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「基本権構成要件」なのか、それとも「保護領域」なのか

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Academic year: 2021

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目次  はじめに  用語上の混乱について  構成要件について  衝突と比較衡量について   はじめに

で︑は︑て﹁た︒て︑で﹁の﹁と︑る﹁た︒下︑ト・ー︵Robert Alexy ︱︶い︑る︒ば︑の﹁Tatbestand

に︑1

Grundrechtstatbestandを﹁ ち︑2

後︑を﹁ 3

Martin BorowskiGrundrechtstatbestandー︵︱︶ 紘は︑この翻訳をロベルト・アレクシーの弟子のマルティン・ボブロ 方︑4 て︑と﹁使

論の導入の可否が議論されるようになっている Drei Schritt Prüfungの﹁ また︑多くのドイツ国法学・憲法学の研究者の間で﹁基本権﹂︑特に︑ 5

6

Bernhard Schlink Bodo Pierot

BVerfGE105,252. Schutzbereich使 使 7

8

BVerfGE105,279.

使 Wolfgang Hoffmann-Riem ム︵︱︶て﹁ Grimm ︱︶グ・ GewäleistungsstaathrDieter ー・ム︵ て︑を﹁9

WinklerGrundrechte in der Fallpruefung: Schutzbereich – Eingriff – ︶の Daniela は︑ラ・ー︵ は︑た﹁ 10て︑     「基本権構成要件」なのか、それとも「保護領域」なのか中野雅紀

﹁基本権構成要件﹂なのか︑それとも﹁保護領域﹂なのか    中野三五茨城大学教育学部紀要︵人文・社会科学︑芸術︶六十八号

  ︵二〇一九︶

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Verfassungsrechtliche

解できよう︒ なる語が︑少しづつ語られる次元を変えつつ議論されてきたことが理 ﹂︑﹂︑び﹁ る︒よ︑﹂︑ 11て︑の﹁   用語上の混乱について

12 員( ゼフ・イーゼンゼーやボルフラム・ヘーフリングは基本権確定論について﹁保護領域﹂という用語ではなく基本権﹁構成要件﹂という用語を用いていて︑それをさらに広狭二つの﹁構成要件﹂論に分ける︒の﹁ば︑人をする自由﹂等の﹁グロテスクな権利﹂を基本権に算定しないこる︒調ド・ケースを回避することになるので︑思考経済に資するのではなか︒た︑る﹁性︑性︑我々にとって親しみやすい理論構成ではないか︒

行(―)員() か︑る︒の﹁件﹂の採用が思考経済に資すると言われるが︑構成要件を広く解す るか︑狭く解するかは︑保護領域を広く解するか︑狭く解するかの問題でもある︒ドイツにおける保護領域は一般的に広く解される傾向にあるが︑全て保護領域に取り込んでしまうわけではない︒例えば︑よく挙げられる例として﹁アウシュビッツの嘘﹂がある︒連邦は︑は︑言っている︒あるいは基本法八条一項で︑平穏にかつ武器を携帯せずに集会をする権利を有するという条文があるが︑これが保護領域ある︒つまり︑保護領域という言葉を使っても︑保護領域を広く解するか︑狭く解するかの立場は分かれる︒また︑中野会員は保護領域という言葉を使った方が法学者にとって馴染みやすいと言われるが︑それはどちらでもよく︑保護領域という訳語が定着しているので私は一応それに従っている︒ で﹁が︑て考えてよいのか︒すなわち︑猿払判決において渡辺会員が指摘したアド・ホックな比較衡量に陥らない︑星野英一氏が説くような価値体系のピラミッドを構築し︑法解釈の手続︵手順︶には一定の優先順位があるというような︑帰納的な意味での利益衡量論と解するのか︒

渡辺会員 藤田宙靖反対意見は比例原則を使っており︑思想良心 茨城大学教育学部紀要︵人文・社会科学︑芸術︶六十八号

  ︵二〇一九︶

三六

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の自由の内容をこれまでとは少しずらして読んでいる︒それを踏まえたうえで上告人の考え方は︑一九条で保障される可能性があるとた︒なっているとした︒したがって︑多数意見は制約の正当性を論じなが︑た︒た︒の﹁のは職務命令の必要性の審査と利益の均衡性の審査という比例原則の第二原則と第三原則を使ったうえで︑その審査密度を自由の直接的な抑圧になっているという侵害の態様を考慮して厳格にしたものだと理解している︒中野会員の理解とは若干のずれがあるかもしれない︒

