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「土建国家」の労働力輸入

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(1)

「土建国家」の労働力輸入

佐 藤 忍

はじめに

Ⅰ 福祉国家の労働力輸入

.「生産性の政治」

.「移民の政治」

Ⅱ 「土建国家」の労働力輸入

.「労働鎖国」

.「土建国家」

.機能不全 むすび

は じ め に

イギリスによる

EU

離脱の決定( 年 月 日)は,第 次世界大戦後,

人類がその叡智をかけて築き上げてきたひとつの秩序にたいする否定であっ た。戦後の世界を牽引してきた理念とその成果が否定されたのである。ブリグ ジット(Brexit)の衝撃はアメリカ合衆国のトランプ現象とともにエリートの 敗北,非エリートの反逆,「まっとうな普通の人の勝利」(イギリス独立党党首 ナイジェル・ファラージ)を象徴し,それこそが世界全体の危機そのものであ ると評価されている。資本主義を制御するために作り上げられた仕組みが機能 不全に陥り,社会の分裂と深刻な不安を引き起こしたからである。そのさいに 議論の焦点となっているのが,グローバル化の急速な進行に伴う移民問題であ る。国民国家の主権を取り戻そうとする運動が広がりをみせている

こうした現在の私たちが置かれている時代情況を踏まえるとき,あらためて 戦後的枠組みと労働力輸入との関連性を歴史的に振り返りながら大局的に把握 巻 第 号

(2)

しておくことは有意義であろう。あらかじめいえば,西ヨーロッパの福祉国家 は労働力輸入にもとづいて戦後秩序を構築したが,日本の「土建国家」は「労 働鎖国」によってユニークな経済社会を編成してきた。西ヨーロッパの戦後秩 序がいま試練に立たされているように,日本的枠組みもまた重大な岐路にさし かかっているのである。

Ⅰ 福祉国家の労働力輸入

.「生産性の政治」

周知のように,二度の世界大戦を経て戦後資本主義は「埋め込まれた自由主 義」として再出発した。市場経済を国際的に,そして国内的に制御する仕組み を作り上げたのである。IMF-GATT体制はモノとカネの国際的な移動に一定の 秩序を与えた。そのうえで国民の生活保障のための枠組みが構築された。福祉 国家と呼ばれる政策がそれである。市場経済に基づく生産と資源配分を社会の 根幹に据えつつ,しかし同時に,そのプロセスを適切に管理することがなによ り肝要であることが明確にされた

福祉国家の多様性とその変容については多くの研究がなされている。その起 点となったのが,エスピン・アンデルセンによる類型化である。市場経済,い わゆる民間活力を積極的に活用している「自由主義」型(アメリカ,イギリス,

オーストラリアなど),地域や家族といった伝統的な共同体に立脚している「保 守主義」型(ドイツ,フランス,オランダなど),そして公的な福祉が社会全 体に行き渡った「社会民主主義」型(スウェーデン,ノルウェー,デンマーク など)の つに大きく分類されている。女性の役割や日本の位置づけをめぐっ て,さらには近年のワークフェアの潮流を踏まえて批判的な福祉国家論が新た

( )『中央公論』(特集:英EU離脱の衝撃) 年 月号,『世界』(特集:EUとユーロ の行方) 年 月号,参照。とりわけ会田弘嗣・久保文明・細谷雄一「鼎談・欧米か ら民主主義の自壊が始まる」『中央公論』同上, − 頁,参照。

( ) 新川敏光・井戸正伸・宮本太郎・眞柄秀子『比較政治経済学』有斐閣, 年, − 頁,参照。

( ) G・エスピン・アンデルセン(岡沢憲芙・宮本太郎訳)『福祉資本主義の三つの世界 比較福祉国家の理論と動態』ミネルヴァ書房, 年。

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に展開されている。とくに福祉国家の類型化において日本をどこに,どのよう に位置づけるかという点が,重要なポイントになっているようである。その課 題に対応するために,福祉国家論の射程範囲も広がりをみせている。所得再分 配にかかわる政策体系,すなわち社会保障や福祉のあり方だけではなく,労働 市場,資本市場,あるいは企業組織といった富の生産にかかわる諸制度をも含 めた総体的構造として福祉国家を捉えようとしている。「福祉レジームと雇用 レジームとの連携」,「福祉・生産レジームの連携」といった視点もそうした観 点からの研究である。本稿は日本の独特な福祉国家を後述するように「土建国 家」という言葉で捉えたいと思う。労働力輸入に対するスタンスにおける西ヨ ーロッパの福祉国家と日本の特殊な福祉国家との相違をそうしたアングルから 鮮明にしてみたい。そうすることで日本における労働力輸入の特異性をわかり やすく浮き彫りにできると考えるからである。

まず最初に,西ヨーロッパの福祉国家の特質を簡潔に整理しておこう。

社会における生活保障の基本的な仕組みはその社会の基本的な秩序と公平観 に依拠して編成されている。西ヨーロッパの福祉国家の最大の特徴は,なによ りもその社会における人の暮らしぶり,働き方に最低水準を設定したことで あろう。それ以下の生活は許されないというナショナル・ミニマム,その社会 のまともな働き方といった社会標準なるものが定着・浸透しているといって よい。

