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インドネシア・西ジャワにおける体験学習のふりかえり

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Academic year: 2021

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(1)調査報告. インドネシア・西ジャワにおける 体験学習のふりかえり. 亀 山 恵理子 はじめに 本稿は、3年次履修科目である「専門ゼミI」内で実施したインドネシア における体験学習をふりかえるものである。海外における体験学習は、「ス タディツアー」、「ワークキャンプ」、「海外ボランティア活動」、「サービ ス・ラーニング」など、目的や形態、内容によってさまざまな名称で呼ば れている。これらに共通しているのは、プログラムが短期滞在における経 験を通じて学びの機会を得る場を提供していることである。また、参加者が フィールドに身を置くことによって体感する気づきを重視することも、海外 体験学習の共通点として挙げられる(島上・長津2015、箕曲2015)。本稿で は、ゼミ内で実施した体験学習がどのように学びの機会となりえていたのか という観点からふりかえり、成果と課題を整理する。 内容は以下のとおりである。まず、第1章でインドネシアの西ジャワで実 施した体験学習の概要を述べる。第2章では、学生が執筆した報告書の記述 をもとに体験学習を通じた学生の学びについて述べる。第3章では本稿で取 りあげた体験学習の成果と課題について考える。最後にまとめを行う。 1.体験学習の概要 1-1.体験学習の位置づけ、テーマと目的 本稿で取り上げるインドネシア・西ジャワにおける体験学習は、2014年度 に3年次ゼミ活動の一部として実施した。2014年度のゼミは「開発と社会変 容」をテーマとし、開発がすすめられる中で地域社会がどのような変化を経 地域創造学研究. 69.

(2) 調査報告. 験しているのかを具体的な事象をふまえて考察することを想定していた。前 学期ではインドネシアという社会を理解するための文献講読を行い、夏季休 暇中に現地を約1週間訪れ、後学期にはその体験をふりかえりつつインドネ シアにおける開発と社会変容について考察することを予定していた。 だが、前学期に学生グループ研究助成に申請するための研究計画書をゼミ で作成していく段階で、テーマは「共生」に変わったⅰ。インドネシアの社 会に関する文献講読・発表を行う過程において、学生らは民族や宗教が異な る人びとが暮らすインドネシアという社会のありようや人びとの意識に関心 をもったのである。そのことが反映され、研究計画書の内容は、言語や宗教 のほかにも、社会的、経済的背景の異なる人びとがいかに共生しているのか をインドネシア社会から学ぶという内容になった。観光や留学、労働などの 目的で日本にやってくる外国人が増加する一方、ヘイトスピーチにみられる ような排外的な行為や意識を見聞きする中で、関心が他者との共生に向かう のは自然なことだったのだろう。当時の研究計画書には、学生らの問題意識 が次のように書かれている。 近年の世界において、「グローバル化」というキーワードが重要視され るようになってきた。日本においても、さまざまな観点からグローバル 化を進めようとする動きがみられる。しかし、現段階の日本を他地域と 比較して見てみると、日本は国内への異文化の取り込み、そしてそれに 対する理解と順応など、適応しきれていない部分があるのではないだろ うか。 このような問題意識が共有され、 「共生」をテーマとする研究活動の目的は、 「何かを一方的に抑圧、 排除することなく『共生』するための術を見出すこと」 となった。その結果として、インドネシアにおける体験学習の目的も、 「イ ンドネシアにおける『共生』のあり方を学び、 日本に持ち帰ること」となった。. 70.

