道路上の糞を探す踏査で明らかになった屋久島のニホンザルの全島分布
(2017 ‐ 2018 年)
半谷吾郎1)*・好廣眞一2)・YANG Danhe3)・WONG Christopher Chai Thiam4),5)・ 岡桃子6)・楊木萌6)・佐藤侑太郎6)・大坪卓7)・櫻井貴之7)・川田美風8)・F. FAHRI9)・
SIWAN Elangkumaran Sagtia5)・HAVERCAMP Kristin6)・余田修助8)・GU Ningxin3)・ LOKHANDWALA Seema Sheesh10)・中野勝光6)・瀧雄渡6)・七五三木環11)・本郷峻1),12)・
澤田晶子13),1)・本田剛章1)・栗原洋介1),14) 1)京都大学霊長類研究所 2)龍谷大学里山学研究センター 3)中山大学 4)WWF マレーシア 5)マレーシアサインズ大学 6)京都大学野生動物研究センター 7)京都大学大学院理学研究科植物学教室 8)京都大学大学院理学研究科動物学教室 9)タドゥラコ大学理学部生物学科 10)インド工科大学グワハティ 11)京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科 12)京都大学アフリカ地域研究資料センター 13)中部大学創発学術院 14)静岡大学農学部附属地域フィールド科学教育研究センター はじめに 1999 年に鳥獣保護法が改正されて,特定鳥獣保護管 理計画制度のもとで科学的な野生動物管理を行う仕組 みが整備された。この制度の下では,対象となる動物 について,分布や被害状況などについての現状を把握 し,それにあわせて管理目標を定め,対策を実施し, その対策の結果をモニタリングし,目標達成の評価と 既存の対策の修正を行うという,順応的な管理を行う ことが求められる。2020 年 1 月現在,ニホンザルの群 れが生息している 43 都府県のうち,26 の都府県でニホ ンザルについての第二種特定鳥獣管理計画が策定され ている(環境省, 2020a)。 一方で,2007 年に制定された「鳥獣による農林水産 業等に係る被害の防止のための特別措置に関する法律」 (以下,特措法)という,別の法律による被害防除の枠 組みもある。ここでは,市町村が被害防止計画を作成 するとともに,市町村に対して国等が直接財政上の支 援を行うことができる,と定められている。特措法の 下では,都道府県が有している被害防止のための鳥獣 の捕獲許可の権限を市町村に委譲することが可能であ り,近年はおよそ 95 億円が,鳥獣被害防止総合対策交 付 金 と し て 市 町 村 に 交 付 さ れ て い る( 農 林 水 産 省, 2015)。この額は,ときに被害額を上回る額にのぼる(森 光 ・ 川本,2015)。特措法で求められるのは,被害を防 止するための計画の策定であり,特定計画にあるよう な,個体群の保全も含む,対象動物種の管理全般は含 まれていない。また,市町村の規模では,都道府県に 比べ,科学的管理の基礎となる現状把握のために,多 くの予算と人員を割くことは難しいだろう。西日本を 中心に,まだ多くの県でニホンザルの特定計画は作成 されていないことからも,科学的な管理は,ニホンザ ルの生息地すべてについて実施されるには至っていな いのが現状である。環境省 ・ 農林水産省は,2014 年に「ニ ホンザル被害対策強化の考え方」(環境省 ・ 農林水産省, 2014)を発表し,農作物被害を起こしているニホンザ 1 2020 年 7 月 28 日受付,2020 年 8 月 19 日受理,2020 年 11 月 30 日早期公開(J-STAGE) *e-mail: [email protected] 原 著
ルの群れの数を今後 10 年間で半減させるという目標を 掲げた。これは必ずしもニホンザルの生息数そのもの を半分にするということを意味しないが,科学的管理 が浸透していない被害の現場では,ニホンザルの数を 減らすことが,目的と取り違えられ,過度に個体数削 減が行われる懸念がある。 鹿児島県屋久島は,ニホンザルの分布の南限にあた り,固有の亜種ヤクシマザル(Macaca fuscata yakui)が 生息する。屋久島では,1980 年代からニホンザルによ る農作物被害が顕著になり,柑橘類を中心に,1990 年 代まで,毎年 3000 万から 5000 万円の被害があった(図 1)。その対策として,電気柵などの防除策に加え,有 害鳥獣捕獲により,年間 500 頭程度が捕獲された。2010 年代に入って,捕獲数が急増し,1 年間 1000 頭を超え る年が続いた。2013 年ごろから農作物被害は顕著に減 少し,ニホンザルによる被害がほとんど問題にされな かった 1970 年代の水準にまで減少して,現在に至って いる。