• 検索結果がありません。

スペイン時代のマニラ出土磁器

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "スペイン時代のマニラ出土磁器"

Copied!
33
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

スペイン時代のマニラ出土磁器

著者 野上 建紀, Ronquillo Wilfredo P., Orogo Alfredo B., Cuevas Nida T., 田中 和彦

雑誌名 金沢大学考古学紀要

28

ページ 29‑60

発行年 2006‑12‑15

URL http://hdl.handle.net/2297/3545

(2)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

スペイン時代のマニラ出土磁器

Porcelains from Manila in Spanish Philippines

野上 建紀 (Takenori Nogami) Wilfredo P.Ronquillo  Alfredo B.Orogo Nida T.Cuevas 田中 和彦 (Kazuhiko Tanaka)

はじめに

 スペインは 1571 年にフィリピン諸島支配とアジア貿易の拠点としてマニラを建設した。マゼラン一行 が太平洋を横断し、フィリピン諸島に到達してから約半世紀後のことであった。そして、マニラ建設後 にまもなく開設されたマニラ・ガレオン貿易ルートは、19 世紀初頭に至るまでアジア世界とアメリカ大 陸を結ぶ長大な海上交易路として機能した。アジアの磁器もまたこの海の道を通って運ばれていった。

 一方、スペイン時代の中国商人は、スペイン人が建設した城塞都市であるイントラムロスの城壁の外 側に中国人町を形成していた。17 世紀初頭には中国人はおよそ 20,000 人の人口を数え、交易活動に従事 していた(菅谷 2006:p384) 。菅谷成子は、スペイン領マニラが当時のスペイン世界と中国世界の金銀交 換比率の差を背景に急速な上昇を遂げ、福建商人が主宰する帆船交易と強固に結びつくことになったこ とを指摘する。さらに朱印船貿易時代が盛んに行われていた時期には中国人町だけでなく、日本人町も 形成されたことはよく知られている。

 1600 年に沈没したサン・ディエゴ号に積載されていた磁器は当時のマニラ・ガレオン交易の様相を知 る上で貴重な資料であるが、マニラにおける磁器交易の一側面を示しているに過ぎないことも確かであ る。そこでスペイン時代のマニラにおける磁器交易の全体的な様相を明らかにするために 2005 年 1 月に フィリピン国立博物館の全面的な協力を得て、マニラから出土した陶磁器資料の調査を開始した。

 我々の調査はまだ途上であり、マニラ全体はもちろんのことイントラムロスに限った範囲においても その特質を明らかにできたわけではないが、調査を行ったマニラ出土のアジアの磁器について紹介した いと思う。

Many shards of ceramics have been found in Manila. We have researched these ceramics found at Intramuros since 2005. In this article, we intend to introduce the date of them, especially Chinese porcelain and Japanese porcelain.

The shards of porcelain found in Manila prove not only the demand of porcelain in Manila, but also the demand of the American continent and Europe. In 1571 Spaniard constructed their base in Manila for the rule of the Philippines and the trade in Asia. The Manila Galleon trade route was established soon after Manila had been founded. The route was functioned as the long and wide sea trade route between the Asian world and the American continent until the early 19th century. Many goods of the American continent, including Mexican silver, crossed the Pacific Ocean and were brought to the Asian world. On the other hand, many Asian goods like silks and spices were exported to the American continent by the Spanish galleon ships. And the cargos for Acapulco from Manila included Chinese porcelain as well. A large amount of Chinese porcelain crossed the Pacific Ocean and was brought to the American continent, furthermore, some of them crossed the Atlantic Ocean and were brought to Europe.

(3)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Ⅰ 遺跡の概要

 イントラムロスは前に述べたようにスペインがマニラに建設した城塞都市である (Fig.1) 。イグナシオ・

ムニョス(Ignacio Muñoz)が 1671 年に描いたマニラ市並びに近郊地図(セビリア印度文書館所蔵)には、

すでに現在の城壁に囲まれた範囲にほぼ等しいイントラムロスの姿が見られる(Fig.2) 。現在は海岸や 濠も埋め立てられてしまっているが、かつては西側のマニラ湾、北側のパシグ(Pasig)河、東側と南側 の濠によって囲まれていた。また、現在のチャイナタウンはイントラムロスからみてパシグ河を挟んだ 対岸に位置しているが、 1671 年当時はイントラムロスの東側の濠の外側に形成されていた。現在のメハン・

ガーデン(Mehan Garden)付近にあたる。そして、その南側の市庁舎、国立博物館付近に日本人町があっ たと推定されている(岩生 1966: pp.243) 。

 イントラムロス内の遺跡については、フィリピン国立博物館によって発掘調査が行われてきたが、出 土した陶磁器については未整理のままであった。そこで 2005 年にまずアユンタミエント(Ayuntamiento)

