− イ ー
『寄生的=植民地的』帝国主義の範噂=
段階規定
山 本 筒
1.は じ め に
イギリス帝国主義を全機構的に把握せんとする場合,段階的な点と範疇的な 点との2つの視角から接近するこ.とができる。レ−ニソは,「帝国主義のでき
るだけ正確な定義」として,帝国主義を資本主義の特殊な歴史的段階と規定 し,その特殊性の本質と■して,闇独占資本主義,(2)寄生的な,または腐敗しつ つある資本主義,(3)死滅しつつある資本主義の3点をあげ,帝国主義が独占的
(1)
=寄生的=過渡的資本主義であることを明らか把した。しかし,これらの3っ の特質は,国際的紅不均等にあらわれたのであって,こ.の範疇的特殊性につい てレー・エソはつぎのよう軋述べている。「最近の数十年間には,大工東や交易 や金融資本の圧迫のもとに,世界の平準化,すなわち種々の国払おける経済と 生活諸条件の平均化が強くすすみほ.したが,それがどんなに.強ぐすすんだとこ
・・− … = = … … … ‥(9)
ろで,やぼ.り相違は.まだすくなからずのこっている。.」そしてニ6大強国をつぎの
「3種類の国」に.分類している。すなわち,(1.)若々しい,異常な速度で進歩し
(1)レ−エソ『帝国主義と社会主義の分裂』,レ−ニソ全集努23巻,112ぺ−汐。現代の世界 を正しく認識するうえで,第1次大戦前の「古典的」帝国主義の研究は,決定的に.重要 である。世界の諸国は,この時期に敷かれた歴史的軌道の上をその後頑強な必然性をも って疾走するからである。レーニ・ソは,まず世界を民族的発展の視角から4つのグル−
プ紅分割する。すなわち,(α)金融的・政治的紅白宜した国,(β)金轡的に・は独立して いないが政治的紅は自立した国,(γ)単植民地(中国)およぴ(∂)植民地および政治的従 属国がこれである(レ−エソ『帝国主義論ノL−・ト』《以下訂ノ」−ト』と略す》・レ・一千ン 全集邦訳,大月書店刊,第39巻,687ページ)レーニンほさらに(α)群に属する4カ国
(イギリス,ドイツ,フランス,アメリカ合衆国)と(β)群紅属する1部の国(ロレア と日本)を「6大強国」と呼んでいる。(レーニン『資本主義の最高の段階としての帝国 主義皿 《以下,『帝国主義論』と略す》レ−エソ全集邦訳,大月書店刊,第22巻,298ぺ−
ジ。)
(2)『■帝国主義論』,全集貨22巻,299ぺ一−ジ。
『寄生的=植民地的.』帝国主義の範疇=段階規定 −β −
つつある資本主義国(アメリカ,ドイツ,日本),(2)これらの国にくらぺて最近 その発展がはなほだしく緩慢紅なっている資本主義発展の古い国々(イギリ ス,フランス),(3)経済の点でもっともおくれ,そこでほ現代の資本主義的帝国 主義が,いわば前資本主義関係のとくにこまかな網の目でおおわれている国
(3)
(ロシア)が,これである′。こ.の3つの国別範疇規定は,さきの3つの段階 規定のそれぞれに対応しているのであって,それぞれ異った歴史的規定性を
(4) もちながらも,アメリカ,ドイツ,日本では独占的側面が,イギリス,フラン
(5) スでは寄生的側面が,そしてロシアでは過渡的側面が,主要な特質をなすので
ある。さらに,小論の対象をなすイギリス帝国主義について,レーニンはフラ
く¢) ンスの高利貸的帝国主義と区別して,植民地的帝国主義とよんでいる。これ
は,イギリスの資本輸出の地域構成に.着目して規定されたものであるが,イギ リス帝国主義全体の規定としても妥当することほ,『帝国主義論』の論旨が全体 としてしめすところである。したがってイギリス帝国主義ほ,『寄生的=植民地 的』帝国主義と規定することができる○ こ.れは主として「■帝国主義の二大特徴 一一膨大な植民地領土と世界市場における独占的地位−が,イギリス・セはす
(7)
でに19世紀のなかごろから存在してし、た」という特殊な歴史的諸条件によるも のといえよう。
私は,小論においてイギリス帝国主義研究の基準を設定するために・,資本輸 出を基軸としたイギリス帝国主義の特殊性を明らかにして,その匁析の基礎視
(3)上梅香,299ぺ一−ジ。
(4)同じ独占資本が主要な特質をなすといっても,これらの諸国は,土地所有との内的連 関においてこ異なった構造的特質をもつ。この点についてほ,レーニン『1905−1907年の
ロシア革命における社会民主兇の農業綱領』,全集第13巻,234−236ぺ−汐参照。
(5)「■死滅しつつある資本主義」の側面が主要な特質をなすロシアについて,レ−エソは つぎのように述べている。「全体として,ロレアでは軍事的・封建的帝国主義が優勢で ある。世界中で,ロシアはど国内の住民の大多数のものが抑圧されているところは,ど
こにもない。すなわち,大ロンア人ほ人口の亜%,つまり半分以下を占める紅すぎず,
のこりのものはすべて「異民族」として異権利である。ロンアの人口1億7000万人のう
ち約1億人が抑圧されて,無権利である」(『社会主義と戦争』全集第21巻,312ぺ・一汐)。
(6)『帝国主義論血全集第22巻,279−280ぺ・−汐。
け)『帝国主義論』,全集第22巻,327ぺ一汐。
第42巻 寛1・2号
− 6 一
角をたちいって検討してみようと思うのである。
2.資本輸出と寄生化
帝国主義分析の基礎範疇をなす金融資本についてレ−・ニンは.,『帝国主義論』
において,「生産の集積,そこから成長してくる独占,銀行と産業との融合ある
(8)
いは癒着一−−−これが金融資本の発生史であり,金融資本の概念の内容である」と 簡潔で正確な一・般規定を与え.たことは周知のとおりである○他面,レー・ニンほ
同じ著作のなかで,金融資本の発生時期,発展の速度,組織形態および普及の
程度紅ほ各資本主義国に.おいて大きな差異のあることをくり返し強調したので
(9) ある。ではイギリス金融資本の特殊性をレーニンはどのよ.うにみたであろう
か。『帝国主義論』欝1草生産の集積と独占体紅おいて−,レ→ニンほ独占の形態 ある小はその発生時期に.おける相違はあっても,自由貿易の国イギリスでもや
(10) ほり生産の集積紅よる独占に導きつつあることを指摘し,同じく第2章銀行と
その新しい役割においてイギリスの普通銀行預金と貯蓄銀行預金をあわせた預 金額が,1880−1908年の間に.2.7倍に.増大し,かつ1908年にフランスないし
イツの預金額を凌駕して−いることを表示して,イギリス匿おける銀行業務の発 展をしめすとともに.,銀行業務の集積を支店数の大銀行への集中で明らかにし
く11)
