滋 賀 大 学 教 育学 部紀 要 人 文 科 学 ・社 会 科 学 No.50, PP.55-67,2000
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ア ダ ム ・ス ミス の 教 育 論
加
納
正
雄
Adam Smith,s Thought on:Education
Masao KANO 1 は じめ に 本 稿 の 目 的 は、 ア ダ ム ・ス ミス の教 育 論 を ス ミス の思 想 と関 連 させ て 明 らか にす る こ とで あ り、 そ の現 代 的 意 義 を探 る こ とで あ る。 い うま で もな く、 ス ミス は初 め て体 系 的 な経 済 学 の書 で あ る 『国富 論 』 を著 した人 で あ り、 現 代 の経 済学 の 源 流 と い え る存 在 で あ る。 ま た、 思 想 史 的 に は 、 自 由 主 義 の思 想 家 と して位 置 づ け られ る存 在 で も あ る。 さ らに、 最 近 は市 場 を重 視 し た政 策 へ の 転 換 が行 わ れ て い るが、 これ は単 に 経 済 の み の 問 題 は な く、 社 会 そ の もの の あ り方 の変 更 を 迫 る もの で もあ る。 この よ うな社 会 の 思想 と して 、 ス ミス の思 想 が 引 きあ い に 出 され る こ とが 多 い。 した が って、 ス ミス の思 想 の な か で 教 育 が ど の よ う に扱 わ れ て い るか は、 興 味 の あ る問 題 で あ る。 ス ミス は、 体 系 的 な教 育 論 を展 開 して い るわ け で はな い が、 道 徳 哲学 の教 授 で あ り、 豊 富 な 内 容 を 持 つ 思 想 家 で あ る こ とか ら、 教 育 思 想 に お いて も取 り上 げ られ る存 在 で あ る。 しか し、 多 くは、 「国 富 論 』 に お け る教 育 に 関 す る ス ミ スの 提 言 が 取 り上 げ られ 、批 評 の対 象 とな るの み で 、 ス ミス の 思想 全 体 との 関連 で取 り上 げ ら れ る こ と は少 な い。 教 育 に関 す る ス ミスの 具 体 的 議 論 の 多 く は 『国 富 論』 に述 べ られ て い るが、 『国 富 論 』 は 『道 徳 感 情 論 』 の議 論 の 発 展 上 に あ る もの で あ り、 教 育 に関 す る ス ミスの議 論 の 基 礎 に は 「道 徳 感 情 論』 の議 論 が あ るω。 し た が って 、 『国 富 論 』 に お け る教 育 に関 す る ス ミ ス の議 論 は、 『道 徳 感 情 論 』 の 議 論 と 関 連 さ せ ロお る必 要 が あ る。 本 稿 で は、 この よ うな観 点 か ら、 ス ミス の思 想 と関 連 させ て 、 ス ミスの 教 育 論 を 明 らか にす る よ うに試 み た。 次 の第H節 で は、 道 徳 が ど の よ うに形 成 さ れ る か に関 す る ス ミス の議 論 を、 後 の議 論 の前 提 と して簡 単 に取 り上 げ る。 第 皿節 で は、 社 会 の 秩 序 が い か に維 持 さ れ る か に関 す る ス ミス の議 論 と教 育 の関 連 を検 討 す る。 第IV節 は、 同感 に 関 す る議 論 と関 連 さ せ て、 教 育 の役 割 とあ り方 に 関 す るス ミス の議 論 を検 討 す る。 第V節 は、 同 感 に 関 す る議 論 と関 連 させ て、 庶 民 に対 す る 教 育 の必 要 性 に関 す るス ミスの議 論 を検 討 す る。 第VI節 は、 結 論 と して、 ス ミス の思 想 と教 育 論 の 関係 を述 べ る。 H 同感 と道 徳 ス ミスが 生 き た 時 代 は封 建 社 会 が 崩 壊 し、自 由 な市 民 社 会 が成 立 した時 代 で あ る。 この よ う な 市民 社 会 に お い て、秩 序 は いか に保 た れ るか 、 道 徳 や法 の 内 容 は ど の よ う な もの か 、と い う こ とが 「道 徳 感 情 論 』 の テ ー マ で あ る。 こ の こ と は 、人 間形 成 に かか わ る教 育 の テ ー マ と も密 接 に 関連 して い る。 この節 で は、 道 徳 が ど の よ う に 形成 され るか に関 す る 「道 徳 感 情 論 』 にお け る理論 を、 後 の議 論 の前 提 と な る部 分 に関 して 簡 単 に取 り上 げ る。 『道 徳 感 情 論 』 は 次 の 文 章 か ら始 ま る。 「人
間 が ど れ ほど 利 己 的 な もの と想 定 され よ う と も、 明 らか に彼 の 本性 の 中 に は、彼 に対 して 他 の人 々 の運 命 に 関心 を もたせ るい くつ か の 原 理 が 存 在 す る」(『道 徳 感 情 論 』、p。9、邦 訳p.5)。 人 間 が 、 他 人 の運 命 に 関 して関 心 を持 つ の は、 同 胞 感 情 (fellow feeling)を 持 って い るか らで あ る。 こ の 同 胞 感 情 は、 人 間 が集 団 を つ く って しか 生 き られ な い 社 会 的存 在 で あ る こ とか ら生 ず る の で あ り、 この 同 胞 感 情 が 他人 に対 す る関 心 を持 た せ るの で あ る。 この 同 胞感 情 が 行 為 に対 す る 同 感(sympathy)の 能 力 と結 び つ い て、他 人 の 行 為 あ る い は感 情 の 適 宜 性(propriety)を 観 察 者 に 判 断 させ る。 す な わ ち 、 他 人 が あ る行 為 を した 場 合 、 「想 像 上 の 境 遇 の 交 換 」 に よ って 、 す な わ ち彼 の立 場 にた っ こ と に よ って 、 そ の感 情 や 行 為 の適 宜 性 を判 断 す るの で あ る。 そ の感 情 や 行 為 の適 宜 性 を 完 全 に認 め る こ とが 、 完 全 に 同 感 した と い う こ とで あ り、 適 宜 性 を ま っ た く認 あ な い こ とが 、 ま った く同 感 しな い と い う こ と で あ る。 た だ し、 この よ う な行 為 や 感 情 の適 宜 性 は単 な る社 会 的 妥 当 性 で あ り、 こ と の良 し悪 しに は無 関 係 で あ る。 行 為 の資 質 に は、 適 宜 性 と は 別 の要 素 が あ り、 そ れ が 、 行 為 の 値 う ち (merit)と 欠 陥(demerit)で あ る。 値 う ち の あ る行 為 とは 、 他 の人 々の 感 謝 の対 象 と な る 行 為 で あ り、 報 償 に値 す る行 為 で あ る。 一 方 、 欠 陥 の あ る行 為 と は、 他 の人 々の 憤 慨 の対 象 とな る行 為 で あ り、 処 罰 に値 す る行 為 で あ る。 人 々 は、 同 感 能 力 に よ っ て個 々 の行 為 の適 宜 性 を判 断 す る ので あ るが 、 こ の よ うな個 々 の 行 為 の適 宜 性 が 、 社 会 に お い て、 一 般 化 さ れ、 規 則 化 され た も の を、 ス ミス は道 徳 性 の一 般 的 諸 規 則(general rules of morality)と か 行 為 の 一 般 的諸 規 則 と よ ぶ。 「そ れ らは 、究 極 的 に は、 個 々 の実 例 に お い て、わ れ わ れ の道 徳 的 諸 能 力 、 値 うち と適 宜 性 に関 す る わ れ わ れ の 自然 な感 覚 が、何 を是 認 ま た は否認 す るか につ い て の 、経 験 に基 づ い て い る」(『道 徳 感 情 論 』p.159、 邦 訳p. 189)。 この 道 徳 性 の一 般 的諸 規 則 は道 徳 や行 為 に関 す る世 論 に対 応 す る もの とい え る。 この一 般 的 諸 規 則 の うち、 「それ を 守 る こ と は、わ れ わ れ 自身 の意 志 の 自 由 に任 さ れ ず 、 力 ず くで 強 請 さ れ て もよ く、そ れ の 侵 犯 は憤 慨 の、 した が って 処 罰 の 、的 と な る」(『道 徳 感 情 論 』 P.79、 邦 訳p.125)も の が 、 正 義 で あ る。 これ が 法 と して強 制 され るの で あ る。 同 感 に も とつ く道 徳感 情 は、 社 会 に お い て は、 道 徳 や行 為 の一 般 的諸 規則 を形 成 す るの で あ る が 、 個 人 に お い て は、 自分 自身 の行 動 の 道 徳 的 判 断 を行 う良 心 を形 成 す る。 す な わ ち、 個 人 が 自分 自身 の行 為 を道 徳 的 に 判 断 す る場 合 に は、 自分 の行 動 を 「中立 的 な観察 者(impartial spec-tator)」 の立 場 に た って判 断 す るの で あ る(2)。 以 上 が、 自由 な 市民 社 会 で どの よ う に道 徳 が 形 成 さ れ るか に 関 す る ス ミスの 理 論 で あ る。 ス ミス の理 論 で は、 道 徳 性 は、 行 為 の 適 宜 性 や 値 打 に 関 す る経 験 か ら形 成 され る と考 え るの で あ り、 経 験 か ら独 立 に形 成 され るの で はな い。 次 節 で は、 この よ うに形 成 され る道 徳 の もとで 、 社 会 の秩 序 が い か に 保 た れ るか 、 そ して そ の こ とは教 育 と どの よ う に関 連 す るか を 検 討 す る。 皿 社会 の維持 と教育 教 育 の 思 想 が 人 間 形 成 に 関 す る思 想 で あ る か ぎ り、 ど の よ う な 人 間 を 理 想 と す る か に か か わ る が 、 ま た 、 そ れ は、 ど の よ う な 社 会 を 前 提 と す る か に よ っ て も 影 響 さ れ る 。 ど の よ う な 社 会 を 前 提 に す る か に よ って 、 教 育 の あ り方 も異 な っ て く る。 こ の 節 で は 、 社 会 の 秩 序 が ど の よ う に 維 持 さ れ る か に 関 す る ス ミ ス の 議 論 を 検 討 す る こ と に よ っ て 、 ス ミ ス の 思 想 に お け る 教 育 の 役 割 を 検 討 す る 。 ス ミ ス の 時 代 は 、 自 由 な 人 間 関 係 を 前 提 と し て 、 職 業 分 化 に よ る 分 業 が 確 立 さ れ た 時 代 で あ り、 こ の よ う な 分 業 を 通 じて 、 各 人 が 商 品 の 売 り手 と して 、 ま た 買 い 手 と し て 結 び つ き 、 各 人 が そ の 生 活 に つ い て 全 面 的 に 他 人 に 依 存 す る 社 会 が 成 立 した 時 代 で あ る 。 ス ミス は 、 こ の よ う な 社 会 で は 、 だ れ で も あ る 程 度 商 人 に な る と述 べ て い る 。 す な わ ち 、 「こ の よ う に し て 、 だ れ で も 、 交 換 す る こ と に よ っ て 生 活 し、 い い か え る と 、 あ る 程 度 商 人 と な り、 そ し て 社 会 そ の も の も、 ま さ し く商 業 的 社 会(commercial soci-ety)と よ べ る よ う な も の に 成 長 す る の で あ る 」 (『国 富 論 』、p.37、 邦 訳p.39)。 ス ミス が 文 明 社 会(civilized society)と 呼 ぶ 社 会 は こ の よ う な 社 会 で あ り、 ス ミス の 議 論 は この よ う な 社 会 、
