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Academic year: 2021

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Title 旅行案内書を主な分析資料とした温泉地域の近代化過程に関する研究 : 有馬温泉を事例として [論文内容及

び審査の要旨]

Author(s) 広瀬, 正剛

Citation 北海道大学. 博士(観光学) 甲第14420号

Issue Date 2021-03-25

Doc URL http://hdl.handle.net/2115/81203

Rights(URL) https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/

Type theses (doctoral - abstract and summary of review)

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File Information Hirose̲Seigo̲abstract.pdf (論文内容の要旨)

Hokkaido University Collection of Scholarly and Academic Papers : HUSCAP

(2)

学位論文内容の要旨

博士の専攻分野の名称:博士(観光学) 氏名:広

学位論文題名

旅行案内書を主な分析資料とした温泉地域の近代化過程に関する研究

─有馬温泉を事例として─

本論文の目的は、社会の近代化に伴って日本の温泉地域が「湯治場」から「観光(遊覧)地」

に変容したプロセスや要因に分析を加えるとともに、そうした変容が持つ社会的、文化的意味に ついて明らかにするところにある。事例分析の対象地として、本論文が採用したアプローチに適 した関連資料が豊富に残されている有馬温泉地域を選定し、また研究対象期間を、日本社会全体 が大きく変容し始め、それに伴って観光という社会慣習が徐々に定着し始めた近代初期(明治・

大正・昭和戦前期)に絞り込んでいる。そうした上で、日本の温泉地域が観光や遊覧の対象地に 変化する過程に直接的、間接的に関与したと考えられる諸アクターの利害、意図、関係、交渉等 のあり方を示す史的資料を通して考察を加え、(1)近代初期に温泉地域はどのような過程を経 て「湯治場」から「観光(遊覧)地」へと変化したのか、(2)そうした変化は温泉地域の経営 や温泉地域を訪れる人々にとってどのような社会的、文化的意味をもっていたのかという点につ いて論証した。

主要な研究資料として近代初期に編纂された旅行案内書などの言語資料を採用し、まずはそう した資料を通して浮かび上がってくる、交通事業、旅行斡旋事業、メディア事業、行政組織とい った温泉地域の変容に関係した諸アクターの言説や交渉のあり方に考察を加え、続いて宿泊施設 等の経営形態の変化ならびに源泉や名所といった地域資源の取り扱いがどのように変化したかを 論考し、さらにこれらの考察を総合して、温泉地域とそこへの訪問者の関係性の変容に関わる結 論を導いた。

1

章および第

2

章では関連する先行研究の確認を行った。具体的には、本論文における議論 展開の学術的背景を確認するため、観光という慣習が日本社会に定着することを促した施策つい ての研究、近代初期における温泉地域の観光地化についての研究、近代以前における湯治場とし ての有馬温泉地域の研究および近代初期における有馬温泉地域の研究について第

1

章で紹介し た。第

2

章では、本論文が主要な分析資料として扱う近代初期に発行された旅行案内書に関して 蓄積されてきた研究成果を整理し、そのうえで旅行案内書、地誌、紀行書という関連諸文献の属 性について検討を加えつつ、本論文において旅行案内書として扱う対象資料の確認を行った。第

(3)

3

章では、有馬温泉地域について記述、言及がなされている

143

タイトルの旅行案内書を確認 し、主たる分析対象を特定した。

4

章から第

6

章では、有馬温泉地域の近代的開発に直接、間接に関与した諸アクターの理 念、利害、交渉、活動等が、有馬温泉地域が観光地に変容していくプロセスにいかに影響を与え たのかについて、関連資料の渉猟、精査にもとづいて考察を行った。第

4

章では鉄道事業者によ る路線や周辺地域の開発、第

5

章では乗合自動車事業者による遊覧地周遊ルートの開拓の試み、

6

章では旅行斡旋事業者による日本人観光の需要創出の動きについて実証的に指摘した。

続く第

7

章から第

10

章では、こうした関連する企業活動や社会的動向の影響を受けながら、

有馬温泉地域の施設や資源がどのような変容を遂げたのかを明らかにした。第

7

章では旅館・ホ テル・別荘等の近代的観光・余暇施設の開発や展開について、具体的資料の分析を通して示し た。一方、そうしたハード面での施設整備と同時に進行していた、茶代の廃止と旅館券の誕生に ついて、具体的な施設やモノに社会的・文化的意味や価値を付与していく制度やそれを取り巻く 緒言説の重要性を示唆しつつ、社会的構築主義の分析視点を交えた考察を第

8

章で行った。第

9

章では、明治期以降の近代的な温泉学の導入とともに、炭酸泉とラジウム泉が新たな地域資源と して発見されるプロセスを描き出した。ここでは、有馬温泉地域が日帰りを含んだ観光遊覧の対 象地として確立したのは、単に鉄道などのインフラ面での利便性向上に由来するのではなく、地 域資源の価値が社会的、文化的に構築され、その結果として消費の対象となる旅行商品としても 価値づけられていく状況と密接不可分であることが理解される。有馬温泉地域における価値構築 については、第

10

章においても「名所(名勝・旧跡)」という観光地リストの創出と受容とい う観点からも考察を行った。

終章では次のような本論文の意義を整理した。まず、有馬温泉地域が「湯治場」から「観光

(遊覧)地」に変容した際の諸要因を分析するために、交通事業者、旅行斡旋事業者、メディア 事業者、旅行者団体、行政組織、宿泊事業者、土地開発事業者、学術専門家等、極めて多様なア クターの複雑な関与のあり方を視野におさめている点である。温泉地域の変容に関係した浩瀚な 資料を先行研究には見られない規模で丹念に検証したからこそこうした展望が可能となってい る。本論文のもうひとつの意義として挙げられるのは、こうした施設や制度の近代化の動きと相 互的に影響し合い、また互いを支え補強する関係にあったのが、全国的な規模で流通し始めた旅 行案内書による情報伝達であったことを示した点である。なかでもとりわけ、第一次世界大戦を 契機としてジャパン・ツーリスト・ビューローが日本人観光の需要創出に本格的に乗り出し、そ うした取り組みの一環として刊行された『旅程と費用概算』等のメディア媒体が、観光という社 会慣習の一般化や、ひいては温泉地域の観光地化がなされていくうえで、観光地の商品としての 価値のみではなく、旧弊を脱した新しい時代の社会的、文化的価値をも構築する上で大きな役割 を果たしたことが示された意義は大きい。

以上を踏まえ、本論文の結論として、温泉地域が観光地に変容した過程が持つ最も大きな意味 は、有馬温泉地域が訪問者と構築してきた直接的な社会関係が、観光産業を媒介としたサービス 提供と消費の関係に組み替えられる点にあったことを示すとともに、そのような社会関係の組み 替えは温泉地域と訪問者の独自の関係を喪失させ、温泉地域が商品として流通し、それを消費者 としての旅行者が消費する段階へ移行したことが示唆されることを示した。

参照

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