完全雇用の達成という福祉国家の公約は,程度の差はあれ,労働市場の競争 圧力を軽減し,労働者の立場を飛躍的に改善した。その状況をエスピン・アン デルセンは「脱商品化」と表現した。たとえば欠勤に対する補償をみてみよう

( ) たとえば山森亮「脱商品化と脱家族化の政治経済学」『経済理論』第 巻第 号,

年, − 頁;田中拓道「脱商品化とシティズンシップ−福祉国家の一般理論のために

−」『思想』 号, 年, 頁,参照。

( ) たとえば北山俊哉「土建国家日本と資本主義の諸類型」『レヴァイアサン』 号,

年, 頁;宮本太郎『福祉政治』有斐閣, 年, − 頁,参照。

( ) 宮本,同上, − 頁。

( ) 北山,前掲, 頁。

( ) G・エスピン・アンデルセン,前掲, − 頁。

(4)

働くべきとされている労働日に休むというのは,たとえ権利として与えられ ていても,平均的な日本人にとっては抵抗感がある。年休も未消化のまま,体 調が良くなくてもムリをするというのが日本での通常の働き方である。ヨー ロッパ人の働き方は周知のとおりこれとは異なる。疾病,妊娠・出産,育児,

介護,教育訓練,社会活動等のために欠勤することは,あたりまえである。

年間欠勤時間をみると,スウェーデンが 時間,その他の西ヨーロッパ諸国 時間から 時間の間にあるとき,日本は 時間にすぎない( 時点)

。圧倒的な違いである。労働時間の中に個人の時間,家庭の時間,地域 の時間がかなりの程度に含まれているのである。「労働者としての役割と家族 あるいはコミュニティーの成員としての役割とを両立させようとする努力の 現れ」といってよい。ドイツ・フォルクスワーゲン社の要員管理を調査した研 究によれば,ドイツ企業では従業員の年休完全取得を当然の前提とし,さらに 上記の個人の時間を加味し,「 − %」の欠勤率を見込んでいるという。日 本では「 %」が一般的であるというから,その差はそのまま労働コストの差 となる。

西ヨーロッパの福祉国家はこうした労働コストの大きな負担をみずからに 課していることになる。この負担に耐えうるだけの経済力がなければ,富の 再分配を巡る対立は熾烈になり,社会は不安定にならざるを得ない。第二次世 界大戦後,福祉国家として再建の道を歩んだ西ヨーロッパ諸国はそのスタート 時点から自らが背負っている負担の大きさに正面から向き合うことを余儀なく された。福祉国家のコストは生産性の向上によってまかなう以外にない。市場 経済は競争をつうじて生産性の向上を絶えず促進する傾向をもつのであるが,

西ヨーロッパの福祉国家が必要とする生産性の向上は体制に関わる緊喫の要請 であり,生命線といってよい。西ヨーロッパ諸国が戦後すぐにアメリカから直

( ) 同上, 頁。

( ) 岡沢憲芙『スウェーデンの挑戦』岩波新書, 年, 頁。

( ) G・エスピン・アンデルセン,前掲, 頁。

( ) 徳永重良編著『西ドイツ自動車工業の労使関係』お茶の水書房, 年, 頁,

参照。

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接投資を積極的に受け入れ,技術革新を展開したのはそうした背景を考えると わかりやすい。生産性の向上と経済成長を政治的にも追求せざるを得ないとい う「生産性の政治」(Politics of Productivity)はかくしてヨーロッパに根を下ろ した

戦後西ヨーロッパ諸国は,こうした生産性の向上を至上命題とせざるをえな い時代的制約のなかで労働力輸入を推進したのである。戦後すぐイギリスは

「ヨーロッパ自由労働者(European Voluntary Worker)雇用計画」をつうじて 難民キャンプやイタリアから労働者を雇用した。つづいて,ベルギー,フラン ス,スイス,オランダ,スウェーデンがそれぞれの調達ルートを開拓し,ドイ ツ(旧西ドイツ)において大規模なスケールで展開した。イタリアのほか地中 海沿岸の諸国(ギリシャ,旧ユーゴ,スペイン,トルコなど)との間の二国間 協定に基づき短期間の労働契約で労働者を募集する,いわゆるゲストワーカー

( ) 佐々木建『多国籍企業と労働問題』ミネルヴァ書房, 年,参照。

( ) 新川敏光・井戸正伸・宮本太郎・眞柄秀子,前掲, − 頁,参照。

年の総人口に

占める割合(%)

オ ラ ン ダ

スウェーデン

西 ド イ ツ

フ ラ ン ス

ベ ル ギ ー

西欧主要国における外国人人口( 年) (単位:千人)

注)英国以外のすべての国については,外国人滞在者の数である。オランダとフランスの 植民地からの移民と帰化した人々は除外されている。英国のデータは 年,

年, 年の国勢調査および, 年の推計からのものである。 年と 年の データは外国生まれの人々に関するもので,英国に住む移民から生まれた子供は除外 されている。 年と 年の数字には,両親が外国生まれの場合には,その子供 たちも含まれている。

出典)S・カースルズ,M・J・ミラー『国際移民の時代』名古屋大学出版会, 年,

頁。

(6)

制度が波及した。募集諸国から移動する労働者のほかに,この時期には旧植民 地から旧宗主国への労働者の流れもあった。西ヨーロッパの福祉国家を支える 生産力の逞しい担い手たちがやがて家族を形成し,定住し,そして西ヨーロッ パを多文化社会へと変貌させてゆく存在となる。表 は 年から 年に かけて外国人人口が膨張していく様子を示している。

