アルコール依存症の回復過程における妻のストレングスの構造と機能
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(2) 目次 要約. …P1. Ⅰ.背景. …P2-3. Ⅱ.研究目的. …P3. Ⅲ.用語の定義. …P3. Ⅳ.研究方法. …P3-4. Ⅴ.結果. …P5-15. Ⅵ.考察. …P15-18. Ⅶ.研究の限界と今後の発展性. …P19. Ⅷ.結論・新規性. …P19. 謝辞・感想. …P19. 文献. …P20-21.
(3) 要約 【研究課題】 アルコール依存症の夫の回復過程における妻のストレングスの機能と構造. 【背景・目的】 アルコール依存症は「家族の病」とも言われており、その回復には家族を一ユニットとした ケアが必要である。文献検討の結果、アルコール依存症の回復過程では「断酒を決意するに至 るまでの時期」と「断酒生活の継続が安定に至るまでの時期」は、アルコール依存症本人とそ の家族にとって非常に困難な時期である。家族が崩壊しかねない状況でも夫を支え続けながら 妻自身も回復した妻のストレングス(能力や力)とは何か。ストレングスには個人に内在して いる「個」のストレングスと個人の周辺に存在する「環境」のストレングスがある。本研究の 目的は、アルコール依存症の夫の回復過程における 2 つの困難な時期に、夫を支えながら共に 乗り越え、夫のアルコール依存症を回復に至らせた妻の「個」のストレングス(以後、妻のス トレングスと略す)を妻の語りから収集し、妻のストレングスの機能と構造を明確にすること で、アルコール依存症の回復過程における妻への具体的な看護ケア開発への基礎資料とする。. 【研究方法】 アルコール依存症の夫をもつ妻 15 名に対して、半構成的面接法にてデータ収集を実施した。 面接は 1 人 1 回ないし 2 回実施した。データ分析方法は Modified Grounded Theory Approach (M-GTA)を用いて分析した。分析結果の妥当性は、研究参加者と共に確認し妥当性の確保を 図った。倫理的配慮として研究者の所属する研究倫理審査委員会の承認を得てから開始した。. 【結果】 妻のストレングスを抽出する過程において、アルコール依存症である夫の回復過程は、 [底な し地獄生活の時期][断酒が不安定な時期][断酒が安定している時期]に分類できた。妻のス トレングスは、其々の時期においてコアとなるカテゴリが存在し、合計4つのコアカテゴリが 生成された。具体的に[底なし地獄生活の時期]では【心に刻まれた生育歴】と【希望の感覚】 という 2 つのコアカテゴリ、12 のカテゴリ、44 の概念が生成された。 [断酒が不安定な時期] は【断酒会生活を貫く覚悟】という 1 つのコアカテゴリ、8 のカテゴリ、39 の概念から生成さ れた。[断酒が安定している時期]は【将来への希望】という 1 つのコアカテゴリ、7 つのカテ ゴリ、21 の概念が生成された。. 【考察】 3 つの視点にて考察を得た。1.アルコール依存症の夫を持つ妻の回復への第一の分岐点と第 二の分岐点となるストレングスに関する考察。2.埋もれやすい妻の個のストレングスに関する 考察。3.妻の個のストレングスに対する看護実践への示唆として、①夫との一体感を認める支 援、②焦らず回復に繋がる妻のストレングスを信じ見守ること、③分岐点におけるストレング スを効果的に機能させるための看護ケアに関する考察を得た。. 【今後の発展性】 妻の「個」・ 「環境」双方のストレングスの関連性を分析し、妻への看護ケア開発へ繋げる。. 1.
(4) Ⅰ.背景 我が国におけるアルコール依存症の推計患者数は 58 万人であり、アルコール依存症の疑 いのある者は推計 113 万人といわれている(樋口、2014) 。アルコールが原因と考えられる 健康障害として、消化器系疾患(肝炎、肝硬変、膵炎など) 、循環器系疾患(心筋症、高血 圧など)などの生活習慣病に罹患する。さらに近年、アルコール依存症がその原因の根底 として考えられる自殺、アルコールに関連した犯罪、飲酒運転による交通事故、失業・借 金などの社会的問題が注目されている。以上のようにアルコール依存症は精神・身体的な 健康障害のみならず、社会的にも重大な問題となっており、早急に取り組む必要のある精 神科疾患である。 最近 10 年間のアルコール依存症の回復とその家族の研究論文をレビューした結果、アル コール依存症は他の依存症と同様、完治はしないが回復できる病である。 「アルコール依存 症の回復」に関する先行研究の検討結果、アルコール依存症の回復過程において「断酒を 決意するに至るまでの期間」と「断酒生活の継続が安定に至るまでの期間」は、アルコー ル依存症本人とその家族にとって非常に困難な時期である。現在までに回復への有効性が 確認されているものは、AA や断酒会などの自助グループ、家族会(長、2013)であり、 「ど ん底体験」や「底つき体験」という身も心も底をついた体験を経て、AA や断酒会に参加し、 回復に向かうとされている。 「アルコール依存症と家族」の先行研究によると、アルコール依存症は本人だけではな く、家族を巻き込みながら進行していく病であり、最終的に家族が崩壊する「家族の病」 と言われている。ゆえにアルコール依存症本人のみをケアの対象としても、その家族が安 定しない限りアルコール依存症からの回復は困難であり、アルコール依存症とその家族を 統合してケアしていくことが重要である。研究者らは、 「アルコール依存症者の妻の対処― 断酒会会員である夫のインタビューに基づいて―」の研究において、アルコール依存症の 夫が捉える視点で、夫の飲酒に関連した言動・行動を受けての妻の対処を明らかにした(磯 野・野嶋、2013) 。妻の対処は回復過程に沿い変化しており、家族が崩壊し兼ねない状況に おいても夫を支え続けながら妻自身も回復していた。申請者らの研究より、危機的な状況 ともいえる回復過程において、自分や夫の回復を支え回復に至るまでは明らかにされてい る。今後は、妻のストレングスを明確にし、引き出し、妻自身が活用できる実現可能なレ ベルの具体的な介入研究へと発展させる必要がある。 従来の医学モデルや欠陥モデルでは疾患・障害に焦点を置き、疾患や障害を持つ人を問 題と捉えその解決に対して重きが置かれてきた。 「ストレングス」の概念は、米国カンザス 大学の Rapp,AC.A.らによって提唱された「ストレングスモデル」というアプローチ法にお ける概念であり、「ストレングス」は、熱望、能力、自信という意味がある。「ストレング ス」は、個人に備わっている「個のストレングス」と、その個人の周囲に存在する「環境 のストレングス」とがある。生活の場では「個のストレングス」と「環境のストレングス」 が互いに影響し合いながら成り立っている。最近 10 年間のストレングスに関する研究をそ 2.
