香 川 大 学 経 済 論 叢
第
7 7
巻 第4
号2 0 0 5
年3
月71‑108
ドイツにおける労働力輸入の新展開
はじめに
I
労働力輸入1 .
戦後型2 .
経済的統合I I
世界経済の再編成1 .
グローバル化2 .
国際労働市場 皿 労働力輸入の再構築1 .
ヨーロッパ化2 .
競争的移民国家 むすびは じ め に
佐 藤 忍
外国人労働者の受け入れ論議が再燃しつつある。外国人労働者を受け入れる ということを経済学に翻訳すれば生産要素たる労働力の輸入にほかならない。
本稿の課題は,労働力輸入のドイツにおける新展開の構図を分析することであ る。そのさいわれわれはドイツにおける労働力輸入の発展のなかに現段階の歴 史的位相を位置づける。戦後の
6 0
年代から8 0
年代の中葉にいたる期間を戦後 型として捉え,それとの対比において今日の新展開を分析し,労働力輸入にお けるパラダイム転換の論理構造を提示しようと思う。まず最初に戦後型の構図とその到達点を確認する。そして世界経済のグロー バル化と地域統合化が国際労働市場にもたらしたインパクトを貿易と労働との
*本稿は,平成 16年度科学研究費基盤研究(CX2)による研究成果の一部である。記して謝意 を表したい。
‑72‑
香川大学経済論叢5 8 2
新しいリンク付けにおいて考察する。この背景に加えて冷戦終結,ドイツ統一,EU統合という一連の政治的・経済的変革がドイツにおける労働力輸入の新展 開を規定した。こうした枠組みのなかで労働力輸入の再構築が遂行された。そ の構図を最後に描く。
I
労働力輸入1
•
戦 後 型ドイツはいまからおよそ百年前に労働力輸出国から労働力輸入国に転換し た。第一次世界大戦前のことである。その頃の帝政ドイツでは,外国人労働者 の存在はすぐれて脅威であった。出身国,たとえばロシアとのあいだには労働 者の国境を超える円滑な移動について何らかの申合せはなかった。ロシアとの 関税交渉のなかでは外国人労働者の存在が交渉の道具に利用されドイツは譲歩 を迫られていた。ロシア領出身のポーランド人を農業労働者として雇用する農 場主はロシアとの外交関係に神経を尖らせていた。ポーランド人労働者に頼ら ざるをえない農場主はロシア側が国境閉鎖するとひとたまりもないからであ る。まさしく「ダモクレスの剣」のもとでの経営であった。国境を超える労働 市場は,にもかかわらず外交関係とは独立して実在していた。国内的にもポー ランド人との民族問題を抱えていた。そこでドイツ,とりわけプロイセンの対 応は外国人労働者の監視体制を強化することであった。ポーランド人にたいす る待機強制,すなわちローテーションの強制はそのひとつである。また雇用主 の変更を厳しく制限する登録制度の実施も行われた。外国人労働者の調達を統 制し組織化するために「外国人労働者調達本部」も設置された。しかしながら 組織化には成功しなかった。組織率はわずか
15%
にすぎなかった。労働市場 の国際化は統制しがたい状況にあった。ポーランド人のほかにも,建設現場に 働くイタリア人,金属加工業に就業するスウェーデンからの渡り職人など, ドイツの経済はヨーロッパの各地から労働力を吸引していた。ドイツ国内の労働 市場は現在のように労働紺合によって規制されているわけでもないから,外国 人労働者がスト破りとして導入されるような事例も観察された。ましてや同一
5 8 3
ドイツにおける労働力輸入の新展開‑73‑
労働同一賃金などということはありえなかった。当時の労働力輸入は秩序やル ールとまったく無縁であったといってよい。だからこそ外国人労働者は脅威の
( 1 )
存在であったのである。
第二次世界大戦後に再開された労働力輸入はこれとは大きく異なるもので あった。なによりもまずドイツはイタリア
( 1 9 5 5
年)を皮切りにスペイン,ギリシャ(ともに
1 9 6 0
年), トルコ( 1 9 6 1
年),モロッコ( 1 9 6 3
年),ポルト ガル( 1 9 6 4
年),チュニジア( 1 9 6 5
年),そしてユーゴスラビア( 1 9 6 8
年)と のあいだに政府間の募集協定を次々と締結した。協定締結のイニシアティブ は,個別ルートでの移動を統制し,貿易赤字を賃金送金で埋め合わせようとす る送出国側にあった。「商品流通が広く自由化されたからには,同じようなこ( 2 )
とは労働市場でも可能とならなければならない」。これはイタリア大使館付き 商務官の発言であるが,送出国の立場を表現している。これは同時にジュネー ブに本部を置く
ILO
の9 7
号条約および8 6
号勧告(ともに1 9 4 9
年)の基本的 立場でもあった。「雇用のあらゆる可能性を開発・活用し,そのために労働力 の国際的分配,なかんずく余剰の労働力をもつ国々から労働力の不足する国々 への労働力移動を促進することは,加盟国の全般的政策でなければならない」( 8 6
号勧告第2
部第4
条)。その実現にあたっての募集,雇用にかかわる具体 的な基準を設定し,政府および雇用主の責任を明確化したのが9 7
号条約であ る。たとえば第6
条は,家族手当や有給休暇などを含む労働報酬,労働組合の 組合員資格,団体交渉の利益の享受,あるいは各種の社会保険といった諸項目 における平等処遇を受け入れ国に義務づけている。ドイツのIL097
号 条 約 批 准は1 9 5 9
年のことであるが,募集協定締結に影響力を行使した無視しえない( 3 )
国際的基準であったと考えて間違いない。
(1) 拙稿「労働市場の国際化 ‑ 2 0世紀初頭のドイツにおける外国人労働者問題ー」
『香川大学経済学部研究年報』
3 1
号,1 9 9 1
年,参照。(2)
矢野久「戦後西ドイツにおける外国人労働者導入への道」『三田学会雑誌』9 1
巻2
号,1 9 9 8
年,1 0 3
頁。(3)
拙著『国際労働力移動研究序説—ガストアルバイタ一時代の動態 J 信山社, 1994年,
1 2 ‑ 1 3
頁,参照。‑74‑
香川大学経済論叢5 8 4
とはいえ募集協定の内容はすべて共通であったわけではない。イスラム系諸 国,とりわけトルコにたいしてはそれ以外の諸国と一線を画そうとしていた。ドイツ内務省の強い意向により,イスラム系諸国との協定には,他の諸国との 協定にはみられない,滞在期間の制限や労働許可・滞在許可の更新制限が盛り 込まれた。児童手当の支給や家族随伴についても同様に制限していた。これら のダブルスタンダードにもとづく差別的扱いは遅くとも
1 9 6 4
年9
月30
日のト ルコとの募集協定改訂によって解消された。当初の協定にみられた2
年の強制 ローテーションも削除された。「ここにトルコからの労働移民の(少なくとも 可能性としての)定住および事実上の移民にむけた決定的な第一歩が踏み出さ( 4 )
れた。」労働力輸入の戦後型ともいうべきこの類型は
1 9 5 5
年に始まり1 9 6 4
