緩勾配底面上の下層密度流の流動特性 水圏環境工学研究室 山田 陽子 1.はじめに 重い流体が軽い流体の底部を流動する現象は下層 密度流と呼ばれ,水工学に密接に関係するものであ る.典型例は洪水時における貯水池の濁水密度流, 放射冷却による山地斜面での冷気流,海底地震によ り発生する海底での乱泥流などである.これらの下 層密度流は,環境汚染や人的被害をもたらし,その 予測は環境保全上および防災上重要な課題である. 下層傾斜密度流は,特有の形状を持ち強い渦運動 を持つ先端部と,その後方の比較的定常な流れの部 分から構成されている.また,密度噴流現象の分類 手法として,浮力流体が連続的に供給されるものと 短時間のうちに供給されるものに大別し,前者はプ リューム,後者はサーマルと呼んでいる.現実にお いては浮力流体の供給状態が時間的に変化するのが 一般的であり,その意味ではプリュームとサーマル は密度噴流の2つの極限的なケースといえる. 本研究は『水平サーマル』,『傾斜サーマル』につ いて,淡・塩水を用いた室内水路実験によりその流 動特性を検討するものである.本研究では先端部の 形状変化に注目し流動厚さ,先端速度,などの諸量 の変化特性,および水理条件との関係などを調べた. 2.水平サーマル 2.1 実験方法 実験装置は図-1 に示すように,長さ 600cm,幅 60cm,高さ 20cm の外水槽内に長さ 460cm,幅 15cm, 高さ7cm の測定水路を設けたものである. 測定水路は仕切りとゲートを有している. 実験に 先立ち外水槽内を水道水で満たしながら,ゲートと 仕切りの間に所定の体積・濃度の着色塩水を水道水 の水位と同じになるよう貯留した.また供給する塩 水の体積を変化させた条件で実験を行ったため,塩 水貯留部の仕切り板は取り外し可能にした.なお, 実験ではゲートを開放することにより流れを発生さ せたが,これはゲートを水路底面の下方に落下して ゲート上端の高さが測定水路の底面の高さに一致す るようにした.実験条件は表-1 に示すように測定 図-1 実験装置概略図 表-1 実験条件 実験No.塩水体積 相対密度差 Ho 傾斜角 Lb/Ho (l) Δρ/ρ (cm) (゜) 1L-1 1 0.02 5 0 2.67 1L-2 0.02 5 0 2.67 1L-3 0.02 5 0 2.67 1L-4 0.02 5 0 2.67 3L-1 3 0.02 5 0 8 3L-2 0.02 5 0 8 3L-3 0.02 5 0 8 6L-1 6 0.02 5 0 16 6L-2 0.02 5 0 16 6L-3 0.02 5 0 16 9L-2 9 0.02 5 0 24 9L-3 0.02 5 0 24 9L-4 0.02 5 0 24 図-2 諸量の定義 水路を水平に設置した条件のもとで行った.表中 H0はゲート位置水深,Lbは塩水貯留部の長さであ る.また再現性の確認のため同一条件で3 回以上実 験を行った. 2.2 実験結果 2.2.1 諸量の定義 下層密度流の特性を記述するため先端部および後 続部の流れの状況を示す諸量を図-2 のように定義 する.ただしここではθ=0 である.先端部は最先 端部から①に示す,くびれた点までとし,後続部は
それより後方の部分とする.また先端部と後続部の 境界近くで間欠的に渦が放出され,このようなくび れが明確に定義的ない時間帯が存在する.後で先端 部の長さを議論するが,そこでは明確なくびれがあ る時のみを取り扱っている.ゲート位置を原点とし, ゲート位置から先端までの距離を xf,先端移動速度 をuf,最大流動厚さをδmax,先端部長さをL,定常部 厚さをδs とした. 2.2.2 先端部の流況 先端部の進行状況を図-3 に示す.既往の研究によ り先端部は流下方向にほぼ相似な形状を保ちながら 進行することが報告されているが本実験でも同様な 結果が得られた. a) 先端移動速度 水平サーマルに関する既往の研究により,下層密 度流の先端は最初ほぼ一定の速度で進んだ後減速す ることが明らかにされている.先端移動速度の時間 変化を図-4 に示す.先端移動速度は塩水体積 9 リッ トルの場合を除いてしばらくほぼ等速運動した後 徐々に減速している.塩水体積 9 リットルの場合は 減速傾向であるが周期性が顕著に見られる.