(5) の内容やストレングスの対象と場をレビューした結果既存の研究の殆どが「個のストレン グス」に関する研究であり、 「環境のストレングス」に関する研究は、研究者の研究による、 訪問看護師が捉えた「訪問看護利用者の環境のストレングス」と、「環境のストレングスと 捉えた理由」を明確にした研究(磯野、2016)以外は皆無である。また、申請者の研究を 含め、研究内容はいずれも医療従事者が当事者(妻)のストレングスを判断しており、当 事者(妻)目線からストレングスを抽出した研究は皆無である。以上より当事者(妻)の 語りから帰納的にストレングスを構造化させる研究が必要である。. Ⅱ.研究目的 アルコール依存症の夫の回復過程における妻自身の「個」ストレングスの機能と構造を 明らかにすることである。. Ⅲ.用語の定義 1.ストレングス:人の内部に存在する「個のストレングス」と、人の周囲に存在する「環 境のストレングス」に大別する。なお、個のストレングスと環境のストレングスは互いに 影響しあうものとする。 2.個のストレングス:Rapp and Richard/田中(2012;2014)によると、個のストレ ングスとは、熱望、能力、自信のことである。よって本研究の個のストレングスとは、ア ルコール依存症の夫の回復過程において、夫の回復を支え妻自身も回復に導いた妻自身の 熱望、能力、自信のことと定義する。 3.妻の回復:妻が自分の共依存に気づくことができ、夫や酒中心の生活パターンから、 妻が自分自身の感情に気づき、心理的に楽になったという感覚を持ち、夫が飲酒をする前 の生活以上に、生活の質が向上していくプロセスのこととする。. Ⅳ.研究方法 1.研究デザイン 半構造化面接法による質的帰納的研究である。 2.研究参加者 アルコール依存症の夫をもつ妻 15 名である。選定要件は下記①~③の通りである。 ①アルコール依存症の夫の回復過程で、困難といわれている 2 つの時期を乗り越えた経 験のある妻 ②研究協力組織である断酒例会または断酒会が主催する家族会に参加している妻 3.
(6) ③夫がアルコールを飲用していた壮絶な時期を語ることのできる妻 3.データ収集方法 半構成的面接法にてデータ収集を実施する。面接の内容は、夫が「断酒を決意するに至 るまでの期間」と「断酒生活の継続が安定に至るまでの期間」の過程に沿い、妻自身が捉 える「妻の個のストレングス」について、半構成的インタビューガイドを用いて 1 対 1 の 面接を行う。データ収集期間は、2017 年 7 月から 2018 年 3 月までの期間であった。 4.データ分析方法 1)分析の哲学:Modified Grounded Theory Approach(M-GTA)を用いて分析する。M-GTA に適している研究は、①社会的相互作用に関係し人間行動の説明と予測をする研究。② ヒューマンサービス領域の研究。③研究対象とする現象がプロセス的性格をもっている 研究という 3 点である。本研究は、アルコール依存症の妻の語りからその回復過程にお ける個・環境のストレングスの構造と機能を明らかにするものであり、本研究は以上の ①から③を満たしているため M-GTA を用いて分析する。 2)フィールドワーク:でのフィールドノートや断酒例会での妻の体験発表も分析する上 での参考とする。 3)データ飽和度:本面接でのデータの飽和度に応じ、適宜同人物に 2 回目の面接を実施 し、さらなる研究参加者が必要な場合は参加者数を数名増やし、データが飽和したと ころで面接を中止する。 4)妥当性の検討:分析過程と結果の妥当性の検討は、語りの意味する真意が分析過程や 結果に反映されているか、参集可能な研究参加者の妻と共に確認し妥当性の確保を図っ た。 5.倫理的配慮 本研究によるデータ収集は、研究者の所属する研究倫理審査委員会の承認を得てから開 始した。具体的な配慮事項は、ルシンキ宣言、厚生労働省「臨床研究に関する倫理指針」 等の趣旨を尊重して研究参加者の人権を擁護し、研究への参加の有無によって研究参加者 に不利益が生じないことを保証した。また研究協力者の同意を得るに際しては、研究協力 者の自由意思を尊重し、承諾後も同意撤回の自由を保証した。逐語録に起こしたデータは 記号化し、個人が特定されないよう守秘義務を厳守した。. 4.
(7) Ⅴ.結果 1.研究参加者の概要 研究参加者は 15 名。研究参加者であるアルコール依存症を抱える妻の平均年齢は 64.4 歳、結婚継続年数の平均は 41.2 年、断酒会継続年数は妻自身が断酒会に入会した日からの 継続年数のことであり、平均継続年数は 23.5 年であった。 (表 1) 表 1 研究参加者の概要 コード. 年齢. 結婚継続年数. 断酒会継続年数. A氏. 50歳代. 20年. 11年. B氏. 60歳代. 45年. 25年. C氏. 60歳代. 43年. 17年. D氏. 60歳代. 39年. 12年. E氏. 80歳代. 64年. 44年. F氏. 60歳代. 44年. 36年. G氏. 60歳代. 40年. 23年. H氏. 60歳代. 42年. 21年. I氏. 70歳代. 50年. 31年. J氏. 60歳代. 45年. 19年. K氏. 60歳代. 35年. 18年. L氏. 50歳代. 28年. 15年. M氏. 50歳代. 34年. 22年. N氏. 60歳代. 44年. 35年. O氏. 60歳代. 45年. 23年. 2.アルコール依存症の夫の回復過程における妻のストレングスの機能と構造 1)ストーリーライン 妻の個のストレングスを抽出する過程において、アルコール依存症である夫の回復過程 を 3 つの時期に区別することができた。3 つの時期を[]で表し、コアカテゴリを【】、カ テゴリを《》 、概念を〈〉 、参加者の語りを「」に MS ゴシック体斜字で表す。 妻の個のストレングスは 4 つのコアカテゴリ、27 のカテゴリ、104 の概念が生成された。 [底なし地獄生活の時期] (以後、底なし地獄期と略す)とは、アルコール依存症の夫に は底つきやどん底が存在するのに対して、共に生活する妻には「底つき」も「どん底」も なく、身体的にも精神的にも社会的にも極限まで追い詰められ、日に日に底が深くなり限 も果てもない地獄の様な時期のことである。この時期は妻の生まれ育った原家族における 妻自身に存在し続けている【心に刻まれた生育歴】が、底なし時期を乗り越え夫とともに 新たな生活へと導く大きな基盤の基盤となるストレングスとして存在する。このコアとな 5.