.「移民の政治」

西ヨーロッパにおいて「生産性の政治」は同時に「移民の政治」(Immigration

Politics)であった。労働力輸入の規模がどんどん膨れあがっていくプロセスは,

たしかに人々の予想を超える勢いであった。「労働力を求めたが,やってきた のは人間であった」というよく引き合いに出される有名な警句は,労働力輸入 という安易な選択を間違いもしくは失敗であったとして批判している。フリー マン(Gary P. Freeman)はそうした予想外の展開をもたらした展開のダイナミ ズムを,「政策の失敗」にではなく,西ヨーロッパ民主主義の政治過程そのも の の ロ ジ ッ ク の 中 に 求 め よ う と し て い る。リ ベ ラ ル な 民 主 国 家(Liberal

Democratic States)における「移民の政治」を抽象化・モデル化している。そ

のモデルは,英語圏の古典的移民受入国,西ヨーロッパ諸国,そして南欧諸国 の つの異なるタイプの「移民政治」にも共通するモデルとなっている。モデ ルと現実との乖離は現実の特殊性を理解する助けになる。モデルの要点を単純 化すれば,次のごとくである。リベラルな民主国家では個人の平等と政党間の 競争によって政治が動く。しかし情報の入手にはコストが伴うので個人は政治 の重要な問題から疎遠になりやすい。とりわけ移民の問題には「時間の幻想」

(temporal illusion)がつきまとう。数世代先に起こりうる状況など個人レベル では想像もつかない。政治に影響力を持つのは,個人ではなく,集団である。

( ) S・カースルズ,M・J・ミラー(関根政美・関根薫監訳)『国際移民の時代[第 版]』

名古屋大学出版会, 年, 頁,参照。

( ) Gary P. Freeman, Modes of Immigration Politics in Liberal Democratic States, in : International Migration ReviewVol. No. , , pp. .

( ) Ibid., p. , .

(7)

とくに組織された集団の影響力が大きい。移民の利益は集中しやすく,移民の コストは広く分散しやすい。そして移民から利益を得る集団は移民のコストを 負担する集団よりもよく組織されている。移民の主たる受益者は労働集約産業 の経営者である。政治家は組織された集団の意向に従うことで選挙に勝つこと ができる。決定の場は選挙ではない。移民問題は選挙の争点にならない。決定 は利益集団と政治家の狭い世界でなされる。拡大する移民政策がその論理的帰 結となる。

労働力輸入の決定はいつの時点でどのようになされたのだろうか。またいつ の時点でなされるのが望ましいのだろうか。誰の眼にも疑いようのない労働力 の明白な不足により経済活動がもはや立ちゆかないと判断されたときだろう か。そのような状況になるまで放置しておくとすれば,それは政治の無策無能,

政策決定能力の欠如でしかないだろう。決定は手遅れになる前の段階でなされ なければならない。福祉国家の実現と維持に生産性の遅滞のない向上が不可欠 であり,そのための障害は早めに取り除いておかなければならない。それこそ が「生産性の政治」である。とすれば労働力の不足の兆候がまず経済活動の最 も弱いところに現れはじめ,やがて近い将来にその広がりが懸念される,そう した状況証拠の中で,労働力輸入は政治的に決定されることになる。その決定 の責任は後続の世代が背負うことになる。

ドイツは労働者の募集に関する政府間協定をイタリア政府との間で 月正式署名した。このイタリア政府との二国間協定がその後の拡大するド イツの労働力輸入の発端となった。 年 月にギリシャ,スペインと調印,

さらに翌年の 月にはトルコ政府と協定締結した。ドイツ政府は 年代の 後半から 年代初頭にかけて地中海沿岸諸国との間に政府間協定を次々と 締結し,労働力輸入のアクセルを強く踏んだ。ドイツ政府が労働力輸入のため の協定締結を決めたとき,ドイツの労働市場はどのような状況だったのだろう か。

矢野久の研究によれば,ドイツ連邦政府は,早くも, 月,すなわち イタリア政府との協定締結のちょうど 年前には,「将来の労働市場政策を設

(8)

定する目的をもって」外国人労働者導入のための準備の開始を決定している その時点の失業率は .%であり,「失業」と「熟練工不足」とが混在し,状 況は「不透明」であったという。翌 年 月には失業率は .%まで下がり,

完全雇用とみなしうる水準に近づいた。この時期にはまだ東欧諸国からの被 追放民や東ドイツからの逃亡者が数多く流入しており,また「地域間調整」の 余地も残されていることが十分に認識されていた。ドイツ政府はそもそも労働 力輸入の是非について選挙によって国民に意思を問うなどということはしてい ない。ドイツにとって労働力輸入は是か非かの問題ではなかった。外国人労働 者の募集・雇用はドイツの歴史とともに古い。外国人雇用の経験は豊富であっ

