『シャウプ勧告』の核心
著者
高橋 志朗
雑誌名
東北学院大学経理研究所紀要
号
1
ページ
117-137
発行年
1985-03-25
URL
http://id.nii.ac.jp/1204/00024269/
『シャウプ勧告』
の核心
l
.
はじめに
高 橋
志
朗
わが国の現行税制の源は, 昭和24年にシャウプ使節団(ShoupMission
) によって発表された「
シャウプ動告」
(Re
p
o
rt on
Ja
p
anes
e
Ta
leation
,
本稿 では単に「
動告」
と略称する。
) に 求 め ら れ る。「
動告」
は発表以来30余年 の間に加えられた様々の修正によって, 大きく変容されてきた。
しかし, いまだに「
動告」
は現行税制の基準または原点として示唆に豊む多くのも のを含んでいる。
そこで, 今後の税制の進むぺき道を探求する作業は, ま ず他の何よりも,
この現行税制の基準または原点としての「
動告」
の現代 的 意 義 を 再 検 討 す る こ と か ら 始 め ら れ な け れ ば な ら な い。
その上で初め て , 今 後 も な お「
動告」
に基本を求め,それを修正して行く方向が採られ るぺきなのか, あ る い は ま た「
動告」
とは異なる別の税体系が採用される べ き な の か と い う , 将来に向けての基本方針が明らかにされ得るからであ る。
し か し , こ こ で , そ れ 以 前 の 間 題 と し て, 「
動告」
が従来与えられて きた評価は,
その核心に照らして必ずしも要当なものばかりではなかった よ う に 思 わ れ る。
本稿の目的は「
動告」
の理解にあたってまず初めに認識 さ れ る べ き , そ の 核 心 を 明 ら か に す る こ と で あ る。
それにあたって,
本稿 ではまず,「
動告」
の理論的側面をその基本構想に基づいた体系性という 面から明らかにし, かっ,
その体系性が失われるに至つた過程及び, その 原因にっ
いても補足的に論及する。
次に,
その原因の背後に存在したと思 わ れ る「
動告」
への不当な評価を批判的に検討することを通じて, 従来見 落されてきた「
動告」
の重要な側面を指摘した上で,最終的に「
動告」
の 核心を明示したい。
なお.
本 和t
昭和58年8月に合衆国=
ユー・ハンプシャー(NewHamp
-
l l 7-「
シャウプ動告」
の核心-
shire
)州にあるシャウプ博士宅で行われた博士と筆者との会見の内容を主に参考にして作成されている
。
その会見の詳細にっ
いては下記の拙稿を 参照されたい。
S
.
Takahashi,“Some Memorable Aspects of the Tax Reform bythe
Shoup
Mission”「
東北学院大学論集 経済学」
第96号l984年l2月2
.
「
動告
」
の基本構想
シャウプ使節団の来日が決定したのは昭和23年のことだったという[大蔵省財政史室l979,P.
370]。
マツカーサー(DouglasMacArtur)元帥が税制
使節団を結成するための人物を探しに,
当時速合軍指令部経済科学局内国 歳入課の課長だったモス(Harold
L.Moss
)氏を合衆国に送り,
同氏がシャ ウプ博士にこれを依頼し,
これにもとづいてシャウプ博士自身が使節団の メ ン パ ー を 募 つ た と い う [ Ta
kahashi,1984,PP.
2l5
~
2l6]。
このシャウプ使 節団の来日が, いったい連合軍指令部の側と日本側のどちらの要講による ものだったのかにっ
いては不明であるが, 少なくとも使節団の来日に至る までのシャウプ博士との交渉は全て指令都を通じて行われたのであって, 日本政府を通じたものではなかったという[Talahashi,l984,P
.
2l6]。
さ て,
当時のわが国の経済は第2次世界大戦の敗戦のあおりを受けて,
急激なインフレーションに見舞われていた。
こ の イ ン フ レ ー シ ョ ン の 収 束 および経済の安定を日的として, 昭和24年度の国家予算に「
超均衡予算」
と呼ばれる実質的な黒字予算が採用された。
こ こ に,
ド ッ ジ・
ラ イ ン(Dodge
Line
) が 始 ま る こ と に な る。
こ の「
超均衡予算」
が実施された結果,
昭和24年度の租税負担は增大し, 同年度の国税と地方税を合計したa
税負 担率は,
それまでの最高の28.
5
%
に通した。
しかし,ドッジ(Joeeph
M.
Dodge)は
,
そこで歳入がいかに調達されるぺきなのかという税制上の間 題にっ
いては何ら具体的政策を提示せず, この間題の解決を, 当時すでに 来日が決定していたシャウプ使節団に一
任したのであった。
こ う し て,
イ ン フ レ ーションの阻止および経済の安定を最上位の目的としたドッジ・
ラ-
l l 8-「
シャウプ動告」
の核心 インの下で必要とされる税収を獲得しっっ,
そこにおける税制上の諸間題 を解決することがシャウプ使節団の使命とされるに至つたのである。
こ の 意味で,「
動告」
は「
ド ッ ジ・
ラ イ ン と 軌 を一
に す る も の だ っ た」
と い える [ T akah
ashi,l984,P
.
2l5]。
このような使命を担つたシャウプ使節団は占領下の日本で, 日本側はも ちろん占領軍の誰からも何らの介入を受けることなく「
動告」
の立案作成 作 業 に あ た り , それらの作業の終了後も「
動告」
は何らの修正を受けるこ と は な く , ただそこでは,「
日 本 を モ ル モ ッ ト に し な い こ とJ
と い う ガ イ ド・
ラ イ ン が マツ カ ー サ一
元 帥 に よ っ て 与 え ら れ て い た だ け だ っ た と い う[Takahashi,1984,P.
2l7]
。
要するに,
シャウプ使節団は何ら拘束のない 全く自由な立場から「
動告」
を立案・
作成したのであるが, こ う し て 作 成 された税制改革案の内容は単に税収の獲得を日的と した技術的な提案を超 えて, 従来のわが国の税制の根本を変革する, まさに画期的なものであっ た。
そこで次に.
その新税制の構想を明らかにしてみよう。
シャウプ博士は当時を振り返りながら,「
動告」
作成の基本目的にっ
い て 次 の よ う に 述 べ ら れ た [ Ta
kahashi,l984,PP
.