一方,被害の減少にもかかわらず,ニホンザル の捕獲頭数は,現在でも,1990 年代までを上回る水準 で推移している。 屋久島では,1991 年と 1992 年に,鹿児島県の委託に よって海岸の集落付近の群れの分布を網羅的に調べる 調査が行われた。この調査では,ボランティア調査員 を大規模に集め,定点調査と群れの追跡を組み合わせ る方法(大井ほか,1994; Hanya et al., 2003)で,群れの 分布と生息個体数を推定した。1993 年,1994 年に行わ れた,集落から離れた場所の調査とも合わせて,屋久 島全体の 25%にあたる海岸から 1-2 キロメートルの距 離にある 127 平方キロメートルの調査域内に,131 群, 1984-3850 頭が生息すると推定された(Yoshihiro et al., 1998)。宮田ほか(2017)は,2013 年と 2014 年に,こ れら 1990 年代の分布調査が行われた場所で再度定点調 査を行い,定点での群れの発見頻度を 1990 年代と比較 した。その結果,捕獲圧の高い北部と東部で発見頻度 が減少し,捕獲圧が比較的小さい南部と,捕獲が行わ れていない西部では減少していなかったことを見出し た。この研究によって,屋久島の特定の地域での,近 年のニホンザルの減少傾向が確認された。しかし,ニ ホンザルが分布する具体的な場所や,それに影響する 環境要因は解明されていない。 本研究では,2017 年と 2018 年に,屋久島の主要な道 路でニホンザルの糞を探す踏査を行った結果を報告す る。糞は,直接観察や音声よりも,一度の調査で数多 くの発見位置についての情報が得られるため,広域を 簡便に調査するのに向いている。調査地点の植生と狩 猟の有無が,糞の発見の有無に与える影響を明らかに することで,現在の屋久島のニホンザルの分布に与え る要因を検討する。また,この調査結果を,1990 年代 の一斉調査の結果と比較する。両者は方法が異なるた め,定量的な比較は不可能だが,定性的な比較により, 過去 20 数年の間の分布の変遷について考察し,今後の 屋久島でのニホンザル管理について提言を行う。 方法 2017 年 5 月 14 日,15 日,16 日,2018 年 5 月 20 日, 21 日,22 日に,屋久島の県道・農道・林道を総延長で 165.4 キロメートル歩いて,ニホンザルの糞を探す調査 を行った。調査は,2017 年は 12 人,2018 年は 14 人で行っ た。糞を発見したら,その位置をGPS(Etrex 20x もし くはGPS Map60Cx ®Garmin)で記録した。 1990 年代の分布調査(鹿児島大学農学部鳥獣害研究 会,1995; Yoshihiro et al., 1998; 好廣ほか,1998; Yoshihiro
et al., 1999; Hanya et al., 2004) は,1991-1997 年 の 7 月
から 8 月に行われ,のべ 440 人が参加した。調査域を 500 メートル四方の,合計 630 の方形区に分け,そこに 1 人の定点調査員を配置した。くわえて,2‐4 の方形 区に約 1 人の割合で集団の追跡者を配置した。それぞ れの調査地を 2‐4 日間調査し,得られた音声と目撃, 糞の情報を地図上に落とした。方法の詳細は,宮田ほ か(2017)および好廣ほか(1998),Hanya et al.(2004) に記述されている。この調査では,調査地に落ちてい た糞をすべて記録していたわけではなく,調査地の中 で,調査の行われた日数などにばらつきがある。しかし, 本稿では糞を探すことを目的として行われた踏査との 定性的な比較のみを行うため,過去の調査の調査域間 での方法のばらつきは考慮しなかった。 分析 糞の有無の分析の単位として,道路をどのような距 離で区切るのが適切かを検討するため,糞と糞の間の 距離の頻度分布を調べた。同じ群れの個体が,同じと 0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600 0 10 20 30 40 50 60 1976 1978 1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012 2014 2016 2018 サル農業被害(左軸、単位:百万円) サル捕獲数(右軸) 図 1 屋久島のニホンザルによる農業被害額と捕獲数の推移。 2004 年までは Agetsuma(2007),それ以降は屋久島町農林 水産課の統計による。2001-2003 年の農業被害額,および 2001-2002 年の捕獲数については資料を入手できなかった。
