印 度 學 佛 教 學 研 究 第 四 十 三 巻 第 一 号 平 成 六 年 十 二 月
本
願
一
乗
に
つ
い
て
の
一
考
察
大
洲
誠
史
親 鸞 は 、 華 厳 や 天 台 に お い て も 展 開 さ れ る 一 乗 思 想 に 対 し 、 ﹃ 愚 禿 鈔 ﹄ 等 に は ﹁ 本 願 一 乗 ﹂ 、 ﹃ 行 文 類 ﹄ 一 乗 海 釈 に お い て は ﹁ 誓 願 一 仏 乗 ﹂ と 、 一 乗 に ﹁ 本 願 ﹂ 或 い は ﹁ 誓 願 ﹂ の 語 を 加 え て 一 乗 義 を 展 開 さ れ て い る 。 こ の 一 乗 を ﹁ 本 願 一 乗 ﹂ と す る こ と で 、 天 台 や 華 厳 の 一 乗 と 、 ど の よ う に え ら び 、 ど の よ う な 意 義 を も た せ て い る の か 。 こ れ に つ い て 江 戸 期 の 宗 学 者 、 石 泉 僧 叡 師 ( 一 七 六 二 ∼ 一 八 二 六 ) の ﹃ 二 巻 鈔 随 聞 記 ﹄ (専 徳 寺 蔵 ) を 中 心 と し て 本 論 で 考 察 す る 。 ま ず 天 台 や 華 厳 等 に お け る 一 乗 と 、 親 鸞 の 上 で の 一 乗 が ど の よ う に 異 な る の か 。 こ れ に つ い て 、 僧 叡 の 説 に よ れ ば 、 ﹁ 一 乗 ﹂ に 常 途 ・ 別 途 あ り 。 常 途 は 理 性 を 体 と す 。 華 天 密 禅 、 各 ﹁ 一 乗 ﹂ と 云 へ ど も 、 乗 体 は 理 性 な り 。 そ の 一 乗 は 、 上 二 法 身 を 挙 る 処 の 法 性 法 身 所 得 の 法 な り 。 諸 仏 上 に あ り 、 今 は 択 之 ﹁ 本 願 ﹂ と 云 。 (中 略 ) 此 ﹁ 本 願 一 乗 ﹂ は 上 の 方 便 法 身 所 得 な り 。 弥 陀 に あ り 。 本 願 と は 即 第 十 八 願 な り 。 此 処 に は 十 八 願 中 に ﹁ 乃 至 十 念 ﹂ の 念 仏 大 行 を 指 す 。 こ れ は 文 の 当 前 な り 。 ( ﹃ 二 巻 鈔 随 聞 記 ﹄ 第 二 九 席 ) と 、 一 乗 に ︽ 理 性 一 乗 ︾ と ︽ 本 願 一 乗 ︾ の 二 義 を 見 て い る 。 ま た 僧 叡 が 晩 年 の ﹃ 文 類 随 聞 記 ﹄ ( ﹃真 宗 全 書 ﹄ 二 六 ︱ 三 八 一 頁 ) の 中 で 、 常 途 の 一 乗 は ( 中 略 ) 不 同 は あ れ ど も 、 何 れ み な 其 一 乗 と 云 は 、 性 得 を 以 て 体 と し た 者 な り 。 摂 論 に 真 如 法 性 と 云 ひ 、 中 論 に は 諸 法 実 相 等 と 云 。 み な 性 得 の 名 な り 。 今 は 其 と 事 異 り て 、 阿 弥 陀 如 来 他 力 の 誓 願 十 八 願 が 此 乗 体 と な る 。 此 十 八 願 は 常 途 に 云 性 得 を 仏 が 修 顕 な さ れ た 者 な り 。 と 、 一 乗 の 体 を ︽ 性 得 ︾ 、 即 ち 真 如 法 性 、 諸 法 実 相 と し て い る 。 ︽ 性 得 ︾ と は 先 天 的 に 所 有 し て い る こ と を 言 う よ う で あ る が 、 そ の ︽ 性 得 ︾ を 衆 生 が 勤 行 修 顕 す る こ と に よ っ て 顕 そ う と す る の が 常 途 、 一 般 的 な 一 乗 義 の 見 方 と し て い る 。 し か し ﹃ 行 文 類 ﹄ 一 乗 海 釈 (﹃ 真 聖 全 ﹄ II ︱ 一 五 五 頁 ) に お い て ﹃ 涅 槃 経 ﹄ の 、-24-究 寛 畢 寛 者 、 一 切 衆 生 所 得 一 乗 。 一 乗 者 名 為 仏 性 。 依 是 義 故 、 我 説 一 切 衆 生 悉 有 仏 性 。 一 切 衆 生 悉 有 二 乗 、 以 无 明 覆 故 、 不 能 得 見 。 の 文 を 引 証 さ れ て い る よ う に 、 一 切 の 衆 生 は 悉 く 一 乗 (仏 性 ) を 有 し て は い る が 、 無 明 煩 悩 に 覆 わ れ て い る た め に 、 こ の 一 乗 を あ ら わ す こ と は で き な い の で あ る 。 よ っ て こ の 常 途 の ︽ 理 性 一 乗 ︾ に 対 し 、 別 途 と し て こ れ を え ら び 、 ︽ 本 願 一 乗 ︾ と ﹃ 一 乗 ﹄ に ﹁ 本 願 ﹂ を つ け て 、 親 鸞 は 真 宗 に お け る 一 乗 義 を 展 開 し て い る の で あ る 。 即 ち そ れ は そ の 性 得 を 阿 弥 陀 如 来 が 修 顕 し 、 ﹁ 南 無 阿 弥 陀 仏 ﹂ の 名 号 法 と し て 顕 さ れ て い る の で あ る 。 そ の ﹁ 一 乗 ﹂ と は 、 ﹁ 一 ﹂ は 無 二 、 不 二 の 義 で 、 ﹁ 乗 ﹂ と は 運 載 を 義 と す る 。 こ の 運 載 に つ い て 、 僧 叡 は 二 つ の 見 方 を 挙 げ て 、 本 願 一 乗 義 を 明 ら か に し て い る 。 そ の 二 つ の 見 方 と は 、 他 宗 に お い て 、 例 え ぼ 華 厳 に お い て は ︽ 次 第 ︾ ︽ 不 次 第 ︾ と 分 け 、 そ の ︽ 次 第 運 載 ︾ と に 、 一 地 よ り 一 地 に 至 る こ と 。 ︽ 不 次 第 ︾ と は 一 位 一 切 位 の 運 載 の こ と で あ る 。 し か し 真 宗 に お い て は ︽ 有 作 の 運 載 ︾ と ︽ 無 作 の 運 載 ︾ と に 分 け て い る 。 ︽ 有 作 ︾ と は 自 力 の 運 載 で 、 華 厳 に お け る 次 第 ・ 不 次 第 は 皆 こ の ︽ 有 作 ︾ に あ た る 。 そ れ に 対 し 、 今 の ﹁ 本 願 一 乗 ﹂ は ︽ 無 作 の 運 載 ︾ に あ た る 。 衆 生 は 造 作 す る こ と な く 、 仏 力 が 住 持 す る 。 こ れ が 所 謂 他 力 法 で あ り 、 こ れ を ﹁ 本 願 一 乗 ﹂ の ﹁ 乗 ﹂ の 義 と し て い る の で あ る 。 こ の よ う な ︽ 本 願 一 乗 ︾ を ﹃ 行 文 類 ﹄ 一 乗 海 釈 に ﹁ 然 按 本 願 一 乗 海 、 円 融 満 足 極 速 无 尋 絶 対 不 二 之 教 也 。 ﹂ 、 ﹃ 愚 禿 鈔 ﹄ に ﹁ 本 願 一 乗 、 頓 極 ・ 頓 速 ・ 円 融 ・ 円 満 之 教 者 、 絶 対 不 二 之 教 ﹂ と 、 親 鸞 は ﹁ 絶 対 不 二 之 教 ﹂ と 言 う 。 