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シラー美学における政治的両義性について

―詩的正義との関わりで―

はじめに 数々の戯曲や思想詩,バラードでドイツ文学史に大きな存在感を放っているフリード リヒ・シラーは,主に1790年代に取り組んだ美学論文によって,近代美学の発展にも 大きな役割を果たしたことが知られている。シラーは美学の領域を,美と感性の問題圏 から人間学や教育学,歴史哲学にまで押し広げた。美および芸術が,フマニスムスの理 想実現のために必要不可欠だと情熱的に説く美学思想は,「ドイツにおける人間主義美学 の絶頂」とも称され,高い評価を受けてきたのである。1) またそれだけではなく,20 紀の哲学との関わりの中から,シラー美学の思想としてのアクチュアリティも,繰り返 し言及されてきた。2) シラー研究は彼の没後200年である2006年前後から,美学研究に とどまらず全般的な盛り上がりを見せているが,そこではシラーが近代以降のさまざま な分野に与えた積極的な影響が,改めて強調されている。3) この人間主義美学の現代における重要性を改めて認識させるのは,これが現代の教育 および社会問題に積極的な発言を行っているアメリカの哲学者・倫理学者マーサ・C・ —————————  1)  Vgl. Lothar Bornscheuer: Zum Bedarf an einem anthropologiegeschichtlichen Inter­ pretationshorizont. In: Germanistik — Forschungsstand und Perspektiven. 2. Teil. Hrsg. von  Georg Stötzel. Berlin / New York (Walter de Gruyter) 1985, S. 420–438, hier S. 432. ボルン ショイアーによれば,18 世紀後半は人間学や美学,文学への関心が一つに収斂する時期 であった。シラーの美学がその傾向の頂点だと言うのは,それが美および芸術に,個人・ 種族・社会を統合するような最高度の価値を与えたからである。  2)  一例として,ジャン=フランソワ・リオタールの崇高論に刺激を受けて,シラー の崇高概念を再評価するツェレの研究を参照。Vgl. Carsten Zelle: Die Notstandsgesetzge­ bung im ästhetischen Staat. Anthropologische Aporien in Schillers philosophischen Schriften.  In: Der ganze Mensch. Anthropologie und Literatur im 18. Jahrhundert. Hrsg. von Hans­ Jürgen Schings. Stuttgart / Weimar (Metzler) 1994, S. 440–468.  3)  2006 年前後には多くのシンポジウムが開催され,それを活字化した論文集も多 く出版された。この時期の研究動向に関しては,アルトの報告を参照。Vgl. Peter­André  Alt: Einführung.  In: Schiller, der Spieler. Hrsg. von dems. Göttingen (Wallstein) 2013, S. 7–15.  同時期に書き下ろされたザフランスキによるシラーの伝記でも,シラーが観念論哲学, 芸術哲学,社会理論,教育学など,当時興隆しつつあった多くの知的領域に関わり,そ れらを賦活する役割を担ったという点が強調されている。Vgl. Rüdiger Safranski: Friedrich  Schiller oder die Erfindung des Deutschen Idealismus. München / Wien (Carl Hanser) 2004,  bes. S. 14, 409.

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ヌスバウムの思想と,多くの共通性を持っているという事実である。ヌスバウムは,過 度な経済功利主義,科学主義によってもたらされた昨今の人文科学および人文主義の危 機,ひいてはデモクラシー全体の危機に懸念を表明し,文学的な想像力,共感力が培う 公正の概念,「詩的正義」の必要性を訴えている。4) この思想は近年の著作『利潤のため ではなく』(2010)において,文学や芸術の効用を重視する「人間開発パラダイム」とい う一種の教育論に結実する。5) ヌスバウムとシラーの共通性に関しては次章で改めて言 及するが,例えばシラーが,有名な美学論文『人間の美的教育について』で展開した美 や芸術を根幹に据える教育論,そこでなされる近代資本主義社会における功利主義やエ ゴイズムへの批判など,二人の思想には注目すべき類似点が数多く存在する。6) シラー はヒューマニズムと芸術,そして教育をめぐる思想をヌスバウムに200年ほど先駆けて 展開し,詩的正義の可能性をいち早く追求していたのである。 ヌスバウムが芸術に政治的な力を認めているように,シラーも美および美的芸術に対 し,それが理想的な社会の実現にとって有用であると見なすことで,強い政治性を付与 している。7) 芸術の自律性を柱とする古典主義美学は,唯美主義ないし芸術至上主義と 親和性が高く,もちろんシラー美学にもこれらの要素は多分に含まれている。8) しかし 他方で,シラーは美と政治,芸術と政治の関わりについて常に意識的だったのである。 そしてこのシラーの政治意識もまた,鋭い洞察力に裏打ちされた先見性を持っていると いう点で高い評価を得ている。9) —————————  4)  Vgl. Martha C. Nussbaum: Poetic Justice. The literary imagination and public life.  Boston (Beacon) 1995, S. 120f.

 5)  Vgl.  Nussbaum:  Not  for  profit.  Why  democracy  needs  the  humanities.  Princeton  (Princeton University) 2010, S. 24.

 6)  シラーとヌスバウムの共通性に関しては,両者の拠って立つ思想伝統や哲学概念 に,少なからぬ異同があるためか,指摘されること自体まれである。管見の限りでは, フリックが,倫理学において芸術の機能を重視する思想家に,シラー,フーコー,ヌス バウムを挙げている研究が唯一である。Vgl. Werner Frick: Spiel, Versöhnung, ästhetischer  Staat:  Reflexe  Schillers  im  kunstphilosophischen  Diskurs  der  Spät­  und  Postmoderne.  In:  Friedrich Schiller und der Weg in die Moderne. Hrsg. von Walter Hinderer. Würzburg (Königs­ hausen & Neumann) 2006, S. 119–141, hier S. 134.  7)  シラーにおける美の政治性に関しては本論で詳述。ヌスバウムも,文学に接する ことで培われる「政治における想像力の力」を重視すると明言している。Vgl. Nussbaum  (1995), S. 11.  8)  芸術の自律性の思想はシラーにおいて,カント哲学との関連が深い(本稿第 2 章 参照)。カール・フィリップ・モーリツにおける自律性概念,唯美主義もこの文脈に位置 づけられよう。Vgl. dazu Peter Szondi: Poetik und Geschichtsphilosophie I. Frankfurt a. M.  (Suhrkamp) 1974, S. 97f.  9)  この点に関する評価は確固としており,数多くの指摘がある。ザフランスキは, シラーの政治ないし社会への洞察が,最初期の資本主義批判として,ヘーゲルやマルク ス,マックス・ヴェーバーらを先駆けるものだと高く評価している。Vgl. Rüdiger Safranski:  Romantik. Eine deutsche Affäre. Frankfurt a. M. (Fischer) 2009, S. 45. 他にもシラー美学を,