2
的~
2l5]。
「
基本目的は実行可能で公平であり, かっ
優れた税制に関する近代的な 思想と調和した税制を導入することだった。
もちろん, 我々は納税の間題 受け継いだ。
そ し て,l949年当時,
税 制 は ひ ど く 混 乱 し て い た こ と を 忘 れ て は な ら な い。
……
中略……
ひどく組雑な方法が用いられていたのであっ て , そ れ は 時 と し て , かなり強制的なものですらあった。
皆誰もが不幸だ つ た。
私は.
この状況がいかに混乱したものであるのかを, しばしば人々 が認識していないと考えた。
そこで, 我々が追求したことは単純かっ
実行 可能で, しかも, 公平に関する一
般的基準によって運営され得る何らかの ものを得ることであって, 文字で確認できる何らの基準のない,
場当り的 な種類のa
税から構成されているこの不公平な制度を取り代えることだっ た。当時,
納 税 者 は い く ら 納 税 す る こ と に な る の か 判 ら な か っ た。
納税者 は「
これが税額です。」
と税務当局から告げられていた。全てのことがひ-
l l 9-「
シャウプ動告」
の核心 どく混乱していた。
そこで,我々は秩序を回復しようとしたのである。そ
う す る う ち に,
我々は正しい方向を示し, もしも日本人が望むならば理想 的な税制へと発展しうるものを提示することが出来るかも知れないと考え る よ う に な っ た。
こ れ が , 実 際 に 我 々 が や ろ う と し た こ と だ っ た。
我々が こ の (「
動告」
の こ と=
高橋記)序文で述ぺたように,
我々使節団の主な 日的は恒久的な税制を日本に立案することだった。
そして, 本年度および 来年度における財政上の間題を超えた考察に重点が置かれていた。
しかし,
我々は本年度および来年度にいかに対処すべきかを詳述した。
そし て, 我々が述ぺたように,
この長期的計画は二者のうちのどちらかのもの で あ り 得 た。
それは所得などの外形的標準に基づく一
種の単純な税制であ り え た。
これは,誰もが理解しうる極度に単純なものである。
他 方 , こ れ よりは複雑だが, 日本人が研究しかっ
注意を払うならば理解しうる制度を 我々が提案することもできた。
視察を行い, また我々の仲間と話し合つた 結果, 日本人が高度の教養と知性を持つ て い る こ と か ら,
より複雑な税制 が容易に連営され得るという結論に我々は苦もなく到達した。
それゆえ に.
我々は,
その単純な制度にっ
い て は 何 ら 語 る こ と な く , いく分複維で はあっても不必要にそうではない,
基本的に健全な制度を提示したのであ る。
我々は,
自らの目的を次のように述ぺた。
f
それゆえ.
我々の目的は, 事業家及び相当の生計を営むすべての納税者が 自ら記帳し.
かっ
.
公平に関するかなり複継な間題を自ら論じようとする意欲 に依存した近代的制度を動告することである。
同時に, 少額納税者には申告お よび納税の仕事を簡単にしておくべきである。
このような考え方からすれば,, 日本がもしも望むなら, 数年のうちに世界で最も優れた税制を持てないという 理由は全く考えられない。」
[Shoup Mission,l949,volume I,PP.
i~
ii]」
こ こ か ら は , 当時のわが国の税制が置かれていた状況を認識したうえでの,
シャウプ博士の恒久的税制確立に向けての強い意欲と課税の公平回復 のための配慮がうかがえる。
税制としての恒久性と公平性は「
動告」
の基 本構想を支える重要な要素であったのである。
ここで, さ ら に「
動告」
の 基本構想をより根本的に理解するために,
税制そのものの日的に関するシ-
l20-f
シャウプ動告」
の核心 ャウプ博士の次のような見解を明らかにしておく必要がある。
博士は,
特 定の経済目的の達成のために税制を用いることの是否にっ
いて明確に否定 さ れ た う え で 次 の よ う に 述 べ ら れ た。
「
概して税制とは歳入を公平かっ
効果的に調達することを目的として立 案されるべきである。
……
(中略)…
一
あらゆる種類の経済日的のために税 制 を 利 用 し よ う と す る の が一
般的傾向であるとは思うが, 結局のところ用 いられるべき他のより好ましい手段が存在する。
この傾向は税制を歪めて 不公平かっ
非能率的にしてしまう。
……
(中略)一
…
税制を全ての種類の経 済政策の道具にしようという試みにっ
いて,
我々は慎重でなければならな い。
な ぜ な ら ば,
も し そ う す る な ら ば ,税制の執行は困難となり,
準拠性は な く な り,
そして非常に複雑になってしまう。
」
[Takahashi,1984,P.225]
要するに,
税制とは, そもそも, 特定の経済日的と結びっ
けられるべき ものではなく, むしろ, 歳入を公平かつ効果的に調通することこそが, そ の本来の日的であるというのがシャウプ博士の基本的認識なのである。
こ のような認識が「
動告」
の基本構想の前提となっていると恩われる。
最後 に,
「
動告」
に導入されている措置の各々が別個の存在ではなく,
密接な 相互関連性を有しており, それらが全体として一
つの体系を構成している 点が見逃されてはならない。「
動告」
は,この点を次のように強調している。
「
ここに我々が動告しているのは組税制度であって.
相互に関速のない多く の別個の措置ではない。
一
切の重要な動告事項および細かい動告事項の多くは 相互に関速をもっている。
も し も , 重要な動告事項の一
部 が 排 除 さ れ る な ら ば,
その結果他の部分は価値を減じ, 場合によっては有害のものともなろう。」
[Shoup Mission,l949,volum
e
I , P.
ii]以上で明らかにしてきた諸点から
「
動告」
の基本構想はその基本日的と 関速づけて次のように理解される。
それは, ドッジ・
ラインの下で必要と される歳入を公平かっ
効果的に調達しうる体系的,
公平かっ
恒久的税制で あ っ た と い え る。
つ ま り, 「
勧告」
の基本構想は体系性, 公 平 性,
恒久性 という三つの要素によって構成されていたのである。
このような基本構想 にもとづいて各々の具体的措置が導入されることになるが, 次章ではそれ-
l 2 l-「
シャウプ動告」
の核心 らのうち最も具体的な「
動告」
の体系性という側面から見て重要であると 思われるものを概観した後で, その変容過程に論及していこう。
3
.