年 をもってその基盤を確立したことになる。二国間の募集協定にもとづいて国境を越える労働市場を公式に認知し,そし て公的に組織化した。ドイツの国内労働市場においては
IL097
号条約にした がって同一労働同一賃金はもとより,労働組合への加入,社会保障の同一基準 での適用というように社会的権利は当然のこととして付与された。改めていう( 5 )
までもなく強制的なローテーションは否定されている。
第
1
表は1 9 5 6
年から1 9 7 3
年の募集停止に至る期間における募集諸国からド イツヘの労働者の移動の流れを示している。全体で約500
万人の労働者が募集 諸国からドイツの労働市場へ参入している。そのさいドイツの公的な機関ード イツ連邦労働庁および募集諸国に開設したその出先機関ーによって組織的に輸 送 さ れ た 労 働 者 の 割 合 を み る と , 全 体 で は46%
強 で あ る 。 戦 前 の 組 織 率(4) M a t h i l d e J a m i n , Fremde H e i m a t . Zur G e s c h i c h t e d e r A r b e i t s m i g r a t i o n a u s d e r T t i r k e i , i n : J a n M o t t e , R a i n e r O h l i n g e r , Anne von Oswald ( H r s g . ) , 50 J a h r e B u n d e s r e p u b l i k 50 J a h r e E i n w a n d e r u n g . ・ N a c h k r i e g s g e s c h i c h t e a l s M i g r a t i o n s g e s c h i c h t e , Campus 1 9 9 9 , S .
1 5 0 .
(5)
拙著,前掲,4 8 ‑ 5 5 , 2 2 5 ‑ 2 2 7
頁,参照。この点はドイツにおける労働力輸入の戦後型 を正確に把握するうえで決定的に重要であるので,とくに強調にしておかなければなら ない。この点を正しく認識している研究として,たとえば,小井土彰宏「移民受け入れ 国の政策比較ー一_重層的管理構造の形成の傾向と多様性」小井土彰宏編著『移民政策 の国際比較』講座 グ ロ ー バ ル 化 す る 日 本 と 移 民 問 題 第I
期第3
巻,所収,3 8 5
頁, を挙げることができる。5 8 5
ドイツにおける労働力輸入の新展開‑75‑
(15%)
からすれば,格段に高い数値である。1 9 7 2
年 か ら 在 留 外 国 人 の な か で最大の国籍となったトルコ人についてみれば,期間全体をつうじておよそ4
人のうち3
人が組織的に輸送されていることがわかる。国際労働市場の組織化 は成功していると判断してよい。第 1表 労働力輸入の組織化 (単位:人)
年 募集諸国 組織輸送 トルコ 組織輸送
1956‑60 3 1 0 , 2 8 1 1 6 4 , 4 2 6 1 , 5 0 3
1 9 6 1 2 7 1 , 5 7 3 1 5 6 , 4 8 5 7 , 1 1 6 1 , 2 0 7 1 9 6 2 3 0 9 , 1 8 8 1 5 5 , 9 7 8 1 5 , 2 6 9 1 1 , 0 2 4 1 9 6 3 2 9 3 , 5 3 1 1 3 1 , 0 8 3 2 7 , 9 1 0 2 3 , 4 3 6 1 9 6 4 3 5 7 , 3 6 4 1 6 8 , 7 9 4 6 2 , 8 7 9 5 4 , 9 1 8 1 9 6 5 4 3 3 , 1 9 5 1 5 4 , 1 4 3 5 9 , 8 1 6 4 5 , 5 5 3 1 9 6 6 3 4 7 , 4 6 9 1 0 6 , 6 7 3 4 3 , 4 9 9 3 2 , 5 1 6 1 9 6 7 1 0 5 , 8 9 5 1 7 , 2 4 9 1 4 , 8 3 4 7 , 2 3 3 1 9 6 8 3 4 5 , 3 4 6 1 0 4 , 1 2 0 6 2 , 3 7 6 4 1 , 4 5 0 1 9 6 9 5 8 2 , 9 5 0 2 8 1 , 6 0 5 1 2 1 , 5 2 9 9 8 , 1 4 2 1 9 7 0 6 3 4 , 2 2 4 3 2 2 , 5 5 4 1 2 3 , 6 2 6 9 5 , 6 8 5 1 9 7 1 4 8 7 , 5 0 8 2 1 9 , 5 6 0 1 1 2 , 1 4 4 6 3 , 7 7 7 1 9 7 2 4 0 1 , 6 2 0 1 7 0 , 3 3 7 9 6 , 2 1 0 6 2 , 3 9 4 1 9 7 3 2 7 4 , 8 9 6 2 3 8 , 1 4 7 1 1 7 , 9 6 6 1 0 1 , 4 2 6
計5 , 1 5 5 , 0 4 0 2 , 3 9 1 , 1 5 4 8 6 6 , 6 7 7 6 3 8 , 7 6 1
(出典)
M a t h i l d e J a m i n , F r e m d e H e i m a t . Z u r G e s c h i c h t e d e r A r b e i t s m i g r a t i o n a u s d e r T i i r k e i , i n : J a n M o t t e , R a i n e r O b l i g e r , Anne v o n O s w a l d ( H r s g . ) . 50 J a h r e B u n d e s r e p u b l i k 50 J a h r e E i n w a n d e r u n g . N a c h k r i e g s g e s c h i c h t e a l s M i g r a r i o n s g e s c h i c h t e , Campus 1 9 9 9 , S . 1 5 2 .
トルコ人労働者の実際の組織的輸送と応募者数とを対比させてみると,応募( 6 )
者数は実際に切符を手に入れた労働者の
4
倍にもなる。ドイツ渡航への高い期 待と厳しい選抜とが推察される。トルコとのあいだに形成された国際労働市場 は買い手市場であった。ドイツ企業にすれば熟練労働者の選考が容易であった(6)
H o l g e r K o l b , E i n w a n d e r u n g und E i n w a n d e n m g s p o / i t i k am B e i s p i e l d e r d e u t s c h e n
' G r e e n C a r d ' , Der A n d e r e V e r l a g 2 0 0 2 , S . 1 0 7 .