ア ダ ム 。ス ミス の 教 育 論 57 す な わ ち市 場 経 済 の 社 会 を 前 提 に し て い る。 こ の よ う な 分 業 に も と つ く交 換 は 、 慈 愛 で は な く、 自 愛 心 に よ っ て 行 わ れ る 。 す な わ ち 、 「わ れ わ れ が 自 分 た ち の 食 事 を と る の は 、 肉 屋 や 酒 屋 や パ ン 屋 の 慈 愛(benevolence)に よ る の で は な くて 、 彼 ら の 自 身 の 利 害 に 対 す る 彼 ら の 関 心 に よ る。 わ れ わ れ が 呼 び か け る の は 、 彼 の 人 類 愛(humanity)に 対 し て で は な く、 彼 ら の 自 愛 心(self love)に 対 し て で あ り 、 わ れ わ れ が 彼 ら に 語 る の は 、 わ れ わ れ 自 身 の 必 要 に つ い て で は な く、 彼 ら の 利 益 に つ い て で あ る」(「 国 富 論 』、p.26、 邦 訳p.26)。 こ の 文 章 は よ く 引 用 さ れ る 文 章 で あ り、 慈 愛 で は な く 、 自 愛 心 を 強 調 して い る こ と が 特 徴 で あ る。 た だ し、 経 済 活 動 は 、 慈 愛 で は な く 自愛 心 に よ り 行 わ れ る こ と を 主 張 し て い る だ け で あ り、 人 間 の 行 動 の 動 機 に 慈 愛 が あ る こ と を 否 定 す る も の で は な い 。 ま た 、 ス ミス は 、 徳 性 と して の 慈 愛 の 重 要 性 を も 認 あ て い る の で あ る が 、 有 徳 な 行 為 を 慈 愛 に も と つ く行 為 に 限 定 す る こ と は 否 定 す る の で あ る〔3)。 ス ミス は 、 経 済 活 動 に お い て は 、 自 愛 心 に も と つ く 競 争 を 肯 定 して い る 。 しか し、 そ の 競 争 は 、 い う ま で も な く、 規 則 の も と で の 競 争 で あ り、 規 則 無 視 の 競 争 で は な い 。 ス ミス は 、 『道 徳 感 情 論 』 に お い て 、 次 の よ う に 述 べ て い る 。 「富 と 名 誉 を あ ざ す 競 争 に お い て 、 彼 は 彼 の す べ て の 競 争 者 を 追 い ぬ く た あ に 、 で き る か ぎ り 力 走 して い い し、 あ ら ゆ る 神 経 、 あ ら ゆ る 筋 肉 を 緊 張 さ せ て い い 。 し か し、 彼 が も し、 彼 ら の う ち の だ れ か を 、 お し の け るか 、 投 げ 倒 す か す る な らば 、 観 察 者 た ち の 寛 大 さ は 、 完 全 に 終 了 す る。 そ れ は 、 フ ェ ア ・プ レイ の 侵 犯 で あ っ て 、 彼 ら が 許 しえ な い こ と な の で あ る」(「道 徳 感 情 論 』、p.83、 邦 訳p.131)。 問 題 と な る の は 、 こ の よ う な 規 則 の 内 容 は 何 か 、 そ れ は い か に 形 成 さ れ 、 支 持 さ れ る か で あ る。 規 則 の 内 容 に 関 して は 、 前 述 し た よ う に 適 宜 性 に よ っ て 判 断 さ れ 、 社 会 的 に 決 定 さ れ る の で あ る 。 す な わ ち 、 自愛 心 に も とつ く行 動 で あ っ て も 、 適 宜 性 が あ れ ば 、 す な わ ち 、 社 会 的 妥 当 性 が あ れ ば 、 そ の 行 為 は 是 認 さ れ る の で あ る。 前 述 した よ う に 、 そ の よ う な 規 則 の う ち 、 正 義 と よ ば れ る も の が 、 法 に よ っ て 強 制 さ れ る の で あ る 。 市 場 経 済 で の 経 済 活 動 は 、 規 則 の も と で の 競 争 に よ っ て 維 持 さ れ る 。 し た が っ て 、 こ の よ う な 社 会 は 慈 愛 が な く と も、 維 持 す る こ と が 可 能 で あ る 。 ス ミス は 「道 徳 感 情 論 』 で は 次 の よ う に 述 べ て い る 。 「し か し、 必 要 な 援 助 が 、 そ の よ う な 寛 大 で 利 害 関 心 の な い 緒 動 機 か ら 提 供 さ れ な い と して も、 ま た 、 そ の 社 会 の さ ま ざ ま な 成 員 の 間 に 、 相 互 の 愛 情 と愛 着 が な い に して も、 そ の 社 会 は 、 幸 福 さ と 快 適 さ は 劣 る け れ ど も、 必 然 的 に 解 体 す る こ と は な い で あ ろ う 。 社 会 は 、 さ ま ざ ま な 人 々 の 間 で 、 さ ま ざ ま な 商 人 の 問 で の よ う に 、 そ れ の 効 用 に つ い て の 感 覚 か ら、 相 互 の 愛 情 ま た は 愛 着 が 何 も な く て も、 存 立 し う る。 そ し て 、 そ の な か の 誰 一 人 と し て 、 互 い に 何 も責 務 感 を 感 じ な い か 、 互 い に 感 謝 で 結 ば れ て い な い と し て も、 そ れ は 、 あ る一 致 し た 評 価 に 基 づ い た 、 善 行(good offices)の 金 銭 的 な 交 換 に よ って 、 依 然 と し て 維 持 さ れ う る の で あ る」(『道 徳 感 情 論 』、PP.85-6、 邦 訳p.134)。 こ の よ う な 社 会 を 維 持 す る た あ に 強 制 さ れ な け れ ば な ら な い 規 則 が ス ミ ス の い う正 義 で あ る。 ス ミ ス に よ れ ば 、 「だ か ら、 慈 恵 は 正 義 よ り も 、 社 会 の 存 続 に と っ て 、 不 可 欠 で は な い。 社 会 は 、 慈 恵 な し に も、 も っ と も気 持 ち が い い 状 態 に お い て で は な い と は い え 、 存 立 し う る が 、 不 正 義 の 横 行 は 、 ま っ た く そ れ を 破 壊 す る に ち が い な い 」(『道 徳 感 情 論 』、p.86、 邦 訳p.135)。 慈 恵 は 、 「建 物 を 美 し く す る 装 飾 で あ っ て 、 建 物 を 支 え る土 台 で は な く、 した が っ て そ れ は 、 す す あ ら れ れ ば 十 分 で あ り、 け っ して お しつ け る必 要 は な い の で あ る」(『道 徳 感 情 論 』、p.86、 邦 訳p.1 35)が 、 「反 対 に 、 正 義 は 、 大 建 築 の 全 体 を 支 持 す る 支 柱 で あ る。 も しそ れ が 除 去 さ れ る な ら ば 、 人 間 社 会 の 偉 大 で 巨 大 な 組 織 は 、 一 瞬 に し て 崩 壊 し て こ な み じ ん に な る に ち が い な い 」 (『道 徳 感 情 論 』、 p.86、 邦 訳p.135)。 こ の よ う に 、 市 場 経 済 の 社 会 で は 、 慈 恵 で は な く 、 正 義 が 社 会 を 維 持 す る支 柱 で あ る 。 し た が っ て 、 道 徳 性 の 一 般 的 諸 規 則 の う ち 正 義 と い わ れ る 部 分 が 法 と して 強 制 さ れ 、 守 ら な い 場 合 に は 処 罰 の 対 象 と な る。 一 方 、 慈 恵 は 、 勧 あ ら れ る だ け で 十 分 で あ り、 強 制 さ れ る こ と は な い 。 正 義 は 社 会 を 維 持 す る支 柱 で あ る が 、 ス ミ ス
