▶▶▶ 目 的 ────────────── 1990年代初めに生体内のコレステロールの中で酸 化低比重リポ蛋白コレステロール(low-density lipoprotein:酸化LDL)が動脈硬化の形成・進展に 関与する真の悪玉コレステロールであろうという酸 化LDL仮説が提唱され、その後、酸化LDLと動脈硬 化との関連が多数報告されるようになっている。そ して、現在では酸化LDLという名称は一般人にもよ く知られるようになってきている。しかし酸化LDL とは、LDLが酸化的変性を受けて生じる多種類の物 質の総称であるためそのすべてを測定して応用す るには至っていないのが現状である。ただこの酸化 LDL の中でマロンジアルデヒド低比重リポ蛋白 (malondialdehyde-modified low-density lipoprotein:
MDA-LDL)は、生体内の酸化LDLとしては多量で あることと構造が明確であることから測定系が開 発され1, 2)、冠動脈疾患との関連について検討した 報告3, 4)が見られるようになり、冠動脈疾患既往歴 のある糖尿病患者における予後予測のマーカー、ま たは糖尿病患者における経皮的冠動脈形成術など による治療後の再狭窄のマーカーとして、平成20年 6月1日から保険請求が可能となった(平20保医発 0530002)。しかし、これまでの研究3~7)は、そのほ とんどが冠動脈疾患を発症した患者を対象にした 検討であって、未だ脳梗塞を含む動脈硬化性疾患を 発症していない無症候の者に対してMDA-LDLを測 定し、頸動脈超音波検査や頭部MRIの所見と比較検 討した報告はみあたらない。そこで、無症候の者を 対象としてMDA-LDLを測定し、頸動脈超音波と比 較することで、MDA-LDLの健康診断における有用 性について検討することにした。 ▶▶▶ 対 象 ────────────── 2009年10月と2010年1月~ 12月の間に関東労災 〔論文受付日:2011年7月22日〕〔論文受理日:2011年11月25日〕 1)労働者健康福祉機構 関東労災病院 臨床検査科 2)労働者健康福祉機構 関東労災病院 健康管理センター 【目的】酸化 LDL は動脈硬化の形成、伸展に関与する因子として注目されている。その一つである MDA-LDL を無症候である健康診断受診者において測定して頸動脈超音波検査と比較し、健康診断における有用性について 検討した。【対象】対象者は、2009 年 10 月と 2010 年1月~ 2010 年 12 月までの間に関東労災病院健康管理セ ンターで脳ドックを受診した 525 名から脳血管疾患と冠動脈疾患の既往がある者を除外した男性 203 名、女性 135 名とした。【方法】検討した検査項目は MDA-LDL、LDL-C、HDL-C、TC、TG、および MDA-LDL を各脂 質検査値で除した値とし、頸動脈超音波検査で観察されたプラークをその内部形質と表面構造によって soft、 intermediate、hard、ulcer の4群に分類し、プラークを認めなかった場合を対照群として計5群の間で検査値 の違いを比較検討した。【結果】プラークの内部に柔らかい脂質コアがあるとされる soft 群は対照群と比較して MDA-LDL が高値を示し、HDL は低値を示す傾向が見られた。また、soft 群は対照群と比較して、MDA-LDL を各脂質検査値で除して相対的に比較した値も高値を示す傾向が見られた。【結論】LDL と TC だけで動脈硬化 の状態について評価するのは不十分である可能性が示唆された。無症状の健診受診者においても MDA-LDL を他 の脂質検査と併せて測定することで、動脈硬化の状態をより詳細に評価し、個々の受診者に合わせて生活指導や 治療に役立てられる可能性が考えられた。 (総合健診.2012;39:261-266.) キーワード マロンジアルデヒド修飾低比重リポ蛋白、健康診断、頸動脈超音波、動脈硬化
抄 録
原 著
原 著
健診受診者におけるmalondialdehyde-modified
LDL(MDA-LDL)の有用性
林 務
1)木村 緑
2)渡邉 多代
2)小笠原英治
2)病院健康管理センターで脳ドックを受診した者525 名を対象とした。但し、脳血管疾患もしくは冠動脈 疾患の既往があるか、同疾患で現在通院中の者は無 症候とはいえないため検討対象から除外した。ま た、上記既往歴や自覚症状がない場合であっても、 受診時の内科診察において脳血管疾患によると思 われる所見がみられた場合も、無症候ではないと判 断し検討対象から除外した。 ▶▶▶ 方 法 ────────────── 早朝空腹時に真空採血管を使用してMDA-LDLを 含む採血を行った。検体は採血後30分以内に遠心分 離し、得られた血清を測定に使用した。遠心分離の 条件はKUBOTA5930で3300rpm、8分間遠心(1 回)とした。測定した項目は、MDA-LDL、低比重 リポ蛋白コレステロール(LDL)、高比重リポ蛋白 コレステロール(HDL)、血清総コレステロール (TC)、血清中性脂肪(TG)とした。