‑76‑
香川大学経済論叢5 8 6
ことが推察される。1 9 6 1
年から募集停止を経た1 9 7 6
年にわたる期間の帰国率をみてみよう。1 9 7 3
年の募集停止と石油危機による景気後退の影響により,1 9 7 4
年から1 9 7 6
年の3
年間の帰国者はこの期間の新規入国者の2
倍を超える。スペイン人はこ の期間に新規入国者の27
倍もの者が帰国している。それまでのストックを一 挙に吐き出した格好になる。全体をとおして帰国率が最も高いのはイタリア人 の91%
である。イタリア人の帰国率は60
年 代 を つ う じ て も コ ン ス タ ン ト に90%
近い。事実上のローテーションが労働者の自発性にもとづいて機能してい たことがわかる。労働移民の総体でみても,全期間をつうじて68%
の帰国率 が達成されている。強制ローテーションの否定にもかかわらず事実としての環 流性はじつに活発であったことがわかる。帰国率が最も低いのはトルコ人である。彼らは可能性としての定住のチャンスを自らの意志で選択したのである。
トルコ人の 7割を先頭に定住の選択をした労働移民が全体でおよそ 3割強であ る。
第
2
表 労 働 移 民 の 帰 国 率 (%)1961‑68
年1969‑73
年1974‑76
年1961‑76
年 ギリシャ6 3 5 3 1 , 4 8 2
イタリア
8 9 7 8 2 0 0
スペイン7 4 6 5 2 , 6 8 1
ト ル コ4 2 2 1 1 5 9
ユーゴスラビア4 1 4 3 7 5 7
小 計7 2 5 1 3 2 1
その他7 5 4 1 1 3 6
総 計7 3 4 9 2 3 6
(出典)佐藤 忍『国際労働力移動研究序説』信山社,
1 9 9 4
年,5 4 頁 。
(注)帰国率は次のようにして計算されている。
帰国率=(当該期間の帰国者)/(当該期間の新規入国者)
帰国者=(当該期間の期首における労働者数)+(当該期間の新規入国者)
‑(ドイツ国籍取得者)ー(死亡者数)ー(未登録の失業者数)
‑(当該期間の期末における労働者数)
6 8
9 1
8 2
3 0
5 2
6 9
6 6
6 8
5 8 7
ドイツにおげる労働力輸入の新展開‑77‑
進行する定住化は滞在期間の長期化に現れる。
1 9 8 1
年時点で滞在期間が1 0
年以上になる者は主要募集諸国5
カ国でみても200
万人を超えている。それは1 9 8 1
年の在留者( 4 6 0
万人)のおよそ半分( 4 7 .5%)
である。1 0
年 以 上 滞 在 者のうち最大の国籍は5 7
万人のトルコ人である。第
3
表 外 国 人 労 働 者 の 滞 在 期 間( 1 9 8 1
年) 総 数6
年未満6
年10
年1 0
年以上 ト ル コ1 , 5 8 0 . 7 5 6 6 . 8 4 3 9 . 5 5 7 4 . 3
1 0 0 . 0 3 5 . 9 2 7 . 8 3 6 . 3
旧ユーゴ6 3 1 . 7 1 1 4 . 3 1 2 9 . 4 3 8 7 . 9 1 0 0 . 0 1 8 . 1 2 0 . 5 6 1 . 4
イタリア6 0 1 . 6 1 6 9 . 8 9 4 . 2 3 3 7 . 6 1 0 0 . 0 2 9 . 2 1 5 . 0 5 5 . 9
ギリシャ3 0 0 . 8 4 6 . 8 4 7 . 7 2 0 6 . 3 1 0 0 . 0 1 5 . 6 1 5 . 8 6 8 . 6
スペイン1 7 3 . 5 1 8 . 6 2 7 . 3 1 1 7 . 7
1 0 0 . 0 1 0 . 7 1 5 . 7 7 3 . 6
合 計
4 , 6 6 6 . 9 1 , 4 9 7 . 9 9 5 6 . 1 2 , 2 1 2 . 5 1 0 0 3 2 . 2 2 0 . 5 4 7 . 5
(出典)
U l r i c h H e r b e r t , G e s c h i c h t e d e r A u s l i i n d e r b e s c h i i f t i g u n g i n D e u t s c h l a n d 1 8 8 0 b i s 1 9 8 0 . S a i s o n a r b e i t e r , Z w a n g a r b e i t e r , G a s t a r b e i t e r . D i e t z 1 9 8 6 , S . 2 6 3 , T a b . 2 3
より作成(注)上段は実数(単位:千人)。下段は配分比 〇O\'ご
労働力輸入の戦後型は送出国のイニシアティブにより生み出された。労働者 の個人としての移動を政府間協定にもとづき組織化した。そのさいの大きな特 徴点は,労働条件および社会的権利における均等処遇である。強制ローテー
ションの否定は戦後型のエッセンスであるこ事実上の環流性と定住とが同時に 進行した。
2 .
経済的統合滞在の長期化は,生活基盤の安定を予想させる::
1 9 8 0
年代後半における家 計所得の水準をみてみよう。第4
表は主要な5
つの募集諸国(イタリア,ギリ‑78‑
香川大学経済論叢5 8 8
シャ,スペイン,旧ユーゴ,そしてトルコ)の外国人労働者の平均家計所得とドイツ人の平均家計所得とを比較したものである。家計所得の名目的な大きさ は稼得者の数によって調整し,構成人員の人数と年齢によってウェイト付けす ることで実質的な大きさに変換することができる。等価所得がそれである。一 人当たりの所得は家計所得を単純に構成人員の人数で割った値である。家計所 得をいずれの項目でみても,外国人の家計所得はドイツ人のそれよりも低い。
合計欄では外国人の家計所得はドイツ人のそれの
8 9 .9% ( 1 9 8 4
年),92.0%
( 1 9 8 9
年)である。5
年間の伸び率は外国人家計のほうが高いため,水準は 接近している。家計所得の名目的な大きさについてはほとんど差はないといっ てよい。第
4
表 ドイツにおける外国人およびドイツ人の家計所得(1984‑1989 年,マルク)
外 国 人 ド ィ ッ 人
1 9 8 4 年 1 9 8 9 年
伸び率1 9 8 4 年 1 9 8 9 年
伸び率ム
ロ 計2 , 5 2 6 2 , 9 7 7 1 7 . 9 2 , 8 1 2 3 , 2 3 5 1 5 . 0
一人当たり9 9 8 1 , l l O 1 1 . 2 1 , 1 7 0 1 , 4 8 9 2 7 . 3
等 価 所 得1 , 1 3 1 1 , 2 6 4 1 1 . 8 1 , 3 1 3 1 , 6 5 6 2 6 . 1
(出典)
B e r n h a r d S a n t e l , James F . H o l l i f i e l d , E r f o l g r e i c h e I n t e g r a t i o n s m o d e l l e ? Zur w i r t s c h a f t l i c h e n S i t u a t i o n von Einwandem i n D e u t s c h l a n d und den USA, i n : M i c h a e l Bommes, J o s t Halfmann ( H r s g . ) , M i g r a t i o n i n n a t i o n a l e n W o h l f a h r t s s t a a t e n . I M I S ‑ S c h r i f t e n 6 , U n i v e r s i t a t s v e r l a g Rasch 1 9 9 8 , S . 1 3 5 .
