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【日本史検定講座講義録】

第2講 神話が語る国のはじまり

平成24年12月7日 講師 藤岡信勝 日本の一番古い歴史書「古事記」ができたのは712年です。今年が201 2年ですから、ちょうど1300年前の歴史書ということになります。それで 今年は古事記についての様々な本が出ました。古事記についての関心が高まる のはよろしいことだと思います。 古事記は上・中・下の三巻から成り立っていますが、上巻に載っているのは 神話です。この上巻を通じて、日本の国がどのようにできたと神話は語ってい るか、これをこの授業のテーマと致します。教科書は42~45ページになり ます。

1 天地のはじめ

古事記の冒頭には、「天地(アメツチ)の初めのとき、高天原(タカマガハラ) に成りませる神は天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)、次に高御産巣日神 (タカミムスヒノカミ)、次に神産巣日神(カミムスヒノカミ)」と書かれてい ます。このように三柱(みはしら)の神様のお名前が出てきます。神様の数は、 柱(はしら)と数えます。 三柱の神様は、当初みんな独り神(ひとりかみ)で、身を隠してしまったと 書かれています。独り神(ひとりかみ)というのは独身男性で、「独身男性は引 っ込んでいろ、というのが古事記の始まりなの?」と思ってしまわれるかもし れません。ですが、独り神(ひとりかみ)というのは、まだ男女の区別のない 神様ということのようです。そして「身を隠した」というのは、なくなってし まったということではなく、姿を現さなくなったということであろうと解釈で きます。まだ世界が混沌としていて油が浮いているような、くらげが漂うよう

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なドロドロとした状態にあり、その中で神様が次々に現れては消えて行く、そ のような状態であったとされています。 そして7代目にあらわれた神様が、有名な伊耶那岐(イザナキ)、伊耶那美(イ ザナミノ)のペアーの神様です。イザナキ、イザナミという読みは、「誘う(い ざなう)」という言葉が根幹になっていて、名前の最後に付いている接尾語の 「キ」が男性を、「ミ」が女性を示しています。

2 国生み

天上の神々は、この混沌としている地上を、しっかりと固めなさいと、この イザナキ、イザナミのペアーの神様に言い渡します。二人は「国を生む」とい うミッションを与えられて、天の浮橋(あめのうきはし)というところにお立 ちになります。そして「天の沼矛(あめのぬぼこ)」という矛(ほこ)――矛(ほ こ)というのは両側に刃のついている利器を指します――を海に差し下ろして、 コオロコオロとかき混ぜる。沼矛をぐっと引き上げると、矛の先から塩が滴り 落ち、その塩が固まって島ができました。この島を「淤能碁呂島(オノコロジ マ)」といいます。 二柱の神様は、オノコロ島にポンと飛び降ります。そこには天の御柱(あめ のみはしら)がありました。イザナキは、イザナミに問いかけました。「貴女の 身体はどのようにできているのですか」。イザナミは答えました。「私の身体は できあがっているのですが、足りない所が一箇所あります」。イザナキは、「私 の身体もできあがっているが、できすぎたところがあります」と答えるのです。 なかなかエロチックなところですが、こういうそのままの表現が出てきます。 それで夫であるイザナキは、「私の身体のできすぎたところで、貴女の身体の でききらないところを挿し塞いで国を生もう」とイザナミに提案します。イザ ナミは、OK します。けれど生むためには愛が必要です。そこで天の御柱のまわ りを、イザナキが左から、イザナミは右から回り、行き会ったところで“まぐ わい”をすることにしました。“まぐわい”というのは、性交をあらわす日本語

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の中で、もっとも上品な日本語とされている言葉だと言語学者が言っています ので、恥ずかしがらずに“まぐわい”ということにしましょう。 柱をまわった二人は、先にイザナミの方から、「まぁ、なんて素敵な男性でし ょう!」と言います。イザナキも、もちろん「素敵な女性だ!」と言うのです が、内心ちょっと、「あれ? 私が先に声をかけるのじゃなかったっけ」と思っ たらしいのです。手違いかな? 大丈夫かな? と不安を感じたわけです。 でも両者は、そのまま“まぐわい”をしました。ところが生まれた子は水蛭 子(ひるこ)と言って、骨がなくてぐにゃぐにゃした子でした。やむなく二人 は、葦船(あしふね)にその子を乗せて流してしまいます。昔はこういうこと がよくありました。 二神は困ってしまって天上の神様に相談に行きます。すると神様は、太占(ふ とまに)という鹿の骨を焼いて占う方法で占いをして、「これは女性が先に言葉 をかけたのがよくなかったのだ。もう一回やりなおしなさい」と指示しました。 そこで再び夫婦の神様は天の御柱でのめぐりあいをやりなおし、今度は先に イザナキの方から声をかけました。イザナキ「あぁ、きみはなんと美しい女性 なのだ!」。イザナミ「まあ、あなた様は何と美しい男性でしょう!」。こうし て夫婦の神様は“まぐわい”をし、無事に国が生まれます。 このとき八つの島を生むのです。みなさん、最初に産まれた島はどこかご存 知ですか? 実はこれは「寅さん」の映画を観た人はわかっているのです。寅 さんは路上でいろいろなものを売る香具師(やし)の口上で、「国の始まりが大 和なら、島の始まりは淡路島!」って言うのです。なかなか寅さんの歴史観は まともだなあと私は思うのです。「国の始まりが大和(やまと)」というのは、 正しいです。そして「島の始まりは淡路島」というのは、実は戦前の尋常小学 校の教科書に書いてあったことです。ですから寅さんでもよく知っていたので す。戦後の私達はほとんどこれを知らない。 ちなみにさきほど出てきた「オノコロ島」は、どこにあったかよくわかりま