きに道路に出た場合,ごく近い場所で糞をするため, これらの糞の発見は,たがいに独立ではない可能性が 高いだろう。また,ひとつの群れの行動圏の範囲内では, 道路上のさまざまな場所で糞が見つかる可能性がある。 いくつもの群れが繰り返し道路に来て糞をしたような 状況を排除するため,比較的糞がまばらにしか発見さ れなかった,一湊林道,カンカケ林道,大川林道の調 査結果のみを用いて,糞と糞の間の距離の頻度分布を 検討した(図 2)。その結果,糞と糞の間の距離は,50 メー トル以内に集中しており,50-500 メートルの範囲では 頻度が単調に減少し,500 メートルより長い範囲では, 頻度が一定になる傾向があることが分かった。そこで, 本研究では,踏査した道路を 50 メートルごとの 3308 本の区画に区切って,その中の糞の有無を分析の対象 とした。なお,GPS の精度はほとんどの場合 10 メート ル以内であり,50 メートルを超えることはなかったた め,測位の誤差が 50 メートルを分析の単位にしたとき に,結果に与える影響はほぼないと考えられる。 それぞれの区画について,狩猟の有無と周辺の植生 を以下の手順で定めた。屋久島で現在行われているニ ホンザルの有害鳥獣捕獲は,鳥獣保護区,屋久島国立 公園特別保護地区および第 1 種特別地域を除く民有林 で行われている。踏査を行った範囲内では,すべての 国有林(図 3a)と,観音崎以南の西部地域が狩猟なし, それ以外の地域を狩猟あり,とみなした。環境省生物 多様性センターの提供する,自然環境保全基礎調査に 基づく植生図(環境省,2020b; 図 3b)をもとにして, 区画の中央点から半径 25 メートル以内の範囲の,農地 及び住宅地(大分類で「市街地等」もしくは「耕作地」) の面積,針葉樹植林地(大分類で「植林地」)の面積を,
QGIS2.18.10(©Free Software Foundation, Inc.)を用いて 計算した。 なお,Hanya et al.(2004)は,人為的影響が比較的少 ない屋久島西部域で,ニホンザルの生息密度が標高に よって異なることを報告している。本研究では,人為 的影響を主要な分析の対象とし,標高の影響は分析し なかった。屋久島では農地および集落は海岸付近のみ に存在するため,標高と人為的要因の影響は交絡する と考えられるためである。また,本研究で分析するの はニホンザルの分布の有無であり,生息密度ではない。 Hanya et al.(2004)によれば,ニホンザルはどの標高帯 にも分析しており,ニホンザルの有無は標高による影 響を受けないと言える。 糞と糞の間の距離(メートル) 0 200 400 600 800 1000 05 0 100 150 200 250 30 0 図 2 大川林道,カンカケ林道,一湊林道で発見され糞と糞の間 の距離の頻度分布。 図 3 (a)国有林の分布,(b)植生と重ね合わせた,2017 年, 2018 年の踏査で発見された糞の位置。
空間的に近接した区画は,環境要因や糞の有無につ いて,互いに似たような傾向を示す可能性があり,お 互いに独立ではない。そのような空間的自己相関の影 響を統制するため,条件付き自己回帰モデルをベイズ 統計モデルとして実装し,分析を行った。50 メートル の区画内の道路上の糞の有無を応答変数とし,区画周 辺の農地及び住宅地の面積,針葉樹植林地の面積,狩 猟の有無を説明変数とした。図 2 の結果を参考に,区 画の中央点間の距離が 500 メートル以内を空間自己相 関のおよぶ範囲(隣接区画)として設定した。R x64 3.6.1 で,パッケージCARBayes(ver5.2)(Lee, 2013)の関数 S.CARleroux を用いて,説明変数が応答変数に与える影 響 を 推 定 し た。 間 引 き 間 隔 を 50, バ ー ン・ イ ン を 100000,MCMC サンプル数を 500000 とした。事前分布 は既定の設定どおり平均はゼロ,分散は 100000 の正規 分布とした。そのほかのパラメータについても既定の 設定を用いた。3 回の試行に基づいて関数gelman.diag で計算されるR の平均はいずれも 1.01 未満であったの
で,モデルは収束したと判断した(Gelman and Rubin,