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しかしここで注目したいのが,シラー美学の政治的な側面に関して,従来のイメージ に真っ向から対立する主張を展開したポール・ド・マンとテリー・イーグルトンのシ ラー論である。10) 両者はともに,国家や教育の規範としての美ないし美的芸術に,全体 主義にも通じるようなイデオロギー性が存在することを指摘したのである。特にド・マ ンは,「美的教育」や「美的国家」の構想にファシズムとの親近性を暗示して,シラー美 学を激しく批判している。ド・マンとイーグルトンは,シラー美学の中から,それまで 顧みられてこなかった政治的に危うい性質を抽出し,シラー美学研究に一石を投じたの である。 とはいえ,彼らの見解は,以降の研究において支持を得ているとは言い難い。多くの 場合,彼らの論は完全に否定されるか顧みられないかいずれかであり,シラー美学の政 治性は相変わらず高い評価を受け続けているからである。11) 例えば小田部は「美的国家」 の概念を,ホッブズやルソーの国家観に対して,むしろ全体主義的な傾向が巧みに緩和 されていると主張し,この点を高く評価している。12) またミュラー=ザイデルは,シラー 美学が同時代の政治状況への批判として有効な対抗案であったとしつつ,それをファシ ズム的な「美的政治」と混同してはならない,と明言している。13) 確かにド・マンとイー グルトンは,それぞれ独自の思想ないし批評理論に基づいた解釈を行っており,その主 張が極端に傾く嫌いがないわけではない。しかし彼らの見解は,美と政治の,切っても ————————— 仏革命の失敗を克服する共和制実現の政治構想と読み替え,高く評価したバイザーの研 究もある。フレデリック・C・バイザー(杉田孝夫訳): 啓蒙・革命・ロマン主義 近代ド イツ政治思想の起源 1790–1800 年(法政大学出版局)2010[原著 1992],169∼220 頁を参 照。注 12,13,20 も参照のこと。  10)  本論で扱う両者の論は以下。Paul de Man: Aesthetic Formalization: Kleist’s Über das Marionettentheater. In: The rhetoric of romanticism. New York (Columbia University) 1984,  S. 263–290; Terry Eagleton: Schiller and Hegemony. In: The ideology of the aesthetic. Oxford  (Basil Blackwell) 1990, S. 102–119. ド・マンの論文は一見クライスト論であるが,これは クライストの読解を通じてシラー美学批判を展開する論文であり,シラー美学はクライ ストと同等か,それ以上の比重で取り上げられている。  11)  ド・マンやイーグルトンのシラー論に言及したものとしては,例えばツェレや シャイフェレの研究がある。ツェレは,彼らのシラー論を理解が不十分なものとして退 け,シャイフェレはド・マンの論を完全な誤謬だとして強く批判している。Vgl. Carsten  Zelle: Über die ästhetische Erziehung des Menschen in einer Reihe von Briefen (1795). In:  Schiller­Handbuch. Leben — Werk — Wirkung. Hrsg. von Matthias Luserke­Jaqui. Stuttgart /  Weimar (Metzler) 2005, S. 409–445, hier S. 440; エーバーハルト・シャイフェレ(松永美穂 訳): 最終講義 シラーのテーゼ「人間は遊んでいるところでだけ,完全に人間なのです」 が意味するところは何か?[『Waseda Blätter』第 21 号,2014,87∼99 頁]。  12)  小田部胤久: 美学と国家論の交わるところ―〈美的国家〉の意味するもの[『理 想』第 656 号,1995,27∼38 頁]参照。小田部はド・マンとイーグルトンの論を参照し ているものの,論の内容にそれを取り込んでいるわけではない。  13)  Vgl. Walter Müller­Seidel: Friedrich Schiller und Politik. München (Beck) 2009, S. 13.  この研究に,ド・マンやイーグルトンへの言及は存在しない。

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切れない関係を認識するよう迫られた20世紀的な課題への取り組みとして受け取られ るべきであり,シラー美学の今日的な意義を考察する際にこれらを無視することはでき ない。また,美および芸術の政治的な両義性という問題は,それらの社会的な意義が問 われている現在こそ,正面から取り組むべき問題である。 しかしド・マンとイーグルトンの論にも,いくつかの問題点がある。詳論は第2章に 譲るが,両者の論が政治性に焦点を当てているにもかかわらず,シラーの政治意識を不 十分にしか検証していないことや,美と政治が結びつく構造を詳細に分析していないこ とが問題として挙げられる。したがって本稿は,シラー美学の政治性を,従来の肯定的 側面とその逆の否定的側面,双方から具体的に検討し,その政治的両義性を実証的に示 すことを目的とする。そしてこれは同時に,ヌスバウムの「詩的正義」のような,法的 正義の欠陥を芸術によって補完しようとする思想が,可能性としてどのような危険性を 孕むものなのかを,批判的に検討することにもなるだろう。 1–1. シラーの政治意識―カントとの比較から 本節では『人間の美的教育について』(1795年,以下『美的書簡』)におけるシラーの 政治意識を,適宜カント哲学との関係に言及しながら明らかにする。このテクストを選 び,かつカントとの関係に着目することには,以下のような理由がある。そもそもシラー が美学へ取り組んだ出発点には,カントの批判哲学との出会いがあった。シラーは1784 年に友人クリスティアン・ゴットフリート・ケルナーを通じてカント研究を開始し,1790 年代に至って美学論文を立て続けに書き下ろしている。この取り組みの根底には,例え ば1791年の手紙にもあるように,カントを超えようという野心が秘められていた。14) し かし時代的にシラー美学の後期にあたり,独自の思想を最も豊かに展開した『美的書簡』 においても,シラーは自らの主張が「大部分,カントの諸原則に依拠している」(FA8,  557)と断るなど,常にカント哲学に敬意を払い,それとの緊密な関係において自身の美 学を構想していたのである。そして以下に見るように,シラーの政治意識も,このカン ト哲学と切っても切れない関係を持っているのであり,美学論文の中でも特に名高い『美 的書簡』において,美と政治の関わりが最も詳細に語られているのである。 シラーは『美的書簡』の冒頭から展開される現状分析の一環として,「知性の啓蒙 (Aufklärung des Verstandes)」(FA8, 582)が失敗に終わっている状況を批判している。15) この「知性の啓蒙」という表現において,シラーが暗にカント的啓蒙,具体的に言えば —————————  14)  ケルナー宛の手紙の中でシラーは,「カントは私にとって越えられない山ではな いと分かってきた。これからもっと綿密に,カントに取り掛かることにする」と述べて いる。Vgl. Friedrich Schiller: Werke und Briefe in zwölf Bänden. Hrsg. von Rolf­Peter Janz.  Frankfurt a. M. (Deutscher Klassiker Verlag) 1992[以下,FA と略記], Bd. 11, S. 561.  15)  ツェレは,シラーが行った現状批判を,フランス革命批判,近代社会の疎外的状 況への批判,啓蒙主義批判の 3 つに要約している。Vgl. Zelle (2005), S. 411.