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せん。けれどいずれにせよ近畿地方のどこかにあったであろう。そして淡路島 を最初に生み、その延長上で四国、三つ目が日本海の隠岐島(おきのしま)で す。四番目が筑紫。九州のことです。五番目が壱岐(いき)、六番目が対馬、七 番目が佐渡島、そして、八番目、最後に生まれるのが秋津島(あきつしま)と いって、本州です。これは「最後に一番立派な者が現れる」という思想です。。 これで八つの島なので、「大八島(おおやしま)」といいます。日本の国を「大 八島」というのは、この国生み神話がもとになっているのです。そして日本で は、だいたいにおいて「八」という数字は神聖な数字ということになっていま す。 私は古事記に関するいろいろな説を読んできましたが、その中で、私自身が 最も納得できた説を中心に解説していきたいと思います。その説を説いたのは、 この日本史検定講座の第3講をご担当いただく高森明勅(たかもりあきのり) さんです。高森説の最大のポイントは、ひとことでいうと、日本神話は「神様 の成長物語だ」というものです。神様は最初から完璧な神格を持っておられた のではなくて、いろいろな試練を乗り越えて成長して行くというのです。 「国生み神話」では、なぜ一回目に失敗したのか。男性も女性もそれぞれ単 体では不完全です。それで、より完全になるために結合(まぐわい)する。そ れは「愛」の力によって男女が導かれ結合するということです。男女は「愛」 の原理によって、相互の垣根を克服するわけです。けれど、イザナキ、イザナ ミのご夫婦は、一回目に失敗しています。それは、「愛」の原理にはかなってい たけれど、「条理」に背いていたからなのではないか。この場合は、女性から先 に声をかけたということが「条理に背いた」ということになるのでしょう。 こう言いますと、それはいわゆる夫唱婦随、男尊女卑だという批判が出るか もしれません。けれど日本神話の世界が男尊女卑でないことだけは確かです。 なぜなら、日本の最高神はアマテラスです。女性の神様です。ですからイデオ ロギー的に決めつけない方が良いのではないかと思います。「愛」だけでなく、 「条理」を尽くしたときに、物事は成る、という話になっているということが いえると思います。これは現代の若い男女にも伝えたいようなことですね。

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3 神生み

このように立派に日本の島々が生まれましたので、今度はその上で活躍する 神様を生まなくちゃなりません。実際、イザナキ、イザナミは、たくさんの神 様を生んでいきます。海の神様、水の神様、風、木、山の神様などなどです。 生まれた神様を数えた人がおりまして、なんと40柱もの神様を生んでいます。 これは自然界のありとあらゆるところに神格が宿るという思想のあらわれです。 ところが、火の神様をイザナミが生んだときに、彼女はホトを大火傷(やけ ど)してしまいます。ホトというのは女性の陰部のことです。これが大変な重 傷で、ついにその火傷がもとで、イザナミは亡くなってしまいました。イザナ キは「お前ひとりが生まれたために、私の愛しい妻が亡くなった」と怒り、刀 を振り上げると、生まれたばかりの火の神の首を斬り落してしまったそうです。 そして妻に逢いたい一心で、黄泉(よみ)の国と呼ばれる死者の国へでかけま す。

4 黄泉の国

黄泉の国でイザナキは、「愛しい我が妻よ、まだ国は作り終えていないではな いか。一緒に帰って、もう一度続きをしよう」と誘いかけます。イザナミは、「も っと早く来てくださっていればよかったのに、悔しい。私はこの異界の食事を とってしまった」と言います。黄泉の国というのは、死者の世界です。その食 事をともにするということは、その世界の共同体のメンバーになる、というこ とです。「異界の食事をとってしまいましたので、もう帰ることができないかも しれない。けれど愛しい貴方が、この穢(けが)れたところまで私を尋ねてく ださったのはたいへん嬉しい。だから、これから黄泉の国のボスに交渉して来 るから」と言います。「そのかわり、私の姿を絶対に見ないでくださいね」と頼 むのです。 ところが宮殿にはいったきり、イザナミがなかなか出て来ない。夫であるイ