遺跡、バストン・デ・サン・ディエゴ(Baston de San Diego)遺跡、ベアテリオ・デ・ラ・コンパニア・

デ・ヘスス(Beaterio de la Compania de Jesus)遺跡、プラサ・サン・ルイス(Plaza San Luis)遺跡、

パリアン(Parian)遺跡などの出土陶磁器の分類作業を行った。ここに挙げた遺跡の多くはイントラム ロスの現在の城壁内に位置する遺跡であるが、パリアン遺跡のみイントラムロスの城壁外の濠部に位置 している。

 以下、中国磁器と日本磁器に分けて、説明したいと思う。

Ⅱ マニラ出土の磁器

 マニラから出土した磁器について、中国磁器と日本磁器に分けて、紹介する。図版は遺跡毎に組んで

Figure 1. イントラムロス遺跡地図 Map of Intramuros, showing the archaeological sites

Figure 2. イントラムロス古地図 Old map of Intramuros

(岩生 1966 より転載)

(4)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

いる。Figs.7 〜 25 は主に中国磁器(Fig.14-18 はベトナム産) 、Fig.6 と Figs.26 〜 30 は主に日本磁器 である。

①中国磁器 (Chinese porcelain)

(16 世紀後半〜 17 世紀前半)

 器種は皿、碗、瓶、壷、合子、人形などがある。釉等の種類は染付、色絵、青磁、藍釉などがある。

産地は景徳鎮系、福建・広東系の磁器のいずれもみられる。1600 年に沈没したサン・ディエゴ号(The San Diego) 、1613 年に沈没したヴィッテ・レウ号(The Witte Leeuw) 、The Binh Thuan 沈船から回収さ れた製品と共通するものが多い。また、同時代の大坂、堺、長崎、平戸などの日本国内の遺跡でも類似 した製品の出土例を数多く確認することができる。

 Figs.7-1,2,3,11,12,15,17,18、Figs.15-1,2,3,4 などはいわゆる染付芙蓉手皿である。カラックとも よばれる。景徳鎮系。見込み文様は鹿文、花鳥文、山水文などがあるが、特に鹿を題材にしたものが多い。

Fig.7-8、Fig.15-11 などはいわゆる名山手とよばれるもので芙蓉手皿の一種である。景徳鎮系。見込み には花鳥文などが描かれている。Figs.7-16,19、Figs.15-15,16 は染付折縁皿である。景徳鎮系。サン・

ディエゴ号でも数多く発見されている。Fig.20-5 は染付丸皿である。縁部に四方襷文が巡らされている。

Fig.14-12 は寿字鳳凰文皿である。景徳鎮系。ベトナムのホイアン市内遺跡などで出土が見られ、肥前で は 1660 〜 1680 年代頃に模倣された。Fig.11、 Fig.21 などは染付碗である。見込みに 「寿」 (Fig.21-5) 、 「尚」

(Fig.21-10) 、 「魁」 (Fig.21-6) 、 「禄」 (Fig.21-16)などの文字を入れるもの、花卉文(Figs.21-1,2,3) 、 竜 文(Figs.21-15,18) 、 銭 形 花 文(Fig.21-17) 、 宝 文(Figs.21-24,25) な ど の 文 様 が 入 る も の が あ る。Fig.21-26 は高台内に「大明成化年製」銘が入る染付碗である。景徳鎮系。Fig.16-12 は鷺と花唐草 文が描かれた染付碗である。地は塗りつぶされている。サン・ディエゴ号の遺物に同種の製品がある。

Fig.17-1 は外面に人物文を配した染付碗である。見込みもまた人物文であろう。Fig.12-3、Figs.17-7,8 などは染付合子である。Figs.12-3、Fig.17-8 などは隅丸方形の合子である。類例はヴィッテ・レウ号や サン・ディエゴ号の遺物に見られる。Fig.17-7 は蛙形合子と思われる。Fig.12-1、Figs.17-3,4,5 など は芙蓉手文様の染付瓶である。Fig.12-1 は口縁部、Figs.17-3,4,5 などは体部である。景徳鎮系の製品。

類例はサン・ディエゴ号の遺物に見られる。Fig.17-10 は染付壷の蓋である。Figs.9-3,12、Fig.10-9 な どは染付折縁皿である。見込みには花鳥文や草花文が入る。漳州窯系。花鳥文皿はベトナム・ホイアン