1992)。得られたモデルの各要因についての係数の 95% 信用区間が,ゼロを含まない範囲にある場合に,その 要因が,糞の有無に対し正もしくは負の影響を及ぼす とみなした。1990 年代から 2010 年代にかけての屋久島 海岸部のニホンザルの増減傾向は,狩猟がありニホン ザルが減少している北部と東部,狩猟があるがニホン ザルが減少していない南部,狩猟がなくニホンザルが 減少していない西部に分けられる(宮田ほか,2017)。 それに従い,西部(観音崎以南の西部林道および大川 林道),南部(小楊子林道,中間林道,南部林道,湯泊 林道,平内周辺の農道),北部と東部(それ以外)にわ けて,同様の分析を行った。区画数は,北部と東部が 1732,南部が 1166,西部が 410 である。ただし,西部 については,狩猟が行われておらず,農地と住宅地は 存在しないため,針葉樹植林地面積の影響のみを分析 した。 結果 2017 ‐ 2018 年の分布 全部で 842 個の糞を発見した。全体の 14.1%にあた る 469 の区画で,糞が発見された。 条件付き自己回帰モデルで,50 メートルの区画内の 糞の有無に与える要因の影響を推定すると,全部の地 域の区画をあわせた場合,区画周辺の農地と住宅地の 面積が負の影響を及ぼしていた(表 1a)。北部と東部に 限定すると,農地と住宅地に加え,狩猟も負の影響を 与えていた(表 1b)。南部でも農地と住宅地の負の影響 が見られたが,狩猟は負の影響を及ぼしていなかった (表 1c)。狩猟および農地・住宅地のない西部では,針 葉樹植林地が負の影響を及ぼしていた(表 1d)。 1990 年代の分布との比較 1990 年 代 の 分 布 調 査 の 結 果( 図 4) を,2017 年, 2018 年に道路沿いで行われた踏査での糞の発見結果と 比較した。調査域が重なる場所について,定性的には 以下のような違いが指摘できた。 北西部の西部林道北部から永田地域では,1990 年代 の分布調査では,永田集落や海岸のすぐ近くまで広く 音 声・ 目 撃 情 報 が 得 ら れ て い る。 し か し,2017 年・ 2018 年には,糞が発見されたのは,集落から 2 キロメー トル以上離れた,西部林道の観音崎以南や,国有林だ 表1. 条件付き自己回帰モデルによるニホンザルの糞の有無に与える要因の影響 の推定 (a) 全体 要因 係数の中央値 係数の 95%信用区間 Geweke の診断基準 (切片) -6.15 -6.35 -5.95 -0.3 狩猟 -0.01 -0.32 0.29 0.6 針葉樹植林地 -0.26 -0.57 0.03 -1.0 農地・住宅地 -1.80 -2.86 -0.93 -1.2 tau2 5.78 3.59 8.49 0.6 rho 0.94 0.87 0.97 -1.2 (b) 北部および東部 要因 係数の中央値 係数の 95%信用区間 Geweke の診断基準 (切片) -6.19 -6.53 -5.91 1.8 狩猟 -0.93 -1.55 -0.35 -1.1 針葉樹植林地 -0.29 -0.73 0.13 -1.0 農地・住宅地 -1.80 -3.33 -0.53 -0.3 tau2 4.60 1.46 9.28 -1.4 rho 0.95 0.84 0.99 0.9 (c) 南部 要因 係数の中央値 係数の 95%信用区間 Geweke の診断基準 (切片) -6.21 -6.60 -5.86 -1.9 狩猟 0.41 0.01 0.83 0.4 針葉樹植林地 0.03 -0.41 0.47 -0.6 農地・住宅地 -2.38 -4.03 -1.06 1.6 tau2 5.57 2.42 10.69 2.6 rho 0.79 0.50 0.95 0.1 (d) 西部 要因 係数の中央値 係数の 95%信用区間 Geweke の診断基準 (切片) -5.15 -5.43 -4.93 -1.7 針葉樹植林地 -1.62 -3.35 -0.26 1.7 tau2 0.01 0.00 1.73 0.8 rho 0.48 0.03 1.00 1.5 表 1 条件付き自己回帰モデルによるニホンザルの糞の有無に与 える要因の影響の推定
図 4 1991-1997 年の分布調査で得られたニホンザルの音声,目視, 糞情報の位置。
図 5 1991-1997 年の分布調査で得られたニホンザルの情報と,2017 年,2018 年の踏査で発見された糞の位置。(a)屋久 島北西部(西部林道北部から永田),(b)北部(吉田,一湊,志戸子),(c)南西部(湯泊,中間,栗生,西部林道南部), (d)南部(小島,平内,湯泊)。