「
動告
」
の
体系性とその
喪失
「
動告」
の体系性は主に個人所得税と法人税における各措置によって形 成されている。
そこで, 以下ではそこに焦点を絞つてその構想を明らかに し て み よ う。
「
動告」
[volum
I , P
.
l05]では「
根本的に法人は所定の事業を送行する ために作られた個人の特殊な集合体である。」
と い う,
いわゆる法人擬制 説的法人本質観が採用されており, これにもとづいて各種の特徴的な措置 が導入されている。
担税力の主体は企業ではなく, あくまでも個人に求め ら れ る ぺ き で あ る と い う の が「
勧告」
の基本的な立場であって,その結果, 法人税と個人所得税との統合をめぐって次のようないくっ
かの重要な措置 が見られる。
①各法人の純利益に対して35%
の定率の課税を行う。
②個人である株主にっ
いては,
その個人所得税にっ
いて上記①の措置に よって課税された法人から受け取る配当の25%
相当額を控除する。
法人が利益を全て実際に配当し,
配当された所得が各株主によってその 全額が申告されるならば, 法人に対して課税する必要性は何ら認められな いが, このような仮定は現実的ではない。
このような認識に立つて「
動告」
は①の措置によって,
法人の利益にっ
いて株主が持つ持分に対して法人段 階で予め源泉課税し, その後で②の措置によってその源泉課税分を個人所 得 税 段 階 で 控 除 し よ う と い う の で あ る。
こ の よ う に,
「
動告」
では法人税 が個人所得税の源泉徴収の一
形 態 と み な さ れ る こ と に な る。
さ ら に,
法人 が利益の一
部を内部留保する場合には, その留保利益に対する個人所得税 の課税が延期されることになる。
これでは,
個人事業主に課される個人所 得税が一
時に納付されねばならないのに比ぺて, 法人企業の方が有利に差 別 さ れ る こ と に な る。
これを是正するために「
動告」
では次のような措置-
l22-「
シャウプ動告」
の核心 が導入されている。
③各法人において累積される留保利益の合計額にっ
いて毎年l%
の利子 付加税を課す。
また,
この法人利益の内部留保の結果, 当該法人の株価が高購した場合 には, 当該法人の株主はその株式を売却することによってキャビタル・
ゲ インという形で法人利益の内部留保の分け前を受けることができる。
こ こ で , も し も , こ の キ ャ ビ タ ル・
ゲィンに対して何ら課税しないとするなら ば,
法人利益の内部留保部分に対する課税は永久に放案されることにな る。
こうして法人の株主だけが不当に有利に差別されるのを防ぐために,
次の措置が導入されている。
④株式譲渡所得の全額課税と株式發渡損失の全額控除 この措置は「
動告」
では,定率の源泉課税的法人税を前提として,
個人 所得税段階において株主の所得を完全に捕捉するための最も重要かっ
不可 欠の措置として位置づけられることになる。
この意味で,
この措置は「
動 告」
における法人税と個人所得税続合のまさに連結点である。
以上で要約 的に述べた各措置は,
いずれも「
動告」
で示されている法人擬制説的法人 本質観にもとづく課税体系を構成しているところに特色がある。
この法人 擬制説的体系に加えて,
「
動告」
はさらに個人所得税段階で課税の公平を 実現するために個人所得税において全ての種類の所得を総合し, これに対 して累進税率で課税するという微底した総合所得税体系採用している。
「
動告」
では,
これ以外にも様々の特色ある措置が導入されているが,
こ こで述べた各措置が法人税を個人所得税に統合する方式での法人授制説的 体系と敬底した総合所得税体系を形成している点に,
一
組の税制としての 最も著しい体系性が認められるのである。
「
動告」
に 対 す る こ の よ う な 分 析の仕方にっ
いてシャウプ博士は次のように述べられた。
「
それは正しいと思う。
我々は法人を利益の流れる管とみなした。
我々
は 利 益 が ど こ に 行 く の か 知 ろ う と し た。
法人の利益は遅かれ早かれ株主に 行 き 着 く も の で あ る。
そこで, 我々は株主を累進税率制度で捕提しようと-
l23-「
シ ャ ウプ動告」
の核心 した。」
[Takah
ashi,1984,P
.
224]
こ れ ら の 2 つ の 体 系 が 採 用 さ れ る こ と に よ っ て,
「
動告」
では個人所得 税における各所得の種類間の公平,
つまり, 同じ金額の所得に対して同じ 負担を課すべしという水平的公平と,
高額所得者は低額所得者よりも多く の組税を負担すべしという垂直的公平が実現されることになる。
「
動告」
における課税の公平とは首尾一
貢してこのような応能負担原則に基づく個 人段階における負担の公平であり, その実現のために上述の二つの体系を 構成する各措置が整合的に導入されている点に「
動告」
の理論的側面が存 在する。
しかし, こ の よ う な「
動告」
の体系性は,戦後の税制改正の過程で徐々 に失われ, 「
動告」
は , 大 き く 変 容 し て き た。
そ こ で ま ず,
それらの税制改 正のうちの主なものを列挙してみよう。
まず, 法人機制説的体系に関するものとしては次のものがあげられる。
昭和26年における非同族会社の積立金課税の廃止,
昭和28年における株式 譲渡所得への所得税課税の廃止, 翌29年における同族会社の積立金に対す る累積課税制度の廃止, 昭和36年における組税特別措置法による, 従来の 受取配当控除方式から支払配当控除方式への部分的修正。次に,
総合所得 税体系に関するものとしては次のものがあげられる。
昭和26年における利 子所得に対する50%
の源泉選択課税制度の復活, 翌27年における退戰所得 に対する半額分離課税制度の導入,
翌28年における株式發渡所得への課税 の廃止と組税特別措置法による利子所得へのl0%
の源泉分離課税制度の部 入,
翌29年における山林所得に対する分離5分5乗方式の部入,
昭和40年 における配当所得に対するl5%
源泉分離課税制度の導入,
昭和44年におけ る組税特別措置法による長期發渡所得に対する分離課税制度の導入。
と こ ろ で , こ の よ う な「
動告」
の変容の過程をどのように理解するのか にっ
いては.
