問題設定 「学びの共同体(learning community)」を標 榜する学校改革が、国内外で進展している。 2015 年現在、日本の小学校の約 1500 校、中学 校の約 2000 校、高等学校の約 300 校が「学び の共同体」としての学校づくりに挑戦している。 国外では、中国、韓国、メキシコ、シンガポー ル、ベトナム、インドネシアなどの諸国でこの 改革が進められている1)。2009 年と 2012 年の PISA 調査(Programme for International Stu-dent Assessment)において、「数学的リテラ シー」「読解力」「科学的リテラシー」のいずれ の分野でもトップとなった上海市は、「学びの 共同体」としての学校づくりに熱を入れて取り 組んでいる都市のひとつである。 「学びの共同体」とは何か。佐藤学が 1990 年 代前半から提唱している 21 世紀型の学校と授 業の改革を進めるためのヴィジョンと哲学と活 動システムである。佐藤は、21 世紀の知識基 盤社会(knowledge-based society)の学校は、 子どもたちが学び育ち合い、教師たちが教育の 専門家として学び育ち合い、保護者や市民が教 育活動に参加して学び育ち合う場所へと生まれ 変わる必要があると言う。このヴィジョンは、 次の三つの哲学に基礎づけられている。第一に、 学校と教室は公共空間であり内側にも外側にも 開かれていなければならないという「公共性の 哲学」。第二に、学校と教室は「多様な人々と 共 に 生 き る 生 き 方(a way of associated living)」(デューイ)を実現する場所であると いう「民主主義の哲学」。第三に、授業と学び においてはたえず最高のものが追求されなくて はならないという「卓越性の哲学」。そして、 これらのヴィジョンと哲学を学校の日々の活動 において実現するために、教室においては聴き 合う関係を基礎とする「協同的学び(collabora-tive learning)」が組織され、職員室において は 授 業 の 事 例 研 究 を 通 し て 教 師 の 同 僚 性 (collegiality)の構築が目指され、保護者や地 域の市民が教育実践において教師と協同する学 習参加の取り組みが行われる2)。 「学びの共同体」としての学校づくりは、多 くの教師たちの支持を得て、国内外へと波及し つづけている。その広がりは、もはや社会現象 と呼ぶにふさわしいものとなっている。だが、 それとは対照的に、わが国の教育学における佐 藤の「学びの共同体」論についての原理的検討 は、皆無に等しい状況がおよそ 20 年にわたっ
「学びの共同体」の社会哲学的含意
─なぜ「学びの共同体」では質の高い学びが可能になるのか─
The Social Philosophical Implication of
“the Learning Community”
─ Why is it possible to achieve excellent learning in
“the learning community”? ─
田 中 裕 喜
Hiroki TANAKA
望見されている未来の社会は、どのような社会 なのか。本論は、「学びの共同体」をめぐるこ れら三つの問いについての社会哲学的探究であ る。 1.哲学的実践としての「学び」 佐藤の「学びの共同体」論は、彼の提起する 学びの理論を基底としている。佐藤は、デュー イとヴィゴツキーの学習理論を再解釈すること をとおして、学びの活動を、対象世界と他者と 自己の三つの次元に関する語りを通して意味を 構成し関係を築き直す「対話的実践」として再 定義している。 学びは、対象世界の意味を構成する認知的・ 文化的実践であり、他者との関係を構成する社 会的・政治的実践であり、自己の編み直しを遂 行する倫理的・実存的実践である。「世界づくり」 「仲間づくり」「自分づくり」の実践と言っても よい。学びは、この三つの次元の実践が三位一 体となって遂行されるいとなみなのである4)。 だが、今日の学校の教室において、この三つ の次元の対話としての学びを遂行することは容 易なことではなく、現実には変革的な実践にお いてしか実現することができない。何がそれを 妨げているのか。佐藤によれば、以下の三つの 事柄が対話的実践としての学びの障壁となって いる。第一に、わが国の教室では、具体的な対 象の操作と構成の活動が捨象されているため に、対象世界の意味を構成するはずの学びが、 所定の知識の習得を基本とする学びへと貶めら れている。デューイの学習理論において強調さ れた道具的思考、問題解決的思考の欠落である。 第二に、教室の会話の言語が、ダイアローグの 言語としてではなく、モノローグの言語を基本 として組織されている。メーハンやキャズデン の教室のディスコース分析の研究が明らかにし てきたように、教室の会話は、正解を知ってい る教師が訊ね、子どもが答え、その答えを教師 が評価するという「発問 ‐ 応答 ‐ 評価」の定 型的な言語運用を中心にして遂行されてきた。 第三に、授業において、一人ひとりの認識と表 現の個別性が奨励されておらず、子どもが自分 のイメージや言葉を尊重し、そのイメージや言 てつづいている。「学びの共同体」が、授業と 学習の自明性、教師と学習者の役割に関する自 明性、学校と教室の自明性の根本的な問い直し を迫るものであるにもかかわらず、である。