た。しかし,レーニンほイギ.リス紅おける銀行と産業との融合あるいほ癒着の 形態紅ついてほふれていない。そして同著の第3章金融資本と金融寡頭制の最 後の部分において,「帝国主義とほ,あるいほ金融資本の支配とは,このよう な分離(貨幣資本と産業資本キの分離一山本)が,著しい規模に・達する,資本
(12)
主萄の最高段階である」と述べ,金融資本の成長を有価証券の発行高で判断で きるとしている。こ.の規定は,さきの金融資本の一・般規定とどのよう紅かかわ
(8)上掲晋,260ぺ」一汐。
伯)たとえば,『帝国主義論血全集第22巻,228−230ぺ一汐;276ぺ、一汐;299ぺ一汐;336ぺ−
ジ。参照。
(10)上掲書,228−230ペノ・−ジ。
nl)上掲書,250ぺ一−ジ。
(12)上掲杏,275ぺ一汐。
『寄生的=植民地的』帝国主義の範疇=段階規定 −、7−
り合うのであろうか。すなわち,後の規定でほ,貨幣資本と産業資本との分離 が著しい規模に.達することと規定し,前の規定でほ,銀行と産業との融合ある
いは癒着と規定したのである。私ほこ.の媒介環として∵レー・声ンが資本の商品 化,つまり有価証券資本の発展を措定して.おり,したがって金融資本の発展を 示す指標として有価証券発行高をとったものと解する。さらにイギリス金融資
(13) 本の特殊性は,算1表の示すように国内証券に匹敵するだけの外国証券からな
って.し、ることであり,イギリス金融資本の蓄積と循環は,世界的な規模でおこ なわれたといえる。したがってニ,国内的金融資本ほ上の国際的金融資本の循環 に従属し?つ,いちおうそれから絶ち切れたところで別個の独自な循環を形づ
(14)
くっていたといえ.よう。
では,イギリスにおいて巨額の資本輸出がおこなわれた理由は何であろう か。その際問題ほわかれて次の3つとなるであろう。すなわち,(1)資本主義の もとで資本輸出が必然化するのほ.なぜか,(2)帝国主義段階に・おいてそれがとく
第1表 各国の有価証券発行額 (10倍マルク)
に巨額に達するのはなぜか,および(3)イギリスにおいて資本輸出がとくに顕著 に,経済史上例外的といわれるはどまでにおこなわれたのはなぜか,がこれで ある。これらの諸点についてのレ−ニソの見解をみよう。まず第1の資本輸出 の必然性についてレL−ニンは,先進諸国においては,農業の未発達と大衆の貧 困という条件のもとで資本にとって有利な投下場所がなくなったこと,他方後
(1劫 レ一−ニン「『社会経済学大綱』抜粋」,『ノ−ト』全集第39巻,35ぺ一汐0
(1亜 この両者の関係についてレ−エソ軋必ずしも明確にしていない。今後のイギリス帝 国主義研究において補充され,発展せしめらるぺき問題点である。
算42巻 鱒1・2号
・− β −−
進諸国でほ資本がすくなく,地価が比較的低く,賃金が低く,原料が安いため
(1∂) に利潤が高いことをあげている。こ.の先進国と後進国との利潤率格差に資本輸
出の必然性を求める考え方は,すでに.マルクスの指摘したところである0マル クスほ「資本が外国に.送られるとすれば,そうしたことが起るのは,それが国
内で絶対的に就業させられないからでほ.なく,外国ではより高い利潤率で就業
(16) させられるからである」と述べ,そのより高い利潤率の理由を「1…植民地など
は総じて発展度が低いので利潤率が高く,また,奴隷や苦力などを使用するの
(17) で労働の搾取(皮)も高いからである」と説明している。先進諸国における農
工の不均等発展および窮乏化もすでにマルクスの分析したところであるので,
資本輸出の必然性についてレーニンは,マルクスの見解を踏襲しているといえ る。
第2の問題,つまり帝国主義段階における資本輸出の特殊性紅ついてレーニ
ンほ,資本の供給国側と需要国側にわけて考察する。まず,資本供給国側につ いてレーニンは,貨幣資本と生産資本との分離,つまり金利生活者と企業家と の分離を指輝するのであるが,これもすでにマルクスの指摘したところであ
(18)
り,レーニン自身「資本主義一・般に周有のこと」であると述べている0レーニ
ンが帝国主義段階の特殊性としてあげるのは,先進諸国において貨幣資本と産
●●●●●●●●
● 業資本との分離が著しい規模に・達すること,金利生活者つまり貨幣資本の供給
者が異常紅成長することである。さらにレー土ソほ,需要側の要因を資本輸出 の可能性とよぴ,後進諸国が世界資本主義の取引のなか紅ひきいれられ,鉄道 幹線の開通および敷設,さらにユ業の初歩的発展のため紅多額の資本を需要す
(15)『帝国主義論皿全集第22巻,277−278ぺ−・ジ。
(16)マルクス『資本論』,長谷部訳,青木書店,算Ⅲ部,371ぺ−ジ。
(川 上掲書,第Ⅲ部,347ぺ一汐。マルク不は:『資本論』の中で,富の増加→所有者階級紅 おける富の集積および集中→金利生活者たちの数および富の増大→集中的証券市場の成 立,の一題の論理の必然性を示し,資本がより高い利潤をもと軌て二海外へ輸出されるこ
とを明らかにした。エンゲルスも『資本論』第Ⅱ部補遺Ⅱ取引所において,1866年以降に おける金利生活者,取引所,対外投資および植民の密接な結びつきを明らかにしてい る。
(畑 F帝国主義論』,全集第22巻,275ぺ−・ジ。
『寄生的=植民地的』帝国主義の範疇=段階規定 −9−
(19) ることをあげている。かくしてレ−ニンほ.「■世界はひとにぎりの高利貸国家と く20) 圧倒的多数の債務者国家とに.分裂した」ことをもって帝国主義段階の特殊性と
みて−いる。
つぎに・第3の問題,つまりなぜイギリスにおいてとくに資本輸出が巨額紅達 したかという問題をとりあげよう。この問題ほ,上に.述べた資本輸出の2つの 要因一供給要因と需要要因−が,とくに・イギリスにおいて強力紅作用した
ことで説明できる○すなわち,供給側でほイギリス資本主義の先進性が資本の 蓄積を増大せしめ,かつそ・れが,,所有者階級に集中し,金利生活者を肥大化せ
しめたためにイギリスほ世界最大の有価証券保有国になった。他方,需要側で も,19世紀のなかごろから膨大な植民地領土をもら,さら把.その後の帝国膨脹 に・よって「植民地独占」を形成しており,公債,鉄道債などの形で資本の需要 が活額であった。
さて,このようなイギリスの資本輸出を患的側面と質的側面の二面から考察 しよう。レーニンが『帝国主義論ノ−・卜』(以下『ノ−ト』と略す)であげている ように,イギリスの対外投資総額の規模ほ論者によってかなりのくいちがいが あるが,著名なイギリスの金融政策家サ−・エドガー・スパイヤー・(Si工E.
