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1

紀 行

通 真 中 広 遊歩 道 持 西 端

独 立広 場 銅像 建 旧市 街

新市 街 分 門 海 門

東 三百 五十 行 所

方 分 風

法衣 頭

巻 豊 口 蓄

像 二 台座 上 建 周囲 二 階建

建物 肩 並

堂 々 深 切 長 目 透徹 思索

人 持 鋭

前 見据

両 手 抱 分厚 書物 人類 知的 遺産 称

彼 著書 歴史 序説

紀 行 生

中世

世 界 生 大 歴史 家 書 始

思 一三 三二 年 生 一四

〇 六年 死 彼 生涯 驚

波乱 満 彼

七十 三年 生涯

当時 社 会 激 動 回

放浪

時 一 国 宰相

時 画 策 陰 謀 家

時 学 者 裁 判官

毀 誉褒 貶 中 劇 的人 生 生 彼 生 十四 世紀

世界 諸 勢力 乱 立 混 乱 見 舞 朝 西 朝

(2)

2

朝 不安 定 国家 林立 世界 束 大 帝国 朝 権 威 失 久 一二 五八 年

帝国

首 都

陥落 息 根 止 社会 最 高指 導者

名 有力 勢力 庇護 宗教 的権 威

生 延 状態

名 教徒 反撃 激 増

勢力 急速 力 失 仕

朝 一四 九二 年 滅亡 海 地 中 海

都市 国家 群 進出

混 沌 中 身 着 知恵 技 生 場 求 遍歴 重 彼 名 世界

人 間 文明 本質

考察

歴史 序説 森本 公誠 訳 岩波 文庫 社会

何 国家

何 社会 国家

成立 発展 没落 文 明 本質 踏 歴史 彼 書

歴史 出来 事 羅列 中世 終

告 近世 始 世界

盛 過 中 彼 没落 向 己 住 世界 臆 見

イブン・ハルドゥーン像

14 世紀の地中海世界

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3

歴史 序説

文明 興亡 遊牧 的生 活 基盤

田舎 的 都 市生 活 基 盤 都会 的

二 社会 相互 作用

彼 描 生

(

西 方

諸国) 沙漠 草原 遊牧 民 農耕 民 社会 厳 環境 中 最小 限度 食糧 得 容易

対 人間 社会 発展 頂 点 豊 物資 恵

社会 都 市 定住 性 特質 生

厳 環境

立 向

連帯 意 識 困 苦 欠乏 堪 強 精神 必要 対

生 都市 生活 者 自 己 生命 財 産 守 役 割 支配 者 手

安逸 生活 送 中 連帯 意識 失

新 国 強烈 連帯 意識 持 沙漠 民 興

人々 連帯 意 識 歴史

重要 動 因 彼 見抜 厳 環境 中 強 連帯 意識 支 国 興 第 一世 代

都 市 奢侈 安逸 生活 慣 連帯 意 識 弱体 化 第 二世 代 犠牲 心 団結 心

卑屈 個人 主 義的 人 間 化 第 三世 代 推 移 中 国 家 衰退

滅 世界 旅

圧 倒的 観察 見 識 歴史

洞 察

人類 思想 史 不朽 名 遺 西 洋 没落 中 文 明 勃興 発展 成熟 衰退

紐解 見 六 百 年 前

天才 成 遂 二

十世 紀 歴史 家 生 並

大天 才 高 評価 私

紀行 書 冒頭

彼 記

イブン・ハルドゥーンが描かれた10 ディナール札

(4)

4

旅 誇 何

一 度考 大旅 行家 とい うと ヴ ネツ ア 生ま れの マル コ・ ポ ロの 名が 真 先に 思い 浮か ぶが イブ ン・ ハル ド ンも けし て引 けを 取ら ない 彼は 当時 の文 明の 最先 進地 帯 アラ ブ イス ラ ム世 界を 全行 程十 一万 七千 キロ に達 する とい う空 前絶 後の 大旅 行を 成し 遂げ てい るの だ 彼の 旅程 は現 在の 国で いえ ば 五十 カ国 以上 にも また が てい る イス ラ ムと いう 文化 は もと も と 移動 する 文化 であ る アラ ブ 人と いう 遊牧 を基 本と する 民族 が担 い手 とな たか らば かり では ない イス ラ ムが 生ま れた メ カは 東西 を結 ぶ交 易の 街で あり 預言 者ム ハ ンマ ドも また 商人 だ た 交易 は常

態で あり 人び との つな がり やネ トワ クが 何よ り大 切に され た 旅を する 者は 商売 のた めで あれ 巡 礼の ため であ れ 様々 な理 由か ら都 市と いう 結節 点に 集い 交流 し 再 び旅 立 てい た この よう なイ ス ラ ム社 会で は 都市 と都 市を 結ぶ 交通 路が 整備 され 都市 には 旅人 を 支え る公 共施 設が あり 宿泊 や衣 食 が無 償で 提供 され たと いう しか し彼 にと て楽 な旅 ばか りだ たわ けで はな い 足か け三 十年 に もお よぶ 旅は 幾度 も病 に倒 れ 盗賊 や異 教徒 に襲 われ ると いう 苦難 の連 続で もあ た それ でも 彼は 旅の 中 で真 実を 知る こと に無 上の 喜び を感 じ 世界 を自 分の 目で 見届 けた いと 旅を 続け たの だ 私も 及ば ずな がら イブ ン・ ハル ド ンの よう に旅 をし たい この

地球 には 多様 な人 たち が多 様な 暮ら しを 営ん でい る 太陽 を拝 む民 族が いれ ば 月に 祈る 民族 もい る 人類 は皆 兄弟 では ない 多様 な思 考方 法 生き ざま を持 た 他人 で構 成さ れて いる だか ら安 易に 分か たと 思う と 誤解 が生 まれ やす い 理解 する ため には 根気 よく その 土地 に その 人 たち に触 れて みる しか ない のだ 旅 はそ のた めに ある それ は書 物の み から 得た 知識 を詰 め込 み 観念 的で 抽象 的な 論理 を振 り回 した 挙句 行 き詰 た若 き日 の反 省か らた どり 着 いた 私の 生き 方で もあ る 今回 の旅 を通 じて 私が 知り たい の はま ずイ スラ ムと は何 かと いう こ とで ある イス ラ ム社 会は 日本 人 にと てな じみ が薄 い 日本 ほど ム スリ ムが 少な い国 は世 界で 稀な ので

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ある イラ クの IS イス ラム 国 や アフ ガニ ス タン の タリ バ ンな ど のニ

ス報 道か ら 好戦 的で 自爆 テロ もい とわ ず 厳し い戒 律で 人権 を抑 圧す ると い たネ ガテ ブな イ メ ジを 持つ 日本 人が 圧倒 的に 多い ので ない だろ うか しか しイ スラ ムが そん なお 粗末 なも のな ら世 界十 六億 人の 人々 に受 け入 れら れる わけ がな い チ ニジ アは ムス リム が国 民の 九割 を超 すイ スラ ム国 家で ある チ ニジ ア訪 問を 通じ てイ スラ ムと はい かな る 宗教 なの か ムス リム とは いか なる 人た ちな のか つぶ さに 観察 した い もう 一つ 関心 があ るの が イス ラ ム社 会特 有の メデ ナの 存在 であ る メデ ナは アラ ビア 語で 都市 の意 味す る言 葉で ある が 中世 の雰 囲気 を色 濃く 残し 市壁 で囲 まれ た

建物 が密 集す る中 東の 旧市 街を 指す こと が多 い チ ニジ アで は首 都チ ニス のメ デ ナの 他 カイ ラワ ンや ス スの メデ ナが 古い 形態 をよ く残 して い ると して ユネ スコ の世 界遺 産に 登録 され てい る これ らの 都市 はア ラブ 軍の 防衛 拠点 とし て建 設が 始ま た 日本 の中 世の 街は 平安 京に 見ら れ るよ うに 碁盤 目状 の街 路を 特徴 とす る整 然と した 構造 であ る これ に対 しメ デ ナは 曲が りく ね た迷 路の よう な街 路を 特徴 とす ると いわ れる なぜ その よう な街 が作 られ たの か その 構造 はど のよ うに な てい るの か 目に 映る 個々 の物 を凝 視し ま た身 のま わり の物 音や にお いを も無 視せ ず 五感 で得 られ た情 報に 基づ いて 具体 的に 考え てみ たい