Figure 3. イントラムロスのサン ・ ティアゴ砦  Fort Santiago in Intramuros

Figure 4. イントラムロス街並 The rows of houses inside Intramuros

(5)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

市内遺跡で出土が見られる他、ベトナム・ダナン沖海底からも回収されている。ヴィッテ・レウ号の資 料 に も 類 例 を み る。Figs.8-8,10,11,12、Figs.9-1,8、Figs.16-10,11、Fig.20-6 な ど は 福 建 省 漳 州 窯 系の染付大皿である。露胎部が赤褐色を呈するものや高台内無釉で高台畳付に砂が付着するものが見ら れる。The Binh Thuan 沈船に類例が見られる。Fig.16-10 は染付折縁大皿である。縁部には窓絵網目文 が描かれている。漳州窯系の碗窰山窯などで出土している。Figs.8-15,16 はいわゆる餅花手の皿であ る。白泥で草花文を描き、藍釉がかけられている。漳州窯系。Fig.12-4 は見込みに上絵付けで「玉?」

字を入れた色絵碗である。文字の書き方が異なるが、色絵玉字文碗は漳州窯系火田窯で出土している。

Figs.10-11,12,15 はいわゆる呉須赤絵の大皿である。漳州窯系。Figs.10-13,14 はいわゆる印判手仙境 図が描かれたものであろう。Figs.12-7,8,9、Fig.22-17 はいわゆる安平壷とよばれている白磁壷である。

サン・ディエゴ号やヴィッテ・レウ号の遺物に見られるし、1690 年代に沈んだと推定されるコンダオ(Con Dao)沈船の積荷であるいわゆるヴンタオ・カーゴにも類例が見られる。消費地でも 17 世紀代の遺跡で は比較的よく見られ、日本でも数例出土が確認されている。Fig.12-10 は青磁皿である。内面には菊花文 と思われる文様が刻線で表されている。高台内は無釉である。

(17 世紀後半〜 18 世紀前半)

 器種は皿、碗、壷、蓋物などがある。釉等の種類は染付、色絵、染錦(すなわち、染付と色絵の組み 合わせ) 、褐釉掛分け、青磁、三彩などがある。生産地は景徳鎮系、福建・広東系のいずれも見られる。

後者については胎土が灰色がかっている粗製のものと胎土が白い上質のものが見られる。1690 年代に沈 んだと推定される Con Dao 沈没船、18 世紀前半に沈没したと推定される Ca Mau 沈没船、1752 年に沈ん だ Geldermalsen 号などの沈没船資料に類例が見られる。

 Figs.14-16,17、Figs.22-5,6,7,8,9,10 などは1枚の葉に詩歌や落款等を加えた文様を内面に描いた染 付皿である。このように葉を1枚描いた染付皿は福建・漳州窯系の 1675、1679、1680 年の紀年銘資料が 知られる(大橋 1999:pp.50-53) 。台湾・社内遺跡、東山冬古海灘沈船遺跡、インドネシア・ティルタヤ サ遺跡でも見られる。肥前でも 1680 〜 1700 年代頃に模倣された製品が見られる。Figs.23-1,2 は見込み

「雅」字文碗である。Fig.23-8 は見込み「佳」字文碗である。いわゆるヴンタオ・カーゴに類例が見られる。

Fig.24-1 はいわゆるバタヴィアン・ウェアとよばれる褐釉掛け分けの碗である。高台内を除いた外面に 褐釉を施し、内面は染付で山水文を描いている。バタヴィアン・ウェアはインドネシア・ティルタヤサ 遺跡、17 世紀末〜 18 世紀初と推定される碗礁1号沈船遺跡、18 世紀前半と推定される Ca Mau 沈船遺跡、

1752 年に沈んだ Geldermalsen 号などの資料に見られる。Fig.24-16 はバタヴィアン・ウェアの皿である。

Fig.22-11 は菊花唐草文蓋物の蓋である。Ca Mau 沈船遺跡、インドネシア・バンテン遺跡出土遺物に類 例が見られる。Fig.23-18、Fig.24-12 は見込み鞠ばさみ文の芙蓉手皿である。バンテン遺跡、Ca Mau 沈 船資料に類例をみる。Figs.13-12,13,14 などは日本磁器の可能性があるものも含まれているが、いわゆ るチャイニーズ・イマリと思われる。景徳鎮系であろう。Fig.13-13 は外面に瑠璃釉がかけられている。

Fig.14-11 は草花文碗である。等間隔に区割した中に草花文を描く。見込みは花を描き、周囲を渦巻き状

の文様で埋める。景徳鎮系。Fig.14-10、Figs.24-9,10 は同様の文様の皿である。同様の文様の製品はイ

ンドネシアのバンテン遺跡やウォリオ城跡、タンザニア・キルワキスワニイ、メキシコシティー、アラ

ブ首長国連邦の Khashm Nādir でも出土している。Fig.24-11 は氷裂文皿である。見込みの氷裂文を濃み

で塗りつぶし、花文を散らす。高台内は二重圏線内に方形枠銘を入れる。碗礁1号沈船遺跡で同様の文

様の製品が回収されている。粗雑なタイプのものが台湾・板頭村遺跡で出土している。Fig.22-12 は染付

端反碗であろう。見込みに菊唐草文、高台脇には蓮弁文が崩れた連続文様が入れられている。インドネ

(6)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

シア・ティルタヤサ遺跡、ヴンタオ・カーゴの資料の中にも見られる。Fig.14-15 は表面が変色している が、 三彩皿である。Fig.24-3、 Figs.25-16,17 は折縁皿である。見込みに花籠文が描かれる。インドネシア・