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ザナキはだんだんジリジリしてきます。ついにイザナキは、左の髪にさしてい た櫛(くし)の歯を一本折ると、それに火をつけ、宮殿の中を覗いてみたので す。するとなんと、イザナミは体に無数の蛆(うじ)がたかってゴロゴロ音ま でしている。体には「雷(いかずち)」と呼ばれる化け物が八つもとりついて蠢 いているという、すさまじい体になっていたのです。古代人は横穴式石室で埋 葬された死体がどうなるか、見る機会があったのだと思います。そうした経験 が背景にあったのでしょう。 イザナキは恐怖のあまり逃げ出します。イザナミは「見たなぁ!」というわ けです。手下の女どもに追いかけるように命令する。イザナキは逃げる。それ を追いかける。イザナキはそこらへんにある植物の実をぶつける。それでもま だ追いかけられる。このへんはまるでアニメ映画みたいです。 イザナキは、黄泉比良坂(よもつひらさか)という、黄泉の世界と地上の世 界の境目にある坂の下にやってきた時、桃の実を三つ取って投げつけ、それで 女達は退散するのですけど、イザナミだけはさらに追いかけてくる。イザナキ は、千引の石(ちびきのいわ)という大きな岩をもってきて、黄泉の国の入り 口を塞ぎます。そしてその石を挟んで二神が向き合う。イザナミは言います。「こ れほど酷い仕打ちをなさるなら、あなたの国の人々を、一日に千人、絞め殺し ます。」 それに対して、夫はどう答えたでしょうか。みなさんに、ちょっと考えてみ ていただきたいのです。イザナキは、次のように答えました。「愛しい妻よ、お 前がそうするなら、私は一日に千五百人産むことにする」。イザナキはこう宣言 するのです。これはまことに力強いですね。「死」が避けられないならば、それ を上回る生命を産み出せば良い、というのです。このことによって、地上の世 界の住民には、毎年多数の死者が出る、死を運命付けられるということになっ たとされています。 さてこのようにして、イザナキは黄泉の国から逃げ帰るという、たいへんな 目に遭うのですが、これは「亡き妻への愛に動かされて、条理を踏み外した」 と考えられるわけです。つまり、死者の世界と地上の世界とは、ちゃんと距離

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感をもって、区別建てをしなければならない。その区別建てを無視して、つま り条理を無視して妻に会いに行った、その行為自体が、イザナキの未熟さをあ らわしています。しかしそれを乗り越えて、はっきりと死者の世界は穢れた世 界であると認識したとき、イザナキはより高い、尊い神様となる条件を備えた と考えられます。

5 アマテラスとスサノオ

地上に帰ったイザナキは、その穢れを払うために禊(みそぎ)をします。禊 をした場所が、有名な、筑紫の日向の橘の小門(おど)の阿波岐原(あわぎは ら)です。イザナキはそこの河原で、左目を洗いました。そのときにコロンと 生まれたのが、天照大御神(アマテラスオオミカミ)です。このへんはまさに 神話ですね。なんだか手品のようです。右目を洗った時に、パカッと生まれた のが、月読命(ツクヨミノミコト)です。そして鼻の先から生まれた神が、須 佐之男命(スサノオノミコト)です。アマテラスは高天原、つまり天上を統治 する神になります。ツクヨミは夜の世界を統治する。夜の世界の統治者ですか ら、以後はあまり登場しません。スサノオは海の世界を統治しなさいと言われ ます。 ところがスサノオは、これをサボってやらないのです。成人して髭が伸びて からも、母のところに行きたいと泣きわめいている情けない男だったのです。 ところで「お母さん」といいますが、スサノオにお母さんっていましたか? イ ザナキの鼻の先から生まれたのですから、単為生殖みたいなもので、お母さん はいないのです。お母さんがいないのに「お母さん」というのは、お母さんが 「いない」こと自体を悲しんでいると解釈できると思います。 【講師注 教科書の43ページの系図をご覧下さい。この系図では、イザナ キ・イザナミの夫婦のまぐわいによって生まれた大山津見神などと、イザナキ の禊によって生まれたアマテラスなど三柱の神様とを区別して表わしているこ とにご注目下さい。】