これを「
修正」
の過程であるとする見解が一
般的であるが,
その一
方でこれを「
動告」
の「
崩理」
の過程であるとする見解も存在する' [ 北 野 , l987,
佐藤・
宮島,l979]。
た だ し , そ こ で 用 い ら れ て い る「
崩-
-「
シャウプ動告」
の核心 壤」
という用語の意味は「
動告」
の理念を実現するための体系性の崩;l表を 指しているのであって, 文字通りに「
動告」
で採用された全ての措置が全 く 失 わ れ て し ま っ た と い う 意 味 に 用 い ら れ て い る の で は な い。
したがって,
「
動告」
によって導入された特色ある各種の制度や措置の多くが変容 されたとは言え,
今もって現行税制の中に残存している事実に着目するな らば,「
動告」
の変容の過程を「
崩壤」
という用語で表現することは適切 性 を 欠 く と い う3
t
を免れないと思われる。「
動告」
に代わる新税制が確立 されていない現在,現行税制の原点は「
動告」
以外に求められえないので あって, この意味からすれば,「
修正」
という用語の方が適切であろう。
シャウプ博士も,「
私の知る限りでは,l949年報告密(「
動告」
の こ と=
高 橋記) の主な構造は日本においていまだに生き残つて い る と 考 え て い る。」
と述べておられた[Takahashi,l984,P.
2l7]。
それでは,
なぜ「
動告」
は変容せざるを得なかったのであろうか。
こ れ にっ
いては, い くっ
かの原因が考えられる。
ま ず 第 l に,
「
動告」
をめぐ つて速合軍指令部側と日本側との間に思感の対立が存在した点があげられ る。
指令部側は長期的に安定した税制の確立を日指していたのに対して, 日本側はより短期的に,
ド ッ ジ・
ライン下で上昇した組税負担の輕減を期 待 し て い た の で あ る [ 高 橋, l 9 8 0 , P
.
73]。
しかし,「
動告」
に基づいて 新税制が施行された結果は約2百億円程度の減税にしかならず,
大幅減税 に対する日本側の期待は肩通しを食 つ た 形 と な っ た の で あ る。
こ こ に,
「
動告」
に対する日本側の消極的評価の一
つの原因が存在したと考えられ る。
それに加えて, 所得水準の低い社会では間接税依存型の税体系の方が 適しており, 当時の状況下では直接税,
特に所得税はむしろ軽課されるぺ き で あ る と い う 考 え 方 も 有 力 だ った
[国立国会図密館調査立法考査局,l 9 7 2 , P
.
l.
大蔵省財政史室,l979,PP.
384
~
428]。
こ う し た 発 想 は,
「
動告」
における特に個人所得税を中心とした直接税中心主義と根本的に 相入れないものだった。
また, 歴史的視点からわが国の所得税制の歴史の中に, 本来は総合課税-
l25-「
シャウプ動告」
の核心 すべき所得を分離課税するという「
伝統的悪習」
が存在し[林, l 9 5 8 , P .
8],
その結果.
「
動告」
の徹底した総合課税主義に対して異和感が強かっ た こ と も あ げ ら れ る。
このような異和感は「
動告」
で採用された法人授制 説にもとづく二重課税排除方式に対しても同じように強かった[高橋,l 9 8 3 , P P
.
277
~
278]
。
特に「
動告」
の方式では,
個人所得税の最高税率 が適用される所得階層に属する株主にっ
いてだけ二重課税が完全に排除さ れ る に 過 ぎ な か っ た [ 林 , l 9 5 8 , P.
228]
。
この不完全性に対する批判が 法人企業の自己資本比率の向上とぃう要請と結びっ
いて, 支iL
.
配当軽課と い う 新 た な 措 置 が 導 入 さ れ る こ と と な っ た と 考 え ら れ る の で あ る [平田・
忠・
泉 , l 9 7 9 , P P .666
~
668]。
し か し , こ こ で , この二重課税排除方式 が持つ不完全性は「
動告」
[volumeI,P.
l08]において十分認識されてい たのであって, 将来的により完全な方式への移行が予定されていたことが 見逃されてはならない。
シャウプ博士は, この点にっ
いて次のように述べ ら れ た。
「
……
我々は多少幼推な統合の方式を用いようとした・。
それは完全な統 合の制度ではない配当控除方式だった。
しかし, 完全な制度は当時の日本 に と っ て , あ ま り に 複 雑 す ぎ た。」
[Tak
ahas
hi,l984,P
.
224]
受取配当控除制度の連営の円滑化を計つて「
動告」
は,
不完全な方式を あえて採用したのである。
それにもかかわらず「
動告」
の こ の よ う な 意 図 は, その後の改正の中で, 無 視 さ れ て し ま う こ と に な る が , その理由を探 っていく時, そ こ に , わが国の戦後の税制改正が持つ極端な実情主義的方 針が浮び上つ て 来 る [ 高 橋 , l 9 8 0 , P P .73
~
74]
。
この実情主義こそが, 恒久的税制の確立を日ざす「
動告」
の基本構想と,そもそも根本的に相入 れ な か っ た の で あ る。
「
動告」
の基本構想と当時の日本側の税制改正の基 本的方針がいかに懸れ離れたものであったかは, さ ら に,
昭和24年6月7 日に提出されたシャウプ博士宛の当時の池田勇人大蔵大臣の密簡によって 要づけられる。
この書簡には将来の税制改正の方向として, 当時日本側が 根本的改革を行う必要はないという基本的見解を持つ て い た こ と が 示 さ れ-
-「
シャウプ動告」
の核心 て い る [ 大 蔵 省 財 政 史 室 , l 9 7 9 , P P .460
~
462]。
「
勧告」
変容の原因にっ
いてシャウプ博士は次のような見解を示された。
「
その後(シャウプ税制成立後=
高橋記)朝鮮戦争が勃発し, 政治的な 変化が起つ た。
保守的政治勢力が政治的支配権を獲得した。
それは民主的 過程を経たものだった。
し か し こ の 報 告 講 (「
動告」
の こ と=
高橋記)は, 極端な保守的集団のために作成されたものではなかった。 保守的集団が政 権を獲得するや否や, 彼らはその税制をばらばらにし始めた。」
[Takah
ashi,1984,P
.