(8) るストレングスは、 《幼少期に負った傷心からの回復力》が〈機能不全家族からくる原動力〉 となり、 《底なし地獄を耐え得る性格》である〈夫への深い愛情〉や、妻と同じ境遇である 〈夫の悲惨な生育歴への共感〉に繋がり、幼少期に辛い過去を乗り越えてきたという自負 心である〈底なし地獄を乗り越える精神力〉や〈親としての子供への責任感〉、〈結婚に対 する責任と覚悟〉という底なし地獄期をなんとか乗り越えるためのストレングスとして存 在していた。やがて夫の異変に気が付く〈夫の異変への察知力〉というストレングスが機 能し、アルコール依存症により夫の異変に気が付く。以上のストレングスは、底なし地獄 期以前より妻に基盤として備わっていた。以後、夫の問題と思われる飲酒が始まると、徐々 に【希望の感覚】がストレングスの中心に加わり、家族の発達や状況的な節目において、 《回 復への期待》を意識的にも無意識的にも常に抱きながら、底なし地獄期を衝き進み[断酒 が不安定な時期]へと移行する。先ず底なし地獄期が始まると、夫の身の回りの世話を一 人でこなしながら、夫の職場との交渉や家庭の切り盛りを一人で行うことで《夫との一体 感》を得ながら、酔いつぶれ社会的な問題を引き起こす夫と子供の間に入り〈夫と子供の 間を取り持つ〉ことを行う。やがて精神的、社会的な被害が酷くなると、 《アルコール被害 に対する護身術》と同時に【希望の感覚】が顔お出し《心のセルフコントロール》をする 一方で、 〈夫の苦しさの考慮〉をする《冷静沈着さ》というストレングスが機能していた。 その後、アルコール依存症にコントロールされている夫の不可解な行動に疑問を示し、断 酒に関する情報収集を行う《現状打破力》を使い、危機的状況の分岐点となる重要なスト レングスである《自己洞察力》を発揮させ、心理的に自分を窮地に追い込みながら〈自己 変革の覚悟〉や〈新たな第一歩を踏み出す〉 《腹をくくる》ストレングススに結びつき、底 なし地獄期の最終段階である《断酒のための第一の技》を繰り広げることになる。この間、 安定期にまで影響を及ぼす〈経験知の積立力〉が無意識のうちに機能している。 [断酒が不安定な時期] (以後、不安定期と略す)とは、夫または妻単独、あるいは夫婦 で断酒会に入会したものの、夫が再飲酒を繰り返し感情的にも不安定で、ドライドランク の断酒生活など感情が定まらない時期のことである。不安定期は【断酒生活を貫く覚悟】 という妻のストレングスが必要不可欠であり最も中心となるストレングスである。家庭内 では《全てに真摯に向き合う》ことをしながら《子供への責任》として〈子供への慈しみ の深まり〉をしつつ子供に頑張っている妻自身や夫の姿を見せることで〈子供に示しをつ ける〉ことをしながらこの苦しみを子供世代に体験させまいと〈世代間連鎖を食い止める〉 ストレングスを展開していた。また、 《断酒会の有効活用》として〈夫と共に例会参加〉し、 〈アルコール依存症を悪化・改善させる方法の理解〉をして、〈幸せそうな先輩家族を手本 にする〉 〈回復している先輩会員を手本にする〉ストレングスを使いながら、《断酒に必要 な要素の受け入れ》というストレングスを機能させていた。その後妻は、自分自身の家庭 内やアルコール依存症に対する〈自分の限界に気が付く〉ことが可能になる。その後《夫 への思いやり》として〈頑張っている夫を認める〉が、一方で底なし地獄期の酒を飲んで 酩酊状況にある扱いやすい夫ではなく、意識が明確で変化しつつある自分の思い通りにい 6.
(9) かない夫への〈扱いやすい夫でいてほしいという自分との闘い〉との間で、心理的に矛盾 した状況が発生し、葛藤状態となるが、やがて妻自身も《自己改革》として、先ずは〈ポ ジティブな感情に変化〉することで、その後〈自分の幸せを追求〉したり、これまでは家 族内での影の主導権を握り家庭や夫を守っていたが〈夫婦における主導権の変更〉をする など〈葛藤に打ち勝つ〉改革を行い、《断酒のための第二の技》を活用して〈底なし地獄期 を夫に直面化〉したり、〈自分が変わり夫を変化させる〉という技を用いながら、〈断酒生 活への一本化〉への今後の夫婦の先行きを確かなものに導く《家族変革へのいざなり》の ストレングスを活用することで次の安定期に移行している。 [断酒が安定している時期] (以後、安定期と略す)とは、夫の断酒生活が安定し、夫婦共 に新たな出発をしている時期のことである。この時期は《断酒会への継続参加》をすると いうストレングスを活用し、 〈体験発表での癒し〉を得ることがストレングスとなり、底な し地獄期や不安定期に体験した〈底なし地獄期が必要との意識〉を持ち、過去に体験した 《困難を糧に変える》ことが出来ていた。さらに、自分や夫など家族内だけではなく、酒 害に苦しむアルコール依存症の家族に対して〈困っている家族の迎え入れ〉や〈断酒会仲 間との本音話〉などのストレングスを使いながら《他者への貢献》をして、ストレングス を他者に活用することで妻自身も安定しかつ学びを得ながら、 〈新たな夫の発見〉をして《夫 へのポジティブフィードバック》を行い、底なし地獄期には見られなかった日々の生活に おいて〈夫に相談する〉 〈各々の生活を楽しむ〉ことをしながら、〈二人三脚の協力体制の 構築〉をしながら《夫との対等な関係性の維持》を活用していた。また〈内省の継続〉を しながら〈自分自身の変化への気づき〉をして、夫を巻き込みながら《発展し続ける人間 的成長》へと安定期のストレングスを循環させながら機能させ、底なし地獄期の元を取り ながらより幸福な【将来への希望】に繋げていた。 2)カテゴリと構成概念 [底なし地獄生活の時期]は、 【心に刻まれた生育歴】と【希望の感覚】という 2 つのコ アカテゴリ、12 のカテゴリ、44 の概念が生成された。以下、コアカテゴリとカテゴリ、概 念の関連について説明する。また、カテゴリ化はできなかったが、分析上重要である概念 〈経験知の積立力〉についても分析結果の公表対象とする。 【心に刻まれた生育歴】とは、妻のアダルトチルドレン様の幼少期の出来事が心に刻印 されているものであり、妻が底なし地獄期を乗り越え、妻自身の人間的成長と夫を断酒へ と導き、新たな夫婦関係を構築するための原動力となるストレングスのことである。この コアとなるストレングスは《幼少期に負った傷心からの回復力》 《底なし地獄を耐え得る性 格》 《アルコール被害に対する護身術》《冷静沈着さ》《夫との一体感》 《家族調整力》《自己 洞察力》という 7 つのカテゴリから形成されていた。. 7.
