モラルリスクに対する法的な対応手段の 要件等の研究
⎜⎜ 累積的な保険加入を伴う不正入院の事案との関係を中心として ⎜⎜
宮 根 宏 一
■アブストラクト
不正入院等のモラルリスク事案への対応のために用いられている各種の法 的手段については,要件解釈上の不明点があるが,広義及び狭義の不労利得 の目的,不正請求等の目的,広義の利得禁止原則,保険金額の過度の累積,
等の各概念の相互の関係を整理することや,各法的手段の性格(瑕疵ある意 思表示を行った当事者保護のための一般法理か,公益的な見地からの法規整 か,保険独特の問題状況への対応のために政策的判断によって設けられた制 度か)を意識した検討を行うことによって,それらの不明点をある程度解消 することができる。
■キーワード
モラルリスク,広義の利得禁止原則,重大事由解除
1.はじめに
モラルリスク の排除は,保険事業にとって宿命的な課題である。定額保
*平成20年3月28日の日本保険学会関東部会報告による(本稿中の意見にわたる 部分は,すべて筆者の個人的見解である)。
/平成20年5月9日原稿受領。
1) モラルリスクという語には必ずしも定まった定義はないが,本稿では, 阿 憲 生命保険契約におけるモラル・リスクと公序良俗理論 生命保険論集 137号第1分冊p53等にならい, 保険契約者等による保険事故の招致・仮装等
険に関わるモラルリスク のうち,社会的に注目されることが多いのはいわ ゆる保険金殺人だが,入院保険金の不正請求等の疾病保険・傷害保険 に関 するモラルリスクも,保険会社にとっては,対応に特有の困難さ のあるや っかいな問題である。疾病保険・傷害保険に関するモラルリスク事案では,
累積的な保険加入(複数の保険会社との間での多件数・多額の同種保険契約 の締結)を行った者が治療の必要性の疑わしい疾病や不自然な受傷等を理由 として頻繁に入院を繰り返す,というようなケースが極めて多いが,筆者が 以前に生命保険会社に勤務し保険金等の支払査定を担当していた際にも,そ うした典型的なモラルリスク事案には日常的に接するところであった 。
そのようなモラルリスク事案に接した場合,保険会社としては,①少なく
により,保険者が保険契約に基づく不正請求を受け,保険金等を支払わされる 危険 という意味で用いることとする。
2) モラルリスクは,保険事業にとっては,事前の測定・選択等が困難な計算外 のリスクとして,収支相等の原則の下に保険制度を安定的に運営することの障 害となるものである。
3) 以下では, 疾病保険 傷害保険 という語は,生命保険会社の疾病・災害 関係の特約(以下 生保の特約 という。)を含めた定額給付方式のものを指 すこととする。また,生保の特約では,入院等に関して支払う保険金について 給付金 という名称が付されているものが多いが,以下では,それらを含め て 保険金 と呼ぶ。
4) 疾病保険・傷害保険は,相対的に低廉な保険料で加入でき,また,それらの 不正利用を行うことの心理的抵抗は保険金殺人等よりは小さく,さらに,保険 期間中に複数回の保険事故(入院等)が繰り返されうるので,その不正利用の 発生件数は,保険金殺人等とは桁違いの多数に上る。
5) 生保の疾病関係特約に関しては,統計的にも,給付日額が高額となるにつれ て給付率が上昇すること等が知られているが,そのような現象は医学的理由だ けでは説明のつかないものであるといわれている(小林三世治 保険医学から みた民間医療保険の課題 保険学雑誌 596号
p27)。また,高血圧・胃潰瘍・
頚椎疾患・腰椎疾患という4種の疾患に関する入院について,相当の高占率で モラルリスク性の高い入院が混入していた(例えば,高血圧については,入院 期間によって25%〜75%)という調査結果を示す文献として,吉田達郎・中道 洋・和田学 疾病入院統計からみた長期入院必要性の検討 日本保険医学会 誌 100巻2号
p260。
とも,不正請求への保険金の支払は拒絶したい,と考え,②さらに可能であ れば,将来にわたって不正請求が繰り返されるような事態を避けるために,
その相手方との保険契約は消滅させて契約関係から離脱したい,と考えるの が通常である。しかし実際には,最低限のニーズである①さえ,後記2のよ うな立証の困難性との関係で必ずしも実現できるとは限らず,また②も,保 険契約者側との交渉による任意の合意解約等の方法では困難な場合が多い。
そうした状況の中で,近年,保険会社は,支払拒絶等に関する立証の困難 性の緩和や強制的な(合意によらない)契約関係の解消のために,様々な法 的手段の利用を試みるようになっているが,それらの要件については,意味 内容等に関して明らかではない点も存在する。そこで以下では,生保の特約 における不正入院のケースを主に念頭に置きながら,まず,支払拒絶に関す る立証の困難性の要因等について確認した上で,モラルリスク対応のために 利用されている法的手段のうちの幾つかを取り上げ ,それらの要件に関す る解釈上の不明点で特に重要と思われるものについて,判例・学説等の整理 を行うとともに,可能な範囲で私見も示すこととしたい。さらに,現在(平 成20年4月)国会で審議中の新保険法の法案中の関連部分についても,簡単 な紹介等を行う。
2.支払拒絶に関する立証(反証)の困難性
生保の特約においてモラルリスク性の高い入院への保険金支払を拒絶しよ うとする場合に,保険会社側が行う第一次的な理由づけは,通常,①受傷原 因である事故は被保険者の故意によるものである,②当該入院は,治療の目 的ないし必要性が認められず,約款で支払事由 として規定されている 入 院 には当たらない,のいずれかであろう。この①②の問題に関する立証責 6) 具体的には, 詐欺による無効 , 公序良俗違反による無効 , 重大事由に よる契約解除 の3つを取り上げ,さらに,現在は損害保険会社でのみ用いら れている 他保険契約の告知義務・通知義務 に関しても,簡単にふれる。