メ デ ナ ( 旧 市 街 ) と は

チ ニス はチ ニジ ア共 和国 の首 都で ある ポエ ニ戦 争で ロ マに 滅 ぼさ れた かの 有名 な古 代カ ルタ ゴの 遺跡 から は十 五キ ロほ ど離 れた 場所 にあ る もと もと は古 代フ ニキ ア 人に よ て建 設さ れ 紀元 前五 世紀 頃か らは カル タゴ の衛 星都 市と し てオ リ ブ油 の交 易で 栄え たと いう しか しカ ルタ ゴが 第三 次ポ エニ 戦争 BC 一四 六 によ てロ マに 滅 ぼさ れる と ロ マの 属州 のひ とつ とな た 現在 に残 るチ ニス のメ デ ナの 基礎 を形 作 たの は 七世 紀の 終わ りに 北ア フリ カに 進出 した アラ ブ イス ラ ム勢 力で ある 彼ら は六 九 八年 には 東ロ マ帝 国の 属領 とな てい たチ ニス を占 領し これ 以降 この 街は アラ ブ人 によ てイ スラ

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ム都 市と して 開発 され るこ とに な 十 た

三世 紀に なる とベ ルベ ル人 が興 した ハフ ス朝 がチ ニス へ遷 都 ヨ ロ パと アフ リカ の中 継貿 易で 発 展し 繁栄 した ハフ ス朝 のも とで 首 都チ ニス は 北ア フリ カの 商業 学問 と文 化の 中心 とし て栄 えた とい う 冒頭 で紹 介し たイ スラ ム世 界 が誇 る大 歴史 家イ ブン

・ハ ルド ンは この ハフ ス朝 時代 のチ ニス で 生ま れ育 たわ けだ 十四 世紀 には メデ ナの 街並 み も現 在あ る姿 に整 えら れた いま で もモ スク やマ ドラ サ 宮殿 霊廟 ハマ ム 公衆 浴場 など 当時 の繁 栄 ぶり を物 語る 多く の貴 重な イス ラ ム建 築が 残 てお り 一九 七九 年に はメ デ ナ全 体が ユネ スコ の世 界遺 産に 登録 され た

十四 世紀 の日 本と いえ ば 鎌倉 時 代後 期か ら室 町時 代の 初期 にあ たる この ころ の街 並み がそ くり 残 て いて 今も そこ に人 々が 生活 して い ると いう のだ から 驚か ざる をえ ない 前書 きは この ぐら いに して 早速 メデ ナ散 策に 向か うと しよ う 案 内し てく れる のは チ ニス 生ま れで ガイ ドの フ テ マさ ん( 40)

大学 で歴 史学 を学 び教 師を 目指 して いた のだ が 就職 難の チ ニジ アで は教 職を 得る こと がむ ずか しく 一念 発起 独学 で日 本語 を習 得し 日本 語ガ イド の資 格を 取 たと いう 才媛 であ る 色が 少し 浅黒 いが ブラ ウ スに ジ パン とい うい でた ちは アラ ブの 女性 であ るこ とを 忘れ させ てく れる さて イブ ン・ ハル ド ン像 か ら西 を見 ると ア チを 描く 古め かし い門 が新 市街 を貫 く大 きな 通り の真 ん中 に見 える メデ ナへ の入 り口 の 中 で 最 も ポ ピ ラ な バ ル 門 海の 門 であ る 強烈 な日 差し を 避け 大き な並 木の 下の 日影 を選 ん で ゆ くり と近 づい てい こう この 門が バ ル門 と呼 ばれ るの は 港に 最も 近い 門だ たか らで ある 今で もバ ル門 から ま すぐ 東に 向

メディナの地図

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かう とチ ニス の港 に至 る 中世 に は海 はも と近 くま で迫 てい たと いう 現在 の新 市街 は低 湿地 の埋 め 立て によ て生 まれ た部 分が 多い バ ル門 が新 市街 と旧 市街 を分 ける 境に なる 石の ブロ クで 構成 され たバ ル 門を 潜る と 真ん 中に 噴水 があ るビ クト ワ ル広 場に 出る 実は 私が 泊 ま てい るホ テル はこ の広 場に 面し たロ イヤ ルビ クト リア とい うホ テル だ かつ てイ ギリ ス大 使館 が所 有し てい たと いう だけ あ てな かな か格 調の 高い ア ルデ コ様 式の 建物 だ ウ ンス トン

・チ

チル など 政界 関係 者 チ ルズ 皇太 子な どの 王室 のメ ンバ など 有名 人が この 歴史 的 建造 物を 訪問 し 宿泊 して いる 私の 泊ま てい る二 階の 部屋 から 広場 を行 き交 う人 たち の流 れを 眺め

てい ると 何時 間で も飽 きな い また おし れな カフ も併 設し てい て ミン ト・ テ を飲 みな がら のん び りす るの も楽 しい フ テ マさ ん この バ ル門 がメ デ ナの 東の 端に なり ます ね メデ ナに は門 がい くつ あ たん で すか 七つ の門 があ て そこ から だけ

しか メデ ナに 出入 りで きな か た とい われ てい ます しか しい まは 取 り壊 され て 残 てい る部 分は わず かに な てし まい まし た この バ ル門 の周 囲に も高 さ六 七メ トル 厚さ 二 三メ トル のス ル 市壁 があ りま した が フラ ンス 人に よ て壊 され て いま ある 広場 が造 られ まし そ た うす ると この 門は 往時 の面 影 をと どめ てい る貴 重な 遺構 とい うこ とに なり ます ね 北東 にカ ルタ ジ ナ門 北側 にス イ カ門 とブ ナ ト門 西側 にメ ナ ラ門 南側 にジ ズ ラ門 があ りま した 門は それ ぞれ の役 割を 持 てい たと いい ます たと えば こ のバ ル門 はヨ ロ パの キリ スト 教徒 商人 がフ ンド クと いう 宿泊 所に 出入 りす るた めに 頻繁 に使 われ

ホテルの部屋から見たバール門とビクトワール広場

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まし た また カル タジ ナ門 はカ ル タゴ 遺跡 から 利用 でき る石 柱な どを 運び 込む ため に良 く使 われ たと いい ます なる ほど いま と違 てメ デ ナ

へは 七つ の門 から しか 出入 りで きな か たわ けで すね そう です 門は 夜に は閉 じら れ 朝に なる と開 かれ まし た 夜間 の人 の出 入り は厳 しく 制限 され まし た フ テ マさ んは メデ ナの 観 光地 図を 目の 前に 広げ 指さ しな が ら説 明す る 異民 族同 士の 攻防 が激 しか たマ グレ ブで は街 を囲 む防 御 壁は 必須 のも のだ た 写真 はチ ニス の南 約一 四〇 キロ に位 置す るチ ニジ ア第 三の 都市 ス スの 街を 囲 む防 御壁 だが その 高さ と頑 丈さ に 驚く 刀や 弓矢 での 戦い の時 代に は 大き な防 衛能 力を 発揮 した に違 いな チ い

ニス のメ デ ナを 囲ん でい た 市壁 は周 囲約 四キ ロメ トル 長径 一・ 五キ ロメ トル 短径

〇・ 七キ ロメ トル のた まご 型を して いた

所々 にブ ルジ とい う望 楼を 備え て いて 強固 な防 衛体 制が とれ るよ う にな てい たと いう メデ ナの 面積 は二 七〇 ヘク タ ルと いう から 小さ めの ゴル フ場 ぐ らい の広 さだ 地図 をも とに メデ ナの 主要 部分 を紹 介し てお こう こ の地 図は 上が 西 下が 東に な てい

バール門(右)とロイヤルビクトリアホテル

世界遺産スースのメディナを囲む城壁

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る 地形 は下 から 上に 向か て緩 や かに 坂に な てい る いま 私が 立 てい るビ クト ワ ル広 場と バ ル門 が地 図の 一番 下中 央に 描か れて いる そこ から 二本 の主 要な 道が メデ ナ の奥 に向 か て伸 びて いる 右が カ スバ 通り 左が ジ マ

・ジ ト ナ通 りで ある この 二本 の通 りと そ

の間 を結 ぶ小 道が たく さん の店 舗が 並ぶ メデ ナ一 の商 店街 ス ク であ ど る ちら の通 りも 地図 中央 に描 かれ てい るジ ト ナ・ モス クに 達す る この モス クが メデ ナの 中心 で チ ニス はこ のモ スク を核 にし て発 展 した とい てよ いだ ろう ジト