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イザナキは、このだらしない息子であるスサノオに怒って、「お前は出てけ!」 といって地上から追放してしまいます。追われたスサノオは、高天原にお姉さ ん、アマテラスにご挨拶に訪ねて行きます。スサノオには、アマテラスが統治 している天上の世界を奪ってやろうとか、そんな野心も悪意もまったくありま せん。 ところが、アマテラスは弟に対して、「あれは天上世界を簒奪するためにやっ て来たのではないか」と疑いを持ちます。それで、武装して迎えて、「お前は何 をしに来たのか」と詰問します。スサノオはお姉さんに対して、身の潔白を証 明したい。それで、ある方法を提案します。これは「誓(うけい)」と言いまし て、一種のおまじないなのですが、お互いの持ち物を交換して、そこから神様 を生むのです。それで、スサノオはアマテラスに十拳剣(とつかのつるぎ)を 渡します。アマテラスは、珠をスサノオに渡します。男の神様を生んだ方が勝 ちです。 そこでどういうことになったかというと、アマテラスは、十拳剣(とつかの つるぎ)を井戸でゆすいで噛み砕き、三柱の女の神様を生みました。スサノオ は、珠をガリガリ噛んで、霧のように吹き、五柱の男の神様を生みました。こ れはルールからいって、スサノオの勝ちです。スサノオは「これで私の身の潔 白が証明されたでしょ?」と言うのです。 ところが、アマテラスはクレームをつけます。「もともと私の持ち物をあなた にあげて、そこから男の神様が生まれたのですから、私の勝ちです」と言った のです。これ、後知恵でルールを変えようというのですから、公正な態度とは いえません。あまりよろしくないですね。それでスサノオは自棄(やけ)にな ります。やけ酒を飲んで暴れ出すのです。このときに、田の畦道(あぜみち) を切るとか、灌漑用の川を埋める――これはいかにも弥生時代の生活が基礎に なっているということがわかります――それから、宮殿にクソをまき散らす。 こういう酷いことをするわけです。 アマテラスは、こういう弟の蛮行について、どうしたかというと、これを庇 (かば)うのです。宮殿にクソをまき散らしたのは「酔って反吐(へど)を吐 いたのでしょう」と言い、田を荒らしたことも「土地を広くしようと考えたの

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でしょう」と、まことに甘い解釈をしてスサノオの乱行を追及しないのです。 どうして追及しないのでしょう。他の世界の神話では最高神は敵を容赦なく 滅ぼします。罪は残虐極まりない方法で処罰します。たとえばギリシャ神話で は、最高神のゼウスは、プロメテウスが火を盗んで人に与えたということで激 怒し、彼を柱に縛り付け、肉が食い込むほど鎖で縛り、そこに鷲を放って内蔵 を食いちぎらせるのです。 それに比べると、アマテラスはとてもやさしいというか、甘い。ところが、 スサノオは、ますます乱行をエスカレートさせます。織物の作業をする御殿の 屋根に穴を空け、皮をはいだ血みどろの馬をそこへ投げ込んだのです。それで 織物の作業をしていた女性が犠牲者となります。織物ですから梭(ひ)と言い まして、縦糸の間に横糸を通す先端がとがった道具があるのですが、その梭(ひ) で陰部を突き刺して死んでしまったのです。死者が出たのですから、これは許 せない。さっきまでのイタズラとは次元が違います。 そこでアマテラスは、どうしたと思いますか? スサノオに対し今度こそ厳 しい懲罰を加えたのでしょうか。なんと天の石屋(あめのいわや)に篭(こも) ってしまうのです。アマテラスは、弟に対し自分が悪いことをした、という気 持ちがあったのだと思います。あらぬ疑いをスサノオにかけて、後知恵でルー ルまで変更してイチャモンをつけた、私が悪かったというように思っていたに 違いありません。だから処罰できない。しかし、放置もできない。そこでいわ ば進退きわまったようなカタチになって、岩屋に篭った。これはアマテラスが、 自ら謹慎して反省をした、そのように受け止めることができる行動ではないで しょうか。

6 天の岩屋

アマテラスが岩屋に篭りましたので、あたりは真っ暗になりました。あらゆ る災いが、すべて起こります。これは「いなくなって、その偉大さに気付く」 ということです。

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そこで八百万の神が天の安河原(あめのやすのかわら)に集まり、会議を開 きます。このとき思金神(オモヒカネノカミ)という知恵者の神、作戦参謀の ような神が、綿密なシナリオを書き、作戦を決めて、「これで行こう!」という ことになります。 まず、ニワトリがコケコッコーと鳴き、朝が来たのかなあと思わせます。次 に、アメノコヤネノミコトが、声高に祝詞(のりと)を唱えます。そしてあの 有名な、アメノウズメノミコトと女性の神様が、激しい踊りをするのです。だ んだん踊りが激しくなって行き、着衣が乱れて、乳房があらわれます。そして さらに陰部もときどきあらわれる。そこに集まっていた神様達が「いいぞ、い いぞ!」と言って、ドッと笑うわけです。 まわりが騒がしくて、大騒ぎになっている。笑い声も聞こえる。アマテラス は何事が起こったのだろうと、好奇心をかき立てられます。それで、戸口から 顔をそっと出しました。「神様達は、何がうれしくてあんなに笑っているの?」 と尋ねます。このときの作戦がすごいのです。「あなたよりも素敵な神様が現れ たからです」と言って、パッと鏡を差し出すのです。アマテラスは、鏡に映っ た自分の姿を見て、これが自分より素敵な(神格の高い)神様だと思い込むわ けですが、これはなかなか、ちょっとした推理小説にもないようなトリックで す。つまり、アマテラスは、みずから謹慎し自省することによって、より立派 な神格を備えるようになっています。その立派になった姿形を、自分だと思わ ずに、鏡を見て、自分より上の神様がいる、と思い込むわけです。これは実に うまいトリックだなあと、私はひたすら感心をいたしております。 そこで、もう少し見ようと身を乗り出したところに、物陰に隠れていた手力 男命(タヂカラオノミコト)、この方は力持ちなのですが、岩戸をグッと開ける とアマテラスの腕をひっぱって、岩戸の外に連れ出してしまいました。世界は たちまち明るくなって、神々は多いに喜びました。これが天の岩屋のお話です。 当然ながら、乱暴をはたらいたスサノオは、この天上世界から追放されてしま います。ここまでが、高天原系の神話と呼ばれているお話です。