7) 例えば,日本生命の 新入院医療特約
α
(H16) 約款では,1条1項及び 別表17 。任は,形式的には,保険金を請求する被保険者側が負っている 。しかしな がら,通常は,書証(警察の事故証明書,医師の入院証明書等)の提出等に よって被保険者側の立証活動が一通り行われてしまうと,約款所定の支払事 由(①②の反対事実)の存在について一応は事実上の推定がなされうる状況 になってしまうので,その場合には,逆に保険会社の側が,①②に関する立 証活動 を行って上記の事実上の推定を妨げなければならない,という実際 上の負担を負うことになる 。だが,この保険会社側の立証は,通常は相当 の困難を伴う。その要因としては,次のような点を挙げることができる。
a 保険事故は,被保険者の支配領域内で発生するものであり,上記①②に 関するものも含めて,当該事故についての様々な情報等は,被保険者の側 に偏在している 。
b ①の被保険者の故意による事故招致の立証については,通常,決め手と なるような直接証拠はなく,種々の間接事実・間接証拠の集積によらざる をえないが,そうした立証活動は相対的に難度が高い上に,間接事実等の 総合判断としてどのような認定が最終的になされるかについては,担当裁 判官の個性等によって左右される不安定な面も大きい 。
8) ①については,学説には有力な反対説もあるが,少なくとも最高裁の判例で は,生保の災害関係特約を含む傷害保険においては,被保険者の側が,事故が 被保険者の故意によらない偶発的なものであることについての立証責任を負う,
とされている(最高裁平成13年4月20日判決最高裁判所民事判例集55巻3号
p682等(以下 最判平13・4・20民集… 等と略記。))
9) この場合の保険会社側の立証活動は,被保険者側が立証責任を負う事実につ いて疑いを生じさせるためのものであるから,いわゆる 反証 である。
10) 長谷川秀治 被保険者の自殺 金融・商事判例(以下 金判 と略記。) 1211号
p
177,西島梅治 生命保険といわゆるモラル・リスク ジュリスト 956号p81,山下友信 保険法 初版 p
453。11) 木下孝治 保険契約における情報格差の是正と不正請求対策 商事法務 1808号
p
14,山本哲生 保険とモラル・ハザード 法学教室 220号p
40。12) 西島・前掲注10)
p
84,大澤康孝 公序良俗と保険法 エコノミア 51巻4 号p
32,長谷川・前掲注10)p
175,竹濵修 保険契約法における道徳危険と民法 理論 商事法務 1330号p
10。c ②の入院の必要性の問題との関係では,被保険者を入院させた主治医の 判断が不合理であることを立証しなければならないが,臨床医の医学的判 断にはある程度の裁量の幅がありうるものだから,主治医の判断を否定す るためには,それが通常の裁量の幅を超えた著しく不合理なものであるこ とを明瞭に示さなければならない。しかし,元々裁判官には主治医の見解 の方を重視する傾向もある中で,そのような立証は相当に困難である。
3.モラルリスクへの法的な対応手段について
⑴ 詐欺による無効 ア 概観
生命保険の約款では,保険契約者又は被保険者の詐欺により保険契約の締 結等が行われた場合には当該契約は無効とする,旨の規定が置かれているの が一般的である 。この約款の詐欺無効規定の要件は,民法96条の詐欺 取消規定に関するものと同じであると一般的に解されており ,具体的には,
a詐欺者の故意(相手方を錯誤に陥れようとする故意と,錯誤によって意思 表示をさせようという二段の故意),b違法な欺 行為がなされたこと,c 欺 行為によって相手方が錯誤に陥ったこと,d相手方が錯誤によって意思 表示をしたこと,といった要件の充足が必要である等とされている 。
イ 要件に関する解釈上の問題点の検討等
不正入院型のモラルリスク事案への対応において約款の詐欺無効規定を利 用しようとする場合に,前記アのような要件の枠組との関係で特に問題とな るのが,bの 欺 行為 の具体的な意味内容である。
13) 例えば,日本生命の 有配当終身保険(H11)普通保険約款 26条。
14) 詐欺無効規定の適用に関する判例の紹介等を行う文献として, 阿憲 生命 保険契約におけるモラル・リスクと 詐欺無効 の理論 生命保険論集 145 号
p
55。15) その旨を明確に述べる判例として,東京高判平3・10・17金判894号
p27。
16) 山下・前掲注10)
p
224, ・前掲注14)p
72,中村哲 判例に見る給付金詐欺 事例の分析 生命保険経営 60巻6号p
111。この欺 行為の意味内容の問題に関して,判例には,⒜保険契約者等が保 険金の不正請求ないし不正受給の目的を秘匿したことが欺 行為にあたる,
とするものが多い が,⒝他の保険会社との間で同種の保険契約を締結して いること等を秘匿したことが欺 行為にあたる,とするもの もある。
学説は,⒜に関しては,肯定的なもの ,事案の解決としては肯定するが 理論的には問題があるとするもの ,否定的なもの 等に分かれている。一 方,⒝に関しては,肯定的な学説もあるが ,学説の多くは批判的である 。
私見では,欺 行為の意味内容の問題については,⒜の判例のような構成
17) 大阪地堺支判平4・8・6文研生命保険判例集(以下では名称変更後の 生 命保険判例集 を含め 生保判集 と略記。)7巻
p
125,福岡高判平6・12・14 生保判集7巻p
445,岐阜地判平12・3・23金判1131号p
43等。さらに,保険金 を詐取する目的で契約の締結を申し込んだことが欺 行為である,等と記載さ れ,不正請求等の目的の 秘匿 との関係については明示的には触れられてい ないが,趣旨としては上記の大阪地堺支判等とほぼ同様とみられる判例として,東京地判平2・10・26判時1387号