ナ・ モス クを さら に奥 へ 進む と かつ て支 配者 の居 住の 場で あ たカ スバ 王宮 の跡 に出 る カス バは メデ ナ全 体を 見下 ろす よ うに 一番 高い とこ ろに 建 てい るこ とに なる 王宮 の隣 には 王家 御用 達 のカ スバ

・モ スク がそ びえ ハフ ス 朝の 布告 はこ のモ スク から 発せ られ たと いう ハフ ス朝 治下 のチ ニス はプ ロヴ ンス やカ タル ニ イタ リア 半 島の 共和 国か ら外 国人 商人 が頻 繁に

到来 し 地中 海交 易で 繁栄 した チ ニス はイ ブン

・ハ ルド

ンの 時 代か らき わめ てコ スモ ポリ タン 的な 街だ たの だ そし て十 二世 紀か ら 十六 世紀 には イス ラ ム世 界で 最大 で最 も裕 福な 都市 の一 つだ た バ ル門 から メデ ナの 中心 であ るジ ト ナ・ モス クに 向か い カ スバ

・モ スク に抜 ける あた りが メデ ナの も とも にぎ やか なと ころ だ 狭い 通路 の両 脇に はい ろん なも のを 商う 店舗 が隙 間な く並 んで いる もち ろん その 周囲 には 密集 した 住 宅街 が広 が てい る メデ ナの 中 には 現在 も約 十一 万人 が暮 らし てい ると いう のだ から もの すご い密 集度 合い であ る そし て住 宅街 の中 には 生活 に密 着し た食 料品 や日 用雑 貨を 扱う 店が 点在 して いる また 繁華 街 で扱 う様 々な 商品 例え ば革 製品 や

メディナで売っていた観光地図

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金属 製品 や木 工製 品な どを 作る 町工 場も メデ ナに は欠 かせ ない 存在 だ とい も う ちろ んム スリ ムに と て欠 かせ ない モス クは 大小 取り 混ぜ てメ デ ナの 至る 所に ある 日本 でい えば 町 内会 に一 つと い たと ころ か

ス ク 商 店 街 を 歩 く

さて 地図 でメ デ ナを 概観 した と ころ で さ そく 中に 足を 踏み 入れ るこ とに しよ う まず はメ デ ナの 中で も一 番賑 やか なス ク 商店 街 を訪 ねる べき だろ う いま 私の 立 てい るビ クト ワ ル 広場 から メデ ナの 中に 二つ の大 き な通 路が 伸び てい る 右が ラ・ カス バ通 り 左が ジ マ

・ジ ト ナ 通り であ る どち らの 通り も両 側に び しり と商 店が 並ぶ 繁華 街で ある が 今回 はジ マ

・ジ ト ナ通 りを 進む こと にす る この 道は メデ ナの 中心 でも ある ジト

ナ・ モ スク に達 する 道で ある 道幅 はお よそ 二間 とい たと ころ か 迷路 とい われ るメ デ ナ内 の通 りと して は割 合ま すぐ であ る 通 りは 奥に 向か てわ ずか に上 てい

る 地面 は石 畳で 覆い 尽く され てい て 真中 がわ ずか にく ぼん でい るの は排 水の 為で あろ う 長年 にわ た て人 の足 で踏 まれ 続け た石 畳は ツル ツル に磨 かれ たよ うに な てい る 通り の両 脇に はび しり と商 店が 並ん でい る どの 店も 間口 は狭 く一 間か ら二 間ほ ど しか し奥 行き があ る店 が多 い これ は恐 らく 表通 りに 面し たス ペ スを 多く の商 店が 利用 する ため の知 恵だ ろう 通り の入 口あ たり に固 ま てあ る のが サン ダル やカ バン など の革 製品 の店 衣料 品の 店も 多い どの 店も 品ぞ ろえ にそ んな に違 いが ある よう には 見え ない フ テ マさ ん 同じ よう な店 が固 ま てい て喧 嘩に なら ない んで すか 朝 ね の開 店間 近に 来る と 店の おや

平屋根の建物が埋め尽くすメディナ

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11

じさ んた ちが 通路 に椅 子を 出し て一 緒に お茶 を飲 んで 談笑 して いる とこ ろに 出く わし ます 同じ とこ ろに 店 を構 える こと で集 客力 がア プす る とい たメ リ トが ある んじ ない

でし うか なる ほど 共存 共栄 とい う訳 か とこ ろで 商品 が通 路ま であ ふれ てい ます 何 ね セン チま で許 され ると いう 決ま りご とが ある よう です しか しこ う や てみ ると 全部 がそ れを 守 てい ると は思 えま せん ね フ テ マさ んは 苦笑 しな がら 通路 の一 角を 指さ した ス クの 第一 印象 は見 かけ るも の すべ ての 乱雑 さで ある ジト

ナ 通り はチ ニス のメ デ ナの 通路 の 中で も一 番直 線的 なも ので ある が それ でも 微妙 に曲 が てい るし ず れた りよ じれ たり して いる しか し 実際 に足 を踏 み入 れて みる と 私に はこ の乱 雑さ は不 思議 に違 和感 なく 受け 入れ られ る それ どこ ろか ス クの 中に いる と気 分が 高揚 して くる

ス クの 大部 分は 通路 の両 脇に 商 品が うず たか く積 み上 げら れて いる し 天井 はア チ型 の屋 根で 覆わ れ てい る 地面 は人 の足 でつ るつ るに 磨き 上げ られ た石 畳が 覆 てい る つま りス クの 中に いる とい うこ と は 完全 に自 然を 排除 した 人工 的な 空間 の中 に閉 じ込 めら れて いる ので ある これ はど んぶ り飯 を食 べる 時の 恍 惚感 に似 てい るの では ない かと ふと 思 た 左手 でど んぶ りを 持ち 上げ 首を 突 込む よう にし てど んぶ り飯 を書 き込 んで いる と どん ぶり 以外 の視 界は 完全 にふ さが れる 食べ る こと に全 神経 が集 中す るか らど んぶ り飯 はう まい ス クの 中を 歩い て いて 気分 が高 揚す るの はこ れと 同じ 原理 し だ かし まだ 買い 物の 予定 はな いし

サンダルはチュニスの名物

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とり あえ ずス クの 全体 像を つか む のが 目的 だか ら 周囲 をき ろき ろし なが らも 冷静 さは 保 てい る 人ご みに 紛れ 視線 を右 にや た り左 にや たり しな がら 歩い てい る と ニ ハオ と頻 繁に 声を 掛け ら れる 声の かけ 方を 見る と中 国人 観 光客 が日 本人 に比 べて 圧倒 的に 多い

こと が分 かる 無視 して 通り 過ぎ る と それ を見 てい た売 り子 が今 度は コン ニチ ハ と声 をか けて くる 中国 人観 光客 が多 いの には 理由 が

ある 二〇 一五 年 チ ニス 郊外 に ある バル ド 国立 博物 館で 武装 集団 によ るテ ロ攻 撃が 発生 した 二十 一 名が 亡く な たが 日本 人も 巻き 込 まれ 三人 が死 亡し た この ニ ス は日 本で も大 きく 報道 され それ 以来 日本 人観 光客 の足 はぱ たり 止ま たと いう 替わ て増 えた のが 豊か にな た中 国人 観光 客で ある アジ

狭い店舗に多くの商品を効率的に展示する

アーチ状の屋根で覆われ昼なお暗い

金属製品の店も多い

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13

ア系 の顔 を見 たら まず ニ ハオ とい う訳 だ とこ ろど ころ に茶 店も ある お茶 を飲 んだ り水 煙草 をく わえ たり して いる のは 大体 が年 寄り の男 であ る 彼ら は暇 で退 屈し てい るの か 私が アラ ブ服 を着 てい るせ いか 親し げ に声 をか けて くる 昔な がら の茶 店で 路上 に椅 子を 持ち 出し てお 茶を 飲ん でい る恰 幅の 良い 男が 満面 の笑 顔で こん にち は と手 招き する ので 立ち 止ま ると 一 緒に お茶 を飲 んで 行け とい う 日本 人か と聞 くの でう なず くと フラ ンス 語は し べれ るか と聞 く 私が 首を 振る と フ テ マさ ん の方 に向 き直 り 何事 か話 し始 めた お茶 に砂 糖を どの くら い入 れる か聞 いて いた のだ チ ニジ アは 一八 八一 年か ら一 九