(21) Speyer)は,1900年6月に・25億ポンド,1910年末にほ35億ポンドと見積ってお
り,さらに1915年5月の演説でロイド・ジョージほ40億ポンドと推定して・い
(22)
るbつぎに,イギリス資本輸出をジョ一汐・ぺイレふ(J・Paish)が1pOト08年 についておこなった統計によってみよう0まず投資地域別構成では,同年の海 外投資総額27億ポンドが,インードおよび諸植民地に13億1200万ポンド,その他
(23)
の外国に13億8100万ポンドとはとんど同額紅分配されている。レーーニンほ,イ
(19)上掲苔,278ぺ−ジ。
(御 上掲審,320ぺ−ジ。
但1トレ・−・エソ「リ−サ『ドイツの大銀行とその集中』抜粋」,『ノ・−ト』,340べ」−ジ。
但オ レ−・ニ・ン「ロイド・ジョ・−・ジの40億ポンド論」,上掲書,291ベ・−ジ。レ−エソが『■帝国 主義論』第11表紅示したイギリスの海外投資額(フランで表示)をポyド紅換算すれば,
1862年1億4千万ポンド,1872年6億ポンド,1882年9億ポンド,1893年17億ポンド,
1902年25億ポンド,1914年30〜40億ボンドとなる。(『帝由主義論≠279ベーー汐)。
位3)レ・−・エソ「リーサ『ドイツの大銀行とその集中』抜粋」,上掲苔,340ベ・−汐.。
第42巻 第1・2号 10
−JO・−
ギリスの巨額の資本輸出が広大な植民地ともっとも密接紅結びついて−いる点 に,イギリス資本輸出の他国のそれとわかつ点を認めて,イギリス帝国主義を
●●●●●●●● 植民地的帝国主義と規定したことほ,前述のとおりである。つぎに.,投資対象
別構成でほ,総額2,693,738,000ポンドのうち,公債(政府と地方自治体の)
757,460,000ポンド(28.1%),鉄道1,198,991,000ポンド(44.5%),銀行・炭鉱
(24)
・石油その他737,287,000ポンド(27.4%)となり,鉄道が第1位に・ある。こ の点に着日すれば,第1次大戦前の資本輸出を鉄道帝国主義とよぷことができ
●●●● よう。又投資形態では,イギリ.スの資本輸出ほ,産業資本の輸出では.なく,貸
(2弓)
付資本形儀でおこなわれた。このように滞1次大戦前のイギクス資本輸出は,
単紅その鼠において例外的であったのみならず,質においてもきわめて特異な
ものである。これを要するに,イギリスほ,『貸付資本的=植民地的鉄道帝国 主義』と規定することができよう○
このような巨額の資本輸出は,イギリスの経済構造および階級構成にどのよ うな作用をおよほしたであろうか。『ノート胱よれば,スノミノ、ヤL−は,1900年
しっ小1
6月7日の講演でイギリスの海外投資年収益を1億1千万ポンドを見積り,ぺイ
(27)
シコ・
たいする年利ほ5.2%であるが,こ.れを1913年の海外投資総額40億ポンドに.適 用すれば,年間約2億ポンドがイギリスに・流れ込んだことになる○ したがって イギリス国民所緒払おける海外投資収益の割合も急増し,「1865年から1898年 まで紅,イギリスの国民所得ははば2倍に.なったが,この期間に,『外国から
(2亜 レーニン「『王立統新協会雑誌』,1911年1月号のペイレユの論文,抜粋」,上梅香,357
べ・−ジ。
幽 レ−ニソは,『帝国主義論』貨5輩に.おいて「資本と生産との世界的集積」と「超独占」
について述べ,これらの巨大な「複合された」企業が,外国紅「子会社」や在外代理店 をもうけ,発明や経験の相互の交換をおこなっていることを指摘して−いる。そこでほ,
電気産業におけるイギリスの立遅れが示唆され,又石油業紅ついては,ロックフェラ−
の「石油トラスト」に対抗する「主要な敵」としてアングロ=ダッチイン1エル」トラス トがあげられて))る。(『帝国主義論』,全集第22巻,283−287ベ一汐)。
田切 レーニン「リ・−サ『ドイツの大銀行とその集中』抜粋」『ノ−F・』,全集第39巻,340ペー ジ◇
(押 上掲苔,204ぺ・一汐。
『寄生的=植民地的』帝国主義の範疇=段階規定 −Jユー 11
(28)
の』所得ほ9倍に.増加した。」このような巨額の超過利潤が,イギーリス帝国主義 の経済的基礎をなしてし、たのである。
もとより,このような資本輸出ほ,商品輸出を促進する手段となる。すなわ ち,「金融資本は,1頑の牛から2枚の皮をとっている−一帯1にほ,借款 からの利益と,第2にほ.,借款が鉄道材料なとの購入紅あてられるほあい,
(29)
その同じ借款からの利益を,まきあげて.いる,からである。たとえば,レ−・ニ ンほブラジルの鉄道建設の例をあげ,その出資国であるフランス,ペルギ−・,
イギリス,ドイツが,鉄道建設と関連する金融上の取引のさいに,鉄道建設材 料の供給を自国の手紅確保しているこ.とを指摘している。しかし,イギリスに おいてほ資本輸出と資本財輸出の間の対応関係ほしだいに.分解しはじめるの である0レーテンほ,『ノート』の中でシ1ユ・ルツエーゲーグァエッソ(Schulze−
Gaeve工nitz)『イギリス帝国主義』からつぎの抜粋をつくっている。「工業国家に くらべて債権国家が徐々に.前面紅出ている。いずれのばあい紅も,イギリスの債 権所得ほすでに.全外国貿易の純収益を4倍も凌筒している。1899年にギッフェ
r.ほ,輸出入総額8億ポンドについて純収益を1800万ポンドと見積もったが,
これに/たいして慎重な見積もりによれば,外国からの利子収入ほすでに.9000万 ポンドないし1億ポンドと計算されていた。そのうえ,この後のはうの収入の
(30)
大きさは急激に増加しているの紅,対外貿易は1人あたりでは減退して1、る。」
そして「自由貿易か財政改革かの問題ほ,ある点でほ慮某国家と債権国家との
(31)
闘争である」としてイこ.の信用上の韓合」は「チ土ンパレ∵ソの特恵関税」より
(32)
もおそらく強い≪利害の紐帯≫であることを指摘している。こ.の点は,イギリ スの関税改革の研究への一・視角を提供するものである。