p
141,東京高判平3・7・11生保判集6巻p369,福岡高判平11・10・20判時1716号 p
72等。18) 東京高判平3・10・17・前掲注15)。
19) 中西正明 保険者の特別解除権に関する最近の判例 法学研究 29巻1号
p20,岡田智司 定額保険契約の累積と不正受給目的の関係
文研論集 120 号p
178。20) 山下・前掲注10)
p
225では,一般に沈黙の詐欺は容易に認められていないこ と等との関係で⒜の構成に対する疑問が呈されている。21) ⒜の構成への反対の理由としては,保険金詐取目的という真意が申込者によ って告知されるとは期待できないこと(木下孝治 保険事例研究会レポート (以下では名称変更前の 文研保険事例研究会レポート を含め, レポート と略記。)162号
p
7),詐欺の概念の不明確化の懸念( ・前掲注14)p
103以下)等が挙げられている。
22) 中西正明 レポート 94号
p8。
23) 生命保険会社の約款では他保険の告知義務に関する規定を設けていないにも かかわらず信義則上の告知義務を課すことは困難であることを⒝の構成への反 対の理由とするものとして,山下・前掲注10)
p
226, ・前掲注14)p
98,長谷川 仁彦 生命保険契約のモラルリスクに関する最近の判例動向 保険学雑誌 554号p66。
でよいのではないかと考える。すなわち,一般的に,民法96条の詐欺に関し ては,沈黙も欺 行為となりうるものとされており ,それは約款の詐欺無 効規定においても同様と解される。もっとも,沈黙(不告知)が欺 行為に なるためには,沈黙の対象の事実についてその者が告知義務を負っているこ とが必要であるが,保険契約の申込みに関わる一般的な利益状況 からする と,保険契約の申込者は,不正請求等の目的を有している場合には,その事 実を保険会社に告げるべき信義則上の告知義務を負っている ,と解するこ とも不合理ではないのではないかと思われるのである 。
ウ モラルリスクへの対応手段としての評価等
詐欺無効規定は,従来,不正入院に対する法的な対応手段の中で中心的な 役割を果たしてきた。この詐欺無効規定は,その要件の充足が認められさえ すれば,モラルリスク事案における強制的な契約関係の解消のニーズを充た しうるものだが,立証の困難性の緩和のニーズとの関係は微妙である。すな わち,一般に,立証の困難性の緩和のあり方としては, 立証テーマの変更 と 立証の要求水準の引き下げの2つが考えられ,詐欺無効規定の利用は,
24) 大判昭16・11・18法学11巻
p
617,下森定(共著) 新版注 釈 民 法 ⑶ 初 版p472。
25) ⅰ申込者が不正請求等の目的を有しているという事実は,保険会社にとって は極めて重要であり,当該事実を知ったならば保険会社はその申込みを承諾し ないはずであること,ⅱ保険会社は,通常,申込者がそのような不正の目的を 有しているとは考えていないこと,ⅲ申込者は,上記ⅰのような不告知事実の 重要性やⅱのような保険会社側の信頼を認識しているはずであること,等の利 益状況が,信義則上の告知義務を認める根拠となりえよう。
26) もちろん,現実には,不正請求等の目的が自発的に告知されるなどというこ とは考えにくいが,そのことと,規範的に当該目的に関する信義則上の告知義 務が肯定されうるかは,別の問題と考えられる。
27) 一方,⒝の構成については,注23)のような反対説の述べる理由等を勘案す れば,少なくとも一般的に採用することは困難であろう(保険契約への累積的 な加入という事実は,モラルリスクの徴表等としては重要であるが,それでも,
保険固有の政策的判断等により設けられたのではない一般的な法理である詐欺 の要件との関係では,不正請求等の目的ほどの重要性等は認めがたい。)
の立証テーマの変更を一応は実現するものだが,その変更によって立証が 常に格段に容易になるとまでは言いがたいのである 。
また,詐欺無効規定に関しては,契約締結時の事実関係を問題とするもの なので,契約後相当期間が経過した後にモラルリスクが生じたような事案で は利用しがたい,という時的な射程の限界も指摘されている 。
⑵ 公序良俗違反による無効 ア 概観
民法90条は,公序良俗違反の法律行為は無効とする旨を定めているが,近 年,この規定の適用によってモラルリスク性の高い保険契約を無効とするこ とを認める判例が,損害保険,生命保険及び疾病保険・傷害保険のそれぞれ について見られるようになってきている 。
イ 要件に関する解釈上の問題点の検討等
モラルリスク案件への対応において民法90条を利用しようとする場合に,
その要件との関係で特に問題となるのは,①保険契約において 公序良俗違 反 という評価の理由となる(当該評価を根拠づける )べき事実は,どの
28) 前記イの⒜のような構成を前提とすると,アのaないしdの要件の立証のた めには,保険契約者等の側に 保険金の不正請求等の目的 があったことの本 証を行わねばならないが,それは必ずしも2の①②の反証よりも格段に容易と いうわけではない。すなわち,内心の事実である不正請求等の目的の立証につ いては,間接事実等による立証を中心とせざるをえないという意味で,2の① の立証と類似の困難さがあると考えられるのである。
29) 長谷川宅司 保険金受取人の道徳危険の排除 保険法の現代的課題 初版
p207。
30) 公序良俗違反による保険契約の無効に関する判例の紹介等を行う文献として,
・前掲注1)
p
49。31) 民法90条の 公序良俗違反 という要件は,規範的な評価に係るいわゆる 規範的要件 である。したがって,現在の訴訟実務の一般的な考え方によれ ば,公序良俗違反による無効を主張する側が当該要件に関する主要事実(要件 事実)として主張立証すべき事実は,公序良俗違反という規範的評価の成立を 根拠づけるべき具体的事実(いわゆる 評価根拠事実 )であり,一方,その