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論文『啓蒙とは何か』(1784年)を念頭に置いているのは疑い得ない。16) というのも,そ こでカントが掲げる「啓蒙の標語」が,「敢えて賢かれ!(sapere aude!) 自分自身の3 3 3 3 3 知 性(Verstand)を用いる勇気を持て!」17) と,知性を重視したものだからである。カント への言及を思わせるのは,この箇所だけではない。シラーは現状に対して,「時代は啓蒙 されている(Das Zeitalter ist aufgeklärt)」(FA8, 581),しかし人はなおも「野蛮人」 (ebd.)のままであると述べ,啓蒙が不首尾に終わっているという認識を示している。「時 代は啓蒙されている」というシラーの表現は,カントの「我々は今,啓蒙された3 3 3 3 3 時代 (aufgeklärtes Zeitalter)に生きているのか,と問われたならば,その答えはこうである。 否,しかしおそらく啓蒙3 3 の時代(Zeitalter der Aufklärung)ではある」18) という発言への 批判的応答と考えられる。すなわち,時代が啓蒙されたにもかかわらず,なおも人間が 野蛮なままなのは何故か,というシラーの問いかけは,カント的な啓蒙では不十分だと いう申し立てなのである。 しかしシラーの批判は啓蒙主義を全て否定するものではない。このことを象徴的に示 しているのが,カントと同じ「敢えて賢かれ!」を,シラーが美的教育の標語に用いて いる,という事実である。シラーはこの標語を以下のように解説している。「敢えて賢か れ!(sapere aude!) 賢くあるべく,大胆であれ。教訓に対抗して,自然の慣性や心の 臆病さを持ち出してくる障害と戦うものは,勇気の活力なのだ。」(FA8, 581) シラー は基本的にカントに則りながら,知性から「勇気」という心情的なものへと,わずかに 比重をずらしているのである。以下の箇所は,シラーがカントの啓蒙に加えようとする 修正がどのようなものなのかを,明確に示している。 いかなる知性の啓蒙であれ,それが性格に還流する場合にのみ尊重される,という のでも不十分なのだ。知性の啓蒙はある程度,性格からも発している。なぜなら頭 への道は,心を通って開かれているはずなのだから。(FA8, 582) 啓蒙は知性や頭のみで行われてはならず,「性格(Charakter)」「心(Herz)」からも行わ れるべきである。シラーが目指すのは,啓蒙における知性偏重を緩和し,よりよい啓蒙 を実現することなのである。さらに,この「心」を通って「頭」へ至るという道筋は, 「自由へ到るには美を通じて行くよりほかないのだから,件の政治的問題を経験において 解決するには,美的なるものを通る道を選ばねばならない」(FA8, 560)という美的教育 構想が描く軌跡と,完全に重なり合っている。実際シラーは,性格や心の陶冶に不可欠 —————————  16)  この『啓蒙とは何か』やその他『世界公民的見地における一般史の構想』(1784 年)などのカントの論文を,シラーは哲学者カール・レオンハルト・ラインホルトを通 して知ったとされる。  17)  Vgl. Immanuel Kant: Was ist Aufklärung? Ausgewählte kleine Schriften. Hrsg. von  Horst D. Brandt. Hamburg (Meiner) 1999, S. 20. 強調は原文から。なお「敢えて賢かれ」 という言葉は,ホラティウスの格言である。  18)  Ebd., S. 26.

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なものこそ「美の芸術」(FA8, 583)だと述べ,美ないし美的芸術に啓蒙を補完する役割 を与えている。したがって美的教育とは,言わば美を通じた「心の啓蒙」であり,知性 偏重だとシラーが見るカント的啓蒙を,美的に修正改善するものなのである。 このように表向きはカントの思想を批判しながらも,そのエッセンスを自身の美学構 想に応用的に取り込むこと,その際に知性偏重から人間の感性的側面の擁護へと方向性 をシフトさせること,これがカントに対するシラーの基本的なスタンスである。この構 造は,『美的書簡』における現状認識全般に当てはまるものであり,シラーの美学構想の 中で,政治性と最も緊密に結びついた国家論にも引き継がれている。 シラーは「道徳原理に従った国家変革を無害にすること」(FA8, 563)の必要性を主張 し,自身の美的教育の構想が,「国家変革」にも関係するという認識を示している。ま た,ここで言われる「道徳」には,すでに確認したカント哲学との関係が投影されてい る。シラーは国家と人間の関係について以下のように語っている。 あらゆる主体の内に多かれ少なかれ判然と認められるこの純粋な人間〔理想的な人 間性〕は,国家によって―すなわち客観的ないわば規範的な形式であり,そこに おいて各人の主体の多様性が自らを統合しようとするところの国家によって―代 表される。さて,それではどうしたら時間における人間が,理念における人間と一 致することができるのか,したがって同様に,どうしたら国家が,個人の中で自分 を主張することができるのか。それには二つの異なった方法が考えられる。一つの 方法は,純粋な人間が経験的な人間を抑圧すること,言い換えれば国家が個人を廃 棄してしまうことである。もう一つの方法は,個人が国家となってしまう3 3 3 3 3 3 3 こと,言 い換えれば,時間における人間が理念における人間にまで自分を高貴化してしまう3 3 3 3 3 3 3 3 ことである。もっとも,一方的な道徳尊重だけでいけば,こうした区別はなくなっ てしまう。なぜなら理性は,その法則が制約なしに通用しさえすれば,それで満足 だからだ。(FA8, 564f. 強調は原文。〔 〕は引用者注。以下同) シラーはここで,国家―個人の関係と,人間における理念―現実の関係とを重ね合わせ つつ,「一方的な道徳尊重」が,理念による現実世界の抑圧という事態を招くことを仄め かしている。これは,人間の現実的な好みや欲求を抑えつけ,理念的な道徳法則に服従 させることを是とする,カントの道徳哲学を連想させずにはいない。しかし一方で,こ れは国家が個人を抑圧してしまうという事態も暗示しており,過度の理性信仰という特 徴を持つロベスピエールの恐怖政治をも想起させる。シラーの国家論には哲学的な背景 とともに,同時代の政治事件への批判的な眼差しが織り込まれ,そこに道徳偏重という 問題性が洞察されているのである。そしてこの「一方的な道徳尊重」に対して,シラー が掲げるのが「完全な人類尊重」(FA8, 565)である。これはシラーによれば,理念的な ものとともに「個人における主観的で特殊的な性格」(ebd.)をも尊重する精神態度であ る。ここでもシラーは知性偏重ないし理念先行を戒め,個々の人間を尊重するというバ ランスのとれた解決策を提示しているのである。中でも注目すべきなのは,シラーが知

