許さない会 会報
国労 5・27 臨大闘争弾圧を許さない会
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少し腫れ物ができて医者に行き、 涙が出る状態でしたので、今日の公 判は傍聴できませんでした。本日は被告人および 家族を招いて全国集会が開催され大変見事だと思っ ています。いましゃべっているうちに涙が出たら、 嬉し涙だと思ってください。 杉並ビデオを初めて見させていただきました。 一所懸命説得して、一所懸命ビラを渡して読んで もらおうとしている、組合員としての正当な行為 が映っています。ビラを読むよう説得し、バスか ら降りるように説得している、組合員としての正 当な業務と、そしてそれを支援する人たちの正当 な業務が映っているだけです。暴力行為うんぬん などとは程遠い状態だということが、ビデオから もはっきりわかりました。 12月22日に国労関係をめぐる最高裁判決が 出ました。中労委命令は不十分な点がありますが、 不当労働行為は認めている。その中労委命令をも 無視した判決が出ました。動労千葉にも高裁で同 じような判決が出ています。 しかし私たちは、その同じ12月22日に7名 の保釈をかちとり、今年に入って勾留執行停止中 のもう1名も保釈に切り替わり、全員の保釈を実 現しました。 当然、刑事事件のプロセスの土俵としては保釈 から無罪、そして国労再生へと門戸が開かれるべ きであると考えます。 これから3月にかけて「4党合意」は無効であ るという行政訴訟の判決や、バッジをめぐる中労 委での証人尋問なども行われます。 今後のことで強調したいのは、裁判闘争なり中 労委闘争というのは労働運動としては伴奏という か脇役であるということです。「保釈から無罪、 そして国労再生」ではなく、「国労再生」が本番 であって、裁判闘争なり中労委闘争というのは伴 奏である。それを逆転して考えると、ある時は裁 判闘争だけに気を奪われたりするということにな るわけです。本番は職場の運動、街頭の運動、そ して政治運動であって、裁判なり中労委を利用す る、という構えが最も大事ではなかろうかと思い ます。 したがって、今後の闘いの姿勢としては、自信 をもって「国労再生」を掲げていく。そして政治 的な動きや政府の動きに対する広範な大衆の闘争 が本番であるわけです。その一つの伴奏として無 罪を獲得する、そしてまた民事としては解雇を食 い止める、場合によっては長期の刑事裁判の補償 なり損害賠償を求めていくという構えが必要では なかろうかと思います。 (2・10 集会での発言)宮島尚史
(許さない会呼びかけ発起人)
国労再生こそ本番の闘い
「保釈から無罪、国労再生へ2・10 全国集会」で あいさつする被告団申 入 書 国 鉄 労 働 組 合 中央執行委員長 酒田 充 殿 2004年1月31日 松崎博己 (国労九州エリア本部小倉地区闘争団) 羽廣 憲 (国労九州エリア本部小倉地区闘争団) 東 元 (国労近畿地方本部環状地域分会) 富田益行 (国労近畿地方本部兵庫保線分会) 原田隆司 (国労近畿地方本部豊岡分会) 小泉 伸 (国労近畿地方本部貨物分会) 橘日出夫 (国労南近畿地方本部奈良電車区分会) 国鉄労働組合の2002年11月11日付けの声明「いかなる暴力も許さず全組合員の総団結・総決起を訴える」 および声明についての闘争指示第55号には事実に反する独断があり、手続的にも不当です。その撤回と謝罪を 求めます。 理由 1、組合は、私たちが被告人とされた5・27事件について、自ら事実を調査・確認することなく、警察の発表そのま まに、「暴行を加えた」と断定し、「署名等の活動に対して問違って協力することがないよう」と指示しています。 しかし、本件の公判の過程において、裁判長自ら「本件で有形力の行使が行われたか、他方において労働基 本権との関連でどう考えていくかが本件の主要な争点であろうと考えている。したがって、そういう観点から今後と も審理は進めていかなければいけないと考えている」(平成15年12月16日、第17回公判調書)と述べています。 