レーニンほ,述べている。「こ.うして,帝国主義の傾向の1つとして−『ト金利
郎)『■帝国主義論一』,全集第22巻,325ページ。
渕 上掲苔,338−339ぺ」一汐。
鋤 レ−ニソ「ミ/ユルソェ「デーグァエッソ『イギリス帝国主義』抜粋」,『ノ一−r・』,全集発 39巻,419ベ・−ジ。
飢 上掲苔,420ベ′一汐。
(32)レ・−−ニニ:/「『社会経済学大猟』抜粋」,『ノ−ト』,全集算39巻,40べ一汐。
欝42巻 第1・2号 12
−J2−
生活者国家』,高利貸国家の形成ということがますます明瞭紅現われてきて,こ れらの国のブルジョア汐−・ほますます資本輸出と『利札切り』とでくらすように
(33) なる。」「帝国主義のもっとも本質的な経済的基鹿の1つである資本輸出ほ,金
利生活者の層の生産からの完全な遊離をますますつよめ,いくつかの海外の諸 国や植民地の労働の搾取によって生活している国全体紅,寄生性という刻印を
(餌)
おす。」レ−・エソは,イギリスの金利生活者の数をほぼ100万人と推定し,全人 口忙しめる生産的人口のパ−セントが1851年の23%から,1901年の15.%に.低下 したこと表示している。このような経済的寄生と腐朽とは,古い帝国イギリヌ のカを弱め,他方従属民族で軍隊を編成すること,および彼等紅労働を教えこ
(泌)
むことほ,彼等の経済的解放をさらに政治的解放をも準備する。しかし,帝国
主義国と植民地との闘争に.よる植民■他の政治的=経済的解放ではなく,植民地 の政治的=経済的分割をめぐる小数の帝国主義列強のあいだの闘争こそが,20
世紀初頭全体を特徴づけることになったのである。
3.植民地領有とその再分割
かくして,金融資本の国際政策の1つである世兎の分割および再分割につい て検討する必要が生ずる。レーニンは,帝国主義の植民改廃が,資本主義以前の
植民政策−たとえば,ローマの植民政策−や資本主義の従前の諸段階の資
本主義的植民政策と本質的紅異なる点として,それが「金融資本と,きわめて緊 密に結びついて」「→・般的体系となり,『世界分割』の諸関係の総体のなかの一・
(諦)
部となり,世界金融資本の活動の連鎖の−・環に転化している」ことをあ伊てい る。そして滞国主義のト戯」理論−たとえば「大口↑マと大ブリテン」との
($7) 比較 【 を「空虚な駄弁や駄ぼら」であると批判する○
さて,レーニンは,イギリスの植民政策の発展について,1840−1860年代を 鍋 レ−ニン『帝国主義論』,ノ全集第22巻,347ベ一汐。
(34)上掲書,319−320ぺ−ジ。
脚 上掲審,325ぺ−汐。
(36)上掲苔,305ぺ−ジ。
抑 上梅香,300ぺ一−ジ。
『寄生的=植民地的』帝国主義の範疇=段階規定 −Jβ−
13
「イギリスの指導的ブルジョア政治家たちは,植民政策に反対であり,植民地
の解放,イギリスからの植属地の完全な分離を,不可避で有益なこ.とと考え
(38)
た」時代・1860−1880年を「 イギリス軋と?て・は,植民地略取がおそ卑しく強 まった時期」,そして19世紀の最後の20年間を「それがきわめて.顕著な時期」と
(89) 区分している0とく紅ホプソンを援用して1884−1900年を「膨脹」(領土の拡 張)の時代と規定し,「この時代に,イギリスは5700万の人口をもつ370万平
(40)
方マイルを獲得した」と指摘している。1914年のイギリスの植民地ほ,面積 3350万平方キロメートル,人口3億9350万人把.達し,全世界の植民地における
イギリス植民地の割合ほ.,面積45%,人口69%に達し,イギリスの「植民地独
(41)
占」ほますます強化されたのである。レーニンほ『ノート』の中で,〈く歴史>そ のものは事実の無味乾燥な潅列のようである。〉と後書きしながらも,モリス
(42)
『植民史』の統計的概括を丹念にノ−卜している。第2表ほ,そ中一灘である○
このよう紅イギリ′スの植民地は,全世界にまたがって.おり,イギリスの世■界支 配二搾取の基盤を形成したのである。
】 伽)上掲昏,296ぺ−・汐。
8功 上掲啓,295ぺ−ジ。
(抑 止掲寄,295−6ぺ−ジ。レ−・エソの『ノート』の申で,「Jl.A、.ホプソソ『帝国主義論,』
抜粋」は,分量の点で−・番多く,レ−エソがいかに「十分な注意をはらって利用した」か がうかがわれる。レーニンのホプソン評価は二面性をもつ。まず積極的評価としでは,
「との労作(ホプソソ『帝国主義論』のこと一山本)ほ,私の確信するところでは,その ような注意を受ける紅あたいするものである」,「土め著者(ホプソンのこと一山本)は,
帝国主義の基本的な経済的および政漁的特質の非常に.すぐれた詳しい記述をあたえてい る」,「植民地にも,金融資本に.も,帝国主義的経験にももっとも富んでいる国の事情に,
精通している」。他方消極的評価としては,「公然たる平和主義者で改良主義者であるイギ
リス人」,「ブルジョア社会改良主義と平和主義の見地に立っている」,「本質的にはイギリ スの坊主の偽聾で記述している」「はっはっ!!帝国主義の小市民的批判の真髄Jと述べ ている。レ−・エソのホプソン紅たいする鏡板的評価の基永的理由の一つは,レ−エソの 主要な 論敵カクッキーー,およびヒルプア√−ディング批判の手段に使っていることであ る。つまりホプソソは「異邦人」であるの紅対して,ヒルプア−ディングとカクッキー は「異端者」だからであろう0たとえば,ヒルプァ−ディyグは,
腐朽の問題で,カクッキーは,帝国主義の定義および超帝国主義の問題でホプソソにく らべて「一・歩後退」していると述べている(『帝国主義論』および『ノ−・ト』参照)。
(41)レ一三ン『帝国主義論』,全集算22巻,298ノ<一汐。
仏功 レーニン『ノ−ト』,全集第39巻,220ぺ・−・ジ。
第42巻 第1・2号
第2表 イギリスの植民地の発展
一力仁一 14
1飢昨l18碑 t1880年l1890−18画1899年、l
総 面 積 ▼」三戸方ヱニtノビュ ヨ エ ロ ツ パ
2,541,2401 7,684,970】 9,113,1761 9,324,03ち