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性偏重にある種現実への暴力性を見て取り,それを回避することに構想の主眼を置いて いることである。 このような現状の国家批判やあるべき国家像の追求は,『美的書簡』の終盤に至って 「美的国家」という一種のユートピア構想に結実している。そこでは「権利の力動的3 3 3 国 家」(FA8, 673)や「義務の人倫的3 3 3 国家」(ebd.)が,権力や厳格な法による専制的支配の 状態であるのに対し,「美的3 3 国家」(ebd.)は「自由を通じて自由を与える3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 」(FA8, 674) という形で,人間の自由を最大限に尊重した社会であることが示されている。この美的 国家においては「平等の理想」(FA8, 676)が実現され,「いかなる利権も,いかなる専 制も許されない」(FA8, 675)。ここでも国家概念は,抑圧的な暴力を回避することを主 眼に置いて構想され,純粋に理想的な性質が付与されているのである。 またシラーの政治意識として重要なのが,美的国家という理想が本当に実現可能だと は,彼自身信じていなかったことである。美的国家の理想が語られた後,「しかし,その ような美しい仮象の国家〔美的国家〕は実在するのだろうか? それはどこに見出される のか?」(FA8, 676)という疑問が,直ちに付け加わるのである。そもそも『美的書簡』 の後半に至って,この「美しい仮象」を始めとする美の仮象性への言及が頻出するよう になるが,これは一面,美の現実的実効性の乏しさの指標となっている。美が仮象であ るということは,「理想が現実の生活を統治する」(FA8, 665)こと,あるいは「理念の 国を拡張する」(FA8, 666)こと,というシラーの理想主義に不可欠な要素である。しか しそれは一方で,美が「知的な目的にせよ道徳的な目的にせよ,個々の目的を何一つ遂 行しない」(FA8, 636)ような「無作用で,非生産的」(ebd.)なものである,という認識 にも結びつくのである。 確かにシラーは「国家変革」や「政治的改革」(FA8, 583)の必要性を繰り返し訴えて いるが,その要求は決して性急なものではなかった。というのも美的教育は,政治改革 を断行する前に,「理性の政治的創造に現実性を付与する」(FA8, 578)ことの可能な人 間性をまずは育むという,言わば「下からの改革」を目指すものだからである。19) 美的 教育は,政治改革を実現するためだと銘打たれながらも,まずそれに相応しい人間改革 から始めるものであり,それゆえこれが端的に政治的な思想か否かということは,いず れかに断定できない微妙さを持っている。『美的書簡』において示された美的国家という 終極目標が,すぐに実現すべき喫緊の課題ではなく,むしろ実現不可能な理想であるこ とも,シラーの意識的な設定なのである。 以上見たように,政治的な変革において,美が不可欠だと訴えるシラーの政治意識の 重点は,現今の知性偏重が招く暴力性を緩和して,人間の自由を最大限に尊重した改革 を実現することにあった。しかし一方で,シラーは自身の理想的な計画が,実現不可能 —————————  19)  小田部はシラーの国家論を分析し,フランス革命の「上からの統合」に対する 「下からの統合」をシラーが主張しているのだと分析している。小田部,前掲書 30,31 頁参照。

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であることに自覚的だったのであり,美から行き過ぎた政治的威力を差し引く慎重さも, 持ち合わせていたのである。 1–2. シラーの美的教育とヌスバウムの人間開発パラダイム シラーの政治批判,現状批判は,啓蒙主義批判やフランス革命を想定した国家批判ば かりではない。『美的書簡』第2書簡中の社会分析は,芸術思想における最初期の資本主 義批判として有名である。そこでシラーは,欲望の支配,功利主義の跋扈,市場主義, 科学の発展といった現象を並べ立てながら,それらが人間性や芸術を毀損しつつあると の見解を示している。このような社会分析は,早くにはジェルジ・ルカーチが,「資本主 義のもつ反芸術性」をヘーゲルに先駆けて指摘したものだと解釈するなど,その先見性, あるいは後代への影響の大きさの点で高い評価を受けてきた。20) シラーは非常に早い段 階から近代資本主義の問題を察知し,それに対する芸術の意義に思考を巡らせていたの である。 しかしシラーは近代社会の問題を指摘しつつも,近代化を全面的に批判したのではな かった。「技術(Kunst)が破壊してしまった我々の本性の全体性を,より高次の芸術 (höhere Kunst)によって再び創設すること」(FA8, 578)を主張するシラーは,近代化 を単に批判したのではなく,進歩が毀損する人間性を芸術によって修復し,近代化をよ り健全なものにしようと望んでいたのである。21) このようなシラーの資本主義ないし近代化へのスタンスは,ヌスバウムのそれと非常 に似通うものがある。彼女は,過剰な合理主義や経済功利主義が,共感力,批判的思考 といった人間性にとって不可欠な能力を破壊し,良き公共世界が危機に瀕している,と いう問題意識から出発し,健全な社会秩序の維持やより良い教育のためには,文学や芸 術こそが必要なのだと訴えたのである。ただしこれは芸術に至上の価値を与えるもので はない。「詩的正義」とは,あくまで社会正義が盲目にならないための重しであり,22) 芸 術は,あくまでより健全な経済成長や資本主義社会の維持に貢献するものと見なされる のである。23) このように,芸術の意義を過剰に評価しすぎることのない抑制的な姿勢に —————————

 20)  Vgl.  Georg  Lukács:  Schillers  Theorie  der  modernen  Literatur. [1935] In: Deutsche

Literatur in zwei Jahrhunderten. Georg Lukács Werke. Bd. 7. Neuwied / Berlin (Luchterhand) 1964, 

S. 78–109, hier S. 109. 合わせて注 9 も参照のこと。  21)  シラーの進歩史観に対しては,様々な角度から研究がなされている。例えばコー プマンはこれを,歴史的に見て先駆的な弁証法的進歩史観だと賞賛している。Vgl. Helmut  Koopmann: Schiller und das Ende der aufgeklärten Geschichtsphilosophie. In: Schiller heute.  Hrsg. von dems. u. Hans­Jörg Knochbloch. Tübingen (Stauffenburg) 1996, S. 11–25. また坂 本はエルンスト・ヘッケルの進化論と比較し,シラーの理想主義的な進歩史観を肯定的 に評価している。坂本貴志: シラーの美的「群体」とトランブレーの「ヒドラ・ポリー プ」[香田芳樹編著『〈新しい人間〉の設計図』青灯社 2015,94∼123 頁]参照。  22)  Vgl. Nussbaum (1995), S. 120f.  23)  Vgl. Nussbaum (1995), S. xviii.