。問題はタイミングであった。そしてその判断は政府に一任されていた。ド イツ政府は 年 月の時点ではまだ協定締結の「決定的な決め手となる材 料」はないと判断したようだが,「交渉を有利に展開する必要性もあり,労働 市場の逼迫していない状態で」あえて「仮署名」を行っている。外国との交渉 事であるから外交・通商上の高度な判断を伴いつつ,国内労働市場の数値に基 づきながら適切なタイミングを探っていたといえよう。 年 月末に失業 率が .%になったことを「決定的」と判断し,同年 月の正式署名となっ た。イタリアとの協定締結にもとづき翌年には 人のイタリア人がドイ ツの労働市場で働いた。ガストアルバイター(Gastarbeiter)第 号である。労 働力不足が叫ばれていた業種に就労している。農業 , 人,建設業 , 人,

採石・石加工業 , 人である。次のより本格的な協定締結は 年代初頭 である。

年時点のドイツの労働力不足はどれほど深刻だったのだろうか。まず どの国でもそうだが,農業就業者は工業部門への労働力の重要な給源である。

( ) 矢野久『労働移民の社会史 戦後ドイツの経験』現代書館, 年。

( ) 同上, 頁。

( ) 拙稿「労働市場の国際化− 世紀初頭のドイツにおける外国人労働者問題−」『研究 年報』(香川大学経済学部) 号, 年, 頁,参照。

( ) 同上, 頁。

( ) 同上, 頁。

(9)

日 本 フランス 西ドイツ スウェーデン

農業就業者の割合

出典)David Bartram, Japan and Labor Migration : Theoretical and Methodological Implications of Negative Cases, in : International Migration ReviewVol. No.

, , p. .

経済発展の初期段階では人口の多くが農業部門に就業しているが,工業化の進 展とともに農業から工業へと労働者が移動していく。日本では膨大な農業人口 が工業部門に貴重な労働力を供給しつづけたことは周知のことである。ドイツ の農業就業者はすでに 年時点で .%にまで縮小している。その割合は 日本でいえば 年頃に相当するから,農業が労働力不足の解決に役立つ余 地は低かっただろうと想像される。表 からもわかるように,フランスの農業 就業者割合は日本と近似している。フランス農業には潜在労働力が豊富であっ たと考えられるが,おそらくは農業保護の観点から,外国人労働力の調達を選 択したと思われる。

では,つぎに女性の労働参加率をみてみよう。女性の社会進出が遅れている ほど,つまり非労働力化している女性が多ければ多いほど,潜在的な労働力が 多いことを意味する。日本でいま女性活躍促進が叫ばれているのはそうした背 景がある。ドイツは福祉国家の類型化においても保守主義に分類されているよ

( ) たとえば大川健嗣『出稼ぎの経済学』紀伊國屋書店, 年。

(10)

日 本 フランス 西ドイツ スウェーデン

女性の労働参加率

出典)David Bartram, Japan and Labor Migration, ibid., p. .

うに保守的な家族政策にもとづき女性の社会進出は進んでいるとはいえない。

実際, 年時点のドイツ人女性の労働参加率は .%にすぎない。 までずっと一貫して女性の労働参加率は日本よりも低いという事実にあらため て驚く(表 )。労働力不足の解消には女性の雇用促進が選択肢として十分に ありえたといえる。フランスも同様であるが,現実の労働力不足に対応するに は国内女性の雇用促進よりも外国人雇用のほうがより効果的であると判断さ れ,それゆえ外国人の雇用が選択されたと考えられる。

当時の労働力輸入はこのように他の選択肢がまったくない状況の中での唯一 の方途ではなく,少なくとも女性の雇用促進という手段は残されていた。労働 力不足というのはけっして絶対的ではなく,むしろ諸政策(家族政策,農業政 策など)との関連のなかで現実的に判断され認識されたものである。いくつか の選択肢のなかでなにゆえに外国人の雇用なのかといえば,過去の経験と実 績,および現在の福祉国家を制約する「生産性の政治」に基づき冷静に判断す るとき,選択肢の中で最も信頼できるものは外国人の雇用であったということ

( ) たとえば石塚由紀夫『資生堂インパクト 子育てを聖域にしない経営』日本経済新聞 社, 年。

(11)

であろう。そのさい労働力輸入の決定は,「移民の政治」にしたがい政府の責 任にもとづきなされたのである。

Ⅱ 「土建国家」の労働力輸入

.「労働鎖国」

表 は, 年時点での先進国における外国人労働者の数および当該国の 労働力に占める外国人労働者の割合を示している。私たちが外国人労働者とい うとき,とくに敏感に反応し問題視しやすいのは,異なる文化をもつ,発展途 上国出身の外国人労働者であろう。同じ文化圏の出身者や先進国出身の人は,

たとえ国籍上は外国人であっても,むしろ親近感を抱きやすい。日本の用語法 では「単純労働者」と「高度人材」という分類が大まかだがそれに対応してい る。表 ではそうした点を踏まえ 種類の外国人労働者をあえて区別し,問題 視されやすい前者だけの外国人労働者の割合をもあわせて示している。表中で は「単純労働者」(low-end foreign)がそれである。外国人労働者の数と割合を みるとき,両者の区別がとくに影響を与えているのは,たとえばベルギー,ル クセンブルク,スイスの ヵ国である。たとえばスイスの外国人労働者は約 万人で,全労働力に占める割合は .%に達する。そのうち 万人は先進 国出身者である。残りの 万人弱が途上国出身のいわゆる外国人労働者であ る。労働力に占める割合にすると, .%に低下する。外国人労働者を文化圏・

出身国で区別しても,その他の国ではとくに大きな違いはあまりみられない。

つまりたいていの先進国にいる外国人労働者は,その多くが発展途上国の出身 者である。

さて,表 の第 列の数値をみよう。先進各国における外国人労働者(途上 国出身と先進国出身)の労働力に占める比率を示している。ルクセンブルクの

.%が最も大きく,日本の .%が最も低い。その隣の実数をみると,ドイツ

( ) Bridget Anderson, Martin Ruhs, Migrant Workers : Who needs them ? A Framework for the Analysis of Staff Shortages, Immigration and Public Policy, in : Martin Ruhs, Bridget Anderson(ed.), Who Needs Migrant Workers ?, Oxford UP , pp. .