215]
日本の政治情勢の変化によって「
動告」
が変容されて来たというのが博 士の見解であるといえる。
以上で指摘した原因が複合的に作用 し,
特に昭和27年の講和条約発効に よるわが国の自主独立を契機として「
動告」
の理論的側面としての体系性 は 著 し く 喪 失 さ れ て し ま う こ と に な る。
これらの原因のうちで最も直接的 なものは税制改正に対する実情主義的方針であろう。
現行税制に対して重 大な不公平が指摘されている現在,
その見直しを行うにあたって, 戦後の 税制改正を通して一
貢して見られるこの実情主義的方針がまず第一
に反省 される必要がある。
そして,
この立場から,
負担の公平を実現する体系的 税制としての「
動告」
の理論的側面が高く評価されることになる。
しかし「
動告」
が与えられるべき評価は,
こ れ だ け で 十 分 で あ る と は 言 え な い。
そこで, 次に従来「
動告」
が与えられて来た評価の代表的なものの妥当性 を検討することを通じてこの点を明らかにしたい。
4
.
「
ア メ リ カ 版
シ
ャウプ
ib
告」
と当時
のアメリカ税制
「
動告」
に与えられてきた評価の最も代表的なものは,「
動告」
の発表 当時日本a
税研究会会長だった汐見三郎博士による「
シャウプ税制改革案 と其の実施に就ての要望」
と題する報告における「
世界の租税の歴史にお きまして稀れな斯う言う立派な税制一
ヨ ー ロ ツパの大陸に於ても実現す ることが出来ず, アメリカに於ても実現の運びに至らない理想的の税制-
l27-「
シャウプ動告」
の核心 ーこの税制を日本に只今実行するのでありますが一一
」
という表現の中に 見 ら れ る [ 汐 見 , l 9 5 0 , P .
l6]。
このような評価を理解するにあたって, まず初めに「
ア メ リ カ に 於 て も 実現されなかった理想的税制」
とはいったい何を意味しているのかが明ら かにされねばならない。
つ ま り , 汐見博士のこの表現によれば,「
勧告」
と同じ内容を持つた税制改革案がァメリカ税制史の中に存在したことにな る の で あ る。
この場合考えられるものとして,やはりシャウプ博士が座長 として参加されていたTwentiethCenturyFundの組税委員会(theCom
-mitteeon
Taxation
)によってl937年に発表されたF
la d
●lgthe
'I l
aaPro
b l m
とStudie
sinCurrm t T
aa
Prob
tem
の二冊の書物をあげることができる。
こ れらの書物はシャウプ博士によれば節妹書であり[Takahashi,
l984,
P.223],後者が,
前者の資料を収集する過程で作成された研究記録である のに対して, 前者は当時のアメリカ税制における理論的一
貢性の欠如を批 判する立場から独自の税制を提案している点で「
ア メ リ カ 版 シ ャ ウ プ 動 告」
と い う 評 価 が 与 え ら れ て い る [ 宮 島 , l 9 7 2 , P .l78]
。
そこで, こ こ で は 汐見博士の表現の中にある「
アメリカに於ても実現されなかった理想的税 制」
と'いう言葉が指すものを, こ のF
laeing
t;
;e
n
u P
n
b
tem
の内容に求め て検討を進めることにする。
まず,
この書物の具体的内容の検討に先立つ て, その背景となる当時のアメリカ税制の流れを, ここで主に間題となる 法人税および個人所得税を中心として粗描しておこう。
尚,以下では宮島 洋教授[l972a'
,
l972
b]の見解を主に参考にした。
アメリカにおける所得税制は幾多の曲折はあったものの, l9l3年におけ る所得税の設立によって確立されたと見ることができる[野津,
l939,
P
.
57]。
この累進所得税は, 法人と個人の両方にっ
い て l%
の比例税率によ る普通所得税を課し, さ ら に,
個人のl万ドル以上の所得にっ
い て は l~
6 %
の累進税率による附加税を課す, という内容のものであった。
こ こ で 注目すべきことは, この累進所得税では個人の普通所得税にっ
いて受取配 当への法人税の課税が普通所得税の前取りとみなされて, 法人税と所得税-
l28-「
シャウプ動告」
の核心 による二重課税を排除する立場から個人所得税段階では非課税とされた点 で あ る。
この点で, この累進税得税は法人擬制説的立場に立つものであっ た と い う こ と が 出 来 る の で あ る [ 宮 島 ,l972
b, P.
l80]。
その後しばら くの間, 基本的にはこれと同じ立場が維持され, 受取配当に対する個人所 得税は非課税とされていた。
と こ ろ が , この法人展制説的制度を覆す改正がl936年の=
ユ ー・
ディール(New
Deal)期歳入法によって実施された。
この改正は退役軍人年金を支 払うための新期財政需要を晴うために, 当時のルーズベルト(FranklinD
.
Roosevelt)大統領がl936年3月3日に增税を内容とする教:密を発表したこ とに端を発する。
この教書は.
法人所得税,
超過利潤税および法人資本税 から構成されていた当時の法人税を全廃とし, その代りに新たに法人の留 保利益に対して課税する留保利潤税を設けるとともに法人・
個人を通じて その受取配当を全額課税するという一
大改正を含んでいた[Roosevelt,
l938,PP
.
105
~
106]。
この改正の目的は, より多くの歳入を調通すること に加えて, 法人の受取配当に対して課税することによって, 当時流行して いた持株会社を規制し, さらには留保利益に対する課税を強化することに よって大株主の租税回選を封ずることにあったが, こ こ で は , この改正が,
法人税と普通所得税による受取配当への二重課税を排除しようという 従来と同じ法人展制説的立場に立ちながらも, その排除方式にっ
いては従 来の受取配当控除方式を止めて.