ようなものか,及び②公序良俗違反に関する判断は,いつの時点を基準とし てなされるべきか,という点である。
①の問題に関して,判例には,a 保険金の不正請求ないし不正受給の目 的 という保険契約者側の主観的事情を公序良俗違反という評価の理由とし ているとみられるもの ,b 不労利得の目的 という保険契約者側の主観 的事情を同評価の理由としているとみられるもの ,c 保険金額の過度の 累積 という客観的状況を同評価の理由としているとみられるもの がある。
一方,学説には,abcの全てに肯定的とみられるもの ,a及びcに肯定的 なもの ,a及びbに肯定的なもの ,aに肯定的cには否定的なもの 等
相手側が主張立証すべき事実は,上記の規範的評価の成立を妨げるような具体 的事実(いわゆる 評価障害事実 )ということになる(大江忠 要件事実民 法⑴総則 第3版
p
215)。上記の①は,保険のモラルリスク事案において,公序良俗違反 という規範的要件に関する評価根拠事実として主張立証され るべき事実は何か,という問題であるといえる。
32) 大阪地判平3・3・26生保判集6巻
p
307,京都地判平6・1・31判タ847号p274(損保の火災に関する事案),札幌高判平15・1・28判例集未登載レポート
195号p14(生保の死亡に関する事案)等。
33) 京都地判昭63・10・26判タ691号
p
230(生保の死亡に関する事案で,結論は公 序良俗違反を否定),札幌地判平8・7・30生保判集8巻556頁,大阪地判平8・12・25判タ956号
p
182(生保の死亡に関する事案),大阪高判平9・6・17判タ 964号p258(上記大阪地判の控訴審),津地熊野支判平14・5・9判例集未登載
レポート185号p9(生保の失踪宣告に関する事案),名古屋高判平14・5・9判
例集未登載レポート同前(上記津地熊野支判の控訴審)等。34) 東京地判平6・5・11金判976号
p
29(生保の高度障害に関する事案)。35) 大澤・前掲注12)
p
27。36) 山下・前掲注10)
p
230(ただし,上記のbについては,ほぼcと同一視され ているようであり,abcの全てを肯定する見解とも考えられる。)37) 中西正明 レポート 87号
p7,同 レポート 185号 p
17。38) cのあり方に否定的な理由としては,⒜保険契約の過度の累積の有無という 客観的基準によろうとする場合には,かえって判断がつきにくく,あいまいさ を残す結果になる,⒝保険契約については,契約内容自体が社会的妥当性を欠 くことは考えられない,⒞長期性という特徴を有する生命保険では契約の累積 という客観的事実のみで契約の効力を否定するのは不合理である,等が述べら
がある 。
次に,②の問題に関しては,判例は,基本的に,保険契約の締結時点を基 準として公序良俗違反の有無を判断しているものとみられる 。一方,学説 は,保険契約の締結時を判断の基準時とするもの と契約締結後に発生した 事実のために保険契約が後発的に公序良俗違反による無効となることも認め るもの に分かれている。
私見としては,まず①の問題に関しては,abcのいずれも公序良俗違反と いう評価の理由になりうるものと考える。すなわち,まずaについては,法 令・約款上許されないような保険金の不正請求等の目的のために保険契約が 利用されようとしている場合には,そのような事態を防ぐために,当該目的 の存在を理由として公序良俗違反による契約無効という法的判断がなされう ることは,当然認められてよいだろう。次に,bの不労利得の目的について は,それを,保険契約の射倖契約性を利用して勤労によらない あぶく銭 的な利益を得る目的と理解すれば,当該目的はaの不正請求等の目的をも包 含する広い概念ということになる。そのような 広義 の不労利得の目的か らaとの重複を除いた 狭義 の不労利得の目的というものを想定すると,
れている(竹濵修 レポート 112号
p
4, ・前掲注1)p
75,岡田・前掲注19)p185,松井秀征 公序良俗違反による生命保険契約の無効
ジュリスト 1130号p
130)。39) 上記の
abはいわゆる 動機の違法 (四宮和夫・能見善久 民法総則 第7
版p
242)だが,保険契約への民法90条の適用に関しては,取引の安全を考慮 する必要がなく,保険契約者側の違法な動機に関する保険会社側の認識の有無 等は問題とならない,という理解が一般的である(山下・前掲注10)p
230,竹 濵・前掲注38)p
3, ・前掲注1)p
71)。40) 注32)及び注33)に挙げた各判例も上記のような考え方を前提としているよう である。また,大阪地判平5・6・16生保判集7巻
p
244のように,保険契約の 締結後長期間が経過した後に生じた事実については,公序良俗違反の有無につ いての判断材料とはなしえない旨を明言する判例も存在する。41) 長谷川・前掲注29)
p
209,中西・前掲注37)87号p
7,大澤・前掲注12)p
35。42) 山下・前掲注10)
p
583, ・前掲注1)p79以下。
それにあたるのは,主に, 広義の利得禁止原則 に反するような利得が 定額保険 において目的とされる場合 ,及び免責期間経過後に自殺する意 図で生命保険への加入が行われる場合である 。そのような狭義の不労利得 の目的による保険契約の利用は,勤労による財産の取得という健全な経済的 風俗に反するものなので,賭博等と同様に,やはり公序良俗違反と評価され てよいであろう 。さらに,cの保険金額の過度の累積という客観的な状況 43) 従来は, 保険価額(被保険利益の総額)を超える保険金の支払の禁止 と いう利得禁止原則は,損害保険のみに妥当する原則であり,被保険利益の概念 のない定額保険には無関係である,と理解されてきた。しかし,最近では,上 記のような意味の 狭義 の利得禁止原則以外に, 経済生活の不安定への対 処という保険制度の目的に反するような,著しい利得をもたらす保険給付の禁 止 という 広義 の利得禁止原則を観念した上で,当該原則は損害保険・定 額保険のいずれにも妥当するものである,とする見解が有力となっている(洲 崎博史 保険代位と利得禁止原則⑴(2・完) 法學論叢 129巻1号