ところが稼得者の数および構成人員の人数を考慮に入れた一人当たりの所得 に換算すると,両者の開きがはっきりと現れる。
1 9 8 4
年には85.2%, 1 9 8 9
年 には74.5%
となる。世帯の構成人員が外国人世帯では2 . 5 3
から2 . 6 8
に増加 しているのにたいし, ドイツ人世帯では2 . 4 0
から2 . 1 7
に減少しているからで ある。等価所得でみても86.1%
から76.3%
に低下している。世帯人員の数,とり わけ被扶養人員の存在が外国人世帯の家計を圧迫していることがわかる。世帯所得でみたドイツにおける外国人の経済的な統合のレベルをアメリカ合 衆国のそれと比較してみよう。アメリカの場合には永住移民と生地主義を基本
5 8 9
ドイツにおける労働力輸入の新展開‑79‑
第
5
表 アメリカ合衆国における平均家計所得アメリカ生まれ 外 国 生 ま れ
ーメキシコ,グアテマラ エルサルバドル 一難民諸国 ーその他諸国
(出典)
I b i d . , S . 1 2 9 .
( 1 9 9 0
年, ドル)総 計 1980‑90
年入国1 9 8 0
年以前入国3 7 , 3 0 0
3 7 , 2 0 0 3 1 , 1 0 0
2 3 , 9 0 0 2 7 , 7 0 0 3 4 , 8 0 0
4 0 , 9 0 0
2 8 , 8 0 0 3 9 , 1 0 0 4 3 , 2 0 0
としているから,国籍ではなく,出生地による区分が用いられている。「アメ リカ生まれ」と「外国生まれ」の家計所得の差は少なくとも平均値でみるかぎ りまったくといってよいほどない。
1 9 8 0
年以前の外国生まれの家計所得はア メリカ生まれの平均を凌駕しており,急速なキャッチアップがみてとれる。ア メリカにおける移民の経済的な統合の平均的パフォーマンスはきわめて良好で ある。さすがに移民の国である。ドイツにおけるそれはアメリカには及ばないとはいえこれに肉薄しており,成功しているといってよいのではないか。
アメリカとドイツとの決定的な相違は,外国人の内部における格差の程度で ある。第
5
表ではアメリカにおける「外国生まれ」をメキシコに代表される中 米諸国,難民流出諸国,そしてヨーロッパ,日本などその他諸国と3
分類して いる。これをみると,中米諸国出身者の世帯所得が相対的に著しく低いこと,そして時間の経過にもかかわらず世帯所得は停滞したままであることがとくに 目を惹く。難民流出諸国出身者の世帯所得も当初は低いけれども,やがて急速 に上昇していることがわかる。その他諸国の世帯所得が最も高い。これはアメ
リカに入国する移民の多様性を反映していると同時に,エスニックの境界に よって細分化されたアメリカ社会を示唆している。家族統合を最大の移民入国 ルートとして設定するアメリカにおいては家族のネットワークとそれを包摂す るエスニックの連帯とが移民の経済統合において枢要な役割を演じているので
ぁ ~7~
‑80‑
香 川 大 学 経 済 論 叢5 9 0
第
6 表
ドイツにおける外国人の国籍別平均家計所得(西ドイツ,
1 9 9 3
年,マルク)計 イタリア 旧ユーゴ ギリシャ トルコ スペイン 平 均
3 , 2 1 9 3 , 2 5 6 3 , 1 1 2 3 , 3 8 8 3 , 2 0 7 3 , 3 4 5
(出典)
I b i d . , S . 1 3 4 .
これと対比するときドイツにおける外国人の家計所得はきわめて均質的であ る。外国人世帯の平均家計所得が
3 , 2 1 9
マルクのとき, トルコ人泄帯の3 , 2 0 7
マルクが最低であり,ギリシャ人世帯の
3 , 3 8 8
マルクが最高である。ドイツに おける外国人世帯の所得構造はすぐれて平等であるといってよい。もともとエ 業労働力として募集され,生活基盤の確保に自信をもち定住を決意した労働者 であるから,類似の経験と経歴を共有している人々である。エスニックの境界 と隔絶はアメリカにおけるほど強固ではない。移民の経済統合に果たす原動力 がアメリカの場合にはエスニックな連帯であったように, ドイツにおける原動 力は労働市場をつうじた統合である。労働組合への形式的な組織率はドイツ人 に劣らないし,労働組合の運動における行動力においても活発である。事業所(8)
レベルの従業員組織にも無視しがたい役割を演じている。こうした労働市場の 諸制度がもつ影響力はドイツにおける外国人労働者の経済的統合に寄与したの である。
ドイツでは外国人が自営開業することは少ない。労働市場から排除されやす い外国人の生存戦略として自営開業が多くの諸国で観察されるが, ドイツでは そうしたパターンはけっして多くない。自営で滞在許可を得ることの規定上の 難しさもあるが,むしろ労働市場への統合パフォーマンスの高さにこそその要 因は求められるであろう。労働市場における職業上の地位は半数弱が半熟練労 働者である。ドイツ人の半数弱が職員という地位にあるのと対照的である。ド
(7) B e r n h a r d S a n t e l , James F . H o l l i f i e l d , E r f o l g r e i c h e I n t e g r a t i o n s m o d e l l ? Zur w i r t s c h a f t l i ‑ c h e n S i t u a t i o n von E i n w a n d e r e r n i n D e u t s c h l a n d und den USA, i n : M i c h a e l Bommes, J o s t Halfmann ( H r s g . ) , M i g r a t i o n i n n a t i o n a l e n W o h l f a h r t s s t a a t e n . I M I S ‑ S c h r i f t e n 6 , U n i v e r ‑ s i t a t s v e r l a g Rasch 1 9 9 8 , p p . 1 2 3 ‑ 1 4 5 .