支払配当控除方式に切り換えることを意 図 し て い た と 考 え る こ と が 出 来 る 点 に 注 日 し た い [ 宮 島 ,l972
b, P
.
l80]o この教:密が識会の審識に成され, これに対して下院は基本的に費成,
上 院は反対の決議を行い,
何回かの修正が加えられた後,
実施に至つた歳入 法の内容は,
結局,
法人所得税,超過利潤税,法人資本税という従来の法 人税を存続させた上で, 審議過程における修正を通じて縮少された累進税 率による留保利潤税を新設するというものだった。
この歳入法の基本的性 格をどのように理解するかにっ
いては見解の分れるところである。
つ ま り ,-
l29-「
シャウプ動告」
の核心 ここでの法人税, 具体的には法人所得税,
超過利潤税および留保利潤税に おいて累進税率が採用された事実を重視するならば, この歳入法をもって ア メ リ カ に お け る 法 人 実 在 説 的 課 税 の 成 立 と 見 る こ と が で き る [ 汐 見 ,l 9 5 0 , P . l l ] 。
し か し , そ の一
方で,この歳入法のそもそもの源がルーズ ベルト大統領による先述のl936年教書に存在する事実を重視するならば,
この歳入法に見られるこれらの措置は, 配当所得に対する二重課税の排除 方式をめぐって,
従来の受取配当控除方式を支払配当控除に切り換えよう と し た ル ーズぺルト案が不本意な形で成立した結果であるともいえる [宮島,l972°
, P
.
228,l972
b, P .
l80]。
この見解にしたがえば, この歳入法 もまた,従来の法人展制説的立場から離れてはいないということになる。
いずれにしても, l936年歳入法のこれらの点に理論的首尾一
貢性を見い 出 す こ と は 極 め て 困 難 で あ る と い え る。
さ ら に,
この留保利潤税に累進税 率が採用されている点から,
当時の税制にっ
いて次のような間題点を指摘 す る こ と が で き る。
この歳入法の原典である教書が発表される前年のl935年,
ルーズぺルト 大統領は, やはり增税を内容とする「
ルーズぺルト大続領 富の再配分計画
」
(The
Presiden's ProgramFor Redistributing
Wealth)と呼ばれる教書 を発表し, その中で次のように述ぺた。
「
われわれは, 個人所得, 相続および贈与に関し,
累進税率の原則を確 立 し た。
われわれは同一
の原則を法人に適用すぺきであると思う。」
[Roos,evelt,1938,P.
275]
明らかに, ここには法人実在説的立場から法人税率を累進化しようとい うルーズぺルト大統領の意図が示されている。
この教書に従つてl935年歳 入法では, 法人税率が程度ではあるが累進化され,
従来非課税だった法人 の受取配当もl0%
ではあるが, 益金算入されることになった。
こ の よ う な l935年歳入法は実はl936年歳入法が通つて施行されたため実施されるこ と はなかったが, ここに示された法人税率の累進化構想がl936年教書に引き 継がれ, 同年の歳入法によって実現されたと考えることが出来るのである-
l30-「
シャウプ動告」
の核心 [宮島, l 9 7 2
'
, P .
225]
。
こ う し て,
法人に対する課税を基本的に法人 擬制説的立場から行うのか, それとも実在説的立場から行うのかという点 における,
ルーズぺルト大統領の理論的首尾一
貫性の欠如が指摘されるこ と に な る ば か り で な く , それらの措置が実施される場合には, 税制として の理論性は, さらに無視されていた事実が明らかになるのである。
このような当時の税制の実情,
特にl936年歳入法に対する批判に基づいて,
シャウプ博士らが先述のn
m
ltg
the
T
‘
HProblem
を発表し,
その中で 将来のあるぺき税制の一
つの姿として各種の独自の措置を提案したのであ つ た[Takahashi,l984,P
.
221]。
特に法人税と個人所得税との統合間題を 中心としたその提案は,
「
動告」
と同じ法人擬制説的立場に立ちながらも, 二重課税排除方式として当時の法人税の全廃という急進的方法を採用した点が注日される[Shoup,
B b
ug
h,and
Newcomer,l937,P
.
476]。
さらに, その具体的動告の最大の特色は, キ ャ ピ タ ル・
ゲインを法人の留保利益の 転形所得とみなして, その実現と未実現とを間わず、 その全額にっ
いて各課税年度毎に捕提し
,
これに深税しようとした点に存在する。
ただし,
法 律および実施上の制約を考慮して,
キ ャ ピ タ ル・
ゲインを実現時点で捕提し,
その金額をその株式の保有期間に配成して課税するという方式が代替案として提案された[Shoup,et
a
l,1937,P
.
480]。
しかし,
Fbcia
g
the
' 「uP
n
b
lem
に示された各提案は何ら実現されず,
こ の「
ア メ リ カ 版 シ ャ ウプ動告」
は全く日の日見ることがなかったのてある。
5
.
「
〇告
」
へ
の
a
l
t価 さ て,
すでに指摘したように,
「
動告」
とn
m a
g the
' 「
l HP n b
t
m
は共に 法人擬制説的課税制度を採用している点で同一
の立場に立ちながらも, そ の二重課税排除の方法にっ
いて決定的に異なった方式を採用している。
こ の差異は両者を理解するに当つて重要である。
すなわち,n
m n g
the
' 「1aa
-Proble
'
n
では法人税の全廃とキャピタル・
ゲインの実現時点での捕提とそ の期間配成が動告されたのに対して,
「
動告」
では法人税の存続を前提と-
1a
l-「
シ ャ ウプ動告」
の核心 して, すでに述ぺたような大雑把な配当控除方式と実現キャピタル・
ゲイ ンの全額課税の組み合わせが採用されたのであって, 両者に見られるこの 差異をどのように理解するのか,
その説明の仕方によって両者に対する評 価が大きく影響を受けることになるのである。
ーつの有力な説は,
F‘
ac
i
ng
the
T
ax
P
n
b
t m
の修t
e
た る 結 果 か ら シ ャ ウ プ博士らが「
歴史的要付けをもっ
その国特有の税制は基本的に維持される べきである。
」
という税制の歴史的性格を強く意識させられ,
その結果が こ こ に 反 映 さ れ て い る と 考 え る も の で あ る [ 宮 島 , l 9 7 2b, P
.