(10) 《幼少期に負った傷心からの回復力》とは、機能不全家族で育った経験と生き難さを忘れ ず、生き難さから解放されたいという原動力のことであり、3 つの概念から構成されている ストレングスである。 例えば参加者 A は、 「私も機能不全の家庭で育ってきた。20 代の頃はずっと苦しかったので、. この苦しみは何だろう、夫のアルコール依存症とは関係なく、それを解決しようと(中略) 自分の生き難さは何だろうと模索していた。」と語り〈機能不全家族からくる原動力〉とい うストレングスを持ち合わせていた。 《底なし地獄を耐え得る性格》とは、夫への深い愛情を基盤として、粘り強く妥協しない 力強さと、どうにかなるという楽観性や決断ができない優柔不断さを併せ持った意思や感 情の傾向のことであり、10 の概念から構成されているストレングスである。 例えば参加者 G は、 「夫は嫌々(婿に)来たとか言っていますが、私がおかしいんですけど、. この人はこの人がっていうように、気持ちと心に響いた。(中略)嫌で結婚してないし、私 が好きで一緒になったから。」と語り〈夫への深い愛情〉というストレングスを持ち合わせ ていた。 《アルコール被害に対する護身術》とは、アルコール依存症の夫からの暴力等で追い込ま れ窮地に立たされた状況において、郷帰りすることや親戚や両親、友人等に救助を求める ことができる能力のことであり、2 つの概念から構成されているストレングスである。 例えば参加者 G は、 「最後の最後は親に頼るっていうかそんな感じなところもあった。」と 語り〈身近な人への相談と SOS〉というストレングスを持ち合わせていた。 《冷静沈着さ》とは、我を忘れる程の底なし地獄の様な生活においても、離婚後の夫の心 配やアルコール依存症で変わり果てた夫の苦しさを考慮できることであり、2 つの概念から 構成されているストレングスである。 例えば参加者 N は、 「 (夫の)身体がもうボロボロだったんですよね、それと会社も仕事も. きつかったんだろうね、もう凄いもんね。(中略)それにお酒でしょ、もうボロボロ。だか ら(夫も)逃げてきたいというのもあったのでしょう。」と語り〈夫の苦しさへの考慮〉と いうストレングスを持ち合わせていた。 《夫との一体感》とは、夫のセルフケアを熱心に介助し、夫の職場での立場が危ぶまれな い様に調整し徹底的に保護することであり、6 つの概念から構成されているストレングスで ある。 例えば参加者 B は、 「 (夫が)起きなかったら仕事もできないので、朝起きて顔洗わない時. があったら私がおしぼり持っていって顔を拭いて、着替えも全部した。」と語り〈夫の身の 回りの世話をする〉というストレングスを持ち合わせていた。 8.
(11) 《家族調整力》とは、両親と夫婦の調整や子供の養育、子供と夫の仲介役をするなど家族 内の人間関係を整える力のことであり、2 つの概念から構成されているストレングスである。 例えば参加者 M は、 「お父さんは好きで飲んでいるわけではないって、病気が飲ませている. みたいな感じのことを言って、出来るだけ早く入院してもらうからねって、子供には言う んです。」と語り〈夫と子供の間を取り持つ〉というストレングスを持ち合わせていた。 《自己洞察力》とは、アルコール依存症の専門書の熟読や子供からの客観的かつ衝撃的な 直面化に対して、振り向きたくない見たくない葛藤に打ち勝ち、妻自身の精神内界を深く 鋭く観察する能力のことであり、アルコール依存症をもつ妻としての回復の分岐点となる ものであり、2 つの概念から構成されているストレングスである。 例えば参加者 C は、 「 (子供に)お父さんばかりが悪いのか、お母さんは悪くないのかと言. われて、これはだめだと思って。子供はそんな目で見ていると思うと。(中略)私は夫が悪 いと思っていたし悪の根源みたいなもので、夫の酒で始まり終わっていると思っていたけ ど、子供はそう見ていなかった。」と語り〈客観的な子供の発言の熟慮〉というストレング スを持ち合わせていた。 【希望の感覚】とは、日に日に深くなる暗闇の生活においても、夫の飲酒に関する問題 が治まるのではないかという切なる願いが、暗闇の心の中に微かな光が差し込むようによ ぎることであり、 《回復への期待》《心のセルフコントロール》 《現状打破力》 《腹をくくる》 《断酒のための第一の技》という 5 つのカテゴリから形成されていた。 《回復への期待》とは、家族の発達段階における節目や状況的節目において、夫のアルコ ール依存症が改善するのではないかと当てにして心待ちにすることであり、2 つの概念から 構成されているストレングスである。 例えば参加者 C は、 「何かの度に、子供が大きくなったからとか、中学生になったからとか、. 飲酒で交通事故起こして新聞沙汰になって職場でも停職処分受けたり、良いことがあって も、悪いことがあってもこれで(断酒してくれる)という思いがあった。」と語り〈人生や 状況の節目で期待する〉というストレングスを持ち合わせていた。 《心のセルフコントロール》とは、夫の酒害に対して身も心も疲れ果てる前、あるいは疲 れ果ててからでも自分の精神的安寧を図るための対処行動を屈指する力であり、6 つの概念 から構成されているストレングスである。 例えば参加者 M は、 「やはり仕事があったので、仕事に出ていると夫のこと忘れられますよ. ね。仕事というのは何人もの顧客を相手に仕事するので、余裕がないわけです。だからそ の間は仕事に没頭して、殆ど夫のことを忘れています。」と語り〈仕事を頑張る〉というス トレングスを持ち合わせていた。 9.
(12) 《現状打破力》とは、夫の酒害に対するストレングスを使いこなしているものの、日々深 くなる地獄期から脱して新たな生活へ切り替えようとする意識と行動力のことであり、2 つ の概念から構成されているストレングスである。 例えば参加者 H は、 「 (夫に)死にたいと言われて、えーそこまでって、何が(夫を)そん. なに追い詰めているのかって、(中略)仕事の悩みはないみたいですよね。」と語り〈夫を 追い詰めている不確かなものへの疑問〉というストレングスを持ち合わせていた。 《腹をくくる》とは、アルコール依存症の専門書の熟読や子供からの客観的かつ衝撃的な 直面化に対して妻自身の精神内界を深く鋭く観察した後、抜本的に自分を変革し、生涯夫 と共にアルコール依存症に立ち向かうと決心して一歩を踏み出す能力のことであり、2 つの 概念から構成されているストレングスである。 例えば参加者 C は、 「 (妻が自宅を不在にしている時に子供が)お父さんがいないと半べそ. かいてね(電話してきた)、私がいないのわかって飲みに行くことをする、そんな目にあっ ているのに(子供は)私の味方じゃなくて中間に入ってる。お父さんを見捨てられないと 言っている。ちょっと堪えたというか、腹をくくった瞬間だった。」と語り〈自己変革への 覚悟〉というストレングスを持ち合わせていた。 《断酒のための第一の技》とは、アルコールにコントロールされている夫を、アルコール のない夫に変えようとする、夫への個別性が極めて強い方法と手段を繰り広げるものであ り、4 つの概念から構成されているストレングスである。 例えば参加者 D は、 「主人に選べはいいからって、お酒を飲んで私と別れて今までのように. お酒を飲んで暮らしたいのか、それとも別居状態のままでいるのか、それとも断酒会に入 ってお酒を止めてまた一緒にやり直すのか。」と語り〈人生の選択肢を突きつける〉という ストレングスを持ち合わせていた。 〈経験知の積立力〉とは、底なし地獄期の苦しく困難な状況を経験知として積み立てる能 力のことである。 例えば参加者 C は、 「(25 年間の底なし地獄期の経験があったから)良いにしろ悪いにしろ、. ここ(安定期)へこれた。」と語り、底なし地獄期の経験を積立てるストレングスが無意識 のうちに機能していた。このストレングスが機能していることにより、地獄期の経験が後々 の時期で活かされることになる。. 10.