組合がこうした観点なしに、組合の方針決定をめぐる組合員間のもめごとを「暴力行為」と決めつけるのは、適 正な手続に反します。 2、昨年12月22日、私たちは保釈になりました。保釈を求めた署名数は、4万4809筆に達しました。地裁の保 釈決定にたいして、検事は高裁に抗告しましたが、高裁はこれを棄却しました。その棄却決定の中で、高裁は次 のように述べています。 検察官の「所論の結論を踏まえて考察しても、本件における有形力の行使は強度のものではなく、傷害を負っ た者もいないなど、必ずしも重大とまではいえない事案であることのほか、これまでの身柄拘置期間や被告人の 家庭の状況など、諸般の事情を総合考慮すると(地裁決定が)裁量を誤って不当であるとはいえない。」 組合が組合員の逮捕、勾留等につき、こうした「諸般の事情の総合考慮」なく、署名等への協力の拒否を仲間 の組合員に指示することは、その人間味において裁判所以下です。 3、組合がもし私たちの行動に間題があると考えるなら、規約にしたがって査問委員会規則による「厳正な調査」 (規約33条2項)を行い、「弁護人の弁護」(査問委員会規則9条2項)を認め、そして「委員会の審議の結果、事 実無根と認めたときは、速やかにその旨を公表しなくてはならない」(規則11条)。 この手続きなしに組合員である私たちの行為を非難するのは、組合員としての均等取扱いを受ける権利(規約 32条2項)を侵し、名誉を傷つけるものです。またこのように「重大といえない事件」を組合内で処理することなく、 警察の介入を引き入れたことは、団結自治を放棄したものといわざるを得ません。 以 上
国労組合員の被告7名の申し入れに
1月31日、国労第174回拡大中央委員会の当日、国労組合員の 被告7名が国労本部に以下の申し入れを行いました。松崎博己被告団 長をはじめ国労組合員の被告が、佐藤昭夫弁護士、一瀬敬一郎弁護士 と共に、申し入れに参加しました。 申し入れ後、東京・交通ビル前で、たたかう闘争団、国労に人権と 民主主義を取り戻す会をはじめとした闘う国労組合員と支援50名の 抗議集会に合流し、発言しました。 申し入れ後会館前の集会で発言佐
佐
佐藤
藤
藤昭
昭
昭夫
夫
夫
(早稲田大学名誉教授、呼びかけ発起人、弁護団長) 本日は被告を迎えて全国集会が開かれた。本当にうれしい。保釈をかちとる、無実・ 無罪をかちとる、そのためには、弾圧の不当性を広く訴えていただくということがある。 弾圧のひどさは、ビデオでも分かると思う。その中で闘ってきた被告、家族が強くなっ ている。 いかに弾圧が不当だったかとの関連で、国労本部が仕組んだこともはっきりした。国労は1月31 日に拡大中央委員会を開いた。最高裁判決を受けて、新たな段階を迎えた、どうするか審議すると。 被告は申し入れしようと当日朝、そろって本部に会いに行った。委員長は隣の部屋にいたが、統一 と団結のために何が必要か聞いてもらいたいと思って行ったのに、忙しいから会わないという対応。 しかも、申入書を受け取りもしない。5秒もあれば受け取れるのに、それすら拒否する。 申し入れの趣旨は、ビラなどでご存じかもしれないが、事件が起こったら、いきなり被告が暴力行 為をしたと決めつけて、保釈要求の署名にも間違って協力しないようにと、闘争指令と称して流した。 しかし、これは事実誤認で、警察発表そのままだ。裁判長自らが、労働基本権の関連でどう考えるか が争点と言っている。国労本部はそれをまったく考慮せず、いきなり暴力と決めつけた。 労働組合として、組合員に問題があれば査問という手続きをする。厳正な調査をし、弁護人の弁護 も認める。無実なら直ちに公表すると定められている。本件に関しても、組合員を平等に取り扱うな ら、その手続きを踏まなければならないのに、いきなり暴力行為と決めつけ、組合とまったく関係な いと言う。勾留されているのに、保釈にも協力するなと言っているのが本部の態度。これは何を意味 するのか。仲間への裏切りを重ねてきた真実が知られるのが恐い。