(3) インドネシア・西ジャワにおける体験学習のふりかえり. 1-2.内容 インドネシアにおける体験学習は2014年9月に実施した。ゼミ内で行う活 動であるが自由参加とし、10人のゼミ生のうち6人がインドネシアに赴いた。 インドネシアでの体験学習における気づきを学生が研究に生かしていくため の仕組みとして、前学期に事前学習、後学期に事後学習をゼミの活動として 行った。以下では、①事前学習、②インドネシアでの体験学習、③事後学習 の3点について順に述べる。 1-2-1.事前学習 夏季休暇中にインドネシアへ赴くための事前学習として、前学期にはイン ドネシアの社会、文化、人びとの暮らし、政治経済に関する文献講読を行 なった。文献はインドネシアに関する書籍の中から教員が選び、担当者を決 めて順に内容を報告する形式をとった。また、人びとの暮らしを知るために、 日本語に翻訳されたインドネシアの小説を全員で読み、感想や疑問点を話し 合う機会を設けた。小説はある小さな島を舞台にした小学生たちの成長物語 である。物語の時代設定が1980年代と古かったが、暮らしの細部が描かれて いるという点で有益であった。 事前学習のもうひとつの主な内容は、インドネシアにおける体験学習の具 体的なプログラムをつくることだった。先述の学生グループ研究助成に申請 するための研究計画書は5月下旬から6月上旬にかけて作成した。作成の過 程で、インドネシアにおける体験学習の内容も次第に明確になっていった。 当時の研究計画書には次のように書かれている。 フィールドワークではインドネシアの農村部と都市部の両方を訪問し、 調査する。主な軸としては、研究目的でも述べたとおり、多民族国家で あるインドネシアから共生の在り方を学ぶことが挙げられるのだが、イ ンドネシアの実際の身近な生活の場に可能な限り寄り添い、より多角的 な視点からインドネシアの多様な共生の部分を感じ取りたいと考えてい る。 地域創造学研究. 71.

(4) 調査報告. 「インドネシアの多様な共生の部分を感じとりたい」という希望を実現す るために、以下の 3 つの方法が研究計画書作成の過程で明確になっていった。 第一に、農村部で民家にホームステイという形で入り、 「現地の人びとの生 活の場を体験しながら、地域社会における共生について見聞を深める」とい う方法である。第二に、国内外から観光客が多く訪れるような場所を訪問し、 観光客と地元の人びとがどのように関わり合っているのかを観察することで ある。第三に、同世代のインドネシアの人びとの考え方を知るために、現地 の学生と交流できる場を設けることである。 このようにインドネシアにおける体験学習は、学生らが何を見聞きし、体 験したいのかをもとに作られた。教員はプログラムの作成過程において、具 体的な訪問先候補として、過去に学生を引率した西ジャワ州ボゴール県に位 置するワテスジャヤ村と、本学の協定校であり西ジャワ州バンドン市にある インドネシア教育大学を挙げた。また、学生たちはジャカルタやバンドン近 郊の観光地についてインターネットで情報を収集した。訪問先や訪問先での 具体的な活動案を話し合い、最終的に8泊9日のプログラムが作成された。 1-2-2.現地での活動 インドネシアへは2014年9月1日から9月8日まで渡航した ⅱ。全体の 日程は表1のとおりである。主な活動は、(1)西ジャワ州ボゴール県ワテス ジャヤ村における2泊3日の民泊体験、 (2)インドネシア教育大学での学生 交流、 (3)ジャカルタ市内とバンドン市および近郊における観光地の観察の 3つである。 (1)の民泊の受け入れ先であるワテスジャヤ村は、十数年にわたり日本 人大学生のホームステイを受け入れてきた経験をもつ村である。本学の学生 も2011年と2012年に同村で民泊を経験している。同村はホームステイ受け入 れの経験を積み重ねることによって、学生らが滞在中に行う活動メニューを 作り上げてきた(亀山2012)。2014年のホームステイでは、受け入れ家族や 村の子どもたちと自由に過ごすほかに、学生らは集落や村周辺の散策、各家 での伝統的なお菓子作り、村の子どもらとの運動会、宿泊先のお母さんたち 72.