p
2,同 3号p
28,山下・前掲注10)p390。)このような近時の有力説の見解は,基本的
に正当なものと考えられる。44) 狭義の利得禁止原則を前提とした規整がなされている損害保険では,広義の 利得禁止原則に反するような利得を得る目的は,法令・約款上許されない利得 に関する不正請求等の目的として,上記のaに分類されることになろう。
45) ⅰ被保険者と保険金受取人との間に,前者に関する保険事故が後者の経済的 利益に影響を及ぼすような関係が全く存在しない場合や,ⅱ一応はそういう関 係はあるが,保険金額が保険事故によって生じうる経済的不利益の額よりもは るかに巨額であるため,ⅰに準じるものと評価されうる場合においては,その ような保険にあえて加入する者には,広義の利得禁止原則に反するような不労 利得を得る目的があるものと判断されよう。
46) 生命保険の約款では,免責期間の経過後の自殺には死亡保険金が支払われる ことになっており,しかも,最高裁の判例では,免責期間の経過後は,保険金 取得を目的とする自殺にも原則的には死亡保険金の支払を行うべきものとされ ている(最判平16・3・25判タ1149号
p
294)。それらを前提とすると,免責期間 経過後に自殺して死亡保険金の支払を受ける目的での生命保険への加入は,法 令・約款上許されない利得を目的とするものとはいえないので上記のaには該 当しないが,不労利得を目的とするものではあるのでbには該当する,という ことになろう(ただし,そのような自殺の意図が契約後に生じた場合と上記の 最高裁判例の射程との関係等については,さらに検討を要する。)47) 保険契約と賭博との差異は目的の差異との関係からしか説明できない旨を述
についても,それは結局,狭義の不労利得の目的が認められるべき場合の一 部(注45のⅱ)についての説明の仕方の違いにすぎないとも見られるため,
やはり同様に公序良俗違反という評価の理由となりうることを認めてよいだ ろう。
次に,②の問題については,私見では,保険契約の締結後の事実を理由と して公序良俗違反という評価がなされることも認めてよい,と考える 。
ウ モラルリスクへの対応手段としての評価等
民法90条は,詐欺無効規定と同じく,その要件の充足が認められる限りに おいて,モラルリスク事案における強制的な契約関係の解消というニーズを 充たすものだが,立証の困難性の緩和のニーズとの関係は微妙であるのも,
詐欺無効規定と類似している 。また,民法90条は,いわゆる一般条項に属 するものなので,裁判所は,他の法理の利用等が可能である限りは,できる だけ民法90条の適用は避けようとすることが多いものと考えられる 。
べるものとして,大森忠夫 保険契約の射倖契約性 保険契約の法的構造 初版
p
148。48) 四宮・能見・前掲注39)
p245等の民法学説の述べるとおり,民法90条の目的
が公序良俗違反の行為の実現を許さないことであることからすると,契約成立 時には公序良俗違反の理由となる事実が存在していなかったとしても,その後 にそのような事実が存在するようになったなら,当該契約は無効とされるべき であろう。49) 民法90条を利用した場合も,間接事実等を中心とせざるをえない立証の困難 さに関しては,詐欺無効規定について注28)で述べたところと類似の面がある。
民法90条の利用において保険契約者側の主観的事情の立証が容易でないことを 指摘するものとして, ・前掲注1)
p81。
50) 保険のモラルリスク事案においても一般条項である民法90条の適用には慎重 であるべき旨を述べるものとして,松井・前掲注38)
p130。また,可能な限り
は故意の事故招致免責や他保険の告知義務・通知義務規定の利用等の他の手段 によって対応すべき旨を述べるものとして,山下・前掲注10)p
229。⑶ 重大事由による契約解除 ア 概観
保険契約の継続を期待しがたいような事由が発生した場合には明文の根拠 規定がなくても保険会社は当該契約を解除できる,とする特別解約権の法理 が,昭和50年代以降に学説によって提唱 されるようになり,やがて,当該 法理を採用する判例も現れるようになった 。その後,昭和62年以降には,
所定の事由が発生した場合には保険会社が契約の解除をなしうることを定め る重大事由による解除権の規定が生命保険会社の約款 に導入され ,当該 約款規定に基づく保険契約の解除を認める判例 も増加しつつある。
51) 学説において特別解約権の理論的な根拠とされたのは,保険契約の継続的契 約性・射倖契約性・善意契約性,雇用等の継続的契約には即時解約権を認める 法規定が存在すること,賃貸借契約等には判例上特別解約権類似の解約権が認 められていること及びドイツの判例の状況等であった。特別解約権に関する文 献として,中村敏夫 生命保険・疾病保険における保険者の特別解約権 保険 学雑誌 491号
p73,中西正明 故意の事故招致と保険者の解約権
傷害保険 契約の法理 初版p261,同 保険者の特別解約権再論 同p359,同前掲注21)p1,榊素寛 特別解約権の基礎
商事法への提言p
739。52) 我が国において初めて特別解約権の行使を認めた判例は,大阪地判昭60・
8・30判時1183号
p