(12)

万人が最大である。それを比率にすると, .%となる。外国人労働者 の占める割合が %台というのは,その国の経済力に対する外国人労働者の寄 与という点でいえば,少なくとも平均的には,きわめて小さいといわざるを得 ない。逆にいえば,それらの国は外国人労働者への依存を免れていることにな る。一国全体でみると,せいぜい %程度の外国人が働いているにすぎないと はいえ,ある特定の地域,ある特定の産業に集中している場合には,平均値で 見るよりも大きな役割を演じていることがありうるかもしれない。それでも

労働力 人口

外国人 労働者 総数

外国人 労働者 割合

共同市場 その他 エリート

単純 労働者の

最大値

単純 労働者の 最大割合

オーストリア

ベルギー

デンマーク

フィンランド

フランス , . , .

ドイツ , . , . , .

ギリシャ

アイルランド

イスラエル

イタリア

日本

ルクセンブルク

オランダ

ノルウェー

スペイン

スウェーデン

スイス

イギリス , .

外国人労働者数( 年) (単位:千人)

注)オランダ( 年),ベルギー,フィンランド,スペイン( 年),イギリス(

年)以外はすべて 年のデータ。「その他エリート」には共同労働市場の取り決め がない場合でも豊かな国(西ヨーロッパ,アメリカ合衆国,日本,カナダ,オースト ラリア,ニュージーランド)出身の労働者を含む。

出典)David Bartram, Conspicuous by their Absence : Why are there so few foreign workers in Finland ?, in :Journal of Ethic and Migration StudiesVol. No. , , p. .

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%程度というのは受け入れ規模の国際標準に照らすとき著しく小さいといわ ざるをえない。つまり,日本は外国人に依存せず国内の労働力でなんとか乗り 切ろうとしている国であり,そして少なくとも平均値で判断するかぎり乗り 切れているようにみえるのである。日本と似たような国が表中にもうひとつあ る。かつて「ヨーロッパの日本」と形容されたフィンランドである。日本とフィ ンランドは外国人への明らかな依存を免れている珍しい先進国である。労働力 輸入が一般化した現在の先進諸国との差異を浮き彫りにするためやや誇張を込 めてあえてこの両国のような国を「労働鎖国」の状態にあるとしよう。

「労働鎖国」という表現は明らかにネガティブな評価を伴っている。標準か らの乖離を標準への遅れとする否定的な評価である。標準的でない「変則」

(Anomalies)である。「労働鎖国」への関心は,標準に向けて遅れを取り戻そ うとしているかにみえるプロセスに集まりやすい。「労働鎖国」に対する分析 方法について,バートラム(David Bartram)は次のように述べている。「 ネガ ティブ・ケース というのは既成の理論に照らすとき変則にみえる国のことで ある。こうした意味での変則はとても貴重な研究対象である。しかし,そのよ うに(貴重な)ものとして認識できるのは,研究関心の 不在 を体現する事 例の研究に研究者がオープンであるときだけである。」ネガティブにみえる事 例の中にこそ,じつは私たちが見落としている重要な問題が隠されているので はないか,私たちが自明と考えている発想そのものを根底から問い直すチャン スがあるのではないかというのがバートラムのユニークな視点である。

日本の事例に則していえば,次のような疑問が提起されている。「日本につ いて最も興味深い問題はこうである。すなわち,日本はいかにして,なにゆえ に,移住労働者の輸入を(ほとんど)我慢しているのか。より正確にいえば,

日本は大規模に外国人労働を ―― 他の国々では明白に不可欠な要素であったも のであるが ―― 利用せずして,いかにして,急速な経済産業の発展を達成しえ

( ) David Bartram, Migration, methods and innovation : a reconsideration of variation and conceptualization in research on foreign workers, in : Carles Vargas-Silva(ed.), Handbook of Research Methods in Migration, Edward Elgar , p. . 本稿はDavid Bartramの斬新な 発想に強く触発されたものであることをここに記しておきたい。

(14)

たのか。」

「労働鎖国」を切望しながら達成できなかった国がある。イスラエルである。

イスラエルはユダヤ人の民族主義をなにより重要視している国であり,観光客 以外の外国人を望ましくないと考えている。しかしながら様々な事情により外 国人に依存せざるを得ない状況下にある。日本の「労働鎖国」をみるまえに,

「労働鎖国」に失敗した事例としてイスラエルについて概観しておこう。

イスラエルは 年第 次中東戦争の結果,ガザ地区を占領した。これに よりイスラエルの労働市場は最上部にヨーロッパ出身のユダヤ人,その下に中 東・北アフリカ出身のユダヤ人,そして最下層にパレスチナ人を位置づける重 層構造となった。パレスチナ人がとくに集中して働いている産業は,イスラエ ル人が敬遠する建設業および農業である。表 は 年から 年までの時 期のパレスチナ人の就業者数および比率を示している。労働力全体に占める割 合は 年の %から上昇し, 年にピークの .%となっている。その 後再び減少をはじめ, 年には %に戻っている。産業レベルでみると,