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おいても,ヌスバウムとシラーは共通している。つまり二人はともに,合理主義に傾い た進歩発展が健全でない状況を批判し,芸術を通じた人間性の回復が,人類のより幸福 な進歩に資するのだと,ある種穏当で,良識的な主張を行っているのである。 シラーとヌスバウムが思想面で最も接近するのは,カント哲学との関係である。シラー がカントに対して,その知性偏重を是正し,人間の感性的な側面を擁護する姿勢を見せ ていたことはすでに確認したが,ヌスバウムも全く同様に,感情を排する厳格な「カン ト主義」に対して,「感情に知的役割を付与する」必要性を主張しているのである。24) そ してそのために両者が持ち出すのもまた,文学や芸術なのである。25) ヌスバウムの思想は,グローバリズムや市場原理主義の浸透といった事象,アメリカ, インドの教育現場をテーマとするなど,現代的かつ実践的な関心に裏打ちされたもので あり,抽象的な議論に傾くシラー美学と大きく印象の異なるのは確かである。しかし多 くの相違にもかかわらず,シラーが先見的に警告した近代的問題を,ヌスバウムが現代 の問題として認識している点はきわめて興味深い事実であり,このことは,シラー美学 が現在も顧みられるべき思想であることの一つの証左と言えるだろう。 2. シラー美学における「他律」―ド・マンとイーグルトンのシラー論を導入として 前章でも確認したように,シラーはむしろ政治的な暴力性の回避を意図して美学を構 想し,一方で美が過剰に政治化する可能性に対しては抑制的な態度を示してもいたのだっ た。そうだとすれば,政治的な実効性を持ち,しばしば現実に対して抑圧的に作用する ような美のイデオロギー性をシラー美学から見て取るド・マンとイーグルトンの主張は, あまり的を射ていないようにも思われる。しかしこの齟齬は,両者の論がシラーの政治 意識の全体を再構成したのではなく,美の性質にのみ焦点を絞っていることに起因して いる。ド・マンとイーグルトンの主張がシラー美学の一面を切り取ったものであるにせ よ,それはむしろシラーの意図に反する形で当てはまってしまうという側面があり,彼 らの主張を単に一方的で不十分だと批判すれば済むという問題ではない。 ド・マンとイーグルトンは,その思想ないし批評理論において鋭い対立関係にあると される。26) 果たして,シラー論においても両者は好対照をなす主張を展開しているが, しかしシラー美学にイデオロギー性があるとする点は一致している。両者はともに,美 を教育や社会,政治の規範に据えようと「形式化」する傾向にイデオロギー性を見出し —————————  24)  Vgl. Nussbaum (2010), S. 112.  25)  他にも,教育における「遊び(Spiel, play)」の重視や,人類学的な知を理論的土 台とする点など興味深い共通点も多い。Vgl. Nussbaum (2010), bes. 13ff., 95ff.  26)  ノリスやスコールズは,ド・マンの最大の論敵として,マルクス主義批評のイー グルトンやフランク・レントリッキアを挙げている。Vgl. Christopher Norris: Paul de Man.  Deconstruction and the critique of aesthetic ideology. New York (Routledge) 1988, S. 28ff.;  Robert Scholes: Textual power. Literary theory and the teaching of English. London (Yale  University) 1985, S. 74ff.

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ている。彼らはシラー的な美を,その形式性によって現実を抑圧する規範だと見なし, その危うい政治的なポテンシャルを問題視するのである。27) しかし,ド・マンの論は,美的教育や美的国家の概念を批判しているにもかかわらず, シラー美学の具体的な分析を欠いている点に問題がある。28) またイーグルトンは,シラー 美学を当時の政治状況に結び付け,階級闘争に有益な理論を引き出すという刺激的な分 析を行っているが,いかにして美がイデオロギー的な政治性と関係を持つのか,その道 筋が十分に明かされていない。29) したがって本章では,美が政治性と結びついてしまう 道筋を,シラーの思想から内在的に解き明かし,国家論などの政治的な構想を再検討す ることを試みる。 シラーは,政治的な自由の実現には美という迂回路が必要だと述べていながら,『美的 書簡』の中で,その道筋についてほとんど言及していない。この点に対する見解は,『カ リアス,または美について』(1793年,以下『カリアス』)の中に示されている。シラー はここで美と自由をカントの批判哲学を用いて結びつけており,『美的書簡』においても それが暗黙の前提となっている。さらに以下で見るように,ここで示された美と自由の 結合の過程に,問題性が隠されているのである。 『カリアス』の中で「カント主義者」(FA8, 279)と自称するシラーが試みたことはい くつかあるが,その一つはカント哲学を部分的に問い直し,それを補完する美および美 的芸術の理論を形成することであった。有名なテーゼ,美は「現象における自由3 3 3 3 3 3 3 3 ,現象3 3 における自律3 3 3 3 3 3 」(FA8, 285)であるというのも,カント哲学に従った概念理解に基づいて —————————  27)  ド・マンはシラー美学における美の作用を「美的形式化」と呼び,これに「イデ オロギー衝動」あるいは「暴力的な傾向」が秘められていると明確に批判している。一 方でイーグルトンはこれを「形式主義」と表現し,不都合な現実に直面した際に,「堕落 した領域全体を美化〔美学化〕して済ます」という可能性を指摘している。Vgl. De Man  (1984), hier S. 264, 280; Eagleton (1990), hier S. 112, 117. ところで両者の対立という点 は,主にイデオロギーに対する評価の相違に帰せられる。ド・マンはイデオロギーを, 抑圧的観念の総体としてファシズムと結びつける一方で,イーグルトンはド・マンのこの ようなイデオロギーへの一面的な理解を批判し,シラー美学から社会実践に資するイデ オロギーの可能性を探っている。したがってイーグルトンは,「形式主義」というイデオ ロギーの悪しき側面を難じながらも,全体としてはシラー美学を肯定的に評価している。  28)  ド・マンにはもう一つ,カントとシラーの比較分析を行った講演録がある。本稿 で扱うことはできないが,ここでもド・マンはシラーの思想内容に具体的に踏み込んで いない。しかし美学論文における論理的欠陥という文体的特徴や,カント思想の誤解に イデオロギー性を見出す分析は,興味深い指摘を多く含んでいる。Vgl. Paul de Man: Kant  and Schiller. In: Aesthetic ideology. Hrsg. von Andrzej Warminski. Minneapolis (University  of Minnesota) 1996, S. 129–162.  29)  イーグルトンは自身の著作を「マルクス主義的な研究」と銘打つだけあって,シ ラー美学からヘゲモニー理論(アントニオ・グラムシ)の先駆的性質を引き出すことに最 大の関心を置いている。しかし第 1 章で示したようなシラーの政治批判もマルクスの先 駆として高く評価するなど,各々の可能性を別個に点検するような総花的解釈となって いる点も大きな特徴である。なお,イーグルトンのヘゲモニー理解は以下を参照。Vgl.  Terry Eagleton: Ideology. An introduction. London/ New York (Verso) 1991, S. 112ff.

