Kobe University Repository : Kernel
Title
北野村古文書さとがえり展について (時評・書評・展
示評)(Review on Homecoming Exhibition of Historical
Documents of Kitano Village (Current Topics and
Reviews))
Author(s)
大国, 正美
Citation
Link : 地域・大学・文化 : 神戸大学大学院人文学研究科
地域連携センター年報,3:97-100
Issue date
2011-08
Resource Type
Departmental Bulletin Paper / 紀要論文
Resource Version
publisher
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81003377
時評・書評・展示評
北野村古文書さとがえり展につ
いて
大国
正美
われる。しかし文献史料が新たに確認された場合に、速報展 をやることはめったにない。今回、地元住民の熱意と大学側 の思いがうまくかみあって展示が実現したことは、地域に根 差した大学の調査研究活動とその成果の地域還元として、高 く評価したい。小稿では北野村文書と展示の概要、さらに展 示を拝見した個人的な感想を披露したい。一
北野村西脇家文書収集の経緯
この文書は北野村の西脇家文書で、近世~近代の文書群で ある。大正七年 (一九一八) 資料収集に着手した 『神戸市史』 編纂過程で調査され、 大正九年五月の「神戸市史資料展覧会」 に 西 脇 重 兵 衛 氏 所 蔵 文 書 と し て 展 示 さ れ、 『 神 戸 市 史 資 料 展 北野村古文書さとがえり展 会期 2010 年 11 月 3 日~ 6 日 会場 北野プラムテラス 主催 神戸大学大学院人文学研究 科地域連携センター 共催 神戸北野天満神社覧 会 出 陳 目 録 』 ( 一 九 二 一 年、 以 下 『 出 陳 目 録 』) に 七 八 項 一 一 七 点 と あ る。 ま た 昭 和 五 年 ( 一 九 三 〇 ) 九 月 の「 観 艦 式 記 念 海 港 博 覧 会 」 で も 展 示 さ れ た。 そ の 後、 『 尼 崎 市史』などでも使用されたが、所在がはっきりしないままと なっていた。西脇家文書はかつて古物商へ一部売却され、 「北 野村文書」と題した文書群を神戸大学大学院人文学研究科が 購 入 し て い た。 史 料 に つ け ら れ て い た 出 陳 札 と『 出 陳 目 録 』 を照合すると、北野村文書は、大正期に展示された西脇家文 書に間違いないことがわかっていた。ただ『出陳目録』に収 載 さ れ て い な が ら 北 野 村 文 書 に は 含 ま れ て い な い も の が あ り、 一 部 は 戦 災 で 焼 失 し て い た。 戦 前 の 目 録 の 史 料 の う ち、 元 禄 五 年 ( 一 六 九 二 ) の「 寺 社 御 改 帳 吟 味 之 帳 」 と 天 明 六 年 (一七八六) の「村差出明細帳」 、 慶応四年 (一八六八) の「神 社書上帳」が村内の一宮神社に貸し出され、一九四五年六月 の空襲に遭って焼失したという (川辺賢武「川辺賢武ノートか ら②」 『歴史と神戸』第六九号、一九七五年) 。 ところが二〇〇六年西脇家が神戸市立博物館と神戸大学文 学部へ所蔵文書の保全について相談を持ちかけ、西脇家文書 の一部がまだ現存していることが確認され、神戸大学大学院 人文学研究科地域連携センターの木村修二研究員によって調 査 さ れ た。 文 書 群 の 総 数 は 二 六 六 点 を 数 え、 『 出 陳 目 録 』 の 総数を上回る点数が確認された。木村研究員は所蔵者の西脇 美代子さんやその友人と西脇家文書研究会を設け、初心者向 けに古文書の手ほどきをしてきた。今回の展示はその成果の 一部でもある。
二
西脇家文書の内容
木村修二氏作成の目録によれば、 冊子四九点 (竪帳が中心) 、 一紙 (免定 ・ 皆済目録中心) 二一七点 (うち絵図一四点) である。 内容の内訳を別表に示した。 年 貢 免 定・ 年 貢 皆 済 目 録・ 年 貢 勘 定 目 録 な ど 貢 租 関 係 の 史料が、 正徳四年 (一七一四) を 最 古 に 慶 応 年 間 ま で 連 年 に わ た り 残 存 し て い る。 幕 府 領 関 係 史 料 が 圧 倒 的 に 多 い が、 北 野 村 は 相 給 村 落 で、 も う 一 状 冊 小計 支配 2 6 8 土地 2 28 30 貢租 196 4 200 戸口 0 3 3 村政 3 2 5 交通 0 1 1 教育 0 1 1 宗教 0 4 4 絵図 14 0 14 小計 217 49 266 北野プラムテラス領 主 で あ る 旗 本 片 桐 家 ( 大 和 小 泉 藩 片 桐 家 の 分 家 ) 領 の 旗本領の関係史料も含まれている。 