153(死亡に関する事案)である。53) 重大事由解除に関する約款規定では,解除事由として,①保険契約者等が保 険金等(他の保険契約の保険金等を含む。)の詐取等の目的で事故招致をした 場合,②保険金等の請求に関し,保険金等の受取人の詐欺があった場合,③他 の保険契約との重複によって,被保険者にかかる給付金額等の合計額が著しく 過大であって,保険制度の目的に反する状態がもたらされるおそれがある場合,
④その他保険契約又は付加している特約を継続することを期待しえない①ない し③と同等の事由がある場合,が挙げられている(日本生命 有配当終身保険
(H11)普通保険約款 31条1項)。なお,上記③は特約の保険金(給付金)の みに関する規定である(以下では上記①ないし④を,それぞれ 解除事由の1 号,2号… 等と呼ぶ。)また,約款では,重大事由解除の効果として,保険 事故が既に発生していても保険金の支払等は行わない,旨も規定されている。
54) 重大事由解除の約款規定創設の経緯等に関する文献として,山口誠 重大事 由による解除権とガイドライン 生命保険協会会報 69巻1号
p
2。55) 重大事由解除に関する判例の分析等を行う文献として,甘利公人 生命保険
イ 要件に関する解釈上の問題点の検討等
重大事由解除の要件の解釈の関係で特に問題と考えられるのは,解除事由 の3号の意味内容をどう理解すべきか ,という点である 。
上記の問題に関して,判例には,解除のためには給付金額等の過大性に加 えて保険制度の目的に反する状態のおそれの存在が必要であり,その おそ れ とは,保険契約の締結状況,入院の回数,入院治療の必要性等との関係 で,保険契約者等の側に保険金の不正取得の意図等の背信性が事実上推認さ れる場合をいう,旨を判示したもの がある。一方,学説には,上記の お それ とは, 給付金額等の過大性 の要件とは別の要件として,保険契約
約款の重大事由による解除権⑴(2・完) 生命保険論集 147号
p
1,同148号p45,遠山優治 重大事由解除規定をめぐる判決例の動向と課題
生命保険 経営 66巻1号p
122。56) 解除事由の3号では,給付金額等の合計額が著しく過大であること(以下 給付金額等の過大性 の要件 という。)と,保険制度の目的に反する状態 のおそれがあること(以下 おそれ の要件 という。)とが必要であるよう な規定ぶりになっているが,前者と後者とはどのような関係にあるのか,後者 における 保険制度の目的に反する状態 とは具体的にはどういう状態をいう のか,等の点が問題となる(なお,上記の2つの要件も,規範的な評価にかか わるものなので,規範的要件(注31)参照)と考えられる。)
57) 約款の重大事由解除規定の解釈に関する問題としては,上記のほかにも,
解除事由の1号でいう 他の保険契約 とは,どのような範囲のものか 等 の問題もあるが,頁数の制約もあるため,本稿では割愛する。
58) 大分地判平17・2・28判タ1216号
p
282。調査できた範囲では,解除事由の3 号による解除を認めたその他の判例では,同号の意味内容等について特に具体 的には述べられておらず,単に, 当該契約は,認定した事実からすると,・・不慮の事故(ないし疾患)に備えて通常の保険契約を締結したものと理解する ことは困難 等と判示されるのみであった(福岡地判平15・12・26判例集未登 載甘利・前掲注55)⑴
p
42,旭川地判平12・7・19判例集未登載レポート171号p9,東京地判平16・6・25判例集未登載レポート197号 p
5等。)者側に給付金等の不正受給の目的 ないし背信行為 があることを求めるも のである,旨を述べるもの,給付金等の合計額が著しく高い場合には,それ だけで上記の おそれ があるとして解除が認められてよい,旨を述べるも の ,保険事故の発生後の解除と保険事故が未発生の段階での解除とで異な る解釈がされるべきであるとするもの 等がある 。
私見では,解除事由の3号の意味内容の問題に関しては,一つの試論とし て,次のような見方もありうるのではないか,と考える。① おそれ の要 件における 保険制度の目的に反する状態 とは,前記のような広義の不労 利得の目的によって保険契約が利用される状態 ,すなわち,a保険契約が 狭義の不労利得の目的で利用される状態,又はb保険契約が保険金の不正請 求等の目的で利用される状態,をいう。②したがって, 保険制度の目的に
59) 勝野義孝 生命保険における信義誠実の原則 初版
p454,森原憲司 レポ
ート 197号p
9,岡田・前掲注19)p
197(山下友信 レポート 178号p
9もほぼ 同旨か。)。上記のような解釈の理由としては,保険契約者側の利益の保護,解 除事由の3号も信頼関係破壊の法理の枠内に位置づけられるべきこと,長期的 な継続を前提とする生命保険契約では保険契約の累積自体は問題とされるべき ではないこと等が挙げられている。また,甘利・前掲注55)⑵p58は,給付金額
等の過大性によって給付金の不正取得の目的が推認される,旨を述べる。60) 長谷川宅司・前掲注29)
p
205,長谷川仁彦・前掲注23)p
74。61) 遠山・前掲注55)
p
141,糸川厚生 レポート 99号2頁。62) 木下孝治 レポート 171号
p
13。63) なお,生命保険協会が昭和62年に作成したガイドラインでは,解除事由の3 号の意味に関しては, ①給付金日額の合計が過大で保険制度の本旨に反する 状態に達すること,または,②過度の集中加入により事故招致の蓋然性が著し く高い状態に達することである。 過大 過度 集中加入 著しく高い状 態 とは,当該被保険者の年齢,性別,職業,社会的地位,治療費の水準,社 会通念等を総合的に判断して決定する。 と表現されていた(山口・前掲注54)
p8)。
64) 一般に,保険制度の目的は経済生活の不安定への対処であると理解されてお り(大森忠夫 保険法 補訂版
p
