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留学体験記 「ノルウェー留学で学んだこと」

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Academic year: 2021

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留学生との集合写真(2列目の右から2番目)

18

「ノルウェー留学で学んだこと」

Study Abroad Report

留学体験記

留学を決意

 私は、入学した頃から海外留学をしたいと考えていました。 海外留学によって語学力を伸ばしたいという思いもありまし たが、何よりも様々な国の学生との交流を通して異なる価値 観に触れて視野を 広げていきたいと考 えたため、海外留学 を決意しました。  そこで 私 が 留 学 先に選んだのは、ノ ルウェーでした。私 は留学する前、ノル ウェーに対して「社会福祉が充実しており国民の幸福度が高 い国」というイメージしかありませんでした。ノルウェーについ てほとんど何も知らなかったので、私は実際にノルウェーに住 みながら異なる考えや文化等をノルウェーの学生と共有した いと思い、ノルウェーを留学先として選びました。

ノルウェーでの生活(大学編)

 私が留学したのは、ブスケルード・ベストフォールド大学で した。私は、この大学でヨーロッパ各地から来た留学生やノル ウェーの現地の学生と共に経営学に関する講義を受講しまし た。講義は英語で行われ、またどの講義にも必ずグループワー クがありました。グループワークでは、セメスター中に数回の レポート提出とその都度プレゼンテーションを行いました。留 学生や現地のノルウェーの学生とグループを構成し、取り組ん でいきました。言語や文化の違いでグループにまとまりがなく 思い悩んだこともありましたが、積極的に連絡を取り合いなが らミーティングを開き、議論を重 ねていきました。そして、グルー プのメンバーと協力してレポート を完成させ、最終のプレゼンテー ションを終えた時には、今まで苦 労した分大きな達成感と充実感 をグループのメンバーと共に分 かち合うことができました。

ノルウェーでの生活(日常生活編)

 私がノルウェーに来たのは、8月半ばで気温も20℃前後あり とても快適でした。ノルウェーの夏は日中が長く、一方で冬は 気温が-20℃まで下がり、それに加えて夜がとても長かったの で気分が暗くなることもしばしばありました。ノルウェーでの 暮らしは、こういった厳しい気候と高い物価、異なるライフス タイルに苦悩しましたが、同じ境遇の留学生たちと共にBBQ やキャンプファイヤー、スポーツ観戦または旅行等を週末に 楽し むことで 有 意 義 な 日々を 過ご せ まし た 。ま た I S U (International Students Union)という留学生団体に所属し、

ハロウィン・クリスマスパーティーなどの様々なイベントを企 画しながら留学 生 やノルウェー の学生と楽しい 時間を共有する ことができた の で、多くの思い出 も作ることができ ました。

留学を通して

 留学生や現地のノルウェーの学生と実際に共同生活をし て、交流したことで私は日本との文化の違いを痛感しました。 しかし、一方で共感することも多々ありました。特にノルウェー の方々は、時間に対する考え方や人柄など日本人と似ている 部分があると感じました。インターネットの普及により世界中 の情報を日本からでも得ることができるようになりましたが、 自分の足で現地を訪れ自分自身で現地の方と話をして情報を 得ることが大切だということをノルウェーでの留学を通して学 ぶことができたと思います。日本に居ては経験ができないこと をたくさん経験でき、ノルウェーに留学して本当に良かったと 思います。これからもノルウェーでの思い出を忘れずに色々 なことに挑戦していきたいです。  最後になりますが、この交換留学を無事に実現できたのは 先生方や学術国際課の方々の支えのおかげだと思います。本 当にありがとうございました。 19

表紙解説

広報誌『しがだい』をご愛読いただきまして、誠にありがとうございます。 読者の皆様の声を誌面に活かして参ります。率直なご意見・ご感想をお聞かせ下さい。 なお、「読者アンケート」にご記入いただいた情報は、本誌編集の参考にさせていただくためにのみ使用し、他の目的には一切使用致しません。 ご回答はホームページからお願いします。 滋賀大学公式HP[

http://www.shiga-u.ac.jp/

]から「大学紹介」→「刊行物・グッズ」→「広報誌しがだい」 広報誌『        』 第43号  読者アンケートご協力のお願い ルームメイトとの一枚(左) 経済学部 4回生

柿木 知足

かき  き   ち たる

明治後期の理科教科書―『小学理科』

(明治33〈1900〉年)