これは 塩水体積 9 リットルでは先端部の渦運動が大きいた め周期性が顕著に現れたと推察される.また供給体 積で比較すると全ての条件で初期の先端移動速度は 同程度である. b) 先端最大厚さ 先端部の渦運動は,先端最大厚さに大きく影響を 与えると推察され,この変化を調べるために先端最 大厚さの時間変化を図-5 に示す.先端最大厚さはゲ ート開放後しばらくはほぼ一定であるがその後徐々 に減少する.この減少傾向は塩水体積 1 リットルの 実験では速く 3,6,9 リットルの実験で同程度であ る.ただし前述のように塩水体積 9 リットルでは周 期性が見られる. 塩水体積 9 リットルで見られる周期性は,先端移 動速度の周期性と同様で,先端部に生ずる渦放出運 動が影響していると推察される.したがって先端部 の流況を詳細に検討する必要がある.図-6 は流況の 概略図である.先端部は a,b,c の順で変化し,a からb では,先端部は周囲流体を押しのけるように して進行するため先端部では比較的大きな抵抗を受 け,先端移動速度は後続部の流速よりも遅くなる. 6L-2 α xf(mm) hx (mm) 11000 1200 1300 25 50 図-3 先端部の流況 図-4 先端移動速度 図-5 先端最大厚さ 図-6 流況の概略図 Δ t ( s ) u( m m /s ) 1 L -2 3 L -3 6 L -1 9 L -3 0 1 0 2 0 3 0 4 0 5 0 6 0 7 0 1 0 2 0 3 0 4 0 5 0 Δ t ( s ) δ max(mm) 1 L -2 3 L -3 6 L -1 9 L -3 0 1 0 2 0 3 0 4 0 5 0 6 0 7 0 1 0 2 0 3 0 4 0 5 0
このため後続部の流れが先端部に流入し,先端部の 体積が増加する.この先端部の体積の増加は,厚さ の増大と長さの増大として現れる.下層密度流を構 成する流体は周囲流体より重いため,厚さの増大は 駆動力の増大となり流れを加速する.その一方で先 端部の厚さの増加は形状抵抗を増す.さらに,周囲 流体を連行して希釈すると減速の傾向となる.また 密度流先端部の進行とともにその密度界面に沿って 渦度が集積し,これが限界に達すると渦が放出し, それに伴って下層流体の一部も放出する(b→c). また,渦が放出されると先端部内には放出される渦 と逆向きの循環が生じ,マグナス効果により厚さを 抑える方向に作用する.この渦放出により先端最大 厚さは小さくなり,流れは減速する.c の状態まで 先端部は渦を放出し,先端最大厚さが後続部厚さと ほぼ等しくなると再び後続部の流れが先端部に流入 し,先端部の体積が増加する. c) 先端部長さ 先端部長さの時間変化を図-7 に示す.前述のよう に先端長はくびれが明確なときのみ定義している. 先端長は全ての条件で減少傾向であり,その度合い は塩水体積1 リットルで大きくなっている.また塩 水体積3,6,9 リットルでは減少したのち一定値に 近づいている. d) 先端形状 先端部形状の変化の重要性は前にも述べた.先端 部の形態を調べるために先端部長さと最大厚さの関 係を図-8 に示す.先端部形状は若干の差異はあるも のの縦横比が 1:2 の偏平なものからより偏平なも のが存在することがわかる.また先端最大厚さと先 端部長さの関係は全ての条件で同じようなグラフと なることから,初期水深(H0)が等しい場合,本実 験のLb/H0の範囲では先端部長さと先端最大厚さの 比は貯水部の長さに依存しないと言える. e) 先端形状の時間変化 図-9 は時間経過に対する先端長と先端最大厚さ の比を示す.全ての条件で先端長/先端最大厚さはは じめ減少傾向であるが,その後一定値に値近づいて いる.先端最大厚さ/先端部長さは全ての条件におい て時間経過とともに減少していることから先端長/ 先端最大厚さが減少するということは,先端最大厚 さの減少より先端長の減少が大きいことが考えられ Δ t ( s ) L( mm) 1L -2 3L -3 6L -1 9L -3 0 1 0 2 0 3 0 4 0 5 0 6 0 7 0 2 0 4 0 6 0 8 0 1 0 0 1 2 0 1 4 0 図-7 先端部長さ L (m m ) δ m ax (mm ) 1 L -2 3 L -3 6 L -1 9 L -3 0 2 0 4 0 6 0 8 0 1 0 0 1 2 0 1 0 2 0 3 0 4 0 5 0 図-8 先端形状 Δ t / Δ t o L/δ ma x 1 L -2 3 L -3 6 L -1 9 L -3 0 1 0 2 0 3 0 4 0 5 0 6 0 7 0 1 2 3 4 5 6 7 図-9 先端形状の時間変化 る.