パレスチナ人への依存度はずっと大きくなる。建設業ではピーク時の には .%がパレスチナ人で占められていた。同じ年の農業では .%であっ た。パレスチナ人への依存の大きさは賃金水準の低下として現れた。製造業を

としたときの賃金水準は,建設業では 年の から 年には に低下した。農業ではそれぞれ から への下落である。パレスチナ人を雇 用することは民族主義の強いイスラエルにとって戦争と占領のやむを得ざる結 果でしかなかった。パレスチナ人以外の敵対的でない外国人を雇用する可能性 も模索されたようだが,シオニズムの観点からいったんは否定されている。ユ ダヤ人の入植が優先された。とりわけ 年にパレスチナ人の暴動が頻発し て以降,脱パレスチナ人が強力に推進された。 年の東西冷戦終結ととも に,ロシア系ユダヤ人の入植が始まった。 年だけで 万人に達した。脱

( ) Ibid., p. .

( ) David Bartram, International labor Migration. Foreign Workers and Public Policy, Palgrave Macmillan , p. .

( ) Ibid., p. .

(15)

パレスチナ人の政策にとって幸運な追い風であった。入植者に用意すべき住宅 の建設ニーズが高まり,それに伴い労働力不足が激しくなった。

脱パレスチナ人,脱外国人依存を切望するイスラエルにとってチャンスで あったのである。パレスチナ暴動を受けて,占領地を閉鎖し,パレスチナ人の 雇用を禁止した。パレスチナ人の雇用に依存している企業主は政府に対する訴 訟を起こした。政府は一方でイスラエル人の失業者 万人(失業率 %)に 対する福祉の打ち切り措置と就業支援を講じた。他方では,パレスチナ人に代 わる労働力として,イスラエル人のほか,敵対的でない外国人労働者の新規募 集と雇用を臨時措置として許可した。ルーマニア人,タイ人,フィリピン人そ の他,出身国は ヵ国に及んだ。さらに不法就労者も増加した(表 )。脱 パレスチナ人が新たな外国人依存を生むというイスラエルにとって意図せざる 結果をもたらした。

脱外国人依存に向けてどのような取組みがなされたのだろうか。とりわけ建

( ) Ibid., pp. .

( ) Ibid., pp. . 人数 雇用者に

占める割合

建設業 製造業 農 業 その他

人数 人数 人数 人数

イスラエルにおける非市民のパレスチナ人労働者 (単位:千人)

注)データは労働力調査に基づく。許可証を持たない労働者もなかには含まれる。

出典)David Bartram, International labor Migration. Foreign Workers and Public Policy, Palgrave Macmillan , p. .

(16)

設作業の近代化,合理化が推進された。これまで職人の手作業に頼ってきた作 業を機械化し,それによる必要工数の削減が追求された。そのために労働者の 賃金を %程度引き上げることが必要だとする試算もなされたが,その先に は進まなかったようだ。工期短縮の技術革新を後押しするため補助金の支給も 用意されたが,施行技術の近代化ではなく,政策意図に反して,逆に労働投入 量の増加によって工期短縮されるような事態が生まれたという(表 )。また 自国民の雇用を進めるため,職業訓練プロジェクトを立ち上げ,兵役免除や失 業者への生活費支給など優遇措置を講じたようである。しかしながら残留率は

( ) Ibid., pp. .

合法労働者 違法労働者 総数 民間労働力に占める割合 雇用者に占める割合

非パレスチナ人の外国人労働者数の推計 (単位:千人)

注) 年から 年の「合法労働者」は雇主が全国保険庁に賃金を報告している労働 者を指す。家事労働者および介護労働者は除外している。 年以前の「合法労働者」

は労働省によって発行された雇用許可証の数を指す。

出典)David Bartram,International labor Migration. Foreign Workers and Public Policy, ibid., p. .

(17)

%と低く,建設業で正式に働くようになることは希であった。建設業で働く ことの嫌悪感 ―― 水仕事 (wet jobs)―― を払拭することはきわめて難しい。

防衛費に相当な国家予算を割り当て,眼前の課題解決が精一杯であり,中長期 的な視野からの対策を講じる余裕はほとんど無いというのが実情であろう。

.「土建国家」

周知のように,日本経済は 年頃やっとルイス的転換点を迎えた。すな わち転換点までの日本経済は,農業部門に大量の過剰労働力を抱えており,工 業部門はその過剰労働力から豊富な労働供給を受けつつ近代化の道を進んでい たのである。工業部門は農業で食べていける生存ギリギリ水準の賃金で労働者 を雇用することができる状態にあった。この時期を「無制限労働供給」の時代 という。転換点を迎えるということは,労働力過剰の時代から労働力不足の時 代へと移行するということである。つまり労働市場がその機能を獲得するとい うことである。賃金の上昇がなければそれ以上の労働供給は発生しない状況と なったのである。ルイス的転換点を経ることによって日本経済の発展は質的に

( ) Ibid., pp. .