7 八岐大蛇退治

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さて、天上界から追い出されたスサノオは、出雲の国に行きました。ここか ら、学者達が出雲系神話と呼んでいるお話が始まります。スサノオが出雲の斐 伊川(ひいかわ)の河原に降り立つと、上流から箸(はし)が流れてきました。 これは上流に人がいるに違いない。 スサノオが上流に進んで行ってみると、一軒の家がありまして、お爺さんと お婆さんがシクシク泣いていました。真ん中に若い娘がいます。「どうしたので すか?」と事情を聞いてみると、「八岐大蛇(やまたのおろち)といって、首が 八つ尾も八つ、眼はホオヅキのように赤く爛々と光り、その体たるや八つの山 と八つの谷をまたぐような大蛇(おろち)が棲んでいます。私には八人の娘が いたのですが、これを毎年ひとりずつ大蛇がやってきて食い殺されてしまいま した。ここにいる娘は、その八人目、最後の娘で、間もなく八岐大蛇がここに 来るのです」といって泣いています。 スサノオは、その娘さんを私のお嫁さんにくださいと言います。そして、自 分はアマテラスの弟であると名乗ります。スサノオは、アマテラスと和解した いと考えているわけです。 スサノオは、まず、濃い酒を造らせます。そして垣をめぐらして、八つ入り 口をつけ、そこに台を置いて、その上に瓶(かめ)を置き、中に酒を並々と注 いでおきました。 そこに八岐大蛇がやってきます。大蛇は八つの首を瓶に突っ込み、酒をグイ グイと飲み出します。そして、たちまち酔っぱらって眠り込んでしまう。スサ ノオは、剣を抜いて八岐大蛇をスタズタに切り刻みます。尾のところを斬ろう としたら、カチンと刃こぼれがしました。なんだろうと思って、そこを縦に切 り裂いてみると、中から立派な剣が出てきます。これが天の叢雲の剣(あめの むらくものつるぎ)で、これは後に草薙の剣(くさなぎのつるぎ)となる、三 種の神器のひとつです。 スサノオは、こうして得た剣(つるぎ)を、アマテラスのところに持って行 って献上します。高森さんは、これは後に、スサノオの系譜をひく地上の国、

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その統治者である出雲の国が、天上の国に領土を移譲すすことになることを暗 示する伏線であろうとおっしゃっています。

8 因幡の白ウサギ

さて大国主神(オオクニヌシノカミ)が、スサノオから数えて6世の子とし て誕生します。そこから大国主の物語が始まります。大国主神は、袋を背負っ ています。ちなみに七福神の大黒様(だいこくさま)も袋を背負っていまして、 これがいつのまにか重なり合った。これを習合(しゅうごう)といいます。集 合によって、大国主神は大黒様と呼ばれるようになりました。 袋を背負っているのは何故でしょう。大国主神には80人のお兄さんがいま した。だいたい、ろくでもない兄貴たちです。この頃、因幡(いなば)という ところに八上比売(ヤガミヒメ)という美しい女性の神様がいました。ミス因 幡ですね。そのミス因幡を嫁にしようと、このお兄さん達が集団でプロポーズ に出かけます。このとき持って行く手荷物を、お兄さん達はみんな大国主神に 持たせました。だから大国主神は袋を背負っているのです。 因幡に向かう途中の道に、皮を剥がれてシクシク泣いている白いウサギがい ました。「どうしたらいいでしょう?」と助けを求めた白ウサギに対して、この ろくでもない兄貴の神様達は、どういうことを言ったか。「海の水に体をひたし て、高い山のてっぺんに登って風にあたりなさい」と言ったのです。悪い神様 ですね。言う通りにした白ウサギは、だからもう皮膚がひび割れて、痛くて、 痛くて、もうたまったものじゃありません。 そういう悪さをされたあとに、大国主神がやってきました。大国主神は、「真 水でまず体を洗い、次に蒲の穂の花粉で体を包みなさい」と、治療方法を白ウ サギに教えました。戦前の小学唱歌に、この因幡の白ウサギの歌があります。 題名は「大黒様」で、作詞・石原和三郎、作曲・田村 虎蔵です。歌ってみます。 1. 大きな袋を 肩にかけ 大黒様が 来かかると