各検査項目の 測定には、LDL-Cはデタミナー L LDL-C、TCはデ タミナー L TCⅡ、HDL-CはメタボリードHDL-C、 TGはデタミナー L TGⅡを用いて院内測定した。測 定機器には東芝メディカルシステムズ製TBAc16000 を使用した。MDA-LDLは(株)エス・アール・エ ルに委託して測定した。頸動脈超音波検査は、東芝 製超音波検査機械SSA-660Aで7.5MHzリニアプロー ベを用いて両側の総頸動脈から内頸動脈にかけて 観察し、観察可能であった範囲の内膜中膜複合体厚 が1.1mm以上の限局性隆起性変化をプラークとし た。観察されたプラークの性状を検査技師が撮影し た静止画像をもとに次の基準で結果判定担当医師 が分類して検討に使用した。観察されたプラークの 内部が周囲の内膜中膜複合体よりも高輝度である ものをhard(以下H群)、内部に低輝度の部分を持 つものを soft(以下S群)、周囲の内膜中膜複合体と 同じ輝度であるものを intermediate(以下I群)、表 面に潰瘍を形成している群(ulcer群)の4群に分類 し、プラークが観察されず、かつ内膜中膜複合体の 最大厚が1.0mm以下であった群をnormal(以下N 群)と分類して合計5群の間で検討した。また、観 察した範囲に複数のプラークが認められた場合の 群分けは、表面の性状が著しく不整である、または エコー輝度が低いもので狭窄が強いものはイベン トをおこしやすいとされることから8)、潰瘍形成が 認められた群、S群、H群、I群の順で優先した。検 討に際して、MDA-LDLはLDL-CおよびTCと正の 相関が見られること、冠動脈疾患患者においては MDA-LDL/LDL-Cが高値であることが報告されて いることから5)、単独で比較に用いるだけでなく、 MDA-LDLをLDL-Cで除した値(MDA/LDL)、MDA-LDLをTCで除した値(MDA/TC)、MDA-LDLを HDL-Cで除した値(MDA/HDL)、MDA-LDLをTG で除した値(MDA/TG)の4種についても用いるこ とにした。得られた値は、べき乗変換と原点の移動 male(n=203) female(n=135)
Mean ± SD min Max Mean ± SD min Max AGE 57.6 ± 11.85 30.3 88.2 56.0 ± 11.65 29.6 88.3 SBP 123.4 ± 16.18 84 172 116.5 ± 15.99 81 160 DBP 75.3 ± 10.43 53 114 70.8 ± 10.52 47 98 TC 200.5 ± 28.18 135 269 205.9 ± 33.86 137 339 HDL 60.6 ± 14.68 36 116 75.7 ± 16.23 36 125 LDL 124.1 ± 25.72 51 199 120.7 ± 31.56 67 254 TG 145.9 ± 96.28 27 778 88.0 ± 43.62 26 234 MDA-LDL 128.6 ± 41.71 41 289 103.4 ± 38.24 43 255 HbA1c(JDS) 5.56 ± 0.718 4.7 10.5 5.34 ± 0.396 4.5 7.5 BG 111.0 ± 21.39 80 231 100.06 ± 12.00 81 166 SBP: systolic blood pressure, DBP: diastlic blood pressure, TC: total cholesterol, HDL: high-density lipoproteine cholesterol, LDL: low-density lipoproteine cholesterol,TG: triglyceride, MDA-LDL: malondialdehyde-modified LDL cholesterol,BG: blood glucose
健診における MDA-LDL の意義
によりできる限り正規化して使用した。各群の間で の有意差の検定にはt-testを用いた。有意水準は0.05 とした。解析には、MS-ACCESS(2007)、MS-EXCEL (2007)、Stat-Flex(ver 5.0)をWindows Vista Home
Premium service pack 2上で使用した。