( ) 南亮進『日本経済の転換点 労働の過剰から不足へ』創文社, 年。

雇 用 者(千人) 実質生産指数

年= 外国人 パレスチナ人 イスラエル人 総 数

建設業の実質生産量及び雇用者数(出身別) 年)

出典)Shumuel Amir, Oversea’s Foreign Workers in Israel : Policy Aims and Labor Market outcomes, in :International Migration ReviewVol. No. , , p. .

(18)

新しい段階へと移行したのである。 年頃といえば,ちょうど池田勇人内 閣が国民所得倍増計画を打ち立てたときである。国民年金や国民健康保険が制 度化され国民皆年金が実現した頃でもある。三池争議や安保闘争といった社会 運動も起きていた。豊かな社会に向けて世の中がダイナミックに動き始めた頃 である。そのなかから福祉国家の日本的な特徴が形成される時期でもあった。

宮本太郎によれば,この頃の日本には つの福祉国家論があった。ひとつは 経済成長の要件として「格差是正」,すなわち「国民生活の均衡的発展」のた めに農業,建設業,サービス業など「後進的産業部門の所得水準の引き上げ」

を重視する考え方である。「福祉国家ナショナリズム」と呼ばれるこの系譜は,

当時の経済企画庁や経済官僚の大来佐武郎,そして岸信介に代表される。他方 には大蔵官僚の下村治や石橋湛山・池田勇人に代表されるいわばメインストリ ームともいうべき「生産主義的福祉国家論」があった。「格差是正」の再分配 よりも経済成長というパイそのものの拡大に力点を置く発想である。「格差是 正」を重視する立場にとって,ルイス的転換点をやっと迎えたばかりの日本の 膨大な過剰人口に起因する二重構造と格差の社会問題が大きな影響をもってい たと思われる。その後政治の前面に出てくるのは「生産主義的福祉国家論」で あるが,それに寄り添うようにして「福祉国家ナショナリズム」が一定の影響 力を行使していたと考えられる。

「土建国家」という日本的な福祉国家は,こうした つの福祉国家論の系譜 を踏まえるとわかりやすい。井手英策の整理にしたがえば, 年代をつう じて,遅くとも 年代初頭までに,「土建国家」という日本的福祉国家の基 本メカニズムの「原型」(プロトタイプ)が成立した。「土建国家」の基本メカ ニズムは以下のとおりである。農業と非農業,大企業と中小企業,都市と地方

( ) 宮本太郎『福祉政治』前掲, − 頁,参照。田名部もまたこの当時の日本における つの福祉国家論について考察している(田名部康範「日本の保守勢力における福祉国 家論の諸潮流− 年代を中心として−」『社会政策』第 巻第 号, 年, − 頁,参照)。エスピン・アンデルセンの福祉国家 類型(自由主義,保守主義,社会民 主主義)にたいして,日本の福祉国家を第 の「生産主義」アプローチと分類している。

「生産主義」とは,なにより「勤労者の脱商品化に警戒的」であり,「『福祉』ではなく

『就労』による一種のワークフェア(勤労福祉)を志向した」点に特徴がある( 頁)。

(19)

などの様々な格差を公共投資によって是正する。農村向け公共投資は,農業の 近代化と建設業などの地方の産業基盤の強化をもたらす。出稼ぎは「在宅型」

となり,兼業農家が増えた。農家所得は上昇した。「地方への資源配分,農家 や建設業といった特定の集団への利益配分」と同時に,「都市部の中間層」に 対しては減税によって利益を配分した。経済成長による税収増を減税によって 還付した。「公共投資を通じた地域的,所得的再分配への合意は,都市部中間 層への減税によってつくられた」。「減税,公共投資,小さな政府」の三位一体 こそが「土建国家という統治のメカニズム」である。

「土建国家」が目指す安心の生活は,働かなくても食っていける所得の保障 ではない。それは西ヨーロッパ的な福祉国家である。「土建国家」はなにより も働く意欲のある者に雇用の場を確保することを最優先する。公共投資によっ て農業で,あるいは地方の建設業で働く場を確保する。減税の還付は勤労所得 のある者が対象である。再分配の前提は働く場をもっていることである。勤労 こそが生活保障の根幹にあるというのが「土建国家」の哲学である。東畑精一 の「全部雇用」という考えとも符合する。雇用の場にはさまざまあるが,その なかで誰でも,いつでも働くことができるような雇用機会は資格等の熟練度か らいえば不熟練労働である。いわゆる単純労働である。そうした労働には学歴 のない人,年配の疲れ切った人,いわば社会の底辺に位置するような人々が従 事しやすいと想定されている。勤労を生活保障と「格差是正」の前提条件とし て位置づける「土建国家」にとって単純労働もそれを必要とする人がいるかぎ り国民の間に確保すべき資源である。建設業の労働は流動性が高く,臨時の不 安定な仕事は単純労働が多い。日本の建設業は 年代の前半には世界最大 の規模(

GDP

.%,全就業者に対する割合 .%)にまで成長したので

( ) 井手英策編『日本財政の現代史 Ⅰ 土建国家の 時 代 年』有 斐 閣,

年, 頁,参照。

( ) 同上, − 頁,参照。

( )「仕事を求めている人は全員なんらかの仕事についているが,完全雇用とは違って各 人が最大限の生産性をあげているわけではないし,賃金に満足しているわけでもない」