れていない西部でのみ検出された。針葉樹植林地はニ ホンザルにとっての食物が少なく,密度が低下するこ とが,屋久島の西部高地で知られている(Hanya et al., 2005)。狩猟や農地がない西部でのみ,この影響が見ら れたのは,針葉樹植林地の負の影響は存在するが,農 作物被害対策に関わる要因に比べると,その影響が大 きくないことを示唆している。 分布の指標としての道路上の糞 本研究で明らかになったのは糞の分布であり,そこ からニホンザルの群れの分布を類推するには,慎重な 検討が必要である。 まず,発見したのが単独で動き回るオスの糞であり, 群れの存在を示すものではない可能性がある。ただし, 多くの糞は近い場所で比較的まとまって発見されてお り(図 3),単独で動くオスが,群れが分布しない場所 で 1 個だけ糞をしたと思われる場合は少ない。 次に,糞虫の活動や雨水などの物理的作用,および シカによる採食(Nishikawa and Mochida, 2010)によっ て糞は消失するため,その影響を考慮する必要がある。 本研究の調査中は,多くの場所で少なくとも数週間を 経過していると思われる古い糞を発見した。それらは, 調査中に降った数時間程度の雨ではとくに形状に変化 は認められず,容易に糞だと認識することができた。 おそらく,屋久島に生息する糞虫は,アスファルトや コンクリート舗装,もしくは砂利で覆われた道路の外 に糞を運ぶ能力はなく,糞は物理的に崩壊するまで道 路上に残り続けるのだろう。ただし,糞の崩壊に影響 する気象要因が大きく異なる季節に調査する場合や, 糞 虫 が 糞 を 地 中 に 埋 め る(Enari and Sakamaki-Enari, 2014)ことができる登山道など,林内での調査結果と 比較する場合には,注意が必要である。本研究で,北 部と東部では民有地内に糞が見つからず,南部では多 数発見されたという違いが見られた。雨量は低地では 北西部から西部で少なく,南部と東部で多いという傾 向がある(江口,1984)。つまり,南部のほうがむしろ 糞の物理的分解は進みやすいはずであり,それにもか かわらず南部の民有地(低地)でサル糞が多かったのは, 実際に北部民有地よりもニホンザルが道路によく出現 していたからだと解釈するのが妥当である。 また,糞の存在は,その場所にニホンザルがいたこ とを示すものの,道路に糞が落ちていないからと言っ て,必ずしもその周辺にニホンザルが分布していない ということにはならない。道路上の糞を用いてのニホ ンザルの発見率は,ニホンザルが道路をどれだけ利用 するかに大きく依存し,それは道路沿いのニホンザル の食物の分布や,人馴れの程度に影響を受ける。本研 究では,民有地内での道路上の糞の分布は,北部およ び東部と南部で違いがあることが明らかになった。両 けだった(図 5a)。同様の傾向は,北部の吉田,一湊, 志戸子集落付近でも認められる(図 5b)。東部でも, 2017‐2018 年に糞が発見されたのは,ほぼ国有林内に 限られるが,この地域は 1990 年代もニホンザルの発見 が少ない地域であり,違いは明瞭ではない。南部では, 2017‐2018 年の調査で,民有林でも多くの糞が見つかっ ており,これらの場所は,1990 年代でもニホンザルが 多く発見されていた(図 5cd)。西部林道,および標高 の高い安房林道,小楊子林道,大川林道では,どの場 所も比較的まんべんなく,1990 年代も 2017‐2018 年も 発見情報があった。 考察 道路上の糞の有無に影響を及ぼす要因 屋久島全域を通じて,周囲 25 メートルの比較的近い 範囲に農地・住宅地があるような,人間の生活圏のす ぐそばでは,糞が見つからない傾向があった。屋久島 でニホンザルが食害する主な農作物は,12 月から 3 月 にかけて収穫される柑橘類なので(Agetsuma, 2007), 調査を行った 5 月には,ニホンザルが農地に誘引され る要因は少ない。そのような誘因要因がなければ,農 地周辺は人に追い払われる危険のある場所であり,ニ ホンザルがそのような場所を避ける,ないしは人に出 会う可能性の高い道路に長時間とどまらない傾向を持 つのは自然なことである。 一方,狩猟の影響については,島内でも傾向が分か れた。北部と東部では,糞が発見されるのは,狩猟の 行われていない国有林内にほぼ限定された。これらの 場所は集落から 1,2 キロメートルほど離れており,屋 久島低地での一つの群れの行動圏が数 10 ヘクタール程 度である(Kurihara and Hanya, 2015)ことから,これら の糞をした群れは,集落付近には出現していない可能 性が高い。一方,南部では,民有林内の道路でも糞が 見つかっており,農地から一つの群れの行動圏の範囲 内と考えられる 500 メートル以内で発見された糞もあっ た。北部と東部では狩猟が行われている場所で糞が発 見されず,南部では発見されたという事実は,北部と 東部では 1990 年代に比べてニホンザルが減少し,南部 では減少していない,および,1990 年代の推定生息数 に比した近年の捕獲数が,北部と東部で高く,南部で 低いという宮田ほか(2017)の発見と整合する。 なお,南部では,狩猟の存在は,ニホンザルの有無 に正の影響を与えていると推定された。このような傾 向が見られた原因は不明だが,狩猟のない国有林のほ うが,狩猟のある民有林より標高が低いことから,狩 猟そのものの影響というよりは,食物利用可能性など, 人為的要因以外の要因が影響しているかもしれない。 針葉樹植林地面積の影響は,農地がなく狩猟が行わ