バンテン遺跡でも出土している。18 世紀。同様の文様で粗雑なタイプのものが台湾・板頭村遺跡で出土 している。Fig.22-13 は花唐草文皿である。18 世紀。インドネシア・バンテン遺跡や紅海の Sadana 島沖 沈船の資料に類例が見られる。

(18 世紀後半〜 19 世紀)

 器種は皿、碗、鉢、蓮華などがある。釉などの種類は染付、色絵、白磁、褐釉などがある。生産地は 景徳鎮系、福建・広東系のいずれも見られるが、後者については胎土が灰色がかっている粗製のものと 胎土が白い上質のものが見られる。Geldermalsen 号、Diana 号、Tek Sing 沈没船などの積荷に類例が見 られる。

 Figs.18-5,10 は印青花皿、 碗である。18 世紀〜 19 世紀初。福建・広東系の窯で生産されたと推定される。

台湾・淇武蘭遺跡、インドネシア・バンテン遺跡、1822 年に沈んだと推定されている Tek Sing 沈没船の 資料の中に類例が見られる。Figs.18-7,9 は麒麟あるいは竜文を描いた染付皿である。文様の崩れが著し い。型作りで口縁部と底部内の一部は無釉である。徳化窯の三班鎮などで採集されている。1752 年に沈 んだ Geldermalsen 号、Tek Sing 沈没船の遺物に見られ、台湾・淇武蘭遺跡、インドネシアのバンテン遺跡、

大西洋のセントヘレナ島沖でも確認されている。18 世紀後半〜 19 世紀前半。Figs.18-2,3 は内側面に梵 字の崩れた文様を描きつめた染付皿である。Fig.18-11 は見込みに寿字の変形字が描かれている。徳化窯 で採集されている。1817 年に沈んだ Diana 号の遺物に見られる。Fig.18-1 は花唐草文皿である。Diana 号やソマリア・モガディシオの遺物に類例が見られる。Figs.14-1,2 は染付折縁皿である。いわゆるウィ ロウ・パターン(カントン・パターン)の楼閣山水文が描かれる。Figs.25-9,10,12 は「囍」字文碗である。

台湾の下石頭埔地点や雞卵面墓葬区、ベトナム・ホイアン地域の各遺跡、シンガポールのプラウ・サイ ゴン遺跡、インドネシアのバンテン遺跡、アラブ首長国連邦のマサフィ砦跡、コールファッカン砦跡な ど広い範囲で出土する。Fig.17-14、Figs.25-15,18,19 は仙芝祝寿文碗である。Figs.25-4,5,6,20,21 は 口縁部外側に窓絵帯文、高台脇に鋸歯文を巡らせた染付碗である。型成形である。徳化窯系。Fig.25-21 に類似したものは台湾の社内遺跡・淇武蘭遺跡・港口遺跡、インドネシア・バンテン遺跡、メキシコシティー でも出土している。Figs.17-16,17 は散り蓮華である。褐釉と染付がある。染付は唐草文が描かれており、

Tek Sing 号、台湾の板頭村遺跡・淇武蘭遺跡の遺物にも見られる。日本でも長崎、江戸などの遺跡で出 土する。

②日本磁器 (Japanese porcelain)

 東南アジア各地で近世の日本磁器(肥前磁器)の出土が確認されている(Fig.5) 。その多くは 17 世紀 後半のものである。そして、 マニラで確認されている日本磁器もまた 17 世紀後半を中心としたものである。

最も古いもので 1650 ~ 1660 年代の染付芙蓉手皿、最も新しいものは 1680 ~ 1700 年代の染付皿である。

2004 年 3 月に初めて発見して以来、これまで約 60 点の日本磁器片が確認されている。器種は皿類が大半 を占め、 その他に碗、 便器などが見られる。釉等の種類は染付がほとんどであり、 その他に色絵が見られる。

生産地については有田が多く、その他に波佐見など有田の周辺諸窯などが見られる。以下、主なものを 紹介したい。

(1650 ~ 1680 年代 )

(7)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

 Fig.6-1、Figs.26-1,5,6、Fig.28-2、Fig.29 は粗製の染付芙蓉手皿である。最も多く確認されるもの の一つである。1650 ~ 1670 年代に有田の外山の窯や周辺窯で生産された。インドネシアなど他の東南 アジアでも出土しているが、イントラムロスでは出土比率が非常に高い。Figs.6-2,3、Figs.26-3,4,7、

