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瀬戸内海沿岸地域の都市景観:坂出市を中心に(文化史学会例会報告要旨)

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Academic year: 2021

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― 94 ―     小 野 篁 伝 承 の 基 礎 的 研 究 生 活 文 化 研 究 専 攻   修 士 二 年   岡   本   夏   奈   『 日 本 文 徳 天 皇 実 録 』 仁 寿 二 年 十 二 月 二 十 二 日 条 に よ る と 、 小 野 篁 は 陸 奥 国 に 二 度 訪 れ て い る 。 二 度 目 に つ い て は そ の 二 ヶ 月 後 に 東 宮 学 士 に 任 ぜ ら れ て い る こ と か ら 実 際 に は 陸 奥 国 に 来 着 し て い な い と す る 説 も あ る 。 し か し 、 陸 奥 国 府 が あ っ た 宮 城 県 多 賀 城 市 の 周 辺 に は 、 篁 が 国 守 と し て 陸 奥 国 に 来 着 し た と い う 伝 承 が 存 在 す る 。 そ れ ら は 篁 が 産 業 を 指 導 し 、 経 済 を 教 え 、 学 問 を 広 め る な ど 、 陸 奥 の 産 業 ・ 文 化 基 盤 の 形 成 に 尽 力 し て い た こ と を 示 し て お り 、 特 に 矢 大 神 社 ( 福 島 県 田 村 郡 小 野 町 ) 境 内 の 石 碑 「 矢 大 神 社 由 緒 略 記 」( 昭 和 四 十 八 年 五 月 十 日 刻 ) で は 、 陸 奥 守 で あ る 岑 守 で は な く 篁 の 名 前 が 前 面 に 出 て お り 、 彼 が 父 を 凌 ぐ ほ ど 才 能 に 溢 れ た 人 物 で あ る こ と を 物 語 っ て い る 。   ま た 、 類 似 し た 伝 承 に 下 野 国 訪 問 伝 承 が あ る 。 六 国 史 に は 篁 が 下 野 国 司 に 任 ぜ ら れ た 記 録 は な い が 、 足 利 学 校 ( 栃 木 県 足 利 市 ) や 小 野 照 崎 神 社( 東 京 都 台 東 区 下 谷 )の 由 緒 に は 下 野 国 司 と し て の 篁 が 登 場 す る 。   こ れ ら の 伝 承 は 時 間 的 ・ 地 理 的 に 史 実 と は 矛 盾 し て い る が 、 永 き に わ た っ て 事 実 で あ る と 信 じ ら れ て き た 。 そ れ は 篁 が 毎 夜 地 獄 に 赴 き 閻 魔 王 の 補 佐 を し た と い う 話 が 流 布 し た か ら 小 野 篁 と は 空 間 を 移 動 す る 特 殊 な 力 を 持 っ た 人 物 で あ る と 人 々 に 認 識 さ れ 、 現 世 と 地 獄 の 行 き 来 が 可 能 な ら ば 、 京 と 陸 奥 国 ・ 下 野 国 も ま た 可 能 で あ る と 信 じ ら れ た た め で あ ろ う 。 当 時 の 人 々 の 小 野 篁 像 に つ い て 、 今 後 も さ ら に 考 察 を 進 め て い き た い 。 平 成 二 十 八 年 十 月 十 二 日     瀬 戸 内 海 沿 岸 地 域 の 都 市 景 観 ― 坂 出 市 を 中 心 に ― 生 活 文 化 研 究 専 攻   修 士 二 年   三   野   有   香   子   修 士 論 文 で は 、 瀬 戸 内 海 沿 岸 地 域 の 都 市 景 観 の 成 り 立 ち を 明 ら か に す る た め に 、地 理 学 的 な 観 点 か ら 、地 域 の 性 格 を 検 討 す る 。さ ら に 、 比 較 対 象 地 域 の 倉 敷 市 ・ 今 治 市 ・ 福 山 市 の 景 観 計 画 を 分 析 し 、 坂 出 市 の 景 観 計 画 案 を 検 討 す る こ と を 目 的 と す る 。   発 表 で は 、 四 都 市 の 臨 海 部 に 共 通 し て み ら れ た 、 地 場 産 業 の 変 化 に 伴 う 景 観 の 変 遷 に つ い て 考 察 し た 。   坂 出 市 を は じ め と し た 四 都 市 は 、「 製 塩 業 」が 盛 ん な 地 域 で あ っ た 。 特 に 、 一 九 一 〇 ( 明 治 四 三 ) 年 か ら 一 九 三 〇 ( 昭 和 五 ) 年 頃 の 臨 海 部 で は 、 入 浜 式 塩 田 の 広 が る 景 観 が 共 通 し て み ら れ た 。 し か し 、 こ れ ら の 景 観 も 、 一 九 五 九 ( 昭 和 三 三 ) 年 頃 か ら は 、 工 場 の 立 ち 並 ぶ 「 工 業 」 都 市 の 景 観 へ と 変 化 し た 。   こ の よ う な 景 観 の 変 遷 は 、 瀬 戸 内 海 沿 岸 地 域 に 共 通 す る 気 候 や 降 水 量 な ど の 自 然 環 境 と 、 水 路 運 送 に 優 位 な 立 地 や 専 売 制 下 で の 製 塩 技 術 の 進 歩 、 高 度 経 済 成 長 な ど の 社 会 的 ・ 政 治 的 な 条 件 と が 重 な っ た 結 果 み ら れ た も の で あ る と 推 察 し た 。   一 方 で 、 各 地 域 で は 、 塩 田 の 性 格 や 工 場 の 種 類 に 違 い が み ら れ た 。 今 後 は 、 こ う し た 相 違 点 に 着 目 し て 、 地 域 の 性 格 を 明 ら か に す る こ と で 、 景 観 計 画 を 検 討 す る 際 の 手 が か り と す る 。 平 成 二 十 八 年 十 月 二 十 六 日

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