に よ れ ば 、 個 人 は、 社 会 を 維 持 す る と い う目 的 で 正 義 を 支 持 す るわ けで はな い。 ス ミス に よ れ ば 、 「すべ て の 人 は、 も っ と も愚 昧 で 無 思 慮 な もの で さえ 、 詐 欺 、 背 信 、 不 正 を嫌 悪 し、 そ れ らが 処 罰 さ れ るの を 見 て 喜 ぶ 。 だ が、 社 会 の 存 立 に対 す る正 義 の 必 要 性 につ い て、 反 省 した こ とが あ る人 は、 め っ た に な い。 そ の必 要 性 が、 どん な に明 白 で あ る よ うに見 え る と して も、 そ うな の で あ る」(「道 徳 感 情 論 』、p.89、 邦 訳p.1 39)。 ス ミス に よ れ ば 、 人 々 が 不 正 に対 して 処 罰 を要 求 す るの は、 社 会 の一 般 的 利 害 に対 す る 関心 で あ る よ り も、 侵 害 を受 けた 個 人 へ の 関 心 か らで あ り、 加 害 者 の動 機 に対 す る反 感 で あ り、 被 害 者 の 憤 慨 に対 す る同 感 で あ る。 この こ と は他 の道 徳 に 関 して も同 じで あ り、 社 会 に対 す る有 用性(効 用)と い う観 点 か らの み それ らが 支 持 され るの で は な く、 それ らは道 徳 感 情(同 感)な の で あ る。 す な わ ち、 人間 は、 是 認 さ れ る こ とを、 また 称 賛 され る こ と を求 あ るが ゆ え に、 逆 に是 認 され な い こ と を恐 れ る た め に、 一 般 的 諸 規 則 を 守 るの で あ り、 さ らに、 是 認 さ れ る存 在 で あ り た い と欲 す る ゆ え に、 ま た称 賛 さ れ る存 在 で あ りた い と欲 す る ゆ え に、 有 徳 な存 在 に な ろ う とす る の で あ る。 この よ う に、 社 会 の利 益 に対 す る顧 慮 で は な く、 この よ うな人 間 の感 情 が 、 一 般 的諸 規 則 を守 らせ る の で あ るが、 この よ うな行 動 が 人 類 の幸 福 とい う 社 会 的利 益 に貢 献 す る こと に な る。 これ が、 ス ミスの い う神 的 存 在 、 自然 の創 造 主 が、 人 類 に 与 え た 感情 で あ り、 そ れ が個 体 の維 持 と人 類 と い う種 の増 殖 を促 進 す るよ うに機 能 す るの で あ る。 と こ ろで 、 是 認 され る ことを求 あ るが ゆえ に、 一 般 的 諸 規 則 を守 る とい う議 論 は、 マ ンデ ヴ ィ ル(B.Mandeville)が 美 徳 の 起 源 を 悪 徳 、 す な わ ち、 称 賛 され た い とい う虚 栄 、 に求 め た 議 論 と関 係 す るω。 ス ミス は、 自愛 心 が 有 徳 な 行 為 の動 機 で あ る こ とを 認 あ る。 た だ し、 虚 栄 と は、 称 賛 に値 しな い 場 合 に 称 賛 を 求 あ る行 為 で あ り、 「名 誉 あ り高 貴 で あ る こ とを しょ う と し、 わ れ わ れ 自身 を 尊 重 と明 確 な是 認 の 適 切 な対 象 た ら しあ よ う とす る欲 求 が 、 い く らか で も適 宜 性 を もって 虚 栄 と よば れ る こ と は あ りえ な い と い う こと を、 示 そ う とつ と あ よ う」(「道 徳 感 情 論 』、p.309、 邦 訳p.387)と 述 べ、 マ ンデ ヴ ィ ル の主 張 を批 判 して い る。 ス ミス は虚 栄 と称 賛 に 値 す る もの に な ろ う とす る欲 求 との 間 に、 それ らが と もに 「尊 重 と是 認 の獲 得 を め ざ す 」 と い う こ とに お い て、 類 似性 を認 あ て い るが 、 一 方 で、 前 者 が 不正 で あ るの に対 して、 後 者 は正 当 で あ り、 大 きな相 違 が あ る と も述 べ て い る。 そ して、 ス ミス は、 「教 育 の大 きな 秘 密 は、 虚 栄 を 適 切 な 諸 対 象 にむ け る こ と にあ る」(『道 徳 感 情 論 』、p.259、 邦 訳p.496)と 、・教 育 の 役 割 を述 べ て い る。 この よ う に ス ミス は、 正 義 を支 持 す る理 由 を 感 情 に求 めて い るの で あ るが 、 富 と名 誉 を求 め る競 争 自身 も同 じよ う に、 社 会 に お い て成 立 す る感 情 だ と考 え て い る。 す な わ ち、 「そ れ で は、 人 々 の さ ま ざ ま な身 分 のす べ て に わ た って 行 わ れ て い る競 争 は、 ど こか ら生 じるの で あ ろ うか。 そ して、 わ れ わ れが 自分 た ち の状 態 の 改善 と よ ぶ 人 生 の大 目的 に よ っ て意 図 す る諸 利 益 は何 で あ ろ うか。 観 察 さ れ る こと、 注 意 さ れ る こ と、 同感 と好 意 と明 確 な是 認 を も って注 目 され る こ とが、 わ れ わ れ が そ れ か ら引 き 出 す こ とを 意 図 し う る有 利 な点 の す べ て で あ る。 安 楽 また は喜 び で はな い、 虚 栄 が、 わ れ わ れ の 関心 を 引 くの で あ る」(『道 徳 感 情 論 』、p.50、 邦 訳p.73)。 ス ミス に よ れ ば、 富 や地 位 を求 あ る競 争 は、 そ れ らの 富 や地 位 に 伴 う利 益 を求 あ て い るの で は な く、 他 の人 よ り も卓 越 した い と い う感 情 、 称 賛 され た い とい う感情 、 す な わ ち 虚 栄 に よ るの で あ る。 ス ミス は、 競 争 の 結 果 と して 得 る こと が で き る富 や 名 誉 は、 そ れ らを 得 た 人 に と って 、 幸 福 を もた らす もの で はな い と、 多 くの箇 所 で 述 べ て い る。 しか しなが ら、 ス ミス は、 そ れ に もか か わ ら ず 、 富 や 名 誉 を 求 め る競 争 が 、 結 局 は、 人 類 の 利 益 に な るか ら、良 い こ とで あ る とい って い る。 す なわ ち、 「そ して 、 自 然 が この よ う に して わ れ わ れ を だ ます の は、 い い こ と で あ る。 人 類 の 勤 労 をか き たて 、継 続 的 に運 動 させ て お くの は、 この欺 瞞 で あ る」(『道 徳 感 情 論 』、p.183、 邦 訳 p.280)。 有 名 な 「見 え ざ る手 」 が 登場 す るの は、 この あ と の箇 所 で あ る。 す な わ ち、 「彼 ら は見 え ざ る手 に導 かれ て、 大 地 が そ の す べ て の 住 民 の間 で平 等 な部 分 に分 割 さ れ て い た場 合 に、 な
ア ダ ム ・ス ミス の 教 育 論 59 さ れ た で あ ろ うの とほ ぼ 同一 の、 生 活 必 需 品 の 分 配 を お こな うの で あ り、 こ う して 、 そ れ を 意 図 す る こ とな く、 そ れ を 知 る こ とな しに、 社 会 の利 益 を推 し進 め、 種 の増 殖 に 対 す る手 段 を 提 供 す るの で あ る」(『道 徳 感 情 論 』、p.184-5、 邦 訳p.281)。 個 人 は、 他 の人 よ り卓 越 した い 、 称 賛 さ れ た い とい う動 機 で 、 富 を 求 め るの で あ る が、 そ れ が 結 局 は人 類 とい う種 の増 殖 と い う結 果 を もた らす の で あ る。 個 人 の 動 機 は社 会 に対 す る結 果 を 考 え て の こ とで はな い。 そ の よ う な 結 果 を もた らす の は、 「見 え ざ る手 」 で あ り、 個 人 の 行 動 は、 意 図 せ ざ る社 会 的 結 果 を もた ら す の で あ る。 この よ うな 議 論 は 、 『国 富 論 』 で は、 個 人 の利 益 追 求 が 社 会 の利 益 を もた らす と い う議 論 に あ らわ れ る。 す な わ ち、 「も ち ろん 、 彼 は、 普 通 、 社 会 公 共 の利 益 を増 進 しよ うな ど と意 図 して い るわ け で な い し、 ま た、 自分 が 社 会 の利 益 を どれ だ け増 進 して い るの か も知 って い る わ け で はな い。 外 国 の産 業 よ り も国 内 の 産 業 を維 持 す るの は、 た だ 自分 自 身 の安 全 を思 っ て の こ とで あ る。 そ して、 生 産 物 が最 大 の価 値 を もつ よ う に産 業 を運 営 す るの は、 自分 自身 の 利 得 の た あ なの で あ る。 だ が、 こ うす る こ と に よ って、 彼 は、 他 の 多 くの 場 合 と同 じ く、 こ の 場 合 に も、 見 え ざ る手 に導 か れ て、 自分 で は意 図 して もい なか った一 目的 を 促 進 す る こ とに な る」(『国 富 論 』、p.456、 邦 訳p.706)。 この 議 論 に お いて 、 重 要 な こと は、 個 人 の利 益 追 求 が 社 会 の 利 益 に な る とい う ことで は な い。 個 人 の 利 益 追 求 が 必 ず社 会 の利 益 に な る わ けで は な い。 重 要 な こ と は、 個 人 の行 動 は そ の社 会 的 結 果 を 考 え て の こ とで はな い とい う こ とで あ る。 こ の こ と は、 「道 徳 感 情 論 』 全 体 に 支 配 的 な 考 え で あ り、 ス ミ スの も っ と も強 調 す る こ との一 つ で あ る。 前 述 した よ う に、経 済 活 動 は フ ェア ・プ レ イ に も とづ い て 行 わ れ な け れ ば な らな い。 ス ミス の場 合 、 自 愛 心 に も とつ く競 争 に お い て、 この よ う な 自 己 規 制(self command)を もた らす もの は、 同 感 能 力 に よ る適 宜性 の判 断 で あ り、 哀 れ み や 同 情 の感 情 で はな い。 経 済 活動 に お い て は、 人 は 自愛 心 に もとづ い て 行動 す る。 しか し、 ス ミス は、 人 は 自愛 心 に対 抗 して 慈 恵 的 な 行 動 を と る場 合 もあ る と述 べ て い る。 た だ し、 そ の よ うな場 合 に、 人 間 に そ の よ う な行 動 を取 らせ る理 由 は慈 愛 で は な い 。 す な わ ち 、 「自愛 心 の も っ と も強 い衝 撃 に さえ対 抗 で き る の は、 人 間 愛 と い うや さ しい 力 で はな く、 自然 が 人 間 の心 に点 じて お い た、慈 愛 の 弱 い火 花 で はな い。 そ の よ うな場 合 に働 くの は、 も っ と強 い力 で あ り、 も っ と強 制 的 な動 機 で あ る。 それ は、理 性 、 原 理 、 良 心 、 胸 中 の住 人 、 内部 の人 、 わ れ わ れ の行 為 の偉 大 な裁 判 官 に して 裁 決 者 で あ る」 (『道 徳 感 情 論 』、p.137、 邦 訳p.201)。 