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ここに因幡の 白うさぎ 皮をむかれて 赤裸 2. 大黒様は あわれがり きれいな水に 身を洗い がまの穂綿に くるまれと よくよく教えて やりました 3. 大黒様の いうとおり きれいな水に 身を洗い がまの穂綿に くるまれば うさぎはもとの 白うさぎ 4. 大黒さまは たれだろう おおくにぬしの みこととて 国をひらきて 世の人を たすけなされた 神さまよ 神話の世界にも、いろいろと性格の悪い神様が登場しますので、多少辟易(へ きえき)するところがありますが、大国主神のこの因幡の白ウサギのお話は、 ほんとうに癒(いや)されます。大国主神自体が、癒しの神といえるかもしれ ません。大国主は、そういう徳の高い神様でした。けれど大国主は、そこから さらに試練を受けて、より徳の高い神様になって行きます。そこがまた「成長 の物語」になっています。

9 天孫降臨

さてそうして徳の高い神様として成長した大国主が治める地上の国について、 天上の世界では国を譲らせようということになって、天上から神様が派遣され ます。これが「国譲り神話」のお話です。これについては、のちほど改めて取 り上げます。

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大国主神に地上の統治権を譲らせた高天原では、アマテラスは自分の孫の瓊 瓊杵命(ニニギノミコト)に地上を治めよと命令します。ニニギノミコトは、 三種の神器を持って高千穂峰に降り立つ。天孫降臨です。 ニニギノミコトは、地上で美しい娘に出会います。娘の名を、木花咲耶姫(コ ノハナノサクヤビメ)と言いました。ほんとに綺麗なお名前ですね。ヒメの父 親は山の神で、大山津見神(オオヤマツミノカミ)といいます。父親は二人の 結婚を許可します。 ですが、木花咲耶姫にはお姉さんがいました。石長比売(イワナガヒメ)と いいました。そのお姉さんも結婚した夫婦にくっついてきます。ところが、お 姉さんはあまり器量(きりょう)がよくなかったのだそうです。それでニニギ ノミコトは、お姉さんの方はノー・サンキューということで、お断りになった のです。すると父親が、「なるほど木花咲耶姫は確かに美しく、いっときは栄え るでしょうけれど、命が短い」。佳人薄命です。「石長比売(イワナガヒメ)が お側にいれば、彼女は岩のようにがっちりとしていて長生きで、あなた様も長 生きします」と言います。けれどニニギは、姉のイワナガヒメを、父親のもと に送り返してしまいました。こうなると、ニニギはもう長生きはできません。 木花咲耶姫は、ニニギとの間のたった一夜の契(ちぎ)りで身籠ります。と ころがニニギは、「本当に私の子かなあ」と思います。このあたり、だんだん現 代小説に近づいて来る感じがするのですが、「これは土地の国神(クニツカミ) の子ではないか」と疑いを持ちます。木花咲耶姫は悲しみ、「このあたりの男の 種なら無事に産まれませんよ。無事に生まれたら、神の子です」といいます。 そして木花咲耶姫は、産屋に火を放ち、その紅蓮の炎の中で出産するのです。 ここから三人の息子が産まれました。一番上が火照命(ホデリノミコト)、こ れは別名を海幸彦といいます。薩摩隼人などの祖神です。二番目が火須勢理命 (ホスセリノミコト)命、三番目が火遠理命(ホヲリノミコト)、これは別名を 山幸彦といいました。この神様が神武天皇の祖父に当たります。