(5) インドネシア・西ジャワにおける体験学習のふりかえり. と市場で買い物といった活動を体験した。 (2)については、本学の協定校であるインドネシア教育大学を訪問し、 学生交流を行った。社会教育学部ケータリング産業経営学科の学生10名と本 学の学生6名が、大学の教室で互いを知るためのプレゼンテーションを行っ た。本学の学生は、日本の文化、家屋、街の様子、漫画、アイドルについて、 写真を用いて日本を紹介する発表を行った。インドネシア教育大学の学生は、 それぞれが自分の家族や大学での勉強、インターンシップなど学外での学び や余暇の過ごし方について写真を用いて話してくれた。その後、西ジャワの 料理であるスンダ料理店に移動し昼食をともにとった後、「サウン・アンク ルン・ウジョ」(ウジョ竹楽器小屋)という観光施設においてスンダの伝統 芸能を鑑賞した。 (3)については、ジャカルタ市内で独立記念塔と公園を訪れた。独立記 念塔は地階が歴史博物館になっており、国内外から観光客が訪れる場所であ る。ジオラマを用いた展示で古代から近現代にいたるインドネシアの歴史を 学ぶことができる。バンドン滞在中には、先述のウジョ竹楽器小屋に加えて、 バンドン市近郊の観光地であるタンクバン・プラフ山とチアトル温泉を訪れ た。ウジョ竹楽器小屋は、西ジャワの伝統的な楽器演奏を行っている場所で あり、外国人観光客の姿も多く見られる。火山であるタンクバン・プラフ山 は、道沿いに土産物屋が多く並ぶバンドンの主な観光地のひとつである。チ アトル温泉は主に地元の観光客が週末に訪れる場所である。 1-2-3.事後学習 後学期には、インドネシアでの経験のふりかえりを行い、全員で報告書を 作成した。インドネシアに行った学生と行かなかった学生がいるため、後学 期にはまずインドネシアでの体験をゼミ内で共有することから始めた。現地 で撮影した写真の中から興味深い写真をもちより、それがなぜ、どのように 自分にとって興味深いのかを一人ひとり発表した。そのほかにも印象に残っ ている事柄を自由に話し合ったうえで、報告書に盛り込む内容を検討した。 その結果、インドネシア社会の概要、滞在した村の暮らし、観光地における 地域創造学研究. 73.

(6) 調査報告. 表1:インドネシア渡航の日程とスケジュール 日程. 内容. 9月1日 (月) 9月2日 (火). 宿泊 12:25 関空発 14:15 ソウル着 15:20 ソウル発 20:10 ジャカルタ着. 午前 午後. 9:00 ジャカルタ市内ホテル発 11:30 ワテスジャ ヤ村着 昼食後、村の中を散策する. 午前 午後. 村の周辺を散策、近隣の筏レストランで宿泊先 家族と昼食 各家でお菓子作り 子どもたちとサッカー、日 本の遊び. 9月4日 (木). 午前 午後. 宿泊先のお母さんと一緒に市場へ、買い物 広場で運動会 夜 お別れ会. 9月5日 (金). 午前 午後. 10:00 ワテスジャヤ村発 12:30 ジャカルタ着 独立記念塔、ショッピングモール見学. 午前 午後. 7:30 ジャカルタ発 11:00 バンドン着 インドネシア教育大学での学生交流、スンダ伝 統芸能見学. 9月3日 (水). 9月6日 (土) 9月7日 (日) 9月8日 (月) 9月9日 (火). 終日 午前 午後. ジャカルタ 市内ホテル. バンドン周辺に位置する観光地へ:タンクバン ・プラフ火山、チアトゥル温泉テーマパーク 8:00 バンドン発 11:00 ジャカルタ着 タマンミ ニ見学 ブロックMで買い物 夕方 空港へ 22:05 ジャ カルタ発. ワテスジャ ヤ村民泊. ジャカルタ 市内ホテル. バンドン市 内ホテル. 機内泊. 7:05 ソウル着 9:35 ソウル発 11:20 関空着. 外国人への気配りと伝統文化の変容、家族に対する認識と他者との距離、宗 教の捉え方、インドネシア滞在中に体験した個人レベルでの共生の成立過程 が項目として挙がった。これらのほかに、インドネシアに渡航していない学 生は、ゼミ仲間のインドネシアでの体験を聞いたり、さらに関連文献を読み 調べたりしたうえで、日本の地域社会や観光地における他者との共生のあり ようについて考察する文章を執筆した(石上ほか2015)。 74.