一 方 、 ス ミス は、 徳 性 を す す め るの は、 そ れ が わ れ わ れ 自身 の利 益 に な るか らで あ る と い う 説 、 す な わ ち、 徳 性 を す す め るの が 自愛 心 で あ る とい う説 に対 して は、 そ れ は、 「利 益 を 受 け るか損 害 を こ うむ るか した 人 々 の、 感 謝 また は 憤 慨 に対 して わ れ わ れ が 感 じる、 間 接 的 な同 感 だ った の で あ る」(『道 徳 感 情 論 』、p.317、 邦 訳 p.400)と 関 連 性 を 認 あ て い る。 ま た 、 有 徳 な 行 為 の動 機 の一 つ と して の 自愛心 を認 め て い る。 しか し、 ス ミスに よれ ば 、 同 感 は、 想 像 上 の 境 遇 の 交 換 か ら生 じるの で あ るが 、 そ の よ うな 境 遇 が 自分 に はお こ りえ な い こ と に対 して も同 感 す るの で あ り、 そ れ は 自分 の利 益 と は関 係 な い の で あ る。 した が って 、 「同 感 は、 どん な 意 味 にお いて も、 利 己 的 な 原 理(selfish principle) と はみ な され え な い」(『道 徳 感 情 論 』、p.317、 邦 訳p.401)と 述 べ て い る。 した が って 、 規 則 を守 らせ る もの は 自愛 心 の みで もな いの で あ る。 以 上 の よ う に ス ミス の議 論 で は、 道 徳 の内 容 は道 徳 感 情 か ら成 立 す るが 、 これ を 守 らせ る の も道 徳 感 情 な ので あ り、 これ らは個 人 の 社 会 性 か ら生 ず る感 情 で あ る。 ス ミス は 、 「も し、 人 間 と い う被 造 物 が 、 あ る孤 独 な場 所 で 、 彼 自 身 の種 と何 らの交 通 もな しに成 長 して 、 成 年 に達 す る ことが 可 能 で あ った と すれ ば、 彼 は、 彼 自 身 の顔 の美 醜 につ い て とお な じ く、 彼 自身 の性 格 につ い て、 彼 自身 の諸 感 情 と行 動 の 適 宜 性 ま た は欠 陥 につ い て、 彼 自身 の精 神 の美 醜 につ い て、 考 え る こ とが で きな い で あ ろ う」(『道 徳 感 情 論 』、p.110、 邦 訳p.181)と 述 べ て い る。 この よ うに、 適 宜 性 に対 す る感 覚 は社 会 の中 で育 成 され るの で あ るが、社 会 が そ の よ うな感 覚 を 育 成 す る こ とが で き、個 人 の 行動 を導 く良 心 を 育 成 で き るか ぎ り、 社会 を維 持 す る機 能 と して の
教 育 と立 法 の 役 割 は小 さ い とい え る⑤。 た だ し、 ス ミス は教 育 の 役 割 を軽 視 して い る ので は な く、 教 育 の役 割 を 同 感 能 力 との 関 連 で 考 え て い る の で あ る。 次 節 で は、 この よ うな 観 点 か ら、 ス ミ スが 教育 の 役 割 とあ り方 を どの よ う に考 え て い た か を 検 討 す る。 ま た、 第V節 で は、 社 会 が 道 徳 感 情 を 育 成 で きな い場 合 と関 連 させ て 、 庶 民 に対 す る教 育 の必 要 性 に関 す る ス ミス の議 論 を 取 り上 げ る。 IV道 徳 と教 育 ス ミス の教 育 論 は、 身 分 や財 産 の あ る人 々 で あ る上 層 お よ び 中 層 階 級 を対 象 と した教 育 と下 層 階級 で あ る庶 民 を 対 象 と した教 育 に 関 す る も の の二 つ か らな って い る。 庶 民 に対 す る教 育 の 必 要 性 の議 論 に関 して は、 次 節 で述 べ る。 この 節 で は、 同 感 に関 す る議 論 と関連 させ て、 教 育 の 役割 とあ り方 に関 す る ス ミス の議 論 を い くつ か 取 り上 げ 、 ス ミス の 同感 の理 論 と教 育 に 関 す る議 論 との 関 連 を明 らか に す る。 前述 した 道 徳 性 ま た は行 為 に 関 す る一 般 的 諸 規 則 は、 ス ミス に よ れ ば、 教 育 に よ って確 認 さ れ 、 刻 印 され る。 した が って、 教 育 は、人 が 一 般 的 諸 規 則 に従 って行 動 す る こ とを 強 化 す る役 割 を果 たす 。 ス ミス は、 道 徳 的 に教 育 され る こ との効 果 を 次 の よ う に述 べ て い る。 す な わ ち 、 他 の人 物 か ら大 き な恩 恵 を受 け た人 は、 感 謝 の 感 情 を 感 じ なか っ た と して も、 も し彼 が 道 徳 的 に教 育 され て きた な らば、 彼 は 恩 人 に対 して 尊 敬 して ふ る ま う。 ま た、 妻 が夫 に対 して 、 や さ しい顧 慮 を 感 じな い と して も、 も し彼 女 が 道 徳 的 に教 育 さ れ て き た な らば、 彼 女 はそ れ を 感 じて い るか の よ うに行 為 す る。 この よ う に、 道 徳 的 に教 育 さ れ て き た人 間 は、 この 一 般 的 諸 規 則 に従 って 行 動 しよ うと す るの で あ り、 道 徳 性 の一 般 的 諸 規 則 を守 ろ う とい う感 覚 が 、 義 務 の 感 覚 と いわ れ る(『 道 徳 感情 論 』、p.161、 邦 訳p.208)。 しか しなが ら、 ス ミス は この よ うな 教 育 の 限 界 を も指 摘 して い る。 す な わ ち 、 「そ の よ う な 友 人 と そ の よ うな妻 は、 そ の いず れ も、確 か に、 友 人 お よ び妻 と して ま った く最 善 の もの で は な い」(『道 徳 感 情 論 』、p.162、 邦 訳p.209)。 た だ し、 「彼 らは彼 らの 種 類 と して ま った く第 一 級 の もので は な い と は いえ 、 お そ ら く第 二 の も の で はあ ろ う」(「道 徳 感情 論 』、p.163、邦 訳p.209)。 ま た、 「どん な人 で も、 ほ と ん ど あ ら ゆ る 場 合 に一 応 の礼 儀 正 しさ を も って行 為 し、 彼 の 生 涯 の全 体 に わ た って、 何 か 取 り立 て て い う ほ ど の 非 難 を避 け る ほ ど に、 一 般 的諸 規 則 へ の顧 慮 を、 訓 練 、 教 育 、 実 例 に よ って刻 印 さ れ え な い と い う こ とは、 め った に な い の で あ る」(『道 徳 感 情 論 』、p.163、 邦 訳p.209)。 ス ミス は道 徳(moral)と 徳 性(virtue)を 区別 して い る。 ス ミス に よ れ ば 、 「徳 性 と は、 感 嘆 され祝 福 さ れ るに値 す る諸 資 質」(『道 徳 感 情 論 』、p.25、 邦 訳p.32)を い うが、 「道 徳 の普 通 の程 度 の な か に は、 何 の徳 性 もな い。 徳 性 と は、 卓 越 で あ り、 大 衆 的 で通 常 的 な も の を は る か に越 え て 高 ま った、 な に か 普通 で な く偉 大 で 美 しい もの で あ る」(『道 徳 感 情 論 』、p.25、 邦 訳p.32)。 した が っ て、 この よ うな 徳 性 と 比 較 す れ ば 、道 徳性 の一 般 規 則 も単 に社 会 に必 要 な 規 則 に す ぎず、 一 般 的諸 規 則 の 遵 守 は、 非 難 さ れ な い とい うだ けで あ り、道 徳 的 教 育 に よ って 一 般 的 諸 規 則 を遵 守 した と して も、 そ れ は有 徳 な 存在 で はな い。 した が って 、 人 が 道 徳 的 に教 育 され て きた と して も、 徳 性 の レベ ル に は達 し な い と、 ス ミス は考 え て いた と い って よ い。 ス ミスの 考 え は、 道 徳 と異 な る徳 性 の レベ ル に達 す るの は、 先 天 的 な 能 力 とそ れ を 訓 練 す る機 会 に 恵 まれ た 人 で あ る と考 え て い る よ うで あ る。 教 育 が 道 徳 に与 え る影 響 に関 す る ス ミス の 見 解 は、 「道 徳 感 情 論 』 の 第5部 「明 確 な 道 徳 的 是 認 お よ び否 認 の 諸 感 情 に対 す る、 慣 習 と流 行 の 影 響 につ いて 」 か ら推 測 す る こ とが で き る。 この 箇 所 で の 議 論 は、道 徳 の 内 容 に あ た え る慣 習 や 環 境 の 影 響 が 中 心 で あ るが 、 教 育 に関 して も若 干 言 及 して い る。 ス ミスの 理 論 で は、 道 徳 性 の一 般 的 諸 規 則 は 経 験 に基 づ いて 形 成 さ れ る もので あ る。 したが っ て 、経 験 が 異 なれ ば 、 道 徳 の 内 容 も異 な った も の とな る。 経 験 は、 環 境 や 慣 習 、 流 行 、 教 育 な どの 影 響 を 受 け るか ら、 道 徳 の内 容 もそ れ ら の 影 響 を 受 け る こ と に な る。 しか し、 ス ミス は 、 「明 確 な道 徳 的 是 認 と否 認 の 諸 感 情 は、 人 間 本 性 の も っ と も強 く、 もっ と も活 発 な諸 情 念 に も