Figs.27-1,2、Figs.30-4,7 は染付芙蓉手皿である。これもまた最も多く見られるものの一つである。

1660 ~ 1680 年代に稗古場窯など主に有田の内山地区の窯で生産された。アメリカ大陸のメキシコシティ やグアテマラ、台湾の社内遺跡などでも同種の芙蓉手皿が確認されている。Fig.30-5 は違う種類の染付 芙蓉手皿である。有田の内山地区の窯で生産された。Fig.6-4、Fig.27-5 は染付皿である。Fig.27-8 は染 付見込み荒磯文碗である。東南アジアで一般的に見られるこの種の碗は、Fig.27-7 の見込み龍文も含め て 2 点のみである。いずれもイントラムロス城壁外のパリアン遺跡から出土している。Figs.26-8,9,10 は染付碗である。17 世紀後半の製品と推定される。Fig.28-1 は染付見込み日字芙蓉手皿である。重ね積 み焼成をするために見込みの釉を蛇の目状に剥いでいる。類例は長崎県波佐見町の中尾上登窯で出土し ている。Fig.26-13 は色絵皿である。中国産である可能性も排除できないが、17 世紀後半に有田で生産 されたと推定される。

(1680 ~ 1700 年代)

 Fig.6-5 は染付竹笹文皿である。笹文(紅葉文?)はコンニャク印判で施文されている。ハリ支え痕が 残る。1680 ~ 1700 年代に有田で生産されたと推定される。Fig.26-12 は染付皿である。裏文様に唐草文 が入る。1680 ~ 1700 年代に有田で生産されたと推定される。Fig.26-11 は染付折縁皿である。紅葉と思 われる文様はコンニャク印判で施されたように見える。Fig.28-3 は染付便器である。長崎市出島遺跡か ら類例が出土している。

Figure 5. 東南アジア出土の肥前陶磁分布図

Map of Southeast Asia showing the archaeological sites with Hizen ceramics

(8)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

③ベトナム陶器 (Vietnamene ceramic)

 厳密な意味においては磁器には該当しないが、ベトナム染付について紹介する。17 世紀後半の粗製の 染付皿(Fig.14-18)が 1 点確認されている。

おわりに

 マニラに持ち込まれた磁器の性格は多様である。本稿ではその一端を示したに過ぎず、その特質につ いては今後、まとめていくことになる。イントラムロスの城壁内と外側、マニラとその他の地域、そして、

東南アジアの交易都市、メキシコなどアメリカ大陸のスペイン植民地との比較など、まだまだ課題は多い。

今回はアジア産の磁器のみの紹介となったが、その他、マニラでは中国や東南アジア産の陶器壷も多数 出土しているし、19 世紀になるとヨーロッパ産の陶磁器の出土が増加してくる。陶磁器全体の需要を考 察する必要があろう。そして、陶磁器調査と並行して行っている土器調査も今後、重要になってくると 考えている。

 最後となったが、われわれの調査は多くの人々と機関の協力によって支えられている。以下、芳名を 記して謝意としたい。

Figure 6. イントラムロス出土肥前磁器 Hizen porcelain from Intramuros in Manila (Courtesy: National Museum of the Philippines)

1 2

3

4

5

(9)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

 佐々木達夫、青柳洋治、小川英文、洪曉純、李匡悌、盧泰康、Cecilio G.Salcedo, Eusebio Z.Dizon, Rey A.Santiago, Amalia A.de la Torre, Ame M.Garong, Alexandra S.de Leon, Maharlika A.Cuevas, Ralph Leo M.Batoon, Sheldon Clyde B.Jagoon, Amelia D.Alhambra, Reynaldo A.Bautista, Giovanni G.Bautista, George Kuwayama、Eladio Terreros(順不同、敬称略)

 この研究は 2003 年度及び 2004 年度西田記念東洋陶磁史研究助成、2005 年度及び 2006 年度高梨学術奨 励基金の助成を受けて行った。

文献目録 岩生成一

1966『南洋日本町の研究』東京 : 岩波書店 . 大橋康二

1999「秋二題」『目の眼』279 号 : pp.50-53.

大橋康二・坂井隆

1999「 イ ン ド ネ シ ア・ バ ン テ ン 遺 跡 出 土 の 陶 磁 器 」『 国 立 歴 史 民 俗 博 物 館 研 究 報 告 』 第 82 集 : pp.47-94.

菊池誠一

1998「ベトナム中部の沈没船引き揚げ陶磁器」『貿易陶磁研究』No.18: pp.137-148.

菊池誠一編

1997『ベトナムの日本町ホイアンの考古学調査』昭和女子大学国際文化研究所紀要 Vol.4.

國立自然科學博物館人類學組編

2004『板頭村遺址標本圖鑑』: 台湾 . 坂井隆編

2004『海のシルクロードの拠点バンテン・ティルタヤサ遺跡の陶磁貿易の研究』シルクロード学研究 vol.20.