こ のことは故なきことではなく、「学びの共同体」 論が佐藤自身によって漸進的に更新されつづけ ているから、ということもあろう。しかし、当 の佐藤が、次のような切迫感を表明している。 「「学びの共同体」づくりの学校改革においては、 改革のヴィジョンと哲学が実践に先行してはい るものの、その理論的解明は実践の進行に立ち 遅れている」3)。 なぜ、「学びの共同体」としての学校改革は これほどまでに教師たちの支持を獲得している のか。それは、「学びの共同体」としての学校 づくりに取り組むことが授業と学習の質を高め ることになるという見通しが、教師たちにある からだろう。すでに改革に取り組んでいる学校 からは、多くの具体的な成果が報告されている。 しからば、どうして「学びの共同体」では質の 高い学習が可能になるのだろうか。それは、ど のような機序によって実現されるのか。この問 いは、佐藤のこれまでの研究によっても十分に 明らかにされておらず、教育学において解明さ れなければならない。 本論の目的は、なぜ「学びの共同体」では質 の高い学習が可能になるのかを、理論の言語で 解明することにある。すなわち、佐藤の「学び の共同体」論、それに駆動された教育実践の人 間形成論的機序を解明することにある。この目 的を達成するには、「学びの共同体」論とそれ に駆動された実践を、人文社会科学の蓄積して きたさまざまな知見と結びつけて、その意味を 捉えなおし語りなおすことが不可欠である。こ の作業は、具体的には、以下の問いの探究とし て遂行される。①そもそも、「学び」とは何か。 それは、従来の学校教育で求められてきた学習 とは、どのように異なるのか。②「学びの共同 体」としての学校づくりでは、「協同的学び」 がすべての授業において組織され展開される が、この中で、何が、どのような機制で生起し うるのか。③「学びの共同体」としての学校づ くりは、学校の改革、授業の改革にとどまらず、 社会の改革を射程に含んだものである。そこで
表象の集合と見なされてきた。そして、鏡の中 に正確さを疑うことができないような特権化さ れた表象を発見することこそ、哲学の任務と考 えられてきたのである。 われわれの哲学的な確信のほとんどは、命 題よりもむしろ描像によって、言明よりもむ しろメタファーによって規定されている。伝 統的な哲学を虜にしている描像は、さまざま な表象―あるものは正確であり、あるものは 不正確である―を内に含み、純粋に非経験的 な方法によって研究することのできる巨大な 鏡としての心という描像なのである。鏡とし ての心という概念がなかったならば、表象の 正確さとしての知識という概念が思いつかれ ることはなかったであろう。この後者の概念 がなかったならば、デカルトとカントに共通 する戦略―いわば鏡を点検し、修復し、磨き をかけることによって、より正確な表象を手 に入れようという戦略―は意味をなさなかっ たことだろう7)。 この「世界を映し出す鏡」として心を捉える 見方は、近代以降の教育にもはかり知れないほ ど大きな影響をもたらしてきた。一斉授業の様 式を最初に構想したコメニウスにあっても、精 神(Mens)は鏡(specula)であるという「視 覚的メタファー」が知識教授の前提に据えられ ている8)。コメニウスは、ここから、印刷術の 発明が大量の活字を一度に正確に紙に写して伝 達することを可能にしたのと同じように、学校 教育もまた、教師の声(インク)をつうじて子 どもたちの精神(紙)に知識(活字)を一律一 斉に刻み込むことが可能であるとして、印刷工 場をモデルとして学校を改革することを提唱し たのだった9)。 「われわれは視覚的メタファー、とりわけ鏡 映のメタファーをわれわれの言語活動から一切 取り除かねばならない」10)、これがローティの 主張である。なぜなのか。ローティは、心を鏡 と捉えて、心の外に存在するものを正確に映し 取る試みの中に「客観性」への願望を看て取る。 人間は、古代から、自己の有限性、偶然性と対 峙することを避けるために、時代や場所による 葉を対象化して反省的に編み直す自己内対話の 機会も剥奪されてきた5)。以上のことは、われ われが通常、「一斉授業」と呼んでいる授業の 典型的な特徴である。明治以来、日本の教師た ちは、あらかじめ定められた知識や技能を子ど もに一斉かつ一方向的に伝達して、効率よく習 得させる授業の様式を多用してきた。「学びの 共同体」としての学校づくりでは、この一斉授 業からの脱却が目指されているのである。 従来型の授業と「学びの共同体」の授業との コントラストは、次のように説明することもで きる。佐藤は、フィリップ・ジャクソンの概念 を援用しながら、授業には二つの様式があると している6)。一つは、「模倣的様式(mimetic mode)」としての授業である。これは、知識や 技能の伝達と習得を中軸として、効率と正解が 追求される授業の様式である。古代ギリシアの ソフィストの弁論術の教授に起源をもち、コメ ニウスによって徹底された。もう一つが、「変 容的様式(transformative mode)」としての授 業である。これは、学習者のあり方や生き方の 変容を中軸として、個性や独創性が追求される 授業の様式である。同じく古代ギリシアのソク ラテスの産婆術に端を発し、20 世紀の児童中 心主義の新教育の理論と実践に継承されてい る。「学びの共同体」の創造しようとしている 授業は、後者の性格を色濃く持っている。 佐藤によれば、日本の学校教育の最大の特徴 は、現実の制度や実態における「模倣的様式」と、 理想や憧れとしての「変容的様式」の分裂にあ る。教師や子どもたちは、「変容的様式」とし ての授業に強い憧れを抱きつづけてきたが、そ れを達成しようとしても、意識と身体の深いと ころで「模倣的様式」の伝統に縛られつづけて きた。しからば、われわれは、次のように問う てみるべきではないか。こうした分裂や乖離は、 いったい、どこから生じてくるのか。 この問いを考究する上で導きの糸になるの が、リチャード・ローティが『哲学と自然の鏡』 で展開した議論である。ローティによれば、17 世紀このかた、心や知識や哲学をめぐる議論は、 表象という概念によって支配されてきた。そこ では、心は、心の外部に存在する世界を映し出 す鏡になぞらえられ、知識は、その鏡に映った