ア ダ ム ・ ス ミス の 教 育 論 61 とつ いて いて 」、 慣 行 と教 育 に よ っ て 「そ れ ら はい く らか 曲 げ られ る か も しれ な い が 、 ま っ た く逸 脱 され る こ と は あ りえ な い の で あ る」(「道 徳感 情 論 』、p.200、 邦 訳p.307)と 述 べ て い る。 た だ し、 教 育 、 慣 行 、 流 行 な ど は、 性 格 や 行 為 の 適 宜 性 に対 して は影 響 を与 え るの で あ り、 ス ミス は、 流 行 や慣 行 が、 性 格 と行 為 の適 宜 性 に与 え る影 響 を詳 細 に述 べ て い る。 ま た、 文 明 化 した社 会 と そ うで な い社 会 で は、 ど ん な徳 性 が よ り重 視 さ れ る か に 関 して相 違 が あ る と述 べ て い る。 す な わ ち、 「文 明 化 した諸 国 民 の 間 で は、 人 間 愛 に も とつ く諸 徳 性 が、 自己 否 定 と諸 情 念 の規 制 に も とつ く諸 徳 性 よ り も、 よ く育 成 され る。 粗 野 で野 蛮 な 諸 国 民 の 間 で は、 ま った く別 で あ って 、 自 己否 定 の 諸徳 性 が 、人 間愛 の 諸徳 性 よ り も、 よ く育成 され る」(『道 徳感情 論』、 p.205、 邦 訳p.314)と 述 べ て い る。 そ して 、 ど の よ う な徳 性 が よ り育 成 され るか は、 社 会 の 相 違 に よ って、 ど ち らの 徳性 を 訓 練 す る機 会 が よ り多 いか に よ って 決 ま る と考 え る(6)。 こ の よ う に 、性 格 や 行 為 の適 宜性 は 時 代 や 国 を異 にす る こ とに よ って 異 な るの で あ るが 、 ス ミス に よ れ ば 、 「行 為 の 自 然 的 適 宜 性 で あ る も のか らの最 大 の 離 反 を、慣 習 が正 当 化 す る の は、 行 動 ま た は ふ る ま い の 一 般 的 形 態(general style of character and behaviour)に お け る それ で は な い 」(r道 徳 感 情 論 』、p.209、 邦 訳p. 321)。 ス ミス は、 行 為 に は 「自然 的 適 宜 性 」 が あ る と考 え て お り、 行 為 の 自然 的 適 宜 性 か ら大 き く離 反 す る の は、 「特 定 の諸 慣 行 の適 宜 性 と 不 適 宜 性 」 に 関 して な ので あ る。 この こ とか ら、 国 や 時代 の相 違 に よ って 、 個 々の 行 為 の 適 宜 性 や重 視 され る徳 性 は異 な る けれ ど も、 道 徳 や 行 為 の一 般 的規 則 に も自然 的 な ものが あ る と考 え て い た と思 わ れ るσ)。 ス ミス の 議 論 で は、 社 会 的 な経 験 に よ って 道 徳 感 情 が育 成 さ れ る が、 この よ うな道 徳 感 情 の 育 成 と教 育 の あ り方 との関 係 が 問 題 に な る。 こ の問 題 を次 に扱 う。 ス ミス の議 論 で は、 社 会 集 団 の なか で人 間 が 同感 を抱 く こ とに よ って、 道 徳 が 成 立 す る。 同 感 の対 象 と な る集 団 の 自然 な広 が りが 、 個 人 と 集 団 との関 係 の強 さ によ り、家 庭 、身 近 な集 団 、 そ して国 家 と な る。 い うまで もな く、 人 は まず 自分 自身 に対 して 配 慮 す る。 自分 自身 の 次 に、 配 慮 と愛 着 の 対 象 と な る集 団 が 、 自分 の家 族 で あ り、 人 は、 自分 の 家 族 の構 成 員 に対 して 「同 感 す る よ うに慣 行 づ け られ て い る」(『道 徳 感 情 論 』、p .219、邦訳 p.452)。 た だ し、 この場 合 の家 族 とは 、 血 縁 関 係 で は な く、 と もに暮 ら して い る とい う関 係 が 重 要 で あ る。 す な わ ち、 と もに暮 ら して い る家 族 の 幸 福 の た め に は、 お互 い に1順応 す る こ とが 必 要 で あ り、 そ の た あ に、 同感 が慣 行 に な る の で あ る。 そ の結 果 、 家 族 の間 で は、 同 じよ うな 感 情 を 抱 くこ と に な る の で あ る。 ス ミス に よれ ば 、 慣 行 的 同 感 と は、 家 族 の構 成 員 の 幸 福 ま た は悲 惨 に対 す る関 心 で あ り、 家 族 の幸 福 を 願 う 感 情 は その 結 果 で あ る。 この よ う な考 え が 、 次 の よ うな主 張 に つ なが る。 「少 年 た ち を 遠 くに あ るす ぐれ た学 校 で、 青 年 た ちを 遠 くに あ る大 学 で 、 若 い上 流 女 性 を 遠 くに あ る尼 僧 院 お よ び寄 宿 学 校 で、 教 育 す る こ と は、 フ ラ ンスで もイ ギ リス で も、 世 間 の 比 較 的高 い身分 にお け る家 庭 の 諸道徳 を、 したが っ て 家庭 の幸福 を、 非常 に本質 的 に傷つ けて しまっ た よ う に思 わ れ る。 あ な た は、 自分 の子 ど もた ち を、 その 両 親 に対 して義 務 をつ くす よ うに、 そ の兄 弟 姉 妹 に対 して親 切 で愛 情 が あ る よ うに、 教 育 した い と望 むだ ろ うか 。 それ な らば 彼 らを、 あ な た 自身 の家 で 教 育 す べ き で あ る。 彼 らが、 そ の両 親 の 家 か ら毎 日、 パ ブ リッ ク ・ス クー ル に出 席 す る こ と は、 適 切 で あ り利 点 が あ るだ ろ う。 しか し、 彼 らの住 居 は、 つ ね に家 庭 とす べ きで あ る。 あ な た に対 す る尊 敬 が 、 つ ね に 彼 ら の 行 動 に、 非 常 に有 効 な抑 制 を課 す る に ち が い な い。 彼 らに対 す る尊 敬 は、 しば しば、 あ な た 自身 の 行 動 に、 無 用 で は な い抑 制 を課 す る で あ ろ う。 公 教 育 と よ ば れ る ものか らなん とか して ひ きだ され うる、 どん な習 得 物 も、 そ れ に よ っ て ほ とん ど確 実 か っ 必 然 的 に失 わ れ る もの に対 して 、 どん な種 類 の うあ あわ せ もで き な い こ と は、 た しか で あ る。 家 庭 教 育 は 自然 の 制 度 で あ り、公 教 育 は、人 間 の 工 夫で あ る。 どち らが もっ と も賢 明 な もの で あ る ら しいか は、 た しか に、 い う必 要 が な い」(「道 徳 感 情 論 』、p.222、 邦 訳 PP.455-6)。 ス ミスの 主 張 は、 家 庭 の諸 道 徳 は家 庭 教 育 の
な か で 育 成 さ れ る と い う こ と で あ り 、 家 庭 を 離 れ て は 、 家 族 が と も に 暮 ら さ な い と い う 環 境 の も と で は 、 家 庭 の 諸 道 徳 は 育 成 さ れ な い と い う こ と で あ る 。 ス ミ ス は 、 家 族 の 間 で の 「自 然 の 愛 着 を 、 親 子 の 間 に想 定 さ れ る 肉 体 的 結 合 の 結 果 で あ る 以 上 に 、 道 徳 的 結 合(moral connec-tion)の 結 果 で あ る と 考 え る」(「 道 徳 感 情 論 』、 p.223、 邦 訳p.457)と 述 べ て い る 。 こ れ は 、 家 族 の 愛 着 が 、 血 縁 関 係 で は な く、 と も に 暮 ら す と い う関 係 か ら生 ま れ る こ と を 言 っ て い る。 し た が っ て 、 家 族 に 限 らず 、 と も に 生 活 を す る と か 、 交 際 を せ ざ る を え な い 集 団 で 生 じ る も の だ と い う こ と で あ る 。 こ の よ う な 集 団 で は 、 「便 宜 と 順 応 の た め に 、 慣 行 的 に な っ た 同 感 」(『道 徳 感 情 論 』、p.224、 邦 訳p.458)が 生 じ る の で あ る。 ス ミ ス は 、 こ れ を 「強 制 さ れ た 同 感 」(con-strained sympathy)(『 道 徳 感 情 論 』、 p.224、 邦 訳p.458)と も い っ て い る 。 ま た 、 こ こ で 、 ス ミ ス が 家 庭 教 育 を 自 然 の 制 度 で あ る と い っ て い る こ と が 重 要 で あ る 。 子 ど もが 道 徳 感 情 を 発 展 さ せ て い く一 つ の 過 程 と し て 、 家 庭 が 重 要 で あ る こ と 、 そ れ が 自 然 な 状 態 で あ る 、 と ス ミ ス が 考 え て い た こ と を 表 し て い る 。 こ の よ う な 描 写 は 『道 徳 感 情 論 』 に お い て 、 体 系 的 で は な い が 、 い くつ か の 箇 所 に 述 べ ら れ て い る。 ス ミ ス に よ れ ば 、 道 徳 的 存 在 は 、 責 任 あ る存 在 で あ り 、 責 任 あ る 存 在 は 、 他 人 に 対 し て 自 己 の 諸 行 為 を 説 明 し な け れ ば な ら な い 。 人 間 は 神 に 対 し て 責 任 を 有 す る が 、 時 間 の 順 序 と し て は 、 ま ず 同 胞 被 造 物 に 対 し て 責 任 あ る 存 在 と 考 え る の で あ り、 そ の 後 に 、 神 的 存 在 に つ い て の 観 念 を 形 成 す る 。 子 ど も の 場 合 に は 、 両 親 に 対 す る 責 任 か ら始 ま る 。 す な わ ち 、 「子 ど も は た しか に 、 自 分 を 、 両 親 に 対 し て 責 任 あ る も の と 考 え 、 値 う ち 相 応 な 、 彼 ら の 明 確 な 是 認 ま た は 否 認 に つ い て の 思 考 に よ っ て 、 気 分 が う き た っ た り 力 を お と し た り す る の で あ っ て 、 そ れ か らず っ と 後 に な っ て 、 自 分 が 神 的 存 在 に 対 し て 責 任 を 有 す る こ と に つ い て 、.あ る い は 、 そ の 神 聖 な 存 在 が 自 分 の 行 動 を 裁 判 す る で あ ろ う 場 合 の 諸 規 則 に つ い て 、 何 らか の 観 念 を 形 成 す る の で あ る 」(『道 徳 感 情 論 』、p.111、 邦 訳p.184)。 こ の よ う に 、 ス ミ ス の 議 論 で は 、 子 ど も が 道 徳 感 情 を 発 展 さ せ て い く 自然 な 過 程 と して の 、 家 庭 が位 置 づ け られ て い る と いえ る。 子 ど も は、 家 庭 にお いて 両 親 との 間 で 自 己 規 制 を学 ぶ。 