五六 年に 独立 する まで フラ ンス の保 護領 だ た 公用 語は アラ ビア 語だ が 話し 言葉 はチ ニジ ア方 言が 強 いと いう フラ ンス 語は 第二 公用 語 的に 多く の人 に使 われ る ラシ ドと 名乗 た男 は 近く で 革製 品を 商 てい る商 店主 だと いう 私に 小 さな 椅 子を 勧め ると ジ ポネ プル ミエ とか トヨ タ ト レビ ヤン とか 盛ん に日 本の こと を ほめ コ る ロナ 禍で 外国 人旅 行者 が激 減し たの だか ら商 売は 大変 だろ うと 話を 振 てみ た 去年 はま たく ダメ だ たが 今 年に な てフ ラン スや イタ リア から の客 がち らほ ら来 始め てい る しか しう ちは 地元 のお 客が 多い から 良 い商 売を して いま すよ ロシ アの ウク ライ ナ侵 攻で 物価 が

上が てい ると 聞く けど 商売 には お客 さん がど んな 商品 を 望ん でい るか 鑑識 眼が 必要 です よ 適正 な値 段で 売る ため には 仕入 れの ノウ ハウ が欠 かせ ませ んか らね

革製品の商店主ラシードさん う

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14

ちは 値上 げな んか ま たく して いま せん 商 よ 品に 値札 が付 いて いま せん ね 多く の商 品の 値段 がす べて 頭の 中に 入 てい るん です か もち ろん です 商人 とい うの はた だ単 にモ ノを 売れ ばい いと いう もの では あり ませ ん 学者 と同 じよ うに 様々 な知 識を 身に つけ たも のし かな れな いの です 同席 して いた 友人 らし い男 が大 き くう なず いて 話に 割り 込ん でき た 商売 をす るも のは 神を 敬う 敬虔 な心 が必 要で す 誠実 さ 進取 の気 性 思い やり こう い た資 質が な けれ ば真 の商 人と は言 えま せん しか し外 国人 観光 客に 高い 値段 を 吹 かけ て だま す商 人も いる と聞 きま すが 私の 発言 をア ラビ ア語 に訳 した フ

テ マさ んの 言葉 を聞 くな り ラシ ドさ んは 我が 意を えた りと ば かり に身 を乗 り出 して とう とう と し べり 始め た ここ に革 のバ グが ある とし ます この バ グの 価値 は一 律的 な値 札で 決め られ ます か あな たの 懐具 合 あな たが どの くら いこ のバ グを 欲

しが てい るの か 価格 と価 値は イ コ ルで はあ りま せん たく さん の お客 さん が同 じ価 値観 を持 てい る こと の方 が不 思議 です フ テ マさ んも ラシ ドと い う商 店主 の意 見に 賛成 のよ うだ ここ に住 んで いれ ばい くら で買 う べき か すぐ 見当 がつ きま すよ 店 が粗 悪な 商品 を高 く売 れば 客足 はぱ たり 途絶 えま すよ だい たい 観光 客が 土産 物や 奢侈 品 を 時間 にせ かさ れて あわ てて 買い 求め る場 合 だま され るの よ フ テ マさ んは 両手 を大 きく 広げ て 私の 同意 を求 めよ うと する いや いや だま すと いう 言葉 はい けま せん その 外国 人観 光客 は支 払 た価 格に 見合 う価 値を 認め ご自 身で 納得 して 買 てい たわ けで だま され たわ けで はあ りま せん よ

たくさんのカラフルなスパイス

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15

ラシ ドさ んは フ テ マさ ん の だま され る とい う言 葉を あく まで 否定 した いよ うだ が 顔つ きは 穏や かな まま であ る ミン ト・ テ はお 茶の 上に 緑の ミン トの 葉を 載せ たも のだ が カ プを 持ち 上げ て口 もと に運 ぶと 清涼 感の ある 香り がし て気 持ち が落 ち着 く 私は 砂糖 なし でい ただ いた ラ シ ドさ んは 私と フ テ マさ ん にミ ント

・テ

を奢 てく れた が 何の 商品 を勧 める こと もな か た ただ ご都 合の よろ しい 時に 店に お 立ち 寄り くだ さい と別 れの 挨拶 を した だけ だ た ジト

ナ通 りは 地方 から や て来 るお 上り さん や外 国人 観光 客が 一番 多い 通り だけ に 土産 物ら しき もの を扱 てい る店 が多 い 革製 品 布製 品 銀製 品 陶器 カ ペ ト

香水 ジ エリ など 様々 な店 舗が 軒を 連ね てい る しか しよ そ行 きの もの ばか りを 扱 てい る店 ばか りか とい うと そう で もな い ホブ ス・ タブ ナと 呼ば れ るチ ニジ アの 伝統 的な パン 肉や スパ イス 豆類 や乾 物 チ ズ ピ ザ マク ル ドと いう デ ツや 蜂蜜 がた ぷり 入 た甘 い菓 子な どの 食 料品 を扱 てい る店 も多 い また 移 動式 屋台 とで もい たら いい のか

半畳 ほど の板 の上 で商 売を して いる 人も いる 搾り たて の果 物ジ

ス 屋さ んに は感 激し た こぶ し大 のオ レン ジを 五個 も絞 り た たの 一デ ナ ル 四二 円 渇 いた の どを 潤す のに 重宝 した パン 屋さ んに は商 売の 邪魔 にな ら ない よう に話 を聞 いて みた この パン は近 くで つく られ てい る んで すか そう だよ わし がタ ブ ナ( 窯) で 毎日 焼い てい る 親の 代か らだ よ たく さん は作 れな いか ら ここ にあ る分 だけ だ 売る 場所 は決 ま てい るん です か そう さ いつ もこ こで 売 てい る そう しな いと お客 さん が困 るだ ろう ち うど 買い 物か ごを 下げ た女 性 が来 たの で評 判を 聞い てみ た 私は 近く に住 んで いる んだ けれ ど

オレンジジュース屋

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いつ もこ こで 買 てる わ 焼き たて だか ら 柔ら かく てお いし いの よ それ に安 いの よ パン は毎 日食 べま すか

そう ね ほと んど 毎日 食べ るわ アラ ブ伝 統の ホブ ズ 円盤 状の パン やバ ゲ ト フラ ンス パン よ あ なた 日本 人? 日本 人は 何を 食べ て るの 日本 人は ライ スで す しか しパ ン を食 べる 人も 増え てい ます 私も ライ スは 時々 食べ るわ タ メリ クや パプ リカ 玉ね ぎや ハ ブの ソ スで 混ぜ 合わ せた お料 理よ コス クス やマ カロ ナは も と頻 繁 に食 べる わ 混ぜ ご飯 のよ うな もの を想 像し た が フ テ マさ んが 説明 に困 てい るよ うだ たか ら それ 以上 突 込ん で聞 くの はや めた パン は半 日も しな いう ちに 売り 切れ てし まう とい フ う テ マさ んの 話で は 小麦 輸入 量の 40

%を ウク ライ ナに 依存

する チ ニジ アで は ウク ライ ナ情 勢悪 化の 影響 で パン や様 々な 食糧 品が 値上 がり して いる とい う 仕事 がな いの に値 上が りば かり で生 活が 大変 だと 彼女 は食 品売 り場 を見 る たび にた め息 をつ いた コロ ナの 影 響で 失業 率も 悪化 して おり 若者 の 半分 は職 に就 けな い状 態だ とい う ジト

ナ通 りに はフ ンド ク と呼 ばれ るか つて の隊 商宿 もあ る 多く が閉 鎖さ れた り荒 れ放 題に な てい たが 近ご ろき れい に改 装さ れ レス トラ ンと して 営業 して いる 店が 近く にあ ると いう 昼食 も近 いの で 立ち 寄 てみ るこ とに した エル

・ アタ リン とい う店 名だ が 同名 のフ ンド クを レス トラ ンに 改装 した もの だと いう が 広い 中庭 を上 手に 利用 して テ ブル を並 べて いる 激し い人 通り の通 りか ら わず か

自家製のパンを売る

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に入 ただ けな のに 静か で明 るい か つ て は 一 階 が 取 引 所 や 倉 庫 や 厩 うま や とし て使 われ 二階 が商 人た ちの 宿泊 のた めの 部屋 だ たと いう 地中 海や 沙漠 を超 えて きた 隊 商た ちが 駱駝 や驢 馬の 荷を 下ろ し 運ん でき た商 品の 取引 に精 を出 し また ひと 時の 安息 を得 た場 所な のだ ろう 私が 周囲 を眺 めま わし てい ると 黒 服に 蝶ネ クタ イを 締め た支 配人 らし き人 物が 出て きた まだ 開店 前な の かと 聞く と 本日 は 予約 で い ぱ