10 海幸彦・山幸彦

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山幸彦がある日、海の仕事を生業にしていた海幸彦に提案しました。「お互い 長年、海の仕事、山の仕事をしてきたけれど、このあたりで道具を入れ替えて、 互いに別の体験をしてみたらどうでしょう」。兄貴は「いやだ、そんなの」と断 るのですが、ようやく4回目に、「それじゃあ」と応じました。 弟の山幸彦は、大喜びで海に釣りに行くのですが、これが一匹も釣れない。 釣れないだけじゃなくて、魚に釣り針を取られてしまいました。お兄さんは激 怒します。困り果てた山幸彦は、自分の剣を砕いて五百個もの釣り針を作って お兄さんに渡すのですが、許してくれない。私の「あの」釣り針を返さなけれ ばダメだ、というのです。困り果てた山幸彦が海辺に出ると、塩壌神(シホツ チノカミ)という海水を司る神様が現れます。そして海の神様を訪ねるように 誘います。 海の神様の宮殿を訪れた山幸彦は、豊玉比売(トヨタマヒメ)という美しい 海神の娘と出会います。そこで三年の歳月が流れるのですが、山幸彦がやって きたもとの目的は釣り針を探すことです。山幸彦が事情を話すと、豊玉比売は 海中の魚を集めて「誰か心当たりはないか」と声をかけます。すると釣り針を 喉にひっかけていたタイが名乗り出て、針が見つかる。山彦は兄に釣り針を返 します。物語はここからさらにいろいろな話があるのですが、そこは時間の関 係で省略して、豊玉比売(トヨタマヒメ)のお話をします。 海の宮殿で山幸彦の子を孕んだトヨタマヒメは、地上にやってきて産屋を建 て、そこで出産します。このときトヨタマヒメは言います。「子を産むときは、 女は本来の姿に還るのです。ですからあなたは絶対に産屋を覗いてはいけませ ん」。これ、どっかで聞いた話でしたね。でもやっぱり、男は「覗かないでね」 と言われると、覗きたくなるのだそうです。それで産屋の中を覗いてみたら、 とてつもなく大きなワニ――ワニといってもサメの一種なのだそうです――が 中で、のたうちまわっていました。それで、また、「見たなあ!」ということに なって、辱められたトヨタマヒメは海に帰ってしまいます。 このとき産まれた子供が、鵜葺草葺不合命(ウカヤフキアヘズノミコト)で、

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ウカヤフキアヘズノミコトは、トヨタマヒメが我が子の養育のために派遣した 妹の玉依姫(タマヨリヒメ)と結婚し、4人の男の子が生まれます。その四男 が神倭伊波礼比古命(カムヤマトイハレヒコノミコト)で、後の神武天皇にな るわけです。 瓊瓊杵命(ニニギノミコト)が地上に降り立ったところは、どうして九州地 方だったのでしょう。そして日向三代といいますが、三代、そこで足踏みをし ているのです。もっとはやく、直接大和地方に行って、国を建てればよかった のに、どうして足踏みをしていたのでしょう。 実はこれは、地上を統治するにあたって、いろいろ有力な勢力と和解する必 要があるからです。ニニギは、まず山の神の娘と結婚して、山の神の霊力をア マテラスの系統に取り込みました。さらにその子供達は、二代にわたって海の 神の娘達と結婚し、海の神のパワーも取り込みました。そういうことをしたこ とによって、カムヤマトイハレヒコは、国を統治する条件を備えていくのです。 これによって神武東征に至ります。そして東征の過程でも、その土地に二年と か三年とかとどまって、土地の豪族と友好関係を結んでいます。 それで、カムヤマトイハレヒコノミコトが大和地方にはいり、この国を建て たのが、日本の国のはじまりです。この大和地方にはいるときに、道に迷った 神武天皇を助けたのが八咫烏(やたがらす)です。これは、いま、日本サッカ ー協会のシンボルマーク(教科書43ページ)になっています。大和にはいっ て、神武天皇が即位された日、これを太陽暦に換算すると2月11日になりま すので、この日が建国記念日となっています。 【講師注 神武天皇からは人間の世界になります。それで、神武東征は神話 とは言わず、伝承と呼びます。「神武東征伝承」などと使います。】

11 国譲り神話

さて、国譲り神話について、最後にお話しします。

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「一富士、二鷹、三なすび」という言葉があります。あれは初夢で縁起の良い 順番です。では、次はどうでしょう。 雲太 和二 京三 これも順番です。「うんた、わに、きょうさん」と読みます。平安時代の子供 達の口ずさみの歌に出てまいります。これは何の順番かというと、実は建物の 大きさの順番です。「雲」は出雲です。「和」は大和を指し、「京」は京都を指し ます。そしてその土地にある建物の大きさに順番をつけたのです。もうおわか りだと思いますが、雲は出雲大社です。和は奈良の大仏のある東大寺、そして 「京」は京都御所です。ではどうして出雲大社が一番なのでしょうか。これは 国譲り神話を読むと、とてもよく納得ができます。 高天原の神々は天の安河原(あめのやすのかわら)で会議を開いて、地上の 統治を天上に委ねさせようということになります。それで最初に派遣した神様 は、天の菩比神(アメノホヒノカミ)といいました。この神様は大国主の徳に すっかり傾倒してしまって、三年間も復命(報告)をしませんでした。それで、 こりゃダメだということになって、二番目の使いとして天若日子(アメノワカ ヒコ)を派遣しました。ところがこれはもっとひどくて、大国主の娘と結婚し て、八年経っても復命しませんでした。しかも、それだけではなくて、高天原 に弓を引くというようことまでいたしました。 次にどうするかということになって、三番目に建御雷神(タケミカヅチノカ ミ)という、たいへん武力に優れた神様をお使わしになりました。建御雷神は、 出雲の稲佐の浜に行って、そこで刀を海に突き刺し、その上に大あぐらをかい て「この国を譲るように」と強談判します。大国主は「わかりましたが息子の 意見を聞きたい」と答えます。 長男の事代主神(コトシロヌシノカミ)は、魚釣りをしながら、「それならし ょうがないから、いんじゃない?」と言います。ところが次男の建御名方神(タ ケミナカタノカミ)は、なかなか気の強い神様で、自分は納得できないから建 御雷神と力比べをしたい、と申し出るのです。ところが建御雷神はものすごく