他の異質性におののくことなく自分とは異なる 物の見方や考え方にすすんで耳を傾けようとす る態度であり、「刺激的で実りある不一致への 希望」14)である。「探究や人間活動一般を、増 殖するよりも収斂するもの、より多様になるよ りもより統一的になるものとして把えるような メタファー」を放棄して、「信念の網目を絶え ず編み直すこと」15)を愉しむ習慣である。 私の見たところ、「学びの共同体」としての 学校づくりにおいて追求されている学びは、 ローティの提唱する「会話」が教師と子どもの 日々の活動として具体化されたものと見ること ができる16)。このことは、佐藤の次のような 記述からも明らかである。 「学びの共同体」を標榜する教室には、逆 説のようだが、「あらゆる差異よ、万歳!」 という標語が掲げられなければならない。私 たちが求める「学びの共同体」のイメージは、 同質の有機体が塊として密着したサンゴのよ うなコミューンではなく、一人ひとりの個性 的な差異が各々の特異性を発揮して教室内外 の人々と響き合うオーケストラのようなコ ミューン(「交響するコミューン」真木悠介) であろう。一人ひとりの間の差異こそが学び の原動力なのであり、差異を消去した同一性 の集団からは学びは成立しえないからである 17)。 「学びの共同体」づくりに取り組んでいる教 室を訪ねたことのある者であれば、そこでは、 一斉授業ではおなじみであるはずの、教師が「本 時のまとめ」と称して自分の教材解釈を教えて 授業を閉じる様子が見られなかったことを思い 起こすとよい。ローティの言い回しを援用すれ ば、そこでは、「予め準備された場所に向かっ て進んでいく」授業ではなく、「誰かがもっと よい考えにいきあたるかもしれない」という希 望をもって「会話=学び」が継続されていく授 業が目指されているのである。「学び」は、「客 観性への願望」を「連帯への願望」に置き換え る試みなのであり、すぐれて哲学的な実践なの である。 限定を受けない超歴史的で普遍的なもの、絶対 的に確かなものを求めてきた。だが、ローティ からすれば、それは、代案となる理論や語彙を 創設する人間の自由から逃れることであり、自 分自身を単なる即自存在へと変えてしまう試み に他ならない11)。 このようなローティの反表象主義の議論を踏 まえるならば、「模倣的様式」としての授業と「変 容的様式」としての授業のちがいは、知識は超 歴史的で普遍的なものでなければならないと考 えるのか、そのような知識はありえないと考え るのか、そのちがいに端を発していると言って よいだろう。視覚的メタファーを採るがゆえに 絶対的知識があると思うのか、絶対的知識があ ると思うがゆえに視覚的メタファーを採るの か、そうした疑問は残るけれども、両者は密接 に結びついて、互いに補完しあっているという 点が肝要である。 ならば、絶対的な知識の存在を当てにするこ とができないところで、われわれは、いかに生 きていくのか。ローティは、人間の認識活動を、 「鏡」に映し出す企てとしてではなく、「社会的 実 践(social practice)」 と し て 捉 え、「 会 話 (conversation)」の継続によって新たな語彙を 増殖していくことを提案する。 われわれは詩的な種であり、その行動―特に、 その言語行動、用いる言葉―を変えることに よって自らを変えることのできる種である12)。 ローティの言う「会話」は、イギリスの政治 哲学者マイケル・オークショットに由来する概 念であって、先験的に存在する自他に共通する 本質、人間のあらゆる活動に対して究極的な共 約性を提供する客観的な真理の発見を志向する ものではない。「会話」は、「慣れ親しんだわれ われの周囲世界を、新たな発想による見慣れぬ 用語によって再解釈しようとする試み」であり、 「見慣れぬというその力によって、われわれを 古い自我から連れ出し、われわれが新しい存在 となるのに力を与えてくれる」実践である 13)。 それゆえ、「会話」において決定的に重要な のは、真理を未決状態に置いておくことで、自