い だと 申し 訳な そう に言 う 観光 客も まだ 少な いし 景気 も悪 いと いう のに 結構 な繁 盛ぶ りだ コロ ナの 影 響で 営業 でき なか た期 間が 長か ただ けに それ の反 動も ある のだ ろ

う フ テ マさ んに よる とホ テ ルや 旅行 代理 店と タイ ア プし て フラ ンス やイ タリ アの 団体 観光 客を 集め てい るの だと いう 愛想 の良 い支 配人 らし き男 は 二 階に はい ろん な店 があ るの でぜ ひご 覧く ださ いと いう 勧め られ るま ま に二 階に 上が てみ たが 香水 や女 性用 の結 婚衣 装 ハン ドバ ク 貴 金属 など 女性 むけ の高 級品 を扱 う店 が入 てい る わた しに は縁 のな い もの ばか りな ので 早々 に退 散す る こと にし た 再び 喧騒 の通 りに 戻 たが ジト ナ・ モス クは もう すぐ 近く らし い 通り には 香水 や貴 金属 を扱 て いる 店が 増え てき たが モス クの 周 囲で は高 価な もの を扱 う店 舗が 意図 的に 配置 され てき たと いう 高級 レス トラ ンで は満 員で 断ら れ

レストラン エル・アタリンの入口

かつての隊商宿の広い中庭を利用したレストラン

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たが そろ そろ おな かも すい てき た し 何か 食べ たく な てき た フ テ マさ んに 簡単 な昼 食を 食べ られ る店 はな いか と尋 ねる と 近く のフ スト フ ド屋 に案 内し てく れ マ た

ルフ フと いう チ ニジ ア式 の マク ドナ ルド みた いな もの で 春巻 きの 皮の よう なも ので 肉や 野菜 を包

んで 食べ るの だと いう 香辛 料の 風 味と 唐辛 子の 辛み が効 いた チ ニジ ア発 祥の ハリ サと いう 調味 料を た ぷり 付け て食 べる 四デ ナ ル でま さに 庶民 の味 だ マル フ フ屋 を過 ぎる と ジト ナ・ モス ク前 の広 場に 飛び 出し た 地図 で見 ると ここ がい くつ かの 道

が集 まる 結節 点に な てい るが 意 外と 狭い 二車 線の 自動 車道 路ほ ど の幅 しか ない モス クに 向か いあ て土 産物 屋が 軒を 連ね てい る 聖な るモ スク と俗 なる 商店 がご く近 くに 隣り 合 てい るわ けだ ヨ ロ パの 大き な教 会の 前な ど には 必ず 大き な広 場が ある 広場 は 街の シン ボル であ る しか しメ デ ナで は広 場を 造る とい う感 覚は 初め から ない よう に見 える まず ジト ナ・ モス クが でき て それ を取 り 巻く よう に商 店や 住宅 がで きた のだ が たく さん の人 が集 まる ジト ナ・ モス クの 周り は少 し間 隔を あけ てお こう とい う配 慮が 働い たと いう 程度 の広 さで ある 名前 の由 来は 諸説 ある よう で 一 説に よる とモ スク を建 てよ うと した 今の 地に 一本 のオ リ ブ ザイ ト

香水専門店

ファストフード屋

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ン を見 つけ たか らだ とい われ て いる が真 偽の ほど は定 かで はな い 建設 時期 につ いて も諸 説あ るが ウマ イア 朝軍 がチ ニス を攻 略し 街づ くり を始 めた 七世 紀末 から そん なに 長い 期間 モス クが なか たと は 考え られ ない から それ から しば ら くし た八 世紀 初め には 建設 が始 ま たと 考え られ る マグ レブ では カイ ラワ ンの オク バ・ モス クに 次い で古 いモ スク だ もち ろん それ 以来 何回 も改 築が 繰り 返さ れた こと は間 違い ない い まの よう な大 規模 なモ スク にな た のは アグ ラブ 朝時 代の 九世 紀の 半ば とい われ てい る イス ラ ムの モス クは キリ スト 教 の聖 堂な どと 比べ ると 外観 は素 気な いほ どシ ンプ ルで ある 建物 の 外観 とし て見 える のは 石積 みの 壁

にイ スラ ム特 有な ア チの 連な り があ る程 度で 聖な る空 間を 飾り 立 てよ うと する 美的 な意 図は あん まり こめ られ てい ない よう だ

設計 者は 建物 を外 から 見た とき に 人々 に敬 虔な 気持 ちや 感嘆 の念 をわ きお こさ せよ うと いう 意欲 をま たく 持 てい ない よう にみ える そも そも モス クの 周囲 の空 間は 店舗 がび しり 埋め てい て モス ク全 体 を眺 める スペ スさ えな い 写真 を 見 て ほ し い 人 々 の 後 ろ に ア

ジトゥーナ・モスク前の広場

モスクのベランダから広場を見下ろす

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チ型 の入 口が あり 数段 の石 段あ るの が見 える だろ う 石段 を登 た とこ ろが モス クの 床面 であ る つま りこ のモ スク は奥 に向 か て勾 配の ある 斜面 に建 てら れて いる こと が分 かる バ ル門 から ここ まで 五百 メ トル ほど ジト

ナ通 りを 歩い て きた が 気を つけ てみ なけ れば わか らな いぐ らい の緩 やか な上 り坂 だ た しか しこ のあ たり まで くる と坂 の勾 配が 少し 急に な た気 がす る 上の 写真 はモ スク の床 面か ら広 場を 見下 ろし たも ので ある が かな りの 段差 があ るこ とが 分か るだ ろう 早速 中を 見学 しよ うと 石段 を登 り 木製 の大 きな 扉を 押し たの だが びく とも しな い 扉が 閉ま てい る では ない か 入口 の前 の土 産物 屋の 店員 に聞 くと いま は閉 館中 で夕 方 には 開館 する とい う ジト

ナ・

モス クの 見学 は後 回し にし て とり あえ ずメ デ ナの 西の 端で ある カス バ広 場ま で行 てみ るこ とに した ジト

ナ・ モス クの 脇を 曲が る とシ デ

・ユ スフ

・モ スク のミ ナ

レ トが 見え てく る 八角 形の きれ いな ミナ レ トだ チ ニス に建 設 され た最 初の 八角 形の ミナ レ トで あり 正方 形の 土台 の上 に立 てい る 上部 には 木 製の バ ルコ ニ が 設け られ てお り ここ から 礼拝 を呼 びか ける のだ ろう バル コニ は緑 色の タイ ルで 覆わ れた ピラ ミ ド型 の屋 根を 持 てい る チ ニス はオ スマ ント ルコ の支 配 下に 入 てか らも 繁栄 を続 けた シ デ

・ユ セフ

・モ スク は十 七世 紀 オス マン トル コの チ ニス 総督 ユ セフ によ て建 てら れた もの であ る ジト

ナ・ モス クの フ ザ ドを 設計 した スペ イン 人建 築家 の手 によ るも のだ とい う 大き なモ スク では ない が オス マン トル コや アン ダル シア の影 響を 受け たデ ザイ ンが 美し い

道路奥にシディ・ユーセフ・モスクのミナレット

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シデ

・ユ セフ

・モ スク の隣 は ダ ル・ エル

・ベ イと 呼ば れる フサ イン 朝 一七

〇五 一九 五六 時代 の領 主の 宮殿 で 現在 も首 相官 邸と して 使わ れて いる ここ まで くれ ばカ スバ 広場 はす ぐ 先だ カス バ広 場は フラ ンス から の独 立を 記念 して 整備 され た広 場 で 立派 なモ ニ メン トを 取り 囲む よう にチ ニジ アの 国旗 がは ため い てい た モニ メン トの 向こ う側 に 見え る建 物は 市庁 舎で ある これ でメ デ ナの 東の 端か ら西 の 端ま で縦 断し たこ とに なる 多く の

車が 駐車 して いる こと から もわ かる よう に カス バ広 場の 先は もう 新市 街で ある バ ブ門 から カス バ広 場 まで はお よそ 一キ ロメ トル で よ そ見 をし ない で歩 いて くれ ば十 五分