(13) [断酒が不安定な時期]は、 【断酒会生活を貫く覚悟】という 1 つのコアカテゴリ、8 のカ テゴリ、39 の概念から形成されていた。また、分析上重要である概念〈扱いやすい夫でい てほしいという自分との闘い〉についても分析結果の公表対象とする。 【断酒生活を貫く覚悟】とは、様々な方法を模索し試しても夫の断酒には繋がることはな かったことを踏まえ、断酒会に最後の望みをかけて生涯断酒会に通い断酒会の言う通りに 生活して断酒を軌道に乗せようとする妻の強い心構えのことである。このコアとなるスト レングスは《不安定期を乗り越える妻の性格》 《子供への責任》 《全てに真摯に向き合う》 《断 酒に必要な要素の受け入れ》《夫への思いやり》《自己改革》《断酒のための第二の技》《家 族を変化へのいざなり》という 8 のカテゴリから形成されていた。 《不安定期を乗り越える妻の性格》とは、断酒の安定しない夫と共に断酒の安定に向けて、 底なし地獄期の経験から得た新たに加わる踏ん張りが効く強気な部分と、元来から持ち続 けている楽観性を兼ね備えた意思や感情の傾向のことであり、4 つの概念から構成されてい るストレングスである。 例えば参加者 C は、 「断酒会入ってからは一生懸命やっているのはわかるし、(断酒に)失. 敗したら裏切られたような気持にもなって。(断酒会の)先輩達もいるのにどうやってあそ こ(断酒例会)に帰るのだろうって。今度は止めるだろうって、だから余計に地獄に落ち るのよ。」と語り〈結果が見えなくても踏ん張る〉というストレングスを持ち合わせていた。 《子供への責任》とは、夫や自分たちの世代のことだけではなく、子供への慈愛の念をも ち、子供の成長発達上、自分達夫婦のアルコール依存症の問題を連鎖させないための義務 を果たすことであり、3 つの概念から構成されているストレングスである。 例えば参加者 O は、 「親がアルコール依存症であれば、子供は自分がアルコール依存症にな. るか、伴侶にアルコール依存症の人を選ぶ確率が高いというデータを押し付けられ、私は もう絶対嫌と思って、こんな辛さを子供に味合わすのは絶対に嫌なので、(世代間連鎖を) やめさせてみせる。」と語り〈世代間連鎖を食い止める決心〉というストレングスを持ち合 わせていた。 《全てに真摯に向き合う》とは、夫に対して、または断酒生活において、中途半端な意志 や行動ではなく、常に真面目に熱心に取り組む姿勢であり、3 つの概念から構成されている ストレングスである。 例えば参加者 M は、 「夫は好きで病気になったわけではないですし、癌になっても同じですよね、. (病と)付き合っていかないといけないので。だから、だんだん(アルコール依存症であろうと身体 疾患であろうと病と付き合うことは同じと)思えるようになった。」と語り〈アルコール依存症でも 身体疾患でも同じく看病する〉というストレングスを持ち合わせていた。. 11.
(14) 《断酒に必要な要素の受け入れ》とは、アルコール依存症への対応や回復の知識を吸収し 実践するため、先輩会員等の見本を模倣し、安定した断酒生活に移行するために必要な断 酒例会への出席や断酒会の助言、自分の内面を受け入れることの出来る柔軟性と強い精神 力に富んだものであり、12 の概念から構成されているストレングスである。 例えば参加者 I は、 「酒を止めている見本がいるでしょ、幸せそうな見本の家族がいるので、. その先輩達がいるので、(うちの家族も)そうなってくれたらいいなって、なりたい見本が 大勢いましたので。」と語り〈幸せそうな先輩家族を模倣する〉というストレングスを持ち 合わせていた。 《夫への思いやり》とは、断酒がなかなか安定はしないものの、断酒にむけ一人努力して いる夫を信頼していることであり、2 つの概念から構成されているストレングスである。 例えば参加者 D は、 「 (夫のことは)心配はしていたけど、心配しても仕方ないし、ある程. 度真面目なところもあったのではないでしょうか。断酒会になかなか入会しなかったこと もあるし、よくコーラ飲んだり、集まり(酒の席)に行ったらノンアルコール飲んだりし ていました。」と語り〈夫の努力を認める〉というストレングスを持ち合わせていた。 《自己改革》とは、底なし地獄期から続く自身の感情や認知、夫への対応や夫婦様式から 一転し、新たな自分と夫婦を構築するために自ら新しく変わることのできる能力のことで あり、8 つの概念から構成されているストレングスである。 例えば参加者 M は、 「夫は夫で邁進してもらうし、私は私で家族として夫が気持ちよく断酒. 会に通えるように環境を作ることが家族のすることであると、ある程度わかってきた。管 理とか監視とかしないように、夫に主導権を任せるようにして、(妻は)家族として付いて いく感じにしました。」と語り〈夫婦の主導権の変更〉というストレングスを持ち合わせて いた。 《断酒のための第二の技》とは、徐々に落ち着いて周囲を意識できるまでになった夫に対 して、再飲酒に至らないようにするため、底なし地獄期をフィードバックするなど、夫の への極めて個別性の強い方法と手段を繰り広げるものであり、3 つの概念から構成されてい るストレングスである。 例えば参加者 I は、 「断酒会は両方の話聞けるんで、家族さんの目の前で嘘は言えませんよ. ね。家族も本人には嘘言えない。(断酒会入会の)最初の頃は私が話したら、わしはそこま でしていないでしょ、大げさに言っているでしょとか言うんです。お父さんが知らないだ けで、私は本当のことしか言ってないと言ったら、何も言わなくなった。」と語り〈どん底 地獄期を夫に直面化させる〉というストレングスを持ち合わせていた。. 12.
(15) 《家族の変革へのいざなり》とは、夫が断酒を続けるために、夫以外の家族成員を巻き込 みながら断酒生活へと導き、親族一族にまで影響を及ぼすものであり、3 つの概念から構成 されているストレングスである。 例えば参加者 M は、 「 (親戚)皆が酒ありの席が普通だから、私がお料理出しても皆がしー. んとしてるんです、(酒が)出てこないから、(親戚の習慣的に)おかしいんですよね。も う食べて下さいって感じで、最初の 1、2 年は(親戚の)長年の習慣があるから(大変であ った)。」と語り〈親族を酒のない生活に変える〉というストレングスを持ち合わせていた。 〈扱いやすい夫でいてほしいという自分との闘い〉とは、夫が飲酒して身の回りのことを 全て妻が行っていた頃の精神的・身体的・社会的苦しさはあるものの、一方で夫が妻の言 いなり妻がコントロールできていた頃に後ろ髪を引かれる思いに必死に抵抗する力のこと である。 例えば参加者 I は、 「(再飲酒してほしいと)思いましたよ。飲んどったら反対に私の言うこ. ときかせるっていうか、主人はお酒与えておけば寝ているだけですから。飲んで寝ていて くれたほうがマシと感じました。」と語り、《夫への思いやり》との間において、素面の夫 に変化する現実に立ち向かうための葛藤となるストレングスが機能していた。この葛藤状 態が、次に表出される第二の分岐点ともなる《自己改革》のために必要であった。. [断酒が安定している時期]は、 【将来への希望】という 1 つのコアカテゴリ、7 つのカテ ゴリ、21 の概念が生成された。 【将来への希望】とは、現在の生活に満足はしつつも、底なし地獄期での幸せの元を取る という幸せへの要求がより一層強くなり、断酒生活と並行しつつ断酒以外の生活でもより 幸せへの高みを追求できるものである。このコアとなるストレングスには《断酒会への継 続参加》 《困難を糧に変える》《他者への貢献》《夫への正のフィードバック》《夫との対等 な関係性の維持》 《発展し続ける人間的成長》 《夫との人生再考》という 7 つのカテゴリか ら生成されていた。 《断酒会への継続参加》とは、幸せには断酒会出席しかないが、嫌々ではなく自ら癒しの 場としての待ち望む一つとしての断酒会で、日々楽しみにできる心のあり様であり、2 つの 概念から構成されているストレングスである。 例えば参加者 I は、 「断酒会に通うことが(自分の)強みかな。生活の基盤を断酒会にする. ことが一番いいなと思う。」と語り〈断酒例会を生活の基盤する〉というストレングスを持 ち合わせていた。. 13.
