どこまで行っても
ゴールのない仕事だからこそ、
とことん自分を高めていくことが
できます。
栗東市立 大宝小学校 教諭
小林 久祥
教師の道を歩まれたのはなぜ?
子どもの頃にテレビで見た水谷豊さん主演の「熱中
時代」や、武田鉄矢さん主演の「3年B組金八先生」といった
学園ドラマに触発され、人として正しい道を説いていける先
生という職業に憧れました。また、私が学生時代、不登校や
いじめなどが社会問題として大きく取り上げられていたの
で、挫折や不幸な出来事に負けない、たくましい人材を育て
る仕事につきたいと思いました。
滋賀大生へのメッセージ
滋賀大学はとてもアットホーム。先生と学生の距離が
近く、あたたかな雰囲気のある学校なので、いつまでもその
雰囲気を大切にしてほしいですね。教員を目指す学生も多
いと思いますが、教員は自分に任される仕事がとても多い
職業。特に小学校の場合、教科や生活指導のすべてを担任
が負うことになります。大変ですが、それだけやりがいもある
し、どこまで行ってもゴールがないので、とことん自分を高め
ていける仕事。ぜひ、大きな夢を抱いてこの仕事についてほ
しいと思います。
取材を終えて
現在、小学2年生の学級担任である小林さん。まだ幼さの残る子ども達との
日々は、教師としての毎日に活力を与えてくれることでしょう。一つ一つの言葉を
大切にしながら、自分に言い聞かせるように語る様子がとても印象的でした。メ
ガネをかけた水谷豊にちょっと似ているかも…。 奥様も滋賀大学の同級生で教
員とのこと。いつまでも初心を忘れず、また滋賀大学時代に経験した貴重な体験
の数々を活かして、これからも子ども達の良き先達として頑張って下さい。
大学院に進まれた目的は?
教員として20年近く経験を積んできましたが、もう一
度、その専門性を学び直したいと思ったのです。私は自分が
めざす教育活動と、子ども達の思いに寄り添って行く部分が
うまく両立できず、悩んでいました。学習活動(授業時間)だ
けでなく、学校生活全般において子ども達とうまく接するに
はどうしたらいいのか。経験を積めば積むほど、私の中で課
題がふくらんでいきました。大学院に行けば、こうした悩み
や迷いに対して役立つことを得られるのではないかという
思いがありましたし、教員生活の折り返し地点に到達するに
あたり、何か変わったことにチャレンジしたいという目的も
ありました。
子ども達に接する時、どんなことを
心がけておられますか?
授業中は教師と生徒という立場を明確にし、子ども
達にどんな力をつけたいかというはっきりした目的を持っ
て臨んでいます。どんなふうに教えてあげたらわかりやすい
かということを常に意識し、授業や家庭学習などの見とりを
きめ細かくやっていくように心がけています。1∼6年生まで
担任経験がありますが、幼児性の残る1年生、思春期を迎え
る5、6年生と、それぞれに難しさがあります。自分の年齢が
上がるにつれて、だんだんジェネレーションギャップを感じ
るようになってきました。昔は「おにいちゃん」だったのに、
今では「おとうさん」のような…(笑)
大学時代の思い出は?
専攻は社会(地理学)で、地理学研究室に所属※1
して
いました。授業が終わると研究室に戻り、同期や先輩、後輩
達と話をしたり、お茶を飲んだり、遊ぶ相談をしたり(笑)…
そこでの時間がとても思い出深く、同じ研究室の先輩から
テスト対策を伝授されたり、教科書を借りたり、教員採用試
験のアドバイスなどもいただきましたし、私達が後輩に教え
ることもありました。
また、1年生から学内のレクリエーション研究会に入って
いましたが、そこから学外のサークルに参加。夏休みになる
と100名ほどの子ども達を連れて、1週間ほど沖縄本島から
少し離れた島に行き、ハブやヤシガニにビクビクしながら
キャンプしたのも懐かしい思い出です。そこではほかの大
学の学生や子ども達との出会いがありましたし、子ども達を
遊ばせることやまとめること、キャンプの段どりなど、貴重な
体験ができました。
大学時代の勉強で、今に活かされて
いるのはどんなことでしょう。
地理学研究室では、現地に行って様子を見る巡見や、
土地の様子や使われ方、土地の人々に話を聞いて情報を得
るというフィールドワークを数多く経験しました。社会科や
生活科では、自分の目で地域の様子を観察する、あるいは
地域の人々に話を聞いて地域や社会を知るという学び方が、
とても重視されます。中学や高校では本を読んで知識を得
る勉強が多かったので、大学でこうした実践的な学習がで
きたことは、今の私にとって非常に大きな力になっています。
滋賀大学教育学部を選ばれたのは?
滋賀県で生まれ育ち、「教師になるなら滋賀県で」と
考えていましたので、地元に根差した滋賀大学を第一志望
で受験しました。
18 19
躍する卒業生
インタビュー
1991年 3月 教育学部小学校教員養成課程 卒業
1991年 4月 草津市立志津小学校に赴任
その後、同山田小学校を経て、栗東市立大宝小学校へ
2008年 4月 滋賀大学大学院教育学研究科 入学
2010年 3月 同大学院 修了
現在、栗東市立大宝小学校勤務
※1) 平成17年度に改組し、教員としての基本的な資質・能力を育成するとともに、教育内容の多様化・複雑化に対応するために、系・コース制に移行し、現在は各系・コースに所属することになった。
活
こ ば や し ひ さ よ し
どこまで行っても
ゴールのない仕事だからこそ、
とことん自分を高めていくことが
できます。
栗東市立 大宝小学校 教諭
小林 久祥
教師の道を歩まれたのはなぜ?