負のイメージで捉えている「わからない」を新 しいイメージに変革することが必要であると古 屋は言う。そのため、古屋は、子どもたちに「わ からないの達人」になることを要求する。「わ からないの達人」とは、いつも「わからない」 を探している、「わからない」を見つけるとう れしくなる、友達の話を聴きながら「そこがわ からない」と言える、わからないことは繰り返 し聞ける、友達の「わからない」を一緒に考え ることが楽しい、こうしたことが習慣化してい る人のことである。 さらに、このことと関連して、古屋は「三人 目の指導」ということも行っている。一般的な 小グループの学び合いでは、「わからない」一 人の子どもに対して誰かが説明を始めた時に、 他の子どもも一緒になって説明をすることがし ばしば生じる。そうするのではなく、「三人目 の自分」は、わからない子どもの立場になって 説明を聴き、説明している子どもにその説明の わかりにくいところを質問する。このように、 友達の「わからない」をより深化させるのが「三 人目の指導」である。 古屋が、子どもたちに「わかる」ということ への厳しさ、「学ぶ」ということへの厳しさを 求めていることは明らかだろう。だが、この実 践には、それだけにはとどまらない教育的含意 があるのではないか。この含意を取り出すため に、社会学者である大澤真幸の議論を援用する ことにしよう20)。大澤は、民主主義を有効に 機能させるための方略として、ある意思決定の 方法を提案している。これは、通常の合意のた めの討議・熟議からは締め出されてしまう将来 世代などの「未来の他者」の視点を社会的な意 思決定の場に招き入れるための方法として提案 されたものである。まずは、ある集団において 一つの指導的な委員会を構成する。最初の委員 はくじ引きなどで決めればよい。この委員会の 役目は、集団のメンバー一般がなすべき事柄に 関して最終的な決定を下すことにある。けれど も、委員会は、いきなり真理を告知したり命令 を発したりして、メンバーに強制することはし ない。委員会が決定を下すまでには、次の手続 きを必要とする。あるメンバーAが、集団とし てなすべきことに関して、固有の意見やアイデ 2.「協同的学び」の成立機制 「学びの共同体」を標榜する学校づくりは、「聴 き合う関係」を築くことから始まる。「「他者の 声を聴くこと」は学びの出発点であり、対話的 コミュニケーションで構成される民主主義の基 礎である」18)。このために、教師は、声のテン ションを落として、子どもの発言やつぶやきに 耳を澄まし、教材やテクストとのつながり、仲 間の発言とのつながり、その子どもの以前の考 えとのつながりを意識しながら聴く。聴き方の モデルを示すのである。「聴き合う関係」が築 かれた教室での対話的コミュニケーションは、 小学校低学年では全体学習とペア学習による 「協同的学び」、小学校中・高学年、中学校、高 校では男女混合の四人グループによる「協同的 学び」を中心として組織される。「学びの共同体」 の学校を訪れた者の関心を惹くのは、このペア と小グループによる「協同的学び」の風景だろ う。そこで起きているのは、できる子どもがで きない子どもに教えてあげるといった単純なこ とではないのだが、しばしばそのように誤解さ れている。さらばこそ、この「協同的学び」に おいて生起する人間形成の機序が原理的に解明 されなければならない。 そこで、佐藤の「学びの共同体」論に学び、 それを自らの日々の授業実践において咀嚼しな がら、「学び合う教室」づくりに取り組んでい る山梨県の小学校教諭古屋和久の実践報告を探 究の糸口にしてみよう19)。私の見たところ、 古屋の教室ほど、「学びの共同体」論の可能性 を現実的に表わしている教室はない。古屋は、 「学び合う教室」をつくるために、「わからない」 という言葉があふれる教室にする実践を行って いる。「学びの共同体」づくりに取り組んでい る教室では、わからないときに、「ねえ、ここ、 どうするの?」と仲間に問いかけることを習慣 化する指導が行われている。しかし、この言葉 がなかなか口に出せない子どもは少なくない。 それは、子どもたちに、わからないことは良く ないこと、みっともないことであるという思い 込みが根強くあるからだ。そして、すぐに「わ かったつもり」になり、「わかったふり」をし て自分の身を固めてしまう。この「わかったつ もり」「わかったふり」の壁を取り払うこと、
はなく、誰が決めるのか、誰の視点で是非を判 断するのかということが問われているとしたら どうか。そもそも、Aが委員会に対して発議し ていること自体、潜在的であるにせよ、このこ とを示しているのではないか(「委員会だけに 任せてはおけない」)。委員会との直接討議では、 委員会は、最終的に是認/否認というかたちで、 Aの意見の是非を示すだろう。けれども、その 裁定がAによって受け入れられ、集団的な意思 決定となるためには、Aが委員会を「真理を知っ ている者」の集合と見なしていなければならな い。そうでないからこそ、Aは発議しているの だ。だとすれば、これは、真理の裁定をめぐる 不毛な闘争に陥る危険性を孕んでいる。 「真理を知っている者」の存在を当てにでき ないところで、どのようにして民主的な意思決 定を行うのか。大澤が提案しているは、そのた めの方法である。委員会との直接的な接触が避 けられているのは、「真理を知っている者は、 現在のところ、不在である」という状況に発議 者Aを立たせるための工夫なのである。たとえ て言えば、社会集団のあり方をめぐって判断を 下す法廷はたしかにあるが、いったいどんな裁 判官であるのか、まったく姿が見えず、どうい う判断を下すのか、皆目見当がつかない状況で ある。Aは、もはや、自分の意見の正しさに関 するお墨付きを裁判官からもらって安んずるこ とはできない。それでも、Aは、集団としてな すべきことに関して意見を持っているので、媒 介者Mに理解してもらい取り次いでもらうべ く、あらゆる問いに対して言葉の限りを尽くし て応答することになる。ここでは、Aの関心が、 真理性の保証を得ることから、公共的な言葉で 他者を粘り強く説得することへ、ひいては自身 が成長することへ、変わらざるを得ないのであ る。