ほど だろ う 一番 のメ イン スト リ トを あち こ ち突 かか りな がら 歩い てき て メ デ ナの 中心 部に つい ては おお よそ の見 当は つい たが フ テ マさ んに ぜひ とも 案内 して もら いた い場 所が もう ひと つあ た それ はチ ニジ ア独 特の 鍔な し帽 子 シ シア のス クで ある ス クは カス バ広 場と ジト

ナ・ モス クの 間に あ たか ら すぐ 近く にあ るは ずで ある 実は この 帽子 には 思い 出が ある 私は 四十 年前 にも チ ニス を訪 れて いる どこ に立 ち寄 て何 を見 たか いま とな ては 記憶 があ いま いだ が こ の シ シ ア の 工 房 で 若 い 職 人 と 長々 と話 し込 んだ こと は覚 えて いる シ シア はフ ルト で作 られ 大概 はえ んじ 色で ある 十八 世紀 には チ ニ ス の 主 要 な 輸 出 品 の 一 つ だ

カスバ広場と独立記念モニュメント&市庁舎

八角形のミナレット

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た 工房 を兼 ねた 間口 の狭 い店 が 軒を 連ね シ シア のス クで は何 千人 もの 人が 働い てい たと いう シ シア は一 見単 純そ うだ が 洗 練さ れた 職人 の腕 が不 可欠 なの だと いう こと をそ の時 知 た 記憶 が正 しけ れば メデ ナで シ シア の職 人に なる ため には 組合 の熟 練試 験 官の 前で 実技 試験 があ り 出来 栄え

を徹 底的 に審 査さ れる とい うこ とだ た 私が 話し た若 い職 人は シ シア 造り に誇 りを 持 てい るよ うだ た 私は その 職人 から 頭の 寸法 を測 ても らい シ シア を買 た そし てそ のシ シア を被 て歩 くこ とに

よ てメ デ ナの 人た ちか ら親 近感 を持 て接 して もら うこ とに な た ので ある 現在 メデ ナで はこ のシ シア を被 てい る男 性は あま り見 かけ な いが 四十 年前 はか なり 多く の男 性 が被 てい た 下の 写真 は四 十年 前 三十 四歳 の時 の私 であ る メデ ア のど こか の街 角で 撮ら れた もの であ る 多く の男 たち とく に老 人が シ シア を被 てい るこ とが 分か る 多く の男 が街 角に 集ま て話 し合 い をし てい るよ うに 見え るが なに か の祭 か集 会が あ たの かも しれ ない 私も なぜ か話 し合 いの 輪の 中に 入 てい るよ うに 見え る 買 たば かり のシ シア の色 が鮮 やか であ る フ テ マさ ん シ シア を被 てい る人 は少 ない です ね 私が 訪 れた 四十 年前 には も と沢 山の 人が

シェシアの工房

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被 てい たよ うに 記憶 して いま す 古い 伝統 的な もの は徐 々に 失わ れ て行 きま す 最近 では 金曜 礼拝 でも 被 てい る人 は少 なく なり まし た 多く の人 が被 るの は宗 教的 なお 祭り の時 ぐら いで し うか する と造 る人 もだ いぶ 少な くな たん でし うね

ここ のシ シア はご 覧の よう に手 作り です が 安い 工業 品も 出回 て いま す いま シ シア のス クは い ろい ろな 色 形 装飾 のシ シア を 作 て 生き 延び よう とし てい ます フ テ マさ んは 店頭 に並 べら れた シ シア を手 に取 て これ は お土 産用 これ はア ルジ リア やリ

ビア への 輸出 用と 説明 して くれ る いま や生 産し た 80

%は アフ リカ 諸 国へ 輸出 され てい ると いう 衰退 し つつ ある シ シア のス クに 同情 し た訳 では ない が 今回 もま た私 は伝 統的 なえ んじ 色の シ シア を買 た 世紀 を超 えて 同じ もの を造 り続 けて いる こと に敬 意を 表し たか たか ら であ 日 る 本の 昔か らの 商店 街の 多く は 高度 経済 成長 期に 壊滅 した 大手 資 本 の ス パ マ ケ ト が 郊 外 に 次々 と出 店し コン ビニ が街 角の 商 店と 置き 換わ てい た チ ニス でも 新市 街に はフ ラン ス資 本の ス パ マ ケ トが 進出 して いる しか しメ デ ナの 商店 は昔 なが ら の小 資本 個人 経営 が行 われ それ なり の繁 栄を 続け てい る 世界 遺産 に認 定さ れて いる チ ニス のメ デ

シェシアを被る 40 年前の筆者

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ナの ス クが 長く 伝統 を守 てい ける よう に祈 らず には いら れな い

ジ ト

ナ ・ モ ス ク

ジト

ナ・ モス クは 大モ スク 金曜 モス クな どと も呼 ばれ チ ニ スの メデ ナの 地理 的な 中心 であ り 精神 的な 中心 でも ある ムス リム には 一日 五回 シ ア派 は三 回 の礼 拝が 義務 づけ られ てい るが 普段 は家 庭や 職場 など 身近 な 場所 で行 われ るこ とが 多い 駅や 空 港な ど公 共施 設に も小 さな 礼拝 室が 備え られ てい る

私は 一昨 年 ガイ ドと ドラ イバ とコ クを 雇い 四輪 駆動 車で モ リタ ニア の沙 漠を うろ つい たが ム スリ ムで ある ガイ ドら は 沙漠 の真 ん中 でも 車を 停め て休 憩し てい る間 にメ カの 方に 向か て毎 日祈 りを ささ げて いた 砂の 上に 持参 のじ うた んを 広げ お祈 りの 前に は必 ず 大切 な水 で手 と顔 を洗 てい た 大き な岩 陰に テン トを 張 て 一 夜を 過ご した 時の こと であ る 朝方 小便 がし たく な て テン トか ら少 し離 れた 場所 でズ ボン の前 を開 こう とし てい たら コ クの ラシ ドが 背中 から 大き な声 で私 の名 前を 呼び こち らに 向か て走 てく る 私の 前ま でく ると 彼は しき りに 地面 を指 さし なが ら マス ジド マ スジ ド と繰 り返 すで はな いか 一 瞬何 を言 われ てい るの か分 から なか

たが 地面 に馬 蹄形 に並 べら れた こぶ し大 の石 の列 を見 て気 がつ いた 沙漠 の中 に彼 らが 作 たモ スク なの であ る ムス リム にと て礼 拝の 場 所は 問わ ない とい う良 い例 だろ う しか し金 曜日 の礼 拝は 特別 であ る 金曜 の正 午の 礼拝 は ジト

ナ・

中庭から回廊と礼拝室を見る。ドームのあるところが礼拝室の中心

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モス クの よう な大 モス クに 集ま り みん なで 礼拝 する べき だと され てい る コ ラン には いく ら仕 事が 忙 しく ても 仕事 を放 り出 して さえ も 集ま れと 書い てあ る 金曜 日の 正午 には ここ に千 人以 上の 人が 集ま り 共同 で礼 拝す るの だ モス クに は原 則と して 異教 徒は 入 れな いと たい がい のガ イド ブ クに は書 いて ある しか しイ スラ ムに それ なり の敬 意を 払い 神聖 な場 所 であ るこ とを わき まえ てい れば 中庭 に入 るぐ らい はか まわ ない だろ う 中庭 を囲 む回 廊は 初期 イス ラ ムの もの で ある だけ に 飾り けが 少 ない しか し石 柱に 支え られ ア チが 連続 する 回廊 が心 地よ いリ ズム をか もし 出し てい る その 単調 さを 破る のは 回廊 の中 心に 位置 する 礼拝 室入 り口 の小 さな ド ムと 柱で ある

この 部分 は他 より 少し スパ ンが 長く 両側 三本 ずつ の柱 でア チを 支え て いる 回廊 が造 られ たの は 礼拝 室 と同 時で はな く 一世 紀ほ ど後 だと いわ れて いる 中庭 の床 面は すべ て大 理石 のタ イ ルで 覆わ れて いる 地肌 は見 えな い 誰か が餌 をま いた のだ ろう か 鳩の 群れ が盛 んに 何か をつ いば んで いる 周囲 は背 の高 い回 廊で 囲ま れて お り モス クの 外の 景色 はま たく 見 えな い ここ で見 える のは 空だ けだ 日本 の庭 園の よう に 巧み に自 然を 取り 入れ ると いう 発想 がま たく な い 逆に モス クは 徹底 的に 自然 を排 除し てい るよ うに 見え る モス クが 生ま れた アラ ビア 半島 は沙 漠で ある 砂の 海か ら自 らを 守る ため には 自然 と自 己と の間 に壁 が必 要な のだ モス クの 原型 は預 言者 ムハ ンマ ド