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いるのである。カントにとって「自由」とは,超感性的で,実証不可能な概念であり, 道徳的な自律によってはじめて事後的に,かつ仮説的に想定されるものである。30) シラー が想定する美は,自然,芸術,人間などさまざまな対象物から直観される感性的現象を 指しているが,主体的行為の中に事後的に想定することしかできない超感性的な自由の 概念には,そもそもそぐわないものなのである。したがってシラーのいう「現象におけ る自由」とは,実際には自由ではないが,「自由であるように現象する〔自由であるよう に見えるfrei erscheinen〕」(FA8, 296)という,屈折した事態を意味している。シラー の企図は,カント哲学をぎりぎり侵さないような形で,自由・自律の理念を美の現象に 移行させることにあったのである。ある面でこのことは,カント哲学において「目的そ れ自体」としての「人間性」の理念が依拠するところの自由・自律の主体的概念を,31) 美や美的芸術という客体の側に認めることであるため,芸術の自律性や,目的それ自体 としての芸術への道が,ここで巧みに理論化されていると解釈することもできる。 カントにおける自由は,知性ないし理性の命ずる道徳法則への自発的服従という厳格 さを持ち合わせており,その際感情や欲求といった人間の感性的な側面は,一方的な抑 圧の対象とされている。32) シラーは特に道徳的行為を例に取りながら,カント的なそれ の問題点を以下のように説明している。 道徳的な意志規定に際して,実践理性は我々の衝動に対して暴力を加える。この暴 力は,明らかに現象においては不快であり,苦痛なのだ。我々はどこであろうと, たとえ理性が行うのであろうと,無理強いを見ることを欲しない。〔. . .〕道徳行為を 遂行する際に感性が邪魔立てするならば,それは決して美しくなどないのである。 (FA8, 296) それゆえ理性が(現象においては決して現れえない)自律を行う場合には,我々の目 —————————  30)  カントの批判哲学において「自由」とは,「自然法則」と関わりのないこと,し たがって「因果性(Kausalität)の法則」と関わりのないことを意味している。このこと は,自由が感性界ないし現象世界には存在せず,実証不可能な概念であることを意味し ている。この超感性的で,非経験的であるはずの自由の「認識根拠(ratio cognoscendi)」 としてカントが想定するのが,「道徳法則」である。つまり道徳法則に自発的に従うとい う意志の自律のみが,因果律の支配を免れる唯一の可能性であり,これによってはじめ て自由の概念を想定することが許されるのである。しかしこの道徳法則も,カントによ れば,「実践的要請として必然的である」という条件付きの資格しか持っておらず,した がって自由の必然性も,実践的要請としての必然性に限定されている。理論的な観点か らすれば,この必然性は仮説であるにとどまる。Vgl. Immanuel Kant: Kritik der praktischen  Vernunft. Hrsg. von Karl Vorländer. Hamburg (Meiner) 1990, S. 4, 37f., 63.  31)  Vgl. dazu ebd., S. 118.  32)  カントの道徳論において,「理性(Vernunft)」は道徳法則を生み出し,「知性 (Verstand)」はこれを行為へと媒介する。一方で「意志の規定根拠としての道徳法則は 〔. . .〕苦痛と呼ばれうるような感情を惹き起こす」とされ,道徳法則が人間感性を抑圧す るものであることが強調されている。Vgl. dazu ebd., S. 24, 85, 94.

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は現象における他律によって害されるのである。(FA8, 292) 『美的書簡』においてカントの知性偏重を難じたのと同様に,ここでもシラーは実践理性 の命ずる道徳行為が,衝動という人間の感性的側面を抑圧する事態を問題視し,それが 不快であり,美しくないと批判しているのである。そしてシラーは「心情の自律と現象 における自律が一致している」(FA8, 296)という「美しい行為」(ebd.),つまり知性界 だけでなく感性界においても自由・自律である行為を,カント的道徳行為に対置するの である。 シラーがこのような対案を示すのにはいくつかの理由があるが,それはまず,美の自 由実現への貢献を理論化することにあった。以下の箇所はそのことを端的に示している。 〔. . .〕道徳的世界もそうあるべきだが,美しき感性界は最高の幸福のシンボルであ り,私の外にある全ての美しい自然物は,私に向かって「我のごとく自由であれ」 と呼びかける幸福の保証人なのだ。(FA8, 316) ここで示される「幸福のシンボル」としての美は,それによって人間が自由へと導かれ ていくようなイメージを喚起している。道徳法則に従ったとしても自由は得られるが, 感性的には不快や苦痛が付きまとう。しかしシラーが理想視する「自由美」(FA8, 277) は,人間を自由で,かつ美しく幸福な状態へ導いていくのである。 この美の性質は,第1章でも言及した『美的書簡』の国家論の前提として,ひそかに 重大な役割を演じている。国家が「客観的な,いわば規範的な形式」として個人の目指 すべき状態であるという思想は,明らかに『カリアス』で理論化された美の性質が変奏 されているのである。33) また美的国家の重要な性質であった「自由を通じて自由を与え る」というのも,単にレトリカルな表現であるにとどまらず,自由美が自由へ導くとい うシラーの思想に裏打ちされたものである。つまり,道徳法則を美という現象によって 外在化するシラーの試みは,社会的な自由実現のための美の役割の正当化でもあるので ある。34) シラーは自由・自律を何より重んじており,この点は「人類尊重」という姿勢にも表 れている。これは他にも,シラーが『カリアス』の中で,美に対して「自己立法(Heau­ —————————  33)  1792 年の手紙によれば,そもそも『カリアス』の執筆動機は「美の客観的概念」 (FA11, 622)の証明であった。そしてシラーは『カリアス』の冒頭で,美の性質を「感 性的客観的」(FA8, 277)と表現している。国家を「客観的」と形容する背景に,この美 の客観性があることを見逃してはならない。  34)  ただし,「美しい教訓的(教授的)芸術あるいは善導的(道徳的)芸術ほど美の概 念に矛盾するものはない」(FA8, 642)と『美的書簡』で言われるように,シラーは美を 道徳性の内に制限してしまうこと,それを道徳教育の道具にしてしまうことには批判的 であった。シラーが意図しているのは,美に道徳を超える権能を与えることである。青 木は『カリアス』におけるシラーの美と感性の重視が,最終的には理性や形式性の強化 に行き着いている,と分析している。青木敦子: シラーの「非」劇―アナロギアのア ポリアと認識論的断絶(哲学書房)2005, 58∼60 頁参照。