(8)
拙著,前掲,4 8 ‑ 5 0 , 9 4 ‑ 9 5
頁,参照。5 9 1
ドイツにおげる労働力輸入の新展開第
7
表 ドイツ人および外国人の職業上の地位 不 熟 練 労 働 者 半 熟 練 労 佐 者 熟練労働者 職 員‑8]‑
自 営
1 9 8 4 1 9 8 9 1 9 8 4 1 9 8 9 1 9 8 4 1 9 8 9 1 9 8 4 1 9 8 9 1 9 8 4 1 9 8 9
外国人計
I 25
第二世代I 3 1
女 性I 3 5
トルコ人I 36
ドイツ人 計
16‑25
歳 女 性2 1 1 5 3 3 26
5 4 8 2 4 2 4 4
‑!3 37 且
4 2
9 5 3 4 1 2 1
7 5 2
2 32 2
7 8 1 6 1 1
9 1 5 8 2 1
4 2 4 2
4 2 4 1
5 9 6
4 3 7
2 2 2 1 1 1
2 4 4
l l l7 1 3 1 2
6 3 4 1 2
43
46
6046 48 6 1
2 3 3 1 1
2 6 9
ー
(出典)
Wolfgang S e i f e r t , Die M o b i l i t i i t d e r M i g r a t e n . D i e b e r u f l i c h e , o k o n o m i s c h e und s o z i a l e S t e / l u n g a u s l i i n d i s c h e r A r b e i t n e h m e r i n d e r B u n d e s r e p u b l i k , E d . Sigma 1 9 9 5 , S . 1 6 6 .
イツ人との対比でもうひとつ顕著な点は,不熟練労働者が多いという点であ る。 5人に一人がそうであるC ドイツ人のわずか 4 %と比べると一目瞭然で ある。外国人は肉体労働者, ドイツ人は事務労働者という図式を容易に描くこ とができそうである。ただし職業上の地位の格差は所得によってむしろ相殺さ れている。この点を見逃してはならないこ同じ熟練労働者,同じ半熟練労働者 であっても, ドイツ工業の屋台骨である肉体労働者の領域において,外国人の 所得はドイツ人と同じか,それよりも多いのである。職員や自営の分野では肉 体労働の分野よりも所得格差が大きいこ同じ職員であっても所得はドイツ人の ほうが高いし,自営ではその逆:こ外国人のほうが高い。熟練労働者の所得と職 員の所得との格差は外国人のあいだでは熟練労働者のほうに軍配が上がる。ド イツ人職員の所得と外国人熟練労働者の所得との差は
1 9 8 9
年 で み れ ば3 , 5 6 7
( 9 )
マルクにたいして
3 , 2 3 9
マルクであるから.1 0 ° 0
程度である。(9) 労 働 市 場 に お け る 外 国 人 労 働 者 の ハ
7 ‑ t
ーマンス:こついてより詳しくは,拙著,前掲,第
5
章から第8
章をみよc‑82‑
香川大学経済論叢5 9 2
第8
表 ドイツにおける外国人およびドイツ人の職業上の地位,部門別所得1 外 国 人 1 ド イ ツ 人
1 9 8 4 1 9 8 9
伸び率1 9 8 4 1 9 8 9
伸 び 率 職業上の地位不熟練労働者 半熟練労働者 熟練労働者 職 員
自 営 部 門
(マルク) (マルク) (%)
2 , 1 0 6 2 , 3 6 1 1 2 . 1 2 , 3 6 0 2 , 8 6 4 2 1 . 4 2 , 8 4 8 3 , 2 3 9 1 3 . 8 2 , 5 4 9 3 , 1 8 5 2 5 . 0 3 , 4 2 7 4 , 1 6 3 2 1 . 5
工 業
2 , 4 4 6 2 , 9 2 8 3 , 1 7 8 2 , 7 5 4 2 , 4 6 2
1 9 . 7 1 6 . 8 1 3 . 3 1 7 . 3
建設業2 , 7 2 2
流通業
2 , 3 7 0
その他第三次部門2 , 0 9 8
(出典)
I b i d . , S . 1 8 1 .
(マルク) (マルク) (%)
1 , 6 9 9 1 , 6 7 1 ‑1. 7 2 , 2 6 1 2 , 5 3 0 1 1 . 9 2 , 8 7 2 3 , 2 7 7 1 4 . 1 3 , 0 2 8 3 , 5 6 7 1 7 . 8 2 , 8 4 9 4 , 0 6 7 4 2 . 7
3 , 0 9 7 2 , 9 2 8 2 , 2 9 2 2 , 9 5 7
3 , 6 6 2 3 , 3 9 9 2 , 7 4 3 3 , 3 7 8
1 8 . 1 1 6 . 1 1 9 . 7 1 4 . 2
1 9 8 4
年から1 9 8 9
年に至る5
年間の変化を追ってみると, ドイツ人の職業上 の地位の分布は世代内および世代間で比較的安定していることがわかる。他 方,外国人の場合には変動が大きい。たとえば不熟練労働者の割合は 25%か ら21%へ減少している。とりわけトルコ人の減少が著しい。 36%から 26%へ10%
ポイントもの低下である。それは熟練労働者および職員の増加となってい る。また第二世代に占める熟練労働者の割合はおよそ 4人に一人に達してい る。彼らの職業上の地位は親世代よりも改善されている。世代間移動がみられ る。不熟練労働者の割合は 31%から 15%へ大きく減少している。同年齢のド イツ人と比較すると, しかしながら依然として職員比率は小さく不熟練・半熟 練労働者の割合が高い。構造的な障壁が厳然と存在している。にもかかわらず その障壁は流動的であるといってよい。ドイツ人と外国人との労働市場におけ る分断は緩やかであり,両者のあいだに明瞭な階層化を語ることは無理であろ甕
( 1 0 )
つ。
5 9 3
ドイツにおける労働力輸入の新展開‑83‑
以上はドイツにおける労働力輸入の戦後型が到達した地点を家計所得,職業 上の地位について確認しようとするものである。
9 0
年代に入ってからドイツ は労働力輸入の再構築を推進するのであるが,そのまえにその背景をなす世界 経済のグローバル化について考察しておく必要がある。I I
世界経済の再編成,. グローバル化
世界経済は
1 9 8 0
年代中葉以降とりわけ外国直接投資を最重要なエンジンと して成長してきた。貿易の伸び率は国内生産よりも速く,そして外国直接投資 は貿易および国内投資よりも速いテンポで増大した。外国直接投資の担い手は 多国籍企業である。多国籍企業の外国子会社の総資産は1 2 . 6
兆ドルに達する。在外子会社による総売上げは
9 . 5
兆ドルである。多国籍企業の在外子会社の売 り上げは1 9 6 0
年にはまだ世界の輸出額よりも小さかった。それはいまや世界 の輸出額の148%
にもなる。世界の輸出額の3
分の1
が在外子会社による輸出 である。アメリカの輸出額の58%
は多国籍企業によって占められている。そ第 9 表世界の生産・輸出•投資の伸び率
世界国内総生産 世 界 輸 出 世界国内総投資 外 国 直 接 投 資
*1986‑90 年
**1991‑95 年
1980‑90 1990‑97 3 . 1 2 . 3 5 . 2 7 . 0 1 2 . 5 * 2 . 6 * * 2 7 . 1 * 1 5 . 1 * *
(%)
(出典)
Henk O v e r b e e k , G l o b a l i z a t i o n , S o v e r e i g n t y , a n d T r a n s n a t i o n a l R e g u l a ‑ t i o n : R e s h a p i n g t h e G o v e r n a n c e o f I n t e r n a t i o n a l M i g r a t i o n , i n : B i m a l Ghosh ( e d . ) , Managing M i g r a t i o n . T i m e f o r a New I n t e r n a t i o n a l Regime ? , O x f o r d U n i v e r s i t y P r e s s 2 0 0 0 , P . 5 3 .