(7) インドネシア・西ジャワにおける体験学習のふりかえり. 2.体験学習における学び 8日間という限られた時間ではあるものの、インドネシアにおける村での 民泊、学生交流、観光地の観察などを通じて、学生らはどのような学びを得 たのだろうか。ここでは学生らが作成した報告書を読み返し、それぞれにど のような学びを得たのかを3人の学生の文章から辿りたい。 2-1.ワテスジャヤ村での体験から―その土地の暮らしを感じ取る ワテスジャヤ村には丸3日間滞在した。村はこれまで日本の大学でインド ネシア語を学ぶ学生を受け入れてきたため、受け入れ家族はあいさつなど簡 単なインドネシア語を学んだのみの学生とのコミュニケーションをやや心配 していた。だが、学生の方はそれぞれに村の様子を肌で感じ取っていたこと が伺える。参加学生のKさんは村の様子を次のように書いている。 村の一日の始まりは日本と比べ、とても早い。午前4時ごろには村のモ スクに設置しているスピーカーから朝のお祈りを知らせる「アザーン」 が大音量でしばらく流れる。その合図でお母さんたちは起床し家事を始 める。徐々に子どもたちも起きて学校へ行く準備を始め、午前6時ごろ には村全体が活気づく。家の外では学校へ向かう子どもたちの声、バイ クの音、ニワトリ、ヤギの鳴き声、色んな音が入り混じっていてとても 賑やかな朝である(石上ほか2015:9) 。 また、村における人の関係性についても自らの体験から次のように述べて いる。 誰かの家の前に小さな子ども、若者が集まって雑談やトランプなど始め る姿がよく見受けられた。そして他人の家の前であろうとどんどん集ま る。他人の家の中にも自然に入ってきて、気づいたら一緒にテレビを見 たりご飯やお菓子を食べていたりする。どこまでその家の家族なのか、 外から来た私達には全然見分けがつかなかった。私が持っていたデジタ 地域創造学研究. 75.

(8) 調査報告. ルカメラも人のものだろうと関係なく子どもたちの手にまわって、つい には使いこなしていた。この村には互いの隔たりがなく、他人と自分の 境界がないように感じた(石上ほか2015:9)。 これらのほかに、Kさんは宿泊先の家族と一緒に市場に行った際に、家の 人が物乞いする人に「嫌な顔一つせず、金銭を施していた」姿を目にした体 験を記している。さらにその経験をイスラムにおける財産の捉え方や助け合 いの習慣に関する知識と結びつけ、家の人が他者に金銭的な助けを行ったこ との意味を説明している。また、広場で泣いていた子どもに理由を尋ねてみ たところ、公用語であるインドネシア語は理解するが、西ジャワの言語であ るスンダ語はわからず、他の子どもたちの輪に入れなかったことを知ったと いう。この体験を、インドネシアの言語事情、すなわち多言語社会であるこ とと独立後70年を経て公用語であるインドネシア語が浸透し、インドネシア 語しか解さない世代が生まれていることと関連付けて理解しようと試みてい る。 たとえ現地語の語学力が限られていても、風景や空気、人の振る舞い、そ してささやかな交流から、その土地の暮らしを感じ取ることができること、 また事前、事後に学んだ知識と結びつけることによって対象社会をより理解 することが可能であることをKさんの経験は示している。 2-2.観光地での観察から―外国人への気配りと伝統文化の変容を見る 観光地の様子を主に外国人への気配りに着目して文章にまとめた学生Nさ んは、バンドン市に位置するウジョ竹楽器小屋で西ジャワの伝統芸能鑑賞を 行った際の経験を次のように書いている。 会場に入ると、やはり外国人観光客の姿が多く目についた。実際に演奏 を聞いていくと、曲の合間合間で曲や演奏者の紹介を行う際に、インド ネシア語だけでなく、英語が用いられていたり、演奏される曲が、恐ら く代々受け継がれてきたであろう伝統的な曲だけではなく、「ドレミの 76.