中核派の暴力と決めつけて、本部 への批判を抑え込むというやり口と思わざるをえない。 最高裁判決への抗議声明で、新たな段階を迎え、新たな訴訟も準備すると言っている。なら、今ま での方針はどうだったのか、4党合意の総括をする必要があるという意見に対し、総括するつもりは ない、総括することで団結が強まらなければならないが、そうでないと答弁。自分が裏切りの方針を 指導していて、その事実を明らかにするのは具合が悪い。それを隠しながら、訴訟を準備すると言い ながら、政治解決、涙金による和解の路線を追求する。その真実が知られるのが恐い。自己保身に過 ぎない。それで今のような態度をとっている。 弾圧の不当さは、本部の不当さが生みだした。それは広く知ってもらう必要がある。それによって 無実・無罪をかちとる。それが国労を立て直す。被告も保釈されて、その先頭で頑張ると皆が言って い いるる。。ここれれををわわれれわわれれがが広広くく包包んんでで、、許許ささなないい会会もも広広げげてていいたただだききたたいい。。((22・・1100全全国国集集会会ででのの発発言言))国労本部がとんでもない破廉恥な対応
★1月31日、佐藤昭夫、一瀬敬一郎の両弁護士とともに国労本部を訪れた松崎博己被告団長(国労九 州地本小倉地区闘争団員)らは、対応に出た吉田書記長に申し入れの趣旨を伝えましたが、吉田書記長 は申入書を受け取ろうとしませんでした。酒田委員長は、「時間がない」との理由で、姿も見せず、 「渡すだけなら数秒もかからないではないか」という佐藤弁護士の要求も蹴って、部屋から出てこよう としませんでした。芝崎中執は、「早く出て行け」「警告。現在9時20分」と警察と同じような口調 で追い出しをはかりました。被告たちは、本部の不誠実きわまりない対応への怒りを込めて、その場で 「申入書」を読み上げ、抗議の意志をたたきつけました。 ★3月2日、国労本部が電送№195「中核派による5・27暴力事件公判に対する取り組みについて」 で、「組合員に暴力をふるった者が『国労組合員』の権利を主張し、『弾圧の被害者』であるかのよう な言動を為すなど破廉恥きわまりないことであり許されるものではない」などと主張して、「被害者の 証人尋問などについては、関係する地方本部を中心に傍聴体制を取り組むこと」等の指示を全国に発し ました。とんでもない内容です。傍聴への取り組みを強め、被告団と弁護団の闘いを支えましょう。●
富田和子
さん 保釈は、家族だけではできなかった。弁護団、 許さない会の仲間の力でかちとった。 1年3か月は言葉で言ったら短いが、本当にい ろんなことがあり、涙、怒り、苦しみの長い1年 3か月だった。お父さんがすばらしいことをやっ ていたと家族で実感した。 家族会で、被告団が無罪をかちとるまで継続す る、お礼は闘いで返していくと確認した。JRの 規則では有罪なら解雇。そうならないようご支援 をお願いします。 ●原田恒久
さん 母が来られず、高校は休みなので来た。8人全 員の保釈を勝ち取れたのは多くの皆さんの支援の おかげです。お礼を申し上げたい。 大学に行くが、こういう問題が起こったことで、 世の中は矛盾しているなと、自分として成長でき た。自分の歩んでいく方向を見つけていくことが できた。家族として、支援としてできることをやっ ていきたい。 ●引地真理子
さん 遠いところから、仕事を終わって来てくれて、 お礼を申し上げます。本人は突然拘置所の中で運 動し五十肩になり、心配した。私たちは無罪を信 じている。全国の力で頑張りたい。 ●手嶋浩一