以上のように︑論者によって︵ここでは︑わたしと報告者︵渡辺︶の間で用語の翻訳・選定が異なっている︒

に︑朗︵︱︶とする

13

刑法学から見るとすぐに︑違憲審査基準論には欠けているものがある︑と感じられるだろう︒憲法で保障されたいかなる基本権が制限されているのか︑それが明らかになってはじめて︑いかなる審査基準が適用されるかの議論に進むことができるはずである︒その点い︒り︑る︒も︑は︑で︑る︒際︑で﹁と︑る︒ これに対して︑ドイツでは︑基本権侵害の有無を審査・判断する枠て︑査︵Drei–Schritt–Prüfung︶﹂る︒は︑域︵Schutzbereich︶﹂↓﹁入︵Eingriff︶﹂↓﹁化︵Verfassungsrechtliche Rechtfertigung︶﹂る︒は︑の審査であり︑第二段階では︑国家の行為が基本権の保障する行為や状態を制限するものであるかの審査である︒それらが肯定されると︑第三段階として︑そのような国家行為は憲法上正当化されるかどうかが︑形式的および実質的な側面から審査されるのである︒憲り︑限︵入︶は基本権侵害として違憲となる︒そして︑この審査図式の第一階︑は︑件︵Grundrechtstatbestand︶﹂とも呼ばれる︒憲法における構成要件の理論である︒考えてみるとが︑る︒この三段階審査が刑法理論と類似していることはすぐにわかる︒基ら︑に﹁は︑の﹁に﹁る︵=﹁﹂︶ば︑その国家行為は一応違憲であるとの推定がはたらくので︑その推定を覆すには﹁憲法上の正当化﹂が必要で︑正当化されない限りは違憲と判断されるのである︒ 引用した工藤の文章は︑わたしが渡辺康行に問うた﹁それは刑法理る﹁Tatbestand性︑Rechtswidrigkeit性︑Schuld

﹁基本権構成要件﹂なのか︑それとも﹁保護領域﹂なのか    中野三七

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て︑部︑渡辺に代わって答えるものである︒すなわち︑基本権構成要件なる語を憲法学に導入するとき︑一日の長のある刑法学の構成要件理論の解釈学を憲法学のそれに転用し︑指針となってくれるれるのではないかということである

14 さて︑工藤は︑わが国における基本権構成要件理論を論じた文献と稿が︑り︑その評価は以下のようなものになる

15 ⁝⁝中野雅紀﹁ドイツにおける狭義の基本権構成要件理論﹂法学新報一〇二巻九号︵一九九六年︶一四三頁参照︒ドイツにおけるその後の論争も含めて︑實原隆志﹁基本権の構成要件と保障内容﹂千葉大学法学論集二三巻一号︵二〇〇八年︶一五五頁︒

すなわち︑このことが意味するのは︑わたしの議論はいささか旧くなり︑その論文には實原論文

ととしよう︒ が︑ここでは自制し︑石川健治の以下の指摘を中心に議論していくこ と﹁使 構成要件理論のその後の発展と︑やはり︑グリコール判決以降は﹁基 ある︒したがって︑その後の論文の屋上屋を築く虞があるが︑基本権 16等の補完が必要である︑ということで   構成要件について

り︑査︵Drei–Schritt–Prüfung︶﹂ ば︑は︑域︵Schutzbereich︶﹂↓﹁入︵Eingriff︶﹂↓﹁化︵Verfassungsrechtliche Rechtfertigung︶﹂

17

が︑治︵︱︶ば︑の﹁入︵Eingriff︶﹂て︑の﹁Schutzbereich︶﹂る︒て︑は︑下のように言う

18 て︑Eingriffは︑件としての重要性をもつドイツの場合とは異なり︑あくまで民事刑事・行政訴訟のなかで︑攻撃防御方法としての違憲主張が行われるに過ぎない日本では︑さほど大きな取り扱いが必要かどうかは疑問である︒それよりは︑違法・行為・責任の構成以来の伝統を踏まえて︑まずもって国家行為から議論をはじめるのが本筋であろう︒

Garant

て︑は︑Schutzbereich﹁保護領域﹂ではなく︑﹁保護範囲﹂と翻訳すべきとするが︑ここでまは︑ 茨城大学教育学部紀要︵人文・社会科学︑芸術︶六十八号

  ︵二〇一九︶

三八

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い︒ここでは︑学問上の︑特に翻訳上の﹁真摯さ﹂は当然であるけれも︑と﹁は︑