(9) インドネシア・西ジャワにおける体験学習のふりかえり. 歌」や「君の瞳に恋してる」など、出身国に関係なく多くの人々が一度 は聞いたことのあるような曲が演奏されたりしていた。また、ギターや ベース、ドラムなどを用いて現代風にアレンジされた曲も演奏された (石上ほか2015:13) 。 Nさんは、自分が目にしたのは、外国人観光客を誘致するために、また実 際に多くの外国人観光客が訪問するようになったために現代風アレンジとい う工夫がなされたものだろうと述べている。また同時に、外からの観光客 を意識していくうちに、本来の伝統芸能が姿を変えてしまったのではないか と危惧している。大学で観光関連科目を履修していた際に、観光客の存在に よって「伝統文化」が変容していくという話を授業で聞いたが、自分が目に したのはその具体的な例だったとNさんは帰国後のふりかえりで話していた。 報告書では、観光の場で伝統芸能が形を変えて提示される様子を見聞きし た体験と、書物を通じて知りえた世界遺産に認定されているインドネシアの ボロブドゥール遺跡の公園整備事業を取り上げ、観光化のために引き起こ される課題について考察を行っている。ボロブドゥールの公園整備事業で は、遺跡公園が整備される際に農地や村落が消え、そこに住んでいた人びと は別の場所に移動した。Nさんは、観光化によってもともとの姿が変容した り、場合によっては「ローカルなもの」が失われたりする可能性があること を指摘し、観光化についての意見を次のように述べている。 外に目を向ける、つまり「グローバル化」に力を入れることは、上手く いけば、例えば経済の発展が見込めることなど、有効な国の振興政策に なりうるだろう。しかし、外ばかりに目を向け、意識し、伝統文化や地 域性、国民などの内側のものの存在を後回しにしてしまうと、恐らく ローカルな部分の多くが失われてしまうのではないだろうか。(中略) ローカルな部分を消滅させてしまうのではなく、グローバルな部分と共 生させていくことはできないだろうかと考える(石上ほか2015:14)。. 地域創造学研究. 77.

(10) 調査報告. Nさんにとっては、インドネシアでの体験学習は、日頃の講義で学んだ事 柄を実際に自らの目で確認する機会となっていた。さらに、確認するだけに とどまらず、書物から得た情報も加えて、国境を越えてすすむ観光化の流れ の中でそれぞれの地域における「ローカルなもの」の価値をどのように維持 し、創り出していくのかという一般的な課題を考えるにいたっている。 2-3.自分自身の取り組みを考察の対象として―共生の成立プロセスを考える 体験の分かち合いや報告書作成という帰国後のふりかえりの過程で、自分 自身の取り組み自体を考察の対象とした学生がいた。Iさんは、概念的にで はなく、日常の「手に届く範囲での共生」がどのようなプロセスを経て成立 するのか、またどのようなことがそれを阻むのかを、事前学習と現地滞在の 2つの取り組みを行う自分自身に焦点をあて報告書の中で考察している。 事前学習として行ったインドネシアに関する文献調査は、現地での調査や コミュニケーションを円滑にすることと、フィールドとして設定した地域や そこで生活する人々に対して興味をもつことができるという意義があった とIさんは述べている。 「『インドネシア』というと、日本以外のその他の 国、東南アジア圏にある一つの国という程度の認識」だったが、「調査以前 にもっていたインドネシアの現実から大きく隔たったイメージの数々が覆さ れ、修正され、同時に『与えられたフィールド』という自分の外側にあった 存在を、自分の内側に取り込むことに成功した」(石上ほか2015:17)と自 らが行った事前学習を評価している。 Iさんは村に滞在中、学生のホームステイが村にとってどんな意味がある のかという質問を、村のホームステイコーディネーターに投げかけた。受け 入れの世話をしていた村の元青年団リーダーは、10年以上日本人学生を受け 入れてきたが、そのような質問を受けたのは初めてだと少し驚いた様子だっ た。Iさんは、インドネシア行きは調査のためだったが、大学生にとっては それに観光的要素が含まれており、農村ホームステイという非日常に対する 期待があると報告書の中で自らの文脈を述べている。そのうえで、村の人々 とよそからやって来る自分たちとの関わり合いを、村の文脈に想像力を働か 78.