( 1 0 ) Wolfgang S e i f e r t , Die M o b i l i t i i t d e r M i g r a n t e n . Die b e r u f l i c h e , o k o n o m i s c h e und
s o z i a l e S t e l l u n g a u s l i i n d i s c h e r A r b e i t n e h m e r i n d e r B u n d e s r e p u b l i k , s i g m a 1 9 9 5 , S . 1 6 2 ‑
1 6 3 .
‑84‑
香川大学経済論叢5 9 4
の割合は日本の場合にはさらに高く78%
にもなる。アメリカの貿易額の23%
は多国籍企業の企業内貿易である。同じ比率を日本についてみると
26%
とな( 1 1 )
る。世界貿易は多国籍企業の国際生産ネットワークによって大きく規定されて いるといってよい。
第
1
図にみられるように,1 9 9 9
年 時 点 で は 世 界 貿 易 額 の22.3%
をEU
域内 貿 易 が 占 め て い る 。 そ の う ち 半 分 弱( 9 . 7%)
がドイツとの貿易である。EU
はさらに途上国,旧社会主義国からなる「その他地域」とのあいだにも太い貿
第
1
図 工 業 製 品 の 貿 易 ,1 9 9 9
年[ 4 . 2 ]
~ アメリカ+ [ 2 7 5 . 0 9 ]
[ 1 2 . 5 ]
□
□
[ 7 . 0 ]
[ 7 . 3 ]
日 アジア
2 7 3 EU
ド
[ 8 . 2 ] [ 2 2 . 3 ]
イ 本 I' [ 5 . 6 . ] I 3 0 3 [ 8 . 5 ] 8 3 0 [ 9 . 7 ]
ツ2 1 0 3 1 4 3 6 0
その他地域
1 0 7 [ 2 . 9 ]
一
2 5 [ O . 7 ]
(出典)加藤圃彦「
9 0
年代の世界貿易構造の変容ーグローバル化と地域統合化の進展・深化」
SGCIME
編『世界経済の構造と動態』お茶の水書房,2 0 0 3
年,1 4 1
頁。(注)単位は
1 0
億ドル。[ ]のなかの数値は%。( 1 1 ) Henk O v e r b e e k , G l o b a l i z a t i o n , S o v e r e i g n t y , and T r a n s n a t i o n a l R e g u l a t i o n : R e s h a p i n g
t h e G o v e r n a n c e o f I n t e r n a t i o n a l M i g r a t i o n , i n : B i m a l Ghosh ( e d . ) , Managing M i g r a t i o n .
T i m e f o r a New I n t e r n a t i o n a l Regime ? , O x f o r d U n i v e r s i t y P r e s s 2 0 0 0 , P . 5 2 ‑ 5 3 .
5 9 5
ドイツにおげる労働力輸入の新展開‑85‑
易関係を構築している。直接投資はとりわけ
9 0
年代の後半に急増した。投資 国の91%
が先進国であり,投資先国でも先進国が72%
を占めている。そのな かでEU
のシェアは41%
と高い::ドイツの貿易構造はヨーロッパ:こ偏重している。域内諸国との貿易上の紐帯 はきわめて強い。製造業完成品の輸出入が中心であり,その意味で水平的な国
( 1 2 )
際分業が構築されている。これは
80
年代から継続しているが,とりわけ9 0
年 代に入ってからは東欧諸国との貿易シェアが拡大している。80
年代には5 %
程度にすぎなかったものが,2 0 0 0
年には10%
強に達している。貿易額ではポーランド,チェコ,ハンガリーの
3
カ国だけで9 3
年の約1 0 0
億ドルから2 0 0 0
年には約3 0 0
億ドルに膨張している。この傾向はドイツの海外生産比率の上昇と符合している。
9 3
年にはまだ25%
であったが,2 0 0 0
年には46.8%
へと急速( 1 3 )
に増加している。これは上記
3
カ国へのドイツからの直接投資が9 3
年から9 9
年にかけて6
億マルクから1 0 4
億マルク(ポーランド),1 8
億マルクから1 0 4
億マルク(チェコ),2 2
億マルクから1 1 1
億マルク(ハンガリー)へ増大して( 1 4 )
いることに起因している。これらの諸国はドイツ系多国籍企業の生産ネットワ ークに組み入れられているといってよい。他方, ドイツは伝統的に自動車,電 機といった技術集約的産業で競争優位を発揮してきた。ところが国際競争力の 未来指標といわれている
I T
分野においては国際競争力の低下が危惧されてい る。I T
関連製品の世界輸出に占めるドイツのシェアは1 9 9 6
年から2 0 0 1
年に かけて6.6%
から5.6%
へ低下しているのである。総輸出に占めるハイテク製 品のシェアでみても,アメリカの3 0 ° 0 ,
日本の27%,
ユーロ平均の20%
に比(15
べて,
15%
にとどまっている。多国籍企業の世界戦略は世界の貿易構造をグローバル化と地域統合化にむけ
( 1 2 )
諌山正「対外関係—国際収支・貿易構造・対外投資」戸原四郎・加藤栄一・工藤 章編『ドイツ経済――—統一後の 10 年」有斐閣.2 0 0 3
年,2 3 7 ‑ 2 7 2
頁,参照。( 1 3 )
手春志「東アジアにおける新地域t
義 .r礼盆ー一拡大するPTAと東アジア経済圏の
胎動—」『東亜経済研究」 (L1」!]大学 第6 2
巻 第1
号,2 0 0 3
年,80
頁。( 1 4 )
諌山正,前掲,260
頁。( 1 5 )
同上,252
頁。‑86‑
香川大学経済論叢5 9 6
て編成している。世界貿易における最大の基軸ルートはEU
域内貿易である。EU
はアジア地域,北米そしてその他地域とのあいだで貿易関係を構築してい る。アジア地域における経済統合はEU
のような政治的統合をめざす強固な共 同体ではない。また,北米のNAFTA
のように自由貿易圏を制度化しているわ けでもない。多国籍企業のネットワークによって主導されこの地域に構築され た事実上の地域統合である。地域統合は多国籍企業の生産ネットワークの一層 の効率化に寄与する。多国籍企業は,自己のネットワークをより効率的に機能 させる安定的な枠組みを必要としている。EU
がメキシコとのあいだに自由貿 易協定(PTA)
を締結したように,アメリカはシンガポールとのPTA
締結を 目指している。メキシコが北米地域への戦略拠点であるように,シンガポール はアジアの戦略拠点だからである。EUも北米もともに多国籍企業のグローバ
ルな生産ネットワークの効率化と拡大,そのための市場の囲い込みに全力を注 いでいるのである。日本がシンガポール,そしてメキシコとのあいだに二国間( 1 6 )
の
PTA
を締結したのは,世界貿易のこうした潮流に乗り遅れないためである。さもなければ生産ネットワークの効率性をめぐる多国籍企業間の競争において 日本およびアジアはその優位性を失いかねないからである。
2 .
