石田成則著 老後所得保障の経済分析
⎜ 東洋経済新報社,2007年10月,はじがき6頁,目次4頁,
本文251頁,主要参考文献15頁,索引4頁 ⎜
1.本書の概要
評者は,石田成則教授と同じ世代であるだけに,石田教授がこれからの日 本保険学会を背負っていかれるであろうと,常々感じている。その石田教授 が,ご自身の単著としては初めての著書をまとめられた。こうした力作を書 評する機会を与えていただいた編集委員会にも感謝するところである。
さて,本書は,老後の所得をいかに確保するかという観点から年金に関わ る様々な問題に対して経済モデルを駆使して分析している。本書は全部で13 章で構成されているので,簡単に各章の内容を紹介しよう。
第1章 公的年金の存在意義と公私年金の比較 では,本書全体の分析視 点の提示と,基本概念(たとえば,公的年金給付基準としての社会的妥当性 と個人的公平性など)の説明が主として行われている。 公的年金の給付・負 担構造分析や経済効果のみに依拠して,そのあり方を考察することにも問題 がある と指摘され,国民経済における位置付けから理解し直すと言った
根本的かつ本源的問題に立ち戻らざるをえない と指摘されている。
第2章 公的年金の財政方式と所得移転形態 では,近年の年金改革の議 論について検討されている。特に本章では,2階建ての報酬比例部分のあり 方を検討するために,個々の主体の合理性から公的年金からの離脱する条件 に関しての理論分析が行われ, 給付・負担構造により,離脱誘因問題がかな り相違すること を示し,さらに適用除外制度を認めることにより, 生活 変動リスクの排除と矛盾することなく離脱誘因問題を回避することができ る ことも示している。
第3章 公的年金の分析枠組み では,公的年金の経済成長の関係をソロ 169
【書 評】
ーやサムエルソンのモデルを使って説明している。
第4章 公的年金と世代間所得移転⎜人口変動リスクと世代間契約⎜ で は,2004年の年金改正において給付・負担の基本構造が 給付率固定型 か ら 保険料率固定型 に変わったという基本認識の下で,これら2つの仕組 みでの世代間の内部収益率格差と再分配構造について,簡単な数値例を使っ た比較が行われている。
第5章 年金改革とインテグレーションの理論 では,公的年金と私的年 金の望ましい組み合わせに関する議論が展開される。 老後所得確保を取り 巻く不確実性(リスク)を個々に検討していくことで,何が民間の市場・組 織で引受け可能で,どこが公的介入の必要があるか が分析されている。そ して, 公的介入がなされることでパレート改善が可能なことと,公私年金 の共存すなわちインテグレーションが存在しうることを 確認し,しかし同 時に こうした形態のインテグレーションは必ずしも安定的ではなく,内部 補助機構の潜在からそれが不安定になりうること も指摘されている。
第6章 個人年金保険における危険分類の厚生効果 では,個人年金保険 市場における逆選択問題を取り上げるために,シグナリングモデルを使って,
危険情報収集費用と部分情報が競争均衡に及ぼす影響を分析している。
第7章 老後所得保障における公私年金の役割 では,現実の社会経済に 根差すシステムとしての保険を解明するために,私的年金による資本蓄積へ の影響及び,リスク分散の効率性について議論が展開されている。家計の貯 蓄行動を扱った2期間モデルに,所得と資本に関するリスクを導入して分析 した結果, 所得変動リスクの増加は現在消費を抑え,貯蓄を促進すること を確認し,そのインプリケーションとして, 給付率が確定されない保険料 率固定型の公私年金やDCプランにおいて,貯蓄促進・資本ストック形成効 果があること を指摘している。
第8章 個人年金保険の需要構造分析 は, 年金民営化の受け皿となる 個人年金市場のワーキングを需要面から考察し,公私年金のインテグレーシ ョンの条件を探る ことが目的である。本章では,貯蓄動向調査のプーリン
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グデータと日経金融行動調査の個票データを使って,個人年金の需要関数の 推定も行われている。
第9章 私的年金のリスク構造と所得保障における役割 では,確定給付 型(DB)プランと確定拠出型(DC)プランとが比較検討される。具体的に は,DBプランからDCプランにシフトすることが労使間のリスクシェアリ ングに与える影響を数値例を使ったモデル分析によって明らかにしている。
第10章 企業年金の誘因効果と転職行動 では,企業年金を 長期勤続に 対して高い評価を与える仕組み と捉えて,労働者の離職・転職行動と年金 制度を関連させることの重要性が明らかにされている。
第11章 企業年金を巡る暗黙の契約の検証 では,ラジアーモデルを基礎 において,現実のデータを使って企業年金や退職金の存在が長期勤続につな がるかどうかや,生産性の向上につながっているかを検証している。
第12章 従業員の隠れた属性と企業年金の機能 では, 従業員の離職行 動と賃金プロファイルおよび繰り延べ報酬の関係を検討し,併せて彼らの生 涯所得への影響を考察 している。
最終章である第13章 これからの老後所得保障のあり方 では,本書の分 析を受けて,公私役割分担論の立場から石田教授の政策提言が行われ,さら に今後の研究上のアジェンダについても示されている。
2.本書の評価
本書の第一の特徴は,年金というホットな課題に果敢に取り組んで大きな 成果を上げている点であることは言を俟たないであろう。
第二に,ほとんどの章において経済学的なモデルを使った厳密な分析が行 われている点である。年金のような再配分を伴った問題の場合,どうしても 損得勘定からの議論となってしまうが,石田教授が意図されたような根源的 な見直しという本書独自のスタイルが貫かれている。
第三に,公私年金の望ましい組み合わせへの改革という主張が明確である。
もちろん,同時に, 公的年金と企業年金を含む私的年金では,質的な相違
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がみられるので,両者の異質性を十分に理解した上で,公私役割分担論を展 開する必要がある ことも正しく指摘されておられる。
第四に,年金問題が我々の働き方や企業組織のあり方に影響していること を正しく把握され,年金制度の持つ労働者や企業内部組織への誘因体系を分 析されている点も本書のユニークな点であろう。
最後に,望蜀の感もするが,次作への要望を述べておきたい。一つは,本 書ではかなり専門的な議論が行われており,本書を読みこなせる読者はかな りの経済学的な素養と年金制度についての知識を持つものに限られている点 である。国民が最も関心を持つ年金問題であるだけに,本書の分析を基礎に おいた上で,一般の読者に向けた啓蒙的な書物を執筆していただきたい。
第二に,本書の議論には実証的な論拠が必ずしも十分ではなかったという 点である。年金問題を分析するにはプライバシーに関わる個票データが必要 であるなど企業を分析するのとは異質の難しさがあることは石田教授の指摘 の通りであるが,政策論議を行う場合には実証的な論拠が不可欠であろう。
第三に,本書ではあくまで一国のシステムとして年金問題をとらえていた が,経済のグローバル化が進み,労働者や家計も国境を越えて移動するよう になった。グローバル化の下での老後所得の保障といった新しい観点からの 分析も必要となろう。
(評者:名古屋大学教授 家森 信善)
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