(11) インドネシア・西ジャワにおける体験学習のふりかえり. せながら次のように眺めている。 一方村人にとって、私たちの期待したそれは日常であり、「こんな田 舎」という言葉からも読み取れるように、ある種の劣等感さえ抱くも のだった。そのため彼らは(ホームステイを始める当初は)学生を家 庭に受け入れるという選択を躊躇していたのである。ここで彼らの中 のファーストペンギンが名乗りを上げ、日本の大学生を受け入れたため ホームステイ活動は始まったのだが、彼らは実際に学生を受け入れるこ とで、自らの日常に価値を見出す他人がいるということを思い知る。他 人を受け入れることで、彼らの中に自尊心を芽生えさせることができた のだ(石上ほか2015:18) 。 ここからIさんは、共生の関係性について考察を行っている。 立場の違いは自らの優位、劣位を認識することで存在する。ワテスジャ ヤ村のホームステイ活動の変遷から、それらの立場を絶対的なものとし て存在させることが相手を受け入れることへの躊躇を生むこと、また、 絶対的でなく、時として与え、時として与えられるという流動的なもの として存在させることで、自らを受け入れ、ひいては相手を受け入れる ことができるようになるということが言える。同時に、立場を格差とし て固定してしまうことが共生のための障害になりうるということも、改 めて認識させられる事例である(石上ほか2015:18)。 村に滞在中、学生らは『旅の指さし会話帳』というインドネシア語の単語 の意味が絵で示された本を使って、村の人と意思疎通を図った。そのことに よって、村の人と学生たちは「わからない」という認識を共有できたとIさ んは述べる。学生が「わからない」ということを村の人に理解してもらうこ とで、村の人は自らにとっては日常的、常識的な事柄を教える立場になる。 一方、「わからない」ことを学生自身が認めることは、目の前に起きるさま 地域創造学研究. 79.

(12) 調査報告. ざまな現象を「そういうものなのだ」とあまり価値判断を加えずに受け入 れるための心づもりをする糧になる。「目の間にいる『あなた』は私とは異 なる常識に育てられ、違う思考を巡らせているのだと第一に認識すること」、 つまり自分と相手の違いを認めることが、「他人と他人を、その関係性を維 持したまま共生を成立させる」とIさんは村での実体験をふりかえり結論付 けている(石上ほか2015:19) 。 3.体験学習の成果と課題 3-1.体験学習の「成果」について 前章で述べたように、インドネシアに赴いた学生らは、現地での体験をも とにそれぞれ異なる学びを得ている。同じ時に同じ場所にいても、ひとりひ とりが何に出会い、どんなことに気づくのかはその人次第である。そこには 偶然という要素があるが、学生一人ひとりの関心事やそれまでに身につけて きたものの見方や、感じ方も影響しているのだろう。ゼミの中でも、普段よ く話す人もいれば、黙っていることが多い人もいるし、筋道の通った文章を 書くことが得意な人もいれば、自然な感性で人と社会を眺めていると感じさ せる人もいる。このようなそれぞれの人がもつ特徴は、体験学習という場で どのような出会いと気づきを経験するかということと関係しているように思 われる。 では、本稿で取り上げた体験学習の成果は何かと問われれば、具体的な学 びはそれぞれ異なるにせよ、全体としては次の3つを挙げることができる。 (1)自分たちで何を学びたいのかを議論し、テーマを設定し、現地での活 動を自ら計画して実行したこと、 (2)現地での経験と書物から得た知識を結 びつけ、対象についての理解を深めたこと、 (3)対象を理解するだけでなく、 現地での出会いから一般的な課題について考察したことの3点である。さら に述べておきたいのは、前章が示すとおり、感覚を伴いながらそれぞれに何 かを学びとっていることである。朝の空気や人や動物の声、人の存在感、ま た具体的な事象を直に見聞きして感じる違和感、さらに他者との関わり合い の中で経験する流動的な立場、共有する感覚、互いが個として存在する感覚 80.