しか し、個 人 を 自 己規 制す る良 心 は、 中立 的 な 観 察 者 の 立 場 で判 断 す る能 力 で あ り、 これ は、 他 人 と の間 に お い て育 成 さ れ る もの で あ る。 家 庭 で は、子 ど もは両 親 の 保護 の もとに、 寛 大 な愛 の もと に あ る の で あ り、 自 己規 制 の 場 と して は、 当 然 限 界 が あ る。 子 ど もが成 長 し、 学 校 に行 く こと に よ って、 同等 者 と交 わ る こ と に よ って 、 同 等 者 の な か で 自 己規 制 を学 ぶ こ と に な る。 しか しな が ら、 「自己 規 制 の 偉 大 な 学 校 」 は、 「世 間 の 雑 踏 と事 業 」(「道 徳 感 情 論 』、 p.146、 邦 訳p.258)で あ る。 す な わ ち 、 自 己規 制 は、 「練 習 と実 行 」 に よ って 確 立 さ れ る の で あ り、 「困 難 、 危 険 、 侵 害 、 悲 運 だ け が 、 そ の も とで わ れ わ れ が 、 この 徳 性 の 練 習 を 学 ぶ こ と がで き る、教 師 た ちな の で あ る」(『道 徳 感情 論』、 p.152、 邦 訳PP.265-6)。 た だ し、 自己 規 制 だ けが 徳 性 で はな い。 ス ミ ス は、 同 感 の 機 能 の 仕 方 か ら、 徳 性 を 大 き く二 つ に分 け て い る(8)。す な わ ち、 同 感 が 成 立 す る た め に は、二 つ の 努 力 が 必 要 で あ る。 一 つ は、 観察 者 が 当事 者 の 諸 感 情 に入 り込 もう とす る努 力 で あ り、 も う一 つ は、 当 事 者 が 自己 の情 動 を 観察 者 が つ いて い け る もの に まで 引 き下 げ よ う とす る努 力 で あ る。 人 間 愛 の徳 性 は前 者 か ら引 き出 され 、 自己 規 制 の徳 性 は後 者 か ら引 き出 さ れ る。 ス ミス に よれ ば、 前 者 を獲 得 す るの に生 まれ つ き適 して い る人 は、 後 者 を獲 得 す るに も 適 して い る。 しか しな が ち 、 「人 間 愛 とい う穏 や か な徳 性 が もっ と も うま く育 成 さ れ る諸 環 境 は、 自己 規 制 と い う厳 しい徳 性 を形 成 す るの に も つ と も適 した諸 環 境 と、 決 して 同 じで はな い。 自分 自身 が 安楽 に して い る人 は、 もっ と もよ く、 他 の人 々 の 困 苦 につ いて 配 慮 す る こ とが で き る。 自分 自 身 が 諸 困 難 に さ らさ れ て い る人 は、 きわ め て 即 座 に、 彼 自身 の諸 気 分 に つ い て配 慮 し、 そ れ ら を制 御 す る こと を、 求 め られ る人 で あ る。 妨 げ られ る こと の な い平 静 さの 、 お だ や か な 日 ざ し の なか で、 誘 惑 され る こ との な い 哲学 的 な 余 暇 の、 静 か な隠 れ家 に お いて 、 人 間 愛 と い うや さ しい徳 性 は、 も っ と も よ く花 開 き、最 高 の 改 善 を受 け る こ とが で き る。 だ が そ う い う境 遇 に お
ア ダ ム ・ス ミス の 教 育 論 63 い て は、 自己 規 制 の も っと も偉 大 で 高貴 な 行 使 は、 ほ とん ど練 習 す る こ とが で きな い」(『道 徳 感情 論』、p.146、 邦 訳p.266)。 した が っ て、 す ぐれ た 人 間 愛 を持 った人 が、 しば しば 自己 規 制 にお いて 劣 り、 す ぐれ た 自己 規制 を持 った人 が 、 しば しば 人 間 愛 と正 義 に お い て 劣 るの を 見 る の で あ る。 以 上 の よ うな ス ミスの 議 論 か ら、 ス ミスの 教 育 に関 す る議 論 が 、 彼 の 同 感 の 理 論 と密 接 に 関 連 して い る こ とが わ か る。 同 感 は集 団 の中 で 育 成 さ れ る の で あ り、集 団 を離 れ て は あ りえ な い。 したが って、 道 徳 的 な教 育 は、 それ らと のか か わ りの な か で 考 え な け れ ば な らな い。 個 人 の道 徳 性 を育 成 す る もの は、 社 会 で あ り、 環 境 で あ り、 そ れ らの 中 で の訓 練 で あ ると いえ る。 特 に、 この こ と は徳 性 の レベ ル にお いて は明確 で あ る。 V1同 感 と庶 民 の教 育 ス ミスの 議 論 は、 社 会 に お い て道 徳 感 情 が 育 成 され る こ と を前 提 に して い るが、 この よ うな 感情 は、 ど の よ うな 社 会 で も同 じ程 度 に育 成 さ れ るわ けで は な い。 同 感 が 人 間 の 同 胞感 情 を 前 提 に して い る よ うに 、 同 感 能 力 の 程 度 は、 社 会 にお け る個 人 の あ り方 ・社 会 性 に よ るの で あ る。 そ して 、 そ れ は社 会 の あ り方 に よ る。 社 会 の あ り方 に よ っ て は、 同 感 の 機 構 が 強 く働 く社 会 と そ うで な い社 会 と あ りう るで あ ろ う。 この 節 で 取 り上 げ る庶 民 に対 す る教 育 の必 要 性 に関 す る ス ミス の議 論 は、 この こ と と強 く関 連 して い る。 教 育 に 関 す る具 体 的 な 提 言 は 、 「国 富 論 』 に 述 べ られ て い る が、 ス ミス は、 庶民 に関 して は、 読 み書 き、 計 算 を教 え る こと、 教 育 を義 務 化 す る こと を提 言 して い る。 す な わ ち、 「文 明 社 会 で は ど こで も、 庶 民 は、 あ る程 度 の地 位 や財 産 の あ る人 々 の よ うに立 派 な教 育 を受 け られ な い け れ ど も、 そ れ で も、 教 育 の も っ と も基 本 的 な 部 分 、 つ ま り読 み書 き、 計 算 は、 生 涯 の ご く早 い時 期 に 修 得 で き るわ け な の だ か ら、 最 低 の職 業 を仕 込 ま れ る こと にな って い る人 た ちで さえ、 そ の大 多 数 は、 そ う した 職業 に雇 わ れ て い く前 に、 そ れ ら を 身 に付 け る時 間 はあ る。 国 は、 ご くわ ず か の 経 費 で 、 国 民 の ほ とん ど全 部 に、 教 育 の こ う した も っ と も基 本 的 な 部 分 を修 得 す る こ と を 、助 け、 奨 励 し、 さ らに は必 須 の もの と して 義 務 づ け る こ と さ え で き る」(『国 富 論』、 p.785、 邦 訳pp.1249-50)。 また 、 「そ の 際 に は 、 いず れか の同 業 組 合 の親 方 身分 を取 得 しよ う と す る か、 あ る い は、 村 や 自治 都 市 で、 何 か の 営 業 を始 あ る の を許 可 して も らお う とす る著 す べ て に、 国 が これ らの分 野 の試 験 な り検 定 な りを 強制 す れ ば よ い」(「国 富 論』、p.786、 邦 訳PP.1 251-2)。 この よ うに庶 民 の教 育 を 義 務 づ け る こ とが 必 要 な理 由 は、 分 業 の発 達 に よ って 社 会 が 必 要 と す る能 力 や徳 を庶 民 が 修得 で きな くな っ たか ら で あ る。 す な わ ち、 「分 業 の 発 達 と と もに、 労 働 で生 活 す る人 々 の圧 倒 的 部 分 、 つ ま り国 民 大 衆 の 仕事 は、 少 数 の、 しば しば 一 つ か 二 つ の ご く単 純 な 作業 に 限定 され て し ま うよ う に な る。 と ころ で 、大 方 の人 間 の理 解 力 とい う もの は、 彼 が 従 って い る 日常 の 仕事 に よ って必 然 的 に形 成 され る。 そ の全 生 涯 を、 少 数 の単 純 な 作 業 、 しか も作 業 の 結果 も また、 お そ ら くい つ も同 じ か 、 ほ とん ど同 じと い った 作 業 を や る こ と に費 や す 人 は、 さ まざ まな 困 難 を 取 り除 く手 立 て を 見 つ け よ う と、 努 あ て 理 解 力 を はた か せ た り工 夫 を凝 ら した りす る機 会 が な い。 そ う い う困 難 が 決 して 起 こ らな い か らで あ る。 こ う い うわ け で 、 彼 は 自然 に こ う した努 力 を す る習慣 を失 い、 た いて い は神 の 創 り給 う た人 間 と して な り下 が れ るか ぎ り愚 か にな り、 無 知 に な る。 … …結 局 、 私 生 活 の うえ で の 日常 の 義 務 につ いて さえ 、 多 くの場 合 、 何 もま と もな判 断 を下 せ な くな って しま う。 自分 の 国 の 重 大 で 広 範 な利 害 につ いて も、 ま った く判 断 が 立 た な い」(『国 富 論 』、PP. 781・2、邦 訳p.1245)。 一 方 、 狩 猟 民 や 牧 羊 民 の社 会 、 原 始 的 な農 業 の段 階 に あ る農 耕 民 の 社 会 の 場 合 、 「こ う い う 社 会 で は、 だれ もが多 種 多様 の仕事 を や るか ら、 だ れ もが そ の能 力 を発 揮 しな いわ けに ゆか な い し、 ま た、 絶 え ず 起 こ って くる さ まざ ま な困 難 を取 り除 く手 立 て を発 明 せ ざ る を得 な くな る」 (「国富 論 』、p.783、 邦 訳p.1246)。 た だ し、 分 業 が 進 ん だ社 会 で も、 地 位 や 財 産 の あ る人 た ち は、 職 業 に よ って必 要 な 能 力 や 徳 が育 成 され る。 す な わ ち、 「そ れ に 、 あ る程 度 の地 位 や財 産 の あ る人 た ちが 生 涯 の 大 部 分 をす