(呼びかけ発起人) 公判を傍聴した。簡単に感想だけ 申し上げたい。公判の中で、国労が 撮ったビデオ、杉並ビデオ、どちら を見ても、あれで逮捕されたら労働運動は何もで きない。今日の公判では新たな証人が出たが、8 人の逮捕は、ビデオでもそうだが、仕組まれた逮 捕と思われて仕方ない。 日本は戦争したい国にどんどん走っている。そ の中での国鉄闘争。最高裁判決がそれを如実に示 した。今回の弾圧は、国労の意図と警察の意図が 相呼応したもの。警察は中核派を狙っていたと思 うし、国労の問題で格好な理由ができた。8人は 職場に帰ったが、喜べない。有罪で負けると、全 日本の労働者を根こそぎ立ち上がらなくさせる。 絶対無罪でなければならない。 九州で5、6人の組合をつくっている。団交拒 否で福岡地労委にあっせん申請した。団交しない と今から審査にもっていく。ここに来ると私服が いっぱいいてメモしている。私がいつ8名の皆さ んになるか、いつでもできる状態になると危機感 を感じる。皆さんが闘う労働運動の再生をかちとっ ていかんと、われわれは押し殺されてしまう。 微力だが九州の地で頑張りたい。 2月10日文京区民センターで「保釈から無罪、国労再生へ!2・10全国集会」が開催され、 265名が参加しました。保釈後初めての全国集会に被告全員が登壇し、無罪獲得・国労再生にむけた新 たな出発となる集会としてかちとられました。 杉並ビデオの上映から始まり、被告家族からの挨拶、発起人の佐藤昭夫さん、宮島尚史さん、手嶋浩一 さんの挨拶の後、被告全員からの発言を受けました。「無罪をかちとり国労再生へ先頭で闘う」という被 告全員の発言は、参加者の胸を打ちました。一瀬敬一郎主任弁護人の報告、国労組合員、動労千葉からの 発言、そして全金本山と関西生コン支部からの発言を受け、山川康博事務局次長が行動提起を行いました。 保釈の喜びと新たな闘いにむけた熱気あふれる集会を勝ち取り、集会後の交流会も盛り上がりました。 2 ・ 10全 国 集 会 に 2 6 5 名 結 集報 告
保釈から無罪、
国労再生へ!
2・10 全国集会
国労近畿地方本部の東です。逮捕されて神田署に2か月、東拘に8か月いました。 みなさんより早く出て、大阪の高槻にある富田町病院で6か月の闘病生活を送りました。 そして半年ぶりに仲間と合流できて本当にうれしく思っています。 一番苦しかった時は、起訴される前後でした。子供のことばかり朝昼晩と毎日攻められ、 いろいろなことを言われて、だいぶ落ち込んでいました。そして一瀬弁護士に泣きついたこ とがあります。「入院させてくれ、僕はうつ病で苦しいから」と言ったんです。そしたら 「頑張ってくれ」と言われました。その後、川口弁護士が来て、僕を励ましてくれました。川口弁護士は 女性の弁護士ですが、「私もうつの経験をしたことがある。一生涯忘れられない過ちを犯したことがある。 東さん、あなたには二つの道があるのよ。しゃべってもいいし、頑張ってもいい。薬があるのだからうつ 病も治るよ」と言われました。初めて「二つの選択の道がある」と言われ、突き放された時に、「僕は頑 張らなくてはあかん」と思いました。 東拘で本当にひどい薬の調合がありまして、50ミリグラムが最高の睡眠剤を1日に120ミリグラム 飲まされていました。寝さすことだけが目的で、病気の回復などは一切なしで、東拘の精神科医は私に薬 を与え続けました。大阪の先生に来てもらい、2回、3回と診てもらいました。顔色が悪い、公判を見て いても覇気がない、と。3回目に、2日間で44人の身柄引受人を集めていただき、地裁と高裁を揺り動 かすすごい闘いで、東拘から出られました。 1月30日に保釈になりました。それですぐ職場に病欠の診断書を持って行きました。「3月1日から 就労します」ということで、それがすぐオーケーになりました。会社は2月1日から来るものだと思って いたみたいです。 今日は久しぶりに裁判に出て、富田さんと僕の名前が出たのでちょっと恥ずかしかったです。これから も病気と闘いながら、僕の職場には動労西日本の一緒に運動してきた同期の頼もしい人がいますので、安 心して闘えると思います。 8名の被告と8名の弁護団のすごい陣形がある限り、そして許さない会の闘いがある限り、僕らは必ず 勝利するんだと確信していますので、今後ともよろしくお願いします。
2つの選択の道があると言われた時、「頑張らなくてはあかん」と思った
東
元
●小泉伸