が自 らの 住居 の隣 に作 た簡 単な 礼 拝所 だ た 聖な る場 は 周囲 を日 干し 煉瓦 の壁 で囲 まれ た狭 い庭 に過 ぎな か た 信者 たち は塀 に沿 て 椰子 の幹 で柱 を建 て 屋根 を葺 いて 日差 しを さえ ぎる 礼拝 室と した 彼 らが めざ した のは 外部 から 整然 と した 内部 空間 を単 に囲 いと るこ とだ たの だ 中庭 の反 対側 に回 てみ よう 単 調な 列柱 とア チの リズ ムを 破る も う一 つの 造形 物が ある 西北 の隅 に 建つ ミナ レ トで ある ミナ レ ト は礼 拝の 呼び かけ を行 うた めの 塔で ある オス マン トル コ時 代の 十九 世紀 に 建て られ たも のだ マグ レブ から ス ペイ ンに かけ ての ミナ レ トは 円筒 型で はな く角 筒型 をし てい る 高さ は四 十四 メ トル で近 くに ある カス

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バ・ モス クの ミナ レ トを 模し て建 てら れた とい われ てい る 塔は 三層 に分 かれ てお り 第一 層

は土 色の 壁に 白い 連続 する 漆喰 の模 様が 付け られ てい る この ひし 形の 網目 が繰 り返 され たよ うな 模様 は セブ カ と呼 ばれ るマ グレ ブ独 特 のも ので アン ダル シア モロ コ チ ニジ アな どの 建築 によ くみ られ る 私は モロ コの マラ ケ シ の クト

ビ ヤ・ モス クで これ とま たく 同じ よう な網 目模 様の ミナ レ トを 見た こと があ る 第二 層は ア チ形 の五 つの 飾り 窓 を持 てい るが よく 見る と真 ん中 の窓 の奥 に礼 拝を 呼び かけ るス ピ カ が見 える 第三 層の 上に は三 角形 の屋 根が 懸け られ てお り その 上に 日本 の佛 塔に ある よう な相 輪が 載 てい る さて 人影 がま ばら なこ とを 幸い に ゆ くり と中 庭を 見せ ても ら たが 異教 徒で ある 私が 礼拝 室の 中

まで 入り 込む とな るい ささ か気 が引 ける 扉の 隙間 から 中を 覗き 込む ぐら い は許 され るだ ろう と 回廊 をう ろう ろし てい ると 法衣 のよ うな コ ト をま とい 鍔な し帽 子を 被 た老 人 が私 を手 招き する さて は中 庭を う ろつ いて いた のを 注意 され るの かと 身構 えた が 怒 てい るよ うな 様子 はな い 恐る 恐る 近づ いて みる と は きり とし た英 語で どう ぞ中 にお 入り くだ さい と言 うで はな い ア か

サ ラ ム アレ イク ム 私 はム スリ ムで はあ りま せん アラ ブ世 界共 通の 挨拶 を述 べた 後 私は 正直 に答 えた 嘘を つく こと は どん な宗 教で も一 番悪 いこ とで ある ワア ライ クム サラ ム 気に す る必 要は あり ませ ん モス クは あら

19 世紀に建てられたミナレット

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ゆる 人に 開か れて いま す モス クは 休息 の場 所で もあ り 異教 徒間 の相 互理 解を 深め る場 所で もあ りま す 老人 の風 貌は 深い 教養 がに じみ 出 るよ うな 威厳 があ り まな ざし は鋭 あ い

なた はモ スク の管 理人 です か 私は 近く のマ ドラ サ イス ラ ム 神学 校 で教 鞭を と てい ます 時 には モス クを 訪れ る方 々の 相談 にも 乗 てい ます ザイ ト ナ・ モス ク付 属の マド

ラサ は創 設以 来 アラ ブや アフ リカ 各地 から 学生 が集 まる イス ラ ム世 界を 代表 する 学問 の中 心地 であ り続 け 何世 紀に もわ たり 多く の著 名人 を輩 出し てき た イス ラ ムに はキ リス ト教 の牧 師 や仏 教の 僧侶 のよ うな 聖職 者は いな い 伝統 的な 宗教 知の 担い 手と して ウラ マ とい うイ スラ ム法 学者 が クル ア ンや 預言 者の 言行 録で ある ハデ

スの 解釈 を通 じて 人々 を導 く役 割を 担 てい る マド ラサ の教 授は ほと んど がこ のウ ラマ であ る ウラ マ は完 全な 俗人 とい てよ い キリ スト 教で も仏 教で も 聖職 者に なる には 生涯 独身 を守 る誓 い を行 たり 剃髪 し修 行を した りす る ウラ マ は妻 帯も する し 俗人 と比 べて 何か 特別 な行 動が 求め られ るわ けで はな い 必要 なの はイ スラ

ムに 関す る深 い知 識で その ため には マド ラサ など で優 れた 指導 者を 得て 長い 勉強 期間 が必 要と され る あな たは 旅行 者で すか どち らか ら来 られ まし たか 私は 日本 から チ ニジ アの 観光 に 来ま した 二週 間ほ どチ ニジ ア各 地を 訪問 して きま した が 明後 日に は帰 国し ます そう です か クル ア ンは 旅人 は丁 重に もて なす よう にと 説い てい ます チ ニジ アの 旅が 良い 旅で あ るこ とを 祈り ます 老人 はか すか な笑 みを 浮か べ 軽 く頭 を下 げる と礼 拝室 の奥 の方 に去 てい た イス ラ ム法 学で は 異教 徒が モ スク の中 に立 ち入 るこ とに つい てい ろい ろな 解釈 があ るよ うだ スン ニ 派に は四 つの 派が ある が トル コな

モスク入口にいたウラマー

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どに 多い ハナ フ 派は 全く 自由 と して いる のに 対し マグ レブ に勢 力 を持 つマ リク 派は 全面 禁止 その 中間 がハ ンバ ル派 とシ フ イ 派で ムス リム が認 めれ ば出 入り でき ると して いる 禁酒 に対 して 狂 た よう に厳 しい シ ア派 のイ ラン でも モス クへ の出 入り は寛 容で 外国 人 訪問 客の 観光 の目 玉に な てい る 北ア フリ カに 属す るチ ニジ アで は一 般的 にマ リク 派の 勢力 が強 い ので ガイ ドブ クな どに は観 光客 は立 ち入 れな いと いう 記述 がな され てい るの だろ う 六月 のチ ニジ アの 陽は 長い 日 没後 の礼 拝ま でに はま だし ばら く時 間が あり そう であ る 威厳 にあ ふれ たウ ラマ らし き老 人に 勧め られ た のだ から 中を 見て 回る こと にも は や何 の遠 慮も ない

しか し中 に入 る前 にこ のモ スク の 平面 プラ ンを 確認 して おこ う 左図 はジ ト ナ・ モス クの 平面 図で あ る ご覧 のよ うに 正確 な四 辺形 では なく 少し 歪ん でい る 水色 の部 分 がア グラ ブ朝 時代 に建 てら れた 礼拝 室の 部分 であ る ここ は天 井に 覆わ れて いる 礼拝 室は 四辺 を壁 で囲 われ てい る が メ カの 方向 をキ ブラ とい い 全世 界の モス クは 中軸 線が メ カの 方角 すな わち キブ ラと 一致 する よ

うに 建て られ てい る 預言 者ム ハン マド は当 初は エル サレ ムの 方角 に向 て礼 拝す るこ とを 決め たが 神の 啓示 によ てメ カの カ バ神 殿に 向 て礼 拝す るこ とに した とい う 従 てキ ブラ がど の方 角か はイ ス ラ ムに と て重 要な 問題 であ る エミ レ ツ航 空の 座席 前の モニ タ には キブ ラが 常に 表示 され てい た キブ ラの おか げで 測地 学が 発達 した とも いわ れる この 図で は上 部の 壁 がキ ブラ であ る キブ ラの 目印 とし て 礼拝 室の 最奥 の壁 には ミフ ラ ブが 設け られ る モス クに と てこ れほ ど重 要な キ ブラ すな わち メ カの 方角 であ る が メデ ナの 地図 で見 る限 り ど うも 正確 にメ カの 方を 示し てい る とは 思え ない 私の 持 てい るセ イ コ のプ ロト レ クと いう 多機 能時

