, posterior cervical, and lumbar procedures. Spine 29:1441-1446, 2004 5) Hong JT, Lee SW, Son BC, et al.:Hypoglossal nerve palsy after posterior screw placement on the C-1 lat-eral mass. Case report. J Neurosurg Spine 5:83-85, 2006 6) Bekelis K, Gottfried ON, Wolinsky JP, et al.:Severe dysphagia secondary to posterior C1-C3 instrumenta-tion in a patient with atlantoaxial traumatic injury:a case report and review of the literature. Dysphagia 25:156-160, 2010 7) Ginsburg GM, Bassett GS:Hypoglossal nerve injury caused by halo-suspension traction. A case report. Spine 23:1490-1493, 1998 8) Telfer RB, Hoyt WF, Schwartz HS:Crossed eyes and halo-pelvic traction. Lancet 2:922-923, 1971 9) Boisseau N, Rabarijaona H, Grimaud D, et al.:Tapia’s syndrome following shoulder surgery. Br J Anaesth 88:869-870, 2002 10) Cinar SO, Seven H, Cinar U, et al.:Isolated bilateral paralysis of the hypoglossal and recurrent laryngeal nerves(Bilateral Tapia’s syndrome)after transoral in-tubation for general anesthesia. Acta Anaesthesiol Scand 49:98-99, 2005

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Three Cases of Dysphagia after Posterior Cervical Spine Surgery Secondary to Cranial Nerve Palsy Michiko HIRAYAMA*1, Koichi NISHIKAWA*2 *1 Department of Anesthesiology, Wakayama Medical University Kihoku Hospital *2 Department of Anesthesiology, Wakayama Medical University  Dysphagia is well recognized as a complication of anterior cervical spine surgery. On the other hand, there are only a few reports of dysphagia in patients who underwent posterior cervical spine surgery. We report three cases who developed dysphagia and dysarthria, possibly secondary to cra- nial nerve palsy. These patients, who were scheduled for posterior cervical laminoplasty, were man- aged with general anesthesia in the prone position. Postoperatively, they were found to have dys-phagia and dysarthria. Cranial MRI assessments of these patients showed no abnormality. We concluded that these patients were suffering from peripheral hypoglossal and vagal nerve palsy. This nerve damage could have been caused by extension due to wound retractor, ischemia of nutrient ar- tery, and/or stretching with hyperextension of the neck. These neurogenic disorders recovered com- pletely from 2 weeks to 3 months postoperatively. Anesthesiologists should be aware that such com-plications may occur during posterior cervical spine surgery and that evaluating swallowing function preoperatively and postoperatively is very important. Key Words : Complication, Dysphagia, Hypoglossal nerve palsy, Vagal nerve palsy, Posterior spine surgery

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