そして、そのようなあらゆる問いに対して 開かれたあり方を採りつづけていることこそ、 真理に対してわれわれが採りうるもうひとつの 態度を表わしているとは言えまいか。 長い迂路をたどってきたが、これによって、 古屋の教室における「協同的学び」の機制が明 らかになる。私の見たところ、古屋の実践は、 大澤の提案する方法が学校の教室において具現 化されているものとして理解することができる アをもっているとする。Aは、それを委員会に 持ち込み討議してもらうことで、集団としての 意思へと転換する。ただし、メンバーが自分の 意見を委員会に持ち込むための手続きに工夫を こらす。Aが、直接に委員会に出頭して、自分 の意見を表明することにはしない。Aと委員会 の間に、媒介者Mを置くのだ。Mは、Aを応援 しているわけでもなければ、Aに反発している わけでもない。Mは、集団内の一人のメンバー、 まったく中立のメンバーにすぎず、その役割は、 ただAの意見を正確に委員会に報告することに 尽きる。それゆえ、Aは、Mがそっくりそのま ま委員会に伝達することができるように、自分 の意見をMに対して明快に説明しなければなら ない。 どうして、Aが委員会と直接に接触しないよ うに媒介者Mを置くことにするのか。媒介者M を置かない場合(通常の場合)には、Aにとっ て、委員会は論争の相手である。Aは自分が正 しいと見なすことを提案するが、委員会はそれ とは異なった意見を対置することも当然ありう る。つまり、これではAと委員会との間で「真 理」をめぐる係争になるわけだ。Mの役割は、 委員会のそれとは全くちがう。Mは、Aに反論 したり、Aと異なる意見を対置したりしない。 だが、Mは、Aの言わんとしていることを正確 に理解して委員会に伝達しなければならない。 だから、Mは、自分が理解できるまで徹底して 問うだろう。「それって、どういう意味?」「ど うして、そう考えるの?」。このMの素朴で容 赦のない問いは、Aがそれまで自明視してきた 事がらに揺さぶりをかけるものである。Aは、 Mの問いに応答していくなかで、自明性の殻を 破り、自分の意見をもう一度編み直すことにな る。言い換えれば、Aは、Mの問いによって、 意見を確立する以前の状態にいったん連れ戻さ れることになるのである。 この方法は、われわれが通常思い描くような 合意をめざした討議とはずいぶん異なってい る。Aの意見の是非をめぐる討議に入る前に、 その内容に亀裂が入るような事態が生じている のだから。だが、われわれは、ここでよく考え てみなければならない。Aが集団の営みやあり 方に関して提案を行う場合、その内容ばかりで
にしよう24)。見田は、社会の理想的なあり方 を構想するには、二つの異なる発想の形式があ るとする。一つは、歓びと感動に充ちた生のあ り方、関係のあり方を追求し、実現することを めざすものである。もう一つは、人間が相互に 他者として生きるということの現実から来る不 幸や抑圧を最小に食い止めるルールを明確化し ておこうとするものである。この二つの形式は、 人間にとっての他者の原的な両義性に対応して いる。他者は、生きることの意味と歓びの源泉 であるが、生きることの困難と制約の源泉でも あるという両義性である。そして、生きること の意味と歓びの源泉である他者と、困難と制約 の源泉である他者とは、存在する圏域を異にし ている。前者はその圏域を事実上限定されてい るが、後者の存在する圏域は社会の全域を覆う ものである。したがって、社会構想の二つの形 式は、関係の射程の圏域を異にする。生きるこ との意味と歓びの源泉である他者との〈関係の ユートピア〉の構想の外部に、生きることの困 難と制約の源泉である他者との〈関係のルール〉 の構想という課題の全域性がある25)。これら のことから、社会の構想の形式は、〈関係のユー トピア・間・関係のルール〉という重層構造と して定式化することができる。 見田は、このように社会構想の構造の骨格線 を描いた上で、これからの社会は、〈関係のユー トピア〉の構想においても、〈関係のルール〉 の構想においても、自由の貫徹という仕方で構 想されるべきだとする。〈関係のユートピア〉 の構想では、「コミューン」という経験のエッ センスを確保しつつも個々の人間の自由を明確 に優先すること、個人たちの同質性ではなく異 質性を積極的に享受することが重要である。〈関 係のルール〉の構想では、〈関係のユートピア〉 たちの自由を尊重し保証する方法としてのみ、 ミニマルなルールを構築することが肝心であ る。このことを先の定式に反映させるならば、 われわれが構想し実現すべき社会とは、〈交響 するコミューン・の・自由な連合〉(Liberal Association of Symphonic Communes)と表現 することができる。これが見田の理路である。 佐藤は、「学びの共同体」のイメージを表わ すのに、見田の「交響するコミューン」という のである21)。古屋が育てようとしている「わ からないの達人」とは、媒介者Mのことではな いか22)。Mと同様、「わからないの達人」は、 徹底して問い、わかった気になって安住してし まうことを許してはくれない。「わからないの 達人」に問われた子どもは、答えに先立って答 えうる者として措定されているために、発議者 Aのように、言い回しを変えたり言葉に窮した りしながら、なんとかして応答しようとするだ ろう。