湊の集落付近で,糞がまったく見つからなかった。こ れらの地域の周辺では,1990 年代には,多くの目視と 音声による発見情報が得られており,2017 年に調査対 象になった道路上での糞の発見の記録もある。一方, 南部,西部,および高標高地では,本研究と 1990 年代 の分布調査のいずれでもニホンザルが発見された。こ の 20 年間で,北部と東部の民有地部分のみで,ニホン ザルが道路を避けるようになった変化が起こった可能 性は完全には棄却できないが,定点での主に音声によ る集団発見頻度も,これらの地域でのみ低下している (宮田ほか,2017)ことを考えれば,北部では,実際に 群れが利用する場所が,狩猟がなく集落から離れた国 有林側まで押し上げられた可能性がある。地域別のニ ホンザル捕獲数と,1990 年代の生息数の資料からは, 北部および東部では,生息数に比した捕獲圧が南部よ り高かった可能性が示唆されている(宮田ほか,2017)。 その捕獲圧は,北部では集落の近くから群れを除去し てしまうほど強かったのに対し,南部では,現在でも かつて群れがいたのと同じような場所に,今も群れが 分布しているようである。なお,東部についても北部 と同じような分布の変化が起こった可能性はあるが, 1990 年代の時点ですでにニホンザルの密度が低かった (Yoshihiro et al., 1998)せいか,過去と現在の発見情報 を重ねても,顕著な差は見当たらなかった。 宮田ほか(2017)は,1990 年代から 2010 年代にかけ てのニホンザルの減少を報告した論文の中で,屋久島 のニホンザルの管理についての提言を行っている。本 研究は,北部および東部では,狩猟の行われている民 有地で糞が発見されないという,宮田ほか(2017)と 整合する結果を得た。ニホンザルによる農作物被害が 非常に低い水準のまま推移しているのに,捕獲数が高 止まりしているという状況は,宮田ほか(2017)の報 告以降も変化が見られない。このことは,捕獲という 対策により,被害防除に成功しているということでも あるかもしれない。しかし,費用対効果や,保全,動 物愛護の観点からは,現在行われている捕獲を含む多 くの被害対策のうち,何が必要性が高く,何が低いかは, 常に検討し続ける必要があるだろう。宮田ほか(2017) が提案したように,ニホンザルが減少している東部と 北部では,被害の発生程度を監視し,電気柵の適切な 維持管理など,捕獲以外の方法を推進しながら,現状 の捕獲圧を緩めることを,改めて関係行政機関に提案 する。また,そのような地域別の対策を実行する基礎 として,捕獲頭数,被害額等の基礎資料を,島(屋久 島町)全体だけではなく,地域別に集計して,地域ご との現状を把握すること,またこれまで十分にモニタ リングが行われてこなかったニホンザルの生息状況に ついて,何らかの方法で経年的に資料を蓄積する必要 があることを指摘したい。 者は植生や集落からの距離に関して大きな差があるわ けではない。いずれの地域も狩猟が行われていること を考えれば,南部のニホンザルが北部および東部に比 べて,道路を避ける傾向が顕著に弱いことは考えにく い。本研究で道路上の糞について見られた傾向は,あ る程度,実際のニホンザルの群れの分布状況を反映し ている可能性が高い。 シカによるニホンザルの糞の採食は,西部林道周辺 でのみ報告されており,屋久島でのもうひとつのニホ ンザル長期調査地である大川林道終点付近では,観察 されたことがない(半谷ほか,未発表資料)。西部林道 周辺は,ニホンザルもシカも,もっとも島内で分布密 度が高い(Agetsuma et al., 2003; Hanya et al., 2004)。こ れらのことから,シカの存在が西部林道周辺でのニホ ンザルの糞の存在に負の影響を与えた可能性はある。 なお,本調査は,2 年間とも 5 月に行われた。ニホン ザルの糞の消長の季節変化についての研究は,著者ら の知る限り存在しないが,気象や糞虫の活動性は季節 によって大きく異なることからも,異なる季節に行っ た結果を比較するときは,糞の消長が季節間でどう異 なるかを知る必要があるだろう。 