子 で は 寛 文 四 年 ( 一 六 六 四 ) の 北 野 村 検 地 帳 は、 欠 損 の 貴 重 な も の で あ る。 『 出 陳 目 録 』 で は 慶 長 年 間 の 検 地 帳 て い た ( た だ し 現 存 は 三 点 の み ) 。 明 治 初 年 の 史 料 と し て 正徳六年 (一七一六) の生田川 (旧河道) 新堤争論絵図で、 状況がつぶさに知ることができる。この争論に関しては幕府 裁許状の写が西脇家文書に現存している。 も う 一 点 の 争 論 絵 図 は、 享 保 一 一 年 ( 一 七 二 六 ) の 葺 合 庄 と福原庄との間の郡境山論の裁許絵図で、裏には大坂城代お よび大坂東西両町奉行の書判がある。この絵図の収納紙には 「 寛 文 十 三 年 絵 図 山 論 出 入 裁 許 絵 図 」 も 収 納 さ れ て い た 旨 の 記 載 が あ る が、 こ ち ら は 現 存 し て い な い。 『 出 陳 目 録 』 に も 記載がなく、かなり早く散逸したと思われる。このほか明和 九 年 ( 一 七 七 二 ) に 幕 府 勘 定 奉 行 の 巡 見 に 関 わ っ て 作 成 さ れ た村絵図、年代不詳だが北野村の宅地が所持者名や間口・奥 行とともに示された絵図が含まれている。
三
北野村古文書の展示について
展 示 は「 北 野 村 文 書 」「 西 脇 家 文 書 」 の 双 方 合 わ せ て 三 五 点が出品された。 「村のすがた」 「検地と法令」 「領主」 「生田 川をめぐる争い」 「村と山」 「郡境をめぐる争論」 「中一里山」 「 年 貢 」「 災 害 」「 村 か ら 町 へ 」 な ど の 項 目 に 分 け て、 ビ ジ ュ ア ル で 初 心 者 に も 分 か り や す い 内 容 だ っ た。 絵 図 を も と に、 集落が高台にあり生田神社の北側に水田や畑地がテラス状に広がっていたことを解き、検地帳のコーナーでは近世初頭の 「 慶 長 」 の 年 号 の あ る 三 冊 の 検 地 帳 の う ち 二 冊 は 実 は 幕 末 の も の で あ る こ と を 明 ら か に し て い る。 「 災 害 」 で は 急 峻 な 裏 山からの谷筋や生田川が豪雨のたびに決壊したこと、水害か ら村を守るために生田川の堤防構築に努力を重ねたが、堤を 強固にすることは対岸の生田村と争論になったことを紹介し た。また山は農業の再生産や食料の確保、飼料を得る場とし て 極 め て 重 要 で、 領 主 の「 御 林 山 」・ 小 物 成 と 呼 ば れ る 税 を 納めて百姓が利用できた 「小物成山」 ・ 神社に付属した 「宮山」 などに明確に区画されていたこと、近世は集団で利用してい たが、明治初期には個人に分割が進むことなどを明らかにし ている。北野天満神社の史料では、神社の所有するものの中 に仏教関係の史料が多く含まれ僧侶が神社を守っていた「神 仏習合」の様子もうかがえる。 展示の構成を概観すれば、現存史料を 古文書学の成果に基づいた紹介に力を入 れた印象が強い。古文書の初心者にも親 しみやすい展示で、初めて古文書に触れ る 人 を 強 く 意 識 し た 構 成 に な っ て い る。 カラーコピーの展示解説書、一点ごとの 文書の解説文も配布され、木村修二研究員が丁寧な説明をし ていたこともあって、来場者の反応もよかった。今回の展示 が、発掘調査の現地説明会に匹敵する速報展と位置づけるな ら、所期の目的は十分に果たした。また会場には西脇家研究 会 の メ ン バ ー も 協 力 し て 作 成 さ れ た 古 文 書 の 解 読 文 が 置 か れ、住民と大学の連携作業としてもよかった。 さらにこの展示がきっかけになって、 展示会の協力団体 「北 野・山本地区をまもり、そだてる会」の浅木隆子会長が経営 する神戸北野美術館のリニューアルで、北野村の歴史の展示 コーナーが設けられた。神戸北野美術館からの要望で、こう した働きかけを受けることが、地域との連携の深まりの成果 だといえよう。 展示での課題を挙げるとすれば、たとえば連綿と残る年貢 免定を読む中で、どんな時代の変化が見えるのかなど、時間 軸による発見の報告が弱かった印象をもった。また近現代の 地形図や陸地測量図などと比較することで、近世の村がどう 近代都市に移行したかも浮き彫りにできただろう。現代と近 世を時間軸でつなげて、変化を感じられたら一層、有意義な 展示になっただろう。大学と住民の第二弾の成果に期待した い。 展示会場の様子