1,163† 127〜 119】 119
875,797 963,38411,827,22811,827,579 ア 汐 ア
ア フ リ カ ア メ リ カ オーストラレ−
、レア 総 人 口
129,9761 278,446】 341,858】 367,928 959,170】 3,3592431 3,768,818】 3,952,572 580,1341 3,083,7701 3,175,153【 3,175,840 126,408,4001145,129,080】267,935,1441304,715,7041308,992,339
191,4171 204,421 340,000】 386,5571 175,186
288,436,340t291,586.688 124,200,0001137,279,105】256,148,625
4,963,062j 4,931,780 243,500J 835,650f 2,7ユ7,816
6,708,0421 7,260,169 4,416,8431 5,009,281
しかし,イギリスの世界支配の領域ほ,こ.れをはるかに.凌馬する。レーニン ほ述べている。「金融資本は,あらゆる経済関係とあらゆる国際関係とにお)「
て,巨大な,決定的ともいえるはどの勢力であるから,そ・れほ,完全な政治的
(43)
独立を有している国さえ隷属させる能力があるし,実際紅隷属さやている。」
「こ.の時代にとって典型的なのは,植民地を領有する国と植民地との2つの基 本的グル−プ好けでなく,政治的には形式上独立国でありながら,実際にほ金 融上および外交上の従属の網でぐるぐるまきに.されている,従属国の種々さま
(44)
ざまな形態もそうである。」レーニンは,こ.の過渡的形態として『半植民地』と
『金融的紅は独立していないが政治的には自立した国』をあげている0㌣−ニン ほ,前者の例として中国,後者の例としてアルゼンチン,ポルトガルなどなあ げている。レ−ニッは,後者について『ノート』の中でつぎのように抜粋してい
(43)レー・エソ『ト帝国主義論.』,全集第22巻,300ぺ−・ジ。
舶 上掲書,304ぺ」−汐。
『寄生的=観民地的』帝国主義の範疇=段階規晃 一J5−
15
る。「債権国イギリスほ,帝国内の相互依存をこえて,日本を政治的従者の,
アルゼソチンを植民地的隷属の,ポルトガルを隠蔽された債務奴隷の地位に・お いて−いる。ポルトガル領アフリカの金モールをつけた総督は,イギリスのあや
(45) つり人形である。1』さらに「イギリス艦隊ほ.,万一・のばあいほ執達吏の役割を演
(46) じる。イギリスの政治的威力はその債務国の反逆からイギリスを保護する」
(レふルツエーゲーグァニッツ)。世界のあらゆる地方に.ある数に.して約40の海
(47)
軍根拠地と「イギリスの海洋女配の信号機」とよほれた大貯炭所は,イギリス の制海権を完成する。植民地領有の維持と拡丸 他国の金融的=外交的従属化 およぴイギリス艦隊の制海磯,これがイギリスの世界支配の主要な『柱』である といえよう。
こ.のようにし「この時期(19世紀末一山本)の特徴ほ.地球の最後的分割」で あり,「地球上の占拠を完了した。」「だから,今後(20世紀一山本)にきたる ぺきものは,再分割,すなわち,ある『所有者』から他の所有者への移転だけ」
(48)
である。こ.のよ.う紅レーニンほ世紀の交を,世界の「分割」の時代から「再分 割」への移行を劃するものとみる。レーニンは,世界の再分割の必然性を不均 等発展の法則で説明するのであるが,この点を立ち入って検討しよう。
レーニンはまず,金融資本の支配が,経済的および政治的諸条件の驚くべき 多様性,いろいろの国々の成長の速度その他における極端な不均等,帝国主義 国家のあいだの激烈な闘争を強めることを力説する。そして世界経済の内部の
不均等性と矛盾を集中的紅表現するものとして,鉄道の発展をあげている。す
なわち,鉄道ほ.,一方でほ.,資本主義産業のもっとも主要な部門である石炭業 と製鉄業との総括されたものであり,また大規模生産と独占体と鍛行と,また 金融寡頭制と結びついているとともに.,他方では前述のように鉄道建設は,植
肋 レ・−,エソ「『社会経済学大綱』抜粋」,『ノ−・ト』,全集第39巻,40ぺ・−・ジ。
(姻 レ−・ニン甘帝匡主義論』,全集第22巻,321ぺ−ジ。
(47)レーニン「P.デーソ『ドイツの植民政策と世界政策について』抜粋」,『ノーート』,全集第 39巻,633ぺ一汐。
鵬)レーニン『帝国主義論』,全集第22巻,294ぺ−ジ。
第42巻 第1・2号 16
ーJ6 −
(49) 民地および半植民地の人民にたいする抑圧の武器である。帝国主義発展の最近
の10年間をみれば,鉄道の発展がもっとも急速にすすんだのは,植民地とアジ アおよびアフリカの独立国(と半独立国)とであるが,これらの鉄道投資は,
金融資本匪イとくに有利な条件」と「収益性の特別の保障」を与えるととも に,産業資本にたいして「製鋼工場その他のために有利な注文」」つまり鉄道建
(50)
設材料の注文を与えることをレーニンは指摘している。このように鉄道は,金 融資本の世界支配の筋骨体系をなすものといえよう。
ところで「世界的規模における現代の独占資本主義の総結果」として「鉄道
(軋)
綱の分布,その分布の不均等,その発展の不均等」が不可避的に生ずる。鉄道 の仝延長の約80%が,植民地をふくめた最大の5大強国に集中して‥いる0 に.,アメリカ,ロシアその他の国の鉄道の株式と社債の巨大な畳が,イギリス とフランスの百万長者軋属しているために.,鉄道の所有権の集中,すなわち金 融資本の集中ほこれよりほるかにいちじるしい。鉄道建設は,前述のよう紅植 民地および半植民地で急速に発展しているために,生産力の発展速度よりも植 民地領有の規模に大きく依存する。「イギリスは,その植民地のおかげで,ド
(占3)