(近畿地本貨物分会) 皆さんのおかげで保釈をかちとった。これから 大変ですが頑張ります。無罪をかちとり、国労再 生と労働運動の再生、階級的発展のため闘います。 ●羽廣憲
(九州本部小倉地区闘争団) これからが本番の勝負だ。国労を闘う国労につ くりかえる。これに人生をかけていく以外にない。 許さない会をもっと大きくしていただきたい。 ●橘日出夫
(南近畿地本奈良電車区分会) 職場復帰し、組合を問わず外注職場の労働者も 大歓迎。衰えた体調の中で検修業務ができたのは 職場の仲間の支援があったから。自分の存在が労 働運動の牽引車だ。無罪と国労再生以外にない。 ●原田隆司
(近畿地本豊岡分会) 闘争団のビデオと息子の話と東君の話も初めて 聞いて涙が出た。家族には迷惑をかけたが、息子 はこれがあって自分の道を選んだ。 ●富田益行
(近畿地本兵庫保線分会) 家族が冬の街頭や暑い中をマイクで訴える姿を ビラで見て頑張れた。酒田を打倒し国労を再生す るために出てきた。3・20イラク反戦で闘う。 ビラまき・説得活動を始め、各旗開きに出て、 革同の連中もよく頑張ったと握手を求めてきた。 ●向山和光
(国鉄闘争支援者) 逮捕は23年ぶりだった。勝利のために必要な のは原則的に闘うことだ。被告の国労組合員の闘 いを見て思った。3・20で情勢を変える。 ●松崎博己
(九州本部小倉地区闘争団) 被告団長としてやってきた。自分の所属する組 合から売られた。その時、許さない会を結成して くれ大きな力になった。許さない会の発展の中に 裁判の勝利がある。東拘で、かあちゃんが初めて マイクを握り、署名をとっている写真を見た。彼 女たちに学び、国労再生のために頑張っていく。国労5・27臨大闘争弾圧とのたたかいを支援してくださった労働組合、労働者の皆さん、8名の仲間 の保釈闘争へのあついご支援ありがとうございました。ついに昨年末、12月22日夜、被告団8名中7 名の保釈を勝ち取ることができました。また、勾留中に病気になり勾留執行停止で入院していた残る1名 も、1月30日に保釈をかちとり、8名全員の保釈をかちとることができました。たくさんの保釈要求署 名、保釈カンパ、身柄引受書、上申書をお寄せくださり、本当にありがとうございました。「二度目の正 月は絶対に獄中ですごさせたくない」という私たち家族会のねがいが叶い、今年の正月は全員がやっと家 族とともに過ごすことができました。病気で重篤な状態にある両親の見舞いも行くことができ、子どもた ちともゆっくりすごせました。これもみな、働く仲間の皆さんの物心両面にわたるご支援の賜物です。 大阪の国労5名の被告団は保釈後ただちに職場復帰の闘争に入り、全員が元気に国労バッチをつけてJ R職場に復帰をかちとりました。JR当局による不当な解雇・処分攻撃が予想されたのですが、国労はも ちろん他労組の仲間までが保釈・奪還を喜び、歓迎してくれ、JR職場も「四党合意」の暗雲が晴れたよ うな明るいふんいきです。 1年4か月もの長期勾留から、すぐの就労はさすがにきつく、体も精神的にもこたえているようですが、 お父さんたちは「自分たちは出てきて休むために、保釈を勝ち取ってもらったのではない。一刻も早く職 場の仲間と合流して、国労の再生と労働運動の発展のために闘うために1年4ヶ月がんばってきたのだ」 といって、毎日、元気に働き、闘っています。 先日、定例の家族会をひらき、家族会の闘いの継続と強化を誓い合い、「①お 父 さ んに は まだ 見 えな い 手 錠が つ いて い る。 無 実無 罪 ・国 労 再生 ま で闘 お う。 ② 受け た 支援 の お礼 は 闘い で 返 そう 」 と全員一致で 決めました。 保釈後も家族や被告への警察権力の卑劣な攻撃が続いていますが、私たちは絶対に負けません! 裁判 では国労本部が警察権力とつるんだデッチ上げ弾圧であることが明らかになっています。私たちはお父さ ん んやや闘闘争争団団のの仲仲間間とと一一緒緒にに勝勝つつままででががんんばばりりまますす。。ささららななるるごご支支援援ををよよろろししくくおお願願いいししまますす。。
お父さんの無罪かちとり国労再生へ!