▶▶▶ 結 果 ────────────── 除外後の検討対象者は男性203名、女性135名であ った。表1に検討対象者の主な検査結果を示した。 表2は脂質検査の結果をプラークの形質によって 分類した結果である。内訳はN群145名、I群189名、 S群3名、H群1名でulcer群はいなかった。また、 H群に属する受診者は1名だけであったためt-test による検定ができず、検討対象から除外した。各群 の間での脂質検査値を比較すると次のようになっ た(表3)。TCとLDL、HDLではS群が最も低く、 TGとMDA-LDLは、N群が最も低かった。MDA/ TCとMDA/HDL、MDA/LDLの3種はいずれもN 群が最も低く、S群が最も高い値を示していた。t-test で有意な差を認めたものは、HDL、LDL、TG、MDA-LDL、MDA/TCのN群とI群の間だけで、その他の 項目間では有意な差が認められなかった(表2)。 ▶▶▶ 考 察 ────────────── 1989年にLDLが酸化変性して生じた酸化LDLが 動脈硬化の進展において重要な役割を果たしてい るという酸化LDL仮説が提唱され、動脈硬化におい て酸化LDLが注目されるようになった。酸化LDL仮 説とは、酸化変性したLDLが血管内皮細胞に複数の 接着因子および遊走因子を発現させ、内皮細胞に血 液中の単球を接着させ、単球の血管内皮下への遊走 とマクロファージへの分化を促し、内皮下ではマク ロファージのスカベンジャーレセプターを介して 内皮下に存在する酸化LDLを取り込ませることで 脂肪滴を過剰に集積した泡沫細胞を形成させ、その 泡沫細胞が血管内皮下に集積して動脈硬化初期病 変をつくり、さらにマクロファージや血管平滑筋の 増殖を酸化LDLが促進して動脈硬化を進展させプ ラークを形成する、というものである。 この酸化LDLの成因は次のように考えられてい る。LDLはアポ蛋白Bとコレステロールなどの脂質 から構成されており、その粒子の内外で抗酸化物質 によって保護されているが、スーパーオキシドやヒ ドロキシラジカルなどによる酸化ストレスが酸化 防御能力を上回ると抗酸化物質が消失して不飽和 脂質の過酸化が進行し、脂肪酸の分解産物としてア ルデヒドやケトン類が生じてアポ蛋白Bを修飾する
表2 Mean ± SDs of serum lipid level between plaque group
N group (n=145) I group (n=189) S group (n=3) H group (n=1) TC 199.6 ± 29.42 205.4 ± 31.51 181.7 ± 18.18 182.0 ± 0.00 HDL 69.4 ± 16.95 64.5 ± 16.73** 55.3 ± 17.62 87.0 ± 0.00 LDL 118.3 ± 26.18 126.6 ± 29.2** 105.7 ± 29.02 92.0 ± 0.00 TG 117.0 ± 90.63 126.8 ± 78.79* 166.7 ± 125.90 66.0 ± 0.00 MDA-LDL 112.4 ± 41.46 123.5 ± 42.41** 118.0 ± 23.64 75.0 ± 0.00 MDA/TC 0.56 ± 0.169 0.60 ± 0.181** 0.65 ± 0.089 0.41 ± 0.000 MDA/HDL 1.79 ± 1.000 2.11 ± 1.083 2.31 ± 0.890 0.86 ± 0.000 MDA/LDL 0.95 ± 0.264 0.98 ± 0.259 1.14 ± 0.141 0.82 ± 0.000 MDA/TG 1.27 ± 0.692 1.20 ± 0.638 1.02 ± 0.648 1.14 ± 0.000 *: p<0.05, **: p<0.01 vs N group
表3 Comparison of lipid values by type of plaque Max mid min
TC I N S HDL N I S LDL I N S TG I S N MDA-LDL I S N MDA/TC S I N MDA/HDL S I N MDA/LDL S I N MDA/TG N S I
考えられている。すなわち酸化LDLは、LDLが酸化 的変性を受けて生じる多種多様の物質の総称であ り、不均一な粒子であるため、酸化LDL全体を測定 する検査はいまだない。しかし、酸化LDLの中で malondialdehyde により酸化修飾を受けた MDA-LDLについては測定系が開発され臨床応用されて いる2)。このMDA-LDLについては、LDLサイズと 逆相関する9)、冠動脈疾患患者では高値を示す3, 5)、 糖尿病患者で冠動脈疾患を認めるときはMDA-LDL と MDA/LDL が高値である6)、MDA-LDL と HDL がプラーク体積の退縮率と相関する因子である10)、 アテローム血栓性脳梗塞患者においてMDA-LDLは 増加している11)といった報告からMDA-LDLは動脈 硬化性変化に影響しているものとされ注目されて いる。 しかし、今までの報告はすでに動脈硬化性疾患を 発症した者における検討であり、無症状の者に対し て検討した報告はなく、健常者を対象とする健康診 断に応用できる可能性についての検討はいまだな されていない。そこで健康診断受診者を対象として MDA-LDLを測定し、頸動脈超音波検査の画像とを 比較検討し、健康診断への応用について検討するこ とにした。頸動脈超音波検査の指標としては内膜中 膜複合体の最大厚、プラークスコア、プラークの質 や形状、狭窄率など様々なものが知られている。