この過程で、問われた子どもに自己対象 化が起こり、独りよがりな理解が協同的に揺さ ぶられて、「わかり直し」「学び直し」が生じる のである。佐藤も次のように述べている。「わ からない子どもの「ねえ、ここどうするの?」 という問いから出発する対話において、つぶさ に観察すると、その恩恵が、わからない子ども 以上に、応答している子どもにももたらされて いることに気づく。わかっている子どもは、わ からない子どもへの応答によって、「わかり直 し」を経験しているのである」23)。 われわれは、先にローティの議論を援用しな がら、絶対的知識のないところで、「会話」の 継続をとおして「信念の網目を絶えず編み直す」 実践が「学び」であることを確認した。だが、 ここでの考察に従えば、そのような「学び」を 教室の日常のなかで実現するためには、「わか らないの達人」や媒介者Mのような「徹底的に 問う者」の存在が死活的に重要である。「徹底 的に問う者」の問いこそが、問われた者を、「学 びの継続」「探究の継続」へと誘うのである。 そして、古屋が指摘するように、「徹底的に問 う者」は、放っておいても育つわけでなく、日々 の具体的な指導の積み重ねをとおして育ててい くものなのである。 3.「学びの共同体」の社会的存立機制 佐藤の「学びの共同体」論は、直接的には学 校改革の理論であり、授業改革の理論であるが、 同時に学校での「質の高い学び」を通じてより よい社会を実現しようとする社会形成、社会構 築の理論であり実践でもある。その社会は、ど のような機制のもとに存立する社会なのか。 この探究の端緒を見田宗介(真木悠介)が提 起している社会構想理論によって切り開くこと
ら、私に意味を与えてくれる他者が私に不幸を もたらす他者となり、私に不幸をもたらす他者 が私に意味を与えてくれる他者になるという反 転がしばしば起こりうることを明らかにしてい る27)。この事実は、見田の理論では捕捉され ていない。 他者の原的な両義性というのは、他者には意 味と歓びの源泉である他者と、困難と制約の源 泉である他者との二種類が存在するという見田 の言うような意味にばかりでなく、同一の他者 がそうした相反する二様の現われ方をするとい う意味に解するべきではないか。見田の理論に このような修正を施してみよう。そうであると すると、これは、他者がその内側に葛藤関係、 対立関係を孕んでいるということである。そし て、この事情は、他者の他者である自己におい ても同じなのであって、自己も葛藤関係、対立 関係を内在させている。言い換えれば、こうい うことだろう。私には、自分のアイデンティティ として受け容れている部分と、自分のアイデン ティティとして受け容れがたい部分とがあっ て、両者のせめぎ合いが、私の中でも他者の中 でも起きている。そして、このことがもとで、 私は、自分のアイデンティティとして受け容れ がたい部分をむき出しにしているような外部の 他者に脅えたり憎悪を感じたりしてしまうの だ。だが、それは、自分自身の影に脅えている のかもしれないのである。 このような事態は、いかにして乗り越えられ るのか。必要なのは、人間が相互に他者として 生きていくことから来る不幸や抑圧を最小のも のに止めるルールを設計することではない。あ るべき自由な社会の構想において必要なのは、 自分のアイデンティティとして受け容れがたい 部分―それは共同体において否定的に見なされ 排除されてきた部分でもある―を全的に肯定し てしまうこと、これである。先に述べたように、 見田も佐藤も、これからの社会では、個々人の 同質性ではなく個々人の異質性こそが積極的に 享受されなくてはならないとしている。けれど も、そうなるためには、個々人の自分自身に対 する不寛容を無用にしてしまうような工夫が必 要なのである。 そのような実践が具体的にあるのか。ある。 概念をしばしば援用している。それは、「〈交響 するコミューン〉というコンセプトには、〈溶 融するコミューン〉その他、同質化し「一体化」 する共同体の理想に対する、批判の意思がこめ られている」26)ためであろう。自他の異質性 を消去したところに学びはない。「学びの共同 体」は、自他の異質性を基底とする対話によっ て存立する交響体に他ならない。 けれども、「学びの共同体」を、見田の〈関 係のユートピア・間・関係のルール〉という重 層的な社会構想理論にそのまま当てはめて理解 することはできない。そもそも、佐藤は、〈関 係のユートピア〉がそれを望まない外部の他者 に強いられることを予防するルールを設計して はいない。これは、佐藤の理論的不備にすぎな いのか。そうではない。見田の理論の方にこそ、 難点があるのだ。すでに述べたように、見田の 社会構想理論は、人間にとっての他者が生きる ことの意味と歓びの源泉でありながら生きるこ との困難と制約の源泉でもあるということ、そ してそれぞれの他者が存在する圏域を異にして いるということから出発している。ところが、 このことは、学校という社会を構想する場合に は前提にすることができないのだ。なぜか。意 味と歓びの源泉である他者と、困難と制約の源 泉である他者とが隣在し混在しているのが学校 の常態だからである。こういうことがありうる ことはさすがに見田も心得ていて、交響圏/ ルール圏は、截然と切り分けられるものではな く、実際には交響性が相対的に優位な圏域と ルール性が相対的に優位な圏域とがあると補筆 している。ただ、このように言ってしまうと、 関係のユートピアの構想と関係のルールの構想 とは別々の課題として考えよ、という見田の提 案そのものを空洞化してしまうことになる。 さらに、このことに関連して、見田の社会構 想理論には、もう一つの難点がある。それは、 同一の他者が、時として生きることの意味と歓 びの源泉になりえ、時として困難と制約の源泉 になりうるということが顧慮されていないとい う点である。これに関しては、鷲田清一の臨床 哲学の仕事を参照するのがよい。鷲田は、さま ざまなケアの現場に身を置き入れて、そこでの 人間関係のかたちについて聞き書きをしなが