佐々木達夫・佐々木花江

2006「マサフィ砦の発掘と保存修復」『金大考古』53 号 : pp.6-17.

野上建紀

2001「沈船資料にみる明末〜清朝磁器」『貿易陶磁研究』No.21 : pp.63-74.

2002a「海外輸出された肥前磁器」櫻井清彦・菊池誠一編『近世日越交流史』: pp.317-331, 東京 : 柏書房 . 2002b『近世肥前窯業生産機構論』(未刊行).

2003「沈船資料にみる肥前磁器の流通」『わたつみのタイムカプセル』: pp.8-11, 福岡 : 九州・沖縄水 中考古学協会 .

2005a「澳門出土の肥前磁器」『金大考古』50 号 : pp.7-11.

2005b「ガレオン貿易と肥前磁器−マニラ周辺海域に展開した唐船の活動とともに−」『上智アジア学』第 23 号 : pp.239-260.

2006「沈没船資料からみたマサフィ砦出土の中国染付の年代『金大考古』53 号 : pp.17-21.

野上建紀・Alfredo B.Orogo・田中和彦・洪曉純

2005「マニラ出土の肥前磁器」『金大考古』48 号 : pp.1-5.

野上建紀・Alfredo B.Orogo・Nida T.Cuevas・田中和彦

2005「イントラムロス出土陶磁器調査報告(概要)『金大考古』51 号 : pp.5-9.

野上建紀・Alfredo B.Orogo・Nida T.Cuevas・田中和彦・洪曉純

2005「ガレオン船で運ばれた肥前磁器」『水中考古学研究』創刊号 : pp.104-115.

(10)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

野上建紀・向井亙

2000「東南アジア周辺の沈船遺跡」『日本貿易陶磁研究会第 21 回研究集会資料集』日本貿易陶磁研究会 . 野上建紀・李匡悌・盧泰康・洪曉純

2005「台南出土の肥前磁器」『金大考古』48 号 : pp.6-10.

三杉隆敏

1986『世界の染付 6』京都 : 同朋社出版 . 李匡悌

2004a『三舎及社内遺址受相関水利工程影響範囲搶救考古発掘工作計劃』: 台湾 . 台南県政府・中央研 究院歴史語言研究所 .

2004b『靈魂與歴史的脈動』台湾 : 国立清華大学 . 劉益昌編

2004『田野考古−台湾地区出土瓷器資料研究特刊−』第九刊一・二期合刊 . 碗礁一号水下考古隊

2005『東海平潭碗礁一号出水瓷器』中国 : 科学出版社 . Christie’s

1992 The Vung Tau Cargo -Chinese Export Porcelain, Amsterdam.

Christie’s Australia

2004 The Binh Thuan Shipwreck. Melbourne.

C.J.A.Jorg

1986 The Geldermalsen History and Porcelain : Kemper Publishers Groningen.

Desroches, J., G. Casal and F. Goddio

1996 Treasures of the San Diego, Paris and New York: Association Française d’Action Artistique, Fondation of Elf and Elf Aquitaine International Foundation, Inc.

Edward P.Von der Porten

2000 “Manila Galleon Porcelains on the American West Coast” in TAOCI No.2 : pp.57-61.

Flecker, Michael

1992 “Excavation of an oriental vessel of c.1690 off Con Dao, Vietnam” in The International Journal of Nautical Archaeology 21-3: pp.221-244.

George Kuwayama

2000 “Chinese Ceramics in Colonial Peru” in Oriental Art vol.XLVI No.1 : pp.2-15.

George Kuwayama and Anthony Pasinski

2001 “Chinese Ceramics in the Audiencia of Guatemala” in Oriental Art vol.XLVIII No.4 : pp.25-35.

Haldane, C.

1996 “Sadana Island shipwreck, Egypt: preliminary report” in The International Journal of Nautical Archaeology 25-2: pp.83-94.

Jennifer Barry

2000 Pulau Saigon –A post-eighteenth century archaeological assemblage recovered from a former island in the Singapore River, England: The Rheidol Press.

John Hansman

1985 Julfar, An Arabian Port–Its Settlement and Far Eastern Ceramic Trade from the 14th to the 18th Centuries. London: The Royal Asiatic Society of Great Britain and Ireland.

Nagel Auctions

2000 Nagel Auctions Tek Sing Treasures.

(11)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Nguyn Đình Chiến

2002 The Ca Mau Shipwreck 1723-1735, Hanoi: Ca Mau Department of Culture and Information, The National Museum of Vietnamese History.

Nogami, Takenori

2006 On Hizen Porcelain and The Manila-Acapulco Galleon Trade. Indo-Pacific Prehistory Association Bulletin 26

Pijl-Ketel, C.L.van der (ed.)