国際労働市場国際貿易は国境によって分断された労働市場を結びつける。労働者が国境を 越えて移動しなくても財の移動がその代わりをつとめるのである。これは貿易 と要素移動 ここでは国境を越える労働者の移動ー一—との代替性,貿易に よる要素価格 ここでは賃金 の均等化として経済学の貿易理論が教え
( 1 7 )
るところである。いいかえれば,国際貿易は少なくとも論理的には財の交換を つうじて国際労働市場を創出しているのである。国際労働市場がいかなる契機 で論理の世界から抜け出て現実の世界に転化するか,どのような姿態でもって
( 1 6 )
手春志,前掲,7 5 ‑ 1 0 4
頁,参照。( 1 7 ) P . R .
クルグマン/M.
オブズフェルド著(石井菜穂子/浦田秀次郎/竹中平蔵/千田 亮吉/松井均訳)『国際経済理論と政策I
国際貿易 第3
版』新世社,1 9 9 6
年,参照。597
ドイツにおける労働力輸入の新展開‑87‑
展開するかという問題はすぐれて歴史分析ないし現実分析の対象である。
第二次世界大戦後の世界経済は,なによりも GATTの枠組みにもとづく多 角的な自由貿易体制のもとで発展してきた。相互主義と無差別最恵国待遇の原 則にしたがって関税引き下げ交渉が推進されてきた。もともと国際労働市場に かんする規定を GATTの枠組みのなかに組み入れようとする提案もあったよ
( 1 8 )
うであるが,日の目を見ることなく,国際貿易とは分離して
ILO
の専管事項 とされた。国際貿易を律する国際ルールが GATTであるとすれば,国際労働 市場のそれはILO
の国際労働基準である。国際労働基準に関わる条約・勧告 の批准は加盟国の自主的判断にゆだねられているから,国際的な基準設定力は 限定されたものにならざるをえない。国際労働市場は国際貿易の GATTに匹 敵する国際ルールをもたない。国際労働市場が実質的に無制限供給の状態に あったこと,さらに労働市場の特殊性として文化的,政治的な諸要因が制約条 件となったことがその原因とされている。いまひとつの重要な原因をあげると( 1 9 )
すれば,国民国家システムそのものであろう。現行の世界政治システムは国民 国家を基礎単位として編成しており,国民の定義と範囲を国家の主権と裁量に ゆだねている。国際労働市場のルールは出入国管理にかかわる国家主権と厳し く対立せざるをえないのである。国際ルール不備のもとにありながら,にもか かわらず国際労働市場をつうじた労働力の輸入に踏み切る国があるとすれば,
それを可能ならしめた条件はなにか。ルールがなければ関係する各国の疑念と 猜疑心が円滑な輸出入を妨げるだろう。労働力の輸入についても同じことが予 想される。冒頭で触れた戦前のドイツとロシアとのあいだの状態を想起せよ。
国際ルールの不備を補完する制度的な条件が何であったのか,それが問われな
( 2 0 )
ければならない。ドイツにおける労働力輸入の戦後型においては送出国のイニ
( 1 8 )
萬濃正史「『貿易と労働基準』問題の歴史的経緯(上)」『海外労働情勢月報』1 9 9 4 年 6
月号,27‑28
頁,参照。( 1 9 ) Henk O v e r b e e k , o p . c i t . , p p . 6 3 ‑ 6 4 .
( 2 0 ) James F . H o l l i f i e l d , M i g r a t i o n , T r a d e , a n d t h e N a t i o n ‑ S t a t e : The Myth o f G l o b a l i z a t i o n ,
i n : UCLA J o u r n a l o f I n t e r n a t i o n a l La,w and F o r e i g n A f f a i r s , V o l . 3 N o . 2 , 1 9 9 8 , p p . 5 9 5 ‑
6 3 6 .
‑88‑
2 0 . 0
入1 8 . 0
移1 6 . 0
民1 4 . 0
数
1 2 . 0
• 1 0 . 0
邸
只
8 . 0
易6 . 0 比 4 . 0 率 2 . 0 0 . 0
香川大学経済論叢
5 9 8
第
2
図 アメリカの入移民と外国貿易1901‑1911‑1921‑1931‑1941‑1951‑1961‑1971‑1981‑1991‑
1 0 2 0 3 0 4 0 5 0 6 0 7 0 8 0 9 0 0 0
年 代I口入移民(百万) 口貿易の
GDP 比(%)
I(出典)
D o u g l a s S . M a s s e y , J . E d w a r d T a y l o r ( e d . ) , I n t e r n a t i o n a l M i g r a t i o n . P r o s p e c t s a n d P o l i c i e s i n a G l o b a l M a r k e t , O x f o r d U n i v e r s i t y P r e s s 2 0 0 4 , p . 3 7 6 .