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tonomie)」(FA8, 306)という単なる自律(Autonomie)を超える性格を与えた点や,1793 年の手紙の中で,真の自由が社会制度や精神的態度として完璧に実現されたならば,「永 久に芸術とお別れする」(FA8, 500)とさえ言い切ったことなど,さまざまな点に見て取 れる。このことは裏を返せばシラーがカントと同様,「他律(Heteronomie)」を何よりも 忌み嫌ったことを意味している。実際シラーはこの他律という概念を,自律を乱す「暴 力」(FA8, 304)と同一視するなど,美の対極にあるものと位置付けている。しかしなが ら,シラーが『カリアス』において確立した美の理論には,カント哲学を問い直す過程 で,シラーの意図に反して他律に陥ってしまう契機が含まれている。 『カリアス』で行われたカント批判は,カントの道徳哲学の厳格主義として知られる特 徴を,驚くほどの早さと正確さで把握しているが,35) そもそもカント自身は,『実践理性 批判』において,そのような問題を織り込んだ議論をすでに展開していた。カントは「意 志の規定根拠としての道徳法則が,我われの傾向性をおしなべて妨害することによって, 苦痛と呼ばれうるような感情を惹き起こすということ」36) に自覚的だったのである。道 徳行為における感情の抑圧が肯定されたのは,「感情というのは常に感性的であり,病理 学的である」37) ため,そこに自律は存在し得ないからである。カントは快楽や幸福といっ た感情に基づいた道徳説を,他律に陥るものとしてそもそも退けていたのである。カン トが「道徳的感情」として唯一許容したのは「尊敬(Achtung)」という概念であり,こ れは「自分自身の理性の立法」に自発的に服従するという禁欲的な「自己承認」から生 まれる感情である。38) カントはこの尊敬という感情を特権視して,快・不快というその 他の感情的なものから慎重に区別している。シラーはこれに対して,「単なる尊敬(Ach­ tung)は,それを感じるものの自尊心を傷つける」(FA8, 317)とカントの厳格な感情蔑 視を暗に批判し,代わりに「好意(Gunst)」「愛好(Neigung)」(ebd.)といった感情を, 美ならば尊敬とともに引き起こすことができる,と主張する。しかしこのことは,たと えそれが良い感情であったとしても,カントが退けた他律を,再び道徳説の中に導入し てしまうことを意味しているのである。美における自律は巧みに理論化されているもの の,その美に従うことは「自分自身の理性の立法」を放棄することである。具体的に言 うならば,美によって引き起こされた感情に対して,あるいは美が自由へ導くこと自体 において,シラーは自律を手放してしまっているのである。 『カリアス』においてシラーが取り上げるのは,道徳的な問題だけではないため,この —————————  35) 『実践理性批判』は 1788 年,『判断力批判』は 1790 年に上梓され,『カリアス』 はそのわずか数年後に執筆されている。  36)  Kant (1990), S. 85.  37)  Ebd., S. 158. 「病理学的(pathologisch)」という語は,反省的知性を介さない生理 学的反応という程度の意味で用いられている。なおここで「感性的」と訳した ästhetisch という語は,シラーにおいてはむしろ「美的」という意味で用いられている。しかし, シラーは美を直観において感性的にのみ知覚されるものだと強調しており,「感性的」と いう意味を含めて美の性質を考察している。  38)  Vgl. dazu ebd., S. 190.

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自律の喪失という一事をもって,この美学論文全体が失敗だというわけでは無論ない。 しかしすでに述べたように,美が人間を自由に導くという発想は,『美的書簡』において 一種の政治構想にまで拡張されていくのであり,そうである以上,その問題性は指摘さ れるべきである。例えば「客観的な,いわば規範的な形式」としての国家に対して,導 かれるべき個人の自律は,シラーの理論においてはほとんど保証されることはない。39) ここで個人が国家に導かれるという構図に,自由意志の介在する余地がないからである。 また「自由によって自由を与える」という特徴を持つ美的国家は,その幸福なイメージ とは裏腹に,自由美という規範が他律的に伝播していくという構造を,根底に持ってい る。自由を与える,与えられるという関係は,感情的なものであり,そこに意志の介在 はあり得ないからである。シラーがおぼろげながら示している理想実現への道筋は,美 的国家の原型と目される「繊細に調整された魂」(FA8, 676),「純粋な教会」(ebd.),「純 粋な共和国」(ebd.)などが,「美の芸術」の助けを借りながら,互いに自由を与え合い, それが拡張していくものなのである。40) もちろんこのような美の自律性なき政治化は,シラーの意図するところではなかった。 しかしもし,美が政治化する道筋を完全に度外視してしまえば,美的教育構想は土台か ら崩れてしまい,それとは逆に,美と政治の結びつきを美学理論に従って突き詰めてい けば,国家に対して個人が本質的な自由を持てないという問題,および規範の自律性な き拡張という問題に行き着いてしまう―シラー美学は,このような政治的困難さを孕 んでいるのである。41) —————————  39)  水田はシラーの国家論において,例えば国家は個人の「代表者」であるとする思 想にも表れている「代表」の概念を分析し,国家と個人の不均衡な関係を問題視してい る。水田恭平: 美的思考の系譜―ドイツ近代における美的思考の政治性(御茶の水書 房)2011 参照。  40)  この魂,教会,共和国といった概念は,『美的書簡』の最後に,実現不可能な美 的国家の暫定的な実現形態として提示される。それは以下のとおりである。「しかし,そ のような美しい仮象の国家は実在するのだろうか? それはどこに見出されるのか?  欲求に従えば,美的国家は繊細に調整された魂のいずれにも存在する。実際上で美的国 家を見つけ出したくなるとすれば,おそらくそれは純粋な教会や純粋な共和国というよ うな,二三のごく選別されたサークルに限られるだろう〔. . .〕。」(FA8, 676) なお,シ ラー美学において美的なものの諸形態は,相反する二つの要素の間の調和,という点で 相似構造を持っている。例えば,美的芸術は自然と技術,ないし素材と形式の調和,美 的行為は感性と理性の調和,美的国家は自然国家と道徳国家の調和というように,どれ もほぼ同じ構造で定式化することができるのである。したがって,美の発現する媒体と しての芸術や人間,国家といったものに関しては,その差異よりもむしろ同質性に注目 すべきである。  41)  このような問題性が具体化した例として,例えば論文『悲劇におけるコロスの使 用について』(1803 年)で示される,作用美学に基づいた演劇論を指摘できるかもしれな い。そこでの演劇と観客の関係は,『美的書簡』における国家と個人のそれと,よく似た 構造を持っているからである。しかし,シラーが演劇論において依拠するのは,「美」の 概念というよりむしろ「崇高」の概念であり,この点に関しては,さらに詳細な考察が 必要である。シラーの演劇論の概論としては,以下を参照。Vgl. Wolfram Ette: Tragödie 