こ す 職 業 も 、 庶 民 の 職 業 の よ う に 単 純 で 千 篇 一 律 の も の で は な い 。 そ の ほ と ん ど ど れ もが 、 極 度 に 複 雑 で 、 手 よ り は 頭 を つ か う と い っ た も の で あ る。 だ か ら、 こ う い う職 業 に つ い て い る 人 々 の 理 解 力 が 、 使 い 方 が 足 り な い た め に ぼ け て く る な ど と い う こ と は 、 ま ず あ り え な い 」(「 国 富 論 』、p.784、 邦 訳p.1248)。 こ れ に 対 し て 、 「庶 民 の 間 で は 事 情 が 違 う 。 彼 らが 教 育 の た め に 割 け る 時 間 は 、 ほ と ん ど な い。 彼 ら の 両 親 は 、 幼 い 彼 ら を さ え 養 い か ね る く ら い な の で あ る。 働 け る よ う に な る や い な や 、 彼 ら は 自 分 の 食 扶 持 を 稼 ぎ 出 せ る よ う な 、 何 か の 職 業 に 身 を 入 れ ざ る を え な い 。 そ の 職 業 た る や 、 お お か た 、 ひ ど く単 純 で 千 篇 一 律 の も の だ か ら、 理 解 力 を 鍛 え る こ と に は まず な らな い し、 他 方 で は 同 時 に 、 彼 ら は 少 しの 絶 え 間 も な く、 非 常 に きつ い 労 働 を や っ て い る か ら、 何 か 他 の こ と に 身 を 入 れ る と か 、 あ る い は 、 他 の こ と を 考 え る ひ ま さ え ほ と ん ど な く、 ま して 、 そ う し た い と い う気 持 ち に は 、 と う て い な れ な い の で あ る 」(『国 富 論 』、PP.784-5、 邦 訳p.1248)。 こ の よ う に 、 ス ミ ス は 教 育 の 必 要 性 を 社 会 の あ り方 、 社 会 に お け る 個 人 の 状 況 、 職 業 な ど に 密 接 に 関 連 さ せ て い る の で あ る 。 す な わ ち 、 「あ る場 合 に は 、 社 会 の 仕 組 み が う ま く で き て い て 、 そ れ が 、 大 部 分 の 個 人 を 必 然 的 に 次 の よ う な 境 遇 に 置 く よ う に 作 用 す る 。 そ の 境 遇 の も と で は 、 政 府 が 何 ら の 配 慮 を しな くて も、 社 会 の 仕 組 み が 求 あ る よ う な 、 あ る い は 、 そ こ ま で 行 か な く て も 、 何 と か 許 容 で き る よ う な 能 力 と 徳 と の ほ と ん ど す べ て が 、 お の ず か ら彼 ら の う ち に 形 成 さ れ て く る 」((『 国 富 論 』、p.781、 邦 訳p.1245)。 し か し、 「他 方 、 社 会 の 仕 組 み が 、 大 部 分 の 個 人 を そ う した 境 遇 に お く よ う に で き て い な い 場 合 も あ る の で あ っ て 、 そ こ で は 、 国 民 大 衆 が ほ と ん ど 底 な し に 腐 敗 堕 落 して し ま う の を 防 ぐ た あ に 、 政 府 が 一 定 の 配 慮 を す る 必 要 が あ る 」(『国 富 論 』、p.781、 邦 訳p.1245)。 国 家 が 庶 民 を 教 育 す る 利 点 に 関 して は 、 ス ミ ス は 、 個 人 の 能 力 の 育 成 の み で は な く、 国 家 の 安 定 性 と い う 社 会 的 利 益 を 上 げ て い る 。 す な わ ち 、 「つ ま り、 彼 らが 教 育 を 受 け れ ば 受 け る ほ ど 、 無 知 な 国 民 の 間 で も 、 も っ と も恐 る べ き 無 秩 序 を し ば し ば 惹 き 起 こ す 狂 信 や 迷 信 の 惑 わ し に引 っか か る こ とが 、 そ れ だ け少 な くな る。 そ の うえ、 教 育 の あ る知 的 な国 民 は、 無 知 で 愚 昧 な国 民 よ り も、 常 に慎 み深 く秩 序 を重 ん じる」 (『国 富 論 』、p.788、 邦 訳p.1255)。 ま た、 「自 由 な国 々 で は、 政 府 が安 泰 で あ るか ど うか は、 そ の行 動 に た い して国 民 が下 す判 断 が好 意 的 か 否 か に大 き く依 存 す る か ら、 国 民 が政 府 の 行 動 に 関 して、 せ っか ち に、 ま た気 ま ぐれ に 判 断 を下 した が らな い よ うに す る こ と は、 確 か に最 高 の 重 要 事 で な け れ ば な らな い」(『国富 論 』、p.788、 邦 訳p.1255)か らで あ る。 前 述 した よ うに、 ス ミスが庶 民 に必 要 な教 育 と して あ げ るの は、 読 み書 き、計 算 で あ る。 そ れ以 外 に も、 「幾 何 学 と機 械 学 の 初 歩 を教 わ る よ うに な れ ば、 この 階級 の人 た ち の学 問教 育 は、 お そ ら く、 可 能 な 限 り完 壁 に近 い もの に な る だ ろ う」(『国 富 論 』、p.785、 邦 訳p.1251)と 述 べ て い る。 この よ うな教 育 が社 会 の 安 定 性 につ な が る とい う議 論 は、科 学 的 知 識 を教 え る こ とが 、 す な わ ち知 的 な能 力 を持 った人 間 を育 て る こ と が、 社 会 の安 定 性 に と って重 要 で あ る と考 え て い た と思 わ れ る。 次 の文 章 は、 宗 教 と の関 連 で 述 べ た もの で あ るが、 そ の こ と と関連 す る と思 わ れ る。 す な わ ち、 「科 学 は熱 狂 や 迷 信 と い う 毒 に対 す る偉 大 な解 毒 剤 で あ り、 そ して 、 上 流 階級 の人 た ち が み な この 毒 か ら守 られ て い る の に、 下 層 階級 だ け は む き出 しで そ の 毒 に さ らさ れ る、 な ど とい う こ とは あ りえ な いの で あ る」 (『国富 論 』、p.796、 邦 訳p.1272)。 庶 民 の教 育 に 関 す る ス ミスの 議 論 は、 当 然 な が ら、 当時 の庶 民 の あ り方 、 す な わ ち 、 単 純 労 働 に長 時 間 従事 させ られ た と い う事 実 に制 約 さ れ て い る。 しか しな が ら、 ス ミスの 『国 富 論 』 に お け る この よ うな議 論 は 『道 徳 感 情 論 』 に お け るス ミス の 同感 に 関 す る議 論 と密 接 に関 連 し て い る。 ス ミス の場 合、 道 徳 的 判 断 は、 個 人 の 同感 とい う能 力 に依 存 して い るが 、 こ の同 感 と い う能 力 は社 会 のな か で育 成 され る もの で あ り、 社 会 の仕 組 み に よ って は 、 この よ うな 能 力 が 自 然 に育 成 され る。 身 分 や地 位 の あ る人 は この よ うな状 況 に お か れ る と考 え て い る。 す なわ ち、 「身 分 も高 く財 産 もあ る人 は 、 そ の 地 位 の ゆ え に、 大 きな社 会 の成 員 と して きわ 立 っ た存 在 で あ り、 そ こで社 会 は彼 の一 挙 一 動 に まで 耳 目 を
ア ダ ム ・ ス ミ ス の 教 育 論 65 そ ば だ て、 ひ い て は、 彼 の ほ う も 自分 自身 の一 挙 一 動 に気 を配 らざ るを え な くな る。 彼 の権 威 と社 会 で の重 み とは、 この 社 会 が 彼 に対 して 示 す 尊 敬 の念 に依 存 す る と こ ろが 、 は な は だ大 き い。 彼 は、 この 社 会 の な か で 自分 の 名 を汚 した り、 信 用 を落 と した り しそ うな こ と は なん で あ れ 、 あ え て しょ う とは しな い し、 こ の社 会 の衆 目 の一 致 す る と こ ろ、 彼 の よ う に身 分 も高 く財 産 もあ る人 な ら、 これ くら い は当 然 と して求 め られ るた ぐい の 道 徳 は、 自由 な もの で あ れ、 厳 格 な もの で あ れ 、 これ を 厳 守 せ ざ る を え な い」 (『国富 論』、p.759、 邦 訳p.1271)。 一 方 、社 会 の仕 組 み に よ って は、 この よ うな 能 力 が 育 成 され な い。 そ の一 つ の例 が、 前 述 し た よ うに 、 分 業 に よ って単 純 化 され た工 場 労 働 者 の 例 で あ るが 、 この よ うな例 は、 人 間 が社 会 性 を 失 う よ う な状 況 に おか れ、 孤 立 し疎 外 され る場 合 と して 一 般 的 に考 え る こ とが で き る。 個 人 が そ の 社 会 か ら、 ま った く孤 立 し、疎 外 され た 存 在 で あれ ば、 そ の社 会 の構 成 員 に対 して 同 胞 感 情 は な く、 同 感 の機 構 は機 能 しな くな る。 これ は、 ス ミスが 身分 の低 い 人 の 場 合 に あげ て い る理 由 で あ る。 す な わ ち 、 「こ れ に反 して 、 身 分 の低 い人 は、 大 きな 社 会 の 際 立 った 成 員 な ど と い う もの か ら は、 お よ そ か け離 れ て い る。 田 舎 の村 に い る間 な ら、 彼 の 行 動 は注 目 もさ れ よ う し、 そ こで 、 彼 の ほ う も自分 の 行 動 に気 を 配 らざ る を え な いか も しれ ぬ。 こ う い う場 面 に お い て は、 ま た、 こう い う場 面 に お いて の み、 い わ ば、 彼 は っ ぷ す べ きメ ンツ を もて る とい う こと な の で あ る。 とこ ろが 、 大 都 会 に 出 て く る や否 や、 彼 は 世 に埋 もれ、 不 善 の うち に身 を ひ そ め る。 彼 の 行 動 を監 察 した り注 目 した りす る もの な ど一 人 もい は しな い し、 そ こで ま た、 彼 の ほ う も 自分 の行 動 を お ろ そか に し、 あ り とあ らゆ る低 劣 な 道 楽 と悪 徳 に身 を持 ち崩 す こ とに、 ど う して もな りや す い」(『国富 論 』、p.795、 邦 訳p.1271)。 