本研究では,10 数人が合計 6 日間調査を行うだけで, 約 500 平方キロメートルの屋久島の広い範囲で,842 個 の糞の位置を記録した。これは,屋久島全体での分布 を定量的に解析するのに十分な量の資料である。1990 年代の全島分布調査に要した人員は,概算でも 630 定 点× 3 日の定点調査者と,その 4 分の 1 の集団追跡者 の合計で,約 2362 人日に達する。本研究で要した人員は, そのわずか 3.3%である。また,この調査の実施には, 群れの追跡などの難しい技術は必要がない。屋久島で は,多くの群れが行動圏を重複させながら,集落から 遠く離れたところまで連続して分布している。このよ うな場所では,テレメトリや出没カレンダーのような, 通常のニホンザルの生息状況モニタリングで使用され ている方法の適用は難しい。糞を用いたモニタリング は,上記のような制約に留意すれば,広域の分布を簡 便に評価する,有望な方法になるかもしれない。 1990 年代からの分布の変化 1990 年代の分布調査は,目視と音声による発見を主 要な手掛かりとして行われており,道路上の糞の発見 によって分布を調べた本研究の結果と,厳密には比較 することはできない。しかし,屋久島での分布の変遷 を復元することは,本個体群の保全と農作物被害対策 を両立させる管理を実施するために,きわめて重要で ある。そのため,先に述べた方法上の制約に留意しな がら,定性的に両者の結果を比較したい。 本研究で行った踏査では,北部と東部の民有地部分, 具体的には観音崎付近より北の西部林道,永田及び一
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Summary
Island-wide Distribution of Japanese Macaques in Yakushima Revealed by Census
Targeting Feces on Roads in 2017-2018
Goro HANYA1), Shin-ichi YOSHIHIRO2), Danhe YANG3), Christopher Chai Thiam WONG4),5), Momoko OKA6), Moe YANAGI6), Yutaro SATO6), Taku OHTSUBO7), Takayuki SAKURAI7),
Mikaze KAWADA8), FAHRI F9), Elangkumaran Sagtia SIWAN5), Kristin HAVERCAMP6), Shusuke YODEN8), Ningxin GU3), Seema Sheesh LOKHANDWALA10), Masamitsu NAKANO6),
Yuto TAKI6), Tamaki SHIMEGI11), Shun HONGO1),12), Akiko SAWADA13)1), Takeaki HONDA1), Yosuke KURIHARA1),14)
1) Primate Research Institute, Kyoto University 2) Research Center for Satoyama Studies, Ryukoku University
3) Sun Yat-Sen University 4) WWF Malaysia 5) Universiti Sains Malaysia
6) Wildlife Research Center, Kyoto University
7) Department of Botany, Graduate School of Science, Kyoto University 8) Department of Zoology, Graduate School of Science, Kyoto University
9) Department of Biology, Faculty of Mathematics and Natural Science, Tadulako University 10) Indian Institute of Technology Guwahati
11) Graduate School of Asian and African Area Studies, Kyoto University 12) The Center for African Area Studies, Kyoto University
13) Chubu University Academy of Emerging Sciences
14) Center for Education and Research in Field Science, Faculty of Agriculture, Shizuoka University