l83]
。
そ の結果,
「
動告」
では,その二重課税排除方式にっ
いてF
lmiagthe
n
uPr
o
-b
tem
で採用された,
先述の急進的変更を選けて
,
より実現可能性が高い と 考 え ら れ る 方 式 が 採 用 さ れ る こ と に な っ た と 説 明 さ れ る こ と に な る。
こ の説明にしたがえば,
シャウプ博士らが, ア メ リ カ で 日 の 日 を 見 る こ と の なかった, その独自の税制を「
動告」
を通じてより実現可能な形に修正し て日本で実行しようとしたと理解されることになるのであって,
税制とし ての実行可能性に対する配慮の程度において,
「
動告」
とF
ac
iagthe
'lll
1a
9Problem
との差異が強調されることになる。
この点で, この説明は,
両者 を基本的に同一
視しようとする先の汐見博士の評価に対する反論の一
つの 根拉を提供することになる。
そこで, 以下では,
このように両者の相異を 強調する説明の妥当性にっ
いて, シャウプ博士自身の発言を基にしてさら に検討してみたい。
シャウプ博士は,
「
動告」
とF
laci
ngthe
'n
HP
n bl
e
,
n
の間に見られる二重 課税排除方式とキャピタル・
ゲィン課税方式の相異を,「動告」
がF
laei
ng
the
T u P
n b
t
e
,
i
l l以上に税制としての実行可能性を重視した結果であると 考えて良いのか否か,
と い う 間 い に 対 し て 次 の よ う に 答 え ら れ た。
「
いや, そ う で は な い。
F
‘
aci
ng
the
「
:
:
u
P
n b
t m
で我々が提案した内容 は,
当時の合衆国において実行可能なものだったが,
しかし,
それは敗戦 直後の日本では実行不可能だった。
帳博記録の困難性などがその理由であ る。
例えば, 戦時中に購入された財の原価を跡づけるのはl949年当時の日-
l32-「
シャウプ動告」
の核心 本では大変に困難だった。
記録が失われていたし, 会計は合衆国ほど高度 には発通していなかった。そこで我々は,
F
ladn
g
t h e T
aa
P
t
o
b
lem
はl930
年代の合衆国では実行可能だが, l950年代の日本では実行不可能であると 考えたのである。」
['「akahashi,l984,PP.221
~
222]
そして, 当時の社会的背景に合致した税制を動告しようと博士らが考え て お ら れ た こ と を 明 ら か に さ れ た う え で,
これらの二冊の書物の関係にっ
いて次のように述べられた。
「
それらは, 互いに全く異なったものだ。
それぞれが, 特に会計におけ る異なった発展段階にある,
異なった背景を持つ, 異なった国のために計 画されたのである。
」
[Takah
ashi,l984,P.
222]
さ ら に ,
F
laci
n
g
the
' 「aa
P
n blem
で示された提案が実現されなかったという歴史的事実の反省の上に立つて
「
動告」
が作成されたのではないかという推測に対して次のような反論を述ぺられた
。
「
Fl
aci
ng
the
T
aa
Prob
tem
の提案が一
般に受け入れられなかったのは事実である
。
その直ぐ後に戦争が勃発し, 巨大な歳入を調達するための1
通
大な仕事が待つていた
。
それは, 我々がFlaci
ng theTa
'
lProblem
を作成した時点とは全く異なった環境だった
。
l949年の使節団で我々がFacin
g
th
e
T
aa P'
n b
t m
にっ
いて多くを語り合つた記憶はない。
F
ladn
g
the T
ax Pro
-blem
はa
税 に 関 す る 多 く の 書 物 や 報 告 書 の う ち の,
ほんの一
つに過ぎない
。
Roy
BloughとMabelNewcomerの二人がF
laci
ng
theT
u Probtem
の共 著者だが, 彼らは日本への使節団の中には入つていなかった。
私だけが唯一
人その両方に関係が有つた。
そして,
F
la d
ng
t h e T
aa
Pn b
t m
は十数年も以前のことだった
。
だ か ら,l949年の夏に我々がFl
a
lcing
the
T
aa
Pro
-blem
にっ
い て 大 い に 議 論 し た と い う 記 憶 は な い。
状況が全く異なって い た。
l949年報告書(「
動告」
の こ と=
高橋記) がF
‘
acingthe
llu
Probtem
の結末を反映するものだとは私は思わない
。
二冊の書物は全く異なったものだ
。
」
[Takahashi,l984,P
.
222
-
223]以上の博士の発言から
,
「
動告」
とF‘
acingtheTa
,
tProb
tem
に見られる先-「
シャウプ動告」
の核心 の相違点を面者における税制の歴史性に対する認識の程度の相違あるいは 税制としての実行可能性への配慮の程度の相違として説明しようとするの は,
それらの立案・
作成に直接携わったシャウプ博士自身の意図に反する 解 釈 で あ る こ と が 明 ら か と な る。
博士によれば,
む し ろ,
F
lacing
th
e
T
ax
Problem
に お い て も「
勧告」
と同様に,その実行可能性に対して十分な配 慮が払われていたのであって, この点で両者は同じ位置づけが与えられる べ き こ と に な る。
したがって,
先の説明はこのような博士の意図を反映し ない点で受け入れ難いものと考えられる。
しかし,
その一
方で,
この説明 は , そ れ に よ っ て「
動告」
における実行可能性に対する配慮が,結果的に 強調されることになる点で意義深い。
「
アメリカに於ても実現されなかった理想的税制」
という汐見博士の評 価 に 見 ら れ る よ う に,
実行可能性に対する「
動告」
の配慮は従来一
般に不 当に低く評価されてきた。
「
動告」
の理論的側面のみを強調し.
その実現 性ないし実行可能性への配慮について消極的に評価しようとする従来のこ の價向は,
それが何ら合理的理由に基づかないものであるだけに反省され る必要がある。
シャウプ博士も,「
動告」
の理論的側面のみを評価し,
そ こにおける実行可能性への配慮を無視したうえで,
「
動告」
が当時の日本 経済の状況に適合しなかったとする見解にっ
いて次のように批判された。
「
我々は現実に印するために日本経済を十分に研究したし,
日本人とも 十分に話し合つたと思う。
また,
税制を経済の状況に適合させるよう努力 した。
それが適合しなかったと主張する人々は「
何が適合しなかった。」
とその意味するところを明確に説明すべきだろう。少額納税者のために我 々が発明した青色申告を含む全ての事を適合させるよう我々は大いに努力 した。
今日,
日本には青色申告者の大きな組合がある。
我々はその制度 (「
勧告」
の こ と=
高橋記) の全ての部分を日本経済と日本人の納税者に 適合させるべく大いに努力したのである。
それゆえ,
もしも我々が失敗し た と す る な ら , それが正確にどの部分なのかを知りたいと思う。
そ の よ う な漢然とした批判は意味がない。」
[ T
a
Iahashi,1984,PP.