したがって,先端部は時間経過とともに小さく なる.またこの傾向は塩水体積に関係なく形状比が 2 程度の一定な値である. 3.傾斜サーマル 3.1 実験方法 実験装置は図-10 に示すように,長さ550cm,幅 70cm,高さ 70cm,の外水槽内に長さ 460cm,幅 15cm,高さ 7cm の水平サーマルに用いた測定水路 を設置したものである. 測定水路は総アクリル製で,河床勾配が tanθ=
1/60 になるように設置した.測定水路の構造や実験 の方法は水平サーマルの場合と同様である.実験条 件は表-2 に示すように河床勾配を1/60 の条件で行 った.また再現性の確認のため同一条件で3 回以上 実験を行った. 3.2 実験結果 3.2.1 諸量の定義 下層密度流の特性を記述するため先端部および定 常部の諸量を水平サーマルの場合と同様に図-2 の ように定義する. 3.2.2 先端部の流況 先端部の形状を図-11 に示す.既往の研究により 先端部の形状は流下方向にほぼ相似な形状を保ちな がら流下すると考えられているが本実験でも同様な 結果が得られた. a) 先端移動速度 傾斜サーマルに関する既往の研究により,傾斜サ ーマルは流動開始後加速して最大速度に達したのち 減速することが明らかにされている.本実験ではそ の後の挙動が明らかになった.先端移動速度の時間 変化を図-12 に示す.全ての条件で先端移動速度は はじめ減速し,その後加速,再び減速する傾向が見 られる.したがって傾斜サーマルでは流動開始後加 速して最大速度に達したのち減速したあと,再び加 速して減速することが推察される. またゲート位置水深が大きいほど先端移動速度は 速くなっており,この傾向は先端移動速度が速度ス ケール 1 2 0 0 / ) / gH ( u = ∆ρ ρ の半分程度の値をとると いう既報と対応している. b) 先端最大厚さ 先端最大厚さの時間変化を図-13 に示す.先端最大 厚さは全ての条件で周期性はあるものの均してみる と,流れ開始後の経過時間によりあまり変化しない. これは傾斜がついていることで後続部の流速が速く, 先端部への流入が大きいためだと考えられる.この 平均的な速度を2,4,6 リットルの条件で比較する と塩水体積が大きいほど速度は大きくなり,先端最 大厚さは傾斜が一定の場合,供給体積に応じてゲー ト位置水深が変化することに対応すると考えられる. なお,より急な勾配では最大厚さは増大する傾向が あり,水平の場合を考え合わせると,勾配による厚 さの増減の領域区分も今後の問題として興味深い. 図-10 実験装置概略図 表-2 実験条件 実験No. 塩水体積 相対密度差 Ho 河床勾配 (l) Δρ/ρ (cm) 2L-2 2 0.02 2.1 1/60 2L-3 0.02 2.1 1/60 2L-8 0.02 2.1 1/60 4L-1 4 0.02 3.6 1/60 4L-2 0.02 3.6 1/60 6L-1 6 0.02 4.8 1/60 6L-2 0.02 4.8 1/60 4L-2 α xf(mm) hx(m m ) 10000 1100 1200 25 50 図-11 先端部の流況 Δ t ( s ) u( m m /s ) 2 L -3 4 L -2 6 L -2 0 1 0 2 0 3 0 4 0 5 0 6 0 7 0 1 0 2 0 3 0 4 0 5 0 図-12 先端移動速度 また全ての条件で見られる周期性に注目すると, 先端最大厚さでは全域に見られるのに対し,図-12 で示した先端移動速度では前半にしか見られない. したがってこの周期性はゲート開放によるものと先 端部が形成された後の渦運動に分けて考える必要が ある. c) 先端部長さ 先端部長さの時間変化を図-14 に示す.全て条件 先端部長さは減少傾向であり,塩水体積 2,4 リッ トルではその後一定値をとっている.