さらなるご支援よろしくお願いします
5・27 臨大弾圧国労家族の会
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ささんん((全全金金本本山山労労組組)) 私が逮捕されたのは去年6月で す。みなさんの冒頭意見陳述を読 みすごい文章で感心しました。私 が出たのは8月、保釈金は80万 円でした。こうした弾圧は他人事ではなく誰にで もありうることです。私が逮捕されたのは、本山 闘争が大きな山場で、裁判所から就労させないの は会社の責任であるという判決が出て、会社を追 い込もうという時点でした。さらに、仙台で市職 労や地域の労働者、学生とイラク戦争反対のデモ を毎週やって高揚していた時期でした。3月28 日、東北大学の寮の廃止で大学職員が大勢来ると 監視に行った。それをカメラに撮って自分で転ん で頭を打ったと言って2か月後に逮捕された。1 月の論告求刑で罰金20万円。3月4日が判決で す。なんとしても無罪をかちとりたいと思います。 ● ●高
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英男
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ささんん((関関西西生生ココンン支支部部)) 1年3か月ご苦労様でした。闘い はこれからで、本当の勝利をお互い かちとった時に本当のお祝いをしま しょう。私からは3点話したい。 1点めは、弾圧との闘いの課題です。弾圧の狙 いは団結の破壊であり、1047名闘争の破壊で す。弾圧への直接の反撃と同時に、弾圧すればす るほど運動が激しくなっていくことが大事です。 2点めに、関西でも労働運動や解放運動への弾 圧があった。他の労組や市民団体の反応が悪い。 関西で反弾圧の運動をきちんとやっていきたい。 3点めは、関西で、反戦反弾圧と同時に、元気 な春闘をやろうと全国に発信する出発点として3・ 5集会を企画した。関西生コンは3月末から配置 して春闘をやっていく。労組が労働運動を現場で 原 原則則的的にに闘闘うう中中かからら反反戦戦ににもも取取りり組組んんででいいききたたいい。。2 月 15日 、 長 崎 市 女 性 セ ンンンンン タ ー ア マ ラ ン ス で ﹁ 国 労 5 ・ 27臨臨 大大大 闘 争 弾 圧 を 許 す な ! 長 崎 集 会 ﹂ が 開 催 さ れ 、、、、、、 長長長 崎 県 下 の 国 労 、 自 治 労 は じ め 30人 が 参 加 し ままま ししし た 。 会 場 は 、 被 告 の 松 崎 さ ん 、 羽 廣 さ ん の 元 気気 ななな 姿 に 喜 び に あ ふ れ ま し た 。 集 会 は 事 件 当 日 の ビ デ オ 上 映 か ら 始 ま り ま ししし たたた 。 暴 行 の 事 実 な ど 何 ひ と つ あ り ま せ ん 。 ﹁ こ れれれ ででで 1 年 3 か 月 の 勾 留 は ひ ど い ﹂ と い う 声 が 上 が りりり ままま し た 。 長 崎 大 学 教 員 の 高 實 康 稔 さ ん が 主 催 者者 挨挨挨 拶 を 行 い ﹁ イ ラ ク 派 兵 反 対 の 運 動 が 盛 り 上 が っっっっっっ ててて き て い ま す 。 そ の 闘 い の う ね り の 中 か ら 裁 判 勝勝 利利利 へ 展 望 を 切 り 開 こ う ﹂ と 呼 び か け ま し た 。 松 崎 さ ん は ﹁ 4 党 合 意 に 対 し ﹃ こ ん な も の は 飲 んんん ででで は い け な い ﹄ と 闘 っ て き ま し た 。 昨 日 、 海 自 輸 送送 艦艦艦 お お す み の イ ラ ク 派 兵 反 対 で 呉 現 地 闘 争 に 参参 加加加 し て き ま し た 。 労 働 組 合 と 団 結 権 を 破 壊 す るるる 攻攻攻 撃 と 闘 い 、 イ ラ ク 反 戦 闘 争 と 一 体 で 闘 い ま す ﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂ ととと 述 べ ま し た 。 