We studied the island-wide distribution of wild Japanese macaques in Yakushima (Macaca fuscata yakui) in May 2017 and 2018. We walked 165.4 km along roads and recorded the location of 842 macaque feces. We divided the roads into segments 50 m in length (N=3308) and analyzed the effect of the areas of farms and villages or conifer plantations around the segments and also the presence of hunting for pest control on the presence or absence of feces. We divided the island into three areas based on population trend changes over the past two decades: north and east (hunting present, population decreasing); south (hunting present, no change) and west (hunting absent, no change). According to conditional autoregressive models incorporating spatial autocorrelation, only farms and villages affected the presence of feces negatively in the island-wide data set. The effect of hunting on the presence of feces was present only in the north and east and the effect of conifer plantations was present only in the west. Qualitative comparisons of the census records from the 1990s with the more recent census indicated that feces were no longer found in the private land near the northern villages of Yakushima, where macaques were previously often detected in the 1990s. In other areas, such as near the southern villages or in the highlands, macaques were detected both in the 1990s and in 2017-2018. Our results further strengthen the possibility that the macaques have largely disappeared around the villages in the northern and eastern areas. Since the damage of crops by macaques has recently reduced considerably, we recommend reducing hunting pressure in the north and east areas and putting more effort into alternative measures such as the use of electric fences.
Key words: Distribution, census, conservation, Japanese macaques, pest control 半谷吾郎 京都大学霊長類研究所
〒484-8506 犬山市官林 41-2
Goro HANYA Primate Research Institute, Kyoto University 41-2 Kanrin, Inuyama, 484-8506, Japan e-mail: [email protected]