視点に子どもたちを立たせるのである。最初の 方で躓いている子どもにも、どんどん訊ねさせ て、この視点に立たせてしまうのだ29)。この ことは、何をもたらすのか。たとえば、算数の 問題に向き合っているとき、通常の視点では、 それを解けるかどうかが関心の的になる。だが、 未来完了の視点、解きおえた後の視点に立てば、 「どのようにしてそれを解いたのか」、「どうし てそのように考えたのか」という解を得るに至 る論理の筋道の方こそが肝心になる。実際、古 屋の教室では、他者がそれを徹底して問うてく る。問われた側は、メタ的な思考に移らざるを えない。すると、自分が解きおえるまでの過程 に、「他の可能性」「他の考え方」がありえたこ とが見えてくるのだ。無論、それらは、通常の 視点では気づけなかった可能性であり考え方で ある。このようにして、「解けた」「わかった」 というゴールが未来へと先送りされていくので ある。このことは、「わかる」を無限遠点(point at infinity)にして学びつづけることを自らに 課すことだから、非常に厳しいことである30)。 しかし、われわれは、独りでこれに立ち向かう のでなく、他者と協同し連帯することが可能で ある。「学びの共同体」論は、その呼びかけな のである。 西洋の哲学史には、「学びの共同体」の構想 と実践に先立って、同じように呼びかけた人物 がいる。ソクラテスである。このことを、プラ トンの『メノン』の著述が示している。「徳は 教えることのできるものなのか」というメノン の問いに、ソクラテスは「徳それ自体がそもそ も何であるかということさえ、知らない」と答 え、徳の定義をめぐる対話が開始される。メノ ンの答えは次から次へとソクラテスの問いを引 き起こし、やがてメノンは「しびれえい」に触 れたかのように行き詰ってしまう。そこで、ソ クラテスはこう言うのだ。 道を見うしなっているのは、まず誰よりもぼ く自身であり、そのためにひいては、他人をも 困難に行きづまらせる結果となるのだ。いまの 場合も例外ではない。徳とは何であるかという ことは、ぼくにはわからないのだ。君のほうは、 おそらくぼくに触れる前までは知っていたのだ そのようにして存立する社会こそが、「学びの 共同体」である。どういうことか。ここで、わ れわれは、古屋の実践のことを思い起こすべき である。彼は、子どもたちに「わからないの達 人」になることを呼びかけていた。古屋の提案 は、普通に考えれば、大変奇妙なことではなか ろうか。なぜなら、通常、学校は「わかる」こ とをめざして組織された場所であり、授業は「わ かる」ことをめざして組織された営みであるか らだ28)。これは、裏を返せば、学校では「わ からない」ことは否定的な位置づけしか与えら れないということである。「わからない」ことは、 あってはならないこと、消滅しなければならな いことなのだ。だとすれば、そのような場所で、 「わからない」と言いつづける子どもがいたと したら、どうか。彼/彼女は、学校の教室のな かで決して積極的な位置づけを持ちえない。教 師においては、そのような他者が存在すること 自体、想定されていないというべきかもしれな い。そうした他者は、いわば「無としての他者」 ということになるのではないか。このことは、 子どもにとって深刻であり、「わからない」と 言いつづけることだけはどうしても避けなくて はならない、アイデンティティとして絶対に受 け容れることはできないと思っていたとしても 不思議ではない。教師を道義的に責めているの ではない。「わかる」ことをめざして組織され た場所においては、そうならざるを得ないので ある。古屋の提案は、これとはまったく逆であ る。彼は、クラスの全員に対して「わからない の達人」になるように督励している。通常の学 校の教室からは構造的に排除されている「わか らない」と言いつづける子ども=「無としての 他者」を、クラスの全体性と同一視して包摂し ているのである。 これは、何を意味しているのか。古屋がやっ ていることは、未来完了の視点、「わかった」 後の視点を現在に繰り込むことではないか。学 問に携わる者には周知のことだが、人は学べば 学ぶほど、その対象の広さや奥深さに気づき、 「わからない」こと、問うべきことをますます 抱えてしまう。この未来完了の視点、事後の視 点に立っているのが、「わからないの達人」で あろう。古屋は、その未来完了の視点、事後の
18-34 ページ。
7 )Rorty,R.,Philosophy and the Mirror of Nature:Thirtieth-Anniversary Edition,
Princeton University Press,2009,p.12.
8 )コメニウス(鈴木秀勇訳)『大教授学2』明治図書、
1976 年、7-19 ページ。 9 )同上、134-143 ページ。 10)Ibid,p.371.
11)Ibid,p.376.
