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雑誌名 金沢大学歴史言語文化学系論集 史学・考古学篇 =

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清代嘉慶・道光年間における「東三省」の語とその 用例・用法: 19世紀前半の清朝の対マンチュリア認 識の特徴にも触れながら

著者 古市 大輔

雑誌名 金沢大学歴史言語文化学系論集 史学・考古学篇 =

Studies and Essays : History and Archaeology

号 6

ページ 1‑42

発行年 2014‑03‑22

URL http://hdl.handle.net/2297/36961

(2)

清代嘉慶・道光年間における「東三省」の語とその用例・用法

‑19世紀前半の渭朝の対マンチュリア認識の特徴にも触れながら−

古 市 大 輔

は じ め に

本稿は,前高'における分析と考察を踏まえつつ,対象とする時期を19世紀前半の嘉慶・道光年間に 置き,主として「清実録」における「東三省」の語の用例・用法を紹介・整理しながら,その語義の特

徴について初歩的な検討を試みようとするものである。

本論に入る前に、前槁での検討内容とそこから導かれた結論をまず紹介しておこう。

前槁では,「東三省」の語の用例・用法とそれに関わるであろう18世紀のマンチュリアに対する渭朝 の認識のありようについて些かの検討を試みた。そして,その検討からは,(1)「東三省」の語は総体 的にみれば18世紀の時点では地域呼称としては多用されておらず,この点に鑑みれば,マンチュリア全 体を一体的かつ領域的に捉える認識は,渭朝においては18世紀にはまだ希薄であったと考えられること,

(2)ただ,18世紀後半以降の時期になると,「東三省」の語は,清朝にとっての重要性.特殊性を強 調する文脈の中で地域としてのマンチュリアを表現する語としても用いられ始めており,この点に鑑み れば,清朝は,マンチュリアを渭朝にとっての重要性・特殊性を有する地域として,また,他の地域と 明確に区別される特殊地域として認識しつつあったと考えられること,の2点を確認することができた。

また,これに加え,「東三省」の語の用例・用法や,その用法に表現される渭朝の認識に対する検討を

行うべき研究史的な課題としては,以下の2点を提示しておいた。

第1に,「東三省」の語が,清朝にとっての重要性・特殊性を強調する文脈の中で多用されたというこ とは,その「東三省」の語がマンチュリアにおける「関上」「内地化」という歴史的過程とは直接的な関 連を有していなかったことを示しており,したがって,「東三省」の語が必ずしもマンチュリアの「漢化」

「内地化」という歴史の流れだけを直接的に反映した語ではなかったという点である。また,第2に,

清朝のマンチュリアに対する特殊な志哉が「東三省」の語を以て表現されていたそのことは,渭朝の対 マンチュリア認識のありようや変化を検討するための題材として位置づけ得るだけではなく,「東三省」

の語の中の「省」という語とその意味内容それ自体をどのように捉えるべきか,また,「省」の語のマン チュリアヘの導入の過程を如何なる歴史の反映として捉えるべきか,といった渭代史上あるいは中国史 上の「省」という概念に対する再検討のための題材にもなり得るという点である。漢人世界における政 治制度を象徴する語として通常考えられてきた「省」の語が漢人世界の基本的な統治原理とは異なる統 治体制の敷かれたマンチュリアで用いられるようになったことの意味や,清朝が「省」の語をマンチュ リアに導入することを殆ど問題視しなかったばかりか,マンチュリアの地域的特殊性をむしろ強調する 文脈の中で清朝自らがその語を使用するようになったことの意味など,「省」という概念に関する再検討

の余地もまだ多く残っているように思われる。

以上が,蛎高で提示した結論とその結論から派生する論点・課題であるが,では,そうした「東三省」

の語の用例・用法とそれに関わる清朝の対マンチュリア認識は,その後の19世紀にはいかなる特徴を呈 したのであろう力も本稿では,上述のような諦高での議論に基づきながら,「東三省」の語の用例・用法

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