(13) インドネシア・西ジャワにおける体験学習のふりかえり. などである。それらの感覚をもとに、それぞれが自分の興味関心から、「共 生」という大きな括りのテーマの中で自由に考えをめぐらせたのが事後学習 にいたるまでの今回の体験学習だったといえる。 一点付け加えると、帰国後のゼミで体験を共有する時間をもったときに、 報告書には文章として盛り込まれなかったものの、インドネシアに赴いた学 生の一人Hさんが語った中で印象的だった言葉がある。Hさんは、インドネ シア語があまりわからなかったので受け入れ家族とのコミュニケーションが 大変だったと言ったうえで、 「ここにも生活があるんだなと思った」と短い 感想を述べた。本来は、体験をさらに言語化し、このような感想の先に何ら かの思考をめぐらせることが必要かもしれない。だが、たとえ感想に留まっ たとしても、筆者はその言葉を聞いたとき素直に嬉しく感じた。自らの生活 圏から離れたところにも人の生活があると実感を伴って感じられたことは、 紛争や自然災害、原発事故などの人的災害、経済的格差、環境問題など国内 外を問わず地球上に存在するさまざまな課題を考えていく際の素地になると 考えるからである。 3-2.今後に向けての課題―受け入れ先との関係 本稿で取り上げた体験学習を続けていく際に、今後はどんな点を考える必 要があるだろうか。今回のインドネシア滞在の中で、学生らにとってはワテ スジャヤ村での時間が「その後のインドネシアでの日々が霞んでしまうくら い濃い」ものだったそうだ。そのように感じられたのは、村でホームステイ に関わった人々が学生と教員を大切に受け入れてくれたからであると筆者は 考えている。その村の人々とどのような関係を紡いでいけるのかを考えるこ とは今後の課題である。現地の人々と一時期だけ関わり、よい経験にはなっ たがその後は知らないということに終わらないためには、どうしたらよいの か。いろいろな経験をさせてもらい、それらを報告書にまとめて「消費」す るだけの関係にならないために必要なことは何だろうか。 体験学習の受け入れ先との関係については、ゼミの学生とともに村を訪問 して以来考え続けてきた。ホームステイで学生が村に滞在する以外に、2016 地域創造学研究. 81.

(14) 調査報告. 年には本学で開催された「南アジア・東南アジアにおけるコミュニティ・ ベースド・ツーリズムに関する国際セミナー」にワテスジャヤ村のホームス テイ受け入れ関係者2名を招き、交流を深めた。当時はセミナーの場でホー ムステイ受け入れの経験を話してもらい、また奈良県明日香村での民泊を体 験したうえで、ホームステイや民泊について本学教員および学生と意見交換 を行った。意見交換の中で2人は、民泊先の家族が親切だったと述べたうえ で、個々の家だけでなく地域全体で迎え入れる民泊ができればさらによいと 思うと語っていた。 このように双方向の交流を試み始めていたが、昨年からワテスジャヤ村を 取り巻く状況が大きく変化している。村は首都圏からの高速道路の延長と テーマパーク建設という大規模な開発プロジェクトの予定地に含まれており、 今年に入ってから建設工事が一層すすんでいる。筆者が2018年9月に村を訪 れた時には村の周囲の風景は大きく変化していた。村では移転がすすんでい るが、集落に残ることを希望する住民は日に日に進行する工事を目の前に長 年住み慣れた場所に留まっている。また、ホームステイ受け入れを行ってき た人々の間にも、建設をめぐり立場や意見の違いが生まれ、地域社会の人間 関係にも変化がみられる。このような状況にあるため、村でホームステイを 受け入れることは困難になっている。 村に滞在した学生らにとって、村の人々は言葉をはじめ、そこでの暮らし を教えてくれる先生であった。言葉を覚え、慣習や文化を知り、中にはその 後の学生生活の中でインドネシアに留学した学生もいる。そうやって学生た ちの成長の一助となったことは、村でホームステイ受け入れに関わった人に とって喜びであると同時に誇りとなっている。そのことを大切にしながら、 今後どのような関わり合いが可能なのかを今は模索しているのが現状である。 これまで村の人が日本からやってきた教員と学生が必要とすることを理解し、 ホームステイと生活体験という学びの場をともにつくってきてくれたことを 思えば、今度は村の人が必要とすることに耳を澄ませる時ではないかという 気がしている。. 82.