子どもの頃にテレビで見た水谷豊さん主演の「熱中
時代」や、武田鉄矢さん主演の「3年B組金八先生」といった
学園ドラマに触発され、人として正しい道を説いていける先
生という職業に憧れました。また、私が学生時代、不登校や
いじめなどが社会問題として大きく取り上げられていたの
で、挫折や不幸な出来事に負けない、たくましい人材を育て
る仕事につきたいと思いました。
滋賀大生へのメッセージ
滋賀大学はとてもアットホーム。先生と学生の距離が
近く、あたたかな雰囲気のある学校なので、いつまでもその
雰囲気を大切にしてほしいですね。教員を目指す学生も多
いと思いますが、教員は自分に任される仕事がとても多い
職業。特に小学校の場合、教科や生活指導のすべてを担任
が負うことになります。大変ですが、それだけやりがいもある
し、どこまで行ってもゴールがないので、とことん自分を高め
ていける仕事。ぜひ、大きな夢を抱いてこの仕事についてほ
しいと思います。
取材を終えて
現在、小学2年生の学級担任である小林さん。まだ幼さの残る子ども達との
日々は、教師としての毎日に活力を与えてくれることでしょう。一つ一つの言葉を
大切にしながら、自分に言い聞かせるように語る様子がとても印象的でした。メ
ガネをかけた水谷豊にちょっと似ているかも…。 奥様も滋賀大学の同級生で教
員とのこと。いつまでも初心を忘れず、また滋賀大学時代に経験した貴重な体験
の数々を活かして、これからも子ども達の良き先達として頑張って下さい。
大学院に進まれた目的は?
教員として20年近く経験を積んできましたが、もう一
度、その専門性を学び直したいと思ったのです。私は自分が
めざす教育活動と、子ども達の思いに寄り添って行く部分が
うまく両立できず、悩んでいました。学習活動(授業時間)だ
けでなく、学校生活全般において子ども達とうまく接するに
はどうしたらいいのか。経験を積めば積むほど、私の中で課
題がふくらんでいきました。大学院に行けば、こうした悩み
や迷いに対して役立つことを得られるのではないかという
思いがありましたし、教員生活の折り返し地点に到達するに
あたり、何か変わったことにチャレンジしたいという目的も
ありました。
子ども達に接する時、どんなことを
心がけておられますか?
授業中は教師と生徒という立場を明確にし、子ども
達にどんな力をつけたいかというはっきりした目的を持っ
て臨んでいます。どんなふうに教えてあげたらわかりやすい
かということを常に意識し、授業や家庭学習などの見とりを
きめ細かくやっていくように心がけています。1∼6年生まで
担任経験がありますが、幼児性の残る1年生、思春期を迎え
る5、6年生と、それぞれに難しさがあります。自分の年齢が
上がるにつれて、だんだんジェネレーションギャップを感じ
るようになってきました。昔は「おにいちゃん」だったのに、
今では「おとうさん」のような…(笑)
大学時代の思い出は?
専攻は社会(地理学)で、地理学研究室に所属※1
して
いました。授業が終わると研究室に戻り、同期や先輩、後輩
達と話をしたり、お茶を飲んだり、遊ぶ相談をしたり(笑)…
そこでの時間がとても思い出深く、同じ研究室の先輩から
テスト対策を伝授されたり、教科書を借りたり、教員採用試
験のアドバイスなどもいただきましたし、私達が後輩に教え
ることもありました。
また、1年生から学内のレクリエーション研究会に入って
いましたが、そこから学外のサークルに参加。夏休みになる
と100名ほどの子ども達を連れて、1週間ほど沖縄本島から
少し離れた島に行き、ハブやヤシガニにビクビクしながら
キャンプしたのも懐かしい思い出です。そこではほかの大
学の学生や子ども達との出会いがありましたし、子ども達を
遊ばせることやまとめること、キャンプの段どりなど、貴重な
体験ができました。
大学時代の勉強で、今に活かされて
いるのはどんなことでしょう。
地理学研究室では、現地に行って様子を見る巡見や、
土地の様子や使われ方、土地の人々に話を聞いて情報を得
るというフィールドワークを数多く経験しました。社会科や
生活科では、自分の目で地域の様子を観察する、あるいは
地域の人々に話を聞いて地域や社会を知るという学び方が、
とても重視されます。中学や高校では本を読んで知識を得
る勉強が多かったので、大学でこうした実践的な学習がで
きたことは、今の私にとって非常に大きな力になっています。
滋賀大学教育学部を選ばれたのは?
滋賀県で生まれ育ち、「教師になるなら滋賀県で」と
考えていましたので、地元に根差した滋賀大学を第一志望
で受験しました。
18 19
躍する卒業生
インタビュー
1991年 3月 教育学部小学校教員養成課程 卒業
1991年 4月 草津市立志津小学校に赴任
その後、同山田小学校を経て、栗東市立大宝小学校へ
2008年 4月 滋賀大学大学院教育学研究科 入学
2010年 3月 同大学院 修了
現在、栗東市立大宝小学校勤務
※1) 平成17年度に改組し、教員としての基本的な資質・能力を育成するとともに、教育内容の多様化・複雑化に対応するために、系・コース制に移行し、現在は各系・コースに所属することになった。
活
こ ば や し ひ さ よ し