以 上 の ス ミスの 議論 に お い て、 庶 民 と上 流 階 級 とい う区別 に も とつ く結 論 自身 は、 当 時 の 経 済 社 会 の 状 況 に制 約 され た もの で あ り、 限 界 を 持 つ もの で あ るが 、 ス ミスの主 張 は 、 人 間 が 環 境 に 大 き く影 響 され る こ と、 さ らに 、 社 会 の あ り方 によ って 、 道 徳 感 情 の 育成 の 程 度 が 大 き く 影響 され る と理 解 す る こ とが で き る。 さ らに、 そ の こ とが 、 社 会 の 秩 序 の維 持 、 社 会 の 維 持 に 対 して大 きな 影 響 を もた らす こ とで あ る。 VI結 論 教 育 の思 想 が 人 間 形 成 に関 す る思 想 で あ るか ぎ り、 どの よ うな 人 間 を理 想 と す る か に か か わ るが 、 ま た、 そ れ は、 どの よ うな社 会 を 前 提 と す るか に よ って も影 響 され る。 ス ミス が 前 提 と した 社 会 は、 市 場 経 済 の社 会 で あ る。 この よ う な社 会 で は、 正 義 が 成 り立 て ば、 社 会 は 維 持 さ れ る。 ス ミスの 理 論 で は、 この正 義 は、 社 会 に お い て 道 徳 感 情 と して 育 成 さ れ る。 す な わ ち、 人 間 に は同 胞 感 情 が 存 在 し、 この 同胞 感 情 が 同 感 能 力 と結 びつ いて 、 他 人 の行 為 あ るい は感 情 の適 宜 性 を 観察 者 に判 断 させ る。 この よ うな個 々 の行 為 に対 す る適 宜 性 の判 断 が 、 社 会 的 にお い て 、 一 般 化 され 、 規 則 化 さ れ た もの が、 道 徳 性 の一 般 的 諸 規 則 と な り、 社 会 に お い て は 、 世 論 や法 と な る。 一 方 、 個 人 に お い て は、 中 立 的 な 観 察 者 と して 、 個 人 の行 動 を判 断 す る良 心 と な る。 これ が社 会 の秩序 を維 持 す る。 この よ うに、 社 会 の中 か ら、 社 会 の秩 序 を維 持 す る道 徳 感 情 が生 ま れ て くるか ぎ り、 社 会 を統 合 す る要 因 と して の教 育 の役 割 は大 き くな い。 そ れ は 、 社 会 を統 合 す る要 因 が、 個 人 で はな く、 社 会 にあ る か らで あ る。 教 育 の役 割 とあ り方 に関 す るス ミスの議 論 は、 この よ うな ス ミス の思 想 と密 接 に関 連 して い る。 ス ミスに お い て、 教 育 の役 割 は、一 般 的 規 則 を 確 認 し、 義務 と して 習慣 化 す る こ とに あ る。 し か しな が ら、 道 徳 的 に教 育 され るこ とに よ って 、 一 般 的諸 規則 を遵 守 した と して も 、 そ れ は単 に 非 難 され な い とい うだ けで あ り、徳 性 の レベ ル に は達 しな い。 また、 同感 は集 団 の 中 で 育 成 さ れ るの で あ り、集 団 を 離 れ て はあ りえ な い。 個 人 の道 徳 性 を 育成 す る もの は、 社 会 で あ り、 環 境 で あ り、 そ れ らの 中 で の 訓 練 で あ る。 社 会 こ そ も っ と も偉 大 な 教 師 な の で あ り、 社 会 の 仕 組 み が 個 人 を教 育 す るの で あ る。 この よ うに ス ミスの 議 論 で は、 人 間 が 社 会 に お い て教 育 ・訓練 され る ことを前 提 に して い る。 この こ と に よ って 、 個 人 に道 徳 感情 が生 じる。
これ を可 能 に す るの が 同 感 の力 で あ る。 しか し なが ら、 こ の よ うな 感 情 は、 ど の よ うな社 会 で も同 じ程 度 に 育 成 され る わ け で は な い。 同 感 が 人 間 の同 胞 感 情 を 前 提 に して い るよ うに、 同 感 能 力 の程 度 は 、 社 会 に お け る個 人 の あ り方 ・社 会 性 に よ る の で あ る。 そ して、 そ れ は社 会 の あ り方 に よ る。 社 会 の あ り方 に よ って は、 同 感 の 機 構 が強 く働 く社 会 とそ うで な い 社 会 とあ り え る で あ ろ う。 ス ミス は、 個 人 が分 業 の 中 で 、 都 市 の中 で、 疎 外 され孤 立 し社会 的存 在 でな くな っ た場 合 の 問 題 を指 摘 して い るの で あ り、 庶 民 に 対 す る教 育 の 必 要 性 は そ の よ うな 状 況 で 位 置 づ け られ て い る。 た だ し、 ス ミスが 取 り上 げ た こ れ らの事 例 や 教 育 に 関 す るス ミスの 具 体 的 提 言 そ れ 自体 を:重視 す る こ と はあ ま り意 味 が な い。 そ れ ら は前 提 と な る 当 時 の状 況 に よ って 制 約 さ れ て い るか らで あ る。 ス ミスの 議 論 は、 ス ミス の 時 代 の 社 会 の あ り方 を 前 提 に して い る。 時 代 に よ り前 提 が 代 わ れ ば提 言 内 容 も変 わ る と考 え な けれ ば な らな い。 した が って 、重 要 な こ とは、 教 育 に 関 す る ス ミス の主 張 が 、 これ まで 述 べ て きた よ うな 思 想 に基 づ い て い る と い う こ と で あ る。 そ して 、 この よ うな ス ミスの 思 想 は現 代 に お いて も意 義 を もつ もの で あ る。 ス ミス の議 論 は 自由 放 任 政 策 と して単 純 化 され や す いが 、 社 会 の あ り方 が 社 会 を 維 持 す る秩 序 を生 み出 す の で あ り、 社 会 の あ り方 を 抜 き に して 、 政 策 を語 る こ と はで き な い。 お い て 、 こ の 問 題 を 取 り上 げ て い る 。 (4) 参 考 文 献[3] (5) 水 田 洋(『 道 徳 感 情 論 』 邦 訳 解 説)に よ れ ば 、 ア ダ ム ・ス ミス と異 な り、 ル ソ ー は 、 個 人 の 利 己 心 と社 会 の 緊 張 関 係 を 、 個 人 の 中 に あ る 「あ わ れ み 」 が 利 己 心 を 統 御 す る と い う か た ち で 処 理 し よ う と し た の で あ り 、 「ル ソ ー が や が て 、 教 育 に よ る 人 間 改 造 と立 法 に よ る誘 導 を 考 え る よ う に な っ た の は 、 彼 が こ の 段 階 で の 哀 れ み の 役 割 に 、 満 足 で き な か っ た こ と を 意 味 す る で あ ろ う」(『道 徳 感 情 論 』 邦 訳 解 説p.534)と 述 べ て い る。 (6) 『国 富 論 』 で は、 階 級 が 完 全 に 成 立 し た 文 明 社 会 で は 、 上 流 階 級 と庶 民 の 二 つ の 道 徳 体 系(systems of morality)が 存 在 す る と述 べ て い る。 す な わ ち、 庶 民 の 厳 格 主 義(strict or austere)の 体 系 で あ り、 も う 一 つ は 、 上 流 階 級 の 自 由 主 義(liber al)の あ る い は 放 縦 な(loose)体 系 で あ る (『国 富 論 』、p.794、 邦 訳p.1268)。 (7) キ ャ ン ベ ル ・ス キ ナ ー[1]は 、 同 じ よ う な 見 方 が 、 ス ミ ス に 自 然 法 と 実 定 法 を 区 別 さ せ た の で あ り、 後 者 は 時 代 と 国 民 が 異 な れ ば 違 っ て く る が 、 前 者 は あ る 程 度 の 画 一 性 を 示 す と 考 え さ せ た 、 と 述 べ て い る。 (8) .「道 徳 感 情 論 』、p.23、 邦 訳p.30参 照 。 参考文献 (1) 『道 徳 感 情 論 』 は1759年 に 、 『国 富 論 』 は 1776年 に初 版 が 出 版 され て い る が、 と も に そ の後 改 定 され て い る。1789年 に 「国 富 論 』 第5版 、1790年 に 『道 徳 感 情 論 』 第6版 が 出 版 され て い る。 (2) ス ミス は、 良 心 を 上 級 の法 廷 とよ び、 一 般 的 諸 規 則 を 下 級 の法 廷 と よん で い る。 良 心 と一 般 的 諸 規 則 が 対 立 す る よ うな状 況 に お い て は、 一 般 的 諸 規 則 よ りは良 心 の方 が 優 先 され る。 こ の よ うな問 題 は、 『道 徳 感 情 論 』 の 第3部 の 第2篇 で 扱 わ れ て い る。 (3)『 道 徳 感 情 論 』 の第6部 の 第3章 「徳 性 は慈 愛 に あ る とす る諸 体 系 につ い て」 に
[1]Cambell R. H. and Skinner A. S,, Adam 8瓶`ぬ, Croom Helm,1982.久 保 芳 和 訳 「ア ダ ム ・ス ミス 伝 」,東 洋 経 済 新 報 社,1984. [2] Colliosn Black, ed., Ideas in Economics, The Macmillan Press,1986.田 中 敏 弘 監 訳 「経 済 思 想 と 現 代 』,日 本 経 済 評 論 社,1988. [3]Mandeville, B。, The Fable(>f the Bees; or, Private Vices, Publich Benefits, edited by F. B. Kaye, Oxford Univ. Press,1924,泉 谷 治 訳 『蜂 の 寓 話 』,法 政 大 学 出 版 局,1985.
[4]O'Donnell, Margaret G., The Educational Thought of the Classical Political Econo mists, University of America,1985.関 勘 訳 『古 典 派 政 治 経 済 学 の 教 育 思 想 』,晃 洋 書 房, 1993.