(16) 《困難を糧に変える》とは、底なし地獄期や不安定期の経験が現在の幸せな夫婦の関係性 に繋がっているもので、過去の失敗を生かして工夫できる力であり、3 つの概念から構成さ れているストレングスである。 例えば参加者 A は、 「 (夫の回復の要因は)一つだけじゃなくて、らせん状。色んなことが. あって、どれか一つ欠けていてもいけない。私の中で経験してきたことが繋がっているそ んな感じ」と語り〈底なし地獄期を経験に変える〉というストレングスを持ち合わせてい た。 《他者への貢献》とは、自分の家族や夫だけではなく、酒害に悩む他の家族や断酒例会や 家族会の仲間と共に自助の精神で助け合うものであり、2 つの概念から構成されているスト レングスである。 例えば参加者 I は、 「新しい人も共感してもらえる。新しい人って自分の恥を言っても良い. のかなと思うけど、わかってくれる、(相談内容を)外に持ち出さない、(断酒例会の場に) 置いていってくれる、聴いてくれる、共感する。」と語り〈困っている家族の迎え入れ〉と いうストレングスを持ち合わせていた。 《夫への正のフィードバック》とは、元来の夫の強み、断酒を継続している夫や、夫の新 たな強みまで目につくようになり、アルコール依存症の夫ではなく一人の尊敬する夫とし て捉えることが出来る能力のことであり、3 つの概念から構成されているストレングスであ る。 例えば参加者 C は、 「たぶん(夫は)結婚した当時に戻ったのではなくて、今はもっと違う. ものになっていると思います。こんな人だったのかと思う時が時々あります。」と語り〈新 生された夫を発見する〉というストレングスを持ち合わせていた。 《夫との対等な関係性の維持》とは、妻は妻の生活を中心にしながらも、夫婦で助け合い お互いに認め合うことができることであり、5 つの概念から構成されているストレングスで ある。 例えば参加者 H は、 「私がいなければではなく、お互いがお互いを認めていけたらと思いま. す。」と語り〈二人三脚の協力体制を構築する〉というストレングスを持ち合わせていた。 《発展し続ける人間的成長》とは、夫を世話したいという思いはあるものの、日々自分の 内面を見つめつつ、より新しい人格形成された自分に発展し続ける能力のことであり、3 つ の概念から構成されているストレングスである。 例えば参加者 K は、 「自分のことはよくわからなかったのですが、お酒だけではなく自分の. こともよくわかるようになりました。子供のこともよくわかるようになった。」と語り〈内 省の継続力〉というストレングスを持ち合わせていた。 14.
(17) 《夫との人生再考》とは、アルコール依存症には卒業はないが、断酒が安定している現在 から将来をどのように生活していくかの人生設計をすることであり、3 つの概念から構成さ れているストレングスである。 例えば参加者 C は、 「マイナスでは終わらせないぞと。元を取ってやろうという思いにもな. ってきた、いい意味でも、悪い意味でも」と語り〈今までの元を取る〉というストレング スを持ち合わせていた。. Ⅵ.考察 1.アルコール依存症の夫を持つ妻の分岐点になりうるストレングス 1)第一の分岐点 アルコール依存症の本人(夫)は「底つき体験」あるいは「どん底体験」を経験するこ とで、アルコール依存症の改善が見込めることが明確になっている。しかし、本研究の妻 の語りより身体的・精神的・社会的にも苦しい現状に、先行きの不確かさが加わり、底な し地獄期はストレス過多の状況ともいえる。このようなストレス過多の状況が長く続くこ とにより、 「家族には底なんてない、底は日々深く深くなっていく」との妻の語りからも想 像がつくように、消耗性危機の状況に容易に立たされる。危機はその岐路により家族の崩 壊にも至るが、一方で好機として捉えて好転することもあり得る。Aguilera(Aguilera 、 1994/小松ら訳 1997)は、問題解決決定要因として、「出来事の知覚」 「社会的支持」 「対処 機制」3 つの要因が存在して適切に機能していることで危機を回避することが可能と述べて いる。妻は〈身近な人への相談と SOS〉を出せる、すなわち社会的支持の要請を出し、そ の要請に応えてくれる環境のストレングスである身近な人の存在がある。また、対処機制 として《心のセルフコントロール》を活用することが可能である。最後に、出来事の知覚 は、心理的不均衡の発端となった出来事が、個人にとってどのような意味をもつのかとい う認識や受け止めであり、本研究では《自己洞察力》がこの出来事の知覚にあたり、分岐 点を効果的に好転させるストレングスである。つまり、アルコール依存症の夫の妻が好転 するか否かの分岐となるストレングスは「出来事の知覚」に相当する《自己洞察力》であ るといえる。 2)第二の分岐点 アルコール依存症である夫と生活する妻にとって、結婚当初から夫のアルコール依存症 に悩まされていたわけではない。「夫は嫌々(婿に)来たとか言っていますが、私がおかし いんですけど、この人がっていうように、気持ちと心に響いた。 (中略)嫌で結婚してない し、私が好きで一緒になったから。 」というように〈夫への深い愛情〉が根底にあり結婚生 活がスタートしている。しかし、 〈夫の異変への察知力〉というストレングスが機能し、徐々 に表面化してくる夫のアルコール依存症からの症状に悩まされ、底なし地獄期へと進むこ 15.