 理科は、明治19(1886)年の小学校令で高等科の学科(教 科)として成立しました。明治10年代の学制期、教育令期の 学科名は、窮理(物理)、化学、博物、生理と呼称され、自然科 学を直接に学ばせる科学教育が行われ、『物理階梯』、『小学 化学書』などが使用されました。明治20年代になると自然を 愛することをねらいとした理科へと転換し、高島勝治郎『新 撰理科書』、学海指針社編輯部『小学理科新書』、文学社編 輯部『生徒用新定理科書』が刊行されました。  『小学理科』巻1∼4(学海指針社)は、明治33(1900)年の 改正小学校令に基づく検定期の代表的理科教科書です。 『小学理科』は、巻頭に採集や顕微鏡、避雷針、りんごの落下 などのカラー挿絵を配置して、実験・観察に関心を向かわせる工夫を施しました。教科書は縦書きであり、教材は身近な自 然界の事象を季節に従って配置しています。また、実物現象の観察を十分に行わせ、比較を重視し、法則性をつかませよう としました。 木全 清博(滋賀大学名誉教授・元教育学部教授)

比良暮雪と竹生島

 冬になると、比良の山並みは真っ白な雪に覆わ れます。その冬山の景色が近江八景の一つに数 えられ、「比良暮雪」となりました。「峰寒き比良の 山おろし雪散りて汀氷れる志賀の浦波」という歌 もある通り、昔から比良には雪が付きものです。 「湖水浦廻り 名所・寺社便覧図蹟」にも、比良山地 の稜線を描いた辺りに「比良暮雪 比良山ハ高山 ニテ、十月ヨリ雪ツモリ三月マデ不消」と、実際に比 良の雪を眺められる期間が注記されています。 竹生島には、「本業寺」=宝厳寺と、「竹生島社」= 弁財天堂(明治以降は都久夫須麻神社)が見えま す。宝厳寺は古くから観音霊場として知られ、西国 三十三所の第三十番札所にもなっています。弁財 天も地域の中で篤い信仰を受けており、それを象 徴するのが「蓮華会」という祭礼です。蓮華会の頭人となるのは名誉なことで、戦国大名 の浅井氏もこれを務めました。観音と弁財天の島・竹生島は、今日も静かな姿で湖上に 浮かんでいます。 青柳 周一(経済学部附属史料館教授) なぎさ ひ ら ぼ せつ

ちくぶ しま こ すいうらめぐ    めいしょ  じ しゃびんらん ず せき きえず ほう ごん じ さい ごく さんじゅうさんかしょ ふだ しょ れん げ え つ く ぶ す ま Spring semesterの新しく来た 留学生の歓迎パーティー(左端の上段) ISU主催のフードフェスティバル(後方の左から3番目) 留学生との集合写真(2列目の右から2番目) 18

「ノルウェー留学で学んだこと」

Study Abroad Report

留学体験記

留学を決意

 私は、入学した頃から海外留学をしたいと考えていました。 海外留学によって語学力を伸ばしたいという思いもありまし たが、何よりも様々な国の学生との交流を通して異なる価値 観に触れて視野を 広げていきたいと考 えたため、海外留学 を決意しました。  そこで 私 が 留 学 先に選んだのは、ノ ルウェーでした。私 は留学する前、ノル ウェーに対して「社会福祉が充実しており国民の幸福度が高 い国」というイメージしかありませんでした。ノルウェーについ てほとんど何も知らなかったので、私は実際にノルウェーに住 みながら異なる考えや文化等をノルウェーの学生と共有した いと思い、ノルウェーを留学先として選びました。

ノルウェーでの生活(大学編)

 私が留学したのは、ブスケルード・ベストフォールド大学で した。私は、この大学でヨーロッパ各地から来た留学生やノル ウェーの現地の学生と共に経営学に関する講義を受講しまし た。講義は英語で行われ、またどの講義にも必ずグループワー クがありました。グループワークでは、セメスター中に数回の レポート提出とその都度プレゼンテーションを行いました。留 学生や現地のノルウェーの学生とグループを構成し、取り組ん でいきました。言語や文化の違いでグループにまとまりがなく 思い悩んだこともありましたが、積極的に連絡を取り合いなが らミーティングを開き、議論を重 ねていきました。そして、グルー プのメンバーと協力してレポート を完成させ、最終のプレゼンテー ションを終えた時には、今まで苦 労した分大きな達成感と充実感 をグループのメンバーと共に分 かち合うことができました。

ノルウェーでの生活(日常生活編)

 私がノルウェーに来たのは、8月半ばで気温も20℃前後あり とても快適でした。ノルウェーの夏は日中が長く、一方で冬は 気温が-20℃まで下がり、それに加えて夜がとても長かったの で気分が暗くなることもしばしばありました。ノルウェーでの 暮らしは、こういった厳しい気候と高い物価、異なるライフス タイルに苦悩しましたが、同じ境遇の留学生たちと共にBBQ やキャンプファイヤー、スポーツ観戦または旅行等を週末に 楽し むことで 有 意 義 な 日々を 過ご せ まし た 。ま た I S U (International Students Union)という留学生団体に所属し、