218
~
219]
一
的4-f
シャウプ動告」
の核心「
動告」
の基本構想を適切に理解するに当つて, そこに暗黙の前提とし てその実行可能性が十分に配慮されていた点が, 何よ り も先に認識されね ば な ら な い。
「
動告」
の核心は, 従来それが与えられてきた評価から離れ て, 税制としての理論性と実行可能性とをバランスさせた体系であるとこ ろに求められねばならないのである。
6
.
おわりに
最後に,これまでの論点を整理した上で,「
動告」
の見直しにあたって 不可欠の視点を提示したい。
根本的に,「
動告」
では税制の基本日的は, 特定の経済日的から離れて, 歳入を公平かつ効率的に調達することに求められていた。
その上で,「
動 告」
では体系的,公平かっ
恒久的な税制が構想されていた。
こ こ で , 課 税 の公平とは応能負担原則にもとづいた負担の公平を意味していたのであっ て, これを実現するために法人擬制説的体系と累進税率による総合所得税 体系という二つの体系が採用された。
こ こ に「
動告」
の理論的側面がある。
この法人展制説的体系では, その実行可能性を考慮して特に配当所得に対 する課税措置が簡易化され, 大雑把な二重課税排除方式とキャピタル・
ゲ イン課税方式が採用された。
こ の 点 に 象 徴 さ れ る よ う に , 税 制 と し て の 理 論性と実行可能性とをパランスさせた体系であるところに「
動告」
の核心 が あ る。
今日,税制の行方,特に直間比率の是正ないし法人税課税の強化の問題を めぐって活発な識論が展開されている。
これらの間題の抜本的解決に先立 って, 基本税制としてどのような体系が採用されるぺきなのか, あるいは一
定の税制体系の中で法人課税をどのように位置づけるのかといった, よ り根本的な間題に対して一
定の解答が与えられなければならない。
このよ う な,
いわば現代的間題に対して,「
動告」
に見られる徹底した直接税中 心主義や.
法人税と個人所得税の独自の統合方式は, 古典的ではあるが, 理論的かっ
単純な税制の一
つの姿を示している。
さ ら に ま た , 今後, 課税-
l35-「
シャウプ動告」
の核心 の公平を回復して行<
う え で,
「
動告」
が応能負担原則にもとづく負担の 公平の実現に向けて整合的に構成された一
組の制度である点も見逃せな い。
なお,
直間比率是正の論識に関しても,
「
直接税の比重がある水準以 上に高まった場合,
新たな間接税を加え, 税の多様化が進むことは否定し ないし, むしろそう変つていくとみた方が現実的である」
と い う シ ャ ウ プ 博士の発言が間接税增強論の立場から引用されたこともぁる が [ 福 田 ,l983],
それにもかかわらず博士は現在もなお基本的には直接税中心主義 を 堅 持 し て お ら れ る こ と を こ こ で 付 言 し て お く 必 要 が あ る と 思 わ れ る[Tak
ahashi,1984,P.
226]
。
こ の よ う に ,「
動告」
はその発表以来三十年以上も経過した今日でさえ 示咬に豊む多くの側面を有しており,
そこに現行税制の基準としてのその 現代的意義がある。
今日,
それらの側面が「
動告」
の核心に照らして正当 に理解される必要がある。
-「
シ ャ ウ プ 動 告」
の核心 参 考 文 献 福田幸弘稿「
所 得 税 減 税 一 実 施 は 累 進 税 率 の 緩 和 で 一」
日 本 経 済 新 間 ( 昭 和58年9月21日)l983年 島山武道稿「
ア メ リ カ に 於 け る 法 人 税 の 発 達H」「
北大法学論集」
24-
2 l973 年 自山武道稿「
ア メ リ カ に 於 け る 法 人 税 の 発 達l-
11」「
北大法学論集」
26-2 1975 年 自山武道稿「
ア メ リ カ に 於 け る 法 人 税 の 発 違l二'11」 「
北大法学論集」
26-
4 1976 年 林栄夫著「
戦後日本の組税構造」
有装1ll9l
l958年 平田敬一-
郎・
忠佐市・泉美之松共著「
昭税制の回顧と展望l:
」:i」
大蔵財務協会 l979年 北野弘久著「
現代税法の構造」
勁草書房 1978年 国立国会図書館調査立法考査局編「
わが国の所得税の変選」
国立国会図書館 l972年 宮島洋稿 a「
現代組税政策の形成過程」「
証券研究」
第33巻l972年 b「「
シ ャ ウ プ 動 告」
の再検討」「
経済評論」
(昭和47年4月号) 1972年 野津高次郎著「
米国税制発達史」
有斐開 1939年 大蔵省財政史室編「
昭和財政史7租税(l)」
東洋経済新報社 l979年Roosevelt,F.D.,The Public Pa
p
ers andAddresses,1938佐藤進
・
宮島洋共:著「
戦後税制史」
税務経理協会 l979年汐見三郎稿
「
シヤウプ税制改革案と其の実施に就ての要望」
日本租税協会編「
シ ャウプ勧告の総合的研究」
日本租税研究協会 1950年Shoup
.
C.S.,B1ough,R.,and Newcomer,M.,Facing the T a,
lProbtem,TwentiethCenturyFund,1937.
Shoup,C.S.,Blough,R.
.
and Newcomer,M., Studies i n Cl,
errentTax
Probtem,,Twentieth CenturyFund,1937
Shoup Mission,Re
p
orto,
tJap
m ese Tantion,volume1-
4GeneralHeadquartersSupreme Commander for the A1liedPowers,1949
拙構
「
シヤウプ税制沿革史」「
東北学院大学論集 経済学」
第84号 1980年 拙稿「
シャウプ動告の沿革」
新井清光組著「
財務会計の基礎」
中央経済社1983年
描稿 “Some Memorable Aspectsof the Tax Reform bythe Shoup Mission”
「
東北学院大学論集 経済学」
第96号 l984年 資 料大蔵省財政史室編