19 Carl Schmitt 使を﹁西雄︵は︑ず︑郎︵一︵年︶の論文を参照・引用しているのである︒また︑シュミットが﹁構成要件﹂なる語を用いているところは︑刑法学者のエルンスト・ルーヒ・グ︵Ernst Ludwig Beling

ないのである︒ シューレは以下の特別構成要件論との類似性を考えないわけにはいか ば︑郎︵の︑ 20と︑ た︑ば︑開する理由として以下のように言う

21

しかし︑それにも拘わらず︑行為概念を中心に犯罪論を展開する立場は︑形式・実質の両面において︑構成要件概念に指導形相としる︒ち︑ず︑は︑し︑る︑としたところで︑それらのうち︑構成要件該当性︑違法性︑有 責性という概念は︑それらのみでは実質的内容をもち得ない内容空虚な︑いわば︑形容詞的な意義・役割しか有しない従属的概念であり︑て︑何の実益もないものである︒要するに︑それらの要素は︑何か基体となるものに結びついて︑はじめて︑その重要な機能を営むべきもで︑じ︑で︑⁝︒て︑局︑は︑基体たる行為概念︑いいかえれば︑名詞的意義と役割とを担う行為概念に関係づけられて︑漸く︑その価値を評価されるものである⁝⁝︒これに反し構成要件該当性をもって指導形相とすれば︑こうした論理的帰結に全く反することにならざるを得ない︒ つぎに︑実質的には︑構成要件概念を中核とする犯罪論は︑その思想的基盤を人権擁護の点に置くのであるが︑人権擁護の精神はよいとしても︑余りにそれのみに拘泥するは社会規範たる法の本質にそぐわないことになるし︑事実︑犯罪構成要件の中には︑例えば内乱罪︑偽造罪の如く︑一定の目的を必要とするものがあるのであるが︑もし構成要件概念の個別化の機能を重視すれば︑これらの目的を構成要件に取り入れるのは当然のこととなるのに︑他方︑構成要か︑右の様な目的を構成要件に取り入れることは︑そこに裁判官の恣意導入の突破口を開くことを意味し︑従って人権保障の立場からは︑絶対に︑かかる主観的構成要件要素をみとめるべきではないとの結論に到達することになる︒

﹁基本権構成要件﹂なのか︑それとも﹁保護領域﹂なのか    中野三九

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  衝突と比較衡量について が﹁Rechtfertigungる︒く︑て﹁や﹁﹂︑る﹁入っていくのである︒ここにおいても石川健治の説明を借りることにしよう

22 このように︑現行憲法の権利条項は︑基本的に︑留保のない権利る︒し︑は︑ば︑他者=第三者の存在を想定した権利ばかりである︒憲法上の法人格は︑さしあたり国家との間の主観法=法関係に関わるものであるとはいえ︑他者の法益侵害を厭わない傍若無人の人間像を︑憲法が想定しているとは考えにくい︒

で︑突︵Kollision由に︑国家が憲法上の権利を制約しようと試みてきた場合なら︑当事者が︑憲法上の権利に内在する制約として︑これを受任することは︑う︵Zumutbarkeit︶︒で︑る防御権としての憲法上の権利についても︑防衛行為としての相当性︵Angemessenheitる︒て︑大多数の憲法上の権利については︑その制約根拠を文字通り﹁内在的﹂に追求していく︒

しかし︑それは︑国家による過剰規制を許容する︑という趣旨でい︒で︑止︵Übermaßverbot則︵Verhältnismäßigkeitsprinzipが︑る︒て︑それを実現するための規制が過剰で︑相手方国民の権利を必要以上 に侵害している場合には︑最適な︵optimal︶解決とはいえない︒

VerhätnismäßigkeitgeeignetGeeignetheit︑﹁Erforderlichkeit

ここまで論じれば︑本文で線を引いた部分からもわかるように︑比る︒は︑のように記述されていることからも理解できよう

23

基本権制限が内容の点で憲法の要求を満たしているかどうかの論証は︑基本権制限が公共の福祉に適っているかどうかの論証に解消すできないとすると︑基本権制限の正当化の論証手続は別の側面かい︒と︑ここにおいては︑基本権制限によって保護しようとする利益と基本権制限によって犠牲にされる利益のバランスをとろうとする姿勢がる︵︶︒た︑達成するために設定された手段とみなされている︵目的・手段の図式︶︒比較衡量と目的手段の図式という二つが︑基本権制限の正当化の論証の枠組みとして用いられているように見える︒⁝⁝ 茨城大学教育学部紀要︵人文・社会科学︑芸術︶六十八号

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参照

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