こ れらのうちプラークの質に着目した場合に本検討 におけるS群、すなわち内部に低エコー領域を持つ プラークは、脂質成分が多く繊維成分が少ない、ま たは内部に出血しているため破綻しやすいとされ、 心血管イベントとの関連が指摘されている8, 12)。同 様にプラーク表面が潰瘍状を示す場合はプラーク 表面が崩壊して潰瘍を形成しているとされ、そこで は出血と細かな血栓の形成と剥離が起きていると 言われており、脳梗塞との関連が指摘されている13)。 そこで、頸動脈超音波検査で観察されたプラークを その内部性状と表面の形状で分類して指標とし、 MDA-LDLを含めた脂質検査を比較検討することに した。 その結果、S群はN群と比較してTCとLDLは低 値であり、この2種の脂質が多いからという理由で プラークが破綻しやすく、心血管イベントを発症す る危険性が高いと言い切ることはできない結果で あった。これは従来言われている高LDL血症は心血 管イベントの危険因子であるという考えとは異な しており、低HDL血症と内部が低エコーのプラー クが形成されやすいこととの関連を示唆している と考えられ、従来言われている低HDL血症は心血 管イベントの危険因子であることと合致していた。 TGとMDA-LDLでは、S群がN群とI群の間に位置 しており、プラークの質との関係について、TG、 MDA-LDL両者とも単独で見た場合には不明確であ った。しかし、MDA-LDLと各脂質の比を取った場 合、MDA/TG以外の3項目でS群が最も高かったこ とは、LDL、TC、HDLと比較してMDA-LDLが相 対的に多い場合は内部に脂質成分が多い軟らかい プラークを形成しやすい、またはすでに形成されて いるかプラーク内出血があるということを示唆し ているものと考えられ、心血管イベントが起こりや すい状態にあることを示しているという過去の報 告に一致する。このことは、LDLとTCでプラーク 形成またはプラーク破綻の危険性を推定するだけ でなく、MDA-LDLのLDL(またはTC)に対する 比率についても考慮する必要があることを示して いると考えられる。すなわち、LDLとTCだけでは なく、MDA-LDLを併用することで、脂質異常症に 伴う危険性をより細かく判断できる可能性を示し ていると思われる。HDLについては、HDLが基準 値の範囲内であってもHDLと比してMDA-LDLが多 い場合でのプラーク形成またはプラーク破綻の危 険性の推定については判断できなかった。この点に ついては今後の検討が必要と思われる。 以上から、MDA-LDLがLDL、TCと比較して多 量に存在する場合は、プラークが形成されやすい、 または既にプラークが形成され破綻しやすい状態 であることを示しているものと思われ、糖尿病患者 における経皮的冠動脈形成術などによる治療後の 再狭窄や冠動脈疾患の予後予測のマーカーになる という報告3, 4)と一致するものと考えられる。しか し、今回の検討は無症状の者を対象としており、い まだ冠動脈疾患などを発症していない例であって も同様の状態にあることを示しているものと考え られ、無症候であっても将来の危険を指し示すもの として考えると、予防医療である健診の現場におい て有用と考えられる。 今回の結果では、統計学的に明らかな有意差が認 められたものはすべてN群とI群の間だけであって、 S群との間には認められなかった。これは、S群に該 当する場合、すでに心血管イベントを発症して通院
健診における MDA-LDL の意義 治療を受けていて健康診断を受診するものが少な いこと、受診していても無症候であることを条件と した今回の検討では対象にならなかったことが影 響したと考えられる。無症候のS群の受診者を集め ることは今後の検討課題としたい。 ▶▶▶ 結 語 ────────────── 無症候である健康診断受診者を対象にしてMDA-LDLを測定し、頸動脈超音波と比較してその有用性 について検討した。その結果、MDA-LDLを他の脂 質検査と併せて測定し、評価することで、受診者の 動脈硬化の状態をより細かく把握することが可能 と考えられ、健診において有用である可能性が示唆 された。 本研究は2010年度日本総合健診医学会学術奨励 助成によるものである。 ▶▶▶ 参考文献 ─────────────
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LDL (MDA-LDL) at health evaluation
Tsutomu Hayashi
1), Midori Kimura
2), Kazuyo Watanabe
2), Hideharu Ogasawara
2)1) Japan Labor Health and Welfare Organization Kanto Rosai Hospital Department of Laboratory Medicine 2) Japan Labor Health and Welfare Organization Kanto Rosai Hospital Medical Screening Center