イツの4倍紅あたる10万キロメ−トルだけ『自国の』鉄道網を増加したd.」ところ が,ドイツの生産力の発展,とくに石炭業と製鉄業の発展ほ,イギリスにくら ぺて,比較に.ならないはど急速であった。1892年にほ,イギリスの680万トン 紅たいしてドイツは490方トンの銑鉄を生産した紅すぎなかったが,1912年紅 は,イギリスの900万トン紅たいして,ドイツはすでに・176P万トンと2倍を生 産した。地球全体がすでに分割されてしまった以上,「植民地を暴力的に・再分割
せずには,新しい帝国主義国は,より古い(そして,より弱い)帝国主義的大
(58)
国のもっている特権を手紅いれることができない。」レーニンは問うている。
==◆●●●●●●●
「そこでたずねるが,資本主義という基盤のうえでは,一・方紅おける生産力の 個 上掲書,218−219ぺ一声。
(5〔り 上掲書,316−317ぺ一汐。
伍1)上梅香,218ぺ一汐。
62)上掲書,317ぺ−ジ。
(誠 レ−エソ『帝国主義と社会主義の分裂山全集第23巻,122ぺ−ジ。
『寄生的=植民地的』帝国主義の範疇=段階規定 −−ヱ7−
17
発展および資本の蓄積と,他方に.おける植民地および金融資本の『勢力範囲』ゐ 分割とのあいだの不均衡を除去するのに,いらたい戦争以外に.どのような手段
(54)
があるだろうか?」と。
かくしてイギリスの世∴界政策の「分割」時代から「再分割」時代への移行が 起る。そのとき以来「侵略競争」は,−・大前進をとげ,陸海軍備は信じられな いはど増大した。レーニンは『ノート』の中で,ホプソンのつぎの言葉を抜粋し ている。「われわれの鬼るように,帝国主義とは,資本家たちに国外で経済的利 得を確保するために,私的な,主として資本家的な利益のために.政府の機構を 利用することを意味する。」「国民所得は統計家たちの概算把よれば,1870−75 年と1895−98年の期間に約12億ポンドから17億ポンドに増大した○ ところがこ の間−・期間紅国家支出は,年平均6316万ポンドから9445万ポンドに増大した○
国家支出は全国民所得より急速に増加したわけであるこ」「わずか4分の1世.紀 あまりのあいだに陸海軍費がこのように.お00万ポンドから6000万ポンドに・増大
(5$)
したことほ,帝国主義財政のもっとも顕著な事実である。、」レーニンも又『 国家 と革命』のなかで,「帝国主義一銀行資本の時代,巨∴大な資本主義的独占■体 の時代,独占資本主義が国家独占資本主義へ成長転化する時代−は,君主制の 国々でも,もっとも自由な共和制の国々でも,プロレタ.リアートに・たいする弾 圧の強化と関連して『国家機構』の異常な強化,国家機構の官僚的および軍事的
(56)
機関の前代未聞の拡大をしめしている」(傍点一山本)と述べ,帝国主義的競争
く57) の結果,諸国家が「軍事的怪物」に転化すると指摘した○
でほ,金融資本と国家機構は,ギのように結びついているであろうか0レー ニンほ,「独占ほひとたび
(58)
げ,絶対的な不可避性をもって,政治機構‥・に・蓼透していく」と述べ,「銀行
と産業との『人的結合』ほ.,これちの銀行,会社と政府との『人的結合』によって
6亜 レーニン『帝国主義論』,全集貨22巻,318ぺ−ジ。
(55)レ−・エソ「丁いA・ホプソソ『帝国主義論』抜粋」,『ノ−ト』,全集算39巻,383ぺ−・ジ。
脚 レーニン『国家と革命』,全集第25巻,442一心蛤ぺ一汐0
(抑 止掲書,532ぺ−ジ。
(5劫 レーニン『帝国主義論』,全集第22巻,273ぺ−汐。
第42巻 第1・2葛
ーJβ− 18
(69ノ
禰足されている」と香いている。そして「イギリスの提督や両政党−−保守党 と自由党一に属するもっとも有名な政治家が,造船,火薬,ダイナ‥マイト,大砲
(60)
機構とかたく融合していると述べている。そしてレーニンほ,「イギ.リスが世 界を支配するか,ドイツが世界を支配するかをめぐり,獲物の分配をめぐって おこった1914−・1917年の略奪戦争は,盗賊的国家権力が社会の全勢力を『のみ
(61)
こむ』過程を,完全な破局の生じる点に近づけたのである」と述べて,世界の 分割が経済的・政治的分割から軍事的再分割一帝国主義戦争−−へ転化する 必然性を示したのである。
4.日和見主義と社会排外主義
レーニンが『帝国主義論』を執筆した1916年上半期に世界はすでに帝国主義戦 争のさ中に.おかれていた。当時レL−ニソの主たる関心ほ.,「金融的強奪者のイ ギリス国とトデイツ国とのどちらがより多くの獲物を受けとるペきか」というこ とではなく,「戦争紅よってつくりだされた世界的荒廃を基準として,世界的
(62)
危機が成長している」ことに向けられていた。したがってレーニンの実践的意 図ほ,帝国主義が「死滅しつつある資本主義」であり,「プロレタリアートの
(63■〉
社会革命の前夜」であることを闘争のなかでしめすことであった。この実践的 意図ほ,ツァー リズム崩壊後の「自由の日」に.書かれた「序文」(1917年4月 26日付)およぴ「フランス語疲とドイツ語坂の序文」(1920年7月6日付)を
のぞけば,ツァー・リズムの検閲を顧慮して「奴隷の」言葉で,「いまわしいイ
(64)
ソップの言葉」で表現されてはいるが,全体を貫くライト・モチーーフであるこ とは疑いのないところである。ところで問題は,帝国主義が世界的な社会主義 醐 上掲審,254ぺ一一汐。
佑助 レ−ニ・ン「軍備と資本主義」,全集寛19巻,96−97ぺ一−・ジ参照。その他レ−エソ「ブル ジョア的金融美名と政治家」,全集第19巻,245−246ぺ−汐参照。
倒)レ−ニソ『■国家と革命』,全集第25巻,422ぺ−ジ。
闘レーニン『 帝国主義論』,全集第22巻,220ページ。
闘 上掲苔,223ぺ」−ジ。
(64)上掲苔,215ぺ−ジ。
『寄生的=植民地的』帝国主義の範疇=段階規定 −J9−
19
革命に.発展せず,「死滅しつつある資本主義」が主要な特質をなす,帝国主義 的世界戦線の鋭のもっとも弱い環ロシアでのみ,それが成功したこ.とにある。