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おわりに 近代以降,美や芸術には,現状を批判し,人間的自由の象徴として社会的な自由を促 進するような役割が託されてきた。シラーの美学思想やヌスバウムの「詩的正義」はそ の好例である。しかし美の政治性および芸術の政治性というものは,強固な規範意識と 表裏一体であり,自由,自律の価値観と,常に微妙な関係を孕んでいる。42) それゆえ, むしろ自由を抑圧するのに効果的な道具となりうるような美や芸術の可能性にも,常に 意識的である必要があるだろう。ド・マンやイーグルトンが指摘したように,美や芸術 を社会や国家の規範に代理させることは,それらにイデオロギー的な性質を付与するこ とでもあるからである。 シラー美学はこのような美や芸術のアンビヴァレントな性質を,それぞれ典型的な形 で持ち合わせていた。シラーが美の過剰な政治化の危険性を鋭敏に察知し,それに抑制 的な態度を示していたにもかかわらず,他ならぬその理論の中に,過剰な政治化の契機 が認められるという事実は,この問題の困難さを改めて認識させる。近代化する社会, あるいは資本主義社会における芸術の意義を問うシラーの先駆的な試みは,芸術と人間 性の関係とともに,20世紀の後半にようやく問題視されるようになった美のイデオロ ギー性に関する問題圏までをも含めて,精緻に理論化していたのである。人文科学や人 文主義の危機が叫ばれている中で,美や芸術の社会的,政治的な価値もまた改めて問わ れていくことになる。このような流れの中で,シラー美学が示す美や芸術の政治的な両 義性は,繰り返し意識されなくてはならない問題であり続けるだろう。

Zur politischen Ambivalenz der Ästhetik Friedrich Schillers

— Mit einer Überlegung zu ihrer Beziehung zur „poetic justice“ —

Toshiro E

KI

Friedrich Schillers Ästhetik gilt schon lange als „Kulminationspunkt der anthro­

pologischen Ästhetik in Deutschland“. Die Tatsache, dass sie mit dem Denken 

der amerikanischen Philosophin Martha C. Nussbaum, die die Notwendigkeit 

erkennt, die soziale Gerechtigkeit durch die von der Literatur kultivierte „poetic 

————————— als Medium philosophischer Selbsterkenntnis. In: Handbuch — Literatur und Philosophie. Hrsg.  von Hans Feger. Stuttgart (Metzler) 2012, S. 87–122, hier S. 105f.  42)  ヌスバウムの思想にも,平等,尊厳,内的な深みなどの価値観の形成に結びつか ない芸術作品を,民主的教育の現場から排除すべきだとするような,かなり強固な規範 意識が存在している。Vgl. Nussbaum (2010), S. 108f. * 本稿は日本学術振興会および科研費(15J06894)の助成を受けた研究成果である。

(16)

justice“ zu ergänzen, viele Gemeinsamkeiten aufweist, verdeutlicht die Aktualität 

von Schillers Ästhetik. Schiller und Nussbaum begründen beide die humanistische 

Pädagogik in Anlehnung an Schönheit und Kunst und kritisieren gleichzeitig den 

Kapitalismus der Moderne. Schillers Ästhetik ist gewissermaßen ein frühes Bei­

spiel dafür, wie die Möglichkeiten der „poetic justice“ erörtert wurden.

Schiller lässt dem Schönen und der Kunst einen stark politischen Charakter 

zuteilwerden,  um  eine  ideale  Gesellschaft  zu  verwirklichen.  Demgegenüber 

beharren Paul de Man und Terry Eagleton darauf, dass die Schiller’sche Schön­

heit und Kunst als gesellschaftliche und erzieherische Normen eine totalitäre 

Ideologie enthielten. Dieser Forschungsansatz ist bemerkenswert, jedoch haben 

beide Behauptungen einen Mangel, der jeweils auf ihren eigenen Gedanken und 

Theorien beruht. Sie verfehlen das der Schiller’schen Ästhetik immanente Argu­

ment für die Verbindung zwischen dem Schönen und der Politik. Aus diesem 

Grund werde ich in meinem Beitrag auf die politische Ambivalenz der Ästhetik 

Schillers näher eingehen und die politischen Möglichkeiten der „poetic justice“ 

genauer untersuchen.

In Über die ästhetische Erziehung des Menschen in einer Reihe von Briefen

(1795) 

richtet sich die Kritik an der Gegenwart gegen die misslungene Aufklärung und 

das Scheitern der Französischen Revolution. Schiller schreibt sie der Überbeto­

nung des Verstandes und der „einseitigen moralischen Schätzung“ zu und iden­

tifiziert diese Neigungen als Gewaltsamkeiten, deren politische Reformierung 

durch  eine  „vollständige  anthropologische  Schätzung“  erfolgen  muss.  Dieser 

Gedanke führt schließlich zum Konzept des „ästhetischen Staates“. Zugleich 

betrachtet Schiller jedoch die Schönheit und die Kunst als „völlig indifferent und 

unfruchtbar“,  und  die  Verwirklichung  des  ästhetischen  Staats  als  unmöglich. 

Während er den politischen Wandel durch die Schönheit fordert, hat er in Bezug 

auf ihre übermäßige Politisierung eine eher bescheidene Einstellung.

Diese Punkte widersprechen der Forschung von de Man und Eagleton, wor­

aus sich die Notwendigkeit ergibt, den der Schiller’schen Ästhetik immanenten 

ideologischen Charakter zu untersuchen. In Kallias, oder über die Schöhnheit

(1793) 

entwickelt Schiller Theorien über die freie Schönheit und den Prozess der Ver­

wirklichung der politischen Freiheit, auf deren Grundlage seine Gedanken über 

den Staat in den ästhetischen Briefen beruhen. Allerdings führt Kallias die Menschen 

durch die sinnliche Lust vom Schönen zur Freiheit und enthält eine Heterono­

mie, die Schiller empört zurückweisen würde. Daher birgt das politische Konzept 

Schillers stets die Gefahr,  in Heteronomie, Unterdrückung ohne Autonomie, 

zu geraten.

Wie bei Schiller und Nussbaum gesteht man der Schönheit und der Kunst oft 

die Rolle zu, die Gegenwart zu kritisieren und die gesellschaftliche Freiheit zu 

fördern. Demgegenüber besteht in der Schönheit und Kunst jedoch auch immer 

(17)

die Möglichkeit, ein wirksames Werkzeug zu werden, um die Freiheit zu unter­

drücken,  worauf  de  Man  und  Eagleton  hinwiesen.  Schillers  Ästhetik  enthält 

typischerweise diese Ambivalenz; dasselbe gilt auch für die „poetic justice“, durch 

welche eine Ergänzung der Gerechtigkeit beabsichtigt wird.

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