1982 The Ceramic load of The ‘Witte Leeuw’ Amsterdam: Rijksmuseum.

Ronquillo, W.P., E.Z.Dizon, V.Secuya III, C.G.Salcedo, A.A. de la Torre, C.O.Valdes, L.A.Alba, M.Cuevas, R.N.Villegas and O.V. Abinion

1993 Saga of the San Diego. Manila: Concerned Citizens for the National Museum, Inc.

William M.Mathers and Nancy Shaw

1993 Treasure of the Concepcion. Hong Kong: APA Publications(HK) Ltd.

拙論に関する訂正について

 本紀要第 25 号「茂木港外遺跡確認調査報告」、第 27 号「近世における窯体構造に関する考察」について、

一部誤りがあった。以下のように訂正を行いたい。

 第 25 号 p59 下から 11 行目

(誤)「出港することは考えにくいが、(正)「出港することは考えにくい。  第 25 号 p59 下から 10 行目

(誤)「残されている。その場合、入港しようとした際であれば」

(正)「残されているものの、入港しようとした際である可能性が高く、  第 27 号 p77 右段下から 10 行目

(誤)「元屋敷窯について述べ、その後に元屋敷窯以降」

(正)「元屋敷窯などの初期の登窯について述べ、その後にそれ以降」

 第 27 号 p78 左段 21 行目

(誤)「もう一つは天井を支えるための柱が焼成室内に設けられたものが見られる点である。

(正)「そして、元屋敷窯に続く窯ヶ根窯では天井を支えるための柱が焼成室内に設けられたものが見 られる。

 第 27 号 p79 左段 8 行目

(誤)「元屋敷窯で見られた」(正)「元屋敷窯や窯ヶ根窯で見られた」

 また、Fig.8 の1能古焼窯の縮尺を 1/250 から 1/340、Fig.12 の縮尺を 1/250 から 1/200 に訂正する。

(12)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Figure 7. アユンタミエント遺跡出土陶磁器 Ceramics from Ayuntamiento site in Iniramuros, Manila (Courtesy: National Museum of the Philippines)

1 2

3 4

5 6

7

8

9

10

11

12

13

14

15 16

17

18

19 20

(13)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Figure 8. アユンタミエント遺跡出土陶磁器 Ceramics from Ayuntamiento site in Iniramuros, Manila (Courtesy: National Museum of the Philippines)

1 2 3

4

5

6

7

8

9

10

11

12

13

14

15

16 17

(14)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Figure 9. アユンタミエント遺跡出土陶磁器 Ceramics from Ayuntamiento site in Iniramuros, Manila (Courtesy: National Museum of the Philippines)

1

2 3

4

5

6 7

8 9 10

11

12

13

14

(15)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Figure 10. アユンタミエント遺跡出土陶磁器 Ceramics from Ayuntamiento site in Iniramuros, Manila (Courtesy: National Museum of the Philippines)

1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

11

12

13

14

15

(16)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Figure 11. アユンタミエント遺跡出土陶磁器 Ceramics from Ayuntamiento site in Iniramuros, Manila (Courtesy: National Museum of the Philippines)

1

2

3

4

5

6

7

8

9 10

11

12

13

14

15

16 17

(17)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Figure 12. アユンタミエント遺跡出土陶磁器 Ceramics from Ayuntamiento site in Iniramuros, Manila (Courtesy: National Museum of the Philippines)

1 2

3 4 5

6 7

8

9

10 11

12

13

(18)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Figure 13. アユンタミエント遺跡出土陶磁器 Ceramics from Ayuntamiento site in Iniramuros, Manila (Courtesy: National Museum of the Philippines)

1

2

3

4

5 6

7

8

9

10 11

12

13

14

15 16

17

18

19

20

(19)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Figure 14. アユンタミエント遺跡出土陶磁器 Ceramics from Ayuntamiento site in Iniramuros, Manila (Courtesy: National Museum of the Philippines)

1

2

3

4 5

6

7

8

9

10

11

12

13

14

15

16

17

18

(20)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Figure 15. バストン・デ・サン・ディエゴ遺跡出土陶磁器  Ceramics from Baston de San Diego site in Iniramuros, Manila

(Courtesy: National Museum of the Philippines) 1

2

3

4

5

6

7 8

9 10

11

12

13

14

15 16

17

(21)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Figure 16. バストン・デ・サン・ディエゴ遺跡出土陶磁器  Ceramics from Baston de San Diego site in Iniramuros, Manila

(Courtesy: National Museum of the Philippines)

1 2 3

4

5

6

7

8

9 10 11

12

13

14

15

(22)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Figure 17. バストン・デ・サン・ディエゴ遺跡出土陶磁器  Ceramics from Baston de San Diego site in Iniramuros, Manila

(Courtesy: National Museum of the Philippines)