ま た ﹃ 化 身 土 文 類 ﹄ 門 余 の 釈 に は ﹁ 言 門 余 者 、 門 者 八 万 四 千 仮 門 也 、 余 者 則 本 願 一 乗 海 也 ﹂ と 本 願 一 乗 以 外 を ﹁ 仮 門 ﹂ と 言 う 。 こ れ に つ い て 僧 叡 は ﹃ 文 類 随 聞 記 ﹄ ( 三 乗 海 釈 ) に 、 今 の 一 乗 を 余 法 に 望 め て 、 余 法 の 一 乗 は 機 方 便 な り 。 ( ﹃真 宗 全 書 ﹄ 二 六 ︱ 三 七 一 頁 ) と 言 い 、 ﹃文 類 述 聞 ﹄ ( 二︱ 五 八 右 ) で は 、 此 等 諸 乗 、 皆 自 力 法 、 転 向 浄 土 、 総 要 門 収 、 仏 随 自 意 、 誓 願 付 力 、 永 異 自 力 、 故 云 無 有 、 而 要 門 収 為 其 方 便 、 故 云 入 於 等 、 具 如 上 引 証 文 、 応 知 要 門 浄 土 三 乗 也 。 と 余 法 の 一 乗 、 即 ち 先 に 挙 げ た 理 性 の 一 乗 を " 権 方 便 " " 浄 土 の 三 乗 " と 三 乗 の 中 に 収 め て 解 釈 し て い る 。 し か し こ の よ う に 三 乗 に 収 め て 方 便 権 教 と す れ ば 、 聖 道 門 に お け る 諸 教 は 不 成 仏 、 無 得 道 の 教 と す る の か と 言 う 疑 問 が 出 て く る 。 こ れ に つ い て 僧 叡 は ﹃ 二 巻 鈔 随 聞 記 ﹄ (第 三 〇 後 席 ) に 、 本 願 一 乗 に つ い て の 一 考 察 ( 大 洲 ) -2 5
-本 願 一 乗 に つ い て の 一 考 察 ( 大 洲 ) 今 は 浄 土 の 内 場 な り 。 内 場 に て 聖 道 を 収 む 。 其 処 で は 皆 方 便 と な る 。 ( 中 略 ) 此 を 意 得 違 て 、 聖 道 法 は 成 仏 せ ず 、 ﹁彼 前 三 教 、 果 頭 无 人 ﹂ と 云 と 一 般 の 看 を 成 す 。 大 に 不 可 な り 。 (中 略 ) 彼 ﹁常 没 凡 愚 ﹂ は 聖 道 不 堪 の 機 な り 。 故 に 終 に は 浄 土 に 転 向 す べ し 。 其 機 で 云 へ ば 、 未 回 心 時 の な れ ど も 、 後 時 よ り 云 へ ば 、 其 法 は 調 適 誘 引 の 道 具 な り 。 と 、 聖 道 門 に お け る 一 乗 法 も 、 ﹃ 愚 禿 鈔 ﹄ に は ﹁ 難 行 聖 道 之 実 教 ﹂ と 言 い 、 二 双 四 重 判 に お い て も ﹁ 竪 超 ﹂ と 立 て る よ う に 真 実 教 、 成 仏 法 で あ る こ と を 認 め る 。 そ れ は 決 し て 天 台 に 言 う ︿ 果 頭 無 人 ﹀ の 類 で は な く 、 ま た ﹁ 一 乗 ﹂ の 名 も ﹃ 化 身 土 文 類 ﹄ の 中 で 、 凡 就 一 代 教 、 於 此 界 中 入 聖 得 果 、 名 聖 道 門 、 云 難 行 道 。 