d) 先端形状 先端部の形態を調べるために先端部長さと最大厚 さの関係を図-15 に示す.全ての条件で先端長に対 する先端最大厚さは1つの部分に集合した形をとっ ている.したがって先端長に対する先端最大厚さは 塩水体積に依存し,塩水体積が大きくなるほど,先 端形状は大きくなると推察される. e) 先端形状の時間変化 図-16 は時間経過による先端長/先端最大厚さの変 化を示す.全ての条件で先端長/先端最大厚さははじ め減少傾向であるが,その後ほぼ一定となっている. 先端最大厚さは周期性があるもののほぼ一定であり, 先端長はゲート開放後しばらく減少するがその後ほ ぼ一定となるためである.したがって先端部の大き さははじめ先端長だけが減少するもののその後ほぼ 一定の大きさを保つことが推察される.この先端長 の減少はゲート開放によるものであり,先端部が安 定すると,一定値がほぼ2 であることから先端長が 先端最大厚さのほぼ2 倍で推移すると推察される. 4.流れのその他の特徴 本研究では瞬間流出する下層密度流の検討を行っ ている.この瞬間流出する下層密度流の流動形態は, ゲート開放直後と,先端部が形成されたあとでは異 なり,それぞれを詳細に検討する必要がある. 4.1 ゲート開放直後の流動 ゲート開放直後の流動は図-17 に示すように,ゲー ト開放と同時に重力により流れが始まり加速が生じ る.この時点では最先端部が最も速く,流れ学でい う伸びの運動が生じている.すなわち,後続部の流 速が先端部の流速より遅いため後続部からの先端部 への侵入はなく,むしろ引き伸ばされる形で,先端 最大厚さが小さくなると同時に先端移動速度も減速 する.すると,先端移動速度が後続部の流速がより 遅くなり,先端部の形成がはじまり先端最大厚さは 増大するようになり,先端移動速度も加速される. 4.2 先端部形成後の流動 先端部が形成されると先端部の密度界面に沿って 最先端から境界層が発達して渦度の集積が起こる. 渦度がある限界に達すると渦が放出される.図-18 には渦放出の発生周波数を塩水体積に対して図示し ている.この先端部の渦放出の周波数の性質は水平 Δ t ( s ) δ m ax (m m) 2 L -3 4 L -2 6 L -2 0 1 0 2 0 3 0 4 0 5 0 6 0 7 0 1 0 2 0 3 0 4 0 5 0 図-13 先端最大厚さ Δ t ( s ) L( mm) 2L -3 4L -2 6L -2 0 1 0 2 0 3 0 4 0 5 0 6 0 7 0 2 0 4 0 6 0 8 0 1 0 0 1 2 0 1 4 0 図-14 先端部長さ L (m m ) δ max (mm) 2 L -3 4 L -2 6 L -2 0 2 0 4 0 6 0 8 0 1 0 0 1 2 0 1 0 2 0 3 0 4 0 5 0 図-15 先端形状 Δ t / Δ t o L/δ ma x 2 L -3 4 L -2 6 L -2 0 1 0 2 0 3 0 4 0 5 0 6 0 7 0 1 2 3 4 5 6 7 図-16 先端形状の時間変化
サーマルと傾斜サーマルでは多少異なるので,図-18 には渦の発生周波数を両方のケースに分けて示した. 水平サーマル,傾斜サーマルの双方で塩水体積が 大きくなると渦の発生周波数は大きくなっている. これは塩水体積が大きいと後続部からの塩水の浸入 が大きく,底面付近の流速が速くなる.このため境 界面の界面せん断応力が大きくなり渦度の集積が短 時間に行われ,頻繁に渦を放出すると考えられる. 同一の塩水体積の場合に傾斜サーマルのほうが水 平サーマルに比べて渦発生周波数が大きい.これは 流 れ の 駆 動 力 が 傾 斜 サ ー マ ル の 場 合 に は