これを逆にいえば,帝国主義戦線のもっと強い環イギリ.スで革命が成功しなか ったのはなぜかが問題になる。レ、−ニンはその理由を日和見主義の発展による 社会主義の分裂に求めている。したがってレー・エソにとって「日和見主義のヨ ー・ロツパ労働運動にたいして:かちとった勝利」と帝国主義との関連の追求こ
(6$)
そ,「今日の社会主義の根本問題」なのであった。
このように.レーニンほ「社会排外主義(口さきでは社会主義,行動では排外 主義)が,社会主義に・たいする完全な琴切りであり,ブルジョア汐−のがわへ
の完全な移行である」と痛烈に.批判しながらも,「労働運動のこの分裂が帝国
(66)
主義の客観的諸条件と結びついていること」を看過しなかった。とくにイギリ スでほ.,若干の帝国主義的特徴が他の国よりも早くあらわれたために,「労働 者を分裂させ,彼らのあいだで日和見主義を強め,労働遊動の1時的腐敗を生
(67) みだすという帝国主義の傾向」が19世紀末から20世紀初めにかけてよりもほ.る
か以前紅現われたことに,レーニニこ/は注目する。こゐ「労働運動紅おける日和
(68)
見主義とイギリス資本主義の帝国主義的特質と甲この関連」に・ついて−ほ,周知 のようにマルクスおよびエンゲルスが彼等の往復書簡に.おいて系統的紅研究し たところである。彼等の見解ほ,レーニン紅よってつぎのように要約されてい る。「ここには,原因と結果とが明白紅指摘されている。原因ほ,(1)この国に よる全世界の搾取,(2)世界市場における独占的地位,(3)その植民地独占,であ る○結果は.,(1)イギリス・プロレタリアートのl部分のブルジョア化,(2)プロ レタリア・−トの1部分が,ブルジョア汐一によって買収されているか,あるい ほすくなくとも彼らから金をもらっている人間に自分たちの指導をゆるしてい
(69) ること,である」と。レL−ニンは.,彼らの見解をさらに帝国主義段階紅発展せ
厭)レ−ニン『帝国主義と社会主義の分裂』,全集第23巻,112ぺ一汐。
(細 レーニン『帝国主義論』.全集第22巻,215ぺ−ジ。
齢 上掲書,327ぺ一ジ。
(68)上掲苔,327ぺ−ジ。
捌 上掲書,327−328ぺ一−ジ。
第42巻 第1・2号 20
一次仁一
しめたが,その際のレーニンの貢献ほ主としてZつの点に要約しうる。まず第 1に,、エンゲルスが労働者の分裂の原因の1つとしてあげたイギリスの世界市 場に.おけるその独占的地位が,19世紀末まで紅才丁破されたが,それがイギリス 労働者階級に.どのような影響を与えたかという問題であり,さら紅第2紅20世 紀初頭に.おける世界分割のための帝国主義諸国の敵対の激化が,労働運動に・ど
のような影響を及ぼしたかという問題である。
まず第1の問題,つまりイギリスの工業独占の崩壊がイギリス労働者階級の 特権的地位に与えた影響が問われなければならない。レーニンは,『帝国主義
と社会主義の分裂.』のなかで,イギリスの「工業独占.」の崩壊によって超過利 潤は消滅せず,したがって労働者貴族層も消滅しなかった理由としてつぎの2 点をあげている。第1に,ノ「イギリスの工業上の独占ほ破壊されたが,その植 民地独占はいまなおのこっているばかりか,いちPるしく強まっている」こ
と,欝2紅,「イギリスのエ業上の独占はすで紅19世紀末紅破壊されていた。
このことは,争う余地がない。しかし,この破壊はどういうふうにおこなわれ たのか?あらゆる独占が消滅するようなやり方でおこ.なわれたのだろうか?
しかし,そうでなかったところに問題の核心がある。帝国主義とは.独占資本 主義である。どのカルテル,トラスト,シ㌧/ジグートも,どの巨大銀行も,す べて独占である。超過利潤は消滅せず紅,いまなおのこっている」こと,が∈
(70)
れである。このようにレ、−ニンは,なんらかの独占が残っている以上,超過利
潤は消滅せず,したがってその1部で「自国」の労働者の上層を買収する経済 的可能性があると考える。
もっとも自由主義が帝国主義に転化すること隼よって,超過利潤の形態が変 化したよう紅,それを基盤とする労働貴族層も又変化する。レーニンは,かっ て労働負族は,1国だけで,つまりイギリスだけで生じたのに対し,いまでは すぺての帝国主義国において不可避的に生じたこ.と,1848一路年のイギリスに
くらべて労働鼻族の層が小さく薄くなったこと,そして以前に.イギリスでは数
打α レーニン『帝国主義と社会主義の分裂』,全集発23巻,121−123ぺJ⊥ジ。
『葛生的=植民地的』帝国主義の範疇=段階規定 −2ヱーー 21
十年に.わたって−労働者階級を買収し,堕落させることが可能であったが,ー−い
く71) までほ,そ・ういうことほ.ありそうもなく,おそ・らく不可能でさえある」こ.とを
指摘する。
さら紅レ−エソは,労働貴族層の経済的買収のみならずその,政治的買収を も分析する。レーニンは述べている。「重要なことほ,労働党族の層のブルジ
ョアジー側への経済的離脱が成熟し,完了したというこ.とであって,こ.の経済 的事実が諸階級の相互関係におけるこの移動が,ある政治的な形をとるよう紅
(72)
なるのは,たいして『困難』ではないであろう。」「イギ.リスでほ2つの労働者党 がある。すなわち,現在『イギ.リス社会党』という名称をおびている社会民主主 義者と,いわゆる『独立労働党』とである。」「朋虫立労働党』ほ,自由主義的労働 者政治の党である。この先はただ社会主義から『独立』なのであって,自由主義 には非常紅従属していると言われているのは正当である。」なぜなら,「『独立労
(丁3)
働党』の隊列で吼∴マルクス主義は原則的に.拒否されて−いる」からである。議 会内の「労働党」は,「独立労働党」に所属する議員のはかに.,労働組合から 選出された議員からも成っているが,それは反動派つまり保守党に対抗して,
自由党笹多数派の地位をもたそうとしたために,労働者のあいだでは,労働党 ほ自由党の−・翼にすぎないという見解がますますひるまっているとして,「イ ギリス労働党…・…は,もっとも日和見主義的な,また自由主義的労働者政治の