(18) とになる。底なし地獄期から不安定期に移行し安定期に至るように危機が移行している。 危機的人生移行モデルによると、「人生移行は、個人史を分かつ何らかの境界線を個人が越 えて新しい生活状況に直面していく事態である」と(内田、2013)と述べている。安定期 にみられるスとレングスは《発展し続ける人間的成長》をしつつ《夫との人生再考》とい う危機的人生移行モデルでいう「新しい生活構造の構築」に相当する。危機的人生移行モ デルの、生活世界の再構造化としての危機的人生移行過程において、 「新しい状況下での旧 い生活世界構造の維持」として、人は愛着のある生活世界から分離することは難しく、心 理的に不安定となり苦悩や恐怖、抑鬱などの悲哀の仕事をしている(内田、2013)。妻も《夫 への思いやり》として、断酒に向け一人努力している夫を信頼して断酒できる夫に代わる ことを信じている一方で、 〈扱いやすい夫でいてほしいという自分との闘い〉の間で心理的 な葛藤状態が生じることが明確になっている。つまり酒で苦労はしているものの妻のコン トロール下にいてくれた夫とその生活からの悲哀の体験をしている。しかし、妻はその「旧 い生活世界構造の破綻」を乗り越え《自己変革》するという分岐点に立つことができてい る。また、この不安定期のコアカテゴリは【断酒生活を貫く覚悟】であり、様々な方法を 模索し断酒会に最後の望みをかけて生涯断酒会に通い、断酒会の言う通りに生活して断酒 を軌道に乗せようとする妻の強い心構えであり、 〈幸せそうな先輩家族を模倣する〉など外 的な環境としての「断酒例会」や「断酒会の先輩会員や先輩家族」の存在が環境のストレ ングスであり、第二の分岐点でも環境のストレングスを活用しているものである。 2.埋もれやすい妻の個のストレングス 《夫との一体感》や〈挫けない鈍感力〉 〈優柔不断力〉などのストレングスは、妻の光が 見えない暗闇のトンネルという状況や、看護師などの保健・医療専門職者の見立て、先行 論文の解釈の仕方によっては、埋もれてしまう危険性がある。埋もれやすい妻の個のスト レングスとして、 《夫との一体感》は夫のセルフケアを熱心に介助し、夫の職場での立場が 危ぶまれないように調整し徹底的に保護することである。夫をコントロールできるとの自 負心〉を持ち、 〈夫の身の回りの世話を行う〉ことで、夫が飲酒したことでの職場との調整 役をこなし〈夫の社会的名誉を守る〉ことで夫や家族、親族までも守っているといえる。 しかし一方でこれらのストレングスは、先行論文にあるように共依存症の行動パターンの 一部としての「自らを犠牲にして他人を助けたり、世話したりする」ことや「問題や、危 機が起こっているような状況に身をおきやすい」こと、 「他人と自分のバウンダリー(境界 線)がはっきりしていない」などがその特徴であると述べている(西尾、1995) 。つまり妻 には共依存症あるいはイネーブラーというレッテルさせ貼られ、 《夫との一体感》は妻の弱 みであり弱点として捉え、夫に対して妻なしでは生活出来ないまでに退行させているとも 捉えられるかもしれない。また西尾(1995)は、同じく共依存症者の行動パターンを「現 実、事実をはっきり把握することができない」「自分のからだから出るメッセージに気が付 かない」 「忍耐強く待つことができない」とも述べている。しかし妻は苦しい状況において 16.
(19) も〈経験知の積立力〉や《冷静沈着さ》を持ち合わせながら、自分の精神的・身体的限界 に気が付き〈身近な人への相談と SOS〉も出すことができている。結果的に夫の身の回り の世話をしながら〈夫の身体を守る〉ストレングスを機能させ、飲酒をしている時期でも 夫の仕事を守り、結果的に《家族調整》というストレングスが機能していたからこそ、家 族が崩壊に至らずに済み、その後の夫にとっての底つき体験やどん底体験に繋がり、夫の 断酒継続に繋がっていることを考慮することが重要である。 また妻は底なし地獄期において、底のない地獄の生活や夫から〈逃げることが可能〉で 一時的に逃げて避難しているものの、離婚はしきれていない現状がある。妻にきっぱりと した決断力や即決力がある場合はそのまま家族崩壊に至る危険性や、夫のアルコール依存 症の悪化や死、妻の《発展し続ける人間的成長》のストレングスも芽生えてこなかったと 考えられる。しかし妻には《底なし地獄を耐え得る性格》としての〈結婚に対する責任と 覚悟〉や〈親としての子供への責任〉も備わっており、自分自身の行動や親としての自覚 と責任感が強く出ている。そこに、 〈粘り強さ〉 〈挫けない鈍感力〉〈優柔不断力〉があるか らこそ、夫の断酒継続という回復や最終的な《夫との人生再考》というストレングスへと 繋がるため、気が付かない〈挫けない鈍感力〉や決断できない〈優柔不断力〉も妻の弱さ や弱点ではなく、ストレングスとして捉えることが重要である。 3.妻の個のストレングスに対する看護実践への示唆 1) 《夫との一体感》を認める支援 結婚当時のあるいは底なし地獄期の妻自身が抱えている生き難さとして、機能不全家族 という生育歴が根底には存在する。しかし【心に刻まれた生育歴】として《発展し続ける 人間的成長》へ繋がる源であり原動力となるストレングスであり、妻自身の生き難さと同 時に、表面に表出している夫のアルコール依存症も回復し、妻自身も新たに人格形成され た自分に発展し続ける能力である。一方で《夫との一体感》の解釈の仕方によっては妻の 弱みや弱点となり得てしまう。妻のそのような《親と自分を切り離さない》 《機能不全家族 からくる原動力》 《自分の生き難さへの模索》などの【心に刻まれた生育歴】を、共依存や イネイブリングの概念で捉えて妻の弱みにするかストレングスとするかは、妻と医療・保 健専門職者の双方向の理解が必要である。妻は【心に刻まれた生育歴】を無意識的に原動 力としているものの、看護師等の医療・保健専門職者が共依存であるから早急に改善する 必要があると捉えたり、夫が断酒できない根拠として妻のイネイブリングが原因と捉え、 妻に対する陰性感情を抱くことで、将来的に妻が日々自分の内面を見つめつつ、より新し い人格形成された自分に発展し続ける能力を潰しかねない。潰すことはないにせよ、共依 存への不適切な時期での介入や、妻をイネイブラーとして捉え介入することで、次なるス テップとなる時期へ移行する家族なりの「丁度よい時期」ではないとすると、妻に更なる 傷を負わせてしまいかねない。妻は〈経験の積立力〉を持ち合わせ機能させながら適切な 時期に夫に《現実打破力》を機能させて分岐点を迎えることができているのである。この 17.