3),そのことからすると,保険制度の目的に 反する状態とは,経済生活の不安定への対処という真摯な目的以外の目的で保 険が利用される状態,すなわち広義の不労利得の目的で保険が利用される状態 をいう,と解するのが自然である。反する状態がもたらされるおそれがある場合 とは,上記①a又はbのよう な状態のおそれ(危険性)がある場合 を意味する。③ 給付金額等の過大 性 の要件で求められる過大性の程度や,当該要件と おそれ の要件との 関係は, おそれ の要件において上記①のaとbのどちらの状態のおそれ が問題とされているかによって異なる 。
65) 上記の おそれ がある場合としては,上記のような目的による保険の利用 が将来的になされるおそれのある場合のみならず,そうした利用が既になされ ているおそれがある場合をも含むものと考えられる。
66) すなわち, おそれ の要件においてaのおそれが問題とされる場合には,
給付金額等の過大性は,広義の利得禁止原則違反の状態の危険性が肯定される 程度の極めて著しいものであることを要するが,そのような給付金額等の極度 の過大性が認められれば,通常は, おそれ の要件の充足も当然に認められ る。一方,bのおそれが問題とされる場合には,給付金額等の過大性は,不正 請求等の目的による保険利用の危険性という規範的評価をある程度以上有力に 根拠づけうる程度のものであればよいが,その場合には,そうした意味での 給付金額等の過大性 の要件が充足されたとしても, おそれ の要件の充足 は当然には認められず,当該要件の充足が認められるためには,上記の程度の 給付金額等の過大性以外にも,不正請求等の目的による保険利用の危険性を根 拠づけるべき様々な事実が主張立証されねばならない。
67) 筆者は,重大事由解除制度については,継続的契約に関する一般法理(信頼 関係破壊法理等)の枠内に位置づけるのではなく,むしろ,保険独特の問題状 況への対応のために設けられた保険法(約款)固有の制度と理解した方がよい のではないか,と考えており,上記の試論も,そうした考え方を前提としてい る。すなわち,前記のとおり,収支相等の原則の下で保険制度を安定的に運営 するためには,モラルリスクの適切な排除が必要だが,保険事故は保険契約者 等の支配領域内で発生するものであって,保険事故に関する情報等も保険契約 者等の側に偏在している上に,個別の要件との関係での立証の困難性等もあり,
保険金の支払拒絶等の方法のみでモラルリスクに対応していくことは相当に困 難である。そこで,モラルリスク懸念の高まりが認められる一定の場合には,
保険会社をそのような不安な状況から解放するとともに,支払拒絶等に関する 立証の困難性もある程度緩和する,という目的のために政策的に設けられた制 度が重大事由解除である,と解すべきであり,そう解することによって,解除 事由の解釈等においても柔軟で妥当な結論が得られるのではないか,と考えら れるのである。重大事由解除制度について,信頼関係破壊の法理という一般法 理の一環ではなく,道徳的危険が増加したこと等に基づく保険法特有の解除権
ウ モラルリスクへの対応手段としての評価等
重大事由解除規定も,詐欺無効規定や民法90条と同様に,その要件の充足 が認められれば,モラルリスク事案における強制的な契約関係の解消のニー ズを充たすものだが,時的には,重大事由解除の方が,前記⑴ウのような射 程の限界がある詐欺無効(さらに解釈によっては民法90条)よりも相対的に 幅広い範囲の事実を問題としうる。また,私見によれば,特に解除事由の3 号は,しかるべき解釈・運用の積み重ねがなされれば,立証の困難性の緩和 との関係においても,ある程度の有用性が期待されるものである 。
⑷ 他保険契約の告知義務・通知義務の概要
損害保険会社の傷害保険・疾病保険及び一定の種類の損害保険に関する約 款では,他の同種の保険契約(以下 他保険契約 という。)の存在に関する 告知義務及び通知義務が保険契約者等に課され,それらに関する義務違反等 があった場合には損害保険会社は契約を解除できるものとされている 。こ のような約款規定の有効性は,判例でも認められており,損害保険会社はそ れらの約款規定をモラルリスク対応のためにかなり積極的に用いている。も っとも,義務違反等の場合の解除の要件に関しては,判例では,約款の文言
であると位置づけるべきとするものとして,山下・前掲注10)
p
645,岡田豊基 レポート 213号p
21。保険における不正請求対策全般との関係で政策的な検 討の必要性を指摘するものとして,山本・前掲注11)p
42。68) 詐欺無効や公序良俗違反では,不正請求等の目的等自体を種々の間接事実に よって立証せねばならないが,解除事由の3号では,不正請求等の目的等によ る保険利用の おそれ を種々の評価根拠事実によって裏づけることができれ ばよい。
69) 例えば,東京海上日動火災の 傷害保険普通約款 では,11条5ないし7項,
13条,20条1項,同5項。
70) 他保険契約の告知義務・通知義務に関する約款の内容には変遷もあるが,例 えば,現在の傷害保険約款においては,他保険契約の告知義務・通知義務違反 等による解除については,一般的な告知義務違反の場合に関する規定ぶりとは 異なり,故意・重過失等の主観的要件が必要であるとは規定されていない。
よりは制限的な解釈が行われることが多い 。
⑸ 保険法の改正について
現在国会で審議中の保険法の新法案(以下 新法案 という。)の内容等 のうち,本稿に関係の深い部分としては,次のような点が挙げられる。①保 険契約の種類は,大きくは 損害保険契約 , 生命保険契約 , 傷害疾病定 額保険契約 の3種に分類された 。②保険契約に関する詐欺や公序良俗違 反の要件に関しては,新法案では特段の規定は設けられなかった。③これま では約款上の制度であった重大事由解除が,法定化されることになった。解 除事由は,ほぼ現行約款に準じる形で定められているが,現在の3号に相当 する規定は置かれない等の差異もある 。④他保険契約の告知義務につ