ハロウィン・クリスマスパーティーなどの様々なイベントを企 画しながら留学 生 やノルウェー の学生と楽しい 時間を共有する ことができた の で、多くの思い出 も作ることができ ました。

留学を通して

 留学生や現地のノルウェーの学生と実際に共同生活をし て、交流したことで私は日本との文化の違いを痛感しました。 しかし、一方で共感することも多々ありました。特にノルウェー の方々は、時間に対する考え方や人柄など日本人と似ている 部分があると感じました。インターネットの普及により世界中 の情報を日本からでも得ることができるようになりましたが、 自分の足で現地を訪れ自分自身で現地の方と話をして情報を 得ることが大切だということをノルウェーでの留学を通して学 ぶことができたと思います。日本に居ては経験ができないこと をたくさん経験でき、ノルウェーに留学して本当に良かったと 思います。これからもノルウェーでの思い出を忘れずに色々 なことに挑戦していきたいです。  最後になりますが、この交換留学を無事に実現できたのは 先生方や学術国際課の方々の支えのおかげだと思います。本 当にありがとうございました。 19

表紙解説

広報誌『しがだい』をご愛読いただきまして、誠にありがとうございます。 読者の皆様の声を誌面に活かして参ります。率直なご意見・ご感想をお聞かせ下さい。 なお、「読者アンケート」にご記入いただいた情報は、本誌編集の参考にさせていただくためにのみ使用し、他の目的には一切使用致しません。 ご回答はホームページからお願いします。 滋賀大学公式HP[

http://www.shiga-u.ac.jp/

]から「大学紹介」→「刊行物・グッズ」→「広報誌しがだい」 広報誌『        』 第43号  読者アンケートご協力のお願い ルームメイトとの一枚(左) 経済学部 4回生

柿木 知足

かき  き   ち たる

明治後期の理科教科書―『小学理科』

(明治33〈1900〉年)

 理科は、明治19(1886)年の小学校令で高等科の学科(教 科)として成立しました。明治10年代の学制期、教育令期の 学科名は、窮理(物理)、化学、博物、生理と呼称され、自然科 学を直接に学ばせる科学教育が行われ、『物理階梯』、『小学 化学書』などが使用されました。明治20年代になると自然を 愛することをねらいとした理科へと転換し、高島勝治郎『新 撰理科書』、学海指針社編輯部『小学理科新書』、文学社編 輯部『生徒用新定理科書』が刊行されました。  『小学理科』巻1∼4(学海指針社)は、明治33(1900)年の 改正小学校令に基づく検定期の代表的理科教科書です。 『小学理科』は、巻頭に採集や顕微鏡、避雷針、りんごの落下 などのカラー挿絵を配置して、実験・観察に関心を向かわせる工夫を施しました。教科書は縦書きであり、教材は身近な自 然界の事象を季節に従って配置しています。また、実物現象の観察を十分に行わせ、比較を重視し、法則性をつかませよう としました。 木全 清博(滋賀大学名誉教授・元教育学部教授)

比良暮雪と竹生島

 冬になると、比良の山並みは真っ白な雪に覆わ れます。その冬山の景色が近江八景の一つに数 えられ、「比良暮雪」となりました。「峰寒き比良の 山おろし雪散りて汀氷れる志賀の浦波」という歌 もある通り、昔から比良には雪が付きものです。 「湖水浦廻り 名所・寺社便覧図蹟」にも、比良山地 の稜線を描いた辺りに「比良暮雪 比良山ハ高山 ニテ、十月ヨリ雪ツモリ三月マデ不消」と、実際に比 良の雪を眺められる期間が注記されています。 竹生島には、「本業寺」=宝厳寺と、「竹生島社」= 弁財天堂(明治以降は都久夫須麻神社)が見えま す。宝厳寺は古くから観音霊場として知られ、西国 三十三所の第三十番札所にもなっています。弁財 天も地域の中で篤い信仰を受けており、それを象 徴するのが「蓮華会」という祭礼です。蓮華会の頭人となるのは名誉なことで、戦国大名 の浅井氏もこれを務めました。観音と弁財天の島・竹生島は、今日も静かな姿で湖上に 浮かんでいます。 青柳 周一(経済学部附属史料館教授) なぎさ ひ ら ぼ せつ

ちくぶ しま こ すいうらめぐ    めいしょ  じ しゃびんらん ず せき きえず ほう ごん じ さい ごく さんじゅうさんかしょ ふだ しょ れん げ え つ く ぶ す ま Spring semesterの新しく来た 留学生の歓迎パーティー(左端の上段) ISU主催のフードフェスティバル(後方の左から3番目)

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