シアティブにもとづく政府間協定の存在が国際ルールの適用を促進したと考え られる。
世 界 経 済 は う え で み た よ う に グ ロ ー バ ル 化 と 地 域 統 合 化 の 渦 中 に あ る 。
8 0
年代以降のことであるが,9 0
年 代 に 入 っ て そ の 趨 勢 は 加 速 し て い る 。 主 役 は 多国籍企業である。多国籍企業はグローバルに最適な資源配分を実現しうる有 利な立地条件を求めて投資決定を行う。外国直接投資は異なる国・地域の労働 市場を直接の競争関係に巻き込むのである。国境によって分断された国民労働 市場の相互連関は一層強化されることになる。分断線そのものの問い直しもはじまった。
第
2
図はアメリカ合衆国への入移民のフローと貿易のGDP
比とを2 0
世紀の1 0 0
年 間 を つ う じ て 対 比 し た も の で あ る 。 貿 易 比 率 と 入 移 民 と が 見 事 に 連 動 し ていることがわかる。1 9 8 0
年 以 降 , 世 界 貿 易 の 伸 長 に ち ょ う ど 呼 応 す る か の ように入移民も急速に増加基調にある。1 9 9 3
年 末 に ウ ル グ ア イ ・ ラ ウ ン ド 交 渉 に も と づ い て , 後 述 す る 「 サ ー ビ ス 貿易に関する一般協定」が実質妥結し,WTO
が新たな機構として創設された。WTO
の 設 立 を 準 備 す る 過 程 で ア メ リ カ よ り 「 公 正 労 働 基 準 」 と 貿 易 と の 関 係 について検討するよう提案がなされた。ILO
の国際労働基準は批准されてはじ5 9 9
ドイツにお;テる労働力輸入の新展開‑89‑
めて効力を発揮するが,批准しない国からの「不公正」な輸出にたいしては無 カである。そこで
WTO
の制裁力を行使することを考えてはどうかという提案 である。この提案にたいしては競争上の優位を奪われることをおそれた発展途 上国からの反発があった。ボールはWTO
からILO
に投げ返された。議論の 末,ILO
は1 9 9 8
年の総会で「中核的労働基準」の遵守を加盟国の努力義務と して宣言した。国際労働基準としてILO
が締結した条約のうち次の4
つの分 野を「中核的労働基準」としたのである。結社の自由および団体交渉に関する 承認(第87
号,98
号),強制労働の廃止(第29
号,1 0 5
号),児童労働の廃止(第
1 3 8
号),そして雇用・職業における差別の排除(第1 0 0
号,1 1 1
号)で ある。これをうけてWTO
事務局長の見解が発表された。「中核的労働基準」を
WTO
加盟国として尊重すること,ただし途上国の比較優位を侵害しないよ うWTO
として貿易制裁は行わない,ILO
独自の監視機構を活用する。こうし て貿易と労働とのリンクが国際機関において明示的に自覚され議題となり,( 2 1 )
WTO
とILO
との連携へと発展している。国際労働市場にかんする具体的な)レール作りにおいても,
WTO
とILO
との 協力体制が構築されつつあるかに思われる。もともとILO
は労働者の国境を 越える移動についていくつかの条約を締結してきた。たとえば1 9 7 5
年には不 法労働者への機会均等や2
年の正規滞在ののちに職業選択権を付与することをもとめる
1 4 3
号条約を締結している。1 9 9 0
年には国連がこの問題を取り上げ 正規労働者および不正規労働者の普遍的な権利について宣言を高らかに謳って いる。「移住労働者と家族の権利に関する条約」がそれである。これらの諸条 約はしかしながら批准する国が少ないことからその実効性について疑問が投げ( 2 2 )
かけられている。国際労働市場にかんするルールの作成に
WTO
も参画した。( 2 1 )
中村正「国際労働基準と技術協力」『世界の労位」5 1
巻1 0
号,2 0 0 1
年,7 8 ‑ 8 7
頁;鈴 木宏昌「世界貿易機構(WTO)
と社会条項」「季刊労働法』1 7 3
号( 1 9 9 4
年)1 1 3 ‑ 1 2 1
頁,175・176
合併号( 1 9 9 5
年)2 3 8 ‑ 2 4 3
頁;引馬知子「WTO
(世界貿易機構)と中核 的労働基準(上)(下)」『週刊社会保障」2 0 4 7
号1 9 9 9
年7
月2 6
日)4 8 ‑ 5 1
頁,2 0 4 8
号( 1 9 9 9
年8
月2
日)5 2 ‑ 5 5
頁,参照。( 2 2 )
花見忠「外国人労働者に関する国の政策と国連条約」「大原社会問題研究所雑誌』4 0 2
号,1 9 9 2
年5
月,1 7 ‑ 2 5
頁,参照。‑90‑
香川大学経済論叢6 0 0
「サービス貿易に関する一般協定」
( G e n e r a l Agreement on Trade i n S e r v i c e s , GATS)
がその成果である。国際貿易の枠組みのなかに国際労働市場を正式に 組み入れた画期的な協定である。GATS
はサービス貿易の形態を 1)越境貿易, 2)外国における消費, 3)外 国直接投資,そして 4) 自然人の一時的移動(Temporary Movement o f N a t u r a l P e r s o n s , TMNP)
という4
つに分類している。たとえば,ネット上での通信サービスは第
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形態であり,外国への観光旅行は第2
の形態である。金融保険の 会社が外国に支店を開設するケースは第3
形態となる。サービス業のグローバ ル化に対応している。国際労働市場に直接かつ密接にかかわるのが第4
形態で ある。「ある加盟国の自然人が他の加盟国の領土に移動することをとおして,その加盟国のサービス供給者がサービスを提供すること」 これが協定上 の第
4
形態の定義である。「サービス供給者」というのは入国し雇用されてサ ービスを提供する自然人たる労働者を指しているのか,それともこれを雇用す る国内のサービス事業者を指しているのか,曖昧である。外国人労働者,国内( 2 3 )
事業者,サービス提供の関係には大きく分けると次の
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つが考えられる。, I I
(1) 外国人労働者
ド 叶
国内事業者斗
サービス提供扉用契約
( 2 )
外国人' 労働者I < 叶
国内事.業者業務請負契約 サービス提供
(1)は国内の事業者が外国人を雇用してサービスを提供するケースである。こ の場合にはサービス貿易の第
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形態という国際的な取引の成立とサービス提供とは場所を異にする。これにたいして
( 2 )
は両者が同一の場所で成立している。この