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力が強くて、建御名方神は吹っ飛ばされてしまう。それで逃げる、追いかける、 というようになって、次男坊はとうとう長野県の諏訪湖まで逃げます。諏訪で 建御名方神は負けを認め、許しを乞い、諏訪大社の祭神となりました。 大国主神は、息子達がやむを得ないということになったので、それではこの 国を譲りましょうと答えました。そのときに、ただひとつ、大国主神は条件を つけます。それは「私の住処(すみか)として、大地の底まで宮柱が届き、高 天原まで千木が高くそびえ立つほどの、大きく立派な神殿を作ってください。 そうすれば、私はそこに隠れましょう」というものでした。 さて、国譲り神話に書かれているのはそこまでなのですが、実は、今の出雲 大社は、そんなに高い建物ではありません。24メートルしか高さがない。奈 良の東大寺大仏殿は高さが37メートルあります。大仏殿の方が大きくて高い のです。だからこれは「嘘の話だろう」と思われていたのですが、平成12(2000) 年に出雲大社の境内から宮柱の跡が出てきました。それは直径1メートルくら いの木を三本、金属で結んで大きな柱とし、それを合計9本建て、その上に昔、 これは平安時代のことらしいのですが、宮殿が乗っていたことがわかったので す。建築学者が構造計算してみると、どうやら高さは48メートルになるそう です。だから実は、雲太、和二、京三というのは、事実に合致していたという ことになるのです。 では何故、出雲大社をいちばん高い建物にしたのか。その謎解きをします。 そして、そこから、古代の日本人が、どういう政治のあり方を理想としていた かがわかります。 まず、第一にいえることは、神々が高天原でやたらに会議をひらいているこ とです。こういう「話し合い」ということをとても大切にする。それが神代の 昔からの日本の伝統です。日本の社会は、決して独裁権力が支配したのではあ りません。天皇も独裁者であったことはほとんどありません。 第二に、世界の他の地域ならば、国土を奪い取るのは皆殺しの戦争になるの に対し、日本では、これほど大規模な国土の統治権の移譲が、戦争を経ずに交

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渉で決着しています。これは日本人がおどろくべき平和愛好民族であるという ことです。 しかし三番目に、大国主神の立場にたってみると、何の責められるべき咎(と が)もない、立派に国を治めていたその国を高天原の勢力に譲るというのは、 やっぱり残念だったに違いないと思います。そこでさっきのような条件を出す のですが、それに対して日本社会は、この神話に描かれているように、敗者に 対してとことんまで追及し侮辱するということをしない社会です。政治的勝者 は敗者に対して、その功績を認め、名誉を与え、魂を鎮める祀りを欠かさない。 そういうことが政治のあり方の理想だと、古代の日本人は考えていたことが、 このお話からわかります。だから、大和朝廷は大国主神との約束を律儀に守っ たのです。技術的にはもっと大きな建物を建てることはできても、一番の座を 出雲大社に譲るようにするという配慮があったのだと思います。 平成15(2003)年に出雲大社を訪問されたとき、皇后陛下が詠まれたお歌があ ります。 国譲り 祀(まつ)られましし 大神(おおかみ)の 奇(く)しき御業(みわざ)を 偲びて止まず 実を言いますと、たまたま出雲大社を訪問する機会がありまして、ちょうど そのころ『新しい歴史教科書』に神話をどのように書くか、構想を考えている ときでした。出雲大社の境内で皇后陛下のこのお歌とめぐりあいました。ちな みに「御製(ぎょせい)」というのは、天皇陛下のお歌のことに限られます。で すから皇后陛下の場合「御歌(おうた)」というのが、正しい呼び方です。 この歌にある「奇しき御業」というのは、「たぐいまれなる業績」ということ です。その言葉で、皇后陛下はご自分の思いを述べておいでになるわけです。 この「奇しき御業」とは、まさに大国主神が国を譲ったことが、大和朝廷によ る日本国の平和的統一に貢献し、今日に至るまでの日本の繁栄の土台になった ということです。その歴史の起点にあたって、大きな仕事をして下さったのが 大国主神の国譲りであったということです。

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第1講も、第2講も、最後は、「日本人」と「戦争」と「皇室」に関わる話に なっています。それは、私が意識してそういうお話を選んだというよりも、日 本の歴史や日本の国柄の特質が、おのずから反映した結果なのではないだろう か、と私は考えている次第です。

参照

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