モスクの平面図

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計は 方位 が図 れる スマ ホの グ グ ルマ プで メ カの 方角 を確 認し た とこ ろ ジト

ナ・ モス クの キブ ラの 方角 は南 に三 十度 近く もず れて いる いま から 千年 以上 前に 建て られ た のだ から 正確 な方 位が 分か らな か たと して も無 理は ない しか し ここ に礼 拝に 来る メデ ナの 人た ち はこ の事 実を 知 てい るの だろ うか 黒い 点で 示さ れて いる のは 一本 一 本の 列柱 であ る 私が 数え たわ けで はな いが 回廊 部分 も含 めて 全部 で 一八 六本 ある とい う この 列柱 は近 くの カル タゴ 遺跡 から 運ん でき て 流用 した もの であ る 回廊 の柱 を見 ると 柱頭 に葉 飾り があ るコ リン ト 式で ある こと が分 かる さて それ では 中に 入 てみ よう 白い 大理 石の 柱が 整然 と並 んで いる

柱は ほと んど 等間 隔で ある が キブ ラ壁 際の 横列 とミ フラ ブ真 正面 の 縦列 だけ は少 しス パン が広 い ミフ ラ ブ真 正面 の列 の入 口と 最奥 の天 井は ド ムに な てい る ド ムは

十世 紀に 増築 され たも のだ が チ ニス でも とも 美し いド ムと いわ れて いる 床に は一 面に ゴザ がひ かれ てい る ゴザ には 一人 ひと りの 礼拝 スペ ス を示 すよ うに ミフ ラ ブの 形を 模し たア チ状 の模 様が つけ られ てお り ア チの 先端 はキ ブラ の方 向を 向い てい ま る だ日 没後 の礼 拝の 時間 まで は少 し間 があ るの で 礼拝 者の 姿は まば らで ある 礼拝 者た ちは 敬虔 な面 持 ちで ミフ ラ ブと 向き 合 てい ると 思い きや 柱に 寄り かか て居 眠り する 人も いる し笑 顔で 談笑 して いる 人も いる 中に は完 全に 横に な て 手枕 で寝 てい る人 さえ いる 緊張 し た雰 囲気 はど こに もな い ひと りだ けミ フラ ブの 前で 立位 と 体を 折 て頭 と両 肘を 床に つけ る動 作を

カルタゴ遺跡・アントニウスの浴場

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繰り 返し 熱心 に祈 りを ささ げて い る礼 拝者 がい た イス ラ ムの 祈り とい うも のは ひた すら 神を 畏れ 敬い 忠誠 を誓 う もの であ る まず 彼ら は アラ ビア

語で ラ イラ ハ イ ラ ラ フ ムハ ンマ ド ンラ ス ル ラ ヒ と唱 える 韻を 踏ん でい るの で 耳に 心地 よい ア ラ のほ か に 神は ない ムハ ンマ ドは ア ラ の 使徒 であ る とい う意 味で ある こ れは イス ラ ムの も とも 重要 な教 義の 一つ であ り この 信仰 告白 はム スリ ムに 課せ られ た一 番重 要な 義務 であ 彼 る らは 日本 人が 神社 で神 に祈 るよ うに 健康 長寿 だと か 家内 安全 など と決 して 言わ ない 神に お願 い

事を する など とい うこ とは も ての ほか なの だ それ は神 を使 役す るこ とに 他な らな い 飾り 気が 少な い礼 拝室 であ るが ミフ ラ ブは 礼拝 室の 中で 一番 重要 な場 所で ア チ状 の窪 みの 形を し てい るこ とが 多く 色鮮 やか なタ イ ルや アラ ビア 文字 など の手 の込 んだ

ミフラーブの前で祈る人

列柱が並ぶ礼拝室

美しいタイルで装飾されたミナレット

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装飾 が施 され てい る ミフ ラ ブの 前の 柱列 だけ は大 きく 豪華 なシ ン デリ アが 天井 から 下が てい る ミフ ラ ブは 重要 であ るが それ 自体 が神 聖な もの であ るわ けで はな い キリ スト 教会 の十 字架 や仏 教寺 院の 仏像 のよ うな 聖な る礼 拝の 対象 はモ スク には ない ミフ ラ ブは 単に 方向 を示 す ため の目 印に 過ぎ ない 祈る 人の 右 わき で 手枕 をし て寝 そべ てい る 人が 目に つく だろ う 彫刻 や絵 画が 豊富 なキ リス ト教 会 や仏 像が 鎮座 する 仏教 寺院 と違 て モス クの 礼拝 室は 素 気な い 反復 する 柱列 のリ ズム と幾 何学 的な 整然 さが イス ラ ムと いう もの の性 格を 反映 した もの であ るこ とは 間違 いな 誤 い

解を 恐れ ずに 言え ば イス ラ

ムの 教え とい うも のは きわ めて 単純 であ る アラ は唯 一の 神で あり ム ハン マド は預 言者 であ ると いう こと を受 け入 れる こと がイ スラ ムの す べて だと い ても 過言 では ない

イエ ス・ キリ スト は神 であ るか 人 間で ある か その 両方 の性 質を 持 てい るの か など とい た紛 らわ し い解 釈を 必要 とし ない ムハ ンマ ド は 飯を 食い 市場 を歩 くた だの 人 間 なの だ 仏に 近づ くた めに 僧侶 とい う仲 介者 を必 要と した り おど ろお どろ しい 秘儀 を必 要と した りす る仏 教の わず らわ しさ もな い ユダ ヤ教 やキ リス ト教 仏教 など に比 べれ ば歴 史的 に新 しい イス ラ ムは それ なり に合 理的 で 整然 とし た幾 何学 的単 純さ が似 合う ので ある 外に 出る と 中庭 にミ ナレ トの 影が 長く 尾を 引い てい る 隅の 手洗 い場 では 数人 の男 たち が手 足を 洗 たり 口を すす いだ りし てい る も うす ぐ日 没後 の礼 拝が 始ま るの だろ うか

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私も 彼ら と一 緒に 礼拝 の真 似事 で もし てみ よう かと 思 た アラ ブ風 の長 衣 ガラ ベ ヤを 着て いる し ムス リム と思 われ ない こと もな い しか し真 剣に 神と 向き 合 てい る人 たち に交 じ て 偽信 徒が うそ の信 仰告 白な どし たら 天罰 が下 りか ねな い おと なし く宿 に帰 るこ とに した

メ デ ナ の 住 宅 街

メデ ナに はス クの よう な商 業

地区 だけ では なく 当然 のこ とな が ら一 般の 住宅 街が その 周辺 を取 り囲 むよ うに 広が てい る 今日 はそ の 住宅 街を ひと りで ぶら ぶら 歩い てみ よう 住宅 街は 店舗 が並 ぶ主 要な 通路 か ら枝 分か れす る路 地に 入り 込め ばよ い 地図 は毛 細血 管の よう な細 かい 路地 をと ても 描き 切れ ない から 道 案内 には 役に 立た ない 大雑 把な イ ラス トの よう なも のだ 足の 向く ま ま気 の向 くま まゆ くり 歩い てみ る こと にす る 店舗 が並 ぶ商 店街 ス ク の街 路は 人通 りも 多く 人々 の話 声や 客 を呼 び込 む声 で騒 がし いが 一歩 横 道に それ ると 先ほ どま での 喧騒 は どこ へや ら 静寂 な空 間が 広が て いる メデ ナの 主要 な通 路は 道幅 が二

間ほ どで あ たが そこ から 枝分 か れし た脇 道の 路地 はそ の半 分の 約一 間で ある たい てい が石 畳で 舗装 さ れて おり 両側 には 二階 建て 時と して 三階 建て の住 宅が 隙間 なく 並ん でい るか ら視 界は 狭い その 上 路地 は微 妙に 曲が てい る 路地 が直 角に 曲が てい るの で あれ ば どち らの 方向 に何 回曲 が たか を記 憶し てい れば 自分 が進 ん でい る方 角は 容易 にわ かる しか し 少し ずつ 右に 左に 曲が てい ると つい つい 方角 を失 いや すい だか ら よそ 者に と てメ デ ナの 路地 は一

住宅街の路地は狭い

参照

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