(15) インドネシア・西ジャワにおける体験学習のふりかえり. 4.おわりにかえて 以上、2014年度にゼミ内で実施したインドネシアの西ジャワにおける体験 学習について、概要、学生の学び、成果と今後に向けての課題を順に述べた。 本稿でふりかえった体験学習では、学生らはテーマの決定とプログラムの作 成を主に自分たちで行い、また現地での体験をもとに「共生」という大きな テーマの括りの中で自由に思考した。今回のインドネシアにおける体験学習 をふりかえり改めて思うのは、場をつくれば学生は「勝手に学ぶ」というこ とである。今後の課題としては、体験学習の中で学生らが最も印象に残った というホームステイの受け入れ先であるワテスジャヤ村の人々との関係が挙 げられる。現在はインフラ、観光開発の影響を受けて、村を取りまく状況は 大きく変化している。そのため、これまでのようにホームステイを受け入れ ることは難しいのが現状である。だが、これまで学びの場をつくるために尽 力してくれた村の人々との関係をもちつづけ、次は村の人が必要とすること を意識しながら関係を紡いでいくことはできないだろうか。 近年日本では「グローバル人材」を育成する教育に力が入れられている。 グローバル人材の育成という言葉からは、外国語を駆使し、海外で活躍する 人を育てることがイメージされるかもしれない。だが、今日の日本において は、外国でさまざまな国の人と協働できる人材だけでなく、日本社会に他所 から人を迎え入れることができる人を育てる教育が必要である。その場合最 も大切なのは、語学力よりも異文化理解、つまり他者の文脈に想像力を働か せて相手がなぜそう言ったのかを慮れる力を育てていくことである。 そのように考えると、今後のフィールドは必ずしも国外である必要はない のかもしれない。たとえば、これまでホームステイでお世話になった村の 人々を日本に招き、現地の話を聞くとともに日本の地域を一緒に歩き、相方 の社会における地域創造を考えることにも意義があるだろう。異なる社会文 化的背景をもつ人を迎え、よその人の目を借りながら、地域創造について考 えることは、学生と教員にとっても学びの機会となるだろう。地域を活性化 し、人びとが豊かな生活を享受できる地域社会を築くことは、世界のさまざ まな地域に共通の課題である。大規模開発の影響を受けて、現在変化の途上 地域創造学研究. 83.

(16) 調査報告. にあるワテスジャヤ村の人々にとっても他人事ではない。共生という大きな テーマのもと、地域創造という具体的な課題についてともに知恵を絞る関係 を築けるような体験学習を今後つくっていけないかと考えている。. 参考文献 石上真衣、伊藤由果、岩本千夏、加藤真弥、金海秀、栗田智子、近藤瞭太、西尾 和夏、野原早苗、広田千笑美(2015)「インドネシアに学ぶ共生の在り方―現 地フィールドワークを通して」(2014年度専門ゼミⅠ研究報告書) . 亀山恵理子(2012)「インドネシア・西ジャワ州における日本人大学生の農村ホー ムステイに関する覚え書き」『地域創造学研究』第22巻第2号、69-81頁. 島上宗子・長津一史(2015)「<趣旨説明>フィールドに学ぶ東南アジア―体験学 習から研究者・実務家養成まで」東南アジア学会第94回研究大会報告要旨. 長津一史(2015)「いかに『ふつう』の大学生を東南アジアに向かわせるか―古 紙・古着・コーヒーの臨地教育とその道のり―」東南アジア学会第94回研究 大会報告要旨. 箕曲在弘(2015)「大学教育における『海外体験学習』の動向―JOELNの取り組み から」東南アジア学会第94回研究大会報告要旨.. 注 ⅰ 長津(2015)は、海外におけるフィールドワークのテーマについて、学生は 専門家の関心の押しつけには近づかないこと、また学部学生向けの臨地教育 は教員/研究者の関心と学生をひきつけることができそうな関心との妥協点 に設定されることになると述べる。 ⅱ 渡航前の8月に教員が訪問先(ワテスジャヤ村、インドネシア教育大学)に 赴き、最終的な確認と調整を行った。. 84.

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巣造りから雛が生まれるころの大事な時 期は、深い雪に被われて人が入っていけ

行ない難いことを当然予想している制度であり︑

下山にはいり、ABさんの名案でロープでつ ながれた子供たちには笑ってしまいました。つ

大村 その場合に、なぜ成り立たなくなったのか ということ、つまりあの図式でいうと基本的には S1 という 場

自分ではおかしいと思って も、「自分の体は汚れてい るのではないか」「ひどい ことを周りの人にしたので

のニーズを伝え、そんなにたぶんこうしてほしいねんみたいな話しを具体的にしてるわけではない し、まぁそのあとは

私たちは、2014 年 9 月の総会で選出された役員として、この 1 年間精一杯務めてまいり