12)Rorty,R.,“Mind as Ineffable,” in Elvee,R.Q.(ed.) Mind in Nature, Harper & Row, 1982,p.88. 13)Rorty,Philosophy and the Mirror of Nature,p.360. 14)Ibid,p.318. 15)ローティ(冨田恭彦訳)『連帯と自由の哲学』岩 波書店、1988 年、14-16 ページ。 16)佐藤は、「会話」でなく、「対話」という語を用いる。 日本語の「会話」という語では話し合いやおしゃ べりと混同されてしまうからである。だが、佐藤 が「対話」という語で意図しているのは、ローティ ―オークショットが「会話」という語で意図して いることと同じことである。 17)佐藤学「現代学習論批判」『講座学校第 5 巻 学 校の学び・人間の学び』柏書房、1996 年、184-185 ページ。 18)佐藤学『学校を改革する』岩波書店、2012 年、24 ページ。 19)古屋和久「「学び合い・支え合う」教室で育つ子 ども・育つ力」『授業・コミュニケーション・そ して教育―第 15 回教育シンポジウム in 東京』中 央教育研究所、2012 年、78-101 ページ。 20)大澤真幸『夢よりも深い覚醒へ』岩波書店、2012 年、 247-261 ページ。大澤は、この意思決定の方法に ついて、ジャック・ラカンが精神分析家の認定の ために開発した「パス」という手法から着想を得 たとしている。 21)ただし、両者にはちがいもある。古屋の教室に限 らず、「学びの共同体」における「協同的学び」 では、他者との対話、自己との対話に併行して、 教材やテクストという対象(object)との対話が 展開されているという点である。そして、対象と の対話の組織の仕方は、教科ごとに異なっている。 理科には理科特有の、社会科には社会科特有の、 対象との対話の組織の仕方がある。これは、学び が成立する上で決定的に重要なことである。その 詳細を明らかにすることが今後の課題である。 22)ちなみに、大澤の提案する方法における不確定性 を帯びた委員会に引き当てられるのは、教師であ る古屋であろう。 23)前掲『学校を改革する』、27-28 ページ。 24)見田宗介「交響圏とルール圏」『現代社会学第 26 巻 社会構想の社会学』岩波書店、1996 年、149-175 ページ。 25)見田は、生きることの意味と歓びの源泉である他 者との関係の領域(交響圏)の典型例として家族 ろう。いまは知らない人と同じような状態に なっているけれどもね。だがそれでもなおぼく は、徳とはそもそも何であるかということを、 君といっしょに考察し、探求するつもりだ31)。 柄谷行人によれば、ソクラテスが民会へ行く かわりにアゴラ(広場=市場)へ行き、誰彼と なく市民に話しかけて問答に巻き込んだのは、 公人と私人とを分ける「二重世界」に終止符を 打つためであった32)。この言い回しに倣えば、 「学びの共同体」の構想と実践は、知る者と知 らざる者、教える者と教わる者との「二重世界」 に終止符を打ち、学び合う者同士の「無知の知」 による連帯を実現するための社会哲学的な企図 に他ならないのである。 4.結語 以上の探究によって明らかになったことは、 次のことである。「学びの共同体」で質の高い 学びが可能になるのは、①真理を未決の状態に 置き、対話を継続することによって真理を編み なおす「学び」が遂行されるからであるが、② これが可能なのは、教師が学び手を「徹底的に 問う者」に育てているからであり、③さらに、 他者に対する不寛容とともに自分自身に対する 不寛容を「無知の知」による連帯によって乗り 越える社会を構築しているからである。つまる ところ、「学びの共同体」の理論と実践は、対 話的実践としての「学び」の継続をつうじて、 学び手が内側にも外側にも開かれた存在者とな り、慎み深さのある民主主義社会の主体的形成 者へ成長していくことを企図しているのであ る。 註 1 )佐藤学『学校改革の哲学』東京大学出版会、2012 年、 211 ページ。 2 )佐藤学「学校再生の哲学―「学びの共同体」のヴィ ジョンと原理と活動システム」『現代思想』第 35 巻 5 号、青土社、2007 年、93-105 ページ。 3 )同上、93 ページ。 4 )佐藤学『学びの快楽―ダイアローグへ―』世織書房、 1999 年、29 ページ。 5 )同上、64-68 ページ。 6 )佐藤学『教育の方法』放送大学教育振興会、1999 年、
を、困難と制約の源泉である他者との関係の領域 (ルール圏)の典型例として市民社会を挙げてい る。 26)見田宗介『社会学入門―人間と社会の未来』岩波 書店、2006 年、182 ページ。 27)鷲田清一『〈弱さ〉のちから―ホスピタブルな光景』 講談社、2001 年。 28)たとえば、教師は、「わかりましたか?」「わかっ た人、いますか?」という言葉を頻繁に発してい るではないか。あるいは、大学の授業評価のアン ケートでは、「授業はわかりやすかったか」が真っ 先に問われているではないか。 29)同じことを、佐藤の理論に即して言い換えておこ う。「学びの共同体」の授業の多くは、教科書レ ベルの〈共有の課題〉と教科書レベル以上の〈ジャ ンプの課題〉の二つの課題で構成される。〈共有 の課題〉は、従来型の授業で個人作業として行わ れていたことを協同化し、子ども同士が支え合う ことで達成される。これは、私の見たところ、未 来完了の視点、「わかった」後の視点にすべての 子どもを立たせて、視界を切り開かせるための工 夫である。通常の授業では、一人で考えることを 要求されるため、この視点にまで届かない子ども、 それで途中で諦めてしまう子どもが出てしまう。 そして、このようにして、未来完了の視点、事後 の視点に立つことで向き合うことが可能になるの が、〈ジャンプの課題〉であろう。「学びの共同体」 は学力テストにおいて好成績を納めることを目的 とはしていないが、耳目を集めるような結果を得 ているのは、このことに起因していると私は見て いる。 30)「学びの共同体」に参加することのできない他者 とは、どのような他者か。それは、「私は真理に 到達した」「私は真理を握っている」として探究 を嘲笑う者であろう。自らのことをそのように思 いなしている者がいればの話であるが。 31)プラトン(藤沢令夫訳)『メノン』岩波書店、 1994 年、44-45 ページ。 32)柄谷行人『哲学の起源』岩波書店、2012 年、197-202 ページ。