(74)
精神のしみこ.んだ労働者組織である」とレーーニンは規定している。
帝国主義的ブルジョアジ一−・は,「プル汐ヨア的労働者党」の代表者や支持者 を誘惑したり,報賞したりするために,経済的特権や施し物紅対応する政治的 特権や施し物を与える。それは「最新の資本主義の政治的諸施設 「 新聞,議 会,組合,会議,等々」がつく′りだしたものであり,レーニンはその例としで「内 閣または戦時工業委員会,議会や各種の委員会,『堅実な』合法新聞の編集局
仔1)上掲苔,124ぺ・−ジ。
仔2)上掲亀124−125ペニー、ジ。
悶 レ−エソ「自由主義的労働者政治にかんするイギリス論争」,全集第18巻,386−388ぺ
−ジ。
桐)レーニン「イスギリで(日和見主義の悲しむぺき結果)」,全集第19巻,35−36ぺ一汐。
第42巻 寛1・2号 22 ー 22 −
や,それにおとらず堅実で『ブルジョア的紅従順な』労働者団体の指導部の収入
(75)
の多い,安楽な地位」をあげている0
レーニンはさらに.,「政治的民主主義の機構も,これと同じ方向に.作用して いる」と規定する。西ヨーロッパのすぺての社会排外主義や日和見主義者は,
普通選挙権に過大な期待をかけるが,それほ「労働者の成熟度の計器」以上の ものとはなりえないし,またけっしてならないとして議会主義の限界を指摘す る。しかしレーニンほ,つぎのように∴述べている。「今世紀では,なにごとも 選挙なしにはすまされない。大衆なしにやっていくことはできない。ところ
で,出版と議会主義との時代に.ほ.,へつらいや,うそや,ぺてんや,俗うけのする はやり文句に.よるどまかしや,労働者になんでもすきな改良や福利をあたえよ
うという【一労働者がブルジョアジー・の才丁例のための革命的闘争を放棄しさえ すれげ−四方八方に・ふりまかれる約束の,多岐にわたる制度を系統的に実施
し,しっかり整理することなしに.ほ,大衆をついてこ.させるこ.とほできない。
私は,『ブルジョア的労働者党』の古典国におけるこ.の制度のもっとも先進的で 巧妙な代表者のひとりであるイギリスの大臣,ロイド・ジョーわの名をとっ
(76)
て−,この制度をロイド・ジョ′−汐主義と名づけたい」と。
では,レーニンのこのような社会改良にたいする評価はどうであろうか。レ ーニンは,「炭鉱最低賃金法」を評して「すべてのブルジョア的改革と同様 紅,椚一とるに.足りない中途半端の処置であり,また1部ほ労働者にたいす−るま
(77) ったくの欺瞞」とし,イ彼ら(イギリスの全炭鉱労働者)の状態を轟剣に改壱
(78)
するためにほ……′無力である」と述べている。レ−エソはその他の社会改息
(保険その他)についても同じ評価をしている。しかし他面,それによって,
労働者がたたかうことをまなび,「勝利へ導く道」をみいだし,「自分の力」
(79)
を自覚した点を一・歩前進と評価する。こ.のようにレ−・ニンの考えほ,改良に反
㈹ レーニン『帝国主義と社会主義の分裂.』,全集第23巻,125ぺ−ジ。
㈹ 上掲苔,125ぺ−ジp
叩 レ・−エソ「1912年のイギリスの労働運動」・仝集貨18巻,495−496ぺ一−ジ0
(78)レーエソ「イギリスで」,全集第18巻,280ぺ」ジ′。
(79)レ−エソ「1912年のイギリスの労働運動」,全集第18巻,495−496ぺ」−ジ。
『寄生的=植民地的』帝国主義の範疇=段階規定 −23−
23
対するものではなく,その不徹底さを批判するのである。もしいまの戦争から 社会改良のみが生まれて,「まだ革命が生まれてこないとすれぼ,人類ほ,わ るぐすると,写らに第2の帝国主義戦争を経験するこのましくない可能性があ る」と予測し,「われわれが賛成する改良の綱領は,かならず日和見主義者に
(80) も鋒先を向けているような綱領でなければならない」と力説している○
つぎに∴われわれは,さきに提出した第2の問題,つまり帝国主義諸国間の敵 対の激化,さらに帝国主義戦争が労働者階級に与えた影響を問わねばならぬ○
日和見主義ほ,帝国主義諸国家間の敵対の激化につれて社会排外主義にむすび つき,さらに帝国主義戦争中は「祖国擁護」に転じ,卑劣にも社会主義を裏切
った。レーニンほつぎのように・書いてヽ、る0「日和見主義と社会排外主義と甲
(81)
思想的=政治的内容は,同一・のものである。」「社会排外主義とは,この戦争で
(82)
『祖国擁護』の思想を擁護することである。」レ−ニンは,1789−1871年の戦争 を,ブルジョア進歩派の民族解放戦争,つまり封建制度,絶対主義および外国 の圧制を打破し除去するための戦争と規定して,その進歩的歴史的意義を高く 評価する。これ紅たいし;1898−1918年の戦争を「欺瞞的な民族的スロー・ガン
(83)
で隠徹された帝国主義戦争」と規定して,その反動性を鋭く批判する○ このよ
うに19世紀以前の民族運動における「祖国擁護」は,進歩的意義をもったが,
20世紀の宙国主義戦争に.おける「祖国擁護」は,反動以外の何ものでもないの である。レーニンは述べている。「実際に彼らが擁護しているのほ,他国の圧 制との闘争という意味での『祖国擁護.』でほなぐて,いずれかの『大』国が植民地
(84)
を略奪し,他民族を抑圧する『権利』を擁護している。」つまり社会排外主義者 は,この戦争がまるで諸民族の自由と生存とを擁護するためにおこなわれてい
(醐 レ−ニン「プロレタリア革命の軍事綱領」,全集第23巻,89ぺ・−ジ。
(81)レーニン『社会主義と戦争.』,全集第21巻,317ぺ−ジ。
(82)上掲書,313ぺ一一汐。レーニンは,つづけて言っている。「この思想から,さらに,戦 車中は階級闘争を放棄する,軍事公債に賛成投票する,等々のことが出てくる。実際,
社会排外主義者は,反プロレタリア的,プル汐ヨア的な政策をとっている。」
個 レーニン『マルクス主義の戯画と「帝国主義的経済主義」とについで』,全集第23巻,
24ぺ−ジ。
輌 レーエソ『社会主義と戦争』,全集第21巻,313ぺ一−ジ。