71) 判例では,他保険契約の告知義務と通知義務のいずれについても,義務違反 等による解除のためには,保険契約者等の悪意・重過失(東京地判昭63・2・
18判時1295号
p132等)ないしそれ以上に加重した主観的要件(例えば東京地
判平3・7・25判時1403号p108)が求められることが多い。他保険の告知義
務・通知義務に関する文献として,山下・前掲注10)p
320及びp
583,洲崎博史 他保険契約の告知義務・通知義務 民商法雑誌 114巻4・5号p626,竹濵修
他保険契約の告知・通知義務 金判933号p
42,中西正明 傷害保険及び他の 人保険における他の保険契約の告知について 傷害保険契約の法理 初版p88等。
72) 新法案2条6号,8号及び9号。
73) 解除事由は,①保険契約者等が,保険者に当該保険契約に基づく保険給付を 行わせることを目的として故意に給付事由を発生させ,又は発生させようとし たこと,②保険金受取人が,当該保険契約に基づく保険給付の請求について詐 欺を行ったこと,③上記の①②のほか,保険者の保険契約者等に対する信頼を 損ない,当該契約の存続を困難とする重大な事由,の3つとされた。また,重 大事由解除の効果として,その解除事由が生じた時から解除がされた時までに 発生した給付事由については保険者は保険給付の責任を負わないものとされた
(新法案86条,88条2項3号)。
74) 重大事由解除の要件に関する新法案86条等は,いわゆる片面的強行規定だが
(新法案94条2号),注73)の①の事由(以下 新1号 等と呼ぶ。)では,現行 の約款の解除事由の1号(以下 現行の1号 等と呼ぶ。)とは異なり, 他の 保険契約 の保険金等の詐取目的による事故招致の場合には解除は行えない。
いては,告知義務に関する一般的な法規定が適用されることになった 。一 方,他保険の通知義務の関係では,一定の場合についてのみ法規定が置かれ,
それ以外の場合については,従来のとおり約款による規律に委ねることとさ れた 。
上記のような法改正の内容のうち,重大事由解除の関係については,注 74)のような疑問もあるが,そのような法改正が避けられないのであれば,
これに対する生命保険会社側の対応としては,新法における重大事由解除規 定の要件等の解釈・運用が望ましい形で行われる ように,訴訟等において
また,新法案では,現行の3号に当たる解除事由は設けられない一方,いわゆ る包括条項である新3号は,おおむね,現行の4号に,保険者の保険契約者等 に対する信頼を損ない,という趣旨の文言を加えたような形で規定されている。
立法者側は,現行の3号で対応されるべき事案が新3号に該当することもあり う る,と 考 え て い る よ う だ が(保 険 審 議 会 保 険 法 部 会 第21回 会 議 議 事 録
(PDF版)(以下 21回議事録 等と略記。)p35),新3号が現行の3号の機能 ないしその可能性を完全に代替しうるものかについては疑問もある。
75) すなわち,他保険契約の告知義務違反においても,一般の告知義務違反と同 様に,契約解除のためには,主観的要件として,保険契約者等の故意・重過失 が,客観的要件として,不告知の事実が重要事実に該当することが,それぞれ 必要とされるが,主観的要件については,注71)のような現在の判例の一般的 状況よりは緩和されたとも見うる。また,保険事故の発生後に解除が行われた 場合の効果も,一般の告知義務違反と同様だが,他保険契約の告知義務違反の 場合は,不告知の重要事実と保険事故との間には因果関係がないから,保険金 についての遡及的な免責は受けられない(新法案66条,84条1項,88条2項1 号但書)。
76) 契約後の他保険の発生が保険料の変更で対応できる範囲の危険の増加である 場合には,新法案85条が適用されるが,それを超える場合の処理については,
新法案では特に規定は設けられず,約款に委ねることとされた(23回議事録
p2,保険部会資料26の p
5)。77) 前記のような新法案のあり方は, 将来に向けた保険契約の解消は,他保険 契約の告知義務・通知義務違反による解除で比較的容易に認め,保険事故発生 後の遡及的な免責は,重大事由解除で限定的にのみ認める ものともいえよう。
78) 新法案における重大事由解除規定も,現行の約款規定と同様に,保険特有の 問題状況への対応のために設けられた政策的な規定と理解されるべきであり,
その要件の解釈も,モラルリスク懸念が一定程度以上高まった状況においては
個別的な努力を積み重ねるとともに,少なくとも将来に向けた強制的な契約 関係の解消は比較的容易になしうるように,他保険契約の告知義務・通知義 務の導入も検討する ,ということが考えられる。
(筆者は弁護士。現在は任期付公務員として金融庁に勤務。)
[追記]新保険法は,平成20年5月30日に原案のまま成立した。
保険会社に対して契約関係からの離脱等をできる限り広く認める,という観点 から柔軟になされるべきものと考えられる。そのような観点からすると,解除 事由の新3号(これも規範的要件)についても, 背信的行為 と明確に位置 づけうる行動が保険契約者等の側にあったことが必要,等と狭く解するのでは なく,そのような場合ではなくても,保険契約への加入水準,保険契約の締結 経緯,過去の保険金の支払状況,保険事故に関する不自然さ等の幅広い事実を 評価根拠事実として 契約の存続を困難とする重大な事由 の存在という規範 的評価がなされることもありうる,と解されるべきである。
79) 販売政策との関係や引受基準の策定等に関する技術的な問題等はあろうが,
重大事由解除に関しては現在よりも要件が厳しくなろうとしている面もある中 では,モラルリスクへの対応手段の整備として,他保険契約の告知義務・通知 義務の導入は相当に有益ではないかと考えられる。