羽 廣 さ ん は ﹁ 裁 判 闘 争 に 勝 利 し てて 、、、、、、、、 無無無 実 無 罪 を か ち と り 、 闘 う 国 労 の 再 生 、 労 働 運運 動動動 の 再 生 へ 全 力 で 闘 い ま す 。 そ の 力 で 侵 略 戦 争 ををを 行行行 う 小 泉 政 権 打 倒 へ 突 っ 走 り た い ﹂ と 裁 判 闘 争 支支 援援援 を 訴 え ま し た 。 国 労 九 州 本 部 前 書 記 長 の 手 嶋嶋 浩浩浩 一 さ ん が 講 演 し ﹁ 許 さ な い 会 運 動 を 砦 に 無 罪罪 ををを 勝 ち 取 ろ う 。 国 民 一 人 ひ と り に 訴 え よ う ﹂ ととと 提提提 起 し ま し た 。 県 内 の 労 組 代 表 が 大 同 団 結 を 訴訴 え ま し た 。 ま と め を 国 労 佐佐 世 保 地 区 闘 争 団 の 高 田 末末 博 さ ん が 行 い ﹁ 裁 判 闘 争 支支 援 、 無 罪 判 決 勝 利 の 署 名 、、、、、、 会 員 拡 大 ﹂ を 訴 え ま し た 。 2 月 29日 北 九 州 市 小 倉倉 北 区 の 女 性 セ ン タ ー ﹁ ム ーー ヴヴヴ ﹂ で ﹁ 国 労 組 合 員 ら へ の 暴 処 法 弾 圧 を 許 さ ず 、、、、、、 無無無 罪 判 決 を 求 め る 2 ・ 29北 九 州 集 会 ﹂ が 行 わ れ 、、、、 、、、、、、、、 地地地 元 の 国 労 、 教 組 は じ め 50人 が 参 加 し ま し た 。 国 労 門 司 地 区 闘 争 団 員 が 被 告 と の 友 情 あ ふふふ れれれ る 司 会 を し ま し た 。 最 初 は 事 件 当 日 の ビ デ オオオ 上上上 映 で 、 参 加 者 は ﹁ こ ん な こ と で 1 年 3 か 月 か ! ﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂ ととと 怒 り 、 被 告 の 無 実 を 確 信 し ま し た 。 主 催 者 挨挨 拶拶拶 で 宮 村 み つ お 代 表 は ﹁ 被 告 た ち は 正 義 心 の 強 いいいいい 人人人 達 。 無 罪 を か ち と ろ う ﹂ と 呼 び か け ま し た 。 次次 ににに 家 族 4 人 が ﹁ お 父 さ ん の 存 在 の 大 き さ が わ か っっっっっっ た ﹂ ﹁ 正 義 が 勝 つ と は 何 だ ろ うう か 。 力 を つ け て も ら い た い 。 ここここ の 実 態 を 知 ら せ て ほ し い ﹂ と 訴訴 え ま し た 。 被 告 の 羽 廣 さ ん は ﹁ こ の 弾 圧圧 は 我 々 だ け に か け ら れ た の ででで は な い 。 解 雇 撤 回 ・ 地 元 J R 復復 帰 の 闘 い を や り な が ら 無 罪 判判 決決決 を 獲 得 す る ま で 闘 う ﹂ と 表 明 。 松 崎 さ ん は ﹁ 1 177 年年年 間 国 策 と 闘 っ て き た 。 国 家 権 力 は こ れ を 許 せせせ ななな か っ た 。 そ の た め に 暴 処 法 で 弾 圧 し た 。 こ れ ををを 許許許 せ ば 資 本 と 闘 え な く な る 。 裁 判 闘 争 に 全 力 ををを あああ げ 、 無 罪 を か ち と る 。 腐 っ た 国 労 本 部 を 倒 し 、、、、、、 闘闘闘 う 国 労 を 再 生 し よ う ﹂ と 力 強 く 訴 え ま し た 。。。。。。 手手手 嶋 浩 一 さ ん が 講 演 し ﹁ こ の 弾 圧 を 許 せ ば 労 働働 運運運 動 が や れ な く な る 。 無 罪 獲 得 へ こ れ か ら が 本本 番番番 ﹂ と 提 起 。 友 人 が ﹁ 最 後 ま で 支 援 す る ﹂ と 表 明明 。。。。。。。。 ススス 労 自 主 内 川 さ ん が ま と め を ﹁ 無 罪 判 決 と 会 員員 拡拡拡 大 ﹂ と 提 起 し ま し た 。