(野村正實『雇用不安』岩波新書, 年, 頁)ような状態のことをいう。

( ) 金本良嗣編『日本の建設業』日本経済新聞社, 年, 頁,参照。

(20)

あるが,建設業における雇用拡大の背後にはこうした「土建国家」の膨張する 姿をみることができる。

いくつかのデータを確認しよう。まず最初に,建設業従業員の賃金上昇率を みると, 年から 年にかけて,年率平均で .%である。これは製造 業をはじめとする他の産業よりも高い。外国の状況と比較すると分かることだ が(表 ),建設業の賃金上昇率はたいてい他の産業よりも低いことが多い。

だから建設業は不利というのが建設業に対する世間のイメージである。たとえ ば前項で触れたイスラエルにおける建設業の賃金上昇率は統計上高めに表れて いるようだが,それでも他産業よりは明らかに低い。つまり,イスラエルでは 建設業と他産業との所得格差は拡大した。その結果,政府による自国民優先に もかかわらず自国民には敬遠されてしまったのである。ドイツのように労働力 輸入しながら同時に労使関係の強い規制が働いている国でもやっと平均的な賃 金上昇率である。これに対し日本では建設業の賃金水準の底上げが実現し,産

( ) 拙稿「ドイツの建設労働市場と外国人労働者」拙著『グローバル化で変わる国際労働 市場』明石書店, 年, − 頁,参照。

製造業 建設業 小売り・

ホテル業

対人

サービス

アメリカ合衆国 − . − .

ドイツ

イスラエル

日本

デンマーク

ノルウェー

フィンランド

従業員給与の年平均上昇率 年)

注 )イスラエルの建設業及び小売り・ホテル業の賃金上昇に関する公的な数値は,かなり 誇張されている。なぜなら登録されていない外国人労働者(パレスチナ人含む)がカ バーされていないからである。

)イスラエルの建設業には電力労働者も含まれる。

)日本のホテル・レストランは小売りではなく,対人サービスに含めている。

出典)David Bartram, International labor Migration, ibid., p. .

(21)

業間の所得格差は縮小している。興味深いことだが,表 には日本と同じ「労 働鎖国」のフィンランドの賃金上昇率が示されている。建設業にかぎらずきわ めて高い賃金上昇率が全産業にわたっていることが分かる。

賃金上昇を労働生産性,資本集約性,消費者価格といった他の関連指標と対 比してみよう。日本の建設業の賃金上昇率( .%)は生産性の上昇率( .%)

を上回っている。生産性の上昇がみられないにもかかわらず賃金は上昇してい るのである。これは製造業の賃金上昇率( .%)が生産性上昇率( .%)を 下回っていることと著しいコントラストをなしている(表 )。私たちはこの 対称性をどのように理解すればよいのだろうか。消費者価格の上昇率にヒント が隠されている。消費者価格の上昇率は産業平均 .%を上回っている。年平 均 .%の上昇率である。つまり建設業の製品,たとえば住宅の販売価格は一 般的な傾向以上に割高なのである。建設業は生産性以上の賃金を支払い,その ツケを消費者,あるいは購入業者に転嫁しているのである。いいかえれば低生 産性部門の製品を割高に購入することによって,製品の購入者,すなわち建設 投資をする成長部門の企業や発注者としての国が低生産性部門で働く人々に補 助金を支給していることになるのである。「土建国家」はまさしく再分配をこ のようにして機能させているのである。低生産性部門を競争の痛みから保護 し,産業としての不利な環境のなかでそれでも日本人に働く意欲を持続させう

( ) David Bartram, International labor Migration, op. cit., pp. .

( ) Ibid., p. .

( ) Ibid., pp. .

製造業 建設・

住宅業

小売り・

ホテル業

対人

サービス

労働生産性

資本集約性

実 質 賃 金

消費者価格

日本経済の統計的サマリー (年平均上昇率 %, 年)

出典)David Bartram, International labor Migration, ibid., p. .

(22)

るギリギリの水準がかくして創出されたのである。こうした競争緩和的な経済 環境は,たとえば「腐りゆく日本というシステム」といった辛辣な批判にも晒 された。

勤労に基づく生活保障を目指すのが「土建国家」であり,そのために「減税,

公共投資,小さな政府」の三位一体による再分配のメカニズムを構築したので ある。こうした「土建国家」のプロトタイプは 年代初頭までには形成さ れた。「土建国家」の成立はじつは後述するように「労働鎖国」の宣言と踵を 接していた。 年代末から 年代初頭にかけての時期は,日本経済が直面 した戦後最初の,そしてきわめて熾烈な労働力不足に見舞われた時期であっ た。失業率をみると,日本は 年に .%,翌 年にも .%となった

(表 )。それはドイツやフランスが労働力輸入を本格化した 年の失 業率とほとんど変わらない。フランスよりは低いほどである。労働力輸入の瀬 戸際にあったといってよい。

( ) リチャード・カッツ(鈴木明彦訳)『腐りゆく日本というシステム』東洋経済新報社,

年,参照。

( ) David Bartram, Japan and Labor Migration : Theoretical and Methodological Implications of Negative Cases, in : International Migration ReviewVol. No. , , pp. .

日 本 フランス 西ドイツ スウェーデン

失業率

出典)David Bartram, Japan and Labor Migration : Theoretical and Methodological Implications of Negative Cases, in : International Migration Review Vol.

No. , , p. .

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