1 2

3

4

5

6 7

8

9

10

11

12

13

14

15

16 17

18

(23)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Figure 18. バストン・デ・サン・ディエゴ遺跡出土陶磁器  Ceramics from Baston de San Diego site in Iniramuros, Manila

(Courtesy: National Museum of the Philippines)

Figure 19. パリアン遺跡出土陶磁器 Ceramics from Parian site in Iniramuros, Manila (Courtesy: National Museum of the Philippines)

1

2

3 4

5

6

7

8

9 10

11

1 2 3

4 5

(24)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Figure 20. パリアン遺跡出土陶磁器 Ceramics from Parian site in Iniramuros, Manila (Courtesy: National Museum of the Philippines)

1

2

3

4 5

6

7

8

9

10

11

12

13

14

15

(25)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Figure 21. パリアン遺跡出土陶磁器 Ceramics from Parian site in Iniramuros, Manila (Courtesy: National Museum of the Philippines)

1 2 3

4

5 6

7 8 9

10 11

12

13 14 15

16 17

18 19

20

21

22

23

24 25

26

27

28 29

(26)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Figure 22. パリアン遺跡出土陶磁器 Ceramics from Parian site in Iniramuros, Manila (Courtesy: National Museum of the Philippines)

1

2 3

4

5

6

7

8 9

10

11

12

13 14 15 16 17

(27)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Figure 23. パリアン遺跡出土陶磁器 Ceramics from Parian site in Iniramuros, Manila (Courtesy: National Museum of the Philippines)

1 2 3

4 5 6

7

8

9

10 11

12

13

14

15

16

17 18

19

20

21

(28)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Figure 24. パリアン遺跡出土陶磁器 Ceramics from Parian site in Iniramuros, Manila (Courtesy: National Museum of the Philippines)

1 2

3

4 5

6

7

8

9 10

11

12

13

14

15

16

17 18

19 20 21

(29)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Figure 25. パリアン遺跡出土陶磁器 Ceramics from Parian site in Iniramuros, Manila (Courtesy: National Museum of the Philippines)

1 2

3

4

5

6

7

8 9

10

11

12

13

14

15 16

17 18

19

20 21

(30)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Figure 26. アユンタミエント遺跡出土陶磁器 Ceramics from Ayuntamiento site in Iniramuros, Manila (Courtesy: National Museum of the Philippines)

1

2 3

4

5

6

7

8

9 10

11

12

13

(31)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Figure 27. パリアン遺跡出土陶磁器 Ceramics from Parian site in Iniramuros, Manila (Courtesy: National Museum of the Philippines)

Figure 28. ベアテリオ・デ・ラ・コンパニア・デ・ヘサス遺跡出土陶磁器 Ceramics from Beaterio de la Compania de Jesus site in Iniramuros, Manila

(Courtesy: National Museum of the Philippines)

1 2

3 4

5

6

7 8

9

1

2

3

(32)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Figure 29. サン・ルイス遺跡出土陶磁器 Ceramics from San Luis site in Iniramuros, Manila (Courtesy: National Museum of the Philippines)

1

2 3

4 5

6

7

8

9

10

11

12 13

14

(33)

金沢大学考古学紀要 28 2006, 29-60. スペイン時代のマニラ出土磁器 野上・Ronquillo・Orogo・Cuevas・田中

Figure 30. サン・ルイス遺跡出土陶磁器 Ceramics from San Luis site in Iniramuros, Manila (Courtesy: National Museum of the Philippines)

1

2 3

4

5

6

7 8

Figure 2. イントラムロス古地図 Old map of Intramuros
Figure 4. イントラムロス街並 The rows of houses inside Intramuros
Figure 6. イントラムロス出土肥前磁器 Hizen porcelain from Intramuros in Manila (Courtesy: National Museum of the Philippines)
Figure 7. アユンタミエント遺跡出土陶磁器 Ceramics from Ayuntamiento site in Iniramuros, Manila (Courtesy: National Museum of the Philippines)
+7

参照

関連したドキュメント

In this paper, the authors examine Japanese music before the arrival of Christianity and the Western music which was brought over during the “Kirishitan Age”, and discuss

American Pottery and Porcelain (1888); Dalton Dorr Records, Series 1 Museum letter

For its age-old historical and cultural values, being the center of regional political power for almost 13 centuries without interruption and diversified relic systems,

In the late Qing Dynasty these products were transferred to the inland areas in China and more seafood products were brought for the Chinese to enjoy.. This article

[r]

The pottery chronology of the later half of the Neolithic Age in the Southern Far East of Russia.

portuguesa y castellana en Africa e Indtas, Madrid, 1958, Ape. Merriman, The Rise of the Spanish Empire in the Old World and in the New, II, 1918 rep. CLVI; Santa Cruz, parte

The experimental apparatus used to measure the TL was a Harshow 2000 reader, the glow curves from the quartz grain samples were recorded by an X-Y recorder and the