就 此 門 中 、 有 大 ・ 小 、 漸 ・ 頓 、 一 乗 ・ 二 乗 ・ 三 乗 、 (以 下 略 ) と 、 ﹁ 一 乗 ・ 二 乗 ・ 三 乗 ﹂ と 聖 道 に も 一 乗 の 名 を 挙 げ 、 そ の 後 に 斯 即 専 中 之 専 、 頓 中 之 頓 、 真 中 之 真 、 乗 中 之 一 乗 、 斯 乃 真 宗 也 。 と 、 ﹁ 乗 中 之 一 乗 ﹂ と ︽ 本 願 一 乗 ︾ を ﹁ 一 乗 の 中 の 一 乗 ﹂ と 他 に 一 乗 の あ る こ と を 許 す の で あ る 。 し か し 機 の 利 鈍 に つ い て 、 聖 道 門 は そ の 結 び に ﹁ 方 便 権 門 之 道 路 ﹂ と あ る よ う に 、 権 仮 方 便 の 法 と な る の で あ る 。 な ぜ な ら ﹃ 化 身 土 文 類 ﹄ に 信 知 、 聖 道 諸 教 、 為 在 世 正 法 、 而 全 非 像 末 法 滅 之 時 機 、 巳 失 時 乖 機 也 。 浄 土 真 宗 者 、 在 世 正 法 、 像 末 法 滅 、 濁 悪 群 繭 、 斉 悲 引 也 。 と あ り 、 後 序 に 、 竊 以 、 聖 道 諸 教 行 証 久癈 、 浄 土 真 宗 証 道 今 盛 。 と あ る よ う に 、 聖 道 の 諸 教 は 、 教 は 勝 れ て い て も 、 機 の 側 か ら 言 え ぼ 、 聖 道 門 の 法 は 堪 え 難 き も の で あ る 。 よ っ て ﹃ 浄 土 和 讃 ﹄ に 聖 道 権 仮 の 方 便 に 衆 生 ひ さ し く と ど ま り て 諸 有 に 流 転 の 身 と そ な る 悲 願 の 一 乗 帰 命 せ よ (﹃ 真 聖 全 ﹄II︱ 四 九 四 頁 ) と あ る よ う に 、 余 法 の 一 乗 法 で は 常 に 流 転 の 身 と な る た め に 、 本 願 一 乗 へ 導 く た め の 権 仮 方 便 の 教 と し て 、 本 願 一 乗 の み が ﹁ 絶 対 不 二 之 教 ﹂ と 顕 さ れ る こ と に な る の で あ る 。 し た が っ て 絶 対 の 教 判 に お い て は 、 聖 道 門 も す べ て 権 仮 方 便 と す る の で あ る が 、 親 鸞 の 釈 義 の 上 に は 、 聖 浄 二 門 の 各 立 を 認 め 、 聖 道 門 に も 一 乗 を 認 め て 至 極 の 法 門 と す る こ と が 以 上 の こ と か ら も 窺 え よ う 。 し か し 三 時 通 塞 の 立 場 か ら 、 三 時 に 衰 変 が あ っ て 末 法 に は 常 没 流 転 の 凡 夫 を 得 証 せ し め る 弥 陀 本 願 の 法 門 、 所 謂 ︽ 無 作 の 運 載 ︾ で あ る 本 願 一 乗 こ そ が 、 唯 一 の 一 乗 法 で あ る と 帰 結 さ れ る の で あ る 。 よ っ て ﹁ 絶 対 不 二 之 教 ﹂ と は 、 こ の よ う に 聖 浄 二 門 を 対 判 す る 上 に 確 立 さ れ た 無 比 の 仏 道 で あ る と 言 え 、 ﹁ 本 願 一 乗 ﹂ と 常 途 の 一 乗 に 選 ん で 、 ﹁ 本 願 ﹂ 或 い は ﹁ 誓 願 ﹂ と 標 し た 親 鸞 の 意 が こ こ に 窺 え る の で あ る 。 ︿ キ ー ワ ー ド ﹀ 一 乗 、 本 願 一 乗 、 石 泉 僧 叡 (龍 谷 大 学 大 学 院 )