(20) ような一連の妻や夫など家族のステップとなる時期を移行する「丁度よい時期」があるこ とを心に留め、妻とその家族のアルコール依存症の病の過程に寄り添い、結果が出るのは 時間がかかることを理解し、妻と夫双方にとって《夫との一体感》がストレングスとして 機能する時期が必要であり、重要なストレングスであることを認めることが大切である。 2)焦らず回復に繋がる妻のストレングスを信じる 妻は、底なし地獄期において意識的にも無意識的にも〈経験知の積立力〉が機能してお り、結果的に安定期に《困難を糧に変える》ストレングスが活用できている。これらのス トレングスは、底なし地獄期があったからこそ困難な状況を糧に変え、最終的に《発展し 続ける人間的成長》が機能するものである。底なし地獄期、不安定期、安定期各々で妻が 持ち合わせているストレングスの機能の違いはあるが、構造的には単発ではなく、「らせん 状に積み上げ」てくるものであり、かつ家族や夫と妻の関係性など個別性が強い。看護師 など保健・医療専門職者は、この底なし地獄期を繰り返すことや停滞していると思われる 家族に直面しても、治療に乗らないわけでも、共依存から脱せないわけでもなく、困難な 状況が家族には必要であることを意識しておく必要がある。この場面で専門職者から強制 的に何らかの治療を試みたり治療を中断させることは、 「らせん状に積み上げ」ていく妻の 経験知やストレングス、強いては《発展し続ける人間的成長》を断ち切ってしまうことに 繋がる危険性がある。看護師は、妻は《アルコール被害に対する護身術》や《心のセルフ コントロール》を適切に用いていることを念頭に置き、過度な支援は必要ないことを心得 る必要がある。 3)分岐点におけるストレングスを効果的に機能させるための看護ケア 妻の分岐点になる《自己洞察力》の前提となるストレングスとして《現状打破力》があ る。その《現状打破力》を機能させるためには、 〈夫を追い詰めている不確かなものへの疑 問〉を抱き、 〈断酒に関する情報にアンテナを張る〉ストレングスを活用している。妻の分 岐点である《自己洞察力》を機能させるためにも、 《冷静沈着さ》を持ち合わせている妻に 対して、現実的な知覚ができるように、積極的なアルコール依存症の先行きの提示や、ア ルコール依存症に関す知識、夫との関係性の取り方などの適切な知識を提供することが最 も重要である。また、不安定期に訪れる第二の分岐点のストレングスである《自己改革》 へは、 《夫への思いやり》のストレングスと〈扱いやすい夫でいてほしいという自分との闘 い〉のストレングスの間での矛盾した葛藤を乗り越え、 《自己改革》のストレングスを掘り だそうとする妻の支援としての、労いや寄り添いながらの承認を与えることが必要である と考える。. 18.
(21) Ⅶ.研究の限界と今後の発展性 1.本報告書の通り、妻の「個」のストレングスの機能と構造が明確になったが、妻の周囲 にある「環境」のストレングスと「個」のストレングスの関連性は考慮していない。今後 は本研究で収集された妻の「環境」のストレングスを分析しつつ、「個」のストレングスと の関連性を進めていく。 2.妻の「個」のストレングスを断酒会や家族会を含めた地域社会の中で活用するための、 「実現可能な具体化された看護ケアシステムの開発」と、 「妻の周辺に存在する環境のスト レングスとなり得る環境の整備・開発」を進めていくため、数年後に貴財団の助成にて開 発完成していきたい。. Ⅷ.結論・新規性 1.回復過程の 3 つの時期として、 [断酒が安定している時期][断酒が不安定な時期] [断 酒が安定している時期]が抽出された。 2.回復過程の 3 つの時期其々に中心となるストレングスが存在していた。 3.妻とその家族の回復過程における分岐点となるストレングスとして、第一の分岐点とし て《自己洞察力》と分岐の前提となるストレングス《現状打破力》かある。第二の分岐点 として《自己変革》と分岐の前提となる葛藤状況を生み出す《夫への思いやり》対〈扱い やすい夫でいてほしいという自分との闘い〉のストレングスが存在する。 4.新規性として、今後ますますの洗練化は必須であるものの、「妻には底つきやどん底は なく、日に日に底は深まる」「《夫との一体感》は専門職者の解釈の如何により妻の弱みに もなりストレングスにもなり得る」が示唆された。. 謝辞・感想 本研究にご協力くださった断酒会、ご多忙の中面接にご協力くださった研究参加者の皆 様にお礼申し上げます。 本研究は、 「公益財団法人 在宅医療助成 勇美記念財団の助成」によるものであり、本研 究をご支援くださいました公益財団法人 在宅医療助成 勇美記念財団の関係者の皆様に感 謝申し上げます。短い期間でしたが、貴財団には研究を実施する貴重な機会を与えて下さ り、沢山の学びを得ることが出来ました。特に研究フィールルドの場や文化に根差した研 究は、長い時間をかけて進めることでさらに深みが増すことが再認識できました。なによ り地域で生活する依存症をお持ちの方やご家族へのケアの必要性と開発の急務を再確認す ることが出来ました。. 19.
(22) 文献 Charles A.Rapp(1998)/江畑敬介監訳(1998):精神障害者のためのケースマネジメン ト、金剛出版、東京. Charles A.Rapp and Richard J.Goscha(2012)/田中英樹(2014) :ストレングスモデル リカバリー志向の精神保健福祉サービス(第 3 版) 、金剛出版、東京. 長徹二(2013) :2.アルコール依存症の予後と断酒 3 原則(断酒の 3 本柱)、精神科治療学、 28(増刊) 、94-99. Donna C. Aguilera(1994)/小松源助・荒川義子訳(1997) :危機介入の理論と実際 医 療・看護・福祉のために、川島書店、東京. 橋本隆(2005) :家族の回復について、日本アルコール関連問題学会雑誌、7、78-80. 樋口進(研究代表者) (2014) :平成 25 年度厚生労働科学研究補助金 循環器疾患・糖尿病 等生活習慣病対策総合研究事業 WHO 世界戦略を踏まえたアルコールの有害使用対策に 関する総合的研究、平成 25 年度総括研究報告書. 磯野洋一(2016) :精神科訪問看護利用者とその家族のストレングスに関する研究-精神科 訪問看護師の視座より-、平成 27 年度「学校法人日本赤十字学園教育研究及び奨学金基 金」教育・研究事業報告書、40-53. 磯野洋一、野嶋佐由美(2013) :アルコール依存症者の妻の対処 断酒会会員である夫のイ ンタビューに基づいて、家族看護学研究、18(2) 、73-82. 岩本真紀、藤田佐和(2013) :ストレングスの概念分析―がんサバイバーへの活用―、高知 女子大学看護学会誌、38(2) 、12-21. 萱間真美(2013) :ストレングスモデルを学ぶなら今でしょ!第 1 回なぜ、病院で働く看護 師も学ぶべきなのか、精神看護、16(5) 、6-11. 萱間真美(2013) :ストレングスモデルを習いに出かける第 2 回リカバリー、エンパワメン ト、ストレングスモデルの関連、精神看護、16(6) 、68-71. 萱間真美(2014) :ストレングスモデルを習いに出かける第 3 回自動翻訳装置をオフにしよ う、精神看護、17(1) 、72-75. 萱間真美(2014) :ストレングスモデルを学ぶなら今でしょ!第 4 回オーストラリアで見た、 使える資源の一部としての医療、精神看護、17(2) 、68-71. 松下年子(2006) :私とアディクション看護 依存症者の内実を求めて 回復者との出会いか ら研究活動へ、精神科看護、33(5) 、68-72. 水澤都加佐(2005) :家族の回復とは、日本アルコール関連問題学会雑誌、7、82-83. 根津和永(2011) :アディクション患者の家族へのケア 家族も、私も、あきらめず、回復 を信じる、精神科看護 38(4) 、27-31. 西川京子(2003) :アルコール相談入門―回復を信じ、回復を支える―、日本アルコール関 連問題学会雑誌、5、36-40. 西尾和美(1995